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クソザコお荷物くん
05※
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「おはよう。……昨夜は休めたか?」
朝起きて、他の連中が起き出す前にさっさと顔を洗って朝食を済ませようとしたが、間が悪かったようだ。
朝の鍛錬から戻ってきたらしい勇者は、食堂で朝食を食ってる俺を見るなり歩み寄ってくるのだ。
どんな顔をすればいいのかわからず、俺はやつの目を見れないまま「ああ」とだけ応えた。
「そうか。ならよかった。……夜、お前の様子を見に行ったら部屋にいなかったから心配してたんだ」
「……そうかよ」
「どこに行ってたんだ?」
単刀直入だった。
勇者の問い掛けに、俺は内心気が気でなかった。
こいつのことだ、俺の部屋周辺も探してるのだろう。下手に誤魔化すのは余計墓穴を掘ることになる。
「別に、どこだっていいだろ。……部屋に籠りっぱなしは性じゃないんだよ」
「……お前、そんなこと言ってもう体調は平気なのか?」
「ああ、問題ない」
言ってから、しまったと思った。
どういう意図で俺の体の調子を聞いたのか、まさかこのあとすぐこの前の続きをしろと言われるのではないか。そんな思考が過り、食べ物の味がしなくなる。
けれど、勇者の反応は俺の予想していたものと違った。
「……そうか。でもそうやって調子に乗るとまたぶり返すかもしれないだろ。大事を取って今日も休んでおけ」
「………………」
「……おい、聞いてるのか?」
「……問題ないと言ったんだ。俺はもう充分休息は取った」
胸の奥がチクチクと痛む。なんでこんなに不愉快なのか分からなかった。そのときは自分の気持ちを言語化することはできなかったが、今思えばやつにこうやって優しくされるのが余計嫌だったのだ。
「ご馳走さん」
「おい……」
「あれ、お前らもう飯かよ。今日は俺一番乗りだと思ったのに、早いな~」
早くこの場から立ち去ろうとしたときだった。二階から降りてきたのはシーフと――魔道士だ。明らかに寝起きなシーフとは対象的に魔道士は既に身支度を済ませている。やつらの姿を見た瞬間、一気に血の気が引いた。
――この場にいたくない。
「シーフ、メイジ。おはよう。……騎士はまだ寝てるのか?」
「さっき廊下ですれ違ったぞ。もうすぐ降りてくるんじゃないか?」
「そうか。こうして飯時に揃うのは久し振りだな」
何を呆けたことを言ってるのか。
冗談じゃない。こいつらの顔を見ながら飯なんて食えるか。そんな気持ちを抑えることはできなかった。そう降りてきた二人と入れ違うように二階へと上がろうとしたときだ。
「あれ。お前、もう戻んのかよ。勇者がこう言ってんだぜ、たまにはもうちょっと交流したらどうよ」
シーフの野郎が余計なことを言い出した。
階段下から魔道士と目が合う。ほんの一瞬、やつは確かに笑った。
「好きにさせてやれよ。俺だって朝飯は美味いほうがいいしな。それよりシーフ、お前二日酔いは大丈夫だったのか?」
「ああ、お陰様でな。いやー、お前の酔い止めは本当優秀だな」
助けてやったつもりなのか、すぐに興味なさそうにシーフをテーブルへと誘導する魔道士の背中を睨み、舌打ちをした。俺はそのままやつらを無視して二階の自室へと逃げた。
二階の廊下。丁度騎士が部屋から出て来ていたところだった。既に装備に着替えている。
そうか、今日もギルドに向かうのか。やつも俺に気付いたらしい。俺の姿を見るなりやつは会釈する。
「おはよう。……体調は如何か?」
「ああ、大丈夫だ。……昨日は悪かったな、何から何まで世話になった」
「いや、自分はただ言われたことをしただけのこと。……今日も休まれるのか?」
「勇者にはそう言われたがな。……正直これ以上部屋に籠もってるほうがまた気が滅入りそうだ」
「……それもそうだな」
「アンタたちはこれから出るんだろ? 下で他の奴らが集まってたぞ、アンタも行ったらどうだ」
そう促したとき、騎士は妙な顔をしてこちらを見るのだ。なんだよ、と視線を向ければ、目が合う。
「……昨日の話をぶり返すようで悪い。貴殿がその、他の三名を快く思っていないという話だ。あれが、どうしても引っかかってだな」
「……それがどうした?」
「こうして話し掛けるのが貴殿にとって迷惑ではないか、気になったんだ」
「………………は」
思わず、笑ってしまいそうになった。
えらく神妙な顔をして切り出すのでなにかと思えばこの男、ここまで真面目だとは。
