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第十六話 心変わり
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翌朝、伊吹が自室を出ると、玄関のドア下からチラシが入れられていた。何気なしに、それを手に取ってみる。
「今日も入ってたの?」
チガヤが後ろから覗き込む。
「見た感じ、昨日と同じに見えるけど……何て書いてるの?」
「美女ユニット限定ガチャ、好評につき、開催期間延長……って、同じだね。一緒に開催してた飛行ユニット、小型ユニットの限定ガチャも、期間を延長してるよ」
「飛行ユニットかぁ……ちょっと欲しいかも」
昨日、戦ったヨナーシュのこともあって、飛べる相手に対抗できる存在の必要性を感じていた。
「おい……」
女性の低い声に上を向くと、サーヤがハンモックから身を乗り出していた。小さいとはいえ、この家では唯一の飛行ユニットになる。
「飛行ユニットが欲しいって? あの時、あたいがそっちを薦めたのに、美女ガチャを選んだのは誰だった?」
「僕です……」
「心変わりが早いな、お前は」
サーヤが伊吹の目の前まで降りてくる。
「心変わりって言うか、飛行ユニットの重要性に気付いたというか……。もちろん、美女の重要性は何一つ変わってないから」
「ふ~ん……。そういや、美女がいれば、やる気が何倍にもなるんだったよな。ウサウサが加わったんだ、チガヤも入れて2人も美女がいれば、何十倍にもなったやる気で、空も飛べるんじゃないのか?」
冗談めかしてサーヤが言う。
「空も飛べるって……。やる気は万能アイテムじゃないから。それに、美女の数なら、サーヤを入れて3人……あてっ!」
言っている途中で、サーヤは伊吹の額を軽く蹴り上げた。
「あ、あたいは入れなくていい!」
それだけ言うと、ハンモックへと戻っていった。
「何かあったんですかぁ~?」
壁に張り付いて寝ていたシオリンが目を覚ます。壁を背に寝ていたブリオも目を開けて辺りを見回した。
「ちょっとサーヤに蹴られただけだよ。起こしちゃったかな?」
「サーヤに蹴られた? ああ、よくあることですねぇ~」
シオリンは椅子に座って二度寝に入る。ブリオも再び寝ようとしたところに、ドアを開けてワニックが入ってきた。
「無念だ」
「どうしたの? ワニック」
意気消沈しているワニックにチガヤが歩み寄る。
「バトルは既にエントリー済みだった」
「エントリー済みって、会社に行ってきたの?」
「ああ。昨日、先にエントリーしたチームがバトルに出られると聞いたからな。早い者勝ちというのなら、朝一番にエントリーすればと思ったのだが、先を越されるとは……」
「それじゃ、今日もバトルに出られないんだね」
チガヤがホッとした顔を見せる。自分のユニットが戦って痛い思いをしなくて済むから、というのは伊吹にもわかった。逆に伊吹は、二日続けて先を越されたことで、エントリーした人物が気になっていた。
「誰がエントリーしたんだろう? 昨日と同じ人かな?」
「同じだ。ユニット所有者は、確かシャノンとか言ったはずだ。俺も気になったんで訊いておいた」
「シャノンさん、か……。一度、その人に会ってみたいね。僕らのほかにエントリーしているのが、その人だけっていうなら、交互に出ましょうとか言えるし」
「そうだな」
「む~、二人ともバトルの話ばっかり……」
面白くないのか、チガヤが頬を膨らませる。
「痛い思いをしても知らないよーだ」
少しイジケ気味に言って、チガヤは両親がいる部屋へと入っていった。伊吹とワニックは顔を見合わせて苦笑する。
「彼女の前では、バトルの話は控えた方がいいかもね」
「どうやら、そのようだ。戦いを好ましく思わんのだろう」
「うん、それもあると思うけど、何より僕らが殴られたりするのを、見たくないんじゃないかな」
ますます、アンフィテアトルムでのことは話せないと思う伊吹だった。
既にエントリー済みということを受け、いつも通りの時間に出勤する。
受付で仕事のチケットを受け取ると、チガヤは自分のユニットを呼び寄せた。その手には仕事チケットの他に、封筒も握られている。
