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職業村人、パーティーの性欲処理係に降格。
01※
しおりを挟むどこを間違えたのか、どうすればよかったのか。
今更考えても手遅れだと身を持って知らされたあの夜、俺は気を失ってしまったらしい。
恐ろしいほど体が熱く、怠い。どれほど眠っていたのかも分からない。
意識が覚醒し飛び起きたとき、ベッドの縁に人影があることに気付いた。
「っ、い、ろあす」
咄嗟に名前を呼べば、勇者――イロアスは上体をこちらに向ける。近付いてくるやつに体が反応してびくりと震え、咄嗟に後ずさろうとしたとき。
伸びてきた手が動きを止め、離れた。
「……お前はまだ寝てていい。……腹は?減っていないか?」
何故、そんな風に話しかけてくるのか俺には理解できなかった。あんな真似をしておいて、よくも。
「……ッ出ていけよ、お前の顔なんて見たくない」
「スレイヴ……」
「最低だ、ナイトにまで、あんな……ッ」
そうだ。ナイト。
ひび割れたように乾いた咥内、声は枯れ、声を上げる度に喉が酷く痛んだがそれでも収まらなかった。
あいつは、イロアスはナイトの言葉にぴくりと反応したようだ。微かに見開かれたその目は俺を見る。
「ナイトは、本当に俺をただ心配してくれただけだ。お前のことも様子が変だって心配して……それなのに……ッ」
「…………ッ」
「出ていけよ、お前の顔なんて……ッ」
見たくない、そう近くの枕を手繰り寄せ、投げつければあいつは避けもせずそれを受け止めるのだ。ろくに手足に力が入らない今、止めようと止められたはずなのに。
あんな酷いことしておいて、させておいてなんでお前が傷ついた顔してるのか。理解できなかった。
「ナイトは、どこだ。ちゃんと無事なんだろうな……ッ!」
「……」
「イロアスっ」
黙りこくるあいつに痺れが切れ、その胸倉に掴みかかろうと伸ばした手首を取られる。冷たい指先の感触に条件反射で身が竦んだ。
また酷い目に遭わされる、そう身構えたとき。
「…………あいつは無事だ」
「っどこに……いるんだよ」
「聞いてどうするんだ?」
「決まってんだろ、あいつを連れて……ッ」
「無駄だ」
ぴしゃりと跳ね除けるような強い口調に思わず俺はイロアスを見上げた。強張った表情、冷たいその目に怯みそうになるがここで引いては駄目だ。
「なんでだよ」と聞き返せば、あいつは目を伏せるのだ。
「……そういう契約だからだ」
「契約? ……っそれって」
「お前も俺たちと来てもらう、今まで通りな」
「っ、ふざけるな、あんなことしておいてよくも……ッ!」
そんなことが言えるな、と詰め寄ろうとしたとき、そのまま腕を引かれてぐっと顔を寄せられる。唇が触れそうなほどの距離を詰められ、「やめろ」と咄嗟に抵抗しようとするが遅かった。
「……元はと言えば出ていこうとしたお前が悪い、ナイトを誑かしたのもお前だ。あいつを巻き込んだのはスレイヴ、お前自身だろ?」
「っ、それは……」
「ナイトはまだ話が通じるやつだった。お前を一人でここに残すことは出来ないと、パーティーに残ると言っていたぞ」
「――ッ!!」
息が止まる。
あの日、あの夜、ナイトに抱かれた。
何度も謝罪を口にするナイトに貫かれたことを思い出し、血の気が引いたのだ。あのときもこいつは、イロアスはナイトを脅したのだ。
――俺を使って。
「ぉ……まえは……おかしい、こんなことするやつじゃなかっただろ……っ、ナイトは何も関係ないだろ!」
「……関係ある」
「っ、なにが……」
「あいつが来てから、お前は変わった。……っ、お前は、そんなことを言うやつじゃなかった」
イロアスの言葉が一つも理解できない。
変わったのはお前の方だろう、俺は何も変わっていない。それなのにまるであいつは俺をおかしくなったというかのように口にするのだ。
