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私、自分で死にますので
5.私、はめられましたの
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アンジェリカは、侍女たちを守るために、ティーポットを手に取り、アリエルのカップに注ぐ。
トクトクと、琥珀色の液体がティーカップに流れていく音が、妙に耳障りだった。
「ありがとう、お姉様。大好きよ」
感情がないありがとうを、アンジェリカは何度も聞かされたからだろう。
ただの騒音にしか、アンジェリカには聞こえなかった。
「さ、お姉様もどうぞ」
そう言いながら、アリエルは手を膝の上に置いたまま。
(自分は、私のために手を動かす気はないってわけね……)
「アンジェリカ様、私がやります」
「ありがとう」
アンジェリカについてくれている侍女が、急いで私のティーカップに注いでくれた。
田舎から出てきて、家族を養うために働いていると教えてくれたその侍女は、この城にいる誰よりも純粋で、気立てが良い娘で、私のお気に入りだった。
名前は、コレットと言う。
1度聖堂に入り、聖女見習いになったが、聖女の生活が合わなかったために還俗したと、コレット本人から聞いたことがあった。
アンジェリカがコレットについて知っているのはこの事だけだが、コレットがニコニコと私の側で笑ってくれるのを見ていることが、アンジェリカは好きだった。
コレットは、アンジェリカにとってたった1人の安らぎをくれる存在だった。
さらに、彼女が淹れる紅茶も、アンジェリカは好きだった。
温度や香り、舌触りが完璧な紅茶を毎回出してくれるから。何故そんなことができるのかの理由は、知らなかった。
アンジェリカのティーカップにお茶がタプタプと入ったと同時に
「さあ、いただきましょう」
と、アリエルがティーカップに口をつけた時が、まさに悪夢の始まり。
まず、陶器が割れる音がした。
それから、アリエルが「あっ……」と目を大きく開けて苦しみ出した。
何事か、と私を含めた全員が戸惑っている間に、アリエルはテーブルに突っ伏した。
チョコレートケーキが無惨にもアリエルの手によってぐにゃりと潰されたタイミングで、誰かが叫んだ。
「毒だ!!アリエル様が、毒を盛られたんだ!!!」
それからすぐ、侍医がやってきてアリエルは自室に運ばれた。
同時に2名、アリエル暗殺未遂の罪で捕らえられた。
1人は、このお茶を用意した侍女コレット。
そしてもう1人は……アンジェリカ。
ソレイユ国第1王子の寵姫の毒殺未遂に加わり、将来の王位継承者の殺害の罪が加わったのは、それからたった1日後のこと。
毒殺未遂だけであれば、まだ裁判が開かれる猶予はあった。
だが問題は、将来の王位継承者を殺した事の方だった。
王家の殺害は、例えこの世にまだ誕生していなかったとしても死刑になると、ソレイユ国法典には書かれていた。
方法は、絞首。街中に作られた絞首台まで、ほぼ裸同然の格好で連れて行かれるのだ。
そして、弁明の機会すら与えられず、国王の合図で紐がかけられ、あっという間に命を刈り取られる。
それが、王族を殺した者が迎えなくてはいけない強制的な最期。例外は、1つもなかった。
例えそれが、身に覚えのない罪だったとしても。そして、王族に嫁いだ人間だったとしても、だ。
アンジェリカとコレットは、アリエルが毒で倒れたその日に死刑を言い渡された。
アンジェリカのことを実の娘だと言ってくれた国王によって。
「私は知りません!」
喉が切り裂かれるような大きな声で、アンジェリカは叫んだ。
また唯一、アンジェリカの母も
「この子がそんなことをするはずありません」
とアンジェリカを庇ってくれた。
だが、そのせいで母も共謀罪として死刑が言い渡されてしまった。物的証拠は何も出ていないと言うのに。
せめて実の父の公爵さえアンジェリカを庇ってくれれば救いもあっただろう。
だが、公爵はアンジェリカと自分の正妻でもあるアンジェリカの母を、とかげのしっぽのように簡単に切り落とした。
「こんな汚物、フィロサフィール家ではありません。牛に食わせようが海に流そうが、お好きに処分してください」
こんな馬鹿な話があるだろうか。
「1週間後、この者たちを死刑にする」
国王の冷たい声が響き渡る中で、アンジェリカたちは牢獄へと引きずられていった。
(私……何も知らない……!)
