天国か地獄

田原摩耶

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√β:ep. 1『不確定要素』

04※

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 阿賀松と同室になったことに俺は後悔していた。
 それは突然部屋に連れてこられたあの時から始まっていたが、夜になり、阿賀松と同じこの空間を出入りすることだけにも阿賀松の許可が必要だということにそれは色濃くなる。

「……っ、あの」
「あ?」
「……その、トイレに……行ってもいいですか」
「行けば?」
「あ……ありがとうございます……」

 別に阿賀松がひとつひとつ報告しろと命じてきたわけではない。けれど、勝手な行動をしてみようものなら「何やってんだよ」と怒鳴られるだけで寿命が縮むようで。
 付属の便所の個室に逃げ込む。阿賀松がいなければ落ち着くだろうと思ったが、薄い壁を隔てた向こう側にやつがいると思えば落ち着けるはずがなかった。

「……」

 扉に鍵を掛け、息を吐く。どうしよう、と。
 芳川会長のことも、気掛かりだった。誰かに見つけてもらえばいいが、それよりも自分の置かれた状況だ。
 阿賀松が乗り気になっている今、逃げ出してみろ。どんな仕打ちが待ってるか考えただけで恐ろしい。
 それに、壱畝も俺が帰ってこないことに不信感を抱いてる頃だろう。普通に登校して鉢合わせになったところでおしまいだ。
 四面楚歌とはまさにこのことだろう。

『ユウキくーん、生きてる?』

 矢先、ドンドンと扉を叩かれる。どうやら考える込んでる内に大分時間が経ってしまっていたようだ。
 慌てて俺はトイレの水を流し、「今出ます」と用を足し終えた体で阿賀松に答えた。
 扉を開けば阿賀松が立っていて、「おせーよ」とやつは舌打ちをする。

「す、すみませ……」
「いいから、出るぞ」
「え?」
「用が出来た。お前も着いてこいっつってんの。分かるか?」

 顎先を指の腹で撫でられ、ゾクリと全身の毛がよだつ。
 どこかに出掛けるというのか、もうすぐ消灯時間のはずだが、と狼狽える俺を無視して阿賀松はそのまま部屋を出ていこうとする。
 俺は慌てて手を洗い、阿賀松の後を追い掛けた。

 どこに行くつもりなのか、なんの用なのか俺には想像つかない。けれど、鼻歌混じり通路を大股で歩いていく阿賀松の様子を見る限り、ろくでもない用事に違いない。
 エレベーターに乗り込み、阿賀松が選んだ階数は一階だ。
 誰もいないエレベーター機内、ふいに阿賀松と目が合った。
 何か話さないと、咄嗟にそう思考を働かせた俺は「あの」と口を開いた。

「えと、用事っていうのは……」
「なんだと思う?」
「わ……わからないです」
「本当に考えたか?お前」

 言いながら、ポケットから何かを取り出した阿賀松はそれを指先で弄ぶ。
 芳川会長の、生徒手帳だ。
 それを見て、嫌な予感が過る。
 ある程度、想像はついていた。けれど、それは考えたくない可能性だった。

 押し黙る俺に、阿賀松はニヤニヤと笑うだけで何も答えない。やがて、嫌な沈黙の末、エレベーターが目的の一階に辿り着いた。

「降りろ」

 そう一言。
 トン、と俺の背中を小突いた阿賀松はそのまま俺の横を通り抜け、前を歩いていく。
 それに置いていかれないよう、俺は慌てて阿賀松を追い掛けた。

 大分人気のなくなったショッピングモール内。
 閑散とした店舗の前を通り抜け、やってきたのはいつの日かに阿賀松と出会ったゲームセンターだった。
 他の施設に比べ、まだ結構な数の生徒で賑わっていたゲームセンター内は阿賀松が足を踏み入れた途端連中たちの視線が一気にこちらに向けられ、そして。

「こんばんは、伊織さん」
「お疲れ様です」

 そんなことを口々にする生徒たち。安久みたいな熱狂的な信者のようでもなければ、一般的な後輩が先輩を慕うようなそんなやり取りに俺はただ気配を押し殺しては眺めていた。

「伊織さん、奥にあいつが来てましたよ」
「ああ、知ってる」
「マジすか、すみません」
「あとは安久呼んでるからあいつに任せて帰っといていいぞ」
「うっす!」

 派手な頭の生徒は阿賀松と何度か言葉を交わすなりいきなり深く頭を下げ、そのまま入り口付近へ戻っていく。
 わけのわからないままそれを眺めていると、施設の奥へ向かって歩き出す阿賀松。その背中を見失わないよう、俺は小走りで追い掛けた。

