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土砂降り注ぐイイオトコ
ある意味毒
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というわけで、店長と別れた俺は店内へと戻ったわけだけど……。
「あ、原田さん!」
「っ!」
戻るや否やまさかの笹山本人と鉢合わせになってしまう。
なにやら可愛らしいラッピングが施されたそれを抱えた笹山は笑顔で駆け寄ってきて。
「見て下さい、これ、今お客さんから頂いたんです。なかなか手に入らない人気店のクッキーなんだそうですが、どうですか?よろしければ一緒に」
よほど嬉しかったのか目を輝かせる笹山につられて頬が緩む。
が、先ほどの脅迫めいた手紙を思い出し慌てて俺は首を振った。
「いや、俺はいいわ。お前が貰ったんだからちゃんと食べろよ」
なるべく言い方に気をつけたが、笹山はみるみるうちに元気がなくなっていって。
「……そう、ですよね。すみません、俺、一人で舞い上がっちゃって」
「美味しそうだったので、ご一緒にと思ったんですが…」と項垂れ、寂しそうにする笹山に俺の罪悪感がチクチクと刺激される。
本当は今すぐ一緒にクッキー食いたいけど、そんなことしたら笹山の熱狂的ファンに殺される。
「わり、じゃあ、俺、行くから」
寸でのところでぐっと堪え、これ以上一緒にいたら俺のメンタルに来す。そう判断し、そそくさと笹山の前から立ち去った。
それから、なるべく笹山と距離を取るように気をつけることにしたが、これが想像以上に辛いもので。
なにかと俺を気に掛けてくれてる笹山の好意を断るのは辛い。
おまけに、笹山も笹山でなかなかわかりやすいやつだから、笑ってはくれているもののその笑顔に元気がないのがわかって胸が痛くなるばかりで。
「うぅ~………なんでこんなことに…」
――休憩室。
笹山から逃げるようにしてここまでやってきた俺は、そのまま床に座り込んだ。
やはり、こうなったら店長にお願いするしかないのだろうか。
叩き付ける雨の音を聞きながら、俺は呆けた顔で考えてみる。
いやでもやっぱりとは思うものの、やはり、これ以上笹山を蔑ろにするのはキツイ。
「………よっし!」
覚悟を決め、俺は立ち上がる。
店長に恋人のフリをしてもらうことにしよう。
そうしたら、笹山を無視するようなこともせず住むはずだ。
思い立ったら即行動。
俺は店長を探す旅に出る。
「…………」
◆ ◆ ◆
店長はすぐに見つかった。
――事務室。
パソコンと睨み合っこしていた店長は、「失礼します」とおずおずと顔を出す俺に目を丸くする。
そして、すぐに理解したようだ。薄い唇を歪め、微笑む店長につられて頬が熱くなる。
だって、俺が今店長にお願いしようとしていることは普通ならばなかなか大胆なことだ。だって、そうだろう。恋人のフリだなんて。
「決心したのか」
椅子から立ち上がる店長。静かに尋ねられ、俺は何度か頷いた。
「なるほど。まあ、お前にしては懸命な判断だ」
「褒めてやる」と、伸びてきた手にびっくりして身を竦ませたとき、優しく頭を撫でられる。
「あ、あの、店長…それで……」
どうしたらいいんですか。と、続けようとしたとき、すぐ目の前に店長の睫毛があって軽いデジャヴに硬直。
咄嗟に後退ろうとするが、後頭部を掴まれ動けなくて。
「……ッ」
そ、そうだ。付き合っているのなら、その、こ、こういうことは普通なのだろう。
ならば。と、ぐっと唇を固く結んだ俺は店長の唇を受け入れる体制を取った。
けれど。
「ッ、く………」
固く目を閉じる。
不意に頭上から店長が笑う気配がして、つられるように目を開いた時。
掻き上げられた前髪。露出させられた額に柔らかい感触が小さな音を立て押し付けられる。
「えっ、ぁ……?」
「……本当、色気のないやつだな」
「そ、そんなこと言われたって……ッ」
馬鹿にされたのだとわかり、顔が熱くなる。
男にキスされて喜ぶ趣味はないと思っていた筈なのに、優しいそのキスに唇が触れた額が焼けるように熱くなって。
「まあ、お前はそのままでいい」
なんて、店長に笑われた時。顔面の熱が耳や首まで広がっていくのが自分でもわかった。
優しい目に、柔らかい声に、本当に自分が愛されてるようなそんな錯覚に全身が痒くなる。
