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愛しいあの子は傷物中古
監禁系拘束ウェイトレス
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「阿奈のせい」
「いや笹山だろ」
「絶対俺もかもだけど、7割りは阿奈のせいでしょ。絶対」
「は?人が突っ込んでるとき割り込んできた早漏野郎は黙ってろ」
「は?」
「貴様ら……仕事ぐらい黙ってやれないのか!!」
新商品から売れ筋商品まで用途別に商品が並べられた棚の前。先程から仲良く並んで棚出していると思いきや掴み合いを始めるアルバイト二人を引き離せば、奴らは不服そうな顔をしてこちらを見るのだ。
「店長……ですが、もう結構経つのにあれから原田さんが一度も顔出さないんですよ」
「ああ、わかってる」
「やっぱりお前が二輪したせいで辞めたんだろ」
ここぞとばかりに笹山を責め立てる四川に、小学生かと突っ込みそうになるのを堪え、「勝手に辞めさせるな」とだけ答えた。
新しいバイトを雇って数日。
歓迎会をしたあの夜からやつ――原田佳那汰が店に顔を出さなくなった。
あの日、原田佳那汰は入ってきた客と居合わせた途端居酒屋の個室から逃げ出した。
おまけにこの二人にいいようにされたあとだ、本調子であるはずもない。気になって追い掛けたが、既に店の外には原田の影はなかった。
そして、現在に至るわけだが……。
気になったことがあるとしたら、あの個室にやってきた赤髪の眼鏡の青年だろうか。
あの青年と原田は知り合いのようだった。そしてその男も原田と同じように店を出て、そのまま姿を暗ました。
もちろん気になって原田の携帯に連絡もしたが『電源が入っておりません』の繰り返しだ。こうなればもう手の出しようもない。
それに、今は目の前に積まれた仕事を終わらせるのが優先だ。
「二、三日サボったからってなんだ。紀平は一ヶ月無断欠勤したぞ」
「それでクビにしない店長も店長ですけどね」
「ムカつくが、あいつ目当ての客は多いんだよ。おまけに羽振りもいい」
「じゃ、原田は即クビだな」
「あいつ、まともに接客も出来てねーしな」とせせら笑う四川。その言葉を「それはないな」と鼻で笑えば、四川はむっと眉根を寄せる。
「んぁ?なんでだよ」
「あいつの席があるといつもサボってるアルバイトが毎日来る」
そう返せば、商品を並べていた笹山は気付いていたようだ。クスクスと笑う。
暫く考え込んでいた四川だったがなんのことかわかったようだ。みるみる内に顔を赤くし、「てめーと一緒にすんじゃねえこの糞睫毛」と声を上げる四川に、「分かったから後は頼んだぞ 」と商品が詰まった段ボールを押し付け、物が飛んでくる前に颯爽とこの場を去ることにした。
全く、これだからキレやすい若者はいけない。
……しかし、やはりこのまま音信不通のままだというのも気になるな。電話も出ないし、残すところはあれだけか。
あまり使いたくない手ではあるが、万が一のこともある。
カウンター奥の扉から従業員専用通路へと出る。
俺は事務室へと向かった。
[愛しいあの子は傷物中古]
突然だが俺、原田佳那汰の親友(過去形)は都内に所有する複数のマンションの部屋を用途別に複数借りている。
そして、今俺はそんな親友が借りている洋裁部屋にいた。
部屋全体がコスプレ衣装やその製作に使われる布や資料で埋まった一室、唯一翔太が仮眠につかう比較的まともな部屋の中。
打ち上げられたアザラシよろしく床に転がされた俺は、ぎし、と小さく床を軋ませ近づいてくるその足の持ち主を見上げた。
「好きなものを食べさせて、したいことをやらせて、欲しいものは全部与えて……なに一つ不自由なく生活させてきたつもりだったのに、どこで間違えたんだろうね、カナちゃん」
穏やかなくせに皮肉が織り混ぜられた刺々しい友人もとい中谷翔太の問い掛けに、「それはお前が変な性癖拗らせたせいだな」と即答すれば、やつは「それは手厳しいな」と控えめに笑う。それもほんの一瞬のことだった。
