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第二部 高校生編
就職を見越して自己分析(高1
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諸君、私は筋肉が好きだ。
そこから延々と語って『さあ諸君、マッスルを作るぞ』と締めることが出来るくらいには、筋肉が好きだ。
物凄く個人的な意見で申し訳ないのだが、やはり漢を上げるとくれば筋肉が最適だと思う。個人的な意見ではあるものの、科学的根拠もそこそこある。この真に驚くべき筋肉法を書いていくにはこの余白は狭すぎるので、今は割愛するが。
元々そんな尖った思想で始めたトレーニングではなかったが、努力というのは不思議なもので、当初は不純な動機で始めた努力も時間を重ねると段々真っ当な動機に精練されていくのだ。この動機が真っ当かはともかく。
しかし今の俺にはこの筋肉についてちょっとした悩みがある。
女性が絡まない問題など久しぶりだ。なんかそれはそれで嫌だな。
その悩みとは、筋肉の成長が一向に感じられないのだ。
筋肉とは限界以上に酷使されることによってその酷使に耐えられるだけの耐久力を備えるように成長する。元々の筋肉を凌駕する事からこの現象を『超回復』と呼ぶこともあるそうな。
筋トレの初心者はまず腕立て伏せや腹筋などの自重トレーニングで筋肉を発達させ、ある程度育ったところでダンベルなどの専用機材を用いてのトレーニングに移行する。注意点として成長期の間は自重トレーニングに留めておくこと。骨の成長を阻害するので身長が伸びなくなる。
要するに負荷を少しずつ上げていくのが筋トレのキモなのである。
重量物を昨日より少し簡単に持ち上げられるようになる成長の実感こそ醍醐味と言ってもいいのだが、ここ最近はその実感が全く得られない。
原因についてはおおよそ察しがついている。
また超能力の所為だろう。誰もいない時に試したのだが、設備内においてあるすべての重りをくっつけたバーベルを運ぶのに片手で済んだ。というか念力で持ち上げられたから、何なら片手もいらなかった。
これでは何の負荷も得られまい。
よって俺が筋トレの為に陸上部へ手伝いをする理由が無くなってしまったのである。
「ふう」
運動事に色々努力した覚えがあるが、超能力者になってしまったことでその努力の全てをフイにされた気分だ。
初めて肉体強化を使った時はその可能性に感動と興奮を覚えたものだが、今やただただ白けるだけ。
チートなどあっても、何も面白くない。
そんなものの介在しないピアノの方がよっぽど楽しいというものだ。
無様なボディなどなじみには見せられないので、体形維持に必要な最低限はやるつもりだが、もうそこまで執心する事もあるまい。
あるいは同じ超能力者というステージにいる夜狐あたりと競うなら、楽しいのかもしれないが。
「そこまで関わりたくないしなぁ・・・」
物思いに耽りながら歩いていくのは、陸上部顧問の先生の所だ。
入部しているわけでも、契約しているわけでもない以上、わざわざ言う必要もないのかもしれないが、少しの間とはいえ世話になったからには筋は通さなければなるまい。
「先生」
「うん? 安心院か。どうした」
「実はですね・・・」
俺は顧問の先生に手伝いを打ち切らせてもらう旨を伝えた。
流石に半年と続けたわけでもないのに効果が期待できないから、というのは妙だし、そうでなくとも勝手な印象を与えてしまうので、別の用事が出来たことを伝える。具体的な部分はプライバシーを盾に黙秘した。元から何もないのだから秘するも何もないのだが。
「そうか・・・割と助かっていたんだがな」
「すいません、一身上の都合で」
「いやなに、事情があるというのなら仕方ない。入部しているわけでもないし、一言断ってくれただけで十分だ」
という風に、割と円満に終わった。
信照については連絡先も交換済みなので困りはしないだろう。
