強制補習ヘドニズム

田原摩耶

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エリア1・始まりの町

前途多難な二人

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 一方、獣の住む森の中。
 三十三十月は短剣を構え、頸城真弓と向かい合っていた。
 ――何故、こうなってるのでしょうか。
 ある程度想定していた展開だが、ここまでの道中頸城は「大丈夫だ」と豪語していたのだ。
 おまけに「こんなときのために薬も用意してある」と胸を張っていた癖に、案の定頸城は現れたモンスターに魅了されていた。

「ちょっと!頸城さんそこどいて下さいよ!」
「ふざけるな!怪我してるじゃねえか!痛がってんのがわかんねえのかよ!」

 そういいながらどこが顔かすらわからない透明の液体もといスライムを抱き抱える(というよりも滴らせる)頸城は「待ってろよ、いま治療してやるから」と言い出した。

「頸城さん……二番煎じは許しません!」

 無駄にポーションを消費してしまうより先に、スライムに気を取られてる隙を狙って三十三は頸城の頭部を短剣の柄でぶん殴る。

「っいでっ!……って、あれ?俺……」

「うおお!熱っ!痺れる!」自分の腕に纏わりつくスライムにぎょっとし、頸城は慌ててスライムを薙ぎ払った。
 そのまま地面に落ち、森の奥へと逃げていくスライムを一瞥した三十三は頸城を見る。

「弱ったところを狙うという作戦じゃなかったんすか」
「わ、悪い……」

 流石の頸城も申し訳なくなっているようだ。
 しゅんと項垂れる頸城に小さく息をつきながら短剣を鞘に戻したとき、ふと、頸城が反応した。

「ん?」
「どうしたんですか」
「どっかから鳴き声が……」
「鳴き声?」

 まさかまたモンスターが。
 咄嗟に短剣に手を伸ばしたとき、「おい」と頸城に止められた。

「ちょっと待った、違うんだ、子供みたいな……」
「子供?」

 更に耳を澄ませて辺りを伺ってみるものの、やはりなにも聞こえない。
 聞き間違いでないのかと頸城に尋ねようとした矢先、頸城は動き出した。

「こっちからだ」
「頸城さん、ちょっと……」

 頸城真弓がなにを感知したのかわからないが、なるべく下手に動かない方が賢明のはずだ。
 しかし、頸城の足取りはハッキリと目的地へと進んでいて。
 草むらを掻き分けて進む頸城に小走りでついていった時、ようやく頸城は足を止めた。

「ここだ」

 そう、息を飲んだ頸城。
 そのままゆっくりと草むらを掻き分けた瞬間、草むらの中には毛むくじゃらのなにかがいた。

「頸城さん……っ!」

 離れて下さい、と頸城真弓の肩を掴んだ時だ。
 毛むくじゃらのそれは小さく震え、ゆっくりと頭を上げた。
 それはまだ掌ぐらいの大きさの白い獅子の赤ん坊のようで。
 威嚇するようにミィと小さく牙を向いた獅子の子供は、目の前の頸城の指に噛み付いた。

「頸城さん!」

 慌てて短剣を取り出し、頸城から獅子の子供を離れさせようとした瞬間。

「か……っ」
「頸城さんっ?!」

 もしかして毒かなにかが牙から流れ込んだのだろうか。
 小さく呻く頸城に目を見開いたときだ。パクパクと頸城は唇を動かした。
 そして、


「か…………可愛い…………」
「…………はい?」
「よーちよちよちよち、怖がらなくていいんでちゅよ~」
「頸城さん、しっかりして下さい。口調が大変気持ち悪いことになってますよ」
「いてっ!……おい!ぼこぼこ殴んじゃねえ!別に魅力されてねえよ!」

 言いながらも、しっかりとモンスターを抱える頸城万里。
「なら」と、短刀を鞘から引き抜いたとき、鋭く光る三十三の手元のそれに、仔モンスターは頸城の腕の中で縮こまる。

「きゅう……」
「ん?震えてる……こいつ、怯えてるんじゃねえのか。おい、それ仕舞えよ、早く!」
「はいはい、分かりました……っと」

 言われるがまま短刀を仕舞うが、仔モンスターは丸まったまま体を震わせるばかりで。

「よしよし、もう大丈夫だからな。俺達は敵じゃねえから」

 言いながら、仔モンスターに微笑む頸城はあくまで優しくその体を撫でる。
 その豹変ぶりに、三十三は頸城へ若干の心の距離を置きつつ眺めていた。その時だった。
 どこか、そう遠くはない場所から地鳴りのような音が聞こえた。

「……?」

 再び、地鳴りとともに空気が振動する。森の奥、鳥たちが一斉に羽ばたいた。
 何かがおかしい。だけど、仔モンスターを相手するのに夢中になっている頸城はなにも気付いていないようだ。気のせい、というわけでもないだろう。だとしたら、と周囲を探っていたときだ。
 不意に、背後の草むらが音を立てる。咄嗟に振り返った三十三は、そのまま静止した。

「お?お前腹減ってんのか?よし、待ってろ。今なにか食えそうなものを……」
「……あの、頸城さん。お取り込み中すみませんけど、緊急事態発生みたいです」

 僅かに青褪めた三十三の言葉に、「へ?」と背後を振り返った頸城。
 そこには、先程まで無かったはずの大きな影が掛かっていて。
 まず、目に入ったのは一発で人間の体を潰せそうなくらいの大きな爪。
 そのままゆっくりと顔を上げた頸城の顔に、ぼたぼたと何かが落ちてくる。
 焼けるように熱い、粘着質な透明の液体。
 それが見上げるほどの大きさのある獅子の口から溢れ出した涎だと気付いた瞬間、凍り付く頸城の腕の中、仔モンスターは嬉しそうに尻尾を振ったことに気付く余裕は二人にはなかった。
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