 ゲームセンターの施設の奥には学園が雇った従業員のいるカウンターがあり、またその奥、閉ざされた扉があった。
 従業員に声を掛けていたかと思えば、その扉を当たり前のように開いた阿賀松はさっさと奥に入っていく。
 いいのか、こんなところまで入って。
 驚いたが、着いてこいと言われた今着いていくことしか出来ない。
 俺は「すみません、失礼します」と従業員に頭を下げ、その奥へと足を踏み入れる。
 そこは、薄暗いゲームセンター内同様薄暗い通路が続いていた。
 それなのにまるで別の空間に来たみたいだと感じたのは恐らく、その通路が防音になっていたからだろう。
 扉が閉まった途端、先程までの煩さが嘘みたいにしんと静まり返っていて、ただ先を歩く阿賀松の足音だけがそこに響いていた。

 そして、何もない通路を歩くこと暫く。とある扉の前で阿賀松は立ち止まった。
 扉横の基盤を操作した阿賀松。錠が外れる音ともに、阿賀松はその扉を開いた。

「悪ィな、遅くなった」

 言いながら、部屋の中に足を踏み入れる阿賀松。
 ゲームセンターの奥にこんな長い階段があったのか、とか、なんだこの部屋は、とか言いたいことは色々あったが、俺は取り敢えず俺は阿賀松の肩越しに室内に目を向けた。
 薄暗い部屋の中、それは、ラウンジによく似た作りになっていた。
 ソファーとテーブルが数席、奥に大きなボックス席があり、部屋の壁際には自販機が用意されている。
 ゲームセンターよりも静かだというのになんだか嫌なものしか感じなくて、なるべく阿賀松から離れないようにその部屋に踏み入れた俺はそこにいた人物の姿を見てギョッとした。
 頼りない照明の下でも分かる、目立つ長身の影。

「……し、おり?」

 恐る恐るその名前を口にすれば、そこにいた先客、もとい阿佐美詩織はなんとなくバツが悪そうに、笑った。

「……ごめんね、ゆうき君」

 そう、申し訳なさそうに口にする阿佐美は他人の空似でもなければ間違いなく俺の知ってる阿佐美で。
 その謝罪が俺の約束を守れなかったことに対することなのか、それとも阿賀松と同室になってしまったことなのか、俺には分からなかった。
 どうして、こんな場所に阿佐美が。と、俺が思うよりも先に。

「それで?わざわざここまで呼んだからには準備出来てんだろうな」
「……あぁ、そうだね。出来てるよ」

 そう、阿賀松に答える阿佐美はなんとなく俺が知っている阿佐美と違う、そんな些細な違和感を覚えた。
 俺を気にしてるのだろう、こちらを一瞥した阿佐美は再度阿賀松に目を向ける。

「あっちゃん」

 何か言いたげにする阿佐美に、阿賀松は「あぁ」と笑う。

「こいつのことは気にすんなよ」

 気にするな、と言われても俺なら無理だろう。けれど、阿佐美は阿賀松の従ったのか諦めたのか分からないが、それでも俺から顔を背け、阿賀松に何かを手渡した。
 それは、厚みのある封筒のようだった。

「これ、あいつに頼んでいたやつ。取り敢えず使えそうなのだけ纏めておいたけど、足りないようだったら俺に言って」
「おお。悪いな」
「……」

 なんだろう。とてつもなく、見てはいけないところを見ているようで。必死に、俺はふたりの邪魔にならないようにただ爪先を見詰めていた。
 聞いてはいけない。
 そう思うが、研ぎ澄まされた神経は全身で二人のやり取りを聞いて、見てしまっているのだ。

