強制補習ヘドニズム

田原摩耶

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エリア1・始まりの町

因幡のお土産

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「お、おい、ポンコツロボ!何が起こってんだよ、これ!」

 突然現れ突然去っていったモンスターたちに暫く呆気にとられていた伯万だったが、ようやく我に返ったようだ。
 尋ねられる佐藤だったが、正直佐藤自身も事態を把握しきれていなかった。
 そして、可能性として考えられるとすれば。

「ポンコツはさておき、そうですね。まずは皆さん、モンスターにも縄張り意識やその縄張りごとのボスがいるのはご存知でしょうか」
「そうなんですか?」
「五歳児でも知ってる基本中の超基本とお聞きですが」

「ともかく、今の獅子が先ほどの群れを率いるボスだったことには違いないようですね」とは言っても絶対に勝てないというほどの強敵ではない。
 佐藤の言葉に反応したのは伯万だった。

「ぼ、ボス……ってことは倒しときゃそれなりの経験値になったってことか!」
「そうですね。ある程度の力を持っている分、群れを動かすことも他愛無いということです」

 問題は、そのようなモンスターが身を引いたという事だった。
 実世界では分が悪くなったモンスターが身を引く場合もあるというのは聞いている。しかし、それは実世界の話だ。
 ここはレベルを上げるために作られた世界だ。
 自分と同じ倒されるために作られた存在であるモンスターがそのような行動を取るのは正直、予想してなかった。

「……」

 何かが可笑しい。その違和感はこの世界に適応するよう作られた佐藤だから感じるのか、それすらも分からないほど曖昧な違和感だった。それでも。
 はしゃぐ二人から離れたところ、佇む頸城を盗み見る。
 彼の規格外の行動が原因で起きたバグだろうか。
 目的の抜き打ちテストは続行不能ということになってしまったが、機会はまだある。
 今度は因幡がいるときにしてもいいかもしれない。

『パーティーのレベルが上がりました』

 どこからともなく響く無機質な音声。
 更新された三人のデータを確認する。
 心配していた伯万もなんだかんだ順調にレベルが上がっている。しかし、問題は頸城だ。

「お、なんか出てきましたよ」

 音もなく現れた宝箱に早速群がる二人。
 宝箱の蓋を開ければ、そこには。

「肉!」
「モンスター用ですね。しかもブランド肉ですので通常の肉よりも柔らかくなっております」
「んだよ、食えねえのかよ。じゃ俺いらねー」
「自分ももうこれは見たくないですね」

 なにかを思い出しているようだ。僅かに顔を強張らせた三十三は「頸城さん、どうぞ」と骨付き肉パックを頸城に向かって投げる。

「お、おう……って投げんなよ!」
「ボケッとしてる方が悪いんだろうが!」
「んだとテメェ……!」

 先ほどまで上の空だった頸城も伯万の悪態に調子を取り戻したようだ。
 今にも取っ組み合いになりそうな二人を一瞥した時だった。
 不意に、入り口の方で気配を感じた。

「あれ?どうしたの?これ」

 気配は因幡樂のものだった。
 半壊した宿屋の入り口から覗き込む因幡は中の残状に目を丸くした。

「おい因幡今までどこに……って、え?!」

 そして、因幡を振り返った伯万は因幡の姿を見て絶句する。
 顔全体から足の爪先まで板金で覆い隠したプレートアーマー。
 その謎の甲冑が因幡だとわかったのは聞こえてくるくぐもった笑い声のお陰とも言えるだろう。

「やーごめんごめん、採掘場篭ってたら時間分かんなくてさ」
「お、おう……どうも。っていうか、お前」
「フルアーマー因幡さんですね」
「あはは、どう?かっこいい?」
「……かっこいいどころか一瞬誰かわかんなかったぞ」

