犯罪者予備軍共

田原摩耶

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VS連続殺人鬼

03

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 目を覚ますと聞こえてきたのは啜り泣くような声だった。
 俺は、声のする方へと駆け出す。空き地を抜け、やってきたのはとある家の裏庭だった。
 柵を掴み、登る。本来ならばかっこよく着地する予定が、短い手足ではうまくバランスを取ることが出来ず、そのまま俺は地面へと落ちた。

 どすりという音ともに、近くで「わっ」と小さな悲鳴が聞こえた。草むらの上、軋む身体をゆっくりと起こせばすぐ傍、木陰に隠れるように座り込んでいたその子供は俺を見るなり目を丸くさせる。

「だ、大丈夫……?」

 小路譲は、恐る恐る俺に手を伸ばしてくれた。
 俺よりも全身に傷を作っておきながら、小路譲は人ではない俺を心配するのだからおかしな話だ。
「ああ、ありがと」とその手を握り返す。子供特有の柔らかい皮膚、温かい体温。それは、あの日握り締めた小路譲の手よりも暖かった。


 小路譲と打ち解けるのに時間は掛からなかった。
 小路譲は母の機嫌が悪くなるといつも自宅の木陰に隠れて一人で遊んでいた。その度、俺は小路譲の元へ訪れる。そして夕刻、母親の心配そうな呼ぶ声とともに小路譲は家に戻っていき、俺はそれを見送っていく。
 最初はただ、幼い小路譲に友達というものを教えてやりたかった。親が、家族だけが全てではないと。家の外にはたくさん世界があるのだと。
 けれど、そうは簡単にうまく行かないらしい。

 小路譲が眠った後。小路家の様子を監視してると、データ通りの期日に、小路譲の父親は母親に離婚届を突きつけた。
 涙を流した母親だっが、それでも「わかった」とだけ頷き返した。このときにはもう既に心中を決めていたのだろう。
 この場に犯罪メーターを計測できるものはないが、その目で分かった。

 結論から言えば、未来は変えられなかった。小路の母親は父親と心中した。
 それが一巡目だ。
 最初から上手くいくとは思っていなかった。けれど、小路譲に大人に対して人間不信に陥らせては何も変わらない。俺は時間を巻き戻す。今度はもっと前、小路の父親が浮気を始める前へと時間を遡った。小路譲は最近字が書けるようになったばかりだった。幼稚園ではそれを褒められ、家に帰って母親に報告しては「偉いね」と頭を撫でられ、満足げに抱き着く。まだ小路譲が幸せだった頃。
 父親は、会社で上司と部下に板挟みになって、疲れ切っていた。それでも、家に帰って無邪気に駆け寄ってくる譲が唯一の心の癒やしだった。
 どこで狂ったのか。それは、この家族を見てるとすぐにわかった。帰ると譲のことしか相手にしない父親と、疲れ切っていた母親。少なくともたしかに二人から愛情を注がれていた小路譲は幸せだった。
 そして、小路譲は二人が大好きだった。幸せだと思い込んでいた。殴られようが痛かろうが、それでも三人揃って一緒にいれることが楽しかった。

 二巡目、俺は父親の部下になった。ちょっとばかしの記憶なら出来たが、流石に仕事までを完璧にこなすことはできない。不出来な部下として頑張り、たまに小路の父親に励まされた。小路の父親は気が弱いが、優しい人だった。

「疲れただろう。今夜は家で飲まないか」

 小路の父親に誘われることもあった。こっちの世界のお酒は嫌いではない。俺は誘われる度に小路家にお邪魔して、小路の母親に頭を下げた。
 小路は最初、俺を見て不安そうな顔をした。

「こんばんは、君何歳?大きいね?」
「……ろく」
「そっか、六歳か。名前は?」
「……ゆずる……」
「……譲」

 何度繰り返しても、感慨深いものがある。小路譲は何度か家に通えば、最初は父親の足元に隠れてしかいなかったのに段々懐いてくれるようになった。
 上司である父親に女の気配を感じたのは、それから間もなくだった。
 同じ部署の新人と、最近どこか親しげな上司を見て、勘付く。ああ、この女かと。正直、上司がその気になるのも分かるようないい女の子だった。ただ俺には合わなかった。そう思ったのは、死体となって見つかった二人を見たからだろう。

 俺は、上司と彼女がそういう関係になる前に、彼女に近付くことにした。記憶を操作すれば、俺のことを恋人だと思い込ませることも簡単だった。

 父親は、浮気することはなくなった。けれどその代わり、家に帰ったはどんどん口数が減り、譲への虐待も程なくして始まった。

 俺は焦っていた。ヤケクソにもなっていた。どうすればいいのか分からない。何をやっても未来を変えることは出来ない。母親に近付いたこともあった。その時は旦那が自殺した。

 近所の住人のふりして虐待してるときに自宅に押し掛けたときもあった。その時は動転した母親に譲が殺された。
 何をしてもどうやっても未来を変えることは出来ない。そう嘲笑われているようだった。
 機転が訪れたのは、長期休暇の期限が訪れようとしていたその数日前のことだった。

 未来が変わった。
 父親も、母親も、離婚話を切り出すその夜、特に何もなく寝室へと入っていったのだ。
 浮気相手もいない、虐待もまだ始まっていない。
 何が変わったのか。今の俺には判断付かなかったが、その後、すぐに判明する。