 阿賀松はどういうつもりなのだろうか、こんなところに俺を連れてきて。
 分からない、分からないけど、困惑している俺を阿賀松が笑っているように思えて仕方ないのだ。
 封筒の中から数枚の紙切れを取り出した阿賀松は、それを俺の目の前で一枚一枚目を走らせる。
 関わってはいけない、そう思っていても気になってしまうのだ。つい、ほんの少しだけ阿賀松の手元の書類を覗いた俺は息を飲む。
 それは、生徒名簿のようだった。そこに記載されたたくさんの文字までは見れなかったが、それでも見覚えのある顔写真が目についた。
 芳川会長、だろう。眼鏡は掛けていなかったが、そこには今よりもまだ幼さの残る芳川会長がそこに表示されていた。

「ハッ、経歴にここまで残ってんならまだ探せば残ってねーのも出てきそうだなぁ、あいつ」
「……けど、目的を果たすだけならそれで充分だと思うけど」
「ああ、そうだな。目的を果たすだけなら充分だろうな」

 そう、口にする阿賀松の言葉は背筋が凍り付くように冷たかった。
 芳川会長の写真を見た今、阿賀松の目的というのがなんなのか手に取るように分かる。けれど、芳川会長の生徒名簿に何が残っているというのか。
 気になったが、それ以上に考えただけでも恐ろしくて。

「そうだな、三年前から目立ってきてんな。その時期のあいつの実家の住所付近で起きた傷害事件もただの喧嘩も窃盗も全部洗いざらい調べろ。それと、こいつのもな」

 と、一枚の紙をテーブルの上に叩き付ける阿賀松。
 その手のひらの下、見覚えのある名前と顔写真が目に入る。
 栫井平佑……栫井だ。

「……ッ!」

「……分かった。栫井の方は残るような目立つことはしていないようだから時間掛かるかもよ」
「適わねえよ。やるんなら、徹底的に調べろよ。二度と立ち上がれなくなるくらいにな」

 二人の声が、遠くなる。
 嫌な汗が背筋を流れるのを止まらない。
 なんとかしないと、と思うのに、阿賀松に手を貸してしまった俺に何が出来るのか分からなくて。
 そもそも、なんで阿佐美が阿賀松に協力をしているのか、それが理解できなかった。

「……やるからには手を抜くつもりはないよ。あと、あまり表立ってあいつに話し掛けるのはやめた方がいい。あっちゃんとあいつじゃ目立つからね」
「はーい、分かってるって。お前は気にしすぎなんだよ」

 茶化すような阿賀松にも何も言わない。けれど、あの阿賀松と当たり前のように言い合う阿佐美に、俺は次第に恐怖心を抱いていた。というよりも、知っている阿佐美とかけ離れた、どことなく冷たい空気の流れる阿佐美が怖くて……不安になる。

「もう、いいだろ。頼まれていたのはこれで全部だよ」
「ああ、期待してんぞ、詩織ちゃん」
「……それじゃ」

 そう阿佐美は、阿賀松の脇を抜け、俺の横を通り過ぎるほんの一瞬だけ俺を見た。
 長い前髪の下、阿佐美がどんな顔をしているのか分からなかったが、とうとう阿佐美は何も言わずに部屋を後にする。

 二人きりになった室内。
 自分の心音だけがやけに煩く響いた。

「……あの……」
「あ?」
「どうして、栫井のまで……」
「お前、盗み見したな?」

 その言葉にギクリとしたとき、阿賀松はくすくす喉を鳴らして笑った。

「まあ見るよなぁ、あんなに見やすくしてやったんだから」

 最初から、俺に盗み見させるつもりだったということなのだろうか。
 阿賀松の意図が読めず、言葉を失う俺に阿賀松は封筒をテーブルの上に置く。
 そして、俺の目の前まで距離を詰めてくる阿賀松に、咄嗟に俺は一歩退いた。

「どうしてあいつまで探ってるか、だったな。さあな?お前はどうしてだと思う?」
「……栫井が、会長に怪我をさせられたから……ですか?」

 迷った末、思った通りに答えれば阿賀松は目を細め、笑う。
 不意に、やつの伸びてきた手に頬を撫でられた。驚いてまた一歩退けば、阿賀松は「四十点だな」と口にした。

「大筋は間違っちゃいねえ。あいつを着けてれば、芳川は確実にボロを出すからな」

 手遊びでもするかのように頬を滑る阿賀松の指先は耳に触れ、くにくにと耳朶を揉まれれば言葉にし難い感覚が腹の底から込み上げてくる。
 手を離して欲しかったが、何やら楽しんでる阿賀松を見ると「止めて下さい」と言い出せなくて。