「今日の……じゃなくて、今回のお仕事を発表しまーす。今回は明後日までの期限で、サニタの卵を5つ集めるお仕事です。報酬は銀貨1枚、経費として銅貨を3枚まで使えるよ」
「サニタって、あのトイレにいるヤツ?」
「うん、そうだよ」
この国のトイレには、黄色くて丸い4本脚の生き物がいた。排泄物を主食としている彼らが存在するお陰で、この国の衛生レベルが上がっているのは伊吹もわかってはいたが、トイレに行くたびに排泄する箇所を舐められるのは好きになれなかった。
トイレは建物単位で設置されているのではなく、公衆トイレとして一定間隔で置かれていた。そもそも、トイレとは使う側が思っているだけであって、サニタからすれば巣になる。人間に巣の場所を用意され、そこに作らされているわけだ。
「それじゃ、あちこちのトイレをまわって、卵が無いか見て歩くの?」
「ううん、それはトイレの管理を頼まれた人がやってるよ。私たちが今回やるのは、野生のサニタの卵を取って来るお仕事。たぶん、トイレにいるサニタが産む分だけだと、足りないんじゃないのかなぁ」
「それだけ、新しいトイレが要るってことだよね。卵じゃなくて、成長したサニタじゃダメなの?」
「大きくなったサニタを別のところに連れて行っても、元いた巣に戻っちゃうよ。巣が無くなってれば別だけど、今あるトイレを壊すわけにもいかないから、卵を孵化させて、そこで餌を与えて、定着してもらうようにしてるんだよ」
「へぇ~……」
あの“かまくら型の茶色い巣”を作るのに、こんなにも手間がかかっていると知り、設置の為に尽力した人への感謝の念が、伊吹の中で湧き起こる。
伊吹の質問攻めが終わったところで、サーヤが今回の仕事の問題点を問う。
「野生のサニタ、か……。問題は何処にいるかだな」
「うん、サーヤの言う通り、探さないといけないよね。誰か知らないかなぁ?」
チガヤが社内を見渡す。伊吹も一緒に見渡すものの、いかにも詳しそうな雰囲気の人など見当たらない。
「そういうのに詳しそうな人がいるの?」
「ん~、よく考えたら私、ほかの従業員とあまりお話したことないんだよね。シオリンは詳しそうな人、知らない?」
チガヤは、えへっと笑ってシオリンに問いかけた。それを見て、サーヤが伊吹の耳元で囁く。
「チガヤは両親以外じゃ、あたいらしか知り合いがいないんだ。だから、まぁ、なんつーか、そういうところは、そっとしておいてほしい」
「うん、わかった……」
“ぼっち”かと思うと、彼女の「ユニットは友達」発言も哀しく聴こえてくる。目の前では、チガヤの質問にシオリンが首を横に振っていた。
「そっかぁ、シオリンも知らないかぁ……。じゃ、情報倉庫に行こうかな」
「情報倉庫? あっ、そういえば……」
伊吹は情報倉庫の初回無料券をポケットから出し、チガヤの目の前で広げて見せた。
「どうしたの? これ」
「昨日、仕事先で貰ったんだ。これ、使えるんでしょ?」
「うん、まだ利用したことが無い人なら使えるよ。私は何度も利用してるから使えないけど」
「あっ、そうなんだ。それじゃ、僕が野生のサニタがいそうな場所を、この券を使って調べてみるよ」
チガヤは広げた券をそっと押し戻した。
「いいよ、経費で調べるから。これはイブキが貰ったものなんだから、何か調べたい時に使って」
「……わかった」
券を再びポケットに入れる。
「それじゃ、みんなで情報倉庫に行こっか」
チガヤに案内される形で、伊吹たちはスコウレリア情報倉庫へと向かった。
情報倉庫は街の中心部にあり、その近くには市場やスコウレリア大金庫もあった。倉庫という名がついているものの、建物自体は第三事務所と大きな違いはなく、同じような位置に受付があり、その奥にはパーテーションで区切られた席が設けられている。
中にいる人の大半はユニットだが、一番奥の本棚が並べられている所には、手に星印の無いマ国の住人が集まっていた。字を読める者となると、ユニットでは少ないのかもしれない。
となると、銅貨1枚で色んな情報が買えるとはいえ、この国の字を読めない自分には利用できないのではないか……と、伊吹は手にした無料券を見て溜め息をつき、ポケットの中に押し戻した。
