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第三話 変態アビリティ

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「いやあぁーーーっ!」
 ネココの叫び声が場内に響き渡る。自分の裸が公衆の面前で映し出されたのだから、動揺するのも無理はない。恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にして、ネココは悟の胸倉を掴んで揺さ振った。
「何なのよ、この変態アビリティは!?」
「変態アビリティじゃないって。近くにいる人の記憶を映し出すもので、何が出るかは俺にもわからない」
「説明はいいから、早く消してよ!」
「わかった」
 悟が大きく息を吐いて力を抜くと、ネココの頭上にあった霧は消え、それと共に彼女の裸体も見えなくなる。傍で見ていた男性の中には、「あぁ……」と残念そうに溜め息をつく者もいた。逆に、ミッキーは手を叩いて喜んだ。
「いやぁ~、素晴らしい。思わぬ形でアビリティの宣伝が出来た。この調子で、バトルの方も頼むよ」
「バトルでも裸を晒せって言うの!?」
 ネココがミッキーをキッと睨む。元々釣り目気味の彼女の目が、より釣り上っていた。
「そうとは言っていない。むしろ、バトルでは対戦相手の記憶を映し出してもらいたいんだが……」
「善処します」
「だ、そうだ」
 そう言われたとて、ネココの怒りは収まらない。しっぽが逆立ったまま、ブルブルと震え続けている。
「にしても、何故あんな格好のネココ君が映されたのやら」
「感情と結びついた記憶ほど、呼び起こしやすい傾向にあるようです。今までの経験からすると」
 二人の会話を聴いたモアが割って入ってくる。
「つ~ま~り、自分の裸に強い感情を抱いていたってことだよねぇ~」
「何よ……」
 モアに流し目で見られ、ネココは頬を膨らませる。
「太ってショックだったとか、肉の付き方がアレだっとか、そんな感じで強い感情を……ぐへっ」
 得意げに語るモアの背後を一瞬で取ると、ネココはスリーパーホールドをかけて、その先を言わせないようにした。モアがネココの腕を叩き、ギブアップ宣言することで、ようやく首絞め状態から解放される。
「話を戻すけど、この変態アビリティを宣伝して何になるの!?」
 自分の裸のことから話を逸らせたいのか、ネココは早口でまくしたてた。
「何になるとは、これはまた異な。うちの会社の目的を忘れたわけでは、あるまいに……」
 ミッキーに会社の目的と言われ、ネココは少し考えたが答えは出なかった。その会社の目的すら知らない悟にとってはサッパリだ。
「その辺は明日、実際に現場で使ってもらえばわかると思うよ。それより今は、彼にアビリティを使わせる為にも、いきなり負けないよう対策でも練ろうか」
「対策も何も、あたしはバトルのルールすら知らないんだけど」
「あれ? ネココ君はバトル観たことなかったっけ? じゃあ、説明しないとね。ここのバトルは3対3で行われるチーム戦だよ。勝利条件は敵陣地にある旗を取るか、相手メンバー全員を転移させること。転移っていうのは、一定以上の負荷が肉体にかかる前に、瞬間移動させる『強制離脱』というスキルが使用された状態なんだけど……。まぁ、何というか、死なないように寸止めしてくれる係がいて、逃がしてもらった後には治癒してくれる係もいるから、安心して戦えという有り難い仕組みになっているってことさ」
 説明が途中で面倒になったのか、ミッキーの喋りは雑だった。
「出ないとダメなワケ?」
 ネココがミッキーに突っかかる。
「ダメだよ、これも仕事だからね。給料分は働いてもらわないと」
「部長じゃダメなの?」
「私が出て、うっかりスキルを発動させようものなら一大事だ。そもそも『空間転移』能力者は出場できない。あれを使えば、旗を取るのは簡単だからね」
「ふぅ~ん……」
「納得いかないかい? まぁ、ネココ君の運動能力をもってすれば、サトル君のアビリティを披露する時間は、余裕で稼げると思うんだが……。やはり、ネココ君でも戦いは怖いか」
「別に、怖くなんかないんだから! コイツにアビリティを使わせればいいんでしょ? 余裕よ余裕」
 彼女が強気に出たところで、ミッキーはモアに目を向ける。
「モア君は大丈夫かい? モア君の場合は、相手の能力を仲間に伝えるだけで充分なんだが」
「それくらいなら、余裕よ余裕」
 モアがネココの真似をして言う。それを見たネココは、無言でモアの脇腹を小突いた。
「で、サトル君。残念ながら、君には出てもうしかない」
「わかりました」
「おっ、潔いね。さすがに、女の子が出ると言った後では引けないか」
「そういう訳では無いです。これも仕事ですし、前にも出たことがあるので」
 前に出たと言っても一度だけだが、それでもバトルに対する敷居を下げるのには充分だった。
「ということで、モア君。みんなの能力紹介を」
「ほいほ~い。えっとねぇ、ネココのスキルは、対象者への好感度に比例した強度の壁を築く『好意防壁』なんだけど、ひねくれ者が使うと変なものが出るんだよねぇ~」
「誰が、ひねくれ者よ」
「壁らしい壁を出さない人が、ひねくれ者で~す。他の人が使うのを見たことあるけど、この能力で草が生えるのはネココくらいかなぁ」