「でもっ、どうして栫井のことを詩織が……」
「今日は随分と知りたがりじゃねえか、ユウキ君。まあ、積極的なのはいい事だけどな」

「ガキじゃねーんだから、ホイホイ簡単に教えて貰えると思うなよ」後頭部を掴まれ、抱き寄せられたかと思うと耳朶を甘噛みされギョッとする。
 機嫌がいい阿賀松に甘え過ぎたか。
「すみません」と、慌てて阿賀松から離れようとやつの胸を押し返すが、ビクともしない。
 それどころか。

「あいつに、興味があるのか?」

 あいつ、というのは阿佐美のことだろう。
 囁かれ、俺は言葉に詰まる。阿賀松と阿佐美のことは確かに気になっているのも事実だ。
 だけど、こんな状況下、なんて答えればいいのか分からなくて、迷った末俺は恐る恐る頷くことにした。

「珍しいな、お前が正直なんて。明日は雪かもな」

 なんて。耳朶を舐められ、背筋がぞくりと震える。
「あの」と、阿賀松を止めようとするが耳の縁をなぞるように這わされる熱い舌の感触に息が詰まり、指先から力が抜けそうになる。

「せん、ぱい……っ」
「へぇ。お前耳弱いのか?」
「……ッ、そ、んなことは……」

 否定しようとした矢先、耳に息を吹き掛けられ、腰が抜けそうになる。ただただ気持ち悪いだけだと思っていたのに、なんだろうか。やけに阿賀松の舌の感覚が生々しく残って、濡れた音が直接頭の中に響く度に脳味噌を直接愛撫されているような錯覚を覚え、ダメなのだ。
 へたり込みそうになったところを阿賀松に支えられる。
 なんとか無様な格好を晒すことにはならずに済んだが、阿賀松の腕に捕まえられたこの状況を助かったと呼べるのか否か。

「詩織ちゃんのこと、気になるっつったよな。教えてやるよ」
「……っ、え……本当、ですか?」
「ああ。まあ、ユウキ君が可愛くおねだり出来たらな」

 完全に、遊ばれている。
 面白い玩具でも見つけた子供のような目で笑う阿賀松に血の気が引く。
 なんだよ、大体可愛くおねだりなんて。俺にそんなことが出来ると思っているのか。
 阿賀松の神経を疑ったが、出来ないと分かっているからこそのこの無茶振りなのかもしれない。
 逆に言えば、それだけで阿賀松を怒らせることもなく聞き出せることが出来るかもしれないということだ。

「……お、教えて……下さい……」

 可愛いというものがなんなのか俺には分からない。が、ねだるというには謙ればいいということだ。それならばと阿賀松に頼み込むが、対する阿賀松の返答は……。

「それ、ユウキ君的に可愛いつもりなわけ?」
「そ、そう……です」

 もうこうなったらヤケクソだ、と答えれば、阿賀松は鼻で笑う。

「そんなんじゃ教えてやれねぇな」
「っ、そ、そんな……」
「当たり前だろうが!舐めてんのか!……お生憎様、あのポンコツ眼鏡なら垂涎ものかもしんねえけど俺は全然ときめかねぇわ」

 出来ることなら簡単に情報を手に入れたいと思ったのが裏目に出たようだ。
 些か機嫌が悪くなり始める阿賀松に内心ヒヤリとしたとき、腰に回されていた阿賀松の手に胸を揉まれる。
 衣類の上からとはいえ、背後から抱き竦めるように密着した状態でこの体勢はまずい。
「あの」と、阿賀松の手を掴もうとするが、もう片方の手にそれを制されてしまう。

「っ、せ、先輩、これは……」
「お前には色気が足んねーんだよ」
「い、色気……ですか……?」

 そもそも男子高校生に色気を求める方がお角違いだと思うのだが。
 言いながらも手を止めようとしない阿賀松の指にシャツ越しに乳首を引っ掻かれ、全身が強張る。
 びっくりして「待ってください」とその手を握るが、離れるどころか指の腹でぐにぐにと両胸の乳首を弄りだす阿賀松に全身から嫌な汗が滲んだ。
 止めて下さいと言いたいのに、それを言ったら「俺に逆らうつもりか?」とか言って機嫌が悪くなりそうだ。
 ぐっと唇を噛み締め、なんとか阿賀松の指を意識しないようにと堪えれば、背後で阿賀松が笑う気配がした。