人畜無害そうな笑顔は冷ややかなものに変わる。レンズの下、向けられる視線に思わず怖気づきそうになる。まじで怒ってるときの目だ。
「……僕さ、考えたんだ。頭でっかちで後先考えずに突っ走っては毎回毎回何度も失敗を繰り返すカナちゃんの悪い癖がどうやったら治るか」
「そんで、その結果がこれか」
「うん、すっごい似合ってるよ。カナちゃん」
俺の前に屈み込んだ翔太は、わざわざこちらを覗き込み、そして人の姿を見るなり満足そうに微笑んだ。
その顔面をぶん殴りたかったが生憎手首を拘束する手錠がそれを邪魔して身動きを取ることすらできない。
動けば動かす度に腿が剥き出しになりそうなくらい短いフリルのスカートに、ムカつくくらい体にフィットしたオレンジ地に黄色のチェックが入ったワンピース。
その上から着せられた愛らしいフリルまみれのエプロンにはご丁寧に『カナ』とプリントされた安っぽいネームプレート。頭にはエプロンとお揃いのフリルのカチューシャ。
「人気レストランチェーン『ラ・ノエール』の女性従業員用制服。流石僕、完璧な見立てだったね。男用サイズの女装衣装を作ったのは初めてだったんだけど」
「意味わかんねえし……」
「ゲーム貸そうか?」
「エロいやつなら……っじゃなくて、どうしたらこんな結果になるんだよ!」
「……全部、お馬鹿なカナちゃんのためだよ」
そう、翔太の手が伸びてくる。日焼けなんて無縁の生白くて細い指は俺の顎の舌をなぞり、そして、嵌められたフリル付きの首輪へと這わされる。
その感触に、ぞわりと背筋が震えた。
「カナちゃん、前僕と約束したこと覚えてる?」
「……約束?」
「『もうお酒は飲みません』……カナちゃん、そう言ったよね」
「あー……あー、言った……ような、ないような……」
「言ったよ、間違いなくね。言質も取ってるし誓約書も書かせたはずだけど?」
やべ、誤魔化そうと思ったのにこいつボイスレコーダーと当時の誓約書も持ち出してきやがった。
確かに酔って怖いお兄さんたちに絡んでしまい色々厄介になったとき、駆け付けてきた翔太が縮こまる俺の代わりに取引してくれたおかげで五体満足で帰ってこれたのだが……あのときも翔太は怒ってて、それですっかり酒が抜けきっていた俺に誓約書と反省文とそれを読まされた記憶がある。
ごにょごにょと口籠る俺に、翔太は大きな溜息を吐いた。そして。
「カナちゃん、もうバイト行っちゃだめだよ」
「え、は、な……なんでだよ」
「わざわざ稼ぎに出なくてもお小遣いなら僕があげるし、欲しいものなら僕が買ってあげる。それでいいじゃん。なにが不服なの?」
「それはそうだけど……」
「ならこの話は終わりね」
「っでも、俺は働きたいんだよ」
「なんで?」
「なんでって……そうやって、いつまでもお前に頼らなきゃいけないのが嫌なんだよ。俺は」
「どうして? もしかしてカナちゃんってば僕に引目感じてるの?気にする必要ないよ、僕が言ってるんだから」
「俺が嫌なんだって」
「どうして?」
本気で理解できないのだろう。
確かに翔太は金持ちだし、金銭感覚が狂ってるし、やや浮世離れしてるというか変わり者だ。翔太からしてみれば俺が働こうとする意味がわからないのだろう。
「……カナちゃんは僕と一緒にいるのが嫌なの?」
だから、こんなことを言い出すのだ。
近い、というか触るな。そう思うのに、腹這いの体制では動きようがない。逸らそうとした顔を掴まれ、無理やり翔太の方を向かされる。見られてる、と意識した途端気恥ずかしくなり、思わず俺は視線だけを外した。
「嫌ってわけじゃないけど、だから…お前に一方的にされるのはやなんだって」
「ならこうしようよ。カナちゃんは一生僕の側にいて僕の世話をしてよ。それなら問題ないでしょ」
「ああ……それなら確かに……って待て、おかしいだろそれは……っ!」
「なにが? 要するにカナちゃんは僕に借りを作りたくない、一方的に甘やかされるのが嫌だってことなんでしょ? それなら、その労働に見合う報酬ってことにすれば同じことじゃんか」
「た、確かに……?」
