十年越しの溺愛は、指先に甘い星を降らす

和泉杏咲

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おまけ第1章 天国への指輪 〜父との別れの日、彼は私を永遠に捕えた〜

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こうして、私と理玖はその日の内に全部の事情を父親に話した。
父親は、最初は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、すぐにこう言った。

「この人は、ちゃんと君を愛してくれる人だね」

ああそうか。
私の選択は、ギリギリまで父にとっては正しくなかったのか、とこの時ちゃんと気づくことができた。
私からは「そうだよ」とは言いづらかったが

「はい!美空さんを10年間探してました」

理玖が私の肩を抱き寄せながら宣言した。
どうしてこの人は、聞いているだけで体が熱くなるような言葉を選ぶのが上手なんだろう。

「おい、こんな人がいたのにどうして中野さんと婚約したんだ?」

と、父親は何とも返しづらい質問をしてきた。

「それ……は……」

言えるわけがない。
あなたに安心して天国に行ってほしくて、適当に婚活しようと思っていたところ、乗ってくれただけ……だなんて。

「そういえば、お義父さん、お義母さんとの結婚指輪のことですが……」
「ああ……」
「美空さんから聞きました」

理玖は私が預けた、父と母の指輪を取り出した。

「これで、身につけられるはずですが……試してもらってもいいですか?」
「ほ、本当か……!?」

父親は、病気のせいで指輪が浮腫んでしまい、母との結婚指輪をつけることが出来なくなっていた。
何度かサイズを変えようと私が提案しても

「母さんと交換したままで残しておきたい」

と、断られ続けていた。
でも、私は……火葬で一緒に燃やすことができなくても、せめてお葬式の時に身につけて天国に行ってほしいと思っていた。
母と同じように……。
だから、理玖に直してもらいたいと思ったのだ。

「どうぞ、つけてみてください」
「ほ、本当にもう1度つけられるのか?」
「大丈夫です」

私と父親はアイコンタクトで頷く。

「美空。母さんの代わりにつけてくれないか?」

泣きそうな顔で父親が言うので、私も泣きそうになりながらまた頷く。
それから、理玖から指輪を受け取り、母親の代わりと言う重大ミッションを務めた。

父親の薬指に指輪をはめる。
それだけが、こんなに緊張するなんて。

「ピッタリだ……」

父親は、「もう枯れた」と言ってしばらく見せなかった涙を見せてくれた。

「これで、母さんにあっちで怒られない」
「お母さんは怒るってキャラじゃないでしょう」
「いや、ああ見えて母さんは怖かったんだ。……理玖くん」
「はい」
「君なら分かるんじゃないか?美空は母さんによく似ているから」
「否定はしません」
「否定しろ!」

父親は何度も理玖に直してもらった指輪を触りながら

「懐かしい。本当に。あの頃はこの指輪があるだけで母さんと一生一緒にいられる気になっていたよ」

その言葉の意味には、母親が病気ですぐに死んでしまったことが含まれているのだろう。

「理玖くん」
「はい」
「君は……いい仕事に就いたね。思い出を紡ぎ、残し、繋げる……。君のおかげで、私は再びあの日に戻れた気がしたよ」
「美空さんのおかげです」

理玖は、私の肩を抱く手に力を込めてきた。

「美空さんは俺の人生そのものです。その指輪に誓います。お義父さん。どうかこの先、俺に美空さんを守る権利をください」

父親は、理玖のもう片方の手をしっかり握ってから、また涙を溢れさせながら

「ありがとう。私は、最後に君に会えて幸せだ。美空を……よろしく」



これが、父親の最期の言葉になった。
それからすぐ、父親は少しだけ苦しんだかと思うと、眠るように息を引き取った。
火葬の時、本当は父親の指から指輪を外すのは嫌だったけれど、葬儀社の方からダメと言われていたので、仕方がなく抜き取った。
代わりに理玖の機転で、紙で作った全く同じデザインの指輪を2つ棺に入れた。
1つは父親の左薬指に。そしてもう1つは父親の手の中に。

向こうで母親に会えたらすぐに母親に渡せるように。


「理玖」
「ん?」

私たちは、父親の火葬が終わるまでの間、煙突を眺めていた。

「お父さんを最後幸せにしてくれてありがとう」
「それを言うなら、俺だって……お前が俺のところに戻ってくるきっかけをくれて……お義父さんには感謝しかないよ」
「うん……そうだね……」

もう2度と会わないと思っていた。
巡り合わないと思っていた。
でも、まるで指輪の円のように縁が再び繋がった。
それが一体どれだけの奇跡か。
そんなことを考えながら、理玖からもらった指輪を見つめていると

「美空、こっち向いて」
「ん?」

ちゅっと、軽いキスを理玖から落とされた。

「ちょっ……理玖!?」
「いや、誓いをするのに良いチャンスだと思って」
「え!?」
「綺麗な空も、広がってるしな」

そう言うと、理玖は私の指輪をしている左手を取りながら、指輪を渡してきた。

「これ……は……?」
「俺のだ」
「え?」
「お前とお揃いで作ってみた」

確かに私が作ってもらった指輪と、ほとんどデザインは同じだったが、理玖の指に似合うような工夫を施されていた。

「お前の手で、つけてほしい」
「……この指輪をつけたら、もう逃げられないと思うけど?」
「逃げたお前を捕まえる以上に大変なことはないよ」

そう言うと、理玖は自分の左手を私の前に差し出した。

「理玖。次の指輪は私がまたデザインしてもいい?」

私はそう言いながら、理玖の左薬指に指輪を通した。
それからすぐ、理玖は私を

「これでもう逃げられない」

と囁きながら強く抱きしめてきた。
その瞬間、風がサラッと私の頭を撫でた。
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