61 / 71
おまけ第1章 天国への指輪 〜父との別れの日、彼は私を永遠に捕えた〜
しおりを挟む
こうして、私と理玖はその日の内に全部の事情を父親に話した。
父親は、最初は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、すぐにこう言った。
「この人は、ちゃんと君を愛してくれる人だね」
ああそうか。
私の選択は、ギリギリまで父にとっては正しくなかったのか、とこの時ちゃんと気づくことができた。
私からは「そうだよ」とは言いづらかったが
「はい!美空さんを10年間探してました」
理玖が私の肩を抱き寄せながら宣言した。
どうしてこの人は、聞いているだけで体が熱くなるような言葉を選ぶのが上手なんだろう。
「おい、こんな人がいたのにどうして中野さんと婚約したんだ?」
と、父親は何とも返しづらい質問をしてきた。
「それ……は……」
言えるわけがない。
あなたに安心して天国に行ってほしくて、適当に婚活しようと思っていたところ、乗ってくれただけ……だなんて。
「そういえば、お義父さん、お義母さんとの結婚指輪のことですが……」
「ああ……」
「美空さんから聞きました」
理玖は私が預けた、父と母の指輪を取り出した。
「これで、身につけられるはずですが……試してもらってもいいですか?」
「ほ、本当か……!?」
父親は、病気のせいで指輪が浮腫んでしまい、母との結婚指輪をつけることが出来なくなっていた。
何度かサイズを変えようと私が提案しても
「母さんと交換したままで残しておきたい」
と、断られ続けていた。
でも、私は……火葬で一緒に燃やすことができなくても、せめてお葬式の時に身につけて天国に行ってほしいと思っていた。
母と同じように……。
だから、理玖に直してもらいたいと思ったのだ。
「どうぞ、つけてみてください」
「ほ、本当にもう1度つけられるのか?」
「大丈夫です」
私と父親はアイコンタクトで頷く。
「美空。母さんの代わりにつけてくれないか?」
泣きそうな顔で父親が言うので、私も泣きそうになりながらまた頷く。
それから、理玖から指輪を受け取り、母親の代わりと言う重大ミッションを務めた。
父親の薬指に指輪をはめる。
それだけが、こんなに緊張するなんて。
「ピッタリだ……」
父親は、「もう枯れた」と言ってしばらく見せなかった涙を見せてくれた。
「これで、母さんにあっちで怒られない」
「お母さんは怒るってキャラじゃないでしょう」
「いや、ああ見えて母さんは怖かったんだ。……理玖くん」
「はい」
「君なら分かるんじゃないか?美空は母さんによく似ているから」
「否定はしません」
「否定しろ!」
父親は何度も理玖に直してもらった指輪を触りながら
「懐かしい。本当に。あの頃はこの指輪があるだけで母さんと一生一緒にいられる気になっていたよ」
その言葉の意味には、母親が病気ですぐに死んでしまったことが含まれているのだろう。
「理玖くん」
「はい」
「君は……いい仕事に就いたね。思い出を紡ぎ、残し、繋げる……。君のおかげで、私は再びあの日に戻れた気がしたよ」
「美空さんのおかげです」
理玖は、私の肩を抱く手に力を込めてきた。
「美空さんは俺の人生そのものです。その指輪に誓います。お義父さん。どうかこの先、俺に美空さんを守る権利をください」
父親は、理玖のもう片方の手をしっかり握ってから、また涙を溢れさせながら
「ありがとう。私は、最後に君に会えて幸せだ。美空を……よろしく」
これが、父親の最期の言葉になった。
それからすぐ、父親は少しだけ苦しんだかと思うと、眠るように息を引き取った。
火葬の時、本当は父親の指から指輪を外すのは嫌だったけれど、葬儀社の方からダメと言われていたので、仕方がなく抜き取った。
代わりに理玖の機転で、紙で作った全く同じデザインの指輪を2つ棺に入れた。
1つは父親の左薬指に。そしてもう1つは父親の手の中に。
向こうで母親に会えたらすぐに母親に渡せるように。
「理玖」
「ん?」
私たちは、父親の火葬が終わるまでの間、煙突を眺めていた。
「お父さんを最後幸せにしてくれてありがとう」
「それを言うなら、俺だって……お前が俺のところに戻ってくるきっかけをくれて……お義父さんには感謝しかないよ」
「うん……そうだね……」
もう2度と会わないと思っていた。
巡り合わないと思っていた。
でも、まるで指輪の円のように縁が再び繋がった。
それが一体どれだけの奇跡か。
そんなことを考えながら、理玖からもらった指輪を見つめていると
「美空、こっち向いて」