そうだ、これはフリなのだ。フリなのだろうけれど、なんだこの感覚は。
馬鹿にされて嘲笑されて怒鳴られていた時の方がまだよかった。
じゃないと、こっちまでおかしくなりそうになる。
「まあいい、せっかくここまで来たんだ。何か飲むか?」
「いや、俺は別に、その」
「遠慮するな。コーヒーでいいか?」
「いや、なら、お茶でいいです。俺、苦いの飲めないんで」
「そうなのか?…わかった、ならそこで待ってろ」
なんて、言われるがままパイプ椅子に腰を掛ける俺。
よく考えれば、ここは俺が面接を受けた場所で。そして、初めて会った店長といろいろあったんだっけな。思い出すだけでムカつくけど、それでも、今となっては良い思い出になってることも確かで。
そして、あの頃の俺は思いもしなかっただろう。
まさか店長と、フリとはいえ付き合うことになるなんて。
「ほら」
と、目の前に置かれるグラス。
「おかわりはまだあるぞ」とこちらを覗き込んでは笑う店長に、またさっきのこそばゆさが全身を駆け巡る。
「あ、あの、店長……」
「ん?どうした?茶菓子はないぞ」
「そうじゃないんすけど、あの、それ、やめてもらえませんか」
「は?」
「いや、あの、その……俺の目を見て笑うの……」
言いながら、恥ずかしさのあまり語気が弱くなっていく。
ますます理解できないといった様子で首を傾げる店長。
「普通じゃないか」
「いや、だって、なんかおかしいんです。なんか、すごい緊張しちゃって」
「なんだ、お前、俺に惚れたのか?」
いつもの意地の悪い笑みを浮かべた店長の言葉に考え込む。
ああ、なるほど、それだったらさっきからの妙なそわそわした感じも納得…………。
「はぁっ?!」
「うお、びっくりした」
「や、だって、何言ってんすか!そんなわけ…………」
「だって緊張してるんだろ?」
「そりゃ、その、でも」
「俺と付き合うのにそれくらいで緊張してたら不自然だぞ」
確かに店長の指摘は最もだった。
だけど、そう言われてもこういうのは初めてだからどうしようもない。
「うう」っと項垂れる俺に、店長も考え込む。そして。
「……そうだな、俺にいい案がある」
そう静かに口角を持ち上げる店長の笑顔は非常に凶悪だった。
「あ、原田さん!」
「っ!」
戻るや否やまさかの笹山本人と鉢合わせになってしまう。
なにやら可愛らしいラッピングが施されたそれを抱えた笹山は笑顔で駆け寄ってきて。
「見て下さい、これ、今お客さんから頂いたんです。なかなか手に入らない人気店のクッキーなんだそうですが、どうですか?よろしければ一緒に」
よほど嬉しかったのか目を輝かせる笹山につられて頬が緩む。
が、先ほどの脅迫めいた手紙を思い出し慌てて俺は首を振った。
「いや、俺はいいわ。お前が貰ったんだからちゃんと食べろよ」
なるべく言い方に気をつけたが、笹山はみるみるうちに元気がなくなっていって。
「……そう、ですよね。すみません、俺、一人で舞い上がっちゃって」
「美味しそうだったので、ご一緒にと思ったんですが…」と項垂れ、寂しそうにする笹山に俺の罪悪感がチクチクと刺激される。
本当は今すぐ一緒にクッキー食いたいけど、そんなことしたら笹山の熱狂的ファンに殺される。
「わり、じゃあ、俺、行くから」
寸でのところでぐっと堪え、これ以上一緒にいたら俺のメンタルに来す。そう判断し、そそくさと笹山の前から立ち去った。
それから、なるべく笹山と距離を取るように気をつけることにしたが、これが想像以上に辛いもので。
なにかと俺を気に掛けてくれてる笹山の好意を断るのは辛い。
おまけに、笹山も笹山でなかなかわかりやすいやつだから、笑ってはくれているもののその笑顔に元気がないのがわかって胸が痛くなるばかりで。
「うぅ~………なんでこんなことに…」
――休憩室。
笹山から逃げるようにしてここまでやってきた俺は、そのまま床に座り込んだ。
やはり、こうなったら店長にお願いするしかないのだろうか。
叩き付ける雨の音を聞きながら、俺は呆けた顔で考えてみる。
いやでもやっぱりとは思うものの、やはり、これ以上笹山を蔑ろにするのはキツイ。
「………よっし!」
覚悟を決め、俺は立ち上がる。
店長に恋人のフリをしてもらうことにしよう。