いや、俺全然スマホ見ない人種だったな。まあそこは連絡不精の友人を持って苦労すると思ってもらおうではないか。尊いコラテラルダメージという奴だ。AMEN。
そういえば信照の主催するダブルデートは期末試験後になったらしい。
夏休みという学生の特権を存分に使って一泊二日を目論んでいるとか。
夏休みについてはどこかしらで実家に帰るつもりだったので、その予定をちょっとずらす事になってしまったが、まあ友人の頼みである。ここは身を削るとしよう。
期末試験と言えば。
中間試験の話を一切聞かないので、どうなっているのか軽く調べると、そもそもこの学校には中間試験が無かった。期末試験と普段の授業態度、課題の提出率で大体の成績が決まる方針らしい。
そんなんでいいのかとも思うが、こんな学校に入学してくるような奴はそこそこ勉強ができる。こまめにチェックする必要もあるまいという方針なのだろう。
校則というのは一定以上か一定以下だと緩く、その中間は妙に厳しいものと聞くが、鷹弓はその『一定以上』の方にカテゴライズされる学校という訳だ。
ともあれ、このシステム自体は歓迎だ。
やることやってれば結構自由が利くというのは俺個人としても都合がいい。
しかしこのシステムが不都合な人間・・・の様なものが一人というか一頭というか一体というか。
「だから、Xに代入しておく必要があったんですね」
「はえ~すっごい分かりやすい・・・」
天秤の人、渡辺君である。
なんでも彼は俺に接触するため派遣されてきたエージェントみたいなものらしいのだが、接触して引き抜いたらとっとと転校なりなんなりして消えるつもりだったらしい。
どうせ消えるし中間試験無いしで授業自体も真面目に受けておらず、その眼鏡面からは連想できないほど不真面目な生徒だったようだ。
ところが接触対象である俺が引き抜きを拒否した挙句、学校に留まるので彼も留まらざるを得ず・・・しかしとっとと消えるつもりだった彼はある程度の辻褄合わせ程度にしか勉強をしていなかった。
で、そんな彼が流石に不味いと辻褄合わせの勉強をするべく、こうして俺に泣きついてきたわけである。
「いやあ、真っ当な勉強なんてここ最近全然してないから助かるぜ」
「真っ当じゃない勉強ってなんだよ・・・おっと言わなくていいぞ。聞きたくもないからな」
「つれないねえ」
これで何かとんでもない秘密事項でも飛び出してきたら俺が火傷するだけなのだ。
愚かな好奇を忘れるというのも立派な危機管理になるものよ。
今やってるのは数学。
渡辺が持つ苦手科目の一つ・・・というか、理系科目全般苦手らしい。
そりゃまあ、超能力があればいくらでもひっくり返る世界である。モチベーションが上がらないのはわかる。人生はおろか、世界の役に立つかもわからない学問では馬鹿げていると思ってもおかしくはあるまい。
しかしその馬鹿げた学問というのが結構重要だったりするのだな。
どれだけ馬鹿げていても、意味が無くても、それに殉じて行動するというのが社会へ出るにあたっての必要事項なのだろう。
コミュニティを築いているかも怪しい、コイツラには分かりづらい感覚かもしれないが。
社会と言えば、俺は将来何の仕事をするだろう。
出来れば超能力をメインで使わない・・・補助程度には使うつもりだ・・・仕事が良い。
運動選手になって記録ぶち抜き、みたいなことをするのではなく、普通より有能ぐらいのポストに収まるのが一番美味しいところだ。
というかそもそも俺は何ができる?
運動分野は全部超能力で潰れるから無しにするとして・・・あとはピアノぐらいか? しかし音楽で食っていくなど、よほどのセンスが無ければ無理だろう。それがあるとも思えない。ましてクラシックなピアノでは。
一応肉体労働も可能っちゃ可能か? まあその辺の線引きは俺の匙加減一つだし、柔軟に行こう。
そういえば一応、他人の情報をすっぱ抜けるな。
もう全然使ってないから忘れがちだが、こいつは結構便利なんじゃないか?