「ん?」
ちゅっと、軽いキスを理玖から落とされた。
「ちょっ……理玖!?」
「いや、誓いをするのに良いチャンスだと思って」
「え!?」
「綺麗な空も、広がってるしな」
そう言うと、理玖は私の指輪をしている左手を取りながら、指輪を渡してきた。
「これ……は……?」
「俺のだ」
「え?」
「お前とお揃いで作ってみた」
確かに私が作ってもらった指輪と、ほとんどデザインは同じだったが、理玖の指に似合うような工夫を施されていた。
「お前の手で、つけてほしい」
「……この指輪をつけたら、もう逃げられないと思うけど?」
「逃げたお前を捕まえる以上に大変なことはないよ」
そう言うと、理玖は自分の左手を私の前に差し出した。
「理玖。次の指輪は私がまたデザインしてもいい?」
私はそう言いながら、理玖の左薬指に指輪を通した。
それからすぐ、理玖は私を
「これでもう逃げられない」
と囁きながら強く抱きしめてきた。
その瞬間、風がサラッと私の頭を撫でた。
父親は、最初は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、すぐにこう言った。
「この人は、ちゃんと君を愛してくれる人だね」
ああそうか。
私の選択は、ギリギリまで父にとっては正しくなかったのか、とこの時ちゃんと気づくことができた。
私からは「そうだよ」とは言いづらかったが
「はい!美空さんを10年間探してました」
理玖が私の肩を抱き寄せながら宣言した。
どうしてこの人は、聞いているだけで体が熱くなるような言葉を選ぶのが上手なんだろう。
「おい、こんな人がいたのにどうして中野さんと婚約したんだ?」
と、父親は何とも返しづらい質問をしてきた。
「それ……は……」
言えるわけがない。
あなたに安心して天国に行ってほしくて、適当に婚活しようと思っていたところ、乗ってくれただけ……だなんて。
「そういえば、お義父さん、お義母さんとの結婚指輪のことですが……」
「ああ……」
「美空さんから聞きました」
理玖は私が預けた、父と母の指輪を取り出した。
「これで、身につけられるはずですが……試してもらってもいいですか?」
「ほ、本当か……!?」
父親は、病気のせいで指輪が浮腫んでしまい、母との結婚指輪をつけることが出来なくなっていた。
何度かサイズを変えようと私が提案しても
「母さんと交換したままで残しておきたい」
と、断られ続けていた。
でも、私は……火葬で一緒に燃やすことができなくても、せめてお葬式の時に身につけて天国に行ってほしいと思っていた。
母と同じように……。
だから、理玖に直してもらいたいと思ったのだ。
「どうぞ、つけてみてください」
「ほ、本当にもう1度つけられるのか?」
「大丈夫です」
私と父親はアイコンタクトで頷く。
「美空。母さんの代わりにつけてくれないか?」
泣きそうな顔で父親が言うので、私も泣きそうになりながらまた頷く。
それから、理玖から指輪を受け取り、母親の代わりと言う重大ミッションを務めた。
父親の薬指に指輪をはめる。
それだけが、こんなに緊張するなんて。
「ピッタリだ……」
父親は、「もう枯れた」と言ってしばらく見せなかった涙を見せてくれた。
「これで、母さんにあっちで怒られない」
「お母さんは怒るってキャラじゃないでしょう」
「いや、ああ見えて母さんは怖かったんだ。……理玖くん」
「はい」
「君なら分かるんじゃないか?美空は母さんによく似ているから」
「否定はしません」
「否定しろ!」
父親は何度も理玖に直してもらった指輪を触りながら
「懐かしい。本当に。あの頃はこの指輪があるだけで母さんと一生一緒にいられる気になっていたよ」
その言葉の意味には、母親が病気ですぐに死んでしまったことが含まれているのだろう。
「理玖くん」
「はい」
「君は……いい仕事に就いたね。思い出を紡ぎ、残し、繋げる……。君のおかげで、私は再びあの日に戻れた気がしたよ」
「美空さんのおかげです」
理玖は、私の肩を抱く手に力を込めてきた。
「美空さんは俺の人生そのものです。その指輪に誓います。お義父さん。どうかこの先、俺に美空さんを守る権利をください」
父親は、理玖のもう片方の手をしっかり握ってから、また涙を溢れさせながら
「ありがとう。私は、最後に君に会えて幸せだ。美空を……よろしく」
これが、父親の最期の言葉になった。
それからすぐ、父親は少しだけ苦しんだかと思うと、眠るように息を引き取った。
火葬の時、本当は父親の指から指輪を外すのは嫌だったけれど、葬儀社の方からダメと言われていたので、仕方がなく抜き取った。