「ち、がう、俺は……っ」
違う。俺はおかしくない。おかしいのはお前だ、イロアス。そう言いたいのに、まだ頭が回っていないのか思考が纏まらない。
「……お前だけは、ずっと俺だけの味方だと思っていた」
呼吸が浅くなる。ふざけるな、ふざけるな。お前が、お前がめちゃくちゃにしたんだ。そう言いたいのにあいつの顔がまだ幼かった頃の泣き虫なあいつにダブるのだ。
「……ッ、俺を、一人にしないでくれ」
抱き締められる。わけがわからない。なんで、やめろ、やめてくれ。あんな悪魔みたいな真似をしたくせにそうやってまたあいつの面で俺に頼るな。
「やめろ、イロアス……ッんん……っ!」
嫌な予感がしたときには遅い。唇を重ねられ、何度もちゅう、と吸われる。いつもの獣じみた品のないキスとは違う、子供同士の遊びみたいな稚拙なキスだった。
「っ、や、め……っ、ん、ぅ……ッふ、……!」
離れたと思えばすぐに唇を重ねられる、こそばゆさと困惑に頭はパニックになる。それでも、あいつはしがみつくように、逃さないと言うように俺の後頭部を掴み、更に深く唇を重ねられた。
舌で舐められふやける唇。ちゅぽ、と音を立て唇を離したあいつは俺の下腹部に手を伸ばすのだ。
あんなキスだけで既に反応していたそこをすり、と手の甲で撫でられ息を飲む。
「っ、イロアス、やめろ……ッ」
「……お前はどうやったら諦めてくれる? ……ナイトか?」
「あいつが居なくなればお前は余計なことを考えずに済むのか?」そう下着ごとずり下げられ、勢いよく溢れる自分のものに驚く暇もなかった。
笑っていないその目に背筋がひやりと凍りつく。
「っ、やめろ……ッ! あいつには手を出すな!」
「……」
「あいつに、手を出したら許さないからな……ッ! お前でも、絶対に……ッ!」
「俺、でも……ね」
頭を擡げ始めていたそこを指で弾かれ、腰が震える。やめろ、と止めようとするがあいつはそれを無視して溢れる先走りを指で絡め取るのだ。
「そんなへっぴり腰でお前に何ができるんだ?」
「ぁ……ッ!」
「……あいつはお前を守るために俺に従うことにした。けど、お前はどうだ? ……何もできないくせに噛み付いて、ナイトの気遣いも無駄にするつもりか?」
「ぉ……ッぉ、れは……」
ただでさえ昨夜の名残も抜けきれていない今、ぬちぬちと音を立て人差し指と親指で作った指輪とそして掌全体で上下に数回扱かれるだけであっという間に全身の神経が性器に集まる。
先程よりも明らか芯がしっかりするそれに、イロアスはぎゅっと根本をきつく握り締めた。食い込む指に驚いて飛び上がりそうになる体。せっかく
達しそうになったところを阻害され、行き場を失った熱が下腹部、その奥でくすぶる。
「っ、ぃ、ろあす……ッ!」
「……言えよ、二度と俺から離れないって」
「っ、だれが……ひッ!」
言うもんか、と唇を硬く結んだとき。大きく股を開かされ、無防備に曝されてしまう後孔に片方のイロアスの指が触れる。
一晩中何度も出し入れされたそこはまだ感覚が戻っていない、それでもこちょこちょと捲れ上がったその周囲の盛り上がった肉を撫でられた瞬間恐ろしいほどの快感が蘇ったように腰がびくんと跳ねた。
「っ、ぁ、や……ッ、やめろ……ッ!」
「犯してくださいって言うんだ、スレイヴ」
「ふ、ざけるな……ッ、誰が、……っ、ぁ、……ッ!」
ぬぷ、と指を挿入され堪らず腰が震える。
最初はあんなに異物を拒んでいた体は寧ろ待ち望んでいたかのように挿入されるあいつの指に絡みついていくことに気付いて顔が、全身が火照る。
「っ、や、抜け……っイロアス……ッ」
「……おい、腰が揺れてるぞ」
「ち、が……ッ」
「お前は、男だったら誰でもいいんだろ?」
「ちがう、そんな……ッ、ひッ!」
