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田原摩耶

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一○六号室『シンノ』

いただきます

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 ロビーからフロントへ抜けてそのまま休憩室を覗けば、奥の簡易キッチンでロビ君の背中を見つけた。
 どうやら料理に手間取ってるようだ。いつもはのそりとした動きのロビ君だが、珍しくわたわたと忙しなく動いている。
 どうやら俺にも気付いていないようだ。
 声を掛けようか迷ったが、邪魔をしては悪いしもう少し時間経ってからまた覗いてみるか。

 そうフロントへと戻り、フロント周りやロビー周辺。ついでに入り口の掃除もしておく。
 そろそろロビ君の準備は出来ただろうか。
 掃除用具を裏口の倉庫に戻し、再び休憩室を覗く。
 するとどうやら丁度テーブルに料理を並べ終えたところだったようだ。
 わざわざ用意したのか、普段黒ずくめのロビ君は愛らしいヘビーピンクのエプロンに目を包んでいる。そしてテーブルの上には卵焼きらしきものと焼き飯のようなもの、あと野菜炒めが並んでた。
 なかなか火力が高いメンツである。

「へえ、美味しそうだね」

 そうロビ君の背後から声をかければ、ロビ君はこちらを振り返った。
 そして「亜虎さん」と目を逸らす。どことなくばつが悪そうだ。

「すみません、火が強すぎたみたいで黒くなってしまいました」
「ああ、だからなんか落ち込んでるの?」
「本当は完璧なものを用意したかったです、レシピサイトに書いてあった写真みたいな……」

 わざわざレシピも調べたのか、と思わず頬が緩んだ。
 ロビは気にしてるようだが、元より俺も美食家というほどでもない。それに、見た目よりも味だ。

「匂いは全然美味そうじゃん」
「そうですか?」
「ロビ君はマスクしてるからわかんないんだよ。俺の好きそうな匂いする」
「味の保証はできませんけど」

 なにをそんなに恐れてるというのだろうか、ロビ君は。

「いいよ、そんなものしなくても」
「亜虎さん、」
「じゃあ一緒に朝ごはん食べよっか。開店準備は終わらせてるからゆっくりできるよ」

 そうロビ君に笑いかければ、ロビ君はこくりと頷いた。それからものすごく小さな声で「ありがとうございます」と口にするのだ。

 それからロビ君と食卓を囲むことになる。

「お、美味い」

 見た目からして一番心配だった卵焼きだが、思ったよりも味は美味しい。カリカリと焼けた表面はさておき、味付け自体は丁度良いというか、なんというか。

「なんか、懐かしい味がする」
「懐かしいですか」
「友達の家で食った卵焼きの味」
「……それって、家庭の味ってことですか?」

「そうそう、それ」と応えれば、更にロビ君は不思議そうな顔をしていた。けど、悪い気はしなかったようだ。そうですか、と応えるその顔は先程よりもどこか緊張が解けたようだ。

「ロビ君って元々料理とかしてたの?」
「いえ、全然。……なので、この有様です」
「なるほど。でも味とか美味しいよ」

 これも、と焼き飯と野菜炒めにも箸を伸ばした。ザ・男の料理ではあるが、味付けは優しい。

「レシピサイトのおかげです」
「ロビ君って謙虚だね。レシピ通りに作るのも才能なんだよ」
「亜虎さんは褒め上手ですね」

 ロビ君に指摘され、思わず口を閉じた。
 もしかしてわざとらしかったのだろうか。そう少しひやりとしたがロビ君は変わらない。それどころか。
 マスクを外したロビ君に、思わず俺は固まった。

「亜虎さんにそう言っていただけ、嬉しいです」

 そう、無骨なピアスをぶら下げた唇は緩やかな笑みを浮かべていた。
 ロビ君が笑った。ただそれだけなのに、思わず目が離せなかった。
 だからだろう、ロビ君の顔を見つめたまま固まる俺に、いそいそとマスクを戻したロビ君は「亜虎さん?」と俺の目の前で手を振った。
 そこではっとする。

「やっぱり、お腹痛くなりましたか」
「あ、や……そうじゃなくて」
「……?」

 こんなこともあるものなのか。
 笑顔のロビ君を見て言葉が出てこなかった。
 普段はぬぼっとして何考えてるのかイマイチ分からないのに、笑ったら幼くなるのってそんなの、卑怯じゃないのか?
 慣れない感覚に自分でも戸惑う。
 俺は誤魔化すよう、再び焼き飯をレンゲで掬って口に運んだ。「おいし」と口にすれば、心なしかロビ君の無表情がにこにこして見えた。


 ロビ君と二人きりの食事を終える。
 このホテルで働き出してからかもしれない。二人で食べる食事にこんなにもむず痒くなってるのは。
 今までだったら人と飯食っててもこんな風になることはなかった。

「後片付けは俺がやっておきます。亜虎さんは宇井楽君の様子を見ててください」
「いいの?」
「はい。それに、少し心配なので」
「心配?」
「お酒は恐ろしいものだとお伺いしてます」
「あー、まあそれはそうかもね」

