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第二部 高校生編

二泊三日が二話で終わるサクサクテンポ

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 『遥けき空に~東雲の~』

「はいもしもし」
「なんだ今の着信音」

 突如として鳴り響いた着信音に反応して電話を取る。
 なんだ、ちゃんと使う機会もあるじゃないか。

『もしもしケーくん? 今大丈夫?』

 電話の主はなじみだった。
 まあそらそうか。他に掛けてくる相手もいないし。

「ああお前か、どうしたいきなり」
『ごめんねこんな時間に。今周りに誰かいる?』
「ああ、ルームメイトが二人いるが」
『そう・・・何か話してたの?』
「そりゃあ・・・」

 ふっと目線を向けると二人は『ありのまま話すなよ』と凄い眼力とジェスチャーで伝えてきた。

「ベッドが二つしかないんで、誰が敷布団を使うか言い合っていたんだ。その途中」
『そうなんだ、水差しちゃったかな?』
「いや? むしろヒートアップし過ぎていたからちょうどいい」

 この余所余所しい感じ、多分なじみの周りにも誰かいるな。
 順当に考えればルームメイトなのだろうが・・・。

「それで、要件とは?」
『その・・・これから、中庭の一本杉まで来てくれない?』

 ふむ。
 なんというか・・・意図がわからんな。
 今更感が強すぎる。

「・・・ああ、わかった。一本杉だな」
『うん、待ってる、ね』

 電話を切る。

「安心院お前・・・」
「一本杉って・・・」
「ああ・・・」

 一本杉の一言だけで大体察したルームメイト二名は、まるで裏切り者を見るかのような目でこちらを見ていた。

「まあ、勝ち誇らせてもらおうかな?」

 めっちゃ怒られた。



 女性という生き物は敏感なもので、他人の視線が大体わかるのだという。
 視線にどんな物理的圧力が存在するのか、俺の知る限りでは現行科学で解明されていないはずだが、それでも感じ取れるのだとか。

 なので胸の大きな女性や露出の多い女性をチラチラと見てしまう男性諸君の視線もまた丸わかりであるという事らしい。
 前者はともかく、後者は露出してる方が悪くね? と思わんでもないのだが、こういう言い合いで男が勝利することは原理的に不可能なので諦めよう。

 翻って男性はそういう視線の疎いのかもしれない。

 だからこそ『視線の分かる感覚』が分からなくてチラ見してしまう。

 とはいえ、だ。
 そんな男である俺でも、今自分に集中する大量の視線は手に取るように分かった。

 手狭な中庭。
 そこに直立する一本杉。
 そしてその下に佇むなじみと、そこへ歩み寄る俺。

 ここから見えるほぼすべての窓にカーテンが引いてあるが、その間から視線を通しているのがよくわかる。

「おうい、来たぞ」
「あ、来た来た。ごめんねいきなり」

 非常に遠いので、まあ会話内容はバレないだろう。
 唇を読めるやつにしたって、この距離では難しいはず。

「全くだ。しかしなんで今更告白なんて?」
「いい機会だから、もう公開しよっかなって」
「いい機会、ね・・・」

 まあ、浮気相手を誘引する必要は実際ないだろう。
 微がそういう存在になってしまったし、なじみとしても一回手放すような真似をすることが思ったより嫌というのは前にも聞いた。

「私も部活とかで妙に言い寄られるし、ケーくんだって0じゃないでしょ?」
「・・・そうとわかるような奴は一人もいなかったが」
「ありゃ? ケーくんいいなって人結構見たんだけどなぁ」

 どっかで無意識にフラグをぶっ壊していたのだろうか。

「まあいいや。そういうのうざったいから公認カップルになったら完璧じゃない? 色々隠すのめんどくさくなってきたし、思ったより多いし」
「俺は別にかまわないが」
「ありがとう。じゃあ・・・ケーくん、私と付き合ってください」

 なじみが頭を下げて手をこちらに伸ばす。
 数秒だけ溜めて、その手を取る。

「こちらこそ、よろしく」

 なじみは恐々と頭を上げて、にこりと笑った。

「うん、ありがとうね。ケーくん」
「よし、茶番終わり」
「ええ・・・ケーくんがいうの? それ」
「どっちかが言わないと終わらないんだから、しょうがのいじょのいこ」

