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第二部 高校生編

原点回帰と書いて、オーバードライブと読ませたい

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「今日は私がするね」

 ベッドに運ばれたなじみは、その上で俺に抱き着きながらそういった。

「珍しいな」
「ケーくんなんだか疲れてるみたいだし」

 確かに微と雄大に挟まれて生まれる心労はなかなかのものだった。
 それについては渡辺とゲームして多少紛れたと思っていたし、そもそもなじみには隠しているつもりだったのだが、そんなちゃちな嘘が通じる様な間柄ではなかった。今更か。

「それじゃ、お願いしようかな」
「うん」

 グッと押し付けられたなじみの体重に逆らわず、ベッドに倒れこむ。

 そこからなじみは、どうしてか動かない。

「なじみ?」
「・・・うん、やっぱり、私ってケーくんの事大好き」
「いきなりだな」
「ケーくんは違う?」
「俺もなじみの事は大好きだが」
「でしょ? こうやって抱き着いてるだけで、こんなに幸せになれるんだもん」
「ああ、そうだな」

 重量感のあるなじみの胸ごと抱き締め、額にキスをする。
 ほにゃりと零れる笑顔が何より愛おしい。

「ケーくん、ケーくん」

 何度も何度も繰り返し呼び続けるのは、不安の表れだろうか。

「なじみ、そんなに呼ばなくてもずっとここにいるぞ。ずっとお前の傍にいる」
「うん・・・居るよね。大丈夫、だよね?」
「大丈夫。俺は執念深い事には一家言あってな。なじみが嫌と言っても傍にいるぞ」
「仁科さんに、呼ばれても?」

 その問いかけをしてきたときのなじみの表情は不安げで、瞳が澱んでいるのが強く印象に残っている。
 幼子が駄々をこねた後、親に愛想を尽かされていないかと不安がるような。

 盲目的なまでの信仰。
 他者、というか俺に依存しきった縋りつく眼差し。

 それを見て俺は・・・下品なんだが・・・その・・・。

 『勃起』・・・しちゃいましてね。

「あっ・・・おっきく・・・」
「ああ・・・いいぞなじみ・・・その目、その表情かお、その心意気」

 依存している。
 なじみが、俺に。

 見よ、彼女を。

 なじみ以外の全ての女をチープな贋作の様に思わせてしまう美貌。
 劣情を催されるために配置された無駄のない贅肉。
 抱きしめて感ぜられる肉の感触たるや、もうこれ以外では満足できない。

 そんな世界一美しい女性が、俺と言う個人に依存しきってる。
 こんなに興奮することが他にあるだろうか。

 起き上がる俺の男根の感触で、こんな喜悦を見せるなんて。

「やっぱりお前は最高だ」
「ああ・・・やったぁ・・・」

 依存が薄れ、恍惚とした表情だけが残る。
 闇の底から一挙に光の海へ変遷した瞳は、元の闇が深い程に鮮烈な光を感じる。

 落として上げる。

 恋愛の基本テクらしいが・・・多分こういう意味ではない。

 しかしまるで、自分が神か何かにでもなったような気分だ。
 なじみと言う信者を思うが儘に出来るのだから。

 徹底的に落としてからドロドロに甘やかしたら、本当に可愛いんだろうなぁ。

「ケーくんが、私を・・・まるで玩具みたいに見てる・・・」

 その邪念が伝わったか、なじみはそういった。
 だが、そのセリフの中に否定の感情は一切含まれていなかった。

「私の全部がケーくんの玩具になるの? そんなの、私・・・」

 もはや狂気にまで至った感情で答える。

「嬉しすぎて死んじゃう・・・」

 圧倒的な、狂的な、病的な。
 愉悦をもって。

「可愛いなぁ、なじみ。お前は本当に可愛いよ」
「えへへ、ケーくんにかわいいって言われちゃった」
「好きな子には意地悪したくなるというらしいが、結構本当かもしれん」
「・・・ケーくん、意地悪したいの? どんなの?」

