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職業村人、パーティーの性欲処理係に降格。
05※
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階段を登り、気が付けばナイトの部屋の前までやってきていた。
またあんなことされるのか。ぼんやりとした頭の中、逃げなければと思うがしっかりと抱き抱えられた体はまるで動かない。
それどころかこの腕に安心感すら覚えている自分に呆れる。
扉を開いたナイトはそのまま部屋へと上がる。
ここへ来たのは初めてではない。
そのままベッドへと歩み寄るナイトに心臓の音だけがやけに煩く響いた。
痺れたように熱くなる手足を動かし、なけなしの抵抗を見せてみるがナイトは気にした様子もなくそのまま俺をベッドへとそっと寝かせるのだ。
軋むスプリング。昨夜の記憶が蘇り、堪らず逃げようとしたとき。
ナイトは俺から手を離した。そして、ベッドから立ち上がり俺から顔を逸らすのだ。
「……少し待ってろ。体を綺麗にするものを用意する」
抱けと言われたら抱くくせに、こういうときばかりに俺に優しくするつもりなのか。
そんなこと頼んでいない。「いらない」と呂律の回らない舌で告げれば、ナイトは「しかし」と何かを言いかけ、やめた。
「……少し待ってろ」
放っておいてくれ。そんなことして、なんのつもりだ。言いたいのに、ナイトはそれを許さない。
俺の言葉を待つよりも先に部屋を出るナイト。
なんなんだ、こんな。今更なんのつもりなのだ。
酔と熱で浮かされた頭の中、今の内に部屋へと戻ってやろうと思ったが体を起こすことすらできない。
そんなことをしている内にナイトが部屋へと戻ってくる。
「スレイヴ殿。……起きれそうか」
寝たまま動けない俺に気付いたようだ。濡れた手拭いを手にベッドの側までやってきたナイトは俺をそっと抱き起こす。
「失礼する」と腿を掴まれた瞬間、びくりと体震えた。俺は咄嗟にナイトの腕を掴み、止めた。
「っ、……要らない、自分でする」
そう言えば、ナイトは「わかった」と静かに頷いた。
「俺に触れられたくないのなら、見られたくないのなら……扉の前にいる。終わったら声を掛けてくれ」
そう、手拭いを手渡される。
人肌に温められた濡れたそれを手にしたまま、俺は捨てることもできなかった。そのまま部屋を出ていくナイトに、とうとう俺は文句の一つや二つすらも言うことができなかった。
……なんなんだ、あいつは。
いっそのこと開き直って抱かれた方がましだ。なんなんだ、ともう一度口の中で呟く。
宣言通り部屋から出ていったナイト。
一人取り残された俺はとにかく気持ち悪かった下腹部を拭う。
「……ん、ぅ……」
抱き抱えられてる内に腿へと垂れてしまったシーフに中に出されたものを拭い、そしてそろりとその奥、腫れ上がった窄みに指を伸ばす。
まだ異物が挿入されているようだ。口が柔らかくなったそこは自分の指すらも難なく飲み込むのを感じて余計歯痒くなる。
「……ッ、ふ、ぅ……」
ぬぷ、ちゅぷ、と濡れた音が響く。
捲れたそこを左手で開き、そしてもう片方の手で中に残った精液を掻き出すのだ。自分の体だというのに恐ろしく中が熱く、掻き出す動作だけでも快感を得てしまう自分自身に反吐が出そうだった。
ナイトの部屋、しかもナイトのベッドの上でこんな。素面だったらできないだろう。
思いながら、俺は中に残ったものを全て掻き出し、拭い去る。それでもやはり、感覚全て拭うことはできない。
呼吸を整え、衣類を整える。
……風呂に入りたい。熱い風呂に。
思いながら、起き上がろうと腕に力を入れたとき、バランスを崩してしまいベッドから落ちてしまう。
