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一○六号室『シンノ』
シンノとロビ君
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事後。
人のケツに出すだけ出してスッキリしたのだろう、シンノは再び爆睡し始めた。
こいつ、とは思ったがあまりにも気持ち良さそうにすやすや眠ってるシンノを見てると起こす気にもなれなくて、俺はそのままよたよたとシャワールームに駆け込み、ケツの中の精液だけ処理した。んで諸々さっぱりしたあと、そのままシンノが目を覚ますまでシンノと並ぶようにベッドに横になる。
そしてどれほど時間が経っただろうか。
俺もつられてウトウトしていたとき、いきなりシンノががばりと起きる気配がした。
「……っ、……」
そして隣で上半身裸のままわなわなと震えてるシンノを見つけ、俺は「よ」とその背中をぺちんと叩く。瞬間面白いくらいシンノは跳ね上がった。
「あ、亜虎君……っ、俺……」
「はは、すげえ顔。……ようやくちゃんと酔い覚めたのか?」
「……っ、はい……」
面白いくらい青くなっていくシンノに思わず吹き出した。
シンノがこんなしゅんとした顔をするの、初めて見たかもしれない。
「どうした、二日酔い? 頭痛い? 吐きそ?」
「……俺、めちゃくちゃ変なこと言ってませんでしたか」
「え? なにが?」
「……っ、や、ヤッてるとき」
急にしおらしくなるからどうしたのかと思えば、なるほど。そんなことか。
「まあ、色々言ってたかな。『俺と綾瀬先輩、どっちが好きですか?』とか、『浮気えっちサイコ~!』とか……」
「っ、い、言わなくていいっすよ! うわー……っ、まじで最悪だ……」
「別にシンノの酒癖が酷いのは今に始まったことじゃないだろ」
「でも、でも……うわー……っ」
頭を抱えるシンノはネタとかではなく本気で後悔しているようだ。
今までだってクソ野郎みたいな発言はシラフのときでもボロボロ出ていたのになんで今更、というのが正直な気持ちである。
「シンノ」と、俺は頭を抱えるシンノの背中にくっつけば、広背筋の辺りがぴくりと反応するのが直接伝わってきた。
「あ、亜虎君……」
「なに落ち込んでるんだよ。お前からやりたいとか言い出したくせに」
「そっすけど……だって」
「だって?」
「亜虎君……嫌だって言ってたじゃないですか、好きとか……そーいう重いの」
「……………………」
「だから、言いたくなかったんすよ。亜虎君には」
けど、と言いかけたあとそのままシンノは枕をクッションのように抱きかかえ、「うう~~!」っと鳴き声を上げながら顔を埋めていた。
どうやら本気で後悔してるらしい、髪から覗くその耳まで赤くなってた。
正直、ほんの少しシンノのことが可愛く見えた。
確かに愛だとか恋だとかそういうのは重すぎると面倒臭えなと思うが、シンノはよく繋がってた時期でも淡白だったし軽く冗談めいた口調で「愛してますよ」っていうくらいだったから余計そう思うのかもしれない。
「……」
「あ、亜虎君もなんか言ってくださいよ……っ!」
「あー、いやごめんごめん。……可愛いなって思って」
「……っ、か、かわ……っ?!」
「確かに重いのはちょっとっては思うけどさ、お前のは全然いいよ」
「寧ろ、そんなに俺のこと好きだったのかってびっくりした」まあ確かにソウキ引き合いに出されたときは面倒臭えなと思わなかったわけではないが、まあなんていうか可愛い後輩って感じだ。
そんな俺の言葉にぴたりと動きを止めたシンノは「本当っすか?」とちらりと枕の後ろから顔を覗かせた。
「うん、本当本当」
「……っ、じゃあ、綾瀬先輩と俺……どっちが好きですか?」
「うーん、同じくらい」
「……っ!」
「はは、シンノ面白い顔してんね」
「それより、ほら。喉乾いただろ?」と俺はサイドボードに手を伸ばし、残ってたボトルを渡した。シンノはしおしおと萎れたままそれを受け取り、口に流し込む。
「……今日は本当にすみませんでした。ここまで運んでもらって、そんで部屋まで泊めてもらうなんて」
「急に畏まるじゃん」
「だって、亜虎君だけですもん。俺をすぐに迎えに来てくれたの」
もんときたか。
普段はカラッとして後ぐされないやつというイメージがあったが、どうやらシンノに対してはそれを改めなければならないかもしれない。
「そういや、なんであんなに酔ってたんだ?」
「……言わないっす」
「朝方にわけわかんねーメッセージで起こされて、わざわざここまで運んでやった人、誰だったかな」
「う」
「なんてな。別に怒ってないけど、あんな酔い潰れ方してたってことはなんかあったんじゃないかと思ってさ」
「言いたくないなら別に言わなくてもいいからな」と付け足せば、シンノはしゅんと縮む。
「……セフレと喧嘩したんすよ」
「セフレって、もしかしてこの間一緒にいた子?」
「そうです」
「なんでまた」
「……亜虎君の連絡先教えてほしいってしつこかったから」
「………………は?」
「だって、俺だって久しぶりに亜虎君と出会えたってのにあいつ、亜虎君亜虎君って……」
だからって喧嘩して、酔い潰れるまで飲んだってことか?
