カースト最下位落ちの男。

田原摩耶

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カースト最下位落ちの男と生徒会副会長。

02※

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 結局、その日は一番ケ瀬にせがまれるがままだらりと過ごすことになる。
 とはいえど、夜までこのままでいるわけには行かない。
 なんとなくむず痒い空気の中、俺の腹が鳴って一番ケ瀬のやつは「そうだよな、適当に飯でも食うか」と起きだすのだ。

 それから一番ケ瀬と一緒に食堂へと向かう。
 相変わらず四軍の飯はしけたものだが、一番ケ瀬からお溢れどころかがっつり飯を分けてもらうことになった。
 一番ケ瀬だって少食というわけではない。流石に悪いと断ったが、「いいから」と半ば強引に取り分けられた皿をつき返すことまではできなかった俺はありがたく頂戴することになる。

「欲しいもんあったら言えよ、俺が頼んでくるし」
「気持ちだけで充分だ。……それに、結構貰った。これだけありゃ明日の朝まで保つぞ」
「流石にそれは言いすぎだろ」

 笑う一番ケ瀬を見て、俺は内心ホッとした。
 良かった、いつもの一番ケ瀬だ。と。

 食堂、テラス席。
 丸いテーブルを向かい合うような形で挟んで座り、俺達は食事を取っていた。
 相変わらず周りの目は痛いが、俺の目の前にいる一番ケ瀬のお陰か直接なにかを言ってくるような命知らずはいない。
 改めて自分が一番ケ瀬に知らず知らずの内に助けられていたのだな、と思いながらも一番ケ瀬から分けてもらったサラダを食っていたときだ。

「ああ、一番ケ瀬君じゃないか」

 一気に飯の味がしなくなる。
 一番ケ瀬の隣の空いた椅子、そこに手を掛けるその男――八雲は俺の顔を見てにっこりと微笑んだ。

「十鳥君も、元気そうだね」
「八雲先輩、どうも」
「悪いね、せっかくのデート中邪魔しちゃって。よく知った顔見かけたから挨拶でもしておこうかと思ってね」

 八雲はそう一番ケ瀬に微笑みかける。あの薄っぺらい笑顔で。
 その目に、声に、昨日のことが蘇り、全身から血の気が引いていく。震えそうになるのをスプーンを握り締めて堪えた。

「八雲先輩は一人なんですか」
「ああ、そんなんだよ。本当は連れが居たんだけどね、なんだか急用が入ったみたいでさ。……隣、いいかな?」
「ええ、どうぞ」
「では、お邪魔させてもらおうかな」

 そう言いながら一番ケ瀬の隣に腰をかける八雲にドクドクと心臓が跳ねる。
 一番ケ瀬は恐らく、この男の本性を知らないのだろう。

「八雲先輩と昼飯なんて久しぶりですね」
「最近はちょっと忙しかったからね。わざわざ食堂に来て食べることもしなかったし」
「ああ、それはわかるかも」

 二人の会話が右耳から左耳へと抜けていく。
 とにかくさっさとこの場からいなくなりたくて、無心になって目の前の飯を平らげようとしたときだった。

「君も色々大変な時期だろうに、ちゃんと友達付き合いを大切にしてるんだね。――本当、羨ましいな」

 テーブルの下、膝がこつんと当たる。一番ケ瀬かと思ったが、位置的に違う。思わず顔を上げれば微笑む八雲と目が合い、背筋が震えた。

「そんなこと言って、八雲先輩の方が友達多いじゃないですか」
「どうかな。君達のような親友と呼べる存在はあまりいないからな」

 八雲の爪先はそのまま股の奥に滑り込んできて、思わず腰を浮かせて逃げようとしたとき「十鳥?」と一番ケ瀬がこちらを見る。
 心臓が止まりそうになった。

「どうした、具合でも悪いのか?」
「……っ、い、いや……」

 一番ケ瀬を不安にさせたくなくて、「なんでもない」と慌てて応えたあと、後悔した。
 ああ、具合悪いと言ってそのままトイレにでも駆け込めばよかった。
 そう後悔したときには遅い。
 股の奥、そのまま人の股間に爪先を伸ばした八雲は何食わぬ顔をして人の股間を柔らかく踏みつけるのだ。

「……っ、……」
「十鳥君、だったっけ? ……酷い汗だよ、熱でもあるんじゃないか?」

 お前、という声は出なかった。少しでも口を開こうものなら出したくもない声が出てしまいそうで怖かったからだ。
 一番ケ瀬に見えないことをいいことに、硬い靴底で絶妙な力加減で股間を刺激し続けてくる八雲を睨めば、八雲は更に口元に笑みを浮かべる。

「それとも、腹痛かな」
「腹痛? 薬もらってくるか?」
「っ、ぃ、や……大丈夫だ……」

 俺、トイレに行ってくる。そう言いたいのに、今立ち上がったらまずいところまで自分が来ていることに気付いてしまい、その先の言葉を口にすることはできなかった。
 せめて、この場をやり過ごす。一番ケ瀬に勘付かれたくなかった。

「そうか? ……けど、無理はすんなよ」
「……ああ、多分、座ってたら楽になるから」

 ちゃんと自分がいつも通りでいれるのかわからない。固くなり始めたそこに口元を歪め、「それがいいよ」と八雲は笑うのだ。
 ああ、一番ケ瀬がいなかったら一発でも殴ってやりたかった。