これじゃ、さっきのナイトと同じだ。
床の上、ぼんやりと考えていると慌ただしく扉が開き、血相を変えたナイトが部屋へと入ってきた。
「っ! スレイヴ殿……っ! 怪我は……」
「大したことはない」
「何かを盛られたのか?」
「……関係、ないだろ」
抱き抱えられる体。情けないという頭もなかった。ヤケになっていたのかもしれない。
またこうしてナイトに助けられてる自分を認められなくて、言葉だけで否定することしかできない。
これじゃ、本当にただの酔っぱらいだ。それなのに、ナイトは。
「落ち着くまでここで休んでいたらいい。……貴殿が嫌だというのならさっきのように外で待っていよう」
なんで、そこまでするんだ。わからない。俺には、ナイトが分からない。
「……っ、ど……して……」
「スレイヴ殿……」
「……どうして、まだ、優しくするんだ……」
俺に。どうして。今までみたいに優しくするんだ。
突き放してくれと言ったのはお前の方なのに。
めちゃくちゃだ。何もかも。全部我慢すると決めたのに、自分を殺して我慢すると決めたのに。
「スレイヴ殿……っ」
なんで抱き締めるのだ。
卑怯だ。そんなの。お前から突き放したくせに。
好きだとかなんだとか吐かすだけ吐かして俺を突き放したくせに。
どうしてそんな顔をするのだ。
離してくれ。
そう一言。その一言口にしてしまえばナイトは俺から手を離すだろう。
それなのにそのたった一言を口にすることを躊躇している自分がいた。
背中に回された手のひらが熱い。どちらの熱なのか最早分からない。恐怖も嫌悪感もグチャグチャに掻き混ぜられ、一抹の心地よさが触れられた場所から広がるのだ。
自分でも混乱した。何故こんなにも離れ難く感じるのか。
今生の別れでもないのに。
「……あんたは、狡い」
「……っ、すまない……」
「…………卑怯だ」
スレイヴ殿、とナイトに呼ばれる。
突き飛ばすことができればよかったのだろうか。
決めたのに、昨夜あれほど全部捨てると決めたのに。
「っ、俺は……助けてほしいなんて言ってない」
「……っ」
「誰も、優しくしろなんて頼んでない」
「……ああ、そうだ」
子供を宥めるような優しい声が余計心臓をきつく締め上げてくるようだった。
ナイトの顔を見ずとも、この男がどんな顔をしているのか想像ついた。
「……あんたは、勝手だ」
「すまない」
そろりと伸びてきた手のひらに後ろ髪を撫でつけられる。手を振り払うことなんて簡単だ。
それなのに、できないのだ。
――今夜が最後なのだ、ありのままの姿でこの男といれるのも。
「許すなって言ったのはアンタだ」
「ああ、そうだな」
「……っ、俺は……」
アンタが助けてくれたとき、庇ってくれたとき、嬉しかった。
あんなことがあったとして、それでも自分のせいでナイトに何かが遭ったらと思うと気が気でなかった。
だから、あんな風に突き放されたのがショックだった。
イロアスの脅しがあったとしてもだ、それでもナイトだけは違うと思っていたかった。
……でも、何も変わらない。
この男の根本は、何も変わっていないのだ。
「俺は、アンタが分からない。……っ、なんで、そこまでするのか……」
「スレイヴ殿」
「俺は……っ、アンタにこれ以上情けない姿を見せるのも、気遣われるのも嫌だ。アンタがいいって言っても、俺は嫌だ。アンタがあいつらと一緒になるのも、耐えられない」
「……ッ」
「あいつらにどれだけ犯されても平気だけど、アンタに犯されるのは嫌だ。あんな、あんな見世物みたいにされるのも、嫌なんだ」
それは初めて口にした本心だった。
イロアスにどれだけ恥ずかしいことを命じられても、シーフにどれだけ馬鹿にされようとも、メイジに陵辱されようとも、耐えられた。
けれど、ナイトだけはどうしても割り切ることができなかった。
