強制補習ヘドニズム

田原摩耶

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エリア1・始まりの町

施設について

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「宿屋の利用料金は一泊三十ポイントです。この宿屋では三十ポイント統一ですがエリアによっては相応のポイントを払えば払うほど部屋のレベルが上がるようになっているそうですね」

 宿屋二階にある客室にて。
 お世辞にも整った設備とは言えない粗末な部屋の中、五人は集まっていた。
 狭い個室の中置かれているのは木製の簡易ベッドと卓袱台のみ。
 寝泊まりするだけの部屋にしてももう少しどうにかできないのかよと顔をしかめる伯万玄竜は不満げに「それでこのボロ部屋かよ」と呟いた。

「まあ相部屋よりましじゃないかな。一応ベッドもあるし」

 それに対し椅子の代わりに卓袱台に座る因幡樂は朗らかに微笑みながらフォローをいれる。
 あくまで気楽な因幡に三十三は眉を寄せた。

「でもなんかこのベッド跳び跳ねたらすごい軋みますね」
「当たり前じゃないですか」

「跳び跳ねないでください」ベッドの上で無表情のままはしゃいでいる三十三十月に佐藤健太は冷静に突っ込む。
 言った側からベッドはバキッと嫌な音を上げ軋んだ。
 一晩この部屋の持ち主になる頸城万里はいままさに破壊されそうになっている寝具に顔を青くし「馬鹿、さっさと降りろッ」と三十三を引き摺り降ろす。
「あー」と力ない声をあげそのまま床に転げる三十三に構わず、頸城はすっかり寛いでいる他補習生とアンドロイドを睨み付けた。

「というかなんで俺の部屋に溜まるんだよ!」
「いやだって俺部屋に人上げたくないし」
「同じく」
「自分が嫌なこと人にすんじゃねえっ」
「まあいいでしょう、話を続けますね」

 このままでは埒が明かないですし、と呟く佐藤は「全然よくねーし!」と吠える頸城に構わず四人に目配せをした。
 そして何事もなかったかのように宣言通り話を再開させる。

「イベントが一段落ついたのでこれから自由行動にしようと思います。皆様寝るなりレベル上げるなり好きなようにして下さい。因みにこの宿は二十四時間出入り自由なので閉じ込められる心配はありません」

 佐藤の言葉に相変わらずおっとりとした因幡は「なんか修学旅行に来てるみたい」と暢気なことを口にし「修学には変わりありませんけどね」と佐藤から突っ込まれていた。

「佐藤さんはこれからどうするんですか?」

 そんな二人のやり取りを眺めていた三十三は床の上に胡座を掻きながら目の前の佐藤を見上げた。
 三十三がそんなことを聞いてくるのを意外に思いながら佐藤は「俺は下のロビーで待機させていただきます」と義務的に答える。

「なにかお困りでしたら気軽に声をかけて下さい」

 そうサポーターとしての台詞を口にすれば三十三は相変わらずの無表情のまま「わかりました」とだけ呟いた。
 そして、話が途切れたのを合図に自由行動が始まる。


 ◆ ◆ ◆


「ミトちんミトちん」
「伯万さん」
「勿論これから行くんだろ」
「果物屋ですか」
「言わせんなよ、馬鹿。それ以外なにがあんだよ」
「いえ聞いてみただけですよ。わかってます」
「よっしゃ、じゃあ一緒行こうぜ」
「3Pですか? 構いませんよ」

 宿屋一階、ロビーにて。
 いくつか木のテーブルが備えられた広くはないそこで補習生の問題児二名はにやにやと笑いながら宿屋を出ていった。
 椅子に座り、ポイントを浪費して買った果物ジュースを飲みながらそんな光景を眺めていた因幡樂はロビーを探索している頸城に目を向ける。

「あーらら、先越されちゃってるよ、頸城くん」
「俺は別に興味ねえし」

 ぶっきらぼうな口調。
 やることもなく、ロビーに設置された小さな本棚に積まれた古びた書籍を手に取る頸城。
 その中身は学校で配給されている教科書と変わらないもので、ここが学校が用意した架空世界だということを思い出す。
 興味が失せた頸城はそれを本棚に戻し、同様暇そうにしている因幡に「あんたは行かないのか?」と恐る恐る聞き返した。因幡は微笑む。

