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番外編

とある勇者の独白

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 燃え盛る火が深い夜の空へと高く伸びていくのを俺とスレイヴは見上げていた。
 煙に混ざって血の匂いもする。悲鳴すらも聞こえない。こんなにたくさんの魔物の群れに襲撃され、まともに生き残ってるわけがないと幼いながらも理解できていた。
 それでも、スレイヴは魔物を追い払おうと飛び出そうとするのだ。俺はそれを止めた。今は駄目だと、もう無理だと。言い聞かせた。掴んだスレイヴの体は震えていた。怒りだ。赤い火に照らされたその目にはやり場のない怒り、そして悲しみが滲んでいた。

 ……なあ、スレイヴ。俺はあのときお前と同じ気持ちになれなかった。
 家族同然の村の人間や動物たちを殺され、嬲られ、そんな悲しみや怒りよりもお前があの場にいないことに死ぬほど安心したんだ。そんなことを言ったらお前は俺を軽蔑するだろう。だから、言わない。
 ずっと大人になるまで村の外へ二人だけで出たら駄目だって言われる度にお前は残念がってたよな。……だから、こんな形でもお前と二人で旅に出られることが嬉しかった。ワクワクした。おかしいよな、分かってる。お前は全然笑わなくなって、ずっと強くなることだけを考えていたのを見て自分が恥ずかしかった。
 剣もちゃんばらも好きじゃなかった。喧嘩だって嫌だ。……魔法は、普通だ。それでも強くなろうと、ちゃんと鍛錬しようと思ったのはお前が傷付くのを見たくないからだ。
 ……なあ、スレイヴ。俺は最低なやつだと思うか?俺は、勇者だとか言われてもちっとも嬉しくなかった。俺なんかよりお前の方が俺にとっては勇者だ。俺には何もない。それでも、俺が本物の意味で勇者になれる日が来れば……自分のことをちゃんと好きになれるだろうと思ったんだ。
 お前と並んで恥ずかしくない自分になれるなら、そんな動機だと知ったら今度こそお前に嫌われるかもしれないな。なんて、そんなことばかり考えていたんだ、俺は。

「……スレイヴ」

 隣で寝息を立てて眠るスレイヴを呼べば、小さくその背中がもぞりと居心地悪そうに動く。
 昨夜夢中になっていたせいでその背中は爪痕と鬱血痕が散らばり、より痛々しく思えた。


【とある勇者の独白】


 スレイヴを初めて抱いてからどれほど経ったのか、何度体を重ねたのかすら覚えていない。まだ夢を見ているような感覚だった。
 呼吸に合わせて微かに上下するスレイヴの肩に唇を寄せ、歯型や生傷を労るように唇を寄せる。メイジのように、までとはいかずとも簡単な傷くらいは治癒することもできた。……けど、それはしたくなかった。
 俺が付けた傷だ。……全部、なかったことにしたくなかった。乾いた血を舐め、軽く吸い上げればちう、と音が響き、スレイヴが唸った。

「……っ、スレイヴ……スレイヴ……」

 スレイヴは、俺に逆らえない。俺の言うことをなんでも聞いてくれる。どんな恥ずかしい命令でも、以前のスレイヴなら考えられないようなことも一拍置いて応えようとするのだ。…俺の側にいるために。俺が勇者だから。
 わかっていた、全ては魔王を殺すためだと。
 そのためには俺といることがこいつの目的だと。

「っ、は……ぁ……スレイヴ……」

 収まっていたはずの熱は昂ぶり、どうすることもできずに俺はそのままスレイヴの小振りな臀部に、下着の上から猛った己を押し付ける。
 犯したい、今すぐ中に入りたい。
 けど、眠っているときくらいは夢を邪魔したくなかった。
 糸を引くほど先走りで濡れた性器を取り出し、握り締める。自身で慰めるのは久し振りだ。いつもだったらスレイヴがしてくれたからだ。
 ずっと、好きだった。好きだ。俺にとってスレイヴがいればそれだけでよかった。世界平和なんてどうでもよかった。けど、お前が平和を望むから。お前が復讐を望むから。お前のために勇者で有り続けることを選んだ。

「……ッ、スレイヴ……」

 やはり、気持ちよくない。全然満たされない。ドクドクと脈打つ性器をスレイヴの臀部に押し付ける。そのまま挿入はせず、谷間に挟めて擦り付けるように快楽を得ようとすれば流石にスレイヴも異変に気付いたようだ、その吐息が乱れ始める。……本当に、かわいい。
 お前は恐ろしいほど真っ直ぐで、怖いくらい俺を信じてくれるのだ。苦しかった。ずっと、いつか失望されるのではないかと怖かった。けど、スレイヴはまだ俺の隣にいてくれる。