「……な、何故笑う……俺は真剣に……」
「いや、悪い。……呆気取られたんだ。確かに俺はあいつらは好きじゃないが、アンタは別だ」
「……っ、それは……」
「アンタは特別だよ、他のやつらと違う。……いい人だ」
幼い頃、住むところを失ったあの日から俺はあいつと二人で食いつなぐ為に色々してきた。ろくでもない人間に何度も騙されてきたし、痛い目だって見てきた。だからこそ、人を見る目には自信があった。この男は善人だ。見た目に似合わず繊細な気配りができる、心優しい男だ。
それが分かったからこそ、こんな風に言えたのかもしれない。
「俺はアンタみたいな人は嫌いじゃない」
「……っ、そ、そうか……それならよかった」
照れたように赤くなった騎士は破顔する。
そこまで恥ずかしがられると俺まで恥ずかしいこと言ったのかと照れてしまいそうになるが、本音だった。
この男がいなければ耐えられない部分は大きい。
「だから、余計なことを気にする必要はない」そう言おうとしたときだった。
騎士の目が、俺の背後に向けられた。
「――勇者殿」
その騎士の言葉に、息を飲む。冷たい汗が背筋に流れた。
いつの間にいたのか、階段から上がってきた勇者は俺を見ていた。
見たことのない目でただじっと、こちらを見ていたのだ。
何故、こんなに自分が動揺しているのかわからなかった。俺は別にやましいことなどしていない。それなのに、いきなり現れたあいつに恐ろしいほど指先から冷たくなっていく。
「……随分と打ち解けたようだな」
掛けられるその言葉に、向けられるその目に、呼吸が詰まりそうになる。勇者は笑っていた。けれど、その目までは変わらない。
俺は、こんな勇者を見たことなかった。取り繕ったような、無理やり作ったような強張った笑顔はただ違和感を増長させる。騎士はその勇者の異変に気付いていないのか、勇者の言葉に対し照れくさそうに咳払いをするのだ。
「勇者殿……もう朝食は済まされたのか」
「いや、俺はまだだ。鍛錬から帰ってきたばかりでな……先に汗を流してから摂る予定だ」
「俺のことは待たなくていいからな」と、騎士の思考を先読みしたのか勇者は先に応えた。
騎士は何か言いたそうだったが、勇者はそのまま俺たちの横を通り抜けて自室へと向かうのだ。
そして、扉の前。扉を開けようとしたあいつは「ああ、そうだ」と俺の方に目を向ける。じっとりとしたなにかを孕んだような視線に、体はぎくりと強張った。
「――……今日のことで相談があるんだが、ちょっといいか」
相談、それが何を意味するのか俺は頭よりも体で理解していた。息が詰まりそうだった。よりによって、騎士の前でそんなことを言うなんて。
「……わかった」
「それじゃ、またな」と騎士に告げ、俺は勇者に呼ばれるままやつの部屋に足を踏み入れる。
地に足を着いている感覚がなかった。続いて勇者が部屋に入った。閉じられる扉。俺が振り返るよりも先に、背後から抱き締められるのだ。
のしかかるような重さに、陰る視界に、体が強張った。
「……っ、おい……ん、ッ……む……ッ」
顎を掴まれ、強引に顔を持ち上げられたかと思うと唇を重ねられる。驚くが、それを拒むことはできない。唇を開き、こちらから恐る恐るその唇にちろりと舌を伸ばせば、勇者の目が細められた。手首を取られ、更に体を強く抱き寄せられるのだ。
そして、噛み付くように、何度も角度を変えては勇者は俺に深く口付けた。
この行為になんの意味があるのか俺には理解しがたい。性行為の一環なのか、俺に立場を理解させるための行動なのか、恐らく両方なのだろう。
最初は、恋人同士、心を通じ合わせたものだけの特別な行為だと思っていた。
「っ、は……ッ、ん、ぅ……ッ」
溢れる唾液すら舐め取られ、唇がふやけようがお構い無しで勇者は俺の唇を貪る。腰に重いものが溜まっていくのを感じた。勇者の汗の匂いが濃くなり、余計目眩を覚える。唾液が絡み合う音が耳のすぐ側で聞こえてくるようだった。そういう生き物みたいに一心不乱で人の粘膜ごと舐ってくる勇者に俺は教えられたように答える他ない。
何も考えられなかった。
舌が絡み合い、唾液ごと甘く吸われればそれだけで膝下から力が抜け落ち、立つことが困難になる。崩れ落ちそうになる俺の腰を抱き抱え、勇者は俺から唇を離した。
「……っ、ゆ、うしゃ……」
息苦しさから解放されたときだった。勇者を呼んだとき、あいつはいきなり俺を体から離したのだ。掴まれた両肩に指が食い込む。そして、俯いていたあいつは、俺を睨むのだ。
「……勇者って呼ぶな」
それは、明確な怒りだった。
