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√α:ep.last 『ロウリスクハイリターン』
08【完】
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「そういえばさ、齋藤……あの時の『お願い』ってまだ有効?」
志摩裕斗に挨拶をし、一緒に病院を出た時。
前を歩いていた志摩はこちらを振り返る。
あの時のお願い、と言われ、記憶を掘り返した末俺はあの学園で志摩の言う事をなんでも聞くという約束をしていたことを思い出した。
あの時は、『まだいい』という志摩に有耶無耶にされていたがまさかこのタイミングで使われるとは思ってもいなかった。が、断る理由もない。
「……俺のお願い、聞いてくれる?」
頷く俺に、志摩は静かに言葉を紡いだ。
そして……。
志摩と再会して数週間が経った頃だろうか。
毎日のように俺の部屋に遊びに来ていた志摩だったが、今日は少し訳が違った。
「本当、こうして見ると一人暮らしにはでかすぎるんじゃないの?」
「そ、そうかな……?これでも大分狭いところ選んだつもりなんだけど」
「……深く追求しないでおくよ」
よいしょ、と志摩は抱えていたダンボールを床の上に置いた。
「それより、本当にいいの?俺みたいなろくでもない男と一緒に暮らすなんて。ご両親、泡吹いて倒れちゃうんじゃない?」
「それは、大丈夫だよ。……多分」
「多分って何」
「もう、俺のすることに口出しはしないって言ってたから……きっと大丈夫」
そう、俺は志摩と暮らすことになった。
元はと言えば、病院の帰りで志摩が『一緒に暮らそう』というお願いを口にしたことが発端だった。
俺の部屋がいくつか余ってるということで志摩を招き入れることにしたのだけど、やっぱり志摩はどことなく落ち着かない様子で。
「不安だなぁ……。あ、齋藤それ重いよ。俺も片方持つから」
「ありがとう。……けど、志摩の荷物って本当に少ないよね」
「まあね、元々家にいることは少なかったから」
「……」
「あ、またその顔。大丈夫だよ、齋藤と一緒にいられるんなら俺一日中引きこもってるから」
「それもどうかと思うけど……」
なんて、他愛もないことを話ながらも荷物をひたすら空き部屋に運ぶこと十数分。
「っ……と、よし、これで最後だね」
「思ったよりも早く終わっちゃったな……」
「そうだね。こうなったら……打ち上げでもする?」
にやりと笑う志摩。
俺のイメージは打ち上げというのは大きなイベント事の後にやるもんだと思っていたのだが……。
「打ち上げって、そんな大袈裟な」
「ええ、せっかく鍋の材料用意してきたのに」
「鍋?!昼間から……?」
さっきから志摩が何やらこそこそと運んでいると思ったら材料だったのか。
驚く俺に構わず、志摩は俺に肩を組んで急かしてくる。
「いーのいーの。ほら、早く用意しようよ」
「わ、分かったよ、わかったから……」
俺だって志摩と一緒に過ごすという夢が叶って嬉しかったが、もしかしたら志摩の喜びは俺以上かもしれない。
軽快な足取りでテキパキと鍋の準備に取り掛かる志摩がなんだか面白くて、俺も志摩を手伝うことにした。
志摩と暮らし始めて一週間。
休みの日は、志摩と一緒にお兄さんのところに見舞いに行くことに決めていた。とは言っても志摩は素直じゃないので嫌々といった感じだが、元々志摩も結構見舞いには顔を出していたようだ。
そして、お見舞いに志摩裕斗が好きだというドキュメンタリーのDVDを持って行った時。
「お、佑樹君」
「おい!なんで下の名前で呼んでんだよ!」
「えーだって下の名前の方が親しんでるって感じでいいじゃん?なぁ、佑樹君!」
「そ、そうですね……」
志摩裕斗は相変わらずの人だった。
この兄弟喧嘩にも慣れてきて、ここまで反りが合わないとなると逆に仲がいいのだろうとすら思えてくる。
「人の恋人にナンパすんのやめてくんない?本当油断も隙もないんだからさぁ」
「おいおい人聞き悪いな、亮太じゃあるまいし俺は人の恋人に手は出さねーよ」
「煩い!余計な一言多いんだってば!」
なかなか聞き捨てならない発言が聞こえてきたような気がしたが、水を差すような真似はしたくない。