シンノらしくない、と思ったが、こうしてシンノと再会したのだって久しぶりではある。そもそもシンノとセックスはしたが、シンノの性格や本音などをちゃんと聞いたことはなかった。
何かあって変わったのか知らないが、あまりにも『シンノらしくない』という言葉が頭にまず浮かんだのだ。
「わかってます、亜虎君が言いたいことも。俺だって、こんなこと言いたくないです。けど、だって亜虎君が……」
「え、なに? 俺がどうしたの?」
「……亜虎君が、優しいから……それに、今一人だって聞いてすんげー嬉しくて……それで……」
ん?なに?もしかして今俺、告白されてる?
「あー、シンノ。ストップ」
俺の面倒な男センサーが煩いほど警笛を鳴らしてる。
取り敢えずシンノを黙らせようとその口を手で塞げば、掌の下でシンノは「もご」と鳴いた。
「はほはふん」
「シンノ、まだ酒残ってるかもしれないからもう少しゆっくり休め」
「ぷは……っ、亜虎君……」
「俺はそろそろ仕事戻るね。……なにかあったらコールしなよ」
「じゃ」とだけ言い残し、そのまま俺はシンノを置いて一○六号室を後にする。
シンノはまだなにか言ってたが、多分「亜虎君」「待ってください」「置いていかないでください」とかそんな感じだと思う。勘だけど。
……ま、元気そうだし大丈夫だろう。
そう自分に言い聞かせ、俺は一○六号室の扉を閉めた。そしてそのままフロントへと向かうことにした。
フロントまで戻ってくると受付カウンターにはロビ君がいた。
丁度お茶を淹れてきたところだったようだ、湯気立つ湯呑を手にしたロビ君はカウンターへと戻ってきた俺を見て「亜虎さん」とぽつりと呟く。
もうシンノは大丈夫なのか、と言いたげな顔だ。
「ごめんね、任せっぱなしにしちゃって」
「いえ、大丈夫です」
「シンノなら大丈夫そうだったから戻ってきたよ」
聞かれる前に答えれば、ロビ君は「それは良かったです」と湯呑をカウンターの上に置く。少し冷ましてから飲むつもりなのだろう。
どうやら相変わらず客は来ていないようだ。相変わらずロビ君は経営に関する本を読んでたらしい。真面目だなあと思ってると、不意に客室の方から誰かがやってくる。
「亜虎くーん!」と名前を呼ばれ、俺とロビ君は受付から顔を出す。
そこにいたのはシンノだった。どうやら慌てて着替えて俺の後を追ってきたらしい。
「あ、亜虎君いた……って、あれ」
俺の後ろから顔を覗かせていたロビ君に気付いたようだ。「君、確か」と目を丸くするシンノに、ロビ君はぺこりと頭を下げる。
「龍池です。……宇井楽君と同じ学校だった」
「あー、そうだ。確か突然学校辞めて女子が騒いでた子だ。……って、俺のこと知ってるんすか?」
「宇井楽君は有名人なので」
相変わらずの淡々としたロビ君に、こちらへと近づいてきたシンノは「へえ」と興味津々になって覗き込む。お、あのロビ君が少し緊張してる。
もう少しこの交流を見てみたい気もしたが、ロビ君が反応に困ってるように見えたので俺はやんわりとシンノの肩に手を回すフリしてロビ君から引き離した。
「ロビ君は俺の雇い主で、ここのオーナーさんなんだよ」
「……って、え。じゃあここが?」
「そうそう、ホテル月影。ベッドふかふかで気持ちよかったろ?」
そうシンノに尋ねれば、シンノは「確かに寝心地最高でしたね」と頷く。「どうも」とまたぺこりと頭を下げるロビ君は心なしか誇らしげだ。……マスクのせいもあって表情は相変わらずわかりにくいが。
「あの、宇井楽君は、もう具合は大丈夫なんですか」
お、今度はロビ君から話しかけてる。
が、当人でもあるシンノはまださっきの醜態の件について気にしているようだ。ロビ君に触れられ、バツが悪そうな顔をしてる。
「あー……その節はご迷惑をお掛けしました。まあ一応平気だね」
「そうでしたか」