「……ああ、そうだな。そうやってるとまだ、可愛げがあるな」

 ちゅ、と耳朶にキスをされ、心臓が跳ね上がる。
 抵抗を止めるなり、裾の下、手を入れてくる阿賀松に俺は冗談だろうと疑ったが勿論冗談でもなんでなく、筋肉の筋を撫でるように這わされるその無骨な手の感触に堪らず俺は固唾を飲む。
 冷たい汗が額から滑り落ちた。

 阿賀松の機嫌をよくしておけば何か聞き出せるのではないだろうか、なんて。

「っ、ん、ぅ」

 ひんやりとした阿賀松の手が服の下で動く度に体が震える。
 やつの膝の上に座らされられ、玩具遊びでもするかのように戯れに服の下を弄る阿賀松にただ俺はされるがままになっていた。
 他にも阿賀松の真意を知る方法があったのではないか。
 なんて、考えたところで俺にはこの方法しか思い付かないのだ。

「ユウキ君、舌、出せよ」

 言われるがままに舌を突き出せば、阿賀松の赤い舌にそれを絡め取られる。粘膜同士が擦れ、咥内に響く水音に体温が上昇するようだった。
 揉めるような乳房もなければ真っ平らな胸を掌全体で揉みしだかれ、その指の先で乳輪を擦られる。
 それだけで触れられてもいない下半身が嫌に張り詰めていき、それを一瞥した阿賀松は何を言うわけでもなく、深く舌を挿入させてきたやつは奥、舌根から上顎まで舐め回してくる。

「ッ、ぅ、ん゛んッ」

 腹の奥、無数の虫が這い上がってくるようなそんな感触に肩が震えた。
 首を捻り、その舌から逃れようとするがそれでも執拗に長い舌を絡めてくる阿賀松にとうとう逃れることが出来ず、喉の奥、口蓋垂付近にピアスが掠った瞬間、背筋が震えた。開きっぱなしの口からは唾液が止めどなく溢れ出し、限界まで凝った両胸の乳首を軽く引っ張られれば自分のものとは思えない声が溢れる。

「っ、う、ふ、ぐッ、うっ」

 気持ち良くない。他人に体を好き勝手されて気持ちいいわけがない。そう思うのに、口の中の唾液は溢れるばかりで、腰を動かせば下着の中でぬるりとした感触を覚え、血の気が引く。
 バレたくなくて、必死に腰を引いてそこの膨らみを誤魔化そうとすれば、下半身、尻の下に嫌に硬い感触を感じ、青褪めた。
 まさか、この位置は。
 阿賀松の膝の上に座らせられている現状、自分の敷いているそこが阿賀松の股倉ということを改めて理解し、瞬間、カッと顔中に熱が集まる。

 なんとか、ずれようと腰を動かすが回された腕に上半身をがっちり捕まえられ、ビクリとも動けない。それどころか、余計押し付けられるような形になるそこに俺はそれどころではなくなる。

「っ、ふ、ぅ……ぐ……ッ」

 もしかしなくても、わざとなのではないだろうかこの人は。わざと押し付けてきてるのではないだろうか。
 くにくにと人の乳首を摘んでは押し潰し、更に固くなるそこを指先で転がす阿賀松はどことなく楽しそうで。目があった瞬間、にやりと笑った……そんな気がした。
 そして次の瞬間、舌を思いっきり吸われ、脊髄ごと引っ張られるような、そんな衝撃に腰が大きく震えた。
 溢れる唾液ごと啜るような品のない濁った音ともに舌先を愛撫されれば、ただでさえ酸欠になりかけていた俺は一瞬意識が飛びそうになる。けれどそれも束の間。舌の裏側のやつの細い舌で擽られ、吸われたばかりの唾液がまた滲み出す。

「……っ、ひ、ぅ、ぐ……っ」

 執拗なキスに舌も唇もふやけそうになって、息苦しさを通り越して思考が宙に浮いたみたいにふわふわしてくる。
 手足に力をろくに入れることが出来ぬまま、ただ、阿賀松の腕の中で朦朧とする俺を阿賀松は熱っぽい目で見つめてくるばかりで。
 いつもの乱暴で性急な行為とは違う、粘着質な愛撫に既に俺の心身は疲弊していた。
 それに反して、阿賀松の下半身は分かりやすい程固くなっていて。衣類越し、割れ目に押し当てるように腰を動かしてくる阿賀松に息が止まるかと思った。