「く、ぅ……ッ、ん、スレイヴ……スレイヴ……ッ、」
「ぁ……ん、……ぅ……ッ」

 先走りで滑り、無意識なのかきゅう、と締め付けてくるスレイヴにぶるりと背筋が震える。はあ、と息が混ざり合う。
 起きているのか、いや、まだ眠ってるのか?――わからないが、どちらでもいい。
 逃げる腰を捕らえ、布団を剥ぎ取る。そのまま更に腰を動かせば、虚しい気持ちとそれ以上の興奮が込み上げてくるのだ。
 ああ、スレイヴ。お前だけだ、俺には。お前以外俺はなにもいらない。お前がいてくれたらそれでいいんだ。スレイヴ。スレイヴ。
 呪詛のように繰り返す。ビクビクと小刻みに震える腰、最早寝息は途切れ、スレイヴの口からはくぐもった喘ぎ声が漏れた。

「……スレイヴ……ッ」
「っ、い、ろあす……ッ」

 名前を呼ばれた瞬間、胸の奥で熱が爆ぜる。間もなくして張り詰めた性器から精液が吹き出し、スレイヴの細い腰を白く汚したのだ。
 はあ、はあ、と、お互いの呼吸だけが部屋の中に響く。そして俺はスレイヴの身体の正面、その下腹部に手を回せば、勃ちかけていたものに指先が触れた。

「ぉ、おれは……いい……っ」
「……俺が起こしたんだ、責任は取る」
「イロアス……ッん、ぅ……ッ」

 反論する唇を塞ぎ、開けさせた衣類、その下で主張するスレイヴの性器に触れる。ここも、全部、髪の毛の一本一本まで俺のものだ。

「ぁ、や……イロアス……っん……ッ」
「スレイヴ、気持ちいいか?」
「き、くな……っぁ、……あ……ッ!」

 一層高くなる声に背筋がぶるりと震えた。射精したばかりにも関わらず再び下腹部に熱が集まるのだ。
 スレイヴを抱くようになって自分がどんどん醜くなっていく。歯止めが効かなくなる。こいつが俺の言うことを聞くのは俺のためではない。わかっていて、それを利用する自分がどんどん嫌いになっていくのだ。おかしいよな、勇者になれたのに。皆から勇者様と崇められるようになったのに。お前といるとなんの意味もない。

「ぁ、イロアス……ッ! いろ、ぁ……ん、っ、あ……ッ!」
「……ッ、スレイヴ……」

 お前が俺のことを好きだと言ってくれればこの気持ちは変わるのだろうか。
 なあ、スレイヴ。スレイヴ。スレイヴ。俺はどんどん欲深いモンスターになっていく。お前の一言がほしくて、自分だけじゃ制御できないんだ。お願いだから、頼むから、スレイヴ。嘘でもいい。
 嘘でもいいから、俺のことを――。




「本当によかったのか? 消した記憶は戻らない」
「……ああ」
「スレイヴちゃんが好きなんだろ? せっかくの思い出も全部消したらお前の好きなスレイヴちゃんじゃなくなるんだぞ」
「……ああ、分かってる」

 それでも、あいつが俺のものでなくなるくらいなら全部をやり直した方がましだ。

「……思春期ってやつか、難儀だよなあお前も」

 笑うメイジに応える気力もなかった。
 最低なやつだという自覚はあった。俺はスレイヴを殺すのだ。……それでも、これ以上あいつに嫌われるような真似をすることの方が怖かった。
 あいつといればいるほど自分が醜くなっていく。あいつも、ナイトも、嫌いになっていくのが怖かった。
 ……あの日からなんも変わっていない。
 勇者になれたのだと思い上がっていただけのガキのままだ。俺は、スレイヴに嫌われる勇気すら持てなかった。

「……悪い、メイジ」
「気にするな。……それに、このままお前が辛い顔してる方が見てられないしな。まあ、お探しのスレイヴちゃんもこのまま逃げれないだろうから安心して休むといい」
「……ああ」

 メイジの言葉を聞くと意識が微睡んでいく。心地のいい夢へと意識を手放す。
 閉じかける瞼の向こう、「おやすみ、勇者サマ」とメイジが笑うのが見えた。その笑顔がなんだか歪んで見えるが、それ以上身体を動かすことはできなかった。

【END】
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