追加される指に腫れ上がった体内、その粘膜を撫でるようにぐるりと指を動かされればそれだけで腰がくねる。気持ちいい、なんて思いたくない。それなのに、イロアスに握り締められたままの性器がびくんびくんと揺れるのだ。
違う、俺は、こんなことしたくない。それなのに。俺の性器から半透明の液体がたらたらととめどなく溢れ、イロアスの指までも汚しているのを見て頭に血が昇る。
こんなこと、大したことないはずなのに。恐ろしいほどの快感に一瞬にして昂ぶる己の体に恐怖すら覚えた。
「っ、や、めろぉ……っ!」
「誰だって良かったって言えよ、誰でもいい、気持ちよくしてくれる相手なら誰でもいいって」
「っ、……ッぁ、や、め……ッ!」
「シーフとメイジに抱かれてあんなに良がっていたくせに、俺は嫌か?」
あれは、メイジの妙な魔法のせいだ。
そう言いたいのに、ぬちぬちと浅い位置にある性感帯を指で責められれば脳に電流を流されたみたいにばちりと視界が白ばむのだ。それからすぐにやってくる恐ろしいほどの快楽に堪らずイロアスの腕に爪をたてた。
「っぃ……ッい、やだ……! イロアス……っ!」
イロアス、とその腕にしがみついて止めようとしたとき、ベッドへと押し倒すように唇を塞がれる。
「っ、ん、ぅ……ッ! ん゛……ッ!」
口の中を行き来する肉厚な舌に喉奥、その根っこから舌を絡め取られる。流し込まれる唾液を受け止めきれず、開いた口の端からたらりと垂れるそれを拭うこともできなかった。
逃げようとする腰を掴まれ、触れられてほしくない部分を遠慮なしに愛撫されればそれだけで頭がどうにかなりそうだった。
もう、こいつに従う理由もない。舌に噛み付いてやろうとするが顎いっぱいに開かされた口は思うように力が入らない。
「……っ、んぅ……ッ!」
ぬぷ、と指が引き抜かれた。次の瞬間、柔らかくなったそこを指で拡げられ背筋が震えた。
やめろ、と尚逃げようとする腰に既に膨らんだやつの下腹部を押し付けられるのだ。ごり、と嫌な硬い感触に昨夜の行為を思い出し全身が震えた。
「挿れて下さいって言え、スレイヴ」
「……っ、……」
「もう、指なんかじゃ満足できないだろ」
股の下から衣服越しに勃起した性器を押し付けられ腰が浮く。そんなはずないと言いたいのに、中途半端に掻き乱された神経はイロアスのものに集中するのだ。
「っ、嫌だ、そんなもの……っ俺は……」
「……じゃあなんだこれは? ……腰が揺れているぞ」
「っ、ちが、ぅ……ッ、これは……」
指摘されてはっとする。
離したいのに、離れたいのにぐりぐりと性器を押し付けられると臍下にきゅっと力が入ってしまい、自分の意志とは関係なく揺れるそこに顔が熱くなる。
挿れてほしいなんて思わないのに、散々嬲られていた内壁はじんじんと痺れ、疼くのだ。嫌なのに、不快なのに、この衣服の下のものを捩じ込まれたときの感覚をすでに知ってる俺はそれを意識せずにいられない。
「……ッ、スレイヴ」
焦れたようにイロアスは唇を重ねてくる。
抱き締められるようにそのまま勃起した性器を擦り付けられ、腰を動かすイロアスはまるで自分の方が挿れたがっているようにしか見えない。
「やめろ」と制する声が震えてしまう。それもすぐにキスをされ、遮られた。
「っ、ん、ぅ……ッ!」
実際に入ってるわけではない。それが余計もどかしくて、疑似性交でもするかのように更に深く腰を押し付けてくるイロアスに血の気が引いた。
「っ、早く……言えよ、スレイヴ、挿れてくれって、なあ……ッ!」
「お前……っ、変だ、おかしい……っ、こんなの……っ、ぉ、……ッ!」
犯そうと思えば今すぐにでも挿入することもできる。今の俺はこいつに敵う自信がなかった。それなのにこいつはそれをしない。
なんでそこまでして俺の口から言わせたいのかまるでわからない。焦れたように、切なそうに、苛ついたように名前を呼ばれ、戸惑う。