コレットも「自分ではない、信じて欲しい」と泣き叫んだ。
コレットがそんな事をするはずがない人間だということは、アンジェリカが誰よりも良くわかっていた。
それにアンジェリカの母は「何も知らないと訴えた」アンジェリカを信じただけだ。
それなのに、たった1人……アリエルの、倒れる前に言い放った一言だけで、アンジェリカたち3人の命が明日、奪われることになった。
処刑という言葉はまさに、その残虐さに正義を乗せるのに都合がいい言葉だと、アンジェリカは思った。
「アンジェリカお姉様が、侍女にやらせたの。間違いないわ」
この言葉を聞いて、アンジェリカはやっと気づくことができた。
アリエルが何故、アンジェリカをわざわざお茶会に誘ったのか。
(やはり、裏があったのね……)
このお茶会こそが、アンジェリカを徹底的に追い詰めるための手段だったのだ。
気付いた時には、もう手遅れだったが。
トクトクと、琥珀色の液体がティーカップに流れていく音が、妙に耳障りだった。
「ありがとう、お姉様。大好きよ」
感情がないありがとうを、アンジェリカは何度も聞かされたからだろう。
ただの騒音にしか、アンジェリカには聞こえなかった。
「さ、お姉様もどうぞ」
そう言いながら、アリエルは手を膝の上に置いたまま。
(自分は、私のために手を動かす気はないってわけね……)
「アンジェリカ様、私がやります」
「ありがとう」
アンジェリカについてくれている侍女が、急いで私のティーカップに注いでくれた。
田舎から出てきて、家族を養うために働いていると教えてくれたその侍女は、この城にいる誰よりも純粋で、気立てが良い娘で、私のお気に入りだった。
名前は、コレットと言う。
1度聖堂に入り、聖女見習いになったが、聖女の生活が合わなかったために還俗したと、コレット本人から聞いたことがあった。
アンジェリカがコレットについて知っているのはこの事だけだが、コレットがニコニコと私の側で笑ってくれるのを見ていることが、アンジェリカは好きだった。
コレットは、アンジェリカにとってたった1人の安らぎをくれる存在だった。
さらに、彼女が淹れる紅茶も、アンジェリカは好きだった。
温度や香り、舌触りが完璧な紅茶を毎回出してくれるから。何故そんなことができるのかの理由は、知らなかった。
アンジェリカのティーカップにお茶がタプタプと入ったと同時に
「さあ、いただきましょう」
と、アリエルがティーカップに口をつけた時が、まさに悪夢の始まり。
まず、陶器が割れる音がした。
それから、アリエルが「あっ……」と目を大きく開けて苦しみ出した。
何事か、と私を含めた全員が戸惑っている間に、アリエルはテーブルに突っ伏した。
チョコレートケーキが無惨にもアリエルの手によってぐにゃりと潰されたタイミングで、誰かが叫んだ。
「毒だ!!アリエル様が、毒を盛られたんだ!!!」
それからすぐ、侍医がやってきてアリエルは自室に運ばれた。
同時に2名、アリエル暗殺未遂の罪で捕らえられた。
1人は、このお茶を用意した侍女コレット。
そしてもう1人は……アンジェリカ。
ソレイユ国第1王子の寵姫の毒殺未遂に加わり、将来の王位継承者の殺害の罪が加わったのは、それからたった1日後のこと。
毒殺未遂だけであれば、まだ裁判が開かれる猶予はあった。
だが問題は、将来の王位継承者を殺した事の方だった。
王家の殺害は、例えこの世にまだ誕生していなかったとしても死刑になると、ソレイユ国法典には書かれていた。
方法は、絞首。街中に作られた絞首台まで、ほぼ裸同然の格好で連れて行かれるのだ。
そして、弁明の機会すら与えられず、国王の合図で紐がかけられ、あっという間に命を刈り取られる。
それが、王族を殺した者が迎えなくてはいけない強制的な最期。例外は、1つもなかった。
例えそれが、身に覚えのない罪だったとしても。そして、王族に嫁いだ人間だったとしても、だ。
アンジェリカとコレットは、アリエルが毒で倒れたその日に死刑を言い渡された。
アンジェリカのことを実の娘だと言ってくれた国王によって。
「私は知りません!」
喉が切り裂かれるような大きな声で、アンジェリカは叫んだ。
また唯一、アンジェリカの母も
「この子がそんなことをするはずありません」
とアンジェリカを庇ってくれた。
だが、そのせいで母も共謀罪として死刑が言い渡されてしまった。物的証拠は何も出ていないと言うのに。
せめて実の父の公爵さえアンジェリカを庇ってくれれば救いもあっただろう。
だが、公爵はアンジェリカと自分の正妻でもあるアンジェリカの母を、とかげのしっぽのように簡単に切り落とした。
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こんな馬鹿な話があるだろうか。
「1週間後、この者たちを死刑にする」
国王の冷たい声が響き渡る中で、アンジェリカたちは牢獄へと引きずられていった。
(私……何も知らない……!)
コレットも「自分ではない、信じて欲しい」と泣き叫んだ。
コレットがそんな事をするはずがない人間だということは、アンジェリカが誰よりも良くわかっていた。
それにアンジェリカの母は「何も知らないと訴えた」アンジェリカを信じただけだ。
それなのに、たった1人……アリエルの、倒れる前に言い放った一言だけで、アンジェリカたち3人の命が明日、奪われることになった。
処刑という言葉はまさに、その残虐さに正義を乗せるのに都合がいい言葉だと、アンジェリカは思った。
「アンジェリカお姉様が、侍女にやらせたの。間違いないわ」
この言葉を聞いて、アンジェリカはやっと気づくことができた。
アリエルが何故、アンジェリカをわざわざお茶会に誘ったのか。
(やはり、裏があったのね……)
このお茶会こそが、アンジェリカを徹底的に追い詰めるための手段だったのだ。
気付いた時には、もう手遅れだったが。
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