カースト最下位落ちの男。

田原摩耶

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カースト最下位落ちの男と書記。

01※

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 平凡な学園生活が送りたかっただけだったのに。

「っ、は、ぁ……ッ」
「十鳥……ッ」
「やめろ、落ち着けって一番ケ瀬……ッ」

 ――何故、俺は数少ない親友に押し倒されているのだろうか。

 ことの発端は数分前。
 七搦との一件のあと、一番ケ瀬とその、なんというかまあ肉体的な関係になってしまったあと、俺と一番ケ瀬は微妙な空気感ながらもなるべく何事もなかったかのように過ごしていた。

 一番ケ瀬の部屋にお邪魔させてもらっていたが、やはりお互い気まずいだろうと何度か俺は自室に戻ると言ったのだが一番ケ瀬には強く引き止められた。

『お前が出ていくなら俺もお前の部屋に行く』なんて本末転倒なことを言い出す一番ケ瀬に折れ、結局過ごすこと数日。
 それから暫くは穏やかな生活を送っていたが……問題があった。

 俺だって健康優良児だ、健全な思春期の一般男子学生である。
 他の奴らに性的なちょっかいかけられることが減ったはいいが、溜まるものは溜まってしまうわけで……。

 とどのつまり、一番ケ瀬のいぬ間に自慰をしてしまったのだ。
 そして、運悪く帰ってきた一番ケ瀬にベッドの上で性器を握り込んでるなんともまあ間抜けな姿を見られてしまった。回想終わり。

 慌てて隠す暇もなかった。扉を閉め、鍵を掛け、上着を脱ぎながらやってきた一番ケ瀬にあっという間に追い詰められ、現在に至る。

「でも、一人でするくらいなら前みたいにやりゃいいじゃん。……今なら、邪魔もいないんだし」
「そ、ういう問題じゃねえ……っ、てば……ッ」

 既に射精近くなっていた性器を俺の手ごと握られ、一番ケ瀬は躊躇なく擦るのだ。
 外気で冷たくなっていた一番ケ瀬の手の感触が余計に嫌だったが、次第に早まる上下運動に追い詰められ、振り払うことなどできなかった。

「そ、それにあれは不可抗力で……俺はお前と、あんなこと……っ」
「したくなかったのか?」
「当たり前だっ、だってお前は友達……っ、で……ッ」
「……っ、友達だから、手伝ってやりてーんだよ。俺も」
「っ、ぁ、……っ、く、ぅ……ッ!」

 どさくさにまぎれて、片方の手にシャツ越しに乳首を引っかかれて息を飲む。

「や、めろ……っ、一番ケ瀬……っ」
「……は、こっちも硬くなってきたな」
「や、ぁ、……ッ、ひ、ぅ゛……ッ!」

 シャツの生地が過敏になった先端に摩擦し、堪らず背を丸める。
 そんな俺の上体を抱え、一番ケ瀬は更に胸を突き出させるのだ。
 白いシャツ越しにぷっくらと主張するそれに、顔が赤くなる。そして、一番ケ瀬はそれを俺に見せつけるようにその突起の周辺を優しく撫で、より凝らせるのだ。

「……っ、十鳥……ッ照れるなって、俺のも見るか?」
「ば、かやろ……っ、この……ッ」
「大丈夫だって、これは生理現象で……」
「っ、や、待て、やめろ……ッ」

 先走りを絡め、性器を扱かれながら乳首の先端を柔らかく押しつぶされたときだった。

「っ、ひ、……ぅ゛……ッ!!」

 のけぞらせた胸から性器に掛けて、甘い電流のようなものが走った。瞬間、手のひらの中の性器がぶるりと震え、玉がぎゅっと縮む。
 勢いよく吐き出される熱に、俺は目の前が真っ白になった。
 背筋をぴんと伸ばしたまま、ぶるりと震える下腹部。

「……っ、はは! ……たくさん出たな」

 そう一番ケ瀬は軽く笑い、手についた精液を目の前で広げるのだ。
 俺はもう、我慢の限界だった。というか射精欲のせいで邪魔されていたその他感情が、射精した結果爆発的に膨れ上がった。……そんな感じだ。