「……」
「……」
「え、なに君たち人見知りなの?」
そんな会話下手だったけ。思わず突っこんでしまった。
「そうだシンノ、ロビ君優しいから今回は宿泊費いらないってよ。ちゃんとお礼言っときなよ」
この空気をどうにかするべく、俺は話題を変えることにした。
「え、いいんすか?」と驚くシンノに「はい」とロビ君は頷く。
「それに、今回は宿泊ではなく緊急事態でしたので」
「うわ、……あんたいい人っすね。それじゃ経営やってけね……っあてて! 亜虎君ケツ突かないでくださいよ!」
「大丈夫だよ、代わりに俺ががっぽし稼ぐから」
「亜虎君、得意そうっすもんねーそういうあくどいこと……いてて!」
背後からシンノの尾てい骨連打してると、ロビ君は不思議そうな顔をして小首を傾げて見せた。
「あくどい……? 亜虎さんは優しい方ですよ」
「……おお、まじか」
「ロビ君、こういう子だから俺が守ってかなきゃないの」
わかった?とシンノに囁きかければ、「なるほど、理解しました」と頷くシンノ。
「亜虎君が働いてるっていうからどんな危ないところかと思ったけど、そういうことなら安心しました」
「シンノにまで心配されるってショックだなあ」
「いいなあ、俺も今のバイト辞めてここで働こうかっな」
「シンノお前作業とか苦手そうじゃん」
「女の子相手の接客ならいけるかも」
「そういうお店じゃないんで、うち」
「ええ残念だな」という割に全然残念そうではないシンノ。この軽口といい加減な言葉の応酬は学生の頃を思い出す。
わざとらしく肩を落とすシンノの肩を抱き寄せる。
「ま、客としてなら大歓迎だから。うちは」と耳打ちすれば、俺の言葉の意図に気付いたようだ。そのままするりと指が伸びてきて、俺の手を握るシンノ。
「……そういや亜虎君、ここで住み込みって言ってましたっけ?」
「そだよ」
ふうん、とシンノがこちらを見詰めてくる。
含んだような目がくすぐったい。本当ならもうすこし口説いてやってもよかったが、ここはロビ君の前だ。変な空気になる前に、パッと俺はシンノの手を離した。
「ま、そういうことだから。また人恋寂しくなったら今度はちゃんと入口から遊びに来なよ」
今回はこの辺にしておくか、とシンノに笑いかければ「商売上手っすね、亜虎君」とシンノは笑う。
「じゃ、今度来るときは連泊できるように事前準備してくるっすよ」
そう、どさくさに紛れて人の尻を撫でてくるシンノの手を掴む。「酒以外でな」と呟けば、シンノは「うわ、厳し」と苦笑した。
それからどれほど経っただろうか。
シンノがチェックアウトしたあと。
「宇井楽君、初めて話しましたが気さくでいい人でした」
「はは、そうだね。あいつ基本はいいやつだよ」
女が絡まなければ、という言葉は仕舞っておくとしよう。。
受付終了後のホテル月影・フロント。
「……亜虎さんはすごいですね」
狭い休憩室。軽い晩飯を食い終わってソファーに腰を下ろして腹を撫でていると、隣に座っていたロビ君はそんなことを言い出すのだ。
「え、なにが?」と思わず素で返せば、「人脈が広くて」とロビ君はこちらを見る。
曇りなき眼がなんだかこそばゆい。
「あー……まあ、そうだね。人脈ね」
「俺にはそういう知り合いはあまりいなかったので」
「仲良い子とかはいなかったの? 一人とかでもいたら俺は十分だと思うけどな」
「いました。……一人だけ」
これは少し意外だ。
けどロビ君は確かにちょっと雰囲気独特だから避けられるのはわかる気がするけど。
「へえ、いいね。その子は学校の友達?」
「はい。幼い頃からの知り合いなんですけど……」
と、言いながらもしゅんとしていくロビ君に『あ』と思った。
もしかしてやぶ蛇かなと思ったが、なんとなくロビ君の態度から話聞いてほしそうな感じもしたので俺は敢えてのやぶを突くことにする。
