カースト最下位落ちの男。

田原摩耶

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カースト最下位落ちの男と書記。

02※

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「ゲ、八雲……」
「や、八雲……さん……」

 また生徒会の連中か、と冷や汗が滲んだ。
 一人でも逃げるのは難しい相手だ。それが二人になるなんて、と息を飲んだときだった。
 八雲はこちらをちらりと見る。そして、「なにかお困りのようだね」と優しく微笑んだ。

 生徒会というだけでいけ好かないと思っていたが、そもそも俺はこの八雲という男をよく知らない。
 ――もしかしたら、もしたらいい人なのかもしれない。
 そんな一縷の望みにかけて、「助けてください」と声をあげれば七搦は「あっ、おい!」と舌打ちをする。

「なんだ、またいつもの悪い癖か? 七搦」
「……うるせえな、お前には関係ねえっての」
「それに、そこの君は一番ケ瀬のお気に入りの子じゃないか。……またどやされても知らないよ。それとも、癖になったのか?」
「黙れ、会長の腰巾着のくせにッ」

 七搦はいつもヘラヘラのらりくらり躱しているイメージがあっただけに、八雲の言葉の一つ一つに怒っているのを見て少し驚いた。
 すっかり八雲の方に意識が向いていたようだ、その隙きを狙ってそろりと七搦の側を離れようとしたときだ。

「おい、てめぇなに逃げてんだよ」

 ――見つかった。
 腕を掴まれそうになり、咄嗟に身構えたときだった。俺と七搦の間に影が立ち塞がる――八雲だ。
 こちらへと伸ばされようとしていた七搦の手を掴んだ八雲は、そのまま「七搦」と優しく問いかけるように口にする。

「せっかく謹慎が明けたんだ、わざわざ僕の目の前で問題ごとを起こす必要もないだろう?」
「……は? なに? まさかお前、その四軍ちゃんを庇ってんのか? 誰がどう使おうが関係ねえだろ」
「ああ、そうだね。だからだよ」

 微笑む八雲に、「は?」と俺と七搦の声が綺麗に重なった。

「この四軍君は僕が借りるよ」

 凛と伸ばされた背筋、柔らかい声。それでいて、八雲は有無を言わせないような妙な迫力がある男だった。

「待て、お前どういうつもりだよ。そいつの先約は俺だろ?」
「口約束の順番なんて些細なものだよ。それともなんだ? 七搦、お前は僕に楯突くつもりなのか?」

「今回の騒動で減点され、二軍落ちが近くなったお前が?」長い指で口元を抑え、七搦はくすくすと声を漏らす。その言葉に七搦は言葉に詰まった。

 ――カースト上位の中にも、更に日頃の成績や素行で加算減算される裏の内申点のようなものが存在する。
 無論、あげれば一軍の仲間入りすることもできる点数であるが、一軍からしてみれば強力な力でもあり恐怖でもあった。
 一軍とはいえど、なにしてでも許されるわけではない。日頃からあまり素行がよくない七搦と品行方正、成績も優秀である八雲とでは同じ一軍でも立場が違うのだ。

 一軍の中でも更にトップクラスである九重、八雲は一軍に対してもそのカーストの効力を発揮することができる、といつの日か一番ケ瀬から聞いたことがある。

「八雲、お前……ッ」
「……まあ、今回は見逃してやるよ。無論、お前がここで引き下がればの話だけど」

 その八雲の言葉にすっかり萎えたようだ。七搦は「チッ」と舌打ちをするなりそのままエレベーターを降りる。そして降りる直前、八雲とのすれ違いざまに「このキツネ野郎」と吐き捨てて言ったのだ。

「……全く、あいつは」

 そんな七搦の捨て台詞に怒るわけでもなく、苦笑いをした八雲はそのままエレベーターに乗り込み、カードキーを取り出した。そして目的の階数――六階を選ぶ。六階は一軍の中でも限られた人間しか入ることは許されない。

 静かに動き出すエレベーター内、俺は「あの」と恐る恐る八雲に声をかけた。

「……助けていただきありがとうございました、その……」
「ん? なにが?」
「七搦……先輩から」
「ああ、あいつね。あいつの身勝手さにも僕たち困らせられていたからね、これ以上生徒会の名誉をこんなくだらないことで傷つけられるわけにはいかなかった。ただそれだけだよ」

 俺が変に気を遣わないように言葉を選んでくれているのだろうか。柔らかい口調ではあるが、なんとなく棘があるその言い方に少し引っかかりながらも俺は「そうですか」とだけ答えた。

 それでも、なんだってよかった。恐らくあのまま七搦に捕まっていたらと思うとぞっとした。

 そして短い沈黙の末、エレベーターは俺の目的地である三階に辿り着いた。もう一度八雲にぺこりと頭を下げ、そのまま三階へと降りようとしたときだった。
 八雲に手を掴まれる。