それに、俺は実兄と言い合ってる志摩を見るのは好きだった。本人は意識していないだろうが、表情筋が和らいでいるのだ。言ったらしかめっ面で返されそうなので言わないが。
志摩が志摩裕斗の担当医に呼ばれ、いつしか病室内には志摩裕斗との二人きりになってしまう。
なんだかんだ、志摩裕斗と会うときはいつも隣に志摩がいただけに志摩がいないというだけでも少し、緊張する。
元生徒会長、志摩裕斗。
俺は現役時代の志摩裕斗を知らない。
その分、どう接したらいいのか分からなかったが、志摩裕斗相手にそれは愚問だったようだ。
「亮太は良い友達を持ったな」
不意に、志摩裕斗はそんなことを口にした。
嫌味でもなく、ただ純粋な感想として。
「あいつは天邪鬼だしわざと人を怒らせるようなことばっか言うけど構ってちゃんの甘ったれっていう面倒な性格だからな、大変だろう、亮太と一緒にいるのは」
わざと悪いことばかりを口にする志摩裕斗に、志摩の面影を見つけてしまい、肉親相手には素直じゃないのはやっぱり兄弟だからだろうかなんて思った。
「……そうですね。けど、お陰で俺も救われてるのも事実ですから」
「そうか、そうかそうか。……それを聞いてお兄ちゃんは安心したよ」
うんうんと力強く頷く志摩裕斗。
釣られて素で返してしまったが、今になってちょっと恥ずかしくなってくる。志摩がいたらネタにされること違いないだろう。いなくてよかった。
ほっと安堵していると、不意に伸びてきた手に首筋をつーっとなぞられ、ぎょっとする。
「な、なん……ですか……っ?」
「やっぱり、虫刺されじゃなかったか。あまり目立つところにそういうのは付けないほうがいいと思うぞ」
にっこりと笑う志摩裕斗。
彼が何を言わんとしているのか気づき、今朝方の志摩とのやり取りを思い出して顔面が焼けるように熱くなる。
「……っ!あ、あの、これは……すみません……!」
「あはは!面白いなぁ君は!」
「ちょっと、お手洗いに行ってきます!」
感触の残った首筋を押えたまま、俺はバタバタと病室を飛び出した。
部屋の奥から志摩裕斗の楽しそうな笑い声が聞こえてきたが、正直笑い事ではない。一大事だ。
「はは……っ、お前にも、こういう友達がいたら何か変わったのかも知れないな。……知憲」
天国か地獄 -√α:最後の裁定 了-
志摩裕斗に挨拶をし、一緒に病院を出た時。
前を歩いていた志摩はこちらを振り返る。
あの時のお願い、と言われ、記憶を掘り返した末俺はあの学園で志摩の言う事をなんでも聞くという約束をしていたことを思い出した。
あの時は、『まだいい』という志摩に有耶無耶にされていたがまさかこのタイミングで使われるとは思ってもいなかった。が、断る理由もない。
「……俺のお願い、聞いてくれる?」
頷く俺に、志摩は静かに言葉を紡いだ。
そして……。
志摩と再会して数週間が経った頃だろうか。
毎日のように俺の部屋に遊びに来ていた志摩だったが、今日は少し訳が違った。
「本当、こうして見ると一人暮らしにはでかすぎるんじゃないの?」
「そ、そうかな……?これでも大分狭いところ選んだつもりなんだけど」
「……深く追求しないでおくよ」
よいしょ、と志摩は抱えていたダンボールを床の上に置いた。
「それより、本当にいいの?俺みたいなろくでもない男と一緒に暮らすなんて。ご両親、泡吹いて倒れちゃうんじゃない?」
「それは、大丈夫だよ。……多分」
「多分って何」
「もう、俺のすることに口出しはしないって言ってたから……きっと大丈夫」
そう、俺は志摩と暮らすことになった。
元はと言えば、病院の帰りで志摩が『一緒に暮らそう』というお願いを口にしたことが発端だった。
俺の部屋がいくつか余ってるということで志摩を招き入れることにしたのだけど、やっぱり志摩はどことなく落ち着かない様子で。
「不安だなぁ……。あ、齋藤それ重いよ。俺も片方持つから」
「ありがとう。……けど、志摩の荷物って本当に少ないよね」
「まあね、元々家にいることは少なかったから」
「……」
「あ、またその顔。大丈夫だよ、齋藤と一緒にいられるんなら俺一日中引きこもってるから」
「それもどうかと思うけど……」
なんて、他愛もないことを話ながらも荷物をひたすら空き部屋に運ぶこと十数分。
「っ……と、よし、これで最後だね」
「思ったよりも早く終わっちゃったな……」
「そうだね。こうなったら……打ち上げでもする?」
にやりと笑う志摩。
俺のイメージは打ち上げというのは大きなイベント事の後にやるもんだと思っていたのだが……。
「打ち上げって、そんな大袈裟な」
「ええ、せっかく鍋の材料用意してきたのに」
「鍋?!昼間から……?」
さっきから志摩が何やらこそこそと運んでいると思ったら材料だったのか。
驚く俺に構わず、志摩は俺に肩を組んで急かしてくる。
「いーのいーの。ほら、早く用意しようよ」
「わ、分かったよ、わかったから……」
俺だって志摩と一緒に過ごすという夢が叶って嬉しかったが、もしかしたら志摩の喜びは俺以上かもしれない。
軽快な足取りでテキパキと鍋の準備に取り掛かる志摩がなんだか面白くて、俺も志摩を手伝うことにした。
志摩と暮らし始めて一週間。
休みの日は、志摩と一緒にお兄さんのところに見舞いに行くことに決めていた。とは言っても志摩は素直じゃないので嫌々といった感じだが、元々志摩も結構見舞いには顔を出していたようだ。
そして、お見舞いに志摩裕斗が好きだというドキュメンタリーのDVDを持って行った時。
「お、佑樹君」
「おい!なんで下の名前で呼んでんだよ!」
「えーだって下の名前の方が親しんでるって感じでいいじゃん?なぁ、佑樹君!」
「そ、そうですね……」
志摩裕斗は相変わらずの人だった。
この兄弟喧嘩にも慣れてきて、ここまで反りが合わないとなると逆に仲がいいのだろうとすら思えてくる。
「人の恋人にナンパすんのやめてくんない?本当油断も隙もないんだからさぁ」
「おいおい人聞き悪いな、亮太じゃあるまいし俺は人の恋人に手は出さねーよ」
「煩い!余計な一言多いんだってば!」
なかなか聞き捨てならない発言が聞こえてきたような気がしたが、水を差すような真似はしたくない。
それに、俺は実兄と言い合ってる志摩を見るのは好きだった。本人は意識していないだろうが、表情筋が和らいでいるのだ。言ったらしかめっ面で返されそうなので言わないが。
志摩が志摩裕斗の担当医に呼ばれ、いつしか病室内には志摩裕斗との二人きりになってしまう。
なんだかんだ、志摩裕斗と会うときはいつも隣に志摩がいただけに志摩がいないというだけでも少し、緊張する。
元生徒会長、志摩裕斗。
俺は現役時代の志摩裕斗を知らない。
その分、どう接したらいいのか分からなかったが、志摩裕斗相手にそれは愚問だったようだ。
「亮太は良い友達を持ったな」
不意に、志摩裕斗はそんなことを口にした。
嫌味でもなく、ただ純粋な感想として。
「あいつは天邪鬼だしわざと人を怒らせるようなことばっか言うけど構ってちゃんの甘ったれっていう面倒な性格だからな、大変だろう、亮太と一緒にいるのは」
わざと悪いことばかりを口にする志摩裕斗に、志摩の面影を見つけてしまい、肉親相手には素直じゃないのはやっぱり兄弟だからだろうかなんて思った。
「……そうですね。けど、お陰で俺も救われてるのも事実ですから」
「そうか、そうかそうか。……それを聞いてお兄ちゃんは安心したよ」
うんうんと力強く頷く志摩裕斗。
釣られて素で返してしまったが、今になってちょっと恥ずかしくなってくる。志摩がいたらネタにされること違いないだろう。いなくてよかった。
ほっと安堵していると、不意に伸びてきた手に首筋をつーっとなぞられ、ぎょっとする。
「な、なん……ですか……っ?」
「やっぱり、虫刺されじゃなかったか。あまり目立つところにそういうのは付けないほうがいいと思うぞ」
にっこりと笑う志摩裕斗。
彼が何を言わんとしているのか気づき、今朝方の志摩とのやり取りを思い出して顔面が焼けるように熱くなる。
「……っ!あ、あの、これは……すみません……!」
「あはは!面白いなぁ君は!」
「ちょっと、お手洗いに行ってきます!」
感触の残った首筋を押えたまま、俺はバタバタと病室を飛び出した。
部屋の奥から志摩裕斗の楽しそうな笑い声が聞こえてきたが、正直笑い事ではない。一大事だ。
「はは……っ、お前にも、こういう友達がいたら何か変わったのかも知れないな。……知憲」
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