強制補習ヘドニズム

田原摩耶

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エリア1・始まりの町

初めての自由行動

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「それでは、手本をやらせていただきます」
「いーってもう、やらなくても。つーかやり方わかるから」

 話題が逸れてしまったので仕切り直そうとした矢先、伯万に出鼻を挫かれる。
 その不快さからむっと頬を膨らませた佐藤はじろりと伯万を見上げた。

「あなたは現物を使ったことがあるのかもしれませんがこの世界にあるものと同じとは限りません。一概に理解したつもりでいるのは可笑しいと思いますが」

 ずいっと伯万に詰め寄る佐藤。
 人工知能にもプライドがあるのかと驚きつつ、「わかったわかった。膨れんなよ、そんくらいで」とたじろぐ伯万に佐藤はけほんと咳払いをし、電子メニューを手に取る。

「基本は、こちらの電子メニューに触れ、操作をしていく形になります。メインページには『装備』『道具』『魔術書』の三項目のみが表示され、各カテゴリーを選択することによって詳細カテゴリーが表示され(割愛)わかりました?」

 そう、佐藤が顔を上げれば、カウンターに顔を伏せ眠る面々。
 大口開いて鼾を掻く伯万の胸倉を掴んだ佐藤は「寝ないで下さい」とスパパパと拘束往復ビンタを繰り出す。

「いてっ、こら、暴力振るうなポンコツロボ!つかなんで俺だけ!ミトちんもあいつ聞いてるふりして寝てんじゃん!」
「寝てません、目を瞑ってるだけです」
「ずりぃ!」
「ではこれ、俺から皆さんへのプレゼントです」

 一頻り説明を終え、受信機の上に現れたパッケージ入の薬草を四袋を手に取った佐藤はそれを四人に手渡す。

「わー……ありがとう……」
「嘘でもいいのでもう少し嬉しそうなリアクションをお願いします」

 いまいち補習に対してのりの悪い四人に今更傷付きはしないが、やはり気持ちのいいものではない。
 そんな気分を紛らすため、小さく咳払いをした佐藤は改めて四人に向き直った。

「最後に道具屋のもう一つの役割について説明させて頂きます。伯万さん、言ったそばから寝ようとするのやめてください」
「もう一つの役割?」
「はい。ダンジョンによっては戦闘やレベル上げには不要な鉱石や草花などが採取できる場所があります。それらはこの道具屋に持ってきて転送機に載せることによってポイントに変換することができるので金欠のときなどはご活用ください」
「へー、でも僕らがレベル上げ怠けて採取ばかりしてたら困るんじゃないの?」
「採取はあくまでもおまけです。そこまで辿り着くには必ずダンジョンに入らなければなりません。勿論、戦闘も回避できません」
「あーあ、嫌なシステムだな」
「なんのための補習だと思ってるんですか。あなた方にほのぼのと自給自足スローライフゲームを体験させるつもりは毛頭ありません」

 そういうと思ったよ、と伯万はうんざりする。
 この世界に住むサポーターである佐藤はなんとしてでも自分たちにこのゲームをクリアさせようと試行錯誤してくる。
 こいつがいる限り、のんびりする暇もない。じゃあ、いなかったら?
 ふと、伯万の思考にそんな疑問が過ぎったが、一々考えるのが馬鹿らしくなって伯万はそこで思考を止めた。
 四人から異論が上がらないのを確認し、佐藤は「以上」とパンと手を叩く。

「ここでの俺からの説明はおしまいです。あとは好きなようにしてください」
「ねえ」

 そう、会話を切り上げようとした矢先のことだった。
 微笑む因幡樂がひらりと小さく手を上げる。

「はい、なんですか因幡さん」
「君、ここに来た時言ったよね。各ステージにはイベントがあり、そのイベントをクリアしなければ次のステージへ行く事はできないって」
「ええ、言いました」
「僕達は一応イベントをクリアしたはずだけど、次のステージにはどこから行けるんだい?」

 そんな因幡の言葉に、そんは設定すら忘れていた伯万と三十三はハッとし「そーだそーだ」と反論する。
 忘れていたくせに、と不満を漏らす伯万たちを一瞥し、佐藤は因幡に向き直った。

「それは自分たちで調べてください」
「はぁ?」
「分担するもよし、みんなで探すもよし。好きなようにしたらいいんではないでしょうか。あなた方には腐るほど時間があるのですから」