 楽しいものでもあるけど。まあその辺は人それぞれか。

「これ、よかったら宇井楽君に」
「これは?」
「水と二日酔いに効く薬です」
「わざわざ買ってきたの?」
「いや、前に酔っ払ったお客さんが来たときに飲ませた分の残りがあったので」
「ああ、そういうことなら渡しとくよ」

 そうロビ君からトレーに乗った薬と水を受け取る。
 心配してるらしいロビ君を一旦安心させるため、俺はお言葉に甘えてシンノの様子を見に一旦一○五号室へと戻ることにした。
 


 ――ホテル月影、一○五号室。

「おーい、シンノ~~」

 扉を開けばすぐ目の前のベッドの上、丁度寝てたらしいシンノはのそりと起き上がる。どうやら寝ていたらしい、なんとなく顔が寝ぼけたままだ。

「……う~~、亜虎君」
「ロビ君からお前に二日酔い用の薬だってよ。ほら、水もあるから飲みな」
「口移しで飲ませてくださいよ」
「お前さては元気だろ?」

 そう布団をめくれば、「寒い!」とシンノが慌てて布団にしがみついてきた。

「元気になったんなら帰れよ。それとも迎えに来てもらうか?」
「……亜虎君、なんか俺に冷たくないですか?」
「冷たくないよ」

 ほら、と頭を頬を撫でてやれば、そのままシンノは俺の腕にしがみつく。
 そのまま離さまいと掌を重ねられ、少し驚いた。

「シンノ~?」
「亜虎君、綾瀬先輩ともう付き合ってないって言ってませんでしたっけ?」

 このタイミングでソウキのやつの名前出されることに少し引っかかりながらも、「付き合ってないよ」と適当に流しておく。けど、シンノは納得した様子はなく、寧ろ「ふーん」と先程よりも白い目でこちらを見上げてくる。

「そのわりに、まだ仲良さそうでしたけど?」

 その言葉に、俺は先程トイレでのソウキとのあれやそれを思い出した。
 もしかしてこいつ、見たのか。或いは聞いたのか。
 まあ見られて困るようなものでもない。それがシンノ相手というのなら尚更。

「なんだ、シンノ妬いてるのか? お前でも妬くことあるんだな」
「別に、綾瀬先輩のことはどうでもいいんすけど。正直。あの人より俺のが亜虎君に好かれてる自信あるんで」

「そうでしょ?」と抱き着いてくるシンノは上目遣いでこちらを覗き込んでくる。自分の顔の良さを理解してるやつの動きだ。
「まあな」とその顔を撫でてやれば、犬か何かのようにくすぐったそうにしながらも更に顔を寄せるのだ。

「亜虎君、俺の相手もしてくださいよ。……亜虎君、俺の介抱してくれるんですよね」
「あのな、シンノ。あくまで俺は弱ってて具合悪い可愛い可愛い後輩の看病しにきたわけであって、盛り付いた後輩を可愛がりにきたわけじゃないんだからな」
「どっちも大して変わりませんよ」
「お前な……」
「それとも、亜虎君は俺のこと嫌いですか?」

 うりゅ、とわざとらしく目を潤ませるシンノ。
 女子なら『きゃ~!泣かないでシンノ君!よしよし』となっていたのだろうが、残念ながら俺に母性は存在しないしシンノの計算され尽くしたあざといところは散々見せられてきた。

「……シンノ、今のお前はちょっと、いやかなりソウキより面倒臭いよ」

 そうシンノの頬をぺち、と叩けば、シンノはショック受けたような顔をした。
 どうやら『ソウキより面倒臭い』の部分に堪えたようだ。

「そ、そんな言い方ってないっすよ、亜虎君」
「あ、まじで傷ついた? それはごめんだわ」
「亜虎君、今日ノリ悪いっすよ。それとも、好きなやつとかできたんですか? 綾瀬先輩の他に!」

 当たり前のように好きなやつという選択肢から除外されるソウキはさておきだ。
 シンノの言葉に確かに、と考えさせられる部分があるのも事実だった。以前の俺なら別にまあいいかと抱かせてやっていたのだけど、今は少し理性がある気がする。

「というか、元々お前が具合悪そうだったから心配してんだよ、こっちは」
「じゃあ俺が元気になったら、いつも通りにしてくれるんですか?」

 なにを、と敢えて言わないシンノに俺は少しだけ考えた。どうしても、仕事をロビ君に押し付けているという状況が頭を過ぎって集中できないのだ。
 就業後なら気にならないし、多分そのことなのだろうとは思う。
 が、そんなことを考えて黙ってしまった俺にムカついたらしい。「亜虎君っ」とシンノに抱き締められた。

「っ、おい、シンノ?」
「やっぱり、あのときのこと気にしてるんですか?」
「…………あのとき?」
「亜虎君が俺と距離置いたのって」

 心当たりがありすぎて全然ピンとこないが、どうやらシンノは俺に避けられてると思っていたようだ。

「別に、そんなわけじゃ……」
「嘘、じゃあなんで目え逸らすんですか」
「あー……なんでだろ。お前が格好よくなってるから?」
「……」

 あ、選択肢ミスったな。
 シンノの表情が変わるのを見て、それだけは肌で感じた。
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