「やりたいなら、やれば……いいだろ……っ! 前みたいに人を無視して無理矢理にでもしたらどうだ……っ!」
これでは犯してくださいと言ってるようなものだと思ったが、今となっては行為自体に最早大差も意味もない。
そんな俺の言葉に、やつの喉仏がひくりと上下するのだ。そして、こちらを見ていた目が見開かれる。まるで、信じられないものでも見たかのように。
「っ、それじゃあ……意味ないんだよ」
伸びてきた手に頬を撫でられる。やめろ、と逃げようとすれば反対側の頬に伸びてきた手のひらによって顔を挟まれた。真正面、至近距離。イロアスの睫毛の一本一本すらも確認できてしまいそうなその距離の近さに息が止まった。
「……俺を、捨てないでくれ」
その揺れる瞳に部屋の明かりが反射する。
今にも泣きそうな顔で声を絞り出すイロアスに、俺は言葉を返すことができなかった。
「捨てないでくれ、スレイヴ……ッ」
額がぶつかる。それでも、離れたくない、離したくないとでも言うかのように密着した体に息を飲む。
なんで、イロアスがそんなことを言うのかがわからなかった。だって捨てようとしたのはお前で、俺は……。
「っ……」
言葉が出なかった。スレイヴ、と俺の名前を繰り返し、まるで子供のようにしがみついてくるやつに俺はただ唖然としていた。
俺の知っているあいつは、勇者イロアスは、もっと気丈なやつだ。困ってる人を助けずにはいられなくて、それでも無謀なことをするような馬鹿でもない。一歩引いたところから冷静に物事を分析し、突っ走ろうとする俺を引き留めてくれた。
けど、今目の前にいるのは。
「スレイヴ……ッ」
まだちょこちょこと俺の後ろを着いてきていたときの泣き虫で弱虫なあいつだったのだ。
「っ、な……んだよ、それ……」
ぽたぽたと頬に落ちてくる雫は流れ落ちていく。なんで、お前が泣くのか。なんでお前が恐れているのか。イロアスが理解できない。
けどただ漠然と理解できたのはこいつは何も変わってない。俺の姿が見えなくなると一人で泣いていたあのときと、なにも。
「スレイヴ……ッ」
「お前、無茶苦茶だ……っ」
無性に腹が立った。理由は明快だ。俺は目の前のこいつと、自分自身に腹が立ったのだ。
こいつのことを理解していたつもりだった。けど、実際どうだ?どこが立派な勇者様だ、ここにいるのはあのド田舎で暮らしていた子供だ。
「……俺を捨てたのは、お前だろ」
怒鳴る気力もなかった。
苛立ちと、それ以上に虚しかった。こいつのことを何も気付かなかった自分に、ずっとそれを隠して俺の前でまで取り繕っていたというこいつに。
「っ、違う、それは……」
「……っ、やらないなら退けよ。この部屋から出ていけ」
「スレイヴ……ッ」
「お前は、自分勝手だ……ッ! 俺はずっと、お前のことを――……ッ」
お前のことを支えていたかった。
隣にいるのは俺だと思っていた。
それはこいつも同じように考えてくれていると思ったからだ。
けど実際はどうだ。必要なくなれば捨てようとし、捨てないでくれと頼めば性処理にされる。
いざ出ていこうとすれば強引に引き留められ、挙げ句の果に俺の味方をしてくれたナイトにまでこの仕打ちだ。
「……お前の顔なんて見たくない」
許せなかった。俺自身も、イロアスも。
イロアスの手から力が抜ける。ずるりと落ちる腕。目を見開いたままイロアスは暫く動かなかった。スレイヴ、と掠れた声で名前を呼ばれるが、答える気にもならなかった。目を逸らせばイロアスはがっくりと肩を落とし、そして上体を起こし俺から離れるのだ。
また酷い真似をされるかもしれない。そう覚悟を決めて目を瞑ったが、一向になにも起こらなかった。
それどころかベッドから一人分の重みがなくなり、小さくスプリングが軋む。
「……悪かった」
微かに聞こえたその言葉は聞き間違えではないはずだ。
