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三◯一号室『ヒナリ君』
疫病神デビュー
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――ホテル月影・休憩室にて。
「……」
「……」
「……」
上からロビ君、平福君、そんで俺。
机を挟んで向かい合うように座る平福君とロビ君、んでロビ君の隣に座る俺。
まじでなんの三者面談だ、これ。
「えーと、取り敢えずお茶でも淹れようか?」
「お構いなく。こんなところに長居するつもりは毛頭ないので」
「……平福君、亜虎さんにそんな態度は」
「なに? 別に僕はいつも通りだけどね。それより御美、新しいスタッフまで雇ってどうするの。このホテルにそんな余裕ないんじゃなかった?」
「そのことですけど、亜虎さんが来てくれてからは先月に比べてお客さんも増えました。なので、平福君は心配しなくても――」
「別に、心配してないけど。たかだか一月、それに今の時期はたまたま春休み期間で暇な低能猿共の発情期が重なってるだけだろ」
「低能猿共……」と平福君の勢いにつられて復唱しているロビ君に、「ロビ君、そんな言葉覚えちゃ駄目だよ」と声をかければ「はあ」とロビ君はこくりと頷いた。偉い。
そんな俺達のやりとりがどうやら平福君の怒りに触れたようだ。平福君は猫目がちなその目をさらに吊り上げ、こちらをきっと睨む。
「ただでさえ経営難だっていうのに、なんでよりによってそんなよくわからない男を雇うのか僕には理解できないね。僕が手伝うと言ったときはあれほど断ったくせに」
「……それは、平福君が手伝うって言ったのは『ホテルの閉店』だったからですよ」
「ああそうだよ、こんな赤字ホテルも土地も手放してしまえ。そうじゃないと、今度こそお前は――」
平福君というのは涼しい顔に似合わずなかなか激情型らしい。だん、とテーブルに手を叩きつけ、ソファーから立ち上がった平福君はロビ君を睨む。睨まれたロビ君はいつもと変わらない――いや、よく見ると悲しそうな顔をしてるではないか。
「はい、ストーップ」
このままではヒートアップするだけだろう。そう立ち上がった俺はそのまま平福君のソファーの背後へと周り、その両肩を掴む。「触るな」と即振り払われた。
「何なんだよお前はさっきからヘラヘラと」
「えー、酷いなあ。ヘラヘラしてるのは生まれつきだから許して」
「はあ?」
「それよりさ、ほら、一旦お茶にしよう。大きな声出したら喉乾くだろ」
「今そんなこと言ってる場合じゃ……」
「それに」
と、俺は壁にかかった時計に目を向ける。盤面の針は午後三時を指し示そうとしていた。
瞬間、きゅるるるとロビ君のお腹が鳴る。
「……あ」
「……っ! おい、御美……」
すみません、とぼそりと呟くロビ君。相変わらずマスクのお陰で表情は分かりにくいが、一応は邪魔したと思ってるらしい。
寧ろ、俺にとっては好都合ではあるのだが。
「そろそろおやつの時間だからね」
「冷たいお茶と茶菓子、用意するね」と一旦俺はそのままお茶の準備することにした。
平福君は確かにロビ君のことは心配しているのだろう。けれど、ロビ君との考え方は正反対ときたもんだ。
ロビ君から予め良好な関係ではないと聞いていたが、思ったよりも根深そうだ。
一旦休憩室横のキッチンへと移動し、和箪笥に敷き詰められたロビ君の茶菓子ストックを覗く。適当に見繕い、麦茶注いだグラスをトレーに乗せて二人のもとへと戻ると、恐ろしいほど重たい空気が流れているではないか。
「お待たせ。はいどーぞ」
「……亜虎さん、すみません」
「いいんだよ。ほら、平福君も。お菓子好きなもの食べていいからね」
「……いりません。僕和菓子嫌いなので」
ぼそ、と拗ねた子供のように吐き捨てる平福君にロビ君の方がショック受けた顔をしてた。
なんだこの子たちは。なんで俺は保育士みたいな気分にならなきゃならないんだ。
「そっか、平福君はどんなお菓子が好きなの?」
「……あのですね、今そんな話してる場合じゃないんですよ」
「いや、そんな場合だよ。君たちに足りないのはコミニュケーションだからね」
「……はあ?」
「ホテル閉じる閉じない云々は一旦置いておいていいんじゃない? どっちにしろ、その決定権があるのも借金を背負わされるのもロビ君なんだから」