「いらっしゃいませ、スコウレリア情報倉庫へようこそ」
チガヤが建物の中に入ると、受付の女性が笑顔で出迎えた。ここのスタッフの制服なのか、紫色の布をタスキ掛けしている人が彼女を含め何人かいる。
「会員のチガヤです。文書コースで、サニタの生息地域の情報をお願いします」
「銅貨1枚になります。会員カードのご提示をお願いします」
「はい、どうぞ。あと、領収書をお願いします。宛名はスコウレリア第三事務所で」
受付はチガヤが差し出した銅貨1枚と会員カードを受け取ると、厚紙の束と帳簿を取り出して、両方のページをめくった。
「少々お待ちください……。え~、地域情報の棚の42番になりますね。領収書は、お帰りの際にお渡し致します。それでは、どうぞごゆっくり」
そう言って受付は、棚の番号が書かれた木の札をチガヤに渡した。
「ちょっと待っててね」
振り返って言うと、チガヤは本棚が並べられている場所へと向かった。
伊吹は言われた通りに数分ほど待っていたものの、いろんな人が出入りするのを見るにつけ、中の様子が気になりだした。入り口付近で軽くジャンプしたり、つま先立ちしたりして、中を覗いていると受付が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ」
「あっ、僕は待ってるだけなんで……」
「そうでしたか。でも、何か気になることがおありでしたら、そちらの無料券をお使いになられては?」
「無料券?」
気づけばポケットから初回無料券がはみ出していた。これを使って文字資料を渡されたところで、マ国の文字が読めないのだから意味はない。ただ、中には入れそうだから、それだけでもいいかと思えてくる。
「じゃ、使ってみようかな」
「では、会員登録からですね。お名前は?」
「伊吹です」
「イブキ様……と」
受付は取り出した台紙と帳簿にサラサラと文字を書いた。
「『形態投影』で姿を写させて頂きますので、そちらのパーテーションを背に立って下さい」
「こう……ですか?」
伊吹は近くにあったパーテーションを背に、直立不動の姿勢を取った。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。はい、いきますよ」
受付は伊吹を真っ直ぐに見据えると、指で枠を作る仕草を見せた後、台紙と帳簿に『形態投影』で伊吹の姿を写した。
「こちらが会員カードになります。ご利用の際には、必ずお持ちください」
「はい」
差し出された会員カードを受け取って返事をする。
「当倉庫での情報取得には、口頭説明コースと文書コースがございます。口頭説明コースはスタッフが口頭で説明するコースで、文書コースは奥にある本棚の資料を閲覧するコースとなっております。両コースとも1件につき銅貨1枚となっておりますが、文書コースをご利用の場合のみ、1件につき1つのスタンプが帳簿に押され、貯めた数に応じて特典が付与されます」
細かい内容は頭には入らなかったが、口頭説明コースなら文字が読めなくても内容を知ることができる、ということだけは理解できた。
「注意事項としまして、当倉庫内の資料を写す行為、資料の持ち出し、複数人でのご利用の禁止がございます。それでは、本日は何をお調べになられますか?」
「え~っと……」
昨日、チガヤの両親を初めて見たこともあって、真っ先に浮かんだのは社畜病のことだった。病名自体、ヒューゴに言われるまで知らなかった、といっても『脳内変換』能力による名称だが、チガヤが罹る恐れもあるだけに、気にせずにはいられなかった。
「あの……」
と、言いかけたところで、チガヤが戻って来た。
「イブキ、何をしてるの?」
「待ってる間に調べものをしようかと思って」
「そうなんだぁ。あのね、サニタのこと、思ったよりも時間がかかりそうだから、探しに行くのは明日にしようと思うの」
「うん、わかった」
伊吹が頷くと、チガヤは他のユニットたちの元に行き、事情の説明を始めた。
「ちょっと、すみません」
受付に断りを入れ、伊吹はチガヤの説明に加わった。
「……ということだから、ここで解散ね」
「それじゃ、先に帰ってますねぇ~」
「オイラも帰るんだな」