顔を上げれば、ベッドから降りたあいつは部屋を出ていこうとした。言葉は出てこなかった。
なんで謝るんだよ、今更。なんで。あんなことしておいて。
濡れた頬を拭う。イロアスが部屋から出ていったあと、俺は暫くベッドの上から動かなかった。
イロアスが出ていったあと、俺は風呂に入って全身を清めた。頭から水でも被ればこの気も収まるだろうと思ったが逆効果だ。
何をしてもあいつの、イロアスの情けない面が蘇っては腸が煮え繰り返りそうになる。
風呂を出て、一先ず収まった体の火照りにほっとする。中途半端に弄ばれたせいで余計イライラしてるのかもしれない。
……とにかく、早くナイトに会わなければ。
この隙に宿を出るのが一番だとわかったが、それでもやはりナイトのことが気がかりだった。せめて最後にもう一度会いたかった。
謝らないと、謝って、お礼を言わないと。
そうそっと部屋を出ようとしたときだった。
「こそこそとどこに行くんだ? スレイヴちゃん」
「……ッ! メイジ……!」
「駄目だろ、勝手に出歩いちゃ。……また勇者サマに閉じ込められるぞ」
いつからいたのか、扉の前に立ち塞がる見たくない顔に血の気が引いた。厄介なやつに見つかった。
「退けよ、邪魔なんだよ」
「ひでー声。体もまだ本調子じゃないんだろ? そんなんで出歩いちゃ危ないだろ」
「お前なんてすぐ捕まってまた犯されるんだろ?」と当事者のくせに他人事のように笑うメイジ。腰に回された手に徐に尻を揉まれ、慌てて俺は「やめろ!」とやつの腕を剥がそうとする。
「それとも寂しくて男探してたのか? それなら俺が相手してやってもいいけど」
「ふざけんな、誰が……っ! 触るな、退けッ!」
「そう大きな声出すなって、勇者サマが飛んでくるだろ」
衣服越し、尻の谷間をなぞるように這わされた細く、がっしりとしたその指が股の隙間に差し込まれ堪らず息を飲む。
「メイジ……ッ」
「だから言っただろ、俺と逃げときゃ良かったのにって。ナイトまで巻き込まれて可哀想に」
「……ッ」
ナイトの名前を出され、堪らず息を飲む。
それをメイジは見逃さなかった。逸らそうとした顔、その顎を掴み上げられる。
「でもまあ、俺としては堂々とお前を犯せるようになって全然アリなんだけど」
そう笑い、唇をれろりと舐められ寒気を覚える。咄嗟に口元を手で覆い隠そうとするがすぐに手首を掴まれ、引き剥がされた。そして覆うこともできずに今度は頬を舐められるのだ。
「っ、や、めろ……気持ち悪い……ッ!」
「なんだ、髪が濡れてるな。こんな時間に風呂に入ったのか」
「勇者サマか?」と笑うメイジに唇を撫でられる。耳たぶに触れた唇に直接息を吹き掛けられ、背筋がぞくりと震えた。せっかく収まったばかりなのに、下心を隠そうともせず触れてくる手に反応してしまう自分の体がただ忌まわしい。
「っ、退け、邪魔するなよ……っ」
「お前、また逃げようとしてんだろ? ……それとも、ナイトに会いに行くつもりか?」
「……ッお前には関係ないだろ……!」
「まだ俺のことを『関係ない』って言うのかよ。……本当可愛げないやつだな、お前。昨日はあんなにあんあん言って可愛かったのに」
「黙れ……っ! 今直ぐその口を閉じろ!」
そう胸倉を掴もうとすれば、俺をじっと見つめていたやつは何の躊躇もなく唇を塞いでくるのだ。
こいつ、と思ったときには遅い。
「っ、ん、は、はなせ……ッ、ん、ぅ……ッ!」
ぢゅ、と唇を吸われ、甘く噛まれたと思えばぬるりとした舌に唇を舐める。
「っ、む、ぅ……ッ!」
まるで飴玉でもしゃぶるように執拗に唇をむしゃぶりついてくるメイジの体重に負け、壁に押し付けられたまま動けなくなる体。しつこい、それ以上に、不快感に耐えられず俺は思いっきりやつの脛を蹴った。
「……ックソガキ」
「っ、退け! こ、……んぉ……ッ!」