 その世界は、俺が幼稚園の保育士として働いていたとき訪れた。


「譲君、何してるの?」
「……木の枝を集めてるの」
「楽しい?」
「……ちょっとだけ」

 それは楽しいというのだろうか。内申冷や汗掻きつつ、俺はめげずに園児である小路譲に話し掛けた。

「そうだ、譲君、先生と一緒に遊ぼうよ」
「……隼人先生と?」
「うん、どうかな?」

 賭けだった。いつもなら「嫌だ」と一蹴されるが、その日は珍しく小路譲はオーケーをくれた。

「うん、いいよ。……先生と遊ぶ」

 心細かったのだろうか。ここ最近家庭内で会話がめっきり減ったのは知っていた。暴力までは行かなかったが、母親が譲を怒鳴りつけることも多くなってきた。体罰が始まるまで間もないだろう。そう踏んでた時期のことだった。俺は、譲に「お絵かきをしよう」と提案した。

 園内。遊び回る子供、駆け回る子供、昼寝する子供とたくさんのちびっこで賑わっていた。
 そんな中、俺と譲は隅っこのテーブルに座って画用紙を広げていた。

「譲君、この紙にたくさん描いていいよ」
「でも……僕、絵苦手だし」
「得意不得意とか関係ないよ。好きなものをいっぱい描いて埋めるんだ。それだけで幸せになれるよ」
「好きなもの……?」
「うん、そう好きなもの」

「先生は、これ」と俺は黒のクレヨンを手に取り、長方形を隅に描く。

「これ何……?」
「お酒」
「お酒……お父さんも好きだよ」
「そっか、譲君のお父さんと僕一緒なんだね。嬉しいなぁ。ね!ね!譲君はどんな飲み物が好き?」
「僕……僕は……オレンジジュース」
「うんうん、そっか。じゃ、オレンジジュース描いてみようよ」

 オレンジ色のクレヨンを渡せば、少し躊躇った後小路譲は白い画用紙に向って描き始めた。
 オレンジ色の長方形。長方形と呼ぶにも歪だが、それでも、本人がオレンジジュースを必死に書いてるのは伝わった。

「おお、上手だね、すごいね譲君」
「……先生の方が下手なだけだと思うよ……?」
「うぐっ!……じゃあ次だね、二回戦目だよ。譲君はどんな食べ物が好き?」
「食べ物……?」
「お菓子とかでもいいよ。先生はね、レンジでチンで出来るご飯が好きかなー」
「……僕は……お母さんの作ったオムライスが好き」

 ああ、と思った。知ってる。それも。オレンジジュースとオムライス、いつもセットで出てきたときは飛び跳ねて、俺に何度も報告してきた。

「……それじゃあ、オムライスを描いてみよっか」
「……うん」
「お母さんのオムライス美味しい?」
「……うん!」
「そっか、いいなあ、僕のお母さん、料理下手だから羨ましいな」
「お母さんはオムライスだけじゃなくて、ハンバーグも美味しいんだよ!目玉焼きが乗ってるの!」

 黄色の楕円形に赤いぐちゃぐちゃを描いた横、小路譲は茶色のクレヨンを取ってぐちゃぐちゃの丸を描き出した。ハンバーグなのだろう。
 思い出してるのか、涎が垂れそうになってるのを拭いながら「そっか、そっか」と相づちを打つ。

「お父さんもね、お母さんが作ったシチューが好きなんだって!でね、この前お父さんが食べようとしたのを僕が先におかわりしたらお父さん悔しがってたんだ!」

 自然と浮かぶ笑み。机に乗り上げ、こちらに笑いかけてくる譲。こんな笑顔を見たのはどれくらいぶりだろうか。「そうか、良かったね」と小路譲の頭を撫でれば、ニコニコしていた譲の顔に影が差す。

「でもね……最近お母さん、作ってくれないんだ……オムライスも、シチューも、ハンバーグも……」

 クレヨンを握っていた手が止まる。画用紙には、ハンバーグとオムライスを囲んで笑顔を浮かべる三人の人の絵が書かれていた。髪が長いのが母親で、眼鏡を掛けてるのが父親、そして二人の間で笑ってる小さいのが、小路譲だろう。

「また、食べたいなぁ……」

 ぼやく譲に、俺は、気が付けばその小さい身体を抱き締めていた。苦しくないよう、できるだけ手加減はしたつもりだが、それでも力が籠もっていたのだろう。「先生、苦しいよ」と胸を叩かれる。それでも、離せなかった。
 小路譲は、もう二度と母親の手料理は食べられない。それを知ってるだけに、こんな可愛い我儘すら叶えてやることが出来ない自分が無能としか思えなくて、情けなかった。

「大丈夫、大丈夫、食べられるよきっと。お母さんも、ちょっとお休みしてるだけなんだ。もう少ししたらきっと、また、前みたいにお父さんと譲君でお母さんの手料理取り合いできるよ、大丈夫だから……」

 その言葉は、自分に言いきかせるような、そんな風に響いた。それと同時に、決意する。なんとしてでもこいつを助けると。
 それからだった。決定的に違う未来を歩もうとしていたのは。

 リビング、その壁に掛けられた譲の絵を見て、父親と母親は顔を合わせては笑いあっていた。「僕、こんなに髪薄いかな」「まだ大丈夫よ」そんな他愛のない会話を交える二人。点けっぱなしのテレビからは、朝の星座占いが流れていた。

『一位はなんと山羊座の貴方!ラッキーアイテムはクレヨン!大きな変化が起きる一日になるでしょう!それがチャンスになるかは貴方の行動次第です、頑張って!そして最下位は……』

 結局、運命を変えるのは俺ら能力者でもなく、本人なのかもしれないな。
 思いながら、俺は猫の姿のまま二階の屋根へと昇る。
 朝日がやけに目に染みた。
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