 ガチガチに硬めてきた因幡に呆気に取られる伯万と頸城の横、唯一三十三だけは「かっこいいです」と目を輝かせていた。

「僕、もう首食い千切られるのはやだからねえ。頑張っちゃった」
「頑張っちゃったって、お前それ相当……」
「うん、高かったけど採掘場で一発当ててね」

「あ、これ皆にお土産ね」フルアーマー因幡は言いながら手にしていた袋を三人其々に手渡しする。
 それからはもう先程まで険悪だった雰囲気(というか約二名)が嘘だったかのようにはしゃぎまくることになるのだが。

「伯万君には防砂防水防炎ゴーグルと三十三君には絶対敵に気付かれない抜き足ブーツ、頸城君にはうさぎぬいぐるみ」
「おお!すげえよく見えるなこれ!」
「度も調整されるからこっちのが快適なんじゃないかなって思ってさ」
「これ本当に足音出ないんですね」
「うおっ!ミトちんがめっちゃ遠くで駆け回ってる!」
「NINJAっぽくてかっこいいよねー」

 頭部の装甲を外し、わいわいと盛り上がる二人と無表情で走り回る一人。
 そんな三人から少し離れた場所、一人袋を開けたまま固まる人物がいた。

「「そして……」」

 伯万と因幡は声を揃えて頸城を振り返る。

「どうかな?頸城君、気に入ってもらえた?」
「こ、こんなもの……別に……」
「おい、くび…」

 き、と伯万が咎めるような目を向けた時だった。

「ぁ……」
「ん?」
「……ありがとうございました!」
「「っ?!」」
「いいよいいよ、ここ最近疲れてるみたいだったからね。持ち歩いてると治癒効果があるみたいだから是非活用してよ」
「お前、いいやつだな因幡……」

 まさか頭を下げるとは思ってもいなかった伯万と三十三はもふもふもふもふとぬいぐるみを撫で回す頸城に若干引いているが、因幡はあくまで気にした様子はない。
 それよりも、佐藤は因幡の行動の方が引っ掛かった。
 装備だけではない、因幡が用意したお土産はどれも初心者にしてみれば高価なアイテムばかりだ。
 それなのに、レベルは今朝ここを出て行った時に比べあまり変わっていない。

「あの、因幡さん……」
「ん?ああ、勿論君へのプレゼントも忘れてないよ」
「いえ、そういうことではなく」
「まあまあそんなこと言わずに」

 そうニコニコと笑いながらアーマーの中から何かを取り出した因幡はぴらりと佐藤の目の前に広げた。

「はい、これ、ミニスカメイド服」
「ブゴフッ」

 まず、因幡が取り出したその衣装に噴き出したのは頸城だった。

「お、お前、これ」
「へぇ、良いじゃねえの?良かったなぁ佐藤!」

 馴れ馴れしく肩を組んでくる伯万を避けつつ、因幡からそれを受け取った佐藤は僅かに目を細めた。

「……道具屋で酷く気にしていたと思えば、俺にですか」
「うん、ずっとこれを健太くんに着せたかったんだ」

「僕無人採掘マシーン作ってまで頑張ったんだからね」褒めて褒めて、と言わんばかりに胸を張る因幡。
 その言葉に佐藤は納得した。

「マシーン……なるほど、通りで戦闘回数が然程増えていないのですね」
「人工魔術では採掘は基本中の基本だからね、鋼鉄さえあれば脆いけど使える機体くらい錬成できるよ」

 なんでもないように続ける因幡。
 人工魔術に然程興味がないようである三人はあくまでも「へーすげー」みたいな顔をしているが、ある程度の魔術の知識をインプットしている佐藤にとっては因幡の言葉は俄信じられるようなものではない。
 採掘場は確かにある、鋼鉄も出る、しかし、独立型のロボットを作るには鋼鉄の他にも必要な材料が出てくるはずだ。
 それは序盤であるここの採掘場では簡単に出ないようになっているはずだが…… 。

「なんかよく分かんねえけどでかしたな因幡!」
「いや、僕の方こそ皆のピンチになにも出来なかったからね、お礼がしたかったんだ。だから今夜は美味しい料理でも食べてパーティーでもしようかと思ったんだけど……すごいね、入り口が増えてる」
「二階も丸焦げだしな」