シオリンとブリオが帰宅を表明したところで、ワニックが手を挙げる。
「俺は闘技場に行ってから戻る。どんな奴がエントリーしたのか気になる」
「あたいも、見ておきたいかな」
「私も、ご一緒させて頂いても、よろしいでしょうか?」
「俺は構わないが、また例の光を出したらマズいのではないか?」
ワニックが言う例の光とは、ウサウサのアビリティ『光耀遮蔽』のことだ。アンフィテアトルムでは、出場したユニットの血しぶきを見た為に、隠したいものや見たくないものを光で覆う『光耀遮蔽』が発動してしまっていた。観客が試合をまともに見られなくなるからと、途中で退席した経緯がある。
「流血沙汰になりそうでしたら、その時はバトルから目を逸らしますので」
「それで発動しないなら構わないが……」
「大丈夫なんじゃない? 実際に出てみて思ったけどさ、バトルの質って変わったよな。前に見た時は、もっと血だらけになっているヤツが多かったけど、そういうの見ないし……。噂の民間闘技場に流れたのかもな、ヤバそうな連中が」
『光耀遮蔽』のことを懸念するワニックを説得するように、サーヤがバトルの変化について語った。“死ぬ一歩手前まで行く”とか言ってた割に、骨が折られるようなこともないのは、伊吹も少し疑問視していた。
「イブキは、どうするの?」
ワニック、サーヤ、ウサウサが闘技場行きを決めたと見たのか、チガヤが残った伊吹に訊いてくる。
「僕は、ここで調べものした後に、闘技場に行くよ。ワニックと同じで、エントリーした人が気になるし……」
「そっかぁ……。やっぱり、闘技場に行くんだ。バトルを観ても、変に感化されちゃダメだよ」
「うん、わかってる……つもり。じゃ、僕は調べものに戻るから」
伊吹はチガヤから逃げるように、再び受付へと戻った。
「今日も入ってたの?」
チガヤが後ろから覗き込む。
「見た感じ、昨日と同じに見えるけど……何て書いてるの?」
「美女ユニット限定ガチャ、好評につき、開催期間延長……って、同じだね。一緒に開催してた飛行ユニット、小型ユニットの限定ガチャも、期間を延長してるよ」
「飛行ユニットかぁ……ちょっと欲しいかも」
昨日、戦ったヨナーシュのこともあって、飛べる相手に対抗できる存在の必要性を感じていた。
「おい……」
女性の低い声に上を向くと、サーヤがハンモックから身を乗り出していた。小さいとはいえ、この家では唯一の飛行ユニットになる。
「飛行ユニットが欲しいって? あの時、あたいがそっちを薦めたのに、美女ガチャを選んだのは誰だった?」
「僕です……」
「心変わりが早いな、お前は」
サーヤが伊吹の目の前まで降りてくる。
「心変わりって言うか、飛行ユニットの重要性に気付いたというか……。もちろん、美女の重要性は何一つ変わってないから」
「ふ~ん……。そういや、美女がいれば、やる気が何倍にもなるんだったよな。ウサウサが加わったんだ、チガヤも入れて2人も美女がいれば、何十倍にもなったやる気で、空も飛べるんじゃないのか?」
冗談めかしてサーヤが言う。
「空も飛べるって……。やる気は万能アイテムじゃないから。それに、美女の数なら、サーヤを入れて3人……あてっ!」
言っている途中で、サーヤは伊吹の額を軽く蹴り上げた。
「あ、あたいは入れなくていい!」
それだけ言うと、ハンモックへと戻っていった。
「何かあったんですかぁ~?」
壁に張り付いて寝ていたシオリンが目を覚ます。壁を背に寝ていたブリオも目を開けて辺りを見回した。
「ちょっとサーヤに蹴られただけだよ。起こしちゃったかな?」
「サーヤに蹴られた? ああ、よくあることですねぇ~」
シオリンは椅子に座って二度寝に入る。ブリオも再び寝ようとしたところに、ドアを開けてワニックが入ってきた。
「無念だ」
「どうしたの? ワニック」
意気消沈しているワニックにチガヤが歩み寄る。
「バトルは既にエントリー済みだった」
「エントリー済みって、会社に行ってきたの?」
「ああ。昨日、先にエントリーしたチームがバトルに出られると聞いたからな。早い者勝ちというのなら、朝一番にエントリーすればと思ったのだが、先を越されるとは……」
「それじゃ、今日もバトルに出られないんだね」