「お前だけは、俺を勇者って呼ぶな。俺は、勇者じゃない。お前は……ッ!」
何故、こいつがこんなに怒ってるのか俺には理解できなかった。
危険だと、肌で感じた。いつもこいつに抱かれるとき、無茶はさせてくるがそれでもいつだってあいつはいつもと変わらなかった。同い年とは思えないほど落ち着いていて、聡明で、あまり気が長い方ではない俺を隣で嗜めてくれるような大人びているやつで。……けれど。今は。
「っ、おい……どうしたんだよ、……ッ! ん、ぅ……ッ!」
ベッドに行く時間すら惜しいとでも言うかのようにやつは人の服を脱がしてくるのだ。腫れ上がった胸の突起をぎゅっと抓られ、堪らず身もだえる。片方の胸に噛み付くように乳頭ごと咥えられ、強く吸われた瞬間全身に電流が流れる。
「っは、待て、ッも、……ッぅ、あ……ッ!」
ガリ、と思いっきり腫れ上がった突起に歯を立てられた瞬間、焼け付くような激痛に堪らず胸が仰け反る。勇者の肩を掴み、引き剥がそうとすれば、やつは赤く血が滲むそこに舌を這わせるのだ。痛い、ズキズキと疼くそこに血液が更に集まっては凝固していくのがわかり、頭が真っ白になる。
こいつに対して恐怖なんてもの感じたことなかった。
いつだってこいつは俺の側にいてくれて、味方してくれて、一緒に背中を預けあっていた。例え追放されようが、それはこいつなりに実力の伴っていない俺の身を案じてくれた結果だとも本当はわかっていた。だから、何されても良かった。
けれど、あいつの目を見た俺は初めて腹の底から恐怖を覚えた。
あいつは、俺を傷付けるつもりだと。噛まれたのはただの偶然ではないのだと。赤く濡れた唇に、くっきりと残った歯の型からぷつりと滲む赤い玉。
「……っ、は……ッ、お前もそんな顔するのか」
自分がどんな顔をしてるのかわからなかった。けど、きっと、酷い顔をしてるのだろう。表情筋はまるで固まったまま動かない。
「なあ……お前は誰のものだ?なんでここに残ってる?……俺のためになんでもするって言い出したのはお前の方だったよな」
「っ、ふ……ッ、ぅ……」
「……答えろよ」
「っ、ぁ、やめ、ッ」
「拒むなって言っただろ」
歯型が残り、余計敏感になったそこを指で抓られた瞬間頭が真っ白になった。ガクガクと腰が震え、何も考えられなくなる。こんな、冷たい声聞いたことなかった。
「答えろよ、――」
「お、お前には、逆らってないッ……俺は、お前のこと……ッ!」
「嘘吐くなよ。お前、俺のこと避けていただろ。……こうでもしないと、すぐに逃げる。俺が命令しなければお前は俺の顔すら見たくないんだろ」
体の傷よりも、心臓の奥、心の方が痛かった。
こいつはいつだって自分の気持ちを語ることはなかった。なにが効率よく、なにが誰のためになるのか、そんなことを言うことはあっても自分がどう感じるのか、それを口にすることはない。
そんなやつが語るその本心はあまりにも冷たく、そして深く貫いてくるのだ。
「そ……れは……ッ」
「違うと言い切れないんだろ。……お前はすぐ態度に出るからな」
「っ、落ち着けって、だから……ッ!」
「……俺は、落ち着いてる。――恐ろしいほど静かなんだ」
なにが、と尋ねる暇もなかった。下腹部に伸びた手に下着を脱がされそうになり血の気が引いた。拒むな、とあいつは言った。わかってても、こんな状態で行う性行為がまともではないと頭で理解していた。
こいつは、平常ではない。それともこっちが素だというのか。ずっとずっとずっと我を殺し、俺の隣にいたのか。鬱憤すらも吐き出させることもできず、爆発寸前まで追い込んでいたのか。
「っ、や……ッ、めろ……ッ!」
このままでは俺もこいつも傷つけ合うだけだとわかった。こいつは、きっと後悔するとわかっていたから。まだ、殴り合った方がましだ。だから、思いっきり俺はあいつの顔を殴った。
初めて俺はあいつとの行為を拒んだのだ。
こんなことしたってお互い気持ちよくなるわけがない。そんなこと分かりきってるはずなのに。
なのに、あいつは。
「…………ああ、そうか」
その目がゆっくりとこちらを向く。
感情のないその目に捉えられた瞬間だった。
「ッ、ひ、ぅ」
思いっきり足を広げられ、ずらした下着の中へと入り込んできたやつの指が柔らかくなっていた肛門に捩じ込まれるのだ。
「っ、や、めろ、ッ、ぉ……ッ!」
何も言わない。もう一発殴ろうとした手首ごと頭の上で拘束され、肛門に二本目の指が追加される。
快感なんてない。いつもこいつは俺が傷つかないようにと丹念に慣らしてくれていたのだとわかった。けれど、今はどうだ。
「っ、……――」