「……っ、アンタだけは、他のやつらと一緒になってほしくない」
好きだとか、愛だとか、俺にはわからない。
けれどそれは本心だった。
嫌いになることはできなかった。理解することもできなかった。
けど、この男の根底にあるのは俺のことを思ってのことだと分かったからだ。余計、素直に受け入れられなかった。
「……っ、俺は、アンタを嫌いになりたくない」
あいつらと同じにしたくない。そう、続けることはできなかった。
強く抱き締められ、言葉の先を発することができなかったからだ。ずるりと体が持ち上がる。広いナイトの胸に抱き寄せられた。
「っ、スレイヴ殿、それは……」
「……っ、そのままの、意味だ」
耳元でナイトが深く息を吐いた。酒の匂いに耐えられず、思わず「おい」とナイトの顔を離そうとしたとき。
また強く抱き締められるのだ。そして、肩口に埋められた鼻先。
「……っ、それは、本当か?」
肺から絞り出すようなその声は微かに震えていた。
「嘘を吐くならもっとましな嘘を吐く」
「……っ、スレイヴ殿……ッ」
「っ、ナイト……っおい……」
待て、と止めるよりも先に、頬に伸びてきた手のひらに顔を持ち上げられるのだ。
覗き込んでくるナイトの顔はさっきまでの辛気臭い面とは違う、困惑したような顔は紅潮しきっていた。
「酔って、いるのか……?」
「……あんた程ではない」
「……っ、俺の聞き間違いではないだろうな」
「…………」
「もう一度、言ってくれないか」
スレイヴ殿、と名前を呼ばれ堪らず俺は目の前のナイトの顔を押し退けた。
「スレイヴ殿……」
「アンタのことは……嫌いではない」
「……っ、スレイヴ殿」
「だから……頼みがある」
最後、なんていうと大袈裟に聞こえるかもしれない。それでも、俺にとってはそれほどのものだったのだ。
「――……俺のことを、忘れてくれ」
部屋の中が水を打ったように静まり返る。
俺の言葉に、ナイトの表情が固く強張るのだ。
「……それは、どういう意味だ」
静かに、それでも有耶無耶にして流そうとはせずに真っ直ぐに問い質してくるナイト。
その声には僅かに怒気が含まれているように聞こえた。
「……そのままの意味だ。アンタには余計なことを考えてほしくない、そのせいでアンタの目的も果たせないのは俺が嫌だ」
「断る」
即答だった。
分かっていた、この男の性分もよく知っていた。だから救われたのも事実だ。
だからこそ、余計。
「……本当に、お人好しだな」
スレイヴ殿、とその唇が俺を呼ぶよりも先にナイトから体を離した。
「スレイヴ殿……?」
「……邪魔して悪かった」
「待て、その体で戻るつもりなのか」
「大分……酔いは醒めた。アンタのおかげでな」
立ち上がろうとすればまだ頭の芯がぐらつき、視界が揺れるが先程よりかはまだましだ。
名残惜しそうに「しかし」と呼び止められるが、俺はそれを振り払った。
これ以上ここにいると、本当に揺らいでしまいそうで怖かった。ずっとここにいたい、そんな風に思ってしまえば終わりだ。
そのまま部屋を出ようとして、後を追って立ち上がったナイトに腕を掴まれた。
「……ナイト」
「すまない。けど……これだけは伝えたかったんだ。俺は、貴殿の味方だ。……貴殿は嫌だと言ったが、貴殿が願うのならば俺は何だってする」
「……ッ」
ああ、と息を飲む。
皮膚から流れ込むナイトの熱に身まで焼けそうだった。
俺は何も言えなかった。
そのままナイトと別れ、部屋を出る。
まだナイトに抱き締められているかのように、体は酷く火照った。酒が残っているのだろうが、それでも頭は恐ろしく冴え渡っていた。
俺は自室には戻らず、そのままメイジの部屋へと向かった。