「……もしかして、なにかあったの?」
「俺が大学を中退してこのホテルを継ぐって話したら、怒られてしまって」
「それはまた」
「それ以来連絡取れてないんです」
なんとなくだけど分かる気がした。
ロビ君の友達はきっとロビ君のことが放っておけないのだろう。俺もそっち側の人間なので気持ちは分かるが、それで疎遠になるのか。
俺からしてみれば幼い頃の知り合いと今の今まで交流があることの方がすごいと思うが。なんて思いつつ、「ロビ君は仲直りしたいんだ」と尋ねれば、ロビ君はこくりと頷く。
「はい、それは勿論」
「なら大丈夫だよ。その気持ちがあれば」
「亜虎さん」
「ま、もし駄目でも俺がロビ君の友達になるから」
保険というわけではないが、慰めついでに言った言葉にロビ君は目を少しだけ開いた。
そして、そのままこちらを見る。
「……亜虎さんが?」
「あれ? 嫌だった?」
「……いえ。そういうことを言われたのは初めてだったので、少し驚きました」
嬉しいです、とロビ君は再び視線を逸らす。
照れてるのだろうか。マスク越しでは分かりにくいが、先程よりも幾分表情が明るくなった気がする。俺はつられて微笑んだ。
それから少しだけロビ君と他愛ない会話をしたあと。
「それじゃ、俺もそろそろ寝ようかな」
「おやすみなさい。亜虎さん」
「うん、おやすみ」
もう少し起きてるというロビ君を残し、俺は一足先に休憩室を後にした。
それにしてもロビ君の友達、気になるな。
なんて思いながら自分の部屋まで向かってるときだった。通路の前に人影を見つけ、ぎょっとする。
「……亜虎」
「げ、ソウキ……」
お前まだいたのか、と思わず口にしそうになったところを咄嗟に咳払いで誤魔化した。が、遅かったようだ。
「お前その反応……俺のこと忘れてただろ?」
「いやー、そんなまさか……」
「げって言ったよなあ今? お前のために待ってたんだよこっちは、なのになんだその態度は」
「あはー、なるほどね。ありがと、よしよし偉いぞソウキ……」
面倒臭えスイッチ入ってんぞこれ、と思いながらも軽く抱き締めて誤魔化そうとしたが駄目だった。腕を掴まれ、そのまま抱き寄せられる。
「昼間からこっちはお預け食ってんだ、……ちゃんと責任取れよ、亜虎」
「きゃー、ソウキのエッチ……」
洒落になんねえし。
ごり、と押し付けられる下半身。項に吹きかかる吐息を感じながら、取り敢えずさっさと満足させて睡眠時間を確保する方法を考えることにした。
そして、翌朝。
結局ソウキに付き合わされて朝方のチェックアウトの時間ギリギリまで相手をさせられるハメになったのは言うまでもない。
第二話:一○六号室『シンノ』
END
人のケツに出すだけ出してスッキリしたのだろう、シンノは再び爆睡し始めた。
こいつ、とは思ったがあまりにも気持ち良さそうにすやすや眠ってるシンノを見てると起こす気にもなれなくて、俺はそのままよたよたとシャワールームに駆け込み、ケツの中の精液だけ処理した。んで諸々さっぱりしたあと、そのままシンノが目を覚ますまでシンノと並ぶようにベッドに横になる。
そしてどれほど時間が経っただろうか。
俺もつられてウトウトしていたとき、いきなりシンノががばりと起きる気配がした。
「……っ、……」
そして隣で上半身裸のままわなわなと震えてるシンノを見つけ、俺は「よ」とその背中をぺちんと叩く。瞬間面白いくらいシンノは跳ね上がった。
「あ、亜虎君……っ、俺……」
「はは、すげえ顔。……ようやくちゃんと酔い覚めたのか?」
「……っ、はい……」
面白いくらい青くなっていくシンノに思わず吹き出した。
シンノがこんなしゅんとした顔をするの、初めて見たかもしれない。
「どうした、二日酔い? 頭痛い? 吐きそ?」
「……俺、めちゃくちゃ変なこと言ってませんでしたか」