って、違う。そうじゃない、当たり前みたいな顔をして言うもんだからうっかり流されそうになったがそれではまた同じじゃないか。
閉じた世界の中、こいつと二人で過ごす。対するこいつは楽しそうにワイワイ友達作って女の子とはしゃぎまくる。そういうのが嫌で、俺は決意したのだ。
「翔太、俺は――……」
とにかくこの流れはよくない、そう顔を上げたとき。
翔太は俺の眼前になにかを翳した。見覚えのあるそれはまちがいない、俺の携帯電話だ。
しかもその画面にはなぜか店の電話番号が表示されてる。
「お前、なに勝手に」
「ほら、早く電話しなよ。『新しい勤め先見付けたんで辞めます』って」
「はあ?! お、おいお前……本気か?」
「僕が嘘吐いたことある?」
「山ほどあるだろっ!」
「そうだっけ?」
そう、笑顔のまま端末を操作した翔太は俺の髪をかき分け、その耳に端末ごと押し付けた。
静まり返った室内にスピーカーからプルルルル、と数回のコールが響く。
そして、
『[intense]でございます』
受話器から聞こえてくる冷ややかで淡々とした声。
この声は確か……司と呼ばれたあの青年だ。
歓迎会でちらっと顔合わせただけだしまともに会話も、それどころか自己紹介した記憶もない。
けれど、俺の知る限りでは一番話が通じそうなやつが電話口に出たことに内心安堵する。
しかし、ここからが問題だ。勿論俺はこんないいバイトを辞める気なんてサラサラない。この血迷いに血迷った翔太から逃げ出すことを考えるのが先決だろう。
けれど、携帯電話は翔太が持っているので下手なこと言ったら即切られるに違いない。
なら、どうすれば。考えろ、考えろ、頑張れ俺の脳みそ。
「もっ……もしもし、原田ですけど」
そう呟けば『ああ』と受話器越しに思い出したような司の声。
「今、そっちに店長は……」
『店長なら今出ていったけど』
「は?」
『あんたんちに行くって言って』
まじかよ。なんつータイミングだ。
今、あそこには誰もいないのにと悔やむと同時にそこまでしてもらえることにちょっとだけ感動した。ちょっとだけな。別に涙ぐんでないし。
「あー……あー、じゃあ仕方ないな。わかりました。じゃあ、また掛け直すって伝えといてくださ」
い、といいかけて、伸びてきた手に携帯電話を取り上げられる。
何事かと顔を上げれば、端末を耳に当てた翔太がいた。
「お電話代わりました。自分は佳那汰君の保護者の中谷と申します。諸事情により佳那汰君には今日付けでバイトを辞めていただくことにしましたので、ええ、お手数ですが担当者の方にお伝え下さい。『原田佳那汰はバイトを辞める』と。短い間ですがお世話になりました。では失礼します」
止める暇もなかった。
言いたいことだけ好き勝手言い、そして翔太は通話を切った。そして、暫く呆気にとられていた俺も流石に凍りついた。
「お前、なに勝手に…!」
「勝手にもなにも僕はカナちゃんに辞める電話をするよう言ったんだよ?だからなかなか言い出さない上そのまま切ろうとする口下手なカナちゃんの代わりに言ってやったのに……なんでそんな言い方するのかな」
寧ろ、感謝してほしいくらいなんだけど。そうむっとする翔太にムカついて、寝転んだまま俺はやつの脛を蹴る。
白いタイツに包まれた足の裏に確かな手応えを感じた矢先、舌打ちした翔太に足首を掴まれた。
「……カナちゃんってほんと足癖悪いね。僕、鍛えてないんだからそういう暴力はやめてよ。痣になっちゃったらどうするの?」
慌てて逃れようと足をばたつかせるがスカートが翻るばかりで、絡み付いた翔太の指は離れない。やばい、こいつ、なんでこういうときだけ力強いんだよ。
「っ、離せよ、ばか」
「離したらカナちゃんすぐ暴れるでしょ」
だから、と言って翔太はなにかを取り出した。
「ちょっとだけ痛い目見てもらうよ?」
そう、翔太の手に握られた子供の腕くらいの大きさのそれは俺もよく知っていた。
AVでよくお世話になってる、あれだ。
電マ、という単語が浮かんだ。というかあれ、待てよ、俺が一回こっそり買ったけど刺激が強すぎてやっぱり封印しておこうとベッドの下に隠したやつじゃないか?!