尋ねてきた俺を見るなり、驚くわけでもなく俺の姿を見るなりメイジは「酷い匂いだな」と笑い、部屋の中へと招くのだ。
「それで? まさか俺の部屋で酒盛りするわけではないだろうな」
「……メイジ、お前は記憶を消せるんだよな」
「ああ、それが?」
「……ナイトの記憶を消してくれ。出会った頃まででいい」
俺の言葉に、メイジの目から笑みが消える。
椅子に腰を掛けたままこちらを見上げていたメイジはその脚を組み直すのだ。
「……俺のことをただでお願いを聞いてくれる優しい魔法使いさんと思ってないか?」
「……頼む」
「理由は?」
「俺の我儘だ」
「そんなくだらない理由であいつの記憶を消すのか。所詮お前も勇者サマも同じガキだってことだ、保身のことしか考えちゃいない」
「あいつの気持ちも知っててそれを選ぶんだから酷い話だよな」クスクスと笑うメイジの言葉が重く伸し掛かる。
何も言えなかった。言い返すつもりもなかった。
ナイトには幸せになってほしい。
きっともし俺の記憶が無くなると知ったらあいつがどう思うか、何をするかなんて考えたくもなかった。
あいつは自分のせいだと悔やむだろう。それでも
絶対に知られてはならない。
いつ終わるかもわからない旅、その最中にあいつが自責の念に苛まれるくらいならば俺のことなど忘れてくれた方がましだった。
エゴだ。あの男にこれ以上苦しませたくない。余計なことを考えさせたくない。
今回のことでわかった、記憶を無くしたフリをしてナイトに抱かれ続けることは俺も耐えきれないと。
「まあ良いだろう。俺は優しい魔法使いさんだからな」
「……」
「俺の方で記憶を消しといてやる。因みにこれは貸し一だからな」
「……悪い」
メイジはただ薄ら笑いを浮かべたまま俺を見ていた。酷い顔だな、と。
「人を殺すわけでもあるまい、そう気にするな。俺は自分のことしか考えていない貪欲なやつは嫌いじゃないぞ」
励ましてるつもりではないのだろうが、余計その声が心の中に空々しく響いた。
人殺しと同じだ。俺は、俺のためにあいつを殺すのだ。
またあんなことされるのか。ぼんやりとした頭の中、逃げなければと思うがしっかりと抱き抱えられた体はまるで動かない。
それどころかこの腕に安心感すら覚えている自分に呆れる。
扉を開いたナイトはそのまま部屋へと上がる。
ここへ来たのは初めてではない。
そのままベッドへと歩み寄るナイトに心臓の音だけがやけに煩く響いた。
痺れたように熱くなる手足を動かし、なけなしの抵抗を見せてみるがナイトは気にした様子もなくそのまま俺をベッドへとそっと寝かせるのだ。
軋むスプリング。昨夜の記憶が蘇り、堪らず逃げようとしたとき。
ナイトは俺から手を離した。そして、ベッドから立ち上がり俺から顔を逸らすのだ。
「……少し待ってろ。体を綺麗にするものを用意する」
抱けと言われたら抱くくせに、こういうときばかりに俺に優しくするつもりなのか。
そんなこと頼んでいない。「いらない」と呂律の回らない舌で告げれば、ナイトは「しかし」と何かを言いかけ、やめた。
「……少し待ってろ」
放っておいてくれ。そんなことして、なんのつもりだ。言いたいのに、ナイトはそれを許さない。
俺の言葉を待つよりも先に部屋を出るナイト。
なんなんだ、こんな。今更なんのつもりなのだ。
酔と熱で浮かされた頭の中、今の内に部屋へと戻ってやろうと思ったが体を起こすことすらできない。
そんなことをしている内にナイトが部屋へと戻ってくる。
「スレイヴ殿。……起きれそうか」
寝たまま動けない俺に気付いたようだ。濡れた手拭いを手にベッドの側までやってきたナイトは俺をそっと抱き起こす。
「失礼する」と腿を掴まれた瞬間、びくりと体震えた。俺は咄嗟にナイトの腕を掴み、止めた。
「っ、……要らない、自分でする」