「え? なにが?」
「……っ、や、ヤッてるとき」
急にしおらしくなるからどうしたのかと思えば、なるほど。そんなことか。
「まあ、色々言ってたかな。『俺と綾瀬先輩、どっちが好きですか?』とか、『浮気えっちサイコ~!』とか……」
「っ、い、言わなくていいっすよ! うわー……っ、まじで最悪だ……」
「別にシンノの酒癖が酷いのは今に始まったことじゃないだろ」
「でも、でも……うわー……っ」
頭を抱えるシンノはネタとかではなく本気で後悔しているようだ。
今までだってクソ野郎みたいな発言はシラフのときでもボロボロ出ていたのになんで今更、というのが正直な気持ちである。
「シンノ」と、俺は頭を抱えるシンノの背中にくっつけば、広背筋の辺りがぴくりと反応するのが直接伝わってきた。
「あ、亜虎君……」
「なに落ち込んでるんだよ。お前からやりたいとか言い出したくせに」
「そっすけど……だって」
「だって?」
「亜虎君……嫌だって言ってたじゃないですか、好きとか……そーいう重いの」
「……………………」
「だから、言いたくなかったんすよ。亜虎君には」
けど、と言いかけたあとそのままシンノは枕をクッションのように抱きかかえ、「うう~~!」っと鳴き声を上げながら顔を埋めていた。
どうやら本気で後悔してるらしい、髪から覗くその耳まで赤くなってた。
正直、ほんの少しシンノのことが可愛く見えた。
確かに愛だとか恋だとかそういうのは重すぎると面倒臭えなと思うが、シンノはよく繋がってた時期でも淡白だったし軽く冗談めいた口調で「愛してますよ」っていうくらいだったから余計そう思うのかもしれない。
「……」
「あ、亜虎君もなんか言ってくださいよ……っ!」
「あー、いやごめんごめん。……可愛いなって思って」
「……っ、か、かわ……っ?!」
「確かに重いのはちょっとっては思うけどさ、お前のは全然いいよ」
「寧ろ、そんなに俺のこと好きだったのかってびっくりした」まあ確かにソウキ引き合いに出されたときは面倒臭えなと思わなかったわけではないが、まあなんていうか可愛い後輩って感じだ。
そんな俺の言葉にぴたりと動きを止めたシンノは「本当っすか?」とちらりと枕の後ろから顔を覗かせた。
「うん、本当本当」
「……っ、じゃあ、綾瀬先輩と俺……どっちが好きですか?」
「うーん、同じくらい」
「……っ!」
「はは、シンノ面白い顔してんね」
「それより、ほら。喉乾いただろ?」と俺はサイドボードに手を伸ばし、残ってたボトルを渡した。シンノはしおしおと萎れたままそれを受け取り、口に流し込む。
「……今日は本当にすみませんでした。ここまで運んでもらって、そんで部屋まで泊めてもらうなんて」
「急に畏まるじゃん」
「だって、亜虎君だけですもん。俺をすぐに迎えに来てくれたの」
もんときたか。
普段はカラッとして後ぐされないやつというイメージがあったが、どうやらシンノに対してはそれを改めなければならないかもしれない。
「そういや、なんであんなに酔ってたんだ?」
「……言わないっす」
「朝方にわけわかんねーメッセージで起こされて、わざわざここまで運んでやった人、誰だったかな」
「う」
「なんてな。別に怒ってないけど、あんな酔い潰れ方してたってことはなんかあったんじゃないかと思ってさ」
「言いたくないなら別に言わなくてもいいからな」と付け足せば、シンノはしゅんと縮む。
「……セフレと喧嘩したんすよ」
「セフレって、もしかしてこの間一緒にいた子?」
「そうです」
「なんでまた」
「……亜虎君の連絡先教えてほしいってしつこかったから」
「………………は?」
「だって、俺だって久しぶりに亜虎君と出会えたってのにあいつ、亜虎君亜虎君って……」
だからって喧嘩して、酔い潰れるまで飲んだってことか?