二重の意味で血の気が引いていくのがわかった。
「いや笹山だろ」
「絶対俺もかもだけど、7割りは阿奈のせいでしょ。絶対」
「は?人が突っ込んでるとき割り込んできた早漏野郎は黙ってろ」
「は?」
「貴様ら……仕事ぐらい黙ってやれないのか!!」
新商品から売れ筋商品まで用途別に商品が並べられた棚の前。先程から仲良く並んで棚出していると思いきや掴み合いを始めるアルバイト二人を引き離せば、奴らは不服そうな顔をしてこちらを見るのだ。
「店長……ですが、もう結構経つのにあれから原田さんが一度も顔出さないんですよ」
「ああ、わかってる」
「やっぱりお前が二輪したせいで辞めたんだろ」
ここぞとばかりに笹山を責め立てる四川に、小学生かと突っ込みそうになるのを堪え、「勝手に辞めさせるな」とだけ答えた。
新しいバイトを雇って数日。
歓迎会をしたあの夜からやつ――原田佳那汰が店に顔を出さなくなった。
あの日、原田佳那汰は入ってきた客と居合わせた途端居酒屋の個室から逃げ出した。
おまけにこの二人にいいようにされたあとだ、本調子であるはずもない。気になって追い掛けたが、既に店の外には原田の影はなかった。
そして、現在に至るわけだが……。
気になったことがあるとしたら、あの個室にやってきた赤髪の眼鏡の青年だろうか。
あの青年と原田は知り合いのようだった。そしてその男も原田と同じように店を出て、そのまま姿を暗ました。
もちろん気になって原田の携帯に連絡もしたが『電源が入っておりません』の繰り返しだ。こうなればもう手の出しようもない。
それに、今は目の前に積まれた仕事を終わらせるのが優先だ。
「二、三日サボったからってなんだ。紀平は一ヶ月無断欠勤したぞ」
「それでクビにしない店長も店長ですけどね」
「ムカつくが、あいつ目当ての客は多いんだよ。おまけに羽振りもいい」
「じゃ、原田は即クビだな」
「あいつ、まともに接客も出来てねーしな」とせせら笑う四川。その言葉を「それはないな」と鼻で笑えば、四川はむっと眉根を寄せる。
「んぁ?なんでだよ」
「あいつの席があるといつもサボってるアルバイトが毎日来る」
そう返せば、商品を並べていた笹山は気付いていたようだ。クスクスと笑う。
暫く考え込んでいた四川だったがなんのことかわかったようだ。みるみる内に顔を赤くし、「てめーと一緒にすんじゃねえこの糞睫毛」と声を上げる四川に、「分かったから後は頼んだぞ 」と商品が詰まった段ボールを押し付け、物が飛んでくる前に颯爽とこの場を去ることにした。
全く、これだからキレやすい若者はいけない。
……しかし、やはりこのまま音信不通のままだというのも気になるな。電話も出ないし、残すところはあれだけか。
あまり使いたくない手ではあるが、万が一のこともある。
カウンター奥の扉から従業員専用通路へと出る。
俺は事務室へと向かった。
[愛しいあの子は傷物中古]
突然だが俺、原田佳那汰の親友(過去形)は都内に所有する複数のマンションの部屋を用途別に複数借りている。
そして、今俺はそんな親友が借りている洋裁部屋にいた。
部屋全体がコスプレ衣装やその製作に使われる布や資料で埋まった一室、唯一翔太が仮眠につかう比較的まともな部屋の中。
打ち上げられたアザラシよろしく床に転がされた俺は、ぎし、と小さく床を軋ませ近づいてくるその足の持ち主を見上げた。
「好きなものを食べさせて、したいことをやらせて、欲しいものは全部与えて……なに一つ不自由なく生活させてきたつもりだったのに、どこで間違えたんだろうね、カナちゃん」
穏やかなくせに皮肉が織り混ぜられた刺々しい友人もとい中谷翔太の問い掛けに、「それはお前が変な性癖拗らせたせいだな」と即答すれば、やつは「それは手厳しいな」と控えめに笑う。それもほんの一瞬のことだった。
人畜無害そうな笑顔は冷ややかなものに変わる。レンズの下、向けられる視線に思わず怖気づきそうになる。まじで怒ってるときの目だ。
「……僕さ、考えたんだ。頭でっかちで後先考えずに突っ走っては毎回毎回何度も失敗を繰り返すカナちゃんの悪い癖がどうやったら治るか」