チガヤがホッとした顔を見せる。自分のユニットが戦って痛い思いをしなくて済むから、というのは伊吹にもわかった。逆に伊吹は、二日続けて先を越されたことで、エントリーした人物が気になっていた。
「誰がエントリーしたんだろう? 昨日と同じ人かな?」
「同じだ。ユニット所有者は、確かシャノンとか言ったはずだ。俺も気になったんで訊いておいた」
「シャノンさん、か……。一度、その人に会ってみたいね。僕らのほかにエントリーしているのが、その人だけっていうなら、交互に出ましょうとか言えるし」
「そうだな」
「む~、二人ともバトルの話ばっかり……」
面白くないのか、チガヤが頬を膨らませる。
「痛い思いをしても知らないよーだ」
少しイジケ気味に言って、チガヤは両親がいる部屋へと入っていった。伊吹とワニックは顔を見合わせて苦笑する。
「彼女の前では、バトルの話は控えた方がいいかもね」
「どうやら、そのようだ。戦いを好ましく思わんのだろう」
「うん、それもあると思うけど、何より僕らが殴られたりするのを、見たくないんじゃないかな」
ますます、アンフィテアトルムでのことは話せないと思う伊吹だった。
既にエントリー済みということを受け、いつも通りの時間に出勤する。
受付で仕事のチケットを受け取ると、チガヤは自分のユニットを呼び寄せた。その手には仕事チケットの他に、封筒も握られている。
「今日の……じゃなくて、今回のお仕事を発表しまーす。今回は明後日までの期限で、サニタの卵を5つ集めるお仕事です。報酬は銀貨1枚、経費として銅貨を3枚まで使えるよ」
「サニタって、あのトイレにいるヤツ?」
「うん、そうだよ」
この国のトイレには、黄色くて丸い4本脚の生き物がいた。排泄物を主食としている彼らが存在するお陰で、この国の衛生レベルが上がっているのは伊吹もわかってはいたが、トイレに行くたびに排泄する箇所を舐められるのは好きになれなかった。
トイレは建物単位で設置されているのではなく、公衆トイレとして一定間隔で置かれていた。そもそも、トイレとは使う側が思っているだけであって、サニタからすれば巣になる。人間に巣の場所を用意され、そこに作らされているわけだ。
「それじゃ、あちこちのトイレをまわって、卵が無いか見て歩くの?」
「ううん、それはトイレの管理を頼まれた人がやってるよ。私たちが今回やるのは、野生のサニタの卵を取って来るお仕事。たぶん、トイレにいるサニタが産む分だけだと、足りないんじゃないのかなぁ」
「それだけ、新しいトイレが要るってことだよね。卵じゃなくて、成長したサニタじゃダメなの?」
「大きくなったサニタを別のところに連れて行っても、元いた巣に戻っちゃうよ。巣が無くなってれば別だけど、今あるトイレを壊すわけにもいかないから、卵を孵化させて、そこで餌を与えて、定着してもらうようにしてるんだよ」
「へぇ~……」
あの“かまくら型の茶色い巣”を作るのに、こんなにも手間がかかっていると知り、設置の為に尽力した人への感謝の念が、伊吹の中で湧き起こる。
伊吹の質問攻めが終わったところで、サーヤが今回の仕事の問題点を問う。
「野生のサニタ、か……。問題は何処にいるかだな」
「うん、サーヤの言う通り、探さないといけないよね。誰か知らないかなぁ?」
チガヤが社内を見渡す。伊吹も一緒に見渡すものの、いかにも詳しそうな雰囲気の人など見当たらない。
「そういうのに詳しそうな人がいるの?」
「ん~、よく考えたら私、ほかの従業員とあまりお話したことないんだよね。シオリンは詳しそうな人、知らない?」
チガヤは、えへっと笑ってシオリンに問いかけた。それを見て、サーヤが伊吹の耳元で囁く。
「チガヤは両親以外じゃ、あたいらしか知り合いがいないんだ。だから、まぁ、なんつーか、そういうところは、そっとしておいてほしい」
「うん、わかった……」
“ぼっち”かと思うと、彼女の「ユニットは友達」発言も哀しく聴こえてくる。目の前では、チガヤの質問にシオリンが首を横に振っていた。
「そっかぁ、シオリンも知らないかぁ……。じゃ、情報倉庫に行こうかな」
「情報倉庫? あっ、そういえば……」
伊吹は情報倉庫の初回無料券をポケットから出し、チガヤの目の前で広げて見せた。