 二人そろって宿舎の入口へ戻る。

「電話の時周りに誰かいた?」
「うん、ルームメイトの子が二人。話してる最中に恋バナが盛り上がっちゃって、蝶ヶ崎さん告白しちゃいなよって流れ」
「それでついでに公開カップルになって色々な面倒を省こうと。しかしお前、俺の事なんて言ったんだ?」
「幼稚園の頃からの幼馴染で、高校入ってから疎遠。小1ぐらいから好きだった」
「うーん、俺でも告白しろっていうわ」

 そしてとっととケリつけろって言うわ。

「というか高校入ってから付き合い始めたんじゃないか」
「そりゃ嘘言わないと色々ダメじゃん?」
「まあ・・・そうか、そうだな」

 ベルトで尻引っ叩くプレイしましたなんて言えないわな。
 どっちがどっちかに関わらず。

「というか私視点では中2くらいから付き合ってるつもりだった」
「・・・そういやなんかスキンシップ増えたのってそれぐらいか」

 それまでも結構な頻度だったが。

「でも告白って何回してもいいね。ごっこなのにドキドキしちゃった」
「『好き』って伝えて、受け入れられるのはやっぱりうれしいものだろうからな」
「そーいえばケーくんから『好き』って言われてないなー?」
「・・・好きだよ、なじみ」
「私も大好き!」

 その時浮かべたなじみの笑顔は本当に綺麗だった。
 またドキドキしてしまうくらいに。

「じゃあね! 合宿終わりに」
「ああ、終わったらな」

 そうして宿舎に戻った。



「どじゃあああん」

 そういって入室した俺に襲い掛かってきたのは、あまりにも流麗な回し蹴りであった。

「あっぶなッ!」
「この真っ黒いクレバスがッ!」
「吐き気を催す邪悪とはッ!」

 それらの攻撃をすべて回避して入室する。

「避けんな!」
「避けるわ。なんだいきなり」
「蝶ヶ崎なじみという華に手を出した罪・・・万死に値する」

 その理屈だと俺は30万回程死ぬ必要があるが。

「そんな恨みつらみを押し付けられてもな・・・」
「ここから話す事はとても重要な事だ。それだけを話す。わたしの行動は『私利私欲』でやった事ではない。『彼女』が欲しいだとかお前を『成敗』するために『回し蹴りの技』を手に入れたのではない」
「しらねーよ」
「我らが心と行動に一点の曇りなし・・・! 全てが『正義』だ」
「そんな正義まかり通って溜まるか」

 あとお前らどんだけジョジョ好きなんだ。

「ていうかなんで知ってるの?」
「クラスのラインで回って来てるぞ」
「マジ?」

 オフにしておいた通知を見ると大量の未読メッセが。

「うわマジだ・・・」
「お前はこれから数多の男子から干されることとなろう」
「楽しみにしておけ」
「じゃあ干された分だけいちゃつくわ」
「なあ安心院、連絡先交換しようや」

 掌くるっくるワイパーやんけお前。

「さて、ここからは同室になることのできた俺たち二人の特権だ」
「ああ、正直全員が気になってるところだろうしな」
「何が?」
「馴れ初め」
「蝶ヶ崎さんに好意を抱かれた理由、思い当たる節、洗いざらい吐いてもらおうか」
「今夜は眠らせないゾ☆」
「男に言われたくないセリフだな」

 こうして俺はなじみのとの関係性を洗いざらい吐くことになった。
 多少脚色はしたが、結果としてはなじみと口裏を合わせたかのようになった。



 三日目。

 講堂に集められた文系コースの俺たちは、またも山の様なプリントを目の前にしていた。

 原稿用紙ではない。
 とにかく大量の諺、慣用句、比喩、故事成語がずらずらと並べられたプリントである。

 そしてその隣には広辞苑第7版。

「意味を書け。知らないなら広辞苑で調べろ。終わったやつから帰投準備。でははじめ」

 昨日と比べると本当に地味で、作業染みた時間が始まった。



「お、終わった・・・」

 昨日は脳みそを絞り出した気分だが、今日は筋肉を絞り出した気分だ。

 部屋で帰る準備を始める。
 二泊過ごしたこの部屋とももうお別れだ。

 正直大した思い出はないのでさっさと帰りたい。
 帰ってなじみとくっつきたい。
 毎晩隣が寂しくて寂しくて。

「あの時の笑顔が妙に綺麗だったのはそのせいもあるんだろうか」

 そんなことを考えてしまう。
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