代わりに理玖の機転で、紙で作った全く同じデザインの指輪を2つ棺に入れた。
1つは父親の左薬指に。そしてもう1つは父親の手の中に。
向こうで母親に会えたらすぐに母親に渡せるように。
「理玖」
「ん?」
私たちは、父親の火葬が終わるまでの間、煙突を眺めていた。
「お父さんを最後幸せにしてくれてありがとう」
「それを言うなら、俺だって……お前が俺のところに戻ってくるきっかけをくれて……お義父さんには感謝しかないよ」
「うん……そうだね……」
もう2度と会わないと思っていた。
巡り合わないと思っていた。
でも、まるで指輪の円のように縁が再び繋がった。
それが一体どれだけの奇跡か。
そんなことを考えながら、理玖からもらった指輪を見つめていると
「美空、こっち向いて」
「ん?」
ちゅっと、軽いキスを理玖から落とされた。
「ちょっ……理玖!?」
「いや、誓いをするのに良いチャンスだと思って」
「え!?」
「綺麗な空も、広がってるしな」
そう言うと、理玖は私の指輪をしている左手を取りながら、指輪を渡してきた。
「これ……は……?」
「俺のだ」
「え?」
「お前とお揃いで作ってみた」
確かに私が作ってもらった指輪と、ほとんどデザインは同じだったが、理玖の指に似合うような工夫を施されていた。
「お前の手で、つけてほしい」
「……この指輪をつけたら、もう逃げられないと思うけど?」
「逃げたお前を捕まえる以上に大変なことはないよ」
そう言うと、理玖は自分の左手を私の前に差し出した。
「理玖。次の指輪は私がまたデザインしてもいい?」
私はそう言いながら、理玖の左薬指に指輪を通した。
それからすぐ、理玖は私を
「これでもう逃げられない」
と囁きながら強く抱きしめてきた。
その瞬間、風がサラッと私の頭を撫でた。
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~
けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。
してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。
そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる…
ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。
有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。
美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。
真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。
家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。
こんな私でもやり直せるの?
幸せを願っても…いいの?
動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです
星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。
2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。
でも今、確かに思ってる。
―――この愛は、重い。
------------------------------------------
羽柴健人(30)
羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問
座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』
好き:柊みゆ
嫌い:褒められること
×
柊 みゆ(28)
弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部
座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』
好き:走ること
苦手:羽柴健人
------------------------------------------

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる