強制補習ヘドニズム

田原摩耶

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エリア1・始まりの町

さよなら、始まりの街。

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 新たな仲間を迎え入れた五人は、次の街へ移動するためにゲートへと向かって歩いていた。
 そのゲートというのは案内人である佐藤しか知らない。補習生たちからしてみれば、ただ宛のない道を歩かされるだけに等しい。
 案の定痺れを切らした伯万は「まだ着かねえのかよ」と後方から佐藤目掛けて野次を飛ばしてくる。

「まだ歩き始めて十分も経ってませんよ、伯万さん」
「つーか、すぐつくって言ったのはお前だろ。ポンコツアンドロイド」
「ええ、それがなにか」
「見たところ全然それらしいものないじゃねえかよ」

 辺りにはNPC達が暮らす長閑な町並みが広がるばかりで、頭の中で思い描いていた巨大なゲートどころか転移装置すらも見当たらない。

「もしかして適当言って徒歩で移動するつもりじゃねえだろうな」
「はは、流石にそれはないと思うよ」

 そう伯万に応えたのは因幡樂だった。道中、土産代わりに購入した菓子を食べながら因幡は「ね、健太君」と佐藤へと微笑み掛ける。どさくさに佐藤の腰に回される手を避けながら、佐藤は「ええ」と同調して頷いた。
 そして、「こちらです」と似たようなレンガの建物と建物の間、狭い路地へと入り込む佐藤。

「おい、どんな道だよ!」
「王道パターンで門から移動というのはつまらないんじゃないかという開発の遊び心ですね」
「んなお遊び要素いらねえっての……っ! くそ、狭え……っ!!」
「ギャーギャー言ってねえでさっさと前行けよ、後ろつっかえてんだよ……!」
「うるせえ、んなこと言われても、あ゛あ! 服汚れる!」

 路地の壁に挟まれて騒いでる伯万と頸城に構わずするりと広い通路へと出た佐藤は振り返る。どうやら全員なんとか出てこれたようだ。ぜえぜえと疲弊してる伯万と頸城に比べて因幡と三十三は涼しい顔をしていた。
 そして四人がいるのを確認した佐藤は「こちらです」と視線を正面に向ける。

 つい先程まで、変哲のない土色のレンガが並んでいたそこに現れたのは黒い扉だ。長閑な街には不釣り合いなほど不気味なオーラを纏ったその扉を前に、佐藤は「ではどうぞ」とその扉に手を差し出すのだ。
 扉の奥にはただ真っ暗闇が続いているだけで、その中の様子は分からない。

「……って、じ、地味~……」
「文句を言わないでください。ほら、では伯万さんからどうぞ」
「なんで俺から?!」
「一番近かったので」

「早くしてください」と言わんばかりに、伯万の背中をぐいぐいと押す佐藤。佐藤に急かされるまま扉の前までやってきた伯万。

「なんか黒いモヤモヤ出てんだけど?」
「ただの装飾のようなものなので気にしないでください」
「それはそれで聞きたくねえな……」
「つべこべ言わないでください」

 有無を言わせない佐藤に折れた伯万は、開かれた扉に足を踏み入れた。
 そんな伯万の背後、「伯万さん、どうですか」と三十三が覗き込む。

「いや、なんつーかひんやりするくらいで全然わかんね……ッておわっ!!」

 三十三にとん、と背中を押され、そのまま暗闇の中へと落ちていく伯万。「おいミトぉ!!」という断末魔と共に掻き消えた伯万に手を振りながら、三十三はその後を追いかけるようにぴょんと足を踏み出した。

「ではまた後で会いましょう」
「貴方はたまに恐ろしいことしますね」

 三十三がしなければ自分が背中を押すつもりだったのだが、と佐藤は思いつつもそのまま消えていく三十三を見送った。

「次の世界はどんなところなのかな。また、楽しそうな場所だったらいいんだけど」
「それは着いてからのお楽しみです」

「お前、本当に呑気だよな……」

 佐藤の言葉に上機嫌に笑う因幡を前に、思わず頸城はぽろりとこぼした。その声はしっかりと因幡の耳にも届いていたようだ。「頸城君は楽しみじゃないの?」と不思議そうな顔をする因幡に、益々頸城の表情は曇る。

「楽しみってか、普通こえーだろ。もしかしたらバケモンだらけのところに放り出される可能性もあるんだろ?」
「あくまでこの世界は貴方がたを育てるためのシステムです。そのときはレベリングをすればいいだけなのでなんの問題はありません」

 淡々と応える佐藤に「そういうところが嫌なんだよ」と頸城は吐き捨てた。
 頸城が大事そうに抱えていた鞄の中、その声に反応するように「わふっ」と小さな鳴き声が聞こえてくる。

「そ、それに……街移動したらこいつが消えるとか……ねーよな?」
「その点は問題ありません。そういう前提で彼もまた作られたシステムなので」
「こいつのことをシステムシステム言うなよ、人の心がねえのか!」
「俺は人間ではありませんので」
「ぐ、そうだな……」

 このままぐだぐだと時間を潰すつもりはない。
 頸城が反論できないのを確認し、改めて佐藤は二人に目配せする。

「もう心配事はありませんね。それでは、お二人ともそのゲートをくぐってください」
「うわっ! 押すなっ、自分でいける!」
「因幡さんも」

 ぎゅうぎゅうと頸城を詰めつつ、因幡を呼べば「うん」と笑ってやってきた。そして、佐藤の手を取るのだ。「君も一緒に」そう囁かれるように腕を引っ張られ、頸城の背中を押した因幡はそのまま佐藤を抱えるようにゲートへと飛び降りた。
 そんなことせずとも自分でいけます、と言うタイミングを逃した佐藤はそのまま落下時特有の浮遊感に身を委ねる。近くもなく遠くもない場所から聞こえてくる頸城の悲鳴と因幡の笑い声を聞きながら、ただ目的地につくのを待った。

 そして暫くして、遠くから波の音が聞こえてくる。世界が切り替わったのを頭で感じ、佐藤はゆっくりと目を開いた。鼻を擽るのは潮の匂い。

 そこには既に四人の補習生の姿があった。
 今にも壊れそうな船の甲板の上、どんよりと曇った黒い空の下。佐藤は外を見渡した。初めて見た世界だが、この世界のことは知っている。――そういう風に作られているからだ。
 しかしなんだろうか、佐藤の胸には確かな違和感を覚えていた。
 それが俗に言う『不安』ということを、今の佐藤は知る由もなかった。

≪エリア・1「サンブロー」クリア≫
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