 俺は、咄嗟に一番ケ瀬の手を振り払ったのだ。
 すると、「十鳥?」と一番ケ瀬が目を丸くする。
 もう、限界だ。

「で、出ていく……」
「……え」
「もう、お前の世話にはならない」
「十鳥、ちょ……っおい!」

 下着を雑に引き上げた俺は、足が縺れそうになりながらもそのまま一番ケ瀬の制止を振り払って部屋を出ていったのだ。

 ――カースト最下位に落ちて初めて、俺は家出をした。



「はあ……」

 やってしまった。
 いつかはこうなる気もしないことはなかったが、それでもやはりあいつの考えてることがわからなかった。
 性行為だとか、自慰行為を手伝わせるとか……もうそこまでいくと友達というカテゴリではなくなってくる。
 いくら一番ケ瀬が好意を抱いてくれていると言えどもだ、俺はやはりあいつをそういう目で見たくはなかった。

 久し振りに自室まで戻ってきた俺は中に人の気配がないのを確認する。そして扉を閉め、チェーンも掛けた。
 ……鍵も、早めに変えてもらうか。そしたらまた会長さんに無理矢理鍵でも壊されるのだろうか。
 教師にどうにかしてくれと頼んだところで徒労で終わることもわかっていた。

「……」

 一番ケ瀬の部屋にお世話になっていた間は、本当に安心して眠れた。ただ俺が一番ケ瀬を受け入れればいい話なのだろう。
 それができないなら、この四軍を受け入れるか。
 どっちもどっちだ。
 考えるだけでいやに落ち込んできたので気分転換するために俺は部屋の換気をする。
 そして開いた窓から吹き込んでくる風に暫く当たっていたとき、ふと閃く。

 ――いや、待てよ。まだあるじゃないか、選択肢が。

 このクソのようなカースト制度を廃止させればいいのではないか、と自分で考えて『いや、無理か』と秒で答えが出た。
 そもそもこの制度を作ったのは学園だ。それを分かってて入学したのだ。
 それでも、警察や外部が介入してきたら大事になったりしないだろうか。
 でも下手したら妹が危ない。それどころか、会長のような金持ちを敵に回してみろ。考えただけでぞっとした。

 ……けど、そうか。今は枷になっているこのカースト制度を逆に利用することができればなにかが変わるのかもしれない。

 誰かに気付かれる前に窓を閉め、カーテンを締め切る。
 ……取り敢えず、腹減ったな。

 一番ケ瀬との悶着のおかげで食いそびれてしまった飯が今頃になって腹にきた。
 何かないかと久し振りに部屋の中を探すがなにもない。仕方ないかと俺は一度部屋を出て売店へと向かうことにした。

 マスクして顔を隠し、なるべく目立たないようにこそこそと売店で飯を調達する。なんでこんなことしなければならないのかつくづく自分が惨めになってくる。

 カースト最下位とは言えど、四軍は特例のようなものだ。成績の悪さや素行の問題で食事の制限までされてる三軍とは違い、売店や食堂での飯は二軍のときのものを食べることができたのが不幸中の幸いである。
 ……周りからの待遇はクソではあるが。
 というわけで、無事飯を調達した俺は久し振りに一番ケ瀬のいない一人飯を取るために再び部屋へと戻ろうとしたときだった。



 ――学生寮、ロビー。
 エレベーターが降りてくるのを待っているとき、いきなり肩を掴まれる。
 ぎょっと振り返れば、そこにはフードを被った男がいた。

「よお、久し振りじゃん。十鳥ちゃん」
「……っ、え」

 そこに立っていた男――七搦は俺の顔を覗き込み、にっと笑った。

「七搦……っ、先輩……」
「お、ちゃんと先輩呼びすんの偉いな。……あいつとは大違いだ」

 あいつというのは誰のことを言っているのか聞かずともわかった。一番ケ瀬のことだろう。
 というか何故この男がここにいるのか、暫く謹慎していると聞いていたが、まさか謹慎が解けたというのか。

「そんなにビビんなって。別に乱暴な真似しようってわけじゃねーんだよ、こっちは」
「……なんの用ですか」
「ははっ、声ひっく! 警戒してるつもりかよ、それで」

「かわいいねえ十鳥ちゃん」と馴れ馴れしく肩を抱かれそうになり、慌ててそれを降り払おうとすれば手首ごと掴まれる。

「おっと……やめとけよ、一応俺まだ一軍だし。四軍のやつに殴られました~なんて言いふらされたくねえだろ?」
「……っ、脅すつもりですか」
「脅しィ? ……だからちげえって、そんな回りくどいことしなくてもお前なんか直接どうにかしようとすりゃできるって話」

 ギリギリと、掴まれる手首に痛みが走る。
 やっぱり脅しじゃないか、最悪だ。どうして一番ケ瀬の元を離れた途端こんな目に遭わなければならないのか――いや、離れたからか?