名前を呼ばれた瞬間、背筋が凍り付いた。体は恐ろしく熱いのに、心が冷えていく。膨れ上がったやつの下腹部、下着の中から恐ろしいほど勃起した男根が現れる。既に先走りで濡れた肉色のそれをろくに慣らされてもいない穴に押し当てられ、堪らず「やめろ」と声を上げた。
けど、あいつに俺の声は最後まで届くことはなかった。
次の瞬間、脳天まで貫かれるほどの衝撃に体は弓なりになったまま硬直した。声を上げることすらできなかった。身も竦むほどの熱量に、骨まで焼き尽くされるようだった。
「ッ!ぅ゛、あッ、あ゛、ぁあ……ッ!」
ぶち撒けられる。腹の奥まで亀頭で抉じ開けられ、文字通り犯される。これまでの行為がどれほど良かったのかと思えるほど、あまりにも独善的で快感とは程遠いものだった。激痛に体は引き攣り、やめろと何度もあいつの体に爪を立てては抵抗した。けれど、あいつはそれを無視して、爪が皮膚を裂こうが構わず俺を犯すのだ。
「ぅ゛ッ、あッ、や、ッ、ぁ゛ッ! ぎひ……ッ!」
地獄のような時間だった。部屋の中に広がる濃厚な血の匂いに、潰れるような肉の音。獣のように犯され、ただの肉塊になる。
どんだけ敵に痛め付けられようが、耐えられた。それはこいつがいたからだ。そんなやつに、傷付けられる。抑え込められ、逃げ場も封じられ、力任せに犯されるのだ。だからこそ余計、痛かった。
「っ、あ゛……ッ、ぐ……ッ!」
腹の奥底、痙攣したそこからたっぷりと注ぎ込まれる精液を受け入れることしかできなかった。
泣くつもりなんてなかったのに、いつの間にかに目からは涙が溢れていた。立ち上がることもできずに動けなくなる俺に、あいつは俺の顔に触れようとして、やめた。そして、中に埋まった性器は萎えることなく再び固くなる。再び浅く動き出すやつに血の気が引いた。
「やっ、めろ……も、……っ」
「じゃあ、出ていくか?」
「っ、……ッ!」
「……お前は出ていけないはずだ。俺がいないと、復讐することも敵わないからな」
その一言に頭に血が昇るのがわかった。
確かにそうだ、俺の目的は村の皆の無念を晴らすこと、復讐を果たすことだ。けれど、それだけではない。
「っ、お、まえは……ッ、馬鹿だ……ッ! 俺なんかよりも、ずっと……ッ!」
聡明なこいつならわかってると思っていた。
確かに、俺一人では魔王を倒すことは不可能だろう。俺とこいつの実力差くらい知ってる、ずっと一緒にいたんだから。
けど、俺がそれでもここから出ていかなかったのはそれだけじゃない。
お前が、お前じゃなかったらあんな無茶苦茶な申し出、受けるはずがないだろ。
「……黙れよ」
その言葉は全部、掻き消された。
大きく片腿を掴まれ、上半身にくっつきそうなほど持ち上げられたまま更に深くまで腰を捩じ込まれるのだ。頭の奥、既に壊れていたと思っていた快楽の壺からどろりと蜜が溢れ出し、止まらなくなる。そのまま腰を打ち付けられれば、それだけでトびそうになった。
「ぅ、あ゛……ッ!」
「ッ、黙れよ……黙れ、俺は……ッ」
「ッ、ぁ゛ッ、あ゛ぁ、や、めッ、ん゛、ぉ゛……ご……ッ!」
「……ッ、なんで……っ」
呻くように腹の底から吐き出す勇者の声は呪詛のように頭の中に響く。えら張った亀頭で奥の突き当りをぐちゅぐちゅと叩き潰される。痛みのあまり麻痺し始めていたそこは刺激されるだけで勇者のものを押し出そうと絡みついては余計中のそれが反応するのだ。
勇者自身が混乱してるのだとわかった。こんなに乱れる勇者、今まで見たことなかった。
あの日だって、焼かれた村を見てあいつは取り乱すどころか俺を止めたのだ。
そんなやつが、自分を制御することもできていない。遠くなる意識の中、俺よりも苦しそうな顔をするやつが視界に入った。
なんで、お前が。なんでお前がそんな顔をするのだ。
もう拳に力は入らない。殴って止めることもできない。それでも俺は、なけなしの力を振り絞ってあいつの腕を振り払おうとするが、とうとう最後まで逃げ出すことは叶わなかった。
どれほどこうしていたのかわからない。
満足したわけではないのだろう、勇者が俺から性器を抜いた瞬間ごぽりと音を立て中に溜まっていた血液混じりの精液が溢れ、床を汚した。俺は、立ち上がることもそれを拭うこともできなかった。
悔しかった。ずっと、ずっと一緒にいたのに。何一つ俺はこいつのことを理解してやれなかったのかと。それ以上に、こんな真似をするこいつにも腹が立った。
気分は最悪どころではない。涙が乾いた顔は痛かった。どこもかしこもやつの指の痕と歯型が残っていた。あいつは、何も言わずにシャワーを浴びに行くのだ。