いやしかしすっぱ抜く情報がエロ関連ばかりではなぁ・・・。
エロで思い出したが、俺って単純な技量で言うとセックスはどれくらい上手いんだろう。
超能力で『快感』という結果だけを取り出してしまうので、過程となる部分の技量がよくわからない。丁寧にやっているつもりではあるんだが。
結果だけを求めてはいない。結果だけを求めていると、近道をしたがるものだ。ヤル気も次第に失せていく。大切なのは真実に向かおうとする意志だと思っている。いつかはたどりつくだろう。向かっているわけだからな。
こんな良いセリフこんなシチュエーションで浪費したくなかったな。
「あ、それと護衛の日程は終業式の日な」
お前いきなりお前。
そこから延々と語って『さあ諸君、マッスルを作るぞ』と締めることが出来るくらいには、筋肉が好きだ。
物凄く個人的な意見で申し訳ないのだが、やはり漢を上げるとくれば筋肉が最適だと思う。個人的な意見ではあるものの、科学的根拠もそこそこある。この真に驚くべき筋肉法を書いていくにはこの余白は狭すぎるので、今は割愛するが。
元々そんな尖った思想で始めたトレーニングではなかったが、努力というのは不思議なもので、当初は不純な動機で始めた努力も時間を重ねると段々真っ当な動機に精練されていくのだ。この動機が真っ当かはともかく。
しかし今の俺にはこの筋肉についてちょっとした悩みがある。
女性が絡まない問題など久しぶりだ。なんかそれはそれで嫌だな。
その悩みとは、筋肉の成長が一向に感じられないのだ。
筋肉とは限界以上に酷使されることによってその酷使に耐えられるだけの耐久力を備えるように成長する。元々の筋肉を凌駕する事からこの現象を『超回復』と呼ぶこともあるそうな。
筋トレの初心者はまず腕立て伏せや腹筋などの自重トレーニングで筋肉を発達させ、ある程度育ったところでダンベルなどの専用機材を用いてのトレーニングに移行する。注意点として成長期の間は自重トレーニングに留めておくこと。骨の成長を阻害するので身長が伸びなくなる。
要するに負荷を少しずつ上げていくのが筋トレのキモなのである。
重量物を昨日より少し簡単に持ち上げられるようになる成長の実感こそ醍醐味と言ってもいいのだが、ここ最近はその実感が全く得られない。
原因についてはおおよそ察しがついている。
また超能力の所為だろう。誰もいない時に試したのだが、設備内においてあるすべての重りをくっつけたバーベルを運ぶのに片手で済んだ。というか念力で持ち上げられたから、何なら片手もいらなかった。
これでは何の負荷も得られまい。
よって俺が筋トレの為に陸上部へ手伝いをする理由が無くなってしまったのである。
「ふう」
運動事に色々努力した覚えがあるが、超能力者になってしまったことでその努力の全てをフイにされた気分だ。
初めて肉体強化を使った時はその可能性に感動と興奮を覚えたものだが、今やただただ白けるだけ。
チートなどあっても、何も面白くない。
そんなものの介在しないピアノの方がよっぽど楽しいというものだ。
無様なボディなどなじみには見せられないので、体形維持に必要な最低限はやるつもりだが、もうそこまで執心する事もあるまい。
あるいは同じ超能力者というステージにいる夜狐あたりと競うなら、楽しいのかもしれないが。
「そこまで関わりたくないしなぁ・・・」
物思いに耽りながら歩いていくのは、陸上部顧問の先生の所だ。
入部しているわけでも、契約しているわけでもない以上、わざわざ言う必要もないのかもしれないが、少しの間とはいえ世話になったからには筋は通さなければなるまい。
「先生」
「うん? 安心院か。どうした」
「実はですね・・・」
俺は顧問の先生に手伝いを打ち切らせてもらう旨を伝えた。
流石に半年と続けたわけでもないのに効果が期待できないから、というのは妙だし、そうでなくとも勝手な印象を与えてしまうので、別の用事が出来たことを伝える。具体的な部分はプライバシーを盾に黙秘した。元から何もないのだから秘するも何もないのだが。
「そうか・・・割と助かっていたんだがな」
「すいません、一身上の都合で」
「いやなに、事情があるというのなら仕方ない。入部しているわけでもないし、一言断ってくれただけで十分だ」
という風に、割と円満に終わった。
信照については連絡先も交換済みなので困りはしないだろう。
いや、俺全然スマホ見ない人種だったな。まあそこは連絡不精の友人を持って苦労すると思ってもらおうではないか。尊いコラテラルダメージという奴だ。AMEN。
そういえば信照の主催するダブルデートは期末試験後になったらしい。