「一番ケ瀬のやつは一緒じゃねえのか、あんなに金魚の糞みてーにくっついてたのに」
「……っ、アイツならここにはいませんよ」
「そんなにツンツンすんなよ。ってことはあれか、はは、あれか? 喧嘩したのか、テメェら」

「せっかくセックスまで出来たのに」と笑う七搦にカッと顔が熱くなる。掴まれた手を降り払おうとするが、びくともしない。七搦は下品な笑みを浮かべたまま、そのままずいっと鼻先を近付けてくるのだ。唇に吹きかかる息に肌が粟立つ。

「……っ、何が言いたいんすか」
「なあ、十鳥ちゃん。俺はお前を助けてやりたくてわざわざ会いに来たんだよ」
「……は?」
「お前だって薄々気付いてんじゃねえか、あいつがろくでもねえやつだって」
「……ッ、!」

 ああ、と思った。くだらない、この男の言うことなんて耳にする気にもなれなくて、咄嗟に胸を付き飛ばせば今度は七搦は「おっと」とあっさり離れるのだ。そして、口角を釣り上げて笑った。

「その面、やっぱりな。……十鳥ちゃん、あいつになんかされたか?」
「アンタには関係ないだろ……ッ!」
「おいおい、先輩には敬語使えよ敬語。それにしても嘘が下手くそだなぁ、十鳥ちゃんは」
「……っ、俺、急いでるんで失礼します」

 この男に付き合うだけ無駄だ。
 さっさと逃げようと踵を返し、丁度着いたエレベーターに乗り込もうとしたとき、背後から七搦が着いてくるのが見えてぎょっとした。

「……っ、なに……」
「十鳥ちゃんの部屋はぁ……何階だっけ? 二年は三階だっけか?」

 乗っていた他の生徒たちも七搦の姿を見てそそくさと降りていく。慌てて扉を開いて降りようとするが遅かった。俺の手ごと、握り締めるようにエレベーターの操作盤を押す。
 その体温が気持ち悪くて、慌てて手を抜こうとするが七搦に手を握り締められるのだ。

「……逃げんなっつってんだろ」
「……ッ、……」
「なあ、十鳥ちゃん。俺はさぁ、お前には別に恨みもクソもねーんだわ。寧ろ、あんな野郎に付きまとわれて可哀想だって思うくらいなんだよ。……わかるか?」

 エレベーターの扉が閉まり、強制的に二人きりの空間が作り出される。背後、背中に感じる七搦の熱に心臓がぎちぎちと痛む。肩を掴まれ、「なあ」と反対側の耳朶に唇を押し付けられるといつぞやのことを思い出し冷や汗が全身にぶわりと滲んだ。

「っ、何が言いたいんですか、さっきから……っ」
「まだわかんねえの?」
「分かる訳、」
「なあ、一番ケ瀬のやつの一番大切なもんってなんだか知ってるか?」

 警報が頭の中に響き渡る。逃げろ、そう本能が叫ぶが、そんな俺の思考を呼んだように更に七搦は俺の肩を掴む指に力を入れるのだ。
 そして、濡れた舌が耳に這わされる。

「……お前だよ、お前――十鳥ちゃん」

「あの野郎、自分のことよりもテメェになにかがあった方が堪えるらしいんだよなぁ? 知ってたか?」笑う七搦に、俺は考えるよりも先に操作盤の一番近い階を連打した。瞬間、偶然か丁度次の階でエレベーターは停止した。乗客だ。
 ゆっくりと開くエレベーターの扉、その先に立っていた人物を見て更に俺は息を飲む。

「……おっと、お取り込み中だったかな?」

 ――生徒会書記・八雲。
 その男はエレベーターの中の俺達を見て、はんなりとした笑みを浮かべたのだ。
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