「それより、もっと楽しい話をしようよ」と、言いかけた矢先だった。平福君に胸ぐらを掴まれそうになり、間一髪のところで躱した。あっぶね。危機察知能力ありがとね。
「……亜虎さん! 大丈夫ですかっ」
「あー、大丈夫大丈夫。心配しないでも慣れてるから」
「あんた、それ本気で言ってるのか……っ? あんたみたいなやつが御美の側にいるなんて……ッ」
「この疫病神が」とテーブルの上、麦茶注ぎたてほやほやのグラスを手にとった平福君を見て「お」と思った。
――ビンタか飲み物ぶっかけられるか。二つに一つだと思っていたが、この流れは。
そう備えたときだった、ぶっかけられると思ったが飛んできたのは仄かな飛沫のみ。目を開けば、目の前には麦茶を頭から被ったロビ君が立っていた。
「え」
「ぉ……っ、御美……」
ただでさえ濡れたような綺麗な黒髪が、麦茶も滴る良い男と化してるではないか。
ぽたぽたと落ちる雫。俺と平福の間、棒立ちになったロビ君に平福君の顔が青ざめていく。
「……平福君、亜虎さんは疫病神ではありません」
「……ッ、けど、あの男は……」
「亜虎さんの言ってることは間違ってません。……全部、俺が決めたことですので。君にももう関係ないことです」
「御美……」
「……帰ってください、平福君」
「すみませんが、今は君の顔を見たくないので」乾いたタオルを手渡せば、それで顔と髪を拭いながらロビ君は呟いた。
「帰ってください」と繰り返し、平福君の方を見ずに呟くのだ。平福君は今にも罪悪感で押し潰されそうな顔をしたまま暫くロビ君を見つめていたが、やがてロビ君の拒絶を感じ取ってしまったようだ。顔を歪め、そして今にも泣きそうな顔をして休憩室を後にした。
……うーん、なんか想像していた展開と違うなあ。
俺としては二人の共通敵認識されて仲直りできたら、と思ったのだけど、俺はロビ君の自己犠牲精神を甘く見ていたのかもしれない。
「……ごめんね、ロビ君」
そう、タオルの先を掴んでぽたぽたと落ちるロビ君の髪をそっと拭えば、濡れたマスクを外しながらロビ君は「こちらこそすみませんでした」とぽそりと呟くのだ。
「平福君がああなってしまったのも、俺がしっかりしてないせいなので」
「……君たちって」
「……?」
「ん、いや……なんでもないよ」
少し、悪いことしたな。
ロビ君の頬を拭いながら、「着替えたらまたおやつ食べようね」と声をかければロビ君はこくりと頷いた。
「……」
「……」
「……」
上からロビ君、平福君、そんで俺。
机を挟んで向かい合うように座る平福君とロビ君、んでロビ君の隣に座る俺。
まじでなんの三者面談だ、これ。
「えーと、取り敢えずお茶でも淹れようか?」
「お構いなく。こんなところに長居するつもりは毛頭ないので」
「……平福君、亜虎さんにそんな態度は」
「なに? 別に僕はいつも通りだけどね。それより御美、新しいスタッフまで雇ってどうするの。このホテルにそんな余裕ないんじゃなかった?」
「そのことですけど、亜虎さんが来てくれてからは先月に比べてお客さんも増えました。なので、平福君は心配しなくても――」
「別に、心配してないけど。たかだか一月、それに今の時期はたまたま春休み期間で暇な低能猿共の発情期が重なってるだけだろ」
「低能猿共……」と平福君の勢いにつられて復唱しているロビ君に、「ロビ君、そんな言葉覚えちゃ駄目だよ」と声をかければ「はあ」とロビ君はこくりと頷いた。偉い。
そんな俺達のやりとりがどうやら平福君の怒りに触れたようだ。平福君は猫目がちなその目をさらに吊り上げ、こちらをきっと睨む。
「ただでさえ経営難だっていうのに、なんでよりによってそんなよくわからない男を雇うのか僕には理解できないね。僕が手伝うと言ったときはあれほど断ったくせに」
「……それは、平福君が手伝うって言ったのは『ホテルの閉店』だったからですよ」
「ああそうだよ、こんな赤字ホテルも土地も手放してしまえ。そうじゃないと、今度こそお前は――」
平福君というのは涼しい顔に似合わずなかなか激情型らしい。だん、とテーブルに手を叩きつけ、ソファーから立ち上がった平福君はロビ君を睨む。睨まれたロビ君はいつもと変わらない――いや、よく見ると悲しそうな顔をしてるではないか。
「はい、ストーップ」
このままではヒートアップするだけだろう。そう立ち上がった俺はそのまま平福君のソファーの背後へと周り、その両肩を掴む。「触るな」と即振り払われた。
「何なんだよお前はさっきからヘラヘラと」
「えー、酷いなあ。ヘラヘラしてるのは生まれつきだから許して」