 いざそう聞かれて、ハッとした。

 イカンイカン。
 本気でそんなことしたらいよいよもってやべーぞ。

 なじみには常に笑顔でいてもらいたい。

 いくら後で可愛がるからとて、意図的に『沈める』なんて考えるとは。
 俺も随分焼きが回ったらしい。

「どうしたの?」

 俺の沈黙を見て取り、なじみは追って問うてきた。
 もうそこに不安な色はなく、ただ疑問を浮かべた顔は健全そのもの。

 全く・・・いよいよ度し難い。
 そうだ、この顔だ。この幸せ中にいる表情。
 これを守るのが俺の男としての使命。自ら壊すなど、自己存在の否定に近い。

「いや、ちょっとアイデンティティの崩壊を迎えてな」
「なんで今のやり取りで哲学を・・・?」
「さあ、俺にもよく分からん」

 実際に口に出したとして、なじみはどう感じるだろうか。
 いつもの様に受け入れる? 恐怖して愛想を尽かす?

 可能であれば前者であってほしい。しかし後者を選んだ方がなじみにとっての幸せになるのなら、俺は喜んで愛想を尽かされよう。

 いや、見栄を張った。

 本当は三日三晩泣くだろう。思いつめた末に首すら括るかもしれない。
 表面上は喜んで幸福を追い求めるなじみを見送り、裏でその幸せを供給できぬ己が無力に腹を切るだろう。

 ああそうだ、それでいい。

 なじみにとっての幸福ジェネレーター。
 それが俺の目指すべき本質。

 そうあれかし。

「なじみはどうだ」
「何が?」
「なじみのアイデンティティーだよ。これがある限り自分である、これこそが自分であると誇れる何か。そういうのはあるか」
「うーん」

 自分でも卑怯な質問だと思う。
 言うまでもなく、問うまでもない。わかり切った答え。
 それでも確認せずにはいられない。

「私のアイデンティティーは」

 次に歪む唇の形で。
 音になる前の音で。

 その返答のおおよそがわかる。

「ケーくんへの、愛」

 ほら、予想の通りだ。
 なじみならそういうだろうと分かったうえで聞いたのだから。
 嘘がない事も手に取るようにわかる。

「ケーくんの全てを受け入れて、私の全てを捧げる。それが私のアイデンティティー、かな」
「他人に依存した自己、か。なんとも不安だな」
「不安なんてないよ、なにも」

 なじみが浮かべた笑みに男を惑わす芳香はなく、ただすべてを受け入れる聖母の様な慈愛が、俺だけに注がれていた。

「だって、ケーくんだもん。私の全部をあげても釣り合いなんて取れない様な人。ケーくんの行いの全てが、そのまま私の幸せになる様な人。捧げて、理解して、受け入れて、依存して。そうしたら私は幸せになれるって確信してる。だから不安なんてない」
「・・・そうか」

 ドロドロの闇など一切ない、純粋無垢な瞳。
 さしずめ『子供はどうやって作るの?』と問う子供の様。

 ちゅ、と額にキスをする。

「わ、どうしたの」

 愛しさが溢れてキスをしてしまったが、なじみに溢れさせた自覚はないらしい。

「どうもこうも、やっぱり俺もなじみが大好きだと思っただけさ」
「あは、両想いだね、私達」
「嬉しい?」
「最高に」

 更に俺の体をよじ登って顔に近づくなじみ。

 キスの着地点は額から唇に移り変わり、ぷにぷにの唇が触れる。

 体ではなく首を抱きしめ、時折角度も変えてキスを繰り返す。
 最初の頃は城壁を連想させた唇も、今や三ツ星ホテルの様に俺を歓迎する。

 しかし三ツ星が三ツ星たる所以は入り口での歓迎ではない。
 そこから入った全てが最上級の供応を行うからこその三ツ星。

 ゆっくりと開くなじみの唇にこちらは焦れてしまうが、なじみは瞳だけで『まだ駄目』と焦らしてくる。

 そうして開いた唇の先で俺となじみの舌が邂逅し、互いに纏わりつく唾液を相手にも纏わりつかせる。
 グニグニ動き、ヌルヌルと擦れる舌に二人の体はゆっくりと高ぶり・・・。

 なじみが数度痙攣したのを機に、キスが終わる。

 唾液が空中でアーチを作り、重力のままにほどけて俺の鎖骨に落ちる。

 ほわほわの幸せオーラに包まれたなじみと体の場所を入れ替え、ベッドに組み敷く。

 水曜日は、まだ終わらない。
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