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エリア1・始まりの町
第1エリア
しおりを挟む第1エリア――このエリアは、補習生がこの世界に転送された際まずやってくる玄関のような街だ。
他エリアに比べると平和で、宿屋、武器防具道具屋、ギルドがあり、比較的利便性もよく過ごしやすいエリアだ。
多くはない木製の家が並び、多くも少なくもないNPCたちが暮らすこの街は気候も丁度よく自然が豊かなのが特徴だ。まずはこの世界に慣れてもらうための初心者向けのエリアだと佐藤は記憶している。
佐藤に連れられ、重たい足取りで建物をから出た四人。
辺りの閑静な街中。まるで生きてる人間のようにそれぞれの生活を送っているNPCたちを一瞥し、佐藤は続ける。
「所謂初心者のための街ですね。一応この街中では強制イベント以外はモンスターと遭遇しない作りになっております。……が、この街から一歩でも出ればいつモンスターが飛び出てくるかわかりません。ここで充分戦いに備えるようにしてください」
「備えるって言われてもなぁ。僕、こっちに飛ばされるとき所持金全額取り上げられたみたいなんだけど」
そう、佐藤の説明を聞き流していた因幡は羽織っていたカーディガンのポケットに手を突っ込み、落胆する。
錬金術が一般化した今、偽金が出回るのを防ぐため紙幣の代わりにデータとして個人のカードに電子通貨が貯まるようになっていた。そのカードを無くしたのだろう。
因幡の言葉にハッとした頸城は慌てて着ていた制服をまさぐる。
「俺もだ……」
「まあ俺は最初から金欠だったので問題ありませんが」
「そういう問題……?」
等と騒ぎ出す補習生たちを前に、佐藤は「ご安心を」と声をやや張る。そし佐藤は自分の着用していたジャージに新規のカードが四枚入っていたことを思い出す。
「この世界では現実世界の通貨は不要です。貴方がたのカードは学園で保管されております。この世界では皆様全員が平等にゲームを開始できるようにと、こちらから予め新しいカードとこの世界でしか使えない電子通貨三千ポイントをご用意しております」
「なら早く寄越せよ」
「一応この電子通貨は説明が全て終わってから渡すようにと言われています。ですので、ちゃんと皆様が逃げ出さず最後まで聞いてくださったあとに配布させていきます」
「……それは良かった、丁度カードを紛失して金欠でしたので」
「それは大丈夫なのかな……?」
そんかやり取りをしながらも、佐藤は街中を案内しつつ次の目的地へと向かう。
第1エリアはそう広くはない。他の住宅よりも大きめなその建物には『宿屋』とデカデカと書かれた看板が掲げられていた。
「分かりやすくて助かるなあ」
「景観法にひっかかんねえのかよこれ……」
なんて対象的な意見を口にする因幡と頸城を他所に、佐藤は宿屋の扉を開いた。
一階は受付とレストランバーが併設になっており、二階三階が主に客室となっている。
決して豪奢とは言い難い古い内装だが、木の温もりを感じさせ補習生たちの心を癒やす……ためにこのデザインになっているらしい。
「主に食事や宿泊をすることができます。因みに一泊の場合は100ポイントかかります。食事は内容によりますが、水は無料で貰えますので有効活用してください。そしてとにかく金銭を貯めたいという方は一応野宿も出来ますのでそちらをどうぞ。たまに盗賊に襲われて金銭諸ごと強奪……なんてことならないよう野宿希望される場合はしっかりレベル上げておくことをお勧めしますが」
「ふーん、野宿かあ……」
「……そして、こちらが三十三さんがご所望されていた食事スペースとなります」
受付前を通り抜け、その廊下の奥を進めばそう広くはないレストランが広がっていた。
「席はご自由に……と言いたいところが只今チュートリアル中なので同じテーブルに固まってください。」
「はあ? んでこいつらの顔なんて見ながら食事なんて……って、おい! 押すな!」
「俺が話しづらいからです」と頸城を椅子に無理矢理座らせる。他の補習生たちは渋々ながらも大人しく席についた。そしてそれぞれの席、その目の前に浮かぶのは食事メニューだ。ご丁寧に画像と金額と簡易的な料理の説明文、そして食材等が表記されていた。
「へえ、これ美味そうだな……この5000ポイントの……」
「でしたら頑張って自分で貯金してください」
そう言って、メニューを選んでいた四人を無視して佐藤は一番安価の50ポイントのパンとスープセットを注文する。
「げ、一番安いやつじゃねーか!」
「文句があるのならば食べなくても結構ですよ」
噛み付いてくる伯万だったが、嫌だとゴネれば本気で注文取り消ししかねない佐藤に思わず口を閉じる。