 相変わらず凍ったように動かない無表情。
 眼を細めた佐藤は、僅かに口元を歪める。

「アドベンチャーもゲームの醍醐味だとお聞きしましたが?」

 自由行動。
 その佐藤の言葉に、今まで自分たちが佐藤に誘導されていたことを頸城万里は改め思い知らされた。
 自由に動き回れるのなら本望だが、なんとなく腑に落ちない。
 それは因幡樂も同じようだ。

「自由行動って言われてもなぁ……伯万君どうする?」
「はあ?そんなの決まってんじゃん。寝る」
「流石だねえ。ま、死なない程度に気をつけなよ」
「なんだよ、お前まさかあのポンコツアンドロイドのいうこと信じてんのかよ。死ぬとかハッタリに決まってんだろ?普通。学校の奴らが俺ら殺すメリットがねえし」

 だから、佐藤健太の言葉を無視しても構わない。
 伯万玄竜はそう言いたいらしい。
 伯万の言いたいことは理解できたが、因幡樂はそう思わないようだ。

「うーん、そうかな」

 不思議そうな顔をして首をひねる因幡に伯万は「そーそー」と力なく頷く。
 そして、大きな欠伸をしながらそのまま宿の二階へと続く階段へと歩いていく。
 まさしく悪い例だな。
 そんな伯万の背中を一瞥し、心の底で悪態を吐いたとき。三十三十月がふらりと扉に近付く。どうやらどこかへ行くつもりらしい。

「あっ、おい!」

 ちょうどいい。咄嗟に頸城は三十三を呼び止める。
 相変わらずどこかのべーっとした三十三はゆっくりとした動作で頸城に向き直った。

「なんですか?」
「なあ、あの、ちょっと頼みがあんだけど……」
「頸城さんが俺に?……別に構いませんが、珍しいですねぇ」

 頸城は『お前が一番話が通じそうだったからな』と言い掛け、敢えて言葉を飲んだ。
 そして、頸城は視線を逸らしたまま本題に切り込むことにする。

「あの……その、一緒に森までついてきてくれないか」

 ドキドキと心臓が煩い。
 頸城は元々口下手だ。というより言語で相手とコミュニケーションを計ることが大の苦手で、それは頸城の人外好きの理由の一つでもあるほどだった。
 人間相手にこうして意思疎通を計ることが苦痛で苦痛で仕方がないが、お喋りで騒がしい伯万や因幡に比べればどことなく浮世離れした雰囲気の三十三は人間ということを意識せずに済んだ。
 相変わらずどこを見ているのかわからないような寝惚け眼のまま、三十三は「森?」と小首傾げる。

「そんな人気のないところに俺を連れ込んでどうするんですか」
「どっ、どうもしねーよ!……ただ、その、ちょっと……レベル上げに付き合ってほしくて」

「お前も、行くつもりだったんだろ」と小さく呟けば、三十三は意外そうに「よくわかりましたね」と僅かに目を丸くした。

「じゃないと、他に行く場所なんてねえだろ」
「まあ、そうですね。構いませんよ。一人だと、つまらないですし」
「そ、そうか!ありがとう!」

 まさかこんなにあっさりと引き受けて貰えるなんて、頸城自身驚いた。
 同時にほっと安心する。
 今の頸城にはこの世界での資金が足りない。それと、スキルと耐性が。
 三十三にサポートしてもらえば、なんとかなるだろう。
 一人意気込み、頸城と三十三は宿を後にする。

 宿を後にする頸城と三十三を眺めていた佐藤は、その組み合わせに驚く反面安堵する。
 協調性やコミュニケーション能力を深める目的もあるこの補習、一番気になっていた頸城の行動は佐藤にとって喜ばしいものだった。いつどこでなにが起こるのかわからないこの世界、単独行動を避けるのは正しい選択だ。だが、問題児二人が残っているのも事実なわけで。
 ふと、宿の出入り口に近づく影が視界に入る。佐藤にとっての不穏分子、因幡樂だ。

「因幡さんもお出かけですか」
「レベル上げろって言ったの君じゃないか」
「そうですが、ちょっと驚きました」

 素直に口にすれば、因幡は困ったように笑う。

「そういうことはわざわざ口に出さなくてもいいよ。ま、僕も毎日あんなご飯食べたくないしね」

 それが本意かどうかはわからなかったが、因幡が自ら行動を起こしてくれるのは佐藤にとって喜ばしいことには違いない。

「気をつけて下さい」

 出て行こうとするその背中に声を掛ければ、こちらを振り返った因幡は「君もね」と笑った。
 含んだような物言いが引っかかったが、佐藤の返答を待つわけでもなく因幡はその場を後にする。
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