「そんで、その結果がこれか」
「うん、すっごい似合ってるよ。カナちゃん」
俺の前に屈み込んだ翔太は、わざわざこちらを覗き込み、そして人の姿を見るなり満足そうに微笑んだ。
その顔面をぶん殴りたかったが生憎手首を拘束する手錠がそれを邪魔して身動きを取ることすらできない。
動けば動かす度に腿が剥き出しになりそうなくらい短いフリルのスカートに、ムカつくくらい体にフィットしたオレンジ地に黄色のチェックが入ったワンピース。
その上から着せられた愛らしいフリルまみれのエプロンにはご丁寧に『カナ』とプリントされた安っぽいネームプレート。頭にはエプロンとお揃いのフリルのカチューシャ。
「人気レストランチェーン『ラ・ノエール』の女性従業員用制服。流石僕、完璧な見立てだったね。男用サイズの女装衣装を作ったのは初めてだったんだけど」
「意味わかんねえし……」
「ゲーム貸そうか?」
「エロいやつなら……っじゃなくて、どうしたらこんな結果になるんだよ!」
「……全部、お馬鹿なカナちゃんのためだよ」
そう、翔太の手が伸びてくる。日焼けなんて無縁の生白くて細い指は俺の顎の舌をなぞり、そして、嵌められたフリル付きの首輪へと這わされる。
その感触に、ぞわりと背筋が震えた。
「カナちゃん、前僕と約束したこと覚えてる?」
「……約束?」
「『もうお酒は飲みません』……カナちゃん、そう言ったよね」
「あー……あー、言った……ような、ないような……」
「言ったよ、間違いなくね。言質も取ってるし誓約書も書かせたはずだけど?」
やべ、誤魔化そうと思ったのにこいつボイスレコーダーと当時の誓約書も持ち出してきやがった。
確かに酔って怖いお兄さんたちに絡んでしまい色々厄介になったとき、駆け付けてきた翔太が縮こまる俺の代わりに取引してくれたおかげで五体満足で帰ってこれたのだが……あのときも翔太は怒ってて、それですっかり酒が抜けきっていた俺に誓約書と反省文とそれを読まされた記憶がある。
ごにょごにょと口籠る俺に、翔太は大きな溜息を吐いた。そして。
「カナちゃん、もうバイト行っちゃだめだよ」
「え、は、な……なんでだよ」
「わざわざ稼ぎに出なくてもお小遣いなら僕があげるし、欲しいものなら僕が買ってあげる。それでいいじゃん。なにが不服なの?」
「それはそうだけど……」
「ならこの話は終わりね」
「っでも、俺は働きたいんだよ」
「なんで?」
「なんでって……そうやって、いつまでもお前に頼らなきゃいけないのが嫌なんだよ。俺は」
「どうして? もしかしてカナちゃんってば僕に引目感じてるの?気にする必要ないよ、僕が言ってるんだから」
「俺が嫌なんだって」
「どうして?」
本気で理解できないのだろう。
確かに翔太は金持ちだし、金銭感覚が狂ってるし、やや浮世離れしてるというか変わり者だ。翔太からしてみれば俺が働こうとする意味がわからないのだろう。
「……カナちゃんは僕と一緒にいるのが嫌なの?」
だから、こんなことを言い出すのだ。
近い、というか触るな。そう思うのに、腹這いの体制では動きようがない。逸らそうとした顔を掴まれ、無理やり翔太の方を向かされる。見られてる、と意識した途端気恥ずかしくなり、思わず俺は視線だけを外した。
「嫌ってわけじゃないけど、だから…お前に一方的にされるのはやなんだって」
「ならこうしようよ。カナちゃんは一生僕の側にいて僕の世話をしてよ。それなら問題ないでしょ」
「ああ……それなら確かに……って待て、おかしいだろそれは……っ!」
「なにが? 要するにカナちゃんは僕に借りを作りたくない、一方的に甘やかされるのが嫌だってことなんでしょ? それなら、その労働に見合う報酬ってことにすれば同じことじゃんか」
「た、確かに……?」
って、違う。そうじゃない、当たり前みたいな顔をして言うもんだからうっかり流されそうになったがそれではまた同じじゃないか。
閉じた世界の中、こいつと二人で過ごす。対するこいつは楽しそうにワイワイ友達作って女の子とはしゃぎまくる。そういうのが嫌で、俺は決意したのだ。