シンノらしくない、と思ったが、こうしてシンノと再会したのだって久しぶりではある。そもそもシンノとセックスはしたが、シンノの性格や本音などをちゃんと聞いたことはなかった。
何かあって変わったのか知らないが、あまりにも『シンノらしくない』という言葉が頭にまず浮かんだのだ。
「わかってます、亜虎君が言いたいことも。俺だって、こんなこと言いたくないです。けど、だって亜虎君が……」
「え、なに? 俺がどうしたの?」
「……亜虎君が、優しいから……それに、今一人だって聞いてすんげー嬉しくて……それで……」
ん?なに?もしかして今俺、告白されてる?
「あー、シンノ。ストップ」
俺の面倒な男センサーが煩いほど警笛を鳴らしてる。
取り敢えずシンノを黙らせようとその口を手で塞げば、掌の下でシンノは「もご」と鳴いた。
「はほはふん」
「シンノ、まだ酒残ってるかもしれないからもう少しゆっくり休め」
「ぷは……っ、亜虎君……」
「俺はそろそろ仕事戻るね。……なにかあったらコールしなよ」
「じゃ」とだけ言い残し、そのまま俺はシンノを置いて一○六号室を後にする。
シンノはまだなにか言ってたが、多分「亜虎君」「待ってください」「置いていかないでください」とかそんな感じだと思う。勘だけど。
……ま、元気そうだし大丈夫だろう。
そう自分に言い聞かせ、俺は一○六号室の扉を閉めた。そしてそのままフロントへと向かうことにした。
フロントまで戻ってくると受付カウンターにはロビ君がいた。
丁度お茶を淹れてきたところだったようだ、湯気立つ湯呑を手にしたロビ君はカウンターへと戻ってきた俺を見て「亜虎さん」とぽつりと呟く。
もうシンノは大丈夫なのか、と言いたげな顔だ。
「ごめんね、任せっぱなしにしちゃって」
「いえ、大丈夫です」
「シンノなら大丈夫そうだったから戻ってきたよ」
聞かれる前に答えれば、ロビ君は「それは良かったです」と湯呑をカウンターの上に置く。少し冷ましてから飲むつもりなのだろう。
どうやら相変わらず客は来ていないようだ。相変わらずロビ君は経営に関する本を読んでたらしい。真面目だなあと思ってると、不意に客室の方から誰かがやってくる。
「亜虎くーん!」と名前を呼ばれ、俺とロビ君は受付から顔を出す。
そこにいたのはシンノだった。どうやら慌てて着替えて俺の後を追ってきたらしい。
「あ、亜虎君いた……って、あれ」
俺の後ろから顔を覗かせていたロビ君に気付いたようだ。「君、確か」と目を丸くするシンノに、ロビ君はぺこりと頭を下げる。
「龍池です。……宇井楽君と同じ学校だった」
「あー、そうだ。確か突然学校辞めて女子が騒いでた子だ。……って、俺のこと知ってるんすか?」
「宇井楽君は有名人なので」
相変わらずの淡々としたロビ君に、こちらへと近づいてきたシンノは「へえ」と興味津々になって覗き込む。お、あのロビ君が少し緊張してる。
もう少しこの交流を見てみたい気もしたが、ロビ君が反応に困ってるように見えたので俺はやんわりとシンノの肩に手を回すフリしてロビ君から引き離した。
「ロビ君は俺の雇い主で、ここのオーナーさんなんだよ」
「……って、え。じゃあここが?」
「そうそう、ホテル月影。ベッドふかふかで気持ちよかったろ?」
そうシンノに尋ねれば、シンノは「確かに寝心地最高でしたね」と頷く。「どうも」とまたぺこりと頭を下げるロビ君は心なしか誇らしげだ。……マスクのせいもあって表情は相変わらずわかりにくいが。
「あの、宇井楽君は、もう具合は大丈夫なんですか」
お、今度はロビ君から話しかけてる。
が、当人でもあるシンノはまださっきの醜態の件について気にしているようだ。ロビ君に触れられ、バツが悪そうな顔をしてる。
「あー……その節はご迷惑をお掛けしました。まあ一応平気だね」
「そうでしたか」
「……」
「……」
「え、なに君たち人見知りなの?」
そんな会話下手だったけ。思わず突っこんでしまった。
「そうだシンノ、ロビ君優しいから今回は宿泊費いらないってよ。ちゃんとお礼言っときなよ」
この空気をどうにかするべく、俺は話題を変えることにした。