「僕はそれでいいよ、あんまお腹減ってないし」
「俺も構いません」
「……チッ、うるせえな……。飯の一つや二つでごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ」
「ああ?! なんだとこの根暗」
「まあまあ二人とも落ち着きなよ。ほら、お冷や来たよ、無料のお冷」
そう言いながら、NPCの店員が届けたグラスを受け取った因幡は掴み合いになりかける伯万と頸城の前にグラスを置く。それから続いておとなしく座っていた三十三の前にも置く。そして、佐藤の前にも。
「佐藤さんは飲まれないんですか?」
喉が渇いたのか早速グラスに口をつける四人。
そんな中、ただ一人佐藤だけがグラスに手をつけていないことが気になったようだ。三十三の問い掛けに対し、佐藤は「自分には食事は必要ありませんから」と静かに答える。
「へえ、ロボットってことはやっぱり充電式なんですか?」
「いえ、俺の場合は定期的なメンテナンスだけですね」
「メンテナンス? この世界に君のメンテナンスをする人がいるの?」
佐藤の言葉に食い付いたのは因幡だった。
グラスを片手に佐藤の方へと身体を向ける因幡に対し、佐藤は首を静かに横に振る。
「いえ、俺の場合は外部にいる博士にチェックしてもらうんです。……正確にはこのバーチャル世界を点検してその際についでに、ということなんですが」
「なんかエロいですね」
「エロくないですよ」
なんて微妙にずれた会話をぐだぐだ交わしている間にも佐藤が頼んだ四人分のスープとパンがテーブルに運ばれた。
なにが入っているのかよくわからない白く濁ったサラサラのスープに小さなパン。NPCから質素な食事が乗った皿を受け取った佐藤は、皿を四人の前に並べる。
案の定、伯万はその質素過ぎる食事に納得がいかないようだ。それもそのはずだ。元々伯万は多食な方でご飯はおかわりしないと気が済まないような健康優良児……らしい。
「あ~~あ、絶対これ腹膨らまねえよ。つかなんだこれ、具すらねえし」
「この世界の料理は腹を膨らませるのが目的ではなくHPを回復するのが目的ですからね、そんなに腹を膨らませたいのならポイント稼いでご自分でどうぞお好きなように腹を満たしてください」
「ほんっとお前可愛げないな」
「可愛げを求められても困ります」
補習生たちは食事に取り掛かる。伯万だけは不満顔のままだ。普段から豪勢な食事になれているからだろう。そんな伯万に、スープを飲んだ三十三は「伯万さん、このスープわりと美味しいですよ」と声をかける。その一言にようやく伯万の食指が動いた。
「へえ、どれどれ……って味うっす!」
「おや、お口に合いませんでしたか。それは残念です。次回はもっと美味しい料理食べれたらいいですね」
「伯万さんは味覚がちょっと……ですからね」
「憐れむな! てか、ミトちんの舌が馬鹿なんだろ! こんなの水のがうまいだろ!」
テーブルでぐちぐち文句言いながらもパンを食べる伯万のその向かい側。
パンを小さく千切った因幡樂はそれを片手に「健太君健太君」と佐藤を手招いた。
「なんですか?」と、佐藤が因幡の方へと近付いたときだった。
「あーん」
「んむっ」
薄く開いた唇にパンを捩じ込まれる佐藤。口の中の異物感に思わず目を丸くす。
条件反射でそれをゴクリと飲み込んだ佐藤に、「お、食べた食べた」と因幡はにこにこと笑った。
「……俺に食べさせてもなんの肥やしにもなりませんよ」
「いいよ別に、これ僕ちょっと多いからさ。……っていうか君、食べるには食べれるんだね。ちょっとこれも食べてみなよ」
言いながらスプーンでスープを掬った因幡樂は微笑み掛けてくる。
なにが目的で因幡はこのような無意味な行為を働くのか、佐藤には理解できなかった。
「でしたら他の三人に食べさせればいいではないですか。ほら、伯万さんなら腹を空かせて……」
「君も素直じゃないねぇ。僕は君にあげると言ってるんだよ。ほら、あーん」
ふーっと息を吹きかけてスプーンのスープを冷まし、佐藤の目先にそれを差し出してくる因幡。
迫ってくるスプーンの先端に戸惑う佐藤だったが、仕方なく口を開く。そのままぱくりとスプーンの先端を咥え、匙に乗ったスープを喉へと流し込んだ。瞬間、佐藤の咥内に食べたことのないスープの味が広がった。
「美味しい?」
「……味が薄いですね」
スプーンが離れ、唇を拭いながら呟く佐藤に隣の伯万が「ほれ見ろ! 言っただろーが!」と喚いていたのを聞き流しながら、今度四人に奢るときは違うものを食べさせよう。そう佐藤は人知れず決意した。
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