そうしたら、笹山を無視するようなこともせず住むはずだ。
思い立ったら即行動。
俺は店長を探す旅に出る。
「…………」
◆ ◆ ◆
店長はすぐに見つかった。
――事務室。
パソコンと睨み合っこしていた店長は、「失礼します」とおずおずと顔を出す俺に目を丸くする。
そして、すぐに理解したようだ。薄い唇を歪め、微笑む店長につられて頬が熱くなる。
だって、俺が今店長にお願いしようとしていることは普通ならばなかなか大胆なことだ。だって、そうだろう。恋人のフリだなんて。
「決心したのか」
椅子から立ち上がる店長。静かに尋ねられ、俺は何度か頷いた。
「なるほど。まあ、お前にしては懸命な判断だ」
「褒めてやる」と、伸びてきた手にびっくりして身を竦ませたとき、優しく頭を撫でられる。
「あ、あの、店長…それで……」
どうしたらいいんですか。と、続けようとしたとき、すぐ目の前に店長の睫毛があって軽いデジャヴに硬直。
咄嗟に後退ろうとするが、後頭部を掴まれ動けなくて。
「……ッ」
そ、そうだ。付き合っているのなら、その、こ、こういうことは普通なのだろう。
ならば。と、ぐっと唇を固く結んだ俺は店長の唇を受け入れる体制を取った。
けれど。
「ッ、く………」
固く目を閉じる。
不意に頭上から店長が笑う気配がして、つられるように目を開いた時。
掻き上げられた前髪。露出させられた額に柔らかい感触が小さな音を立て押し付けられる。
「えっ、ぁ……?」
「……本当、色気のないやつだな」
「そ、そんなこと言われたって……ッ」
馬鹿にされたのだとわかり、顔が熱くなる。
男にキスされて喜ぶ趣味はないと思っていた筈なのに、優しいそのキスに唇が触れた額が焼けるように熱くなって。
「まあ、お前はそのままでいい」
なんて、店長に笑われた時。顔面の熱が耳や首まで広がっていくのが自分でもわかった。
優しい目に、柔らかい声に、本当に自分が愛されてるようなそんな錯覚に全身が痒くなる。
そうだ、これはフリなのだ。フリなのだろうけれど、なんだこの感覚は。
馬鹿にされて嘲笑されて怒鳴られていた時の方がまだよかった。
じゃないと、こっちまでおかしくなりそうになる。
「まあいい、せっかくここまで来たんだ。何か飲むか?」
「いや、俺は別に、その」
「遠慮するな。コーヒーでいいか?」
「いや、なら、お茶でいいです。俺、苦いの飲めないんで」
「そうなのか?…わかった、ならそこで待ってろ」
なんて、言われるがままパイプ椅子に腰を掛ける俺。
よく考えれば、ここは俺が面接を受けた場所で。そして、初めて会った店長といろいろあったんだっけな。思い出すだけでムカつくけど、それでも、今となっては良い思い出になってることも確かで。
そして、あの頃の俺は思いもしなかっただろう。
まさか店長と、フリとはいえ付き合うことになるなんて。
「ほら」
と、目の前に置かれるグラス。
「おかわりはまだあるぞ」とこちらを覗き込んでは笑う店長に、またさっきのこそばゆさが全身を駆け巡る。
「あ、あの、店長……」
「ん?どうした?茶菓子はないぞ」
「そうじゃないんすけど、あの、それ、やめてもらえませんか」
「は?」
「いや、あの、その……俺の目を見て笑うの……」
言いながら、恥ずかしさのあまり語気が弱くなっていく。
ますます理解できないといった様子で首を傾げる店長。
「普通じゃないか」
「いや、だって、なんかおかしいんです。なんか、すごい緊張しちゃって」
「なんだ、お前、俺に惚れたのか?」
いつもの意地の悪い笑みを浮かべた店長の言葉に考え込む。
ああ、なるほど、それだったらさっきからの妙なそわそわした感じも納得…………。
「はぁっ?!」
「うお、びっくりした」
「や、だって、何言ってんすか!そんなわけ…………」
「だって緊張してるんだろ?」
「そりゃ、その、でも」
「俺と付き合うのにそれくらいで緊張してたら不自然だぞ」
確かに店長の指摘は最もだった。
だけど、そう言われてもこういうのは初めてだからどうしようもない。
「うう」っと項垂れる俺に、店長も考え込む。そして。
「……そうだな、俺にいい案がある」
そう静かに口角を持ち上げる店長の笑顔は非常に凶悪だった。
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