麻布十番の妖遊戯

酒処のん平

文字の大きさ
上 下
41 / 56
第三話:霊 たまこ

鼻で使う昭子と使われる侍の図

しおりを挟む
「さて、今日の夜まであたしらは何をするってんだい?  こんな昼日中に出てるのは今日がぼた餅の日だからで、あたしらはこれを食ったらいつもはすぐに影の内に戻るけど、今日はなんだかそんな気分にはなれないねえ。どうする太郎」

 昭子は口の周りについた餡ををべろりと長い舌で舐めとった。

「どうするって俺は帰って一眠りできますぜ。餅も食ったことですし、昼間からここにいる理由もないですしね、端から食ったら帰るつもりでした」

 そんなことを言いながら太郎はこんぶ茶のおかわりを三人分持ってきた。
 昭子はそれを一気に飲み干した。

「相変わらずだねえ」
 昭子が太郎に「おまえは冷たい。あたしの数千倍冷たいじゃないか」と言葉を投げる。「そんなこと言われても、ここにいてもやることないでしょ」と至って太郎は自分のペースを崩さない。

 昭子は、特大のため息をこれ見よがしにつくと、

「侍はあたしと一緒にここに残るかい?」
 こんぶ茶をすすりながら侍の方に向き直る。
「いますよ。まだこのぼた餅を食いきっとらんですし、食後の運動にちょいと街をふらつこうと思ってたんでね」
 侍が箱の中に残っているぼた餅を覗き込む。

「まったくどいつもこいつも」
 ぼた餅に頬が緩んでいる侍を一瞥し、じゃ、あたしはごろんと横になって昼寝でもする。と言うと、座布団を半分に折って枕を作る。無造作に投げると、森の中に転がっている丸太のようにごろんと横になった。

 太郎が茶化そうと口を開いたが侍に首を振られて制された。
 ここで茶化したら太郎は昭子の怒りを買い、影に帰れなくなる。

 開いた口をゆっくりと閉じ、抜き足差し足で太郎は音もなく影の中に消えて行ったのであった。

「侍、こんぶ茶のおかわり淹れとくれな」
 寝っ転がったまま侍に指図する。
 へいへいと侍は仕方なく自分の湯呑みも持って台所に立つ。

「そういや俺のことは根ほり葉ほり聞いてくるのに、昭子さんのことはなんにも聞いてませんでしたよね。昭子さんのこと知ってるんですか?」
「あんたらが言ってないなら知らないはずだよ。あたしはなんにも言ってないからね」
「じゃ今日あたり聞いてくるんですかねえ」
「どうだかねえ。ま、聞かれりゃ答えるさ。自分からほいほい馬鹿みたいには言わないけどね。とは言っても、女ってもんは口に出して言わなくても通じ合える部分があるんだよ」
 ふふっと肩で笑う。そして大欠伸をした。
「今日がその日かと思うとなんだか寂しくなりますね」
「そうさねえ。今まではあたしら三人プラス1の存在になってたからねえ」
「自分から進んで手伝いもするし、時間も知らせてくれるし何かと役に立ってましたしね」
「ようくあたしらを観察してたっけねえ。もう仲間になったとばかり思ってたけど、やはりあの子は行くべきところに逝かないといけないんだねえ」
「あいつの居場所はここじゃないってことですか」
「上であの子のことを首を長くして待ってる奴らがいるんだろうよ。あ、侍、ちょっと熱めので淹れといておくれな。一眠りするから」

 侍は火からおろそうとしていたやかんを今一度火に戻す。
 熱めのを淹れておけば、うたた寝から目覚めても少し温いくらいで飲めるという魂胆だ。

「でも昭子さん、そんなこといっつも言ってますけどね、温い状態で飲める内に起きたことなんて一度もないっての覚えてます?」
 肩まですっぽりとこたつに潜り込んですでに寝息をたてている昭子にもんくを言うが、それはもう聞こえていなかった。

「まったく。どうせ冷えるんだからだったら熱くしないで適温で淹れて飲めばよかったぜ。俺は本当にお人好しだ。昭子さんの言う通りに熱めで淹れるんだからまたく世話ねえわな」

 自分に言ったもんくに自分でおかしくて一人笑いをしつつ、やかんを火からおろす。

 昭子の湯呑みと自分の湯呑みにこんぶ茶を淹れて、「さすがに熱いな」と声を漏らした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

時守家の秘密

景綱
キャラ文芸
時守家には代々伝わる秘密があるらしい。 その秘密を知ることができるのは後継者ただひとり。 必ずしも親から子へ引き継がれるわけではない。能力ある者に引き継がれていく。 その引き継がれていく秘密とは、いったいなんなのか。 『時歪(ときひずみ)の時計』というものにどうやら時守家の秘密が隠されているらしいが……。 そこには物の怪の影もあるとかないとか。 謎多き時守家の行く末はいかに。 引き継ぐ者の名は、時守彰俊。霊感の強い者。 毒舌付喪神と二重人格の座敷童子猫も。 *エブリスタで書いたいくつかの短編を改稿して連作短編としたものです。 (座敷童子猫が登場するのですが、このキャラをエブリスタで投稿した時と変えています。基本的な内容は変わりありませんが結構加筆修正していますのでよろしくお願いします) お楽しみください。

俺がママになるんだよ!!~母親のJK時代にタイムリープした少年の話~

美作美琴
キャラ文芸
高校生の早乙女有紀(さおとめゆき)は名前にコンプレックスのある高校生男子だ。 母親の真紀はシングルマザーで有紀を育て、彼は父親を知らないまま成長する。 しかし真紀は急逝し、葬儀が終わった晩に眠ってしまった有紀は目覚めるとそこは授業中の教室、しかも姿は真紀になり彼女の高校時代に来てしまった。 「あなたの父さんを探しなさい」という真紀の遺言を実行するため、有紀は母の親友の美沙と共に自分の父親捜しを始めるのだった。 果たして有紀は無事父親を探し出し元の身体に戻ることが出来るのだろうか?

薬膳茶寮・花橘のあやかし

秋澤えで
キャラ文芸
 「……ようこそ、薬膳茶寮・花橘へ。一時の休息と療養を提供しよう」  記憶を失い、夜の街を彷徨っていた女子高生咲良紅於。そんな彼女が黒いバイクの女性に拾われ連れてこられたのは、人や妖、果ては神がやってくる不思議な茶店だった。  薬膳茶寮花橘の世捨て人風の店主、送り狼の元OL、何百年と家を渡り歩く座敷童子。神に狸に怪物に次々と訪れる人外の客たち。  記憶喪失になった高校生、紅於が、薬膳茶寮で住み込みで働きながら、人や妖たちと交わり記憶を取り戻すまでの物語。 ************************* 既に完結しているため順次投稿していきます。

パイナップル番長 あるある川柳大全(中年童貞の世界)

パイナップル番長研究所
キャラ文芸
進学するように、時期がくれば、ある程度の努力で、自然とパートナーと巡り合えて初体験して結婚できると思っていたら、現実は甘くないのですね。 我が研究所は、20年以上にわたって、特殊生物パイナップル番長を研究してきました。 パイナップル番長とは、ずばり中年童貞を具現化した姿そのものです。 今回は、パイナップル番長を吐いた川柳の収集及び研究の成果を公表したいと思います。 中年童貞ならではの切なさや滑稽さを感じていただけましたら幸いです。

白狐神~小田原あやかしビジネスホテル―古上舞の作文―

天渡 香
キャラ文芸
『白狐の王子サマ』かもしれない、あやかしと人間とのハーフの住み込みバイト良治郎とともに、舞は、ホテルのオーナー代理として、ひと夏の体験をする。親の都合で転校することになった古上舞は、クラスに馴染めないまま一学期を終えた。夏休みに大叔父の手伝いをする事になり訪れてみれば、そこは、あやかしのお客様が宿泊するビジネスホテルだった!? 摩訶不思議な、あやかしのお客様たちと過ごした思い出。 +:-:+:-:+ 高校生の作文っぽい小説が書けないかな、と思って創作してみました(子供の作文とは、という事を考えていたのが着想です)。

よろず怪談御伽草子

十ノ葉
ホラー
七歳になったばかりの恵介は、ある日母親と大喧嘩して家を飛び出してしまう。 行く当てもなく途方に暮れた恵介は近所の古びた神社へ身を寄せた。 今日はここに泊まらせてもらおう・・・。 人気のない神社に心細さと不安を覚えるものの、絶対に家に帰るものかと意地になる彼の前に、何とも風変わりな人が現れて―――――!?

化け猫ミッケと黒い天使

ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。 そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。 彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。 次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。 そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

ちゅちゅん すずめのお宿

石田空
キャラ文芸
ある日カラスに突き回されていたすずめを助けた奥菜は、仕事のスランプで旅行しようとしていたところ、助けたすずめにお礼を言われる。 「助けていただいたすずめです。よろしかったらしばらくの間、滞在しませんか?」 それは現世と幽世の間につくられたすずめのお宿、幸福湯だった。 店主のすずめのあおじに上客としてもてなされることとなったものの……この宿にやってくる客、問題児しかいなくないか? 幸福湯にやってくる問題児にトラブル、ただ泊っているだけなのに巻き込まれる奥菜は、がなりながらもそれらに対処していく。 サイトより転載になります。

処理中です...