やったことは今までと変わらない。
それなのに、こんなに最低な気分になったのは初めてだった。
朝起きて、他の連中が起き出す前にさっさと顔を洗って朝食を済ませようとしたが、間が悪かったようだ。
朝の鍛錬から戻ってきたらしい勇者は、食堂で朝食を食ってる俺を見るなり歩み寄ってくるのだ。
どんな顔をすればいいのかわからず、俺はやつの目を見れないまま「ああ」とだけ応えた。
「そうか。ならよかった。……夜、お前の様子を見に行ったら部屋にいなかったから心配してたんだ」
「……そうかよ」
「どこに行ってたんだ?」
単刀直入だった。
勇者の問い掛けに、俺は内心気が気でなかった。
こいつのことだ、俺の部屋周辺も探してるのだろう。下手に誤魔化すのは余計墓穴を掘ることになる。
「別に、どこだっていいだろ。……部屋に籠りっぱなしは性じゃないんだよ」
「……お前、そんなこと言ってもう体調は平気なのか?」
「ああ、問題ない」
言ってから、しまったと思った。
どういう意図で俺の体の調子を聞いたのか、まさかこのあとすぐこの前の続きをしろと言われるのではないか。そんな思考が過り、食べ物の味がしなくなる。
けれど、勇者の反応は俺の予想していたものと違った。
「……そうか。でもそうやって調子に乗るとまたぶり返すかもしれないだろ。大事を取って今日も休んでおけ」
「………………」
「……おい、聞いてるのか?」
「……問題ないと言ったんだ。俺はもう充分休息は取った」
胸の奥がチクチクと痛む。なんでこんなに不愉快なのか分からなかった。そのときは自分の気持ちを言語化することはできなかったが、今思えばやつにこうやって優しくされるのが余計嫌だったのだ。
「ご馳走さん」
「おい……」
「あれ、お前らもう飯かよ。今日は俺一番乗りだと思ったのに、早いな~」
早くこの場から立ち去ろうとしたときだった。二階から降りてきたのはシーフと――魔道士だ。明らかに寝起きなシーフとは対象的に魔道士は既に身支度を済ませている。やつらの姿を見た瞬間、一気に血の気が引いた。
――この場にいたくない。
「シーフ、メイジ。おはよう。……騎士はまだ寝てるのか?」
「さっき廊下ですれ違ったぞ。もうすぐ降りてくるんじゃないか?」
「そうか。こうして飯時に揃うのは久し振りだな」
何を呆けたことを言ってるのか。
冗談じゃない。こいつらの顔を見ながら飯なんて食えるか。そんな気持ちを抑えることはできなかった。そう降りてきた二人と入れ違うように二階へと上がろうとしたときだ。
「あれ。お前、もう戻んのかよ。勇者がこう言ってんだぜ、たまにはもうちょっと交流したらどうよ」
シーフの野郎が余計なことを言い出した。
階段下から魔道士と目が合う。ほんの一瞬、やつは確かに笑った。
「好きにさせてやれよ。俺だって朝飯は美味いほうがいいしな。それよりシーフ、お前二日酔いは大丈夫だったのか?」
「ああ、お陰様でな。いやー、お前の酔い止めは本当優秀だな」
助けてやったつもりなのか、すぐに興味なさそうにシーフをテーブルへと誘導する魔道士の背中を睨み、舌打ちをした。俺はそのままやつらを無視して二階の自室へと逃げた。
二階の廊下。丁度騎士が部屋から出て来ていたところだった。既に装備に着替えている。
そうか、今日もギルドに向かうのか。やつも俺に気付いたらしい。俺の姿を見るなりやつは会釈する。
「おはよう。……体調は如何か?」
「ああ、大丈夫だ。……昨日は悪かったな、何から何まで世話になった」
「いや、自分はただ言われたことをしただけのこと。……今日も休まれるのか?」
「勇者にはそう言われたがな。……正直これ以上部屋に籠もってるほうがまた気が滅入りそうだ」
「……それもそうだな」
「アンタたちはこれから出るんだろ? 下で他の奴らが集まってたぞ、アンタも行ったらどうだ」
そう促したとき、騎士は妙な顔をしてこちらを見るのだ。なんだよ、と視線を向ければ、目が合う。
「……昨日の話をぶり返すようで悪い。貴殿がその、他の三名を快く思っていないという話だ。あれが、どうしても引っかかってだな」
「……それがどうした?」
「こうして話し掛けるのが貴殿にとって迷惑ではないか、気になったんだ」
「………………は」
思わず、笑ってしまいそうになった。
えらく神妙な顔をして切り出すのでなにかと思えばこの男、ここまで真面目だとは。
「……な、何故笑う……俺は真剣に……」
「いや、悪い。……呆気取られたんだ。確かに俺はあいつらは好きじゃないが、アンタは別だ」
「……っ、それは……」
「アンタは特別だよ、他のやつらと違う。……いい人だ」
幼い頃、住むところを失ったあの日から俺はあいつと二人で食いつなぐ為に色々してきた。ろくでもない人間に何度も騙されてきたし、痛い目だって見てきた。だからこそ、人を見る目には自信があった。この男は善人だ。見た目に似合わず繊細な気配りができる、心優しい男だ。
それが分かったからこそ、こんな風に言えたのかもしれない。
「俺はアンタみたいな人は嫌いじゃない」
「……っ、そ、そうか……それならよかった」
照れたように赤くなった騎士は破顔する。
そこまで恥ずかしがられると俺まで恥ずかしいこと言ったのかと照れてしまいそうになるが、本音だった。
この男がいなければ耐えられない部分は大きい。
「だから、余計なことを気にする必要はない」そう言おうとしたときだった。
騎士の目が、俺の背後に向けられた。
「――勇者殿」
その騎士の言葉に、息を飲む。冷たい汗が背筋に流れた。
いつの間にいたのか、階段から上がってきた勇者は俺を見ていた。
見たことのない目でただじっと、こちらを見ていたのだ。
何故、こんなに自分が動揺しているのかわからなかった。俺は別にやましいことなどしていない。それなのに、いきなり現れたあいつに恐ろしいほど指先から冷たくなっていく。
「……随分と打ち解けたようだな」
掛けられるその言葉に、向けられるその目に、呼吸が詰まりそうになる。勇者は笑っていた。けれど、その目までは変わらない。
俺は、こんな勇者を見たことなかった。取り繕ったような、無理やり作ったような強張った笑顔はただ違和感を増長させる。騎士はその勇者の異変に気付いていないのか、勇者の言葉に対し照れくさそうに咳払いをするのだ。
「勇者殿……もう朝食は済まされたのか」
「いや、俺はまだだ。鍛錬から帰ってきたばかりでな……先に汗を流してから摂る予定だ」
「俺のことは待たなくていいからな」と、騎士の思考を先読みしたのか勇者は先に応えた。
騎士は何か言いたそうだったが、勇者はそのまま俺たちの横を通り抜けて自室へと向かうのだ。
そして、扉の前。扉を開けようとしたあいつは「ああ、そうだ」と俺の方に目を向ける。じっとりとしたなにかを孕んだような視線に、体はぎくりと強張った。
「――……今日のことで相談があるんだが、ちょっといいか」
相談、それが何を意味するのか俺は頭よりも体で理解していた。息が詰まりそうだった。よりによって、騎士の前でそんなことを言うなんて。
「……わかった」
「それじゃ、またな」と騎士に告げ、俺は勇者に呼ばれるままやつの部屋に足を踏み入れる。
地に足を着いている感覚がなかった。続いて勇者が部屋に入った。閉じられる扉。俺が振り返るよりも先に、背後から抱き締められるのだ。
のしかかるような重さに、陰る視界に、体が強張った。
「……っ、おい……ん、ッ……む……ッ」
顎を掴まれ、強引に顔を持ち上げられたかと思うと唇を重ねられる。驚くが、それを拒むことはできない。唇を開き、こちらから恐る恐るその唇にちろりと舌を伸ばせば、勇者の目が細められた。手首を取られ、更に体を強く抱き寄せられるのだ。
そして、噛み付くように、何度も角度を変えては勇者は俺に深く口付けた。
この行為になんの意味があるのか俺には理解しがたい。性行為の一環なのか、俺に立場を理解させるための行動なのか、恐らく両方なのだろう。
最初は、恋人同士、心を通じ合わせたものだけの特別な行為だと思っていた。
「っ、は……ッ、ん、ぅ……ッ」
溢れる唾液すら舐め取られ、唇がふやけようがお構い無しで勇者は俺の唇を貪る。腰に重いものが溜まっていくのを感じた。勇者の汗の匂いが濃くなり、余計目眩を覚える。唾液が絡み合う音が耳のすぐ側で聞こえてくるようだった。そういう生き物みたいに一心不乱で人の粘膜ごと舐ってくる勇者に俺は教えられたように答える他ない。
何も考えられなかった。
舌が絡み合い、唾液ごと甘く吸われればそれだけで膝下から力が抜け落ち、立つことが困難になる。崩れ落ちそうになる俺の腰を抱き抱え、勇者は俺から唇を離した。
「……っ、ゆ、うしゃ……」
息苦しさから解放されたときだった。勇者を呼んだとき、あいつはいきなり俺を体から離したのだ。掴まれた両肩に指が食い込む。そして、俯いていたあいつは、俺を睨むのだ。
「……勇者って呼ぶな」
それは、明確な怒りだった。
「お前だけは、俺を勇者って呼ぶな。俺は、勇者じゃない。お前は……ッ!」
何故、こいつがこんなに怒ってるのか俺には理解できなかった。
危険だと、肌で感じた。いつもこいつに抱かれるとき、無茶はさせてくるがそれでもいつだってあいつはいつもと変わらなかった。同い年とは思えないほど落ち着いていて、聡明で、あまり気が長い方ではない俺を隣で嗜めてくれるような大人びているやつで。……けれど。今は。
「っ、おい……どうしたんだよ、……ッ! ん、ぅ……ッ!」
ベッドに行く時間すら惜しいとでも言うかのようにやつは人の服を脱がしてくるのだ。腫れ上がった胸の突起をぎゅっと抓られ、堪らず身もだえる。片方の胸に噛み付くように乳頭ごと咥えられ、強く吸われた瞬間全身に電流が流れる。
「っは、待て、ッも、……ッぅ、あ……ッ!」
ガリ、と思いっきり腫れ上がった突起に歯を立てられた瞬間、焼け付くような激痛に堪らず胸が仰け反る。勇者の肩を掴み、引き剥がそうとすれば、やつは赤く血が滲むそこに舌を這わせるのだ。痛い、ズキズキと疼くそこに血液が更に集まっては凝固していくのがわかり、頭が真っ白になる。
こいつに対して恐怖なんてもの感じたことなかった。
いつだってこいつは俺の側にいてくれて、味方してくれて、一緒に背中を預けあっていた。例え追放されようが、それはこいつなりに実力の伴っていない俺の身を案じてくれた結果だとも本当はわかっていた。だから、何されても良かった。
けれど、あいつの目を見た俺は初めて腹の底から恐怖を覚えた。
あいつは、俺を傷付けるつもりだと。噛まれたのはただの偶然ではないのだと。赤く濡れた唇に、くっきりと残った歯の型からぷつりと滲む赤い玉。
「……っ、は……ッ、お前もそんな顔するのか」
自分がどんな顔をしてるのかわからなかった。けど、きっと、酷い顔をしてるのだろう。表情筋はまるで固まったまま動かない。
「なあ……お前は誰のものだ?なんでここに残ってる?……俺のためになんでもするって言い出したのはお前の方だったよな」
「っ、ふ……ッ、ぅ……」
「……答えろよ」
「っ、ぁ、やめ、ッ」
「拒むなって言っただろ」
歯型が残り、余計敏感になったそこを指で抓られた瞬間頭が真っ白になった。ガクガクと腰が震え、何も考えられなくなる。こんな、冷たい声聞いたことなかった。
「答えろよ、――」
「お、お前には、逆らってないッ……俺は、お前のこと……ッ!」
「嘘吐くなよ。お前、俺のこと避けていただろ。……こうでもしないと、すぐに逃げる。俺が命令しなければお前は俺の顔すら見たくないんだろ」
体の傷よりも、心臓の奥、心の方が痛かった。
こいつはいつだって自分の気持ちを語ることはなかった。なにが効率よく、なにが誰のためになるのか、そんなことを言うことはあっても自分がどう感じるのか、それを口にすることはない。
そんなやつが語るその本心はあまりにも冷たく、そして深く貫いてくるのだ。
「そ……れは……ッ」
「違うと言い切れないんだろ。……お前はすぐ態度に出るからな」
「っ、落ち着けって、だから……ッ!」
「……俺は、落ち着いてる。――恐ろしいほど静かなんだ」
なにが、と尋ねる暇もなかった。下腹部に伸びた手に下着を脱がされそうになり血の気が引いた。拒むな、とあいつは言った。わかってても、こんな状態で行う性行為がまともではないと頭で理解していた。
こいつは、平常ではない。それともこっちが素だというのか。ずっとずっとずっと我を殺し、俺の隣にいたのか。鬱憤すらも吐き出させることもできず、爆発寸前まで追い込んでいたのか。
「っ、や……ッ、めろ……ッ!」
このままでは俺もこいつも傷つけ合うだけだとわかった。こいつは、きっと後悔するとわかっていたから。まだ、殴り合った方がましだ。だから、思いっきり俺はあいつの顔を殴った。
初めて俺はあいつとの行為を拒んだのだ。
こんなことしたってお互い気持ちよくなるわけがない。そんなこと分かりきってるはずなのに。
なのに、あいつは。
「…………ああ、そうか」
その目がゆっくりとこちらを向く。
感情のないその目に捉えられた瞬間だった。
「ッ、ひ、ぅ」
思いっきり足を広げられ、ずらした下着の中へと入り込んできたやつの指が柔らかくなっていた肛門に捩じ込まれるのだ。
「っ、や、めろ、ッ、ぉ……ッ!」
何も言わない。もう一発殴ろうとした手首ごと頭の上で拘束され、肛門に二本目の指が追加される。
快感なんてない。いつもこいつは俺が傷つかないようにと丹念に慣らしてくれていたのだとわかった。けれど、今はどうだ。
「っ、……――」
名前を呼ばれた瞬間、背筋が凍り付いた。体は恐ろしく熱いのに、心が冷えていく。膨れ上がったやつの下腹部、下着の中から恐ろしいほど勃起した男根が現れる。既に先走りで濡れた肉色のそれをろくに慣らされてもいない穴に押し当てられ、堪らず「やめろ」と声を上げた。