「当たり前じゃん。わざわざ無駄足なりたくないしねー」
「……無駄足?」

 含んだような言葉が気になり聞き返す頸城に驚いたように目を丸くする因幡は「ん?あれ、君気付いてなかったの?」小首を傾げた。
 そしてその整った顔に笑みを浮かべる。

「NPCとエッチ出来る裏技なんてあるわけないじゃん」

 無邪気に微笑む因幡は噛んでいたストローから口を離し、「ねえ、健太くん」と壁際に佇む佐藤に話を振る。
 確かに、佐藤が四人に説明した裏報酬は全て四人を動かすための佐藤の嘘だ。
 全員が全員信じるとは思ってはいなかったが、一番ノリ気ではなかった因幡樂が嘘だと気付いていながらもイベントに参加したのは意外だった。

「知ってたんですか?」
「僕を馬鹿にしないで欲しいなぁ。NPCはプログラミングされた行動しか出来ないからね、学校側が用意したこのゲームにそんな優しいプログラミングされてるわけないじゃん?」

 そう矢継ぎ早に続ける因幡は一息つき、佐藤を見詰める。

「まあ、君みたいな自立した人工知能は例外だろうけどね」
「…………」

 流石、落ちこぼればかりの補習生の中でも唯一の成績優秀者ということだろうか。
 微笑む人工魔術科特待生の含んだような言葉になにか嫌なものを感じながら佐藤はなにも言わずに因幡を見つめ返す。

「あの二人がいない間に僕はこっちのNPCに相手してもらおうかな」

 言いながら椅子から腰を上げる因幡樂の言葉になにかを感じたようだ。
 振り返った頸城万里は「おい、因幡」と静かに呼び止める。そして、因幡は笑った。

「頸城くん、僕まださっきモンスターにやられた傷が癒えてないみたいだからさ、ちょっと部屋で休んでくるよ」

「二人には内緒にしててね」と唇に人指し指を当てる因幡はそのまま佐藤に歩み寄った。
 肩を抱くように掴まれ、因幡を振り返る佐藤は「俺もですか」と仏頂面のまま問い掛ける。

「勿論、健太くんのサポート不足のせいで僕の首切れたんだからいいよね?さっきからすごく痛いし」
「HPに問題はないようですが」
「メンタル的なものだよ。この傷が癒えなきゃちゃんとレベル上げられなくなるし、そうなったら健太くんも困るよね?」
「……」

 対面時が不味かったのかなんとなく因幡樂に対し気を許すことが出来ない佐藤は無言で樂を見上げる。
 なにも言わない佐藤に不思議そうな顔をしていた因幡だったがやがて思い出したように「ああ、人工知能の君にはメンタルなんてわからなかったかな」と笑った。
 そのバカにしたような因幡の言葉に佐藤は眉を寄せる。

「それくらいわかります。皆さんの体調管理、精神不安定時のカウンセリングも出来るようプログラミングされてますから」
「なら丁度よかった。僕の部屋行こうか」

 どうしても因幡樂は佐藤をここから連れ出したいようだ。
 あまりにも渋る佐藤に構う因幡を見兼ねた頸城は二人を横目に一瞥する。

「別に俺は聞かねえからここでそのカウンセリング受けりゃいいじゃねーか」
「僕は人がいるとついつい肩に力入っちゃってリラックス出来ない性質でね、せっかくだけど上で二人きりになりたいんだ」

「わかってくれるよね、頸城くん」そして、宿屋の無人のカウンターに設置されたタッチパネルを操作する因幡樂は自分の所持金を使ってデザートを用意し、音もなく現れたそれを頸城万里に手渡す。
 なにがなんだかわからないまま受けとる頸城の顔に困惑の色が浮かんだ。

「他の皆にも部屋に入ってこないよう言っててね」

 どうやら口止め料ということのようだ。
 それを受け取ってしまった頸城はついこくりと頷いてしまい、因幡は楽しそうに微笑む。

「交渉成立ってことで」
「強制ですか」

 終始面白くなさそうな佐藤に因幡は「少しくらいいいじゃん」と相変わらず柔和な笑みを浮かべるばかりで。小さな息を吐いた佐藤は因幡に促されるがまま渋々二階の因幡の部屋へと向かう。
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