「え、いいんすか?」と驚くシンノに「はい」とロビ君は頷く。
「それに、今回は宿泊ではなく緊急事態でしたので」
「うわ、……あんたいい人っすね。それじゃ経営やってけね……っあてて! 亜虎君ケツ突かないでくださいよ!」
「大丈夫だよ、代わりに俺ががっぽし稼ぐから」
「亜虎君、得意そうっすもんねーそういうあくどいこと……いてて!」
背後からシンノの尾てい骨連打してると、ロビ君は不思議そうな顔をして小首を傾げて見せた。
「あくどい……? 亜虎さんは優しい方ですよ」
「……おお、まじか」
「ロビ君、こういう子だから俺が守ってかなきゃないの」
わかった?とシンノに囁きかければ、「なるほど、理解しました」と頷くシンノ。
「亜虎君が働いてるっていうからどんな危ないところかと思ったけど、そういうことなら安心しました」
「シンノにまで心配されるってショックだなあ」
「いいなあ、俺も今のバイト辞めてここで働こうかっな」
「シンノお前作業とか苦手そうじゃん」
「女の子相手の接客ならいけるかも」
「そういうお店じゃないんで、うち」
「ええ残念だな」という割に全然残念そうではないシンノ。この軽口といい加減な言葉の応酬は学生の頃を思い出す。
わざとらしく肩を落とすシンノの肩を抱き寄せる。
「ま、客としてなら大歓迎だから。うちは」と耳打ちすれば、俺の言葉の意図に気付いたようだ。そのままするりと指が伸びてきて、俺の手を握るシンノ。
「……そういや亜虎君、ここで住み込みって言ってましたっけ?」
「そだよ」
ふうん、とシンノがこちらを見詰めてくる。
含んだような目がくすぐったい。本当ならもうすこし口説いてやってもよかったが、ここはロビ君の前だ。変な空気になる前に、パッと俺はシンノの手を離した。
「ま、そういうことだから。また人恋寂しくなったら今度はちゃんと入口から遊びに来なよ」
今回はこの辺にしておくか、とシンノに笑いかければ「商売上手っすね、亜虎君」とシンノは笑う。
「じゃ、今度来るときは連泊できるように事前準備してくるっすよ」
そう、どさくさに紛れて人の尻を撫でてくるシンノの手を掴む。「酒以外でな」と呟けば、シンノは「うわ、厳し」と苦笑した。
それからどれほど経っただろうか。
シンノがチェックアウトしたあと。
「宇井楽君、初めて話しましたが気さくでいい人でした」
「はは、そうだね。あいつ基本はいいやつだよ」
女が絡まなければ、という言葉は仕舞っておくとしよう。。
受付終了後のホテル月影・フロント。
「……亜虎さんはすごいですね」
狭い休憩室。軽い晩飯を食い終わってソファーに腰を下ろして腹を撫でていると、隣に座っていたロビ君はそんなことを言い出すのだ。
「え、なにが?」と思わず素で返せば、「人脈が広くて」とロビ君はこちらを見る。
曇りなき眼がなんだかこそばゆい。
「あー……まあ、そうだね。人脈ね」
「俺にはそういう知り合いはあまりいなかったので」
「仲良い子とかはいなかったの? 一人とかでもいたら俺は十分だと思うけどな」
「いました。……一人だけ」
これは少し意外だ。
けどロビ君は確かにちょっと雰囲気独特だから避けられるのはわかる気がするけど。
「へえ、いいね。その子は学校の友達?」
「はい。幼い頃からの知り合いなんですけど……」
と、言いながらもしゅんとしていくロビ君に『あ』と思った。
もしかしてやぶ蛇かなと思ったが、なんとなくロビ君の態度から話聞いてほしそうな感じもしたので俺は敢えてのやぶを突くことにする。
「……もしかして、なにかあったの?」
「俺が大学を中退してこのホテルを継ぐって話したら、怒られてしまって」
「それはまた」
「それ以来連絡取れてないんです」
なんとなくだけど分かる気がした。
ロビ君の友達はきっとロビ君のことが放っておけないのだろう。俺もそっち側の人間なので気持ちは分かるが、それで疎遠になるのか。
俺からしてみれば幼い頃の知り合いと今の今まで交流があることの方がすごいと思うが。なんて思いつつ、「ロビ君は仲直りしたいんだ」と尋ねれば、ロビ君はこくりと頷く。
「はい、それは勿論」
「なら大丈夫だよ。その気持ちがあれば」