「……ん? なにしてるの?」

 そして不思議そうにこちらを見下ろしてくる八雲に今度はこちらが戸惑う番だった。

「え、なにって……」
「さっき言っただろ、君のことを借りるって」

 それは七搦を諦めさせるための方便ではなかったのか、と戸惑っている内にエレベーターの扉が閉まってしまう。
 あ、と思ったときには時すでに遅し。再び動き始めたエレベーターは、先程八雲が選んだ六階に向けて動き出していた。
 唖然としている俺の隣に並ぶ八雲は、「どうしたの?そんな顔をして」とこちらを見下ろしてくるのだ。生徒集会等、講堂で遠くから登壇している姿を見ていたときはどちらかというと線が細く中性的な雰囲気の人だという印象があったが、近くでみるとその印象は大きく変わる。
 綺麗でどこか女性的な雰囲気とは裏腹に、制服越しでも分かるほど八雲の体格はよかった。鍛えてるのだろう、なんとなく嫌な記憶が蘇り、八雲から逃げ出したい気持ちになった。

 自分よりも大柄だったり、体格のいい男を前に恐怖心を覚えるようになったのは四軍になってからだ。
 普段から鍛えていない俺みたいな人間は押し倒されればあっという間にされるがままになってしまう。そう体に、脳に刻みつけられてから同性に対しても恐怖心が働くようになってしまったのだ。

 特に、何故だろうか。七搦のようなあからさまなタイプではないのにこの男、八雲に対しては七搦よりも更に緊張してしまう。
 ――恐らく、何を考えているのかまるで分からないからこそ、余計。

 固まっている間にエレベーターは六階で停止した。
 はっとしたとき、八雲は俺の肩にそっと手を回してくるのだ。

「あ、あの……」
「それじゃあ、行こっか。十鳥君」
「え……」
「君に拒否権はないだろ? 四軍君」

 そう、固まるこちらを覗き込むように首を傾げる八雲は、俺と目があうと目を細めて笑った。その目はどこか冷たく、俺はその場から逃げ出すこともできなかった。


 一軍のやつらというのは、皆こんなやつらばかりなのだろうか。
 従う義理はないし逃げ出してもいいはずだ、そう分かっているのに本能が叫んでる。逆らわない方がいいと。
 他にも高圧的なやつらはいたが、何故だが八雲に対して恐怖を覚えている自分自身に戸惑った。

 先を歩く八雲。八雲がやってきたのはラウンジだった。
 一軍専用のラウンジ――ここへ足を踏み込んだのは初めてだ。いつも一番ケ瀬は二軍の俺に合わせてくれていた。

 ラウンジというよりも小洒落た店の一角のような作りだった。実際にドリンクバーは設置されているし、快適すぎやしないか。二軍の寮のラウンジなんかもっと狭いしなんなら二席ほどしかないのに。
 ラウンジには既に一軍の生徒たちがいたが、八雲の姿を見るなり「八雲様、おはようございます」なんてヘコヘコとした態度で歩み寄るのだ。そんな生徒たちに八雲は微笑みかける。

「おはよう、今日も皆元気そうだね。――ああ、そうだ。少し奥の部屋。貸切らせてもらうよ」
「え、あ……では自分がお付き合いします」
「ああ、大丈夫。もう相手は決まってるんだ」

 そう八雲の言葉に、頬を赤らめていた女のような見た目の男子生徒は俺を見る。
 一体なんのやり取りをしているのか俺には分からなかったが、八雲に断られた男子生徒はこちらを睨んでくるのだ。
 なんでそんな目で睨まなければならないのか俺にはわけがわからなかった。
 戸惑っている間に八雲は「さあ、こっちだよ」と俺の肩に触れてくる。周りの一軍たちの視線が突き刺さるようだった。

 ラウンジの奥には細い通路があり、いくつかの扉があった。

「あの、八雲先輩……ここって」
「君とは一度話したいと思っていたんだ。……だから、二人きりになるのならここが丁度いいかなって思って」
「さっき言ってた相手って言うのはなんですか」

 先程の一軍とのやり取りを思い出し、思い切って尋ねれば八雲はこちらを見下ろした。口元には笑みは浮かんでいるものの、その目は笑っていない。
 ――苦手な人だと思った。
 背筋に冷たい汗が流れ落ちる。

「君って流されやすそうな子なのかなって思ったんだけど、なんだ。ただの馬鹿ってわけじゃないのか」

 一瞬耳を疑った。
 笑みを浮かべたまま八雲は目の前の扉を開く。

「けど、警戒心はなさすぎ。それとも好奇心? なにか期待した?」

 八雲が何を言ってるのか分からなくて言葉に詰まる。それ以上進むことが出来なくて、通路の真ん中に立ち止まる俺の腕を掴んでそのまま八雲は俺の体を引っ張るのだ。

「な、に……ッ!」
「ここがなんなのか……君、聞いたよね。いいよ、教えてあげる」

 なんて馬鹿力だ。
 八雲はそう言うなり扉の向こうへと俺の体を押し込み、そして突き飛ばすのだ。

「っ、う、お……ッ!」

 力いっぱい突き飛ばされ、踏みとどまれるほどの体幹を鍛えていない俺はそのまま無様に転倒する。顔面から転び、ヒリヒリと痛む顔を押さえながらも顔をあげ――そして息を飲んだ。
 目の前には大人何人かは寝れそうなくらいの大きなベッドが置かれていた。