 そうだった。
 このままでは補習生たちの体力を回復するという宿屋の機能すらまともに働かない。

「……一度、博士に連絡を取ってメンテナスで元に戻してもらいましょうか」
「その必要はないよ」
「どういう意味でしょうか」
「これくらいなら、僕が塞ぐよ。……って意味なんだけどな」

 言うや否や、目を細めて笑う因幡は壁のあったはずの場所に向かって軽く手を翳す。
 瞬間、壁が蠢き始め穴を塞いでいく。
 それは意思を持った泥のようで。

「元通りは出来ないから……せっかくだしオシャレなレンガの壁なんてどうかな?」

 亀裂だけではない、土の壁の中からは無数の赤レンガが浮かび上がり元のものとは違う壁がそこに出来ていた。
 それだけでも驚いていた面々だったが、因幡のリフォームは終わらない。

「棚壁に花瓶なんて付けてね」
「……ッ!」
「せっかくのパーティーだし、垂れ幕なんか飾ったりしちゃってもいいね」

 因幡の言葉に反応するかのように次々と現れた家具や飾りたちに既に元の閑散とした雰囲気はなく、中流階級向けのレストランがそこにはあった。

「ほら、これでどうだろう。少しは見られるようになったかな」
「因幡、お前……」
「流石、特待生というところでしょうか」
「やめてくれ、特待生って響き、あまり好きじゃないんだ」

「僕はこれくらいしか出来ないからね」そう肩を竦める因幡だったが、比較的派手好きな面々は変わり果てた店内にはしゃいでいた。
 ……と言っても、頸城を除いた二人だが。

「……」

 尊敬、というよりも疑念の混じった因幡を見るその頸城の目に佐藤も気付いたが敢えて佐藤は何も言わなかった。
 恐らく、考えていることは同じだろう。

「しかしまあ、これだけ豪華になったらやっぱり気分いいよな!なあ因幡、後で俺の部屋もやってくれよ!」
「あ、ごめん。もうMP使い果たしちゃったから無理だ」
「えっ」

 基本、物質錬成にはそれと同等の価値を持った代償が必要となる。
 水分、火、土に植物。
 それらに魔力を加えることで新たな物質を創り出すのが基本となっているのだが、因幡が今したものには代償のない錬成がいくつもあった。
 代償のない物質錬成は多大な魔力を消費する。
 実際、因幡の魔力は言う通りかなり下回っていた。
 それでも、実際ならば動くことすら億劫になるはずというのに本人は飄々としてプレートアーマーで動き回っている始末だ。
 膨大な魔力、特待生として優遇されるほどのその知識量、本来ならばこんなところにいるはずではない逸材なのだろうが矯正補習送りにしなければならないほど、その使い方は無茶苦茶だった。
 因幡樂に課せられた課題は『魔力を上手く利用すること』。
 それは補習監督である佐藤の課題でもあるが、因幡樂についてはそれ以前の問題のように思えた。

「そうとなったら、早速晩飯の用意をしましょうか」
「そうだね、皆もお腹空いてるだろうし今夜は僕が奢るよ」
「えっ?!い、いいのか?」
「構わないよ。どうせこの街で買えるものは全部買ったんだから」
「…………」

 因幡樂は浪費家である。それも、桁外れの。
 世間ズレとかそういうレベルではない、欲望に忠実すぎるその豪快な性格は魔力を糧に生きる魔法使いとしては自ら命を削るのと変わらない。

 ――……どうしたものでしょうか。

 メイド服を手にしたまま佐藤は考えるが、性格的なものは今今すぐすぐどうにでもできることではない。

 ――先は長そうですね。

 そんな佐藤の思案なんて知ったこっちゃないとでも言うかのように料理の注文で盛り上がる補習生たちを横目に、佐藤は人知れず息をついた。
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