そう言えば、ナイトは「わかった」と静かに頷いた。
「俺に触れられたくないのなら、見られたくないのなら……扉の前にいる。終わったら声を掛けてくれ」
そう、手拭いを手渡される。
人肌に温められた濡れたそれを手にしたまま、俺は捨てることもできなかった。そのまま部屋を出ていくナイトに、とうとう俺は文句の一つや二つすらも言うことができなかった。
……なんなんだ、あいつは。
いっそのこと開き直って抱かれた方がましだ。なんなんだ、ともう一度口の中で呟く。
宣言通り部屋から出ていったナイト。
一人取り残された俺はとにかく気持ち悪かった下腹部を拭う。
「……ん、ぅ……」
抱き抱えられてる内に腿へと垂れてしまったシーフに中に出されたものを拭い、そしてそろりとその奥、腫れ上がった窄みに指を伸ばす。
まだ異物が挿入されているようだ。口が柔らかくなったそこは自分の指すらも難なく飲み込むのを感じて余計歯痒くなる。
「……ッ、ふ、ぅ……」
ぬぷ、ちゅぷ、と濡れた音が響く。
捲れたそこを左手で開き、そしてもう片方の手で中に残った精液を掻き出すのだ。自分の体だというのに恐ろしく中が熱く、掻き出す動作だけでも快感を得てしまう自分自身に反吐が出そうだった。
ナイトの部屋、しかもナイトのベッドの上でこんな。素面だったらできないだろう。
思いながら、俺は中に残ったものを全て掻き出し、拭い去る。それでもやはり、感覚全て拭うことはできない。
呼吸を整え、衣類を整える。
……風呂に入りたい。熱い風呂に。
思いながら、起き上がろうと腕に力を入れたとき、バランスを崩してしまいベッドから落ちてしまう。
これじゃ、さっきのナイトと同じだ。
床の上、ぼんやりと考えていると慌ただしく扉が開き、血相を変えたナイトが部屋へと入ってきた。
「っ! スレイヴ殿……っ! 怪我は……」
「大したことはない」
「何かを盛られたのか?」
「……関係、ないだろ」
抱き抱えられる体。情けないという頭もなかった。ヤケになっていたのかもしれない。
またこうしてナイトに助けられてる自分を認められなくて、言葉だけで否定することしかできない。
これじゃ、本当にただの酔っぱらいだ。それなのに、ナイトは。
「落ち着くまでここで休んでいたらいい。……貴殿が嫌だというのならさっきのように外で待っていよう」
なんで、そこまでするんだ。わからない。俺には、ナイトが分からない。
「……っ、ど……して……」
「スレイヴ殿……」
「……どうして、まだ、優しくするんだ……」
俺に。どうして。今までみたいに優しくするんだ。
突き放してくれと言ったのはお前の方なのに。
めちゃくちゃだ。何もかも。全部我慢すると決めたのに、自分を殺して我慢すると決めたのに。
「スレイヴ殿……っ」
なんで抱き締めるのだ。
卑怯だ。そんなの。お前から突き放したくせに。
好きだとかなんだとか吐かすだけ吐かして俺を突き放したくせに。
どうしてそんな顔をするのだ。
離してくれ。
そう一言。その一言口にしてしまえばナイトは俺から手を離すだろう。
それなのにそのたった一言を口にすることを躊躇している自分がいた。
背中に回された手のひらが熱い。どちらの熱なのか最早分からない。恐怖も嫌悪感もグチャグチャに掻き混ぜられ、一抹の心地よさが触れられた場所から広がるのだ。
自分でも混乱した。何故こんなにも離れ難く感じるのか。
今生の別れでもないのに。
「……あんたは、狡い」
「……っ、すまない……」
「…………卑怯だ」
スレイヴ殿、とナイトに呼ばれる。
突き飛ばすことができればよかったのだろうか。
決めたのに、昨夜あれほど全部捨てると決めたのに。
「っ、俺は……助けてほしいなんて言ってない」
「……っ」
「誰も、優しくしろなんて頼んでない」
「……ああ、そうだ」