「一軍専用特別仮眠室――ってのは名ばかりのヤリ部屋だよ」

 背後で扉が閉まる音がした。そして、頭上から落ちてくる八雲の柔らかい声に反応するよりも先に首根っこ、襟首を掴まれる。咄嗟にその手を掴み、振り払おうとするが八雲は俺が抵抗するのも無視してベッドまで引きずっていくのだ。

「っ、は、なせ……ッ! この……ッ!」
「なんで君は暴れるんだ? 僕が抱いてやるって言ってんだよ、寧ろ喜ぶべきだろ?」
「喜ぶって、なんで」
「四軍君にチャンスをあげるって話。……まさか、君この学園にいながら規則のことについて知らないわけないよね」

 一軍の言うことは絶対。そして、一軍の言うことを聞いて気に入られれば内申点にも関わってくる。
 そう言いたいのだろうか、この男は。
 それをありがたがって一軍の犬になってる生徒はいるし、何度も見てきた。だけど、その立場に自分がなろうとは微塵も思わなかった。
「ふざけんなっ」と暴れるが八雲は「そういうのはいいから」と吐き捨て、そして人の体を今度はベッドの上へと転がすのだ。
 今度は硬い床ではなく、柔らかいベッドマットの上に体が沈む。起き上がるよりも先に、同様ベッドへと乗り上がってきた八雲によって押し倒された。

「……っ、ど、退け……っ」

 上に乗り上げてくる八雲。かかる体重のせいで体は起こすどころか寝返りを打つことすらもできない。なんとか退かそうと伸ばした手首ごと掴まれ、そのまま八雲は俺の頭上へと押し付ける。
こちらを見下ろしたまま、やつは薄く微笑むのだ。

「君、一番ケ瀬のお気に入りなんだってね」

 よりによってこんなタイミングで出てきたあいつの名前に背筋が震えた。顔を上げ、八雲を見上げたとき、そのまま掌同士を重ねるように指を絡められる。

「ずっと不思議で仕方なかったんだ、見るからにいいところなんて見つからない、なんの変哲のない一般生徒である君にあいつが固執してるのがさ」
「……っ、知らねえよ、そんなこと」
「本当に?」

 する、と指同士を絡められる。握られた手に気を取られている間に伸びてきた手に腹部を撫でられ、ぞくりと全身が泡立った。

「触るな……ッ、この……っ!」
「たまに居るんだよね、君みたいにぱっとしないのに異様に周りに人が集まる子。口が上手いわけでも愛嬌があるわけでもない、けど、いつもその子は男といるんだ」
「なに、言って」
「――そういう子は大体、セックスが上手いんだよ」

 この変態野郎、という言葉は物理的に塞がれる。顎を掴まれ、軽く持ち上げたまま唇を重ねられ背筋が震えた。罵倒しようと開いた唇に八雲の舌が這わされる。
 慌てて口を閉じれば、そのまま柔らかく唇を吸われた。耳障りなリップ音が響く。やつの腹を蹴ろうとした足ごと掴まれ、そのまま膝を折るように開脚させられるのだ。

「……っ、ん、……う……ッ!」
「関節は硬いね、体も柔らかくないし僕の好みじゃないけど……まあたまには君みたいなのもいいか」

 失礼なことをべらべら喋りながら八雲は人のベルトに手を伸ばす。バックルを緩め、そのまま下着の中に入ってくる八雲の腕から逃げようとベッドの上で身を攀じるが逃げられることなどできなかった。萎えきった性器を握られ、「ぅ」と小さく声が漏れてしまう。勃起する気配すらないそこに、八雲は眉間に皺を寄せた。

「……なんで君、ぴくりともしてないの?」
「っ、あ、たりまえだ、いきなりこんなことされて、誰が……ッ、ぅ……ッ!」

 人が話してる最中に躊躇なく下着の中で性器を扱き出す八雲にぎょっとする。絡みつく長い指に緩急付けて全体を撫でるように柔らかく締め付けられれば、我慢しようとすることもできなかった。

「ああ、よかった。不感症ってわけではないんだね」
「っ、や、めろ……ッ! こんなこと、したって意味ないだろ……ッ」
「あるよ」

 下着の中、絶妙な力加減で優しく愛撫されれば嫌でも反応してしまう。下着の中からぬちぬちと粘ついた音が響いた。
 亀頭の先端からぷつりと滲む先走りを潤滑油のように指先で性器全体へと塗り込みながら、八雲はこちらを見下ろすのだ。

「せっかく二人きりになれたんだ。……とことん君のこと、調べさせてもらうよ」

「アナルの皺の数も全部、そう全身隈なくね」綺麗な顔で下品な言葉を口走る、皆の憧れの生徒会書記様に気が遠くなっていく。
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