麻布十番の妖遊戯

酒処のん平

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第二話:霊 猫夜と犬飼

殺され方1

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 あたしを探しに外に出て来た飼い主の手には鎖が握られていて、犬に外に出ろと怒鳴っていました。犬は恐々外へ出ると飼い主の足元に顔をこすりつけました。蹴られないようにする手段でした。
 それなのにあの男は犬を蹴り飛ばしたんです。
 どんなに巨体でも人の力には敵いません。きゃんきゃん鳴く無抵抗な犬を蹴り飛ばし引きずり回したんです。
 気がすむと犬を外に置き去りにして家の中に入って行きました。

 あたしは犬が心配になり、屋根から飛び下りようとしたんです。でも犬はあたしがいるのをわかっていて、「ダメだ」と言いました。家の中から飼い主が外を見ている。あたしが来るのをじっと待ってるから来ちゃダメだとそう言ったんです。

 あたしはそのときに気づきました。
 死にそうになっているあたしを助けてエサを与えてくれた。元気になった。そして死なずにすんだ。でも目的がほかにあるんだと、すこぶる頭のいいあたしにはピンときました。
 だから犬は朝早くにあたしをこの家から追い出そうとしたんです。
 そうしないと自分のように虐められる。
 あたしのようなか弱き子猫は一瞬で殺されてしまう。
 だから、残りのエサを外に置いてくれて、どこかへ行けと言ったんだってわかって、そうなったら今度は犬が心配でどうにもこうにも離れられなくなりました。


「ちょっと待ってよ猫ちゃん」
 昭子が話を遮った。猫夜は昭子を見上げる。その無条件でかわいらしい顔に昭子は「はう」と声を漏らし、両の頬を餅のように膨らました。しかし、咳払いを一つ。気持ちを切り替える。

「さっきからワンちゃんのことを軽くディスってるじゃない。だったらワンちゃんのことには構わずにさっさとどこかへいなくなるのが普通じゃない? だって、その家十分に危ないじゃない。危険だわ。猫ちゃんだったら一人でもやっていけたと思うわ。でも猫ちゃんはなんでどこへも行かなかったの? 太郎、お酒」
「はいはい。酒ですね。で、昭子さんに付け足しますけど、ちょっと考えりゃ犬だって十分逃げられる時間も体力もあったただろうに」
 昭子に酒を注ぎながら太郎も持論を挟んだ。

「そこなんです。あたしたち猫は可愛い生き物なので、ちょっと猫なで声を出せばすぐにエサにありつけます。人間なんてチョロいもんです。でもね、生死を彷徨ったときに助けてくれた恩は絶対に忘れない生き物なんでございますよ。自分の命を助けてくれたということは、この命は一回死んだも同然、我が身を滅ぼしてでも助けてくれた主を助け返すのが猫の恩義ってもんなんです」
 犬飼も初めて聞いたようで、これには目をまん丸にして口をあんぐりと開けている。
 三人も、これはこれはと唸った。
 ただディスっているだけではなかったのだ。猫なりのやり方があったのだ。

「猫夜がそんなことを考えていたなんて今の今まで思わな、」
「頭が回らないからわからなかったんでしょう」
 犬飼のことばを猫夜が被せ気味に遮った。
 猫なりの照れなのかもしれないと昭子はひっそりと胸の内に思い、猫夜に一度ゆっくりめの瞬きを送る。もちろん軽く無視された。

「しかし」
 猫夜はこたつの上に置いた手をもじもじさせた。そして続ける。


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