強制補習ヘドニズム

田原摩耶

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エリア1・始まりの町

爽やかな朝

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 早朝、宿屋。
 自室で充電を済ませた佐藤は部屋を出て、一階のラウンジへと降りる。
 他の補習生が起きるのを待つためだ。
 この電脳世界にやってきてから一日目。
 補習生たちも慣れてない環境に疲労を感じているだろう。
 昨夜の好き勝手な振る舞いを忘れることは出来なかったが、佐藤にとってはすでに終わったこと以外のなんでもなくて。

「すみません、これとこれとこれ。四人分お願いします」

 カウンターの前。
 佐藤は自分のポイントを使い、補習生たちの朝食を用意する。
 甘やかすつもりはないが、せっかくここで迎えた朝だ。一日くらい、と自分に言い聞かせながら佐藤は大人数用のテーブルに並べられる料理を目で追う。

 全員分の料理がやってきてからどれくらい経っただろうか。完全に日が昇り、どこからか鳥系モンスターの鳴き声が聞こえてくる。
 そのとき、階段から人が降りてきた。

「……」
「頸城さん、おはようございます」
「……んー、あぁ」

 どう見ても寝起きといった表情の頸城は、姿勢よく椅子に座って待ち構えていた佐藤に一層顔を険しくした。

「朝ご飯用意してるので好きな席に座って食べてください」
「他の奴らは?」
「貴方が一番乗りです」
「ふーん」

 さして興味無さそうに呟き、それでも他の補習生がいないことに安堵したのか、頸城万里はおとなしく席についた。その向かい側に佐藤は座る。

「もしかしてこの量、アイツらの分か?」

 黙々と食事をしていた頸城は、ふと違和感を覚えたようだ。
 他の参席に並べられた料理を一瞥し、佐藤に尋ねる。

「ええ。あなた一人じゃさすがに無理のある量でしょう」
「わざわざ用意するかよ、あんな事されといて。ふつー」
「それはそれ、これはこれ。です。適度な餌はモチベーション維持には不可欠だと聞きました」

 無表情のまま淡々と続ける佐藤に、頸城は「変なやつ」と純粋な感想を述べる。
 普通ならあんな乱交集団に奢るような真似をしない。少なくとも、自分なら。
 敢えて頸城は言葉にはしなかった。
 相手は人工知能だ。何を言ったところで自分とは決定的に違う。
 最後の一口を頬張り、スプーンをテーブルに置いた頸城は「ごちそーさん」とだけ呟き、立ち上がる。

「どちらへ?」
「散歩だよ、散歩。…こんなところでじっとしててもつまんねえし」
「なるべく早めに戻ってきてくださいね。今日は道具屋へ案内しますので」
「……考えとく」

 気は進まないが、何かとややこしいこの世界だ。佐藤の言うことを聞いておいて損はないだろう。
 佐藤の視線を感じながら、空腹を満たした頸城は逃げるようにロビーを後にした。

「あれ、健太君早いねー」
「おお、旨そうな匂いが!」

 頸城万里が宿屋を出ていってからしばらく。
 階段から二つの影が降りてきた。

「因幡さん、伯万さん。おはようございます」
「おはよう」
「なにこれ、食っていいの?」

 よほどお腹が空いているのか、テーブルの上に並べてある料理に目を輝かせる伯万に佐藤は「ええ、どうぞ」と頷き返す。
 どうやら二人とも朝には強いようだ。ローテンションな頸城と比べ、言動もハキハキしている。各々席につく二人。

「ところで三十三さんは?」
「ん? ああ、ミトちんならまだ寝てんじゃねえの? あいつ夜行性だから」
「そうなんですか」

 まあ、昼間行動している時のあの眠たそうな目からしてそうだろうと思っていたが。
 食事に手を付ける二人を一瞥した佐藤は入れ替わるように席を立つ。

「あれ? 健太君どこ行くの?」
「三十三さんを起こしてきます」
「一人で大丈夫?」
「任せてください。ちゃんとアラーム機能は内蔵してますので」

 そう自分の腹部を指せば、「そういう問題かよ」と伯万は呆れた顔をする。
 なぜ伯万がそんな顔をするのかわからなかったが、然程気にも留めなかった。
 二人に見送られ、ロビーを後にした佐藤は階段を上がり、二階へと歩いていく。


 ――宿屋二階。
 佐藤は、三十三が借りた部屋の前に来ていた。

「三十三さん、起きてください」

 こんこん、と控えめに扉をノックする。
 しかし、返事どころか物音すらしない。

「三十三さん」

 めげずに扉に声をかけてみるが、やはり反応はなかった。
 あまり補習生たちのプライバシーを侵害するような真似はしたくなかったが、仕方ない。
 乱れた生活習慣の健全化を任されている佐藤にとって、補習生の寝過ごしは見逃せないのだ。