けど、あいつに俺の声は最後まで届くことはなかった。
次の瞬間、脳天まで貫かれるほどの衝撃に体は弓なりになったまま硬直した。声を上げることすらできなかった。身も竦むほどの熱量に、骨まで焼き尽くされるようだった。
「ッ!ぅ゛、あッ、あ゛、ぁあ……ッ!」
ぶち撒けられる。腹の奥まで亀頭で抉じ開けられ、文字通り犯される。これまでの行為がどれほど良かったのかと思えるほど、あまりにも独善的で快感とは程遠いものだった。激痛に体は引き攣り、やめろと何度もあいつの体に爪を立てては抵抗した。けれど、あいつはそれを無視して、爪が皮膚を裂こうが構わず俺を犯すのだ。
「ぅ゛ッ、あッ、や、ッ、ぁ゛ッ! ぎひ……ッ!」
地獄のような時間だった。部屋の中に広がる濃厚な血の匂いに、潰れるような肉の音。獣のように犯され、ただの肉塊になる。
どんだけ敵に痛め付けられようが、耐えられた。それはこいつがいたからだ。そんなやつに、傷付けられる。抑え込められ、逃げ場も封じられ、力任せに犯されるのだ。だからこそ余計、痛かった。
「っ、あ゛……ッ、ぐ……ッ!」
腹の奥底、痙攣したそこからたっぷりと注ぎ込まれる精液を受け入れることしかできなかった。
泣くつもりなんてなかったのに、いつの間にかに目からは涙が溢れていた。立ち上がることもできずに動けなくなる俺に、あいつは俺の顔に触れようとして、やめた。そして、中に埋まった性器は萎えることなく再び固くなる。再び浅く動き出すやつに血の気が引いた。
「やっ、めろ……も、……っ」
「じゃあ、出ていくか?」
「っ、……ッ!」
「……お前は出ていけないはずだ。俺がいないと、復讐することも敵わないからな」
その一言に頭に血が昇るのがわかった。
確かにそうだ、俺の目的は村の皆の無念を晴らすこと、復讐を果たすことだ。けれど、それだけではない。
「っ、お、まえは……ッ、馬鹿だ……ッ! 俺なんかよりも、ずっと……ッ!」
聡明なこいつならわかってると思っていた。
確かに、俺一人では魔王を倒すことは不可能だろう。俺とこいつの実力差くらい知ってる、ずっと一緒にいたんだから。
けど、俺がそれでもここから出ていかなかったのはそれだけじゃない。
お前が、お前じゃなかったらあんな無茶苦茶な申し出、受けるはずがないだろ。
「……黙れよ」
その言葉は全部、掻き消された。
大きく片腿を掴まれ、上半身にくっつきそうなほど持ち上げられたまま更に深くまで腰を捩じ込まれるのだ。頭の奥、既に壊れていたと思っていた快楽の壺からどろりと蜜が溢れ出し、止まらなくなる。そのまま腰を打ち付けられれば、それだけでトびそうになった。
「ぅ、あ゛……ッ!」
「ッ、黙れよ……黙れ、俺は……ッ」
「ッ、ぁ゛ッ、あ゛ぁ、や、めッ、ん゛、ぉ゛……ご……ッ!」
「……ッ、なんで……っ」
呻くように腹の底から吐き出す勇者の声は呪詛のように頭の中に響く。えら張った亀頭で奥の突き当りをぐちゅぐちゅと叩き潰される。痛みのあまり麻痺し始めていたそこは刺激されるだけで勇者のものを押し出そうと絡みついては余計中のそれが反応するのだ。
勇者自身が混乱してるのだとわかった。こんなに乱れる勇者、今まで見たことなかった。
あの日だって、焼かれた村を見てあいつは取り乱すどころか俺を止めたのだ。
そんなやつが、自分を制御することもできていない。遠くなる意識の中、俺よりも苦しそうな顔をするやつが視界に入った。
なんで、お前が。なんでお前がそんな顔をするのだ。
もう拳に力は入らない。殴って止めることもできない。それでも俺は、なけなしの力を振り絞ってあいつの腕を振り払おうとするが、とうとう最後まで逃げ出すことは叶わなかった。
どれほどこうしていたのかわからない。
満足したわけではないのだろう、勇者が俺から性器を抜いた瞬間ごぽりと音を立て中に溜まっていた血液混じりの精液が溢れ、床を汚した。俺は、立ち上がることもそれを拭うこともできなかった。
悔しかった。ずっと、ずっと一緒にいたのに。何一つ俺はこいつのことを理解してやれなかったのかと。それ以上に、こんな真似をするこいつにも腹が立った。
気分は最悪どころではない。涙が乾いた顔は痛かった。どこもかしこもやつの指の痕と歯型が残っていた。あいつは、何も言わずにシャワーを浴びに行くのだ。
やったことは今までと変わらない。
それなのに、こんなに最低な気分になったのは初めてだった。
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