子供を宥めるような優しい声が余計心臓をきつく締め上げてくるようだった。
ナイトの顔を見ずとも、この男がどんな顔をしているのか想像ついた。
「……あんたは、勝手だ」
「すまない」
そろりと伸びてきた手のひらに後ろ髪を撫でつけられる。手を振り払うことなんて簡単だ。
それなのに、できないのだ。
――今夜が最後なのだ、ありのままの姿でこの男といれるのも。
「許すなって言ったのはアンタだ」
「ああ、そうだな」
「……っ、俺は……」
アンタが助けてくれたとき、庇ってくれたとき、嬉しかった。
あんなことがあったとして、それでも自分のせいでナイトに何かが遭ったらと思うと気が気でなかった。
だから、あんな風に突き放されたのがショックだった。
イロアスの脅しがあったとしてもだ、それでもナイトだけは違うと思っていたかった。
……でも、何も変わらない。
この男の根本は、何も変わっていないのだ。
「俺は、アンタが分からない。……っ、なんで、そこまでするのか……」
「スレイヴ殿」
「俺は……っ、アンタにこれ以上情けない姿を見せるのも、気遣われるのも嫌だ。アンタがいいって言っても、俺は嫌だ。アンタがあいつらと一緒になるのも、耐えられない」
「……ッ」
「あいつらにどれだけ犯されても平気だけど、アンタに犯されるのは嫌だ。あんな、あんな見世物みたいにされるのも、嫌なんだ」
それは初めて口にした本心だった。
イロアスにどれだけ恥ずかしいことを命じられても、シーフにどれだけ馬鹿にされようとも、メイジに陵辱されようとも、耐えられた。
けれど、ナイトだけはどうしても割り切ることができなかった。
「……っ、アンタだけは、他のやつらと一緒になってほしくない」
好きだとか、愛だとか、俺にはわからない。
けれどそれは本心だった。
嫌いになることはできなかった。理解することもできなかった。
けど、この男の根底にあるのは俺のことを思ってのことだと分かったからだ。余計、素直に受け入れられなかった。
「……っ、俺は、アンタを嫌いになりたくない」
あいつらと同じにしたくない。そう、続けることはできなかった。
強く抱き締められ、言葉の先を発することができなかったからだ。ずるりと体が持ち上がる。広いナイトの胸に抱き寄せられた。
「っ、スレイヴ殿、それは……」
「……っ、そのままの、意味だ」
耳元でナイトが深く息を吐いた。酒の匂いに耐えられず、思わず「おい」とナイトの顔を離そうとしたとき。
また強く抱き締められるのだ。そして、肩口に埋められた鼻先。
「……っ、それは、本当か?」
肺から絞り出すようなその声は微かに震えていた。
「嘘を吐くならもっとましな嘘を吐く」
「……っ、スレイヴ殿……ッ」
「っ、ナイト……っおい……」
待て、と止めるよりも先に、頬に伸びてきた手のひらに顔を持ち上げられるのだ。
覗き込んでくるナイトの顔はさっきまでの辛気臭い面とは違う、困惑したような顔は紅潮しきっていた。
「酔って、いるのか……?」
「……あんた程ではない」
「……っ、俺の聞き間違いではないだろうな」
「…………」
「もう一度、言ってくれないか」
スレイヴ殿、と名前を呼ばれ堪らず俺は目の前のナイトの顔を押し退けた。
「スレイヴ殿……」
「アンタのことは……嫌いではない」
「……っ、スレイヴ殿」
「だから……頼みがある」
最後、なんていうと大袈裟に聞こえるかもしれない。それでも、俺にとってはそれほどのものだったのだ。
「――……俺のことを、忘れてくれ」
部屋の中が水を打ったように静まり返る。
俺の言葉に、ナイトの表情が固く強張るのだ。
「……それは、どういう意味だ」
静かに、それでも有耶無耶にして流そうとはせずに真っ直ぐに問い質してくるナイト。