「翔太、俺は――……」
とにかくこの流れはよくない、そう顔を上げたとき。
翔太は俺の眼前になにかを翳した。見覚えのあるそれはまちがいない、俺の携帯電話だ。
しかもその画面にはなぜか店の電話番号が表示されてる。
「お前、なに勝手に」
「ほら、早く電話しなよ。『新しい勤め先見付けたんで辞めます』って」
「はあ?! お、おいお前……本気か?」
「僕が嘘吐いたことある?」
「山ほどあるだろっ!」
「そうだっけ?」
そう、笑顔のまま端末を操作した翔太は俺の髪をかき分け、その耳に端末ごと押し付けた。
静まり返った室内にスピーカーからプルルルル、と数回のコールが響く。
そして、
『[intense]でございます』
受話器から聞こえてくる冷ややかで淡々とした声。
この声は確か……司と呼ばれたあの青年だ。
歓迎会でちらっと顔合わせただけだしまともに会話も、それどころか自己紹介した記憶もない。
けれど、俺の知る限りでは一番話が通じそうなやつが電話口に出たことに内心安堵する。
しかし、ここからが問題だ。勿論俺はこんないいバイトを辞める気なんてサラサラない。この血迷いに血迷った翔太から逃げ出すことを考えるのが先決だろう。
けれど、携帯電話は翔太が持っているので下手なこと言ったら即切られるに違いない。
なら、どうすれば。考えろ、考えろ、頑張れ俺の脳みそ。
「もっ……もしもし、原田ですけど」
そう呟けば『ああ』と受話器越しに思い出したような司の声。
「今、そっちに店長は……」
『店長なら今出ていったけど』
「は?」
『あんたんちに行くって言って』
まじかよ。なんつータイミングだ。
今、あそこには誰もいないのにと悔やむと同時にそこまでしてもらえることにちょっとだけ感動した。ちょっとだけな。別に涙ぐんでないし。
「あー……あー、じゃあ仕方ないな。わかりました。じゃあ、また掛け直すって伝えといてくださ」
い、といいかけて、伸びてきた手に携帯電話を取り上げられる。
何事かと顔を上げれば、端末を耳に当てた翔太がいた。
「お電話代わりました。自分は佳那汰君の保護者の中谷と申します。諸事情により佳那汰君には今日付けでバイトを辞めていただくことにしましたので、ええ、お手数ですが担当者の方にお伝え下さい。『原田佳那汰はバイトを辞める』と。短い間ですがお世話になりました。では失礼します」
止める暇もなかった。
言いたいことだけ好き勝手言い、そして翔太は通話を切った。そして、暫く呆気にとられていた俺も流石に凍りついた。
「お前、なに勝手に…!」
「勝手にもなにも僕はカナちゃんに辞める電話をするよう言ったんだよ?だからなかなか言い出さない上そのまま切ろうとする口下手なカナちゃんの代わりに言ってやったのに……なんでそんな言い方するのかな」
寧ろ、感謝してほしいくらいなんだけど。そうむっとする翔太にムカついて、寝転んだまま俺はやつの脛を蹴る。
白いタイツに包まれた足の裏に確かな手応えを感じた矢先、舌打ちした翔太に足首を掴まれた。
「……カナちゃんってほんと足癖悪いね。僕、鍛えてないんだからそういう暴力はやめてよ。痣になっちゃったらどうするの?」
慌てて逃れようと足をばたつかせるがスカートが翻るばかりで、絡み付いた翔太の指は離れない。やばい、こいつ、なんでこういうときだけ力強いんだよ。
「っ、離せよ、ばか」
「離したらカナちゃんすぐ暴れるでしょ」
だから、と言って翔太はなにかを取り出した。
「ちょっとだけ痛い目見てもらうよ?」
そう、翔太の手に握られた子供の腕くらいの大きさのそれは俺もよく知っていた。
AVでよくお世話になってる、あれだ。
電マ、という単語が浮かんだ。というかあれ、待てよ、俺が一回こっそり買ったけど刺激が強すぎてやっぱり封印しておこうとベッドの下に隠したやつじゃないか?!
二重の意味で血の気が引いていくのがわかった。
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