「フンッ!」
 ネココはそっぽを向いてしまったが、気にせずにモアは続けた。
「で、アビリティは妄想したものを砂の像として出現させる『妄想具現』っと。サトルっちは、さっき言ってた『脳内映写』のアビリティと、対象者と感覚を共有するスキルの『感覚共有』ね」
「まだ、言ってないのに何で…………あっ、『能力解析』か」
 能力を言い当てられた悟は疑問に思ったが、すぐにスキルによるものだと気づいた。対象者の能力を判別するスキル、それが『能力解析』だ。悟も召喚直後に能力鑑定士から使われ、自分のスキルとアビリティを知ることとなった。
「そうそう、私のスキルは『能力解析』よ~ん。で、アビリティは周囲にいる人のテンションを上げる『精神高揚』なんだよねぇ~。で、バトル経験者のサトルっちとしては、この面子と能力なら、どんな風に打って出る?」
「俺なら……」
 一度しかないバトルから戦法を考える。前の戦いでは、全員で旗を取りに行ったら、相手の減速アビリティにハマり、ノロノロ歩くうちに自陣の旗を取られて負けている。そういうこともあるので、相手の能力がわからない場合は、自軍の旗の守り手を決めた上で、旗を取りに行く方がいいだろう。
 今回は『能力解析』が使えるモアがいるが、対戦相手がわからないうちは、能力対策は立てられない。それに、バトルの目的が戦って勝つことでないのなら、守りに徹した方がアビリティの使用機会が増えるというもの。
「俺なら打って出ない。ひたすら守りに徹して、アビリティの使用機会を窺う」
「それじゃ、面白くない」
「面白さは求めてないよ、ネココ君」
 ミッキーにたしなめられて、ネココは軽く下唇を噛んだ。戦うからには勝ちたい、そんな気持ちが顔に出ている。そんな彼女のことは気にせずに、モアは話を進める。
「んじゃ、みんなで旗を囲んで、近づく相手を蹴飛ばす感じ?」
「いや、それは戦いにくいからナシ。誰かが旗を守って、残り二人は旗に近づく者をブロックする方向で」
「それじゃ、勝てないじゃん」
「だから勝利は求めてないよ、ネココ君」
 再度たしなめられ、ネココは床を軽く蹴った。
「別に、勝ってもいいんですよね?」
 あまりにネココが拗ねているので、悟は彼女をやる気にさせる為に問いかけた。
「勿論、勝っても構わないよ。アビリティを使ってさえくれれば」
「それじゃ、アビリティを使ったうえで、勝ちを狙いに行きます。その方が宣伝効果も高まるでしょうから」
 チラッと横目でネココを見ると、「よし、来た」と言わんばかりに、拳を握ってファイティングポーズを取っている。単純だなと思っていると、角笛を持った男が会場中に声を響かせた。
「本日の第一試合は、ハイ掘削所VSスターリングシルバーです。出場選手の方は、準備してください」
「第一試合?」
 いきなり出番がまわってきた悟たちは、互いの顔を見合わせた。
「今日だけで何十社とエントリーしているからね、よもや第一試合になるとは思わなんだ。お陰で、急いで交換会から戻る羽目に……」
 やれやれといった感じでミッキーは話すが、本当にやれやれなのは悟たちの方だった。さっき、バトルに出ると聴かされたばかりなのに、もう始まるというのだから心の準備もあったもんじゃない。
「ユニフォームってあるんですか?」
 悟は前に出たバトルを思い出し、会社のユニフォームを着なくてはいけないことに気づいた。地域が違うとはいえ、会社をPRする場というなら基本コンセプトは変わらない。社名がわからないまま戦っては意義が薄れるというもの。なら、ユニフォームは当然あるだろう。
 何より、バトルフィールドにはユニフォーム以外を持ち込めないルールのハズだ。でなければ、頑丈な鎧や武器を装備する者が出て、能力のアピールもままならない。
「ああ、それなら両方の控室に用意してるよ」
「わかりました」
 悟は着替える為に控室を目指した。その後をネココとモアがついて行く。
 今回は“ハイ掘削所VSスターリングシルバー”と、後の方に名前があるので、闘技場入り口から見て右側の控室を使うことになる。対戦相手は左側の控室を使うので、控室でバッタリということはない。
 控室に入った悟は自社のユニフォームがある場所を係員に訊き、幾つもある棚の中から見つけ出して着替えた。スターリングシルバーのユニフォームは、タンクトップに短パン、それから大き目のリストバンドというシンプルなものだった。
 サイズは大・中・小の3種類しかなく、小がモア、中がネココ、余った大は悟が着ることになった。モアとネココがピッタリのサイズであるのに対し、悟だけは若干ぶかぶかだったが他にないので我慢する。

 闘技場に戻ると、既に対戦相手はバトルフィールドに整列していた。彼らを見た悟たちも、急ぎフィールドに並び立つ。
 目の前にいるのは、少しお腹が出ているオッサン、細目で極端に猫背な青年、まつ毛が長い色っぽい女性の3人。彼らの服装も悟たちと似たようなものだった。
「ねぇねぇ、バトル前に『能力解析』しちゃっていいのかなぁ~?」
 モアが悟のタンクトップを引っ張る。
「大丈夫だ」
「じゃ、行っくよ~。そこのオッサンが……うわぁ~、何このスキル」
 解析を始めた途端、モアは顔を引きつらせた。
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