その声には僅かに怒気が含まれているように聞こえた。
「……そのままの意味だ。アンタには余計なことを考えてほしくない、そのせいでアンタの目的も果たせないのは俺が嫌だ」
「断る」
即答だった。
分かっていた、この男の性分もよく知っていた。だから救われたのも事実だ。
だからこそ、余計。
「……本当に、お人好しだな」
スレイヴ殿、とその唇が俺を呼ぶよりも先にナイトから体を離した。
「スレイヴ殿……?」
「……邪魔して悪かった」
「待て、その体で戻るつもりなのか」
「大分……酔いは醒めた。アンタのおかげでな」
立ち上がろうとすればまだ頭の芯がぐらつき、視界が揺れるが先程よりかはまだましだ。
名残惜しそうに「しかし」と呼び止められるが、俺はそれを振り払った。
これ以上ここにいると、本当に揺らいでしまいそうで怖かった。ずっとここにいたい、そんな風に思ってしまえば終わりだ。
そのまま部屋を出ようとして、後を追って立ち上がったナイトに腕を掴まれた。
「……ナイト」
「すまない。けど……これだけは伝えたかったんだ。俺は、貴殿の味方だ。……貴殿は嫌だと言ったが、貴殿が願うのならば俺は何だってする」
「……ッ」
ああ、と息を飲む。
皮膚から流れ込むナイトの熱に身まで焼けそうだった。
俺は何も言えなかった。
そのままナイトと別れ、部屋を出る。
まだナイトに抱き締められているかのように、体は酷く火照った。酒が残っているのだろうが、それでも頭は恐ろしく冴え渡っていた。
俺は自室には戻らず、そのままメイジの部屋へと向かった。
尋ねてきた俺を見るなり、驚くわけでもなく俺の姿を見るなりメイジは「酷い匂いだな」と笑い、部屋の中へと招くのだ。
「それで? まさか俺の部屋で酒盛りするわけではないだろうな」
「……メイジ、お前は記憶を消せるんだよな」
「ああ、それが?」
「……ナイトの記憶を消してくれ。出会った頃まででいい」
俺の言葉に、メイジの目から笑みが消える。
椅子に腰を掛けたままこちらを見上げていたメイジはその脚を組み直すのだ。
「……俺のことをただでお願いを聞いてくれる優しい魔法使いさんと思ってないか?」
「……頼む」
「理由は?」
「俺の我儘だ」
「そんなくだらない理由であいつの記憶を消すのか。所詮お前も勇者サマも同じガキだってことだ、保身のことしか考えちゃいない」
「あいつの気持ちも知っててそれを選ぶんだから酷い話だよな」クスクスと笑うメイジの言葉が重く伸し掛かる。
何も言えなかった。言い返すつもりもなかった。
ナイトには幸せになってほしい。
きっともし俺の記憶が無くなると知ったらあいつがどう思うか、何をするかなんて考えたくもなかった。
あいつは自分のせいだと悔やむだろう。それでも
絶対に知られてはならない。
いつ終わるかもわからない旅、その最中にあいつが自責の念に苛まれるくらいならば俺のことなど忘れてくれた方がましだった。
エゴだ。あの男にこれ以上苦しませたくない。余計なことを考えさせたくない。
今回のことでわかった、記憶を無くしたフリをしてナイトに抱かれ続けることは俺も耐えきれないと。
「まあ良いだろう。俺は優しい魔法使いさんだからな」
「……」
「俺の方で記憶を消しといてやる。因みにこれは貸し一だからな」
「……悪い」
メイジはただ薄ら笑いを浮かべたまま俺を見ていた。酷い顔だな、と。
「人を殺すわけでもあるまい、そう気にするな。俺は自分のことしか考えていない貪欲なやつは嫌いじゃないぞ」
励ましてるつもりではないのだろうが、余計その声が心の中に空々しく響いた。
人殺しと同じだ。俺は、俺のためにあいつを殺すのだ。
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