「んっ、ぅ、ふ……ッ」

 胸元から手が離れたかと思えば、臍の周りを指先で擽られ、堪らず俺は前のめりになりそうになるが重ねられたままの唇のせいでまともに動けなくて、擽ったさのあまりピクピクと軽い痙攣を起こし始める下半身に、自分のものが既に射精寸前まで張り詰めていることに気づく。
 臍を滑り、恥骨、足の付け根へとゆっくりと降りていく阿賀松の指は敢えて下半身の膨らみを避けるように体に触れた。
 焦らすような、もどかしいのその指の動きを目で追っては堪らなく恥ずかしくなって、ぎゅっと目を瞑れば、じゅぽりと音を立てて引き抜かれた阿賀松の舌に唇を舐められる。

「……随分と窮屈そうだな、ユウキ君」

 その声は酷く久し振りに聞いたようだった。
 俺の下半身に目を向けた阿賀松は笑う。
 それは、お互い様ではないのだろうか。臀部の下、少し動いただけで嫌な異物感を感じるそこに俺は無言でその目を見つめ返した。自分がどんな顔をしているのか考える余地もなかった。
 阿賀松は口角を釣り上げ、歪な笑みを浮かべる。

「俺は今すぐお前のケツにハメてやりたいところだが、それじゃあつまんねえよなぁ」
「……っ、つまらない……って……」
「ユウキ君、お前、自分で挿れろよ」

 何を言い出すのかと目を見張る俺に、阿賀松は「これ」と唇を動かす。それが何を差すのか俺にはわかった。わかってしまったのだ、悲しいことだが。

 つまらないとかつまらなくないとか、そんな問題なのか。俺には甚だ理解出来ないが、それも今に始まったことではない。
 けれど、流石に、それは。
 阿賀松の膝上、動くことすら出来ず石か何かのように硬直する俺に阿賀松は人のケツを揉んでくる。

「それとも、お前は力づくで打ち込まれるのが好みなのか?」

 耳元で笑う阿賀松にぞくりと背筋が震えた。俺がこのまま動かなければ例の如く人のケツを性具同然酷使するつもりなのだろう。
 それならば、と俺は死ぬ思いで首を横に振り、恐る恐る腰を浮かせ、阿賀松の上から退く。
 決心したのはいいが、したものの。

「……っ、あの……」
「どうした?」
「どうすれば……いいんですか……?」

 自分から挿れることなんて考えたことのなかった俺にはその術が分からなかった。どういう手順ですればいいのかもわからなければ、どうすれば挿れることが出来るのも分からない。つまりずぶの素人だ。
 恥を忍んで尋ねれば、阿賀松は少しだけ呆けたような顔をして、そして笑う。それはいつもの厭な笑い方ではなく、清々しいくらい人を馬鹿にしたような爆笑で。

「ッ、くく……あぁ、そうか、そうだよな。お前わかんねーよなぁ、ああ、そうだな」
「……ッ」

 やっぱり聞くんじゃなかったと今更すごく居た堪れなくなったとき、阿賀松に手を握られる。そして、俺の手を引っ張り、やつは自分の下半身を徐ろに押し付けてきた。張ったそこを握り込むよう、掌を重ねてくる阿賀松に俺は口から心臓が飛び出しそうになる。

「あっぁあ、あの、あの、先輩っ」
「痛くないのがいいんなら、しっかり濡らせよ」
「っ、え」
「やったことあるだろ。しゃぶんだよ。ローションなくてもいいくらい、たっぷり濡らせよ」

「まあ、俺はお前が痛かろうがどうでもいいんだけど」と笑う阿賀松。掌から伝わってくる鼓動に重なるみたいに自分の心音がバクバク煩くて阿賀松の言葉をちゃんと飲み込むまでに時間が掛かったが、理解できた。
 口で。これを。
 阿賀松の下半身を凝視したまま動けなくなっていると、「早くしろ」と野次が飛ぶ。
 俺は「はい」と慌てて阿賀松の前に跪いた、が。
 早々自分の選んだ選択肢を後悔することになる。
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