ほんの一瞬、唇を離したメイジは再度俺の顎を掴みそのまま深くまで舌をねじ込んでくるのだ。先程までイロアスに蹂躙され、散々敏感になっていた口の中は肉厚なその濡れた感触が触れるだけで唾液が滲み、喉奥舌の根ごと執拗に愛撫されるとそれだけで思考を掻き乱される。
腰から力が抜け落ちそうになり、壁に体重預けることで立ってるのがやっとの俺にメイジは舌を引き抜き、微笑んだ。
「……おかしいな、まだなんのデバフも掛けてないんだけどな」
「なんだ? これ」と手の甲で股間を撫でられ、息を飲む。指摘され、自分が勃起していることに気付いた。顔が熱くなる。
違うと言いたいのに、見てわかるほど張り詰めたそこに俺は言葉を飲んだ。
「っ、触るな……この……ッ」
「そんな顔で言われてもな」
思いっきりやつの指を掴み、引き剥がそうとすればメイジはおかしそうに笑う。そして、対して痛がる素振りを見せることなく俺から手を離した。
「ナイトに会いたいんだろ?」
「……っお前に関係……」
「あいつのところまで連れて行ってやろうか」
ないだろ、と言い掛けて被せるように発されたその言葉に思わず息を飲む。
思わず抵抗するのを忘れ目の前の男を見上げれば、やつはただ気味が悪いほどの笑みを浮かべて俺を覗き込むのだ。
「どうせ勇者サマからはなーんにも聞いてないだろうと思って。図星か?」
信用するな、どうせ罠にハメるつもりなのだ。
そんな汚い男だと俺は身を以て知っているはずだ。分かっていても、その言葉に反応しそうになって俺はぐっと唇を噛んで堪えた。
「……どういう風の吹き回しだ」
「おい、そう警戒するなよ。俺はただお前が喜ぶ顔が見たいだけだ」
「っ、本当のことを言え……ッ!」
「ここで犯すのもいいが、そっちの方が面白そうだと思ったからだよ」
どういう意味だ、と深く聞く気にもなれなかった。頬を撫でられそうになり、俺はやつの手を振り払う。乾い音が響く。やつは振り払われたままの動きを止めた。
「あいつの居場所だけを言え」
「それより俺が連れて行った方が早いだろ」
「……っ」
「お願いしますは?」
「……っ、もういい、お前になんか誰が頼るか……ッ!」
「おいおい、そうカッカすんなよ。……短気は損気って言うだろ? 年長者には甘えるもんだぞ」
何が年長者だ、そう睨めばメイジは楽しそうに目を細め唇を歪める。
「勇者に見つかりたくないだろ? ……俺を頼れよ、スレイヴ」
息が吹き掛かりそうなほどの距離。
まるで恋人かなにかのように甘い声で名前を呼んでくるメイジに背筋が震えた。俺は近付いてくるやつの胸を半ば突き飛ばすように引き離した。
「お前なんか頼らなくても、自分で見つけ出す。お前に借りを作るくらいなら迷った方がましだっ」
自分の声が反響する。
思わず声が裏返ってしまうが、恥る余裕もなった。イロアスに加担したくせに、こういうときだけ俺に甘い顔をしてまた騙そうとするこの男がただ恨めしかった。
メイジはただ「本当、馬鹿なやつだなお前」と笑うのだ。愛しそうに目を細め、嬉しそうに笑みを深める。
「付いてこいよ。お前一人でとろとろしてたらあいつがまた心配するだろ」
「俺はお前を信用するつもりはないっ」
「ああそう、じゃあそのままそこにいろ。俺一人でナイトに会いに行くから」
じゃあな、と笑いそのままあっさりと俺から体を離したメイジは歩き出す。急に快感から放り出され戸惑ったが、そのまま鼻歌交じり歩いていくメイジの背中がどんどん遠くなっていくのが見えた。
なんなんだよ、クソ……!
試されているようで腹立った。信じるつもりはない、利用するだけだ。すぐに罠だと分かれば引き返そう。
そう、俺はメイジから離れてその背中を追いかけた。
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