普通の男子高校生が悪役令嬢に転生した話

本田ゆき

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16 雨男

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「はぁー食った食った!
やっぱ金持ちの飯はうめーなあ!」

 テーブルマナーなり言葉遣いなりは窮屈に感じるが、その分美味しい料理を食べれると思えばこの生活も全部が全部悪い訳じゃあないなと思う。

 俺は部屋に向かいながら歩いていた。

「さーて、部屋に戻ったら何するかなー?」

 午前中のアラン王子とレオには驚いたし、随分メンタルは削られたものの、しかし実質自分のハッピーエンドがほぼ確実になった事に安堵する。

 これで一生懸命誰かを攻略しなくてはという緊張感からひとまず解放された。

 となると、無理してこのゲームに付き合わなくてももういいよな?

 俺は部屋に入りベッドにダイブして伸びをする。

「はー! 気分良いぜー!」

 寧ろさっさと一ヶ月が終わってくんないかとすら思う。

 そんな中、またまたメイがやって来た。

「ライラお嬢様、お客様がいらしてます」

「え!? また!?」

 俺は続け様の来客に驚く。

 大雨イベントに来客なんてゲームではなかったのに、まさか3人も来るなんて。


「やあ、こんにちは」

「あ、ご機嫌よう」

 客間へ行くと、そこには久しぶりの登場となるウィリアムがいた。

「あの、今