「どうしたの? これ」
「昨日、仕事先で貰ったんだ。これ、使えるんでしょ?」
「うん、まだ利用したことが無い人なら使えるよ。私は何度も利用してるから使えないけど」
「あっ、そうなんだ。それじゃ、僕が野生のサニタがいそうな場所を、この券を使って調べてみるよ」
チガヤは広げた券をそっと押し戻した。
「いいよ、経費で調べるから。これはイブキが貰ったものなんだから、何か調べたい時に使って」
「……わかった」
券を再びポケットに入れる。
「それじゃ、みんなで情報倉庫に行こっか」
チガヤに案内される形で、伊吹たちはスコウレリア情報倉庫へと向かった。
情報倉庫は街の中心部にあり、その近くには市場やスコウレリア大金庫もあった。倉庫という名がついているものの、建物自体は第三事務所と大きな違いはなく、同じような位置に受付があり、その奥にはパーテーションで区切られた席が設けられている。
中にいる人の大半はユニットだが、一番奥の本棚が並べられている所には、手に星印の無いマ国の住人が集まっていた。字を読める者となると、ユニットでは少ないのかもしれない。
となると、銅貨1枚で色んな情報が買えるとはいえ、この国の字を読めない自分には利用できないのではないか……と、伊吹は手にした無料券を見て溜め息をつき、ポケットの中に押し戻した。
「いらっしゃいませ、スコウレリア情報倉庫へようこそ」
チガヤが建物の中に入ると、受付の女性が笑顔で出迎えた。ここのスタッフの制服なのか、紫色の布をタスキ掛けしている人が彼女を含め何人かいる。
「会員のチガヤです。文書コースで、サニタの生息地域の情報をお願いします」
「銅貨1枚になります。会員カードのご提示をお願いします」
「はい、どうぞ。あと、領収書をお願いします。宛名はスコウレリア第三事務所で」
受付はチガヤが差し出した銅貨1枚と会員カードを受け取ると、厚紙の束と帳簿を取り出して、両方のページをめくった。
「少々お待ちください……。え~、地域情報の棚の42番になりますね。領収書は、お帰りの際にお渡し致します。それでは、どうぞごゆっくり」
そう言って受付は、棚の番号が書かれた木の札をチガヤに渡した。
「ちょっと待っててね」
振り返って言うと、チガヤは本棚が並べられている場所へと向かった。
伊吹は言われた通りに数分ほど待っていたものの、いろんな人が出入りするのを見るにつけ、中の様子が気になりだした。入り口付近で軽くジャンプしたり、つま先立ちしたりして、中を覗いていると受付が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ」
「あっ、僕は待ってるだけなんで……」
「そうでしたか。でも、何か気になることがおありでしたら、そちらの無料券をお使いになられては?」
「無料券?」
気づけばポケットから初回無料券がはみ出していた。これを使って文字資料を渡されたところで、マ国の文字が読めないのだから意味はない。ただ、中には入れそうだから、それだけでもいいかと思えてくる。
「じゃ、使ってみようかな」
「では、会員登録からですね。お名前は?」
「伊吹です」
「イブキ様……と」
受付は取り出した台紙と帳簿にサラサラと文字を書いた。
「『形態投影』で姿を写させて頂きますので、そちらのパーテーションを背に立って下さい」
「こう……ですか?」
伊吹は近くにあったパーテーションを背に、直立不動の姿勢を取った。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。はい、いきますよ」
受付は伊吹を真っ直ぐに見据えると、指で枠を作る仕草を見せた後、台紙と帳簿に『形態投影』で伊吹の姿を写した。
「こちらが会員カードになります。ご利用の際には、必ずお持ちください」
「はい」
差し出された会員カードを受け取って返事をする。
「当倉庫での情報取得には、口頭説明コースと文書コースがございます。口頭説明コースはスタッフが口頭で説明するコースで、文書コースは奥にある本棚の資料を閲覧するコースとなっております。両コースとも1件につき銅貨1枚となっておりますが、文書コースをご利用の場合のみ、1件につき1つのスタンプが帳簿に押され、貯めた数に応じて特典が付与されます」
細かい内容は頭には入らなかったが、口頭説明コースなら文字が読めなくても内容を知ることができる、ということだけは理解できた。
「注意事項としまして、当倉庫内の資料を写す行為、資料の持ち出し、複数人でのご利用の禁止がございます。それでは、本日は何をお調べになられますか?」
「え~っと……」
昨日、チガヤの両親を初めて見たこともあって、真っ先に浮かんだのは社畜病のことだった。病名自体、ヒューゴに言われるまで知らなかった、といっても『脳内変換』能力による名称だが、チガヤが罹る恐れもあるだけに、気にせずにはいられなかった。
「あの……」
と、言いかけたところで、チガヤが戻って来た。
「イブキ、何をしてるの?」
「待ってる間に調べものをしようかと思って」
「そうなんだぁ。あのね、サニタのこと、思ったよりも時間がかかりそうだから、探しに行くのは明日にしようと思うの」
「うん、わかった」
伊吹が頷くと、チガヤは他のユニットたちの元に行き、事情の説明を始めた。
「ちょっと、すみません」
受付に断りを入れ、伊吹はチガヤの説明に加わった。
「……ということだから、ここで解散ね」
「それじゃ、先に帰ってますねぇ~」
「オイラも帰るんだな」
シオリンとブリオが帰宅を表明したところで、ワニックが手を挙げる。
「俺は闘技場に行ってから戻る。どんな奴がエントリーしたのか気になる」
「あたいも、見ておきたいかな」
「私も、ご一緒させて頂いても、よろしいでしょうか?」
「俺は構わないが、また例の光を出したらマズいのではないか?」
ワニックが言う例の光とは、ウサウサのアビリティ『光耀遮蔽』のことだ。アンフィテアトルムでは、出場したユニットの血しぶきを見た為に、隠したいものや見たくないものを光で覆う『光耀遮蔽』が発動してしまっていた。観客が試合をまともに見られなくなるからと、途中で退席した経緯がある。
「流血沙汰になりそうでしたら、その時はバトルから目を逸らしますので」
「それで発動しないなら構わないが……」
「大丈夫なんじゃない? 実際に出てみて思ったけどさ、バトルの質って変わったよな。前に見た時は、もっと血だらけになっているヤツが多かったけど、そういうの見ないし……。噂の民間闘技場に流れたのかもな、ヤバそうな連中が」
『光耀遮蔽』のことを懸念するワニックを説得するように、サーヤがバトルの変化について語った。“死ぬ一歩手前まで行く”とか言ってた割に、骨が折られるようなこともないのは、伊吹も少し疑問視していた。
「イブキは、どうするの?」
ワニック、サーヤ、ウサウサが闘技場行きを決めたと見たのか、チガヤが残った伊吹に訊いてくる。
「僕は、ここで調べものした後に、闘技場に行くよ。ワニックと同じで、エントリーした人が気になるし……」
「そっかぁ……。やっぱり、闘技場に行くんだ。バトルを観ても、変に感化されちゃダメだよ」
「うん、わかってる……つもり。じゃ、僕は調べものに戻るから」
伊吹はチガヤから逃げるように、再び受付へと戻った。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
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「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
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特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
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第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
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