「入りますよ」

 強行突破。もともと鍵の取り付けられていない扉を開き、部屋の中へと足を踏み入れる。
 三十三を見つけるのにさほど時間はかからなかった。
 ベッドの上。布団にぐるぐるまきになって眠る三十三がいた。

「三十三さん、起きてください。みんな起きましたよ。あとはあなただけです」
「…あと五分だけ」
「五分寝たところで満足にはならないでしょう。起きてください。あと三十秒以内で起きないとアラームが発動します」

 ベッドに歩み寄り、目の前の物体をゆさゆさと揺する。
 しかし、やはり効果は薄い。
 三十三は「んー」と居心地悪そうに寝返りを打つだけだった。

「三十秒経ちました」

 できることなら自分の力で目を覚ましていただきたかったのだが、こうなったら仕方ない。
 佐藤は小さく息を吐き、念じる。瞬間だった。

「んぎゃっ!」

 尻尾を踏まれた猫のような悲鳴を上げ、三十三は飛び起きた。
 いつもの眠たそうな顔とは違う、それ以上に青くなった顔色。目を見開き、頭を抑える三十三はなにがなんだかわからないようだった。

「ちょ、ちょ、ちょ、なんすかこれ。頭が割れ、割れるっ!」
「人間にとって不快な電波をあなたの頭に送らせていただきました」

 今にも死にそうになりながらも、三十三の眠気が吹っ飛んだのを確認した佐藤は電波放出を停止する。
 一定の量を越すと人体に致命的な毒になるが少量ならばいい目覚ましになる。
 通称、アラーム機能。前に博士にそう教えてもらったが、三十三の反応からするに、毒であることは間違いなさそうだ。

「…佐藤さんって、余計な機能ばっかついてますね」
「あなたが目を覚ますことが出来たのなら機能としての役割は果たしているはずです」

「では行きましょう。三十三さんの分のご飯も用意させていただいてますので」ようやく落ち着いたようで、相変わらず青白い顔をした三十三は下手に逆らわない方がいいと認識したようだ。素直に頷き返す。
 無事起床した三十三を連れて一階のロビーへ降りると、朝食を食べていた伯万と因幡は驚いたような顔をした。

「うおっ、ミトちんがこんな短時間で起きてくるなんて!」
「伯万さん、俺なんか禿げてませんか?」
「ひどい顔だね。どうしたの?」
「佐藤さんに毒電波を流されました」
「少量なので身体精神ともに害はありませんよ。安心して下さい」
「へえ! 楽しそうだね! 今度僕にもその電波流してよ! 是非!」

『毒電波』という単語に鼻息を荒くする因幡に伯万は「お前なかなか気持ち悪いやつだな」と冷や汗を滲ませる。
 五分五分じゃないですかね、という言葉は寸でのところで飲み込んだ。
 そして、三十三を交えて朝食を再開させ、全員が皿を平らげたとき。佐藤は立ち上がる。

「では、皆さん食事が済んだようですしこれから本題へと移させていただきましょうか」

 そう佐藤が提案すれば「本題?」と三人は声を揃えた。
 全員面倒臭そうだ。

「今日の目標といったところでしょうか。これから、昨日やりそびれた街の案内をさせていただこうと思います」
「変なのと戦わされないならいいけど」
「ええ、安心してください。ここでの強制戦闘イベントはもう終わりですので。ああ、勿論各々レベル上げは別ですが」

 レベル上げに関してひどく消極的な三人のため、わざとらしく促す佐藤に伯万は眉を寄せた。

「テンション上がんねえけど、どうせ強制なんだろ」
「ええ、さすが伯万さん。察しがいいですね」
「なんか馬鹿にされてるみたいでむかつくな」
「褒め言葉を疑うのはよくありませんよ」
「伯万さん、人工知能に諭されちゃいましたね」
「うっせー」
「はーい、質問」

 早速話が逸れてきたとき。
 スプーンを指先で弄っていた因幡はゆるりと手を上げる。

「なんですか、因幡さん」
「それはいいんだけどさ、もう一人いないみたいだけど……それはいいのかい?」
「ああ、頸城さんなら」
「俺ならここにいる」

 静かに宿屋の扉が開き、頸城万里がロビーへ入ってくる。
 どうやら外まで会話が聞こえていたみたいだ。
 不本意そうだが、約束を守ってくれた頸城に佐藤は素直に嬉しくなる。顔には出さないが。しかし、約一名面白そうな顔をした男子が。

「起きてたんなら挨拶くらいしろよ、動物愛護野郎」
「うるさい、人語喋んな。耳障りなんだよ」

 どうやら昨夜の蟠りはまだ解決していないようだ。
 ヒートアップしそうな二人に、佐藤は強引に話題転換を図ることにする。

「とまぁ、全員揃いましたしそろそろ移動しましょうか」

 このタイミングでか、と呆れた顔をする因幡を他所に、佐藤は半強制的に全員を宿屋の外に連れ出すことにした。
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