夏休みという学生の特権を存分に使って一泊二日を目論んでいるとか。
夏休みについてはどこかしらで実家に帰るつもりだったので、その予定をちょっとずらす事になってしまったが、まあ友人の頼みである。ここは身を削るとしよう。
期末試験と言えば。
中間試験の話を一切聞かないので、どうなっているのか軽く調べると、そもそもこの学校には中間試験が無かった。期末試験と普段の授業態度、課題の提出率で大体の成績が決まる方針らしい。
そんなんでいいのかとも思うが、こんな学校に入学してくるような奴はそこそこ勉強ができる。こまめにチェックする必要もあるまいという方針なのだろう。
校則というのは一定以上か一定以下だと緩く、その中間は妙に厳しいものと聞くが、鷹弓はその『一定以上』の方にカテゴライズされる学校という訳だ。
ともあれ、このシステム自体は歓迎だ。
やることやってれば結構自由が利くというのは俺個人としても都合がいい。
しかしこのシステムが不都合な人間・・・の様なものが一人というか一頭というか一体というか。
「だから、Xに代入しておく必要があったんですね」
「はえ~すっごい分かりやすい・・・」
天秤の人、渡辺君である。
なんでも彼は俺に接触するため派遣されてきたエージェントみたいなものらしいのだが、接触して引き抜いたらとっとと転校なりなんなりして消えるつもりだったらしい。
どうせ消えるし中間試験無いしで授業自体も真面目に受けておらず、その眼鏡面からは連想できないほど不真面目な生徒だったようだ。
ところが接触対象である俺が引き抜きを拒否した挙句、学校に留まるので彼も留まらざるを得ず・・・しかしとっとと消えるつもりだった彼はある程度の辻褄合わせ程度にしか勉強をしていなかった。
で、そんな彼が流石に不味いと辻褄合わせの勉強をするべく、こうして俺に泣きついてきたわけである。
「いやあ、真っ当な勉強なんてここ最近全然してないから助かるぜ」
「真っ当じゃない勉強ってなんだよ・・・おっと言わなくていいぞ。聞きたくもないからな」
「つれないねえ」
これで何かとんでもない秘密事項でも飛び出してきたら俺が火傷するだけなのだ。
愚かな好奇を忘れるというのも立派な危機管理になるものよ。
今やってるのは数学。
渡辺が持つ苦手科目の一つ・・・というか、理系科目全般苦手らしい。
そりゃまあ、超能力があればいくらでもひっくり返る世界である。モチベーションが上がらないのはわかる。人生はおろか、世界の役に立つかもわからない学問では馬鹿げていると思ってもおかしくはあるまい。
しかしその馬鹿げた学問というのが結構重要だったりするのだな。
どれだけ馬鹿げていても、意味が無くても、それに殉じて行動するというのが社会へ出るにあたっての必要事項なのだろう。
コミュニティを築いているかも怪しい、コイツラには分かりづらい感覚かもしれないが。
社会と言えば、俺は将来何の仕事をするだろう。
出来れば超能力をメインで使わない・・・補助程度には使うつもりだ・・・仕事が良い。
運動選手になって記録ぶち抜き、みたいなことをするのではなく、普通より有能ぐらいのポストに収まるのが一番美味しいところだ。
というかそもそも俺は何ができる?
運動分野は全部超能力で潰れるから無しにするとして・・・あとはピアノぐらいか? しかし音楽で食っていくなど、よほどのセンスが無ければ無理だろう。それがあるとも思えない。ましてクラシックなピアノでは。
一応肉体労働も可能っちゃ可能か? まあその辺の線引きは俺の匙加減一つだし、柔軟に行こう。
そういえば一応、他人の情報をすっぱ抜けるな。
もう全然使ってないから忘れがちだが、こいつは結構便利なんじゃないか?
いやしかしすっぱ抜く情報がエロ関連ばかりではなぁ・・・。
エロで思い出したが、俺って単純な技量で言うとセックスはどれくらい上手いんだろう。
超能力で『快感』という結果だけを取り出してしまうので、過程となる部分の技量がよくわからない。丁寧にやっているつもりではあるんだが。
結果だけを求めてはいない。結果だけを求めていると、近道をしたがるものだ。ヤル気も次第に失せていく。大切なのは真実に向かおうとする意志だと思っている。いつかはたどりつくだろう。向かっているわけだからな。
こんな良いセリフこんなシチュエーションで浪費したくなかったな。
「あ、それと護衛の日程は終業式の日な」
お前いきなりお前。
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