「亜虎さん」
「ま、もし駄目でも俺がロビ君の友達になるから」
保険というわけではないが、慰めついでに言った言葉にロビ君は目を少しだけ開いた。
そして、そのままこちらを見る。
「……亜虎さんが?」
「あれ? 嫌だった?」
「……いえ。そういうことを言われたのは初めてだったので、少し驚きました」
嬉しいです、とロビ君は再び視線を逸らす。
照れてるのだろうか。マスク越しでは分かりにくいが、先程よりも幾分表情が明るくなった気がする。俺はつられて微笑んだ。
それから少しだけロビ君と他愛ない会話をしたあと。
「それじゃ、俺もそろそろ寝ようかな」
「おやすみなさい。亜虎さん」
「うん、おやすみ」
もう少し起きてるというロビ君を残し、俺は一足先に休憩室を後にした。
それにしてもロビ君の友達、気になるな。
なんて思いながら自分の部屋まで向かってるときだった。通路の前に人影を見つけ、ぎょっとする。
「……亜虎」
「げ、ソウキ……」
お前まだいたのか、と思わず口にしそうになったところを咄嗟に咳払いで誤魔化した。が、遅かったようだ。
「お前その反応……俺のこと忘れてただろ?」
「いやー、そんなまさか……」
「げって言ったよなあ今? お前のために待ってたんだよこっちは、なのになんだその態度は」
「あはー、なるほどね。ありがと、よしよし偉いぞソウキ……」
面倒臭えスイッチ入ってんぞこれ、と思いながらも軽く抱き締めて誤魔化そうとしたが駄目だった。腕を掴まれ、そのまま抱き寄せられる。
「昼間からこっちはお預け食ってんだ、……ちゃんと責任取れよ、亜虎」
「きゃー、ソウキのエッチ……」
洒落になんねえし。
ごり、と押し付けられる下半身。項に吹きかかる吐息を感じながら、取り敢えずさっさと満足させて睡眠時間を確保する方法を考えることにした。
そして、翌朝。
結局ソウキに付き合わされて朝方のチェックアウトの時間ギリギリまで相手をさせられるハメになったのは言うまでもない。
第二話:一○六号室『シンノ』
END
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少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。
ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。
だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。
ストレスを感じすぎた社畜くんが、急におもらししちゃう話
こじらせた処女
BL
社会人になってから一年が経った健斗(けんと)は、住んでいた部屋が火事で焼けてしまい、大家に突然退去命令を出されてしまう。家具やら引越し費用やらを捻出できず、大学の同期であった祐樹(ゆうき)の家に転がり込むこととなった。
家賃は折半。しかし毎日終電ギリギリまで仕事がある健斗は洗濯も炊事も祐樹に任せっきりになりがちだった。罪悪感に駆られるも、疲弊しきってボロボロの体では家事をすることができない日々。社会人として自立できていない焦燥感、日々の疲れ。体にも心にも余裕がなくなった健斗はある日おねしょをしてしまう。手伝おうとした祐樹に当たり散らしてしまい、喧嘩になってしまい、それが張り詰めていた糸を切るきっかけになったのか、その日の夜、帰宅した健斗は玄関から動けなくなってしまい…?
大親友に監禁される話
だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。
目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。
R描写はありません。
トイレでないところで小用をするシーンがあります。
※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。
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