「はあ?」
「それよりさ、ほら、一旦お茶にしよう。大きな声出したら喉乾くだろ」
「今そんなこと言ってる場合じゃ……」
「それに」
と、俺は壁にかかった時計に目を向ける。盤面の針は午後三時を指し示そうとしていた。
瞬間、きゅるるるとロビ君のお腹が鳴る。
「……あ」
「……っ! おい、御美……」
すみません、とぼそりと呟くロビ君。相変わらずマスクのお陰で表情は分かりにくいが、一応は邪魔したと思ってるらしい。
寧ろ、俺にとっては好都合ではあるのだが。
「そろそろおやつの時間だからね」
「冷たいお茶と茶菓子、用意するね」と一旦俺はそのままお茶の準備することにした。
平福君は確かにロビ君のことは心配しているのだろう。けれど、ロビ君との考え方は正反対ときたもんだ。
ロビ君から予め良好な関係ではないと聞いていたが、思ったよりも根深そうだ。
一旦休憩室横のキッチンへと移動し、和箪笥に敷き詰められたロビ君の茶菓子ストックを覗く。適当に見繕い、麦茶注いだグラスをトレーに乗せて二人のもとへと戻ると、恐ろしいほど重たい空気が流れているではないか。
「お待たせ。はいどーぞ」
「……亜虎さん、すみません」
「いいんだよ。ほら、平福君も。お菓子好きなもの食べていいからね」
「……いりません。僕和菓子嫌いなので」
ぼそ、と拗ねた子供のように吐き捨てる平福君にロビ君の方がショック受けた顔をしてた。
なんだこの子たちは。なんで俺は保育士みたいな気分にならなきゃならないんだ。
「そっか、平福君はどんなお菓子が好きなの?」
「……あのですね、今そんな話してる場合じゃないんですよ」
「いや、そんな場合だよ。君たちに足りないのはコミニュケーションだからね」
「……はあ?」
「ホテル閉じる閉じない云々は一旦置いておいていいんじゃない? どっちにしろ、その決定権があるのも借金を背負わされるのもロビ君なんだから」
「それより、もっと楽しい話をしようよ」と、言いかけた矢先だった。平福君に胸ぐらを掴まれそうになり、間一髪のところで躱した。あっぶね。危機察知能力ありがとね。
「……亜虎さん! 大丈夫ですかっ」
「あー、大丈夫大丈夫。心配しないでも慣れてるから」
「あんた、それ本気で言ってるのか……っ? あんたみたいなやつが御美の側にいるなんて……ッ」
「この疫病神が」とテーブルの上、麦茶注ぎたてほやほやのグラスを手にとった平福君を見て「お」と思った。
――ビンタか飲み物ぶっかけられるか。二つに一つだと思っていたが、この流れは。
そう備えたときだった、ぶっかけられると思ったが飛んできたのは仄かな飛沫のみ。目を開けば、目の前には麦茶を頭から被ったロビ君が立っていた。
「え」
「ぉ……っ、御美……」
ただでさえ濡れたような綺麗な黒髪が、麦茶も滴る良い男と化してるではないか。
ぽたぽたと落ちる雫。俺と平福の間、棒立ちになったロビ君に平福君の顔が青ざめていく。
「……平福君、亜虎さんは疫病神ではありません」
「……ッ、けど、あの男は……」
「亜虎さんの言ってることは間違ってません。……全部、俺が決めたことですので。君にももう関係ないことです」
「御美……」
「……帰ってください、平福君」
「すみませんが、今は君の顔を見たくないので」乾いたタオルを手渡せば、それで顔と髪を拭いながらロビ君は呟いた。
「帰ってください」と繰り返し、平福君の方を見ずに呟くのだ。平福君は今にも罪悪感で押し潰されそうな顔をしたまま暫くロビ君を見つめていたが、やがてロビ君の拒絶を感じ取ってしまったようだ。顔を歪め、そして今にも泣きそうな顔をして休憩室を後にした。
……うーん、なんか想像していた展開と違うなあ。
俺としては二人の共通敵認識されて仲直りできたら、と思ったのだけど、俺はロビ君の自己犠牲精神を甘く見ていたのかもしれない。
「……ごめんね、ロビ君」
そう、タオルの先を掴んでぽたぽたと落ちるロビ君の髪をそっと拭えば、濡れたマスクを外しながらロビ君は「こちらこそすみませんでした」とぽそりと呟くのだ。
「平福君がああなってしまったのも、俺がしっかりしてないせいなので」
「……君たちって」
「……?」
「ん、いや……なんでもないよ」
少し、悪いことしたな。
ロビ君の頬を拭いながら、「着替えたらまたおやつ食べようね」と声をかければロビ君はこくりと頷いた。
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