「そういえば、七搦には会ったかな?」
「七搦……ああ、あいつですか。いえ、まだですけど……もう謹慎明けたんですね。もう少し長くてもよかったんじゃないですか?」
「はは。あいつ、ね。一番ケ瀬は手厳しいね」

「……っ、……」

 二人の他愛ない会話を、右から左へと受け流すことで精一杯だった。
 この八雲とか言う男は何故こうも器用なのか。腹立たしい。
 一番ケ瀬との会話の最中も笑みを崩すことなく、暇でも潰すように靴先ですり、と膨らんだ性器をなぞられただけで更に血液が股間に集中するのがわかった。

 不自然に呼吸が荒くなってしまわないように気をつけるのが精一杯だった。
 そんな俺をちらりと見た八雲は小さく笑い、そして更に緩急つけて靴裏全体で踏みつける。まるで電気あんまのように小刻みに刺激され、堪らず俺はそのままテーブルの端を掴んだ。

「……っ、は……ッ」
「ん? ……おい、どうした十鳥」
「だ、だいじょうぶ……だ」
「さっきも言ってたけど大丈夫じゃないだろ。……すみません、副会長。ちょっと俺たち先にお邪魔します」
「ああ、構わないよ。それよりも、彼が心配だね」

 どの口で、と八雲を睨みたかったが、今は一番ケ瀬に悟られたくなかった。俺は咄嗟に上着を脱ぎ、膝の上で抱える。
 間一髪、席を立って近付いてくる一番ケ瀬に下半身を見られずには済んだ。けれど。

「……」
「……い、ちばんがせ」
「……立てそうか?」

 ――気付かれて、ないよな……?

 バクバクと心臓が破裂しそうだった。そっと肩に触れてくる一番ケ瀬に、俺は小さく頷き返して椅子から立ち上がる。
 失礼します、も言いたくなかった。一番ケ瀬に連れられ、無言で席を離れようとする俺に向かって八雲は「お大事に」とまるで本当に心配してるかのような口振りで言い放った。
 ペコリと頭を下げる一番ケ瀬の横、俺はあの男に返事することも嫌で、そのまま振り返ることもなく食堂を後にした。


 ◆ ◆ ◆


 それから食堂を出た俺たち。

「本当に保健室に行かなくて大丈夫なのか?」
「ああ。それより、ちょっとトイレに行っていいか」
「腹が痛いのか?」
「……まあ、そんな感じだ」

 嘘ではない。それでも説明し難い問題には違いない。
 それから、丁度近くにあった男子便所に駆け込む。心配そうについてこようとしていた一番ケ瀬を便所の外に待たせたまま、俺は個室に駆け込む。扉を閉め、鍵を閉める手間ももどかしかった。
 便器の上に座り、ガチャガチャとベルトを緩め、扉を背に自分のものを取り出す。

「……ッ、ふ……」

 いくら他に使用者がいないとはいえ、外には一番ケ瀬もいる。流水音を流しながら、そのまま俺は半ばやけくそに硬くなった自分の性器を扱いた。

「……っ、ん、ぅ……」

 自分の身体が怖かった。何故嫌なのにこんなに反応してしまっているのか。
 以前よりもまた感じやすくなったのではないか。
 そんなことを思いながらも、なるべく余計なことを考えないように義務的に処理する。

「ん、ぅ……く……ッ」

 八雲のせいで既に大きくなっていたそこはいつものように抜くと呆気なく射精をした。
 どくんと脈打ち、噴き出す精液。汚さないように咄嗟に手で覆ったせいで掌が汚れてしまう。
 ふうふう、と小さく呼吸を繰り返して整えながら、俺はトイレットペーパーを数回巻取り、汚れた手を拭った。

「……」

 出したはずなのに、それなのにまだ下半身がむずむずと落ち着かない気持ちになった。顔が熱い。
 どちらにせよ、すぐに一番ケ瀬の元に戻ることはできない。
 ぼんやりとした頭の中、下着とベルトを戻した俺はそのまま暫く火照りが取れるまでトイレに籠もっていた。


 ――数分後。
 個室を出て、念入りに手を洗った俺はそのまま一番ケ瀬の元へと戻る。一番ケ瀬はずっと扉から俺が出てくるのを待っていたようだ。

「……悪い、待たせた」
「本当に大丈夫なのか」
「……ああ、大丈夫だ」

 ――俺、普通に接してるよな?

 不安になりながらも、一番ケ瀬と合流した俺。やはり少し遅くなったのが余計一番ケ瀬の不安を煽ってしまったようだ。
 近付いてきた一番ケ瀬に少し驚いて一歩立ち退く。
「なんだよ」と顔を逸らそうとしたとき、伸びてきた手に首筋を撫でられた。

「……っ! お、おい……」
「やっぱり、体温が高いな」
「いつも通りだ。というか、いきなり触るなって」
「それは悪い。けど、今日はもう部屋で休めよ」
「……ん、ああ」

 元よりそのつもりだった。
 一番ケ瀬の手にどぎまぎするのも束の間、すぐに一番ケ瀬は俺から手を離した。
 それでまだ、一番ケ瀬の指の感触が首筋に残ってるようだった。

「……っ、……」

 むず、と下腹部が疼く。
 ――まただ。しかもなんか、さっきよりも嫌な感じだ。

「十鳥?」
「……ああ、いや、なんでもない」
「……」

 それから俺は、一番ケ瀬に腕を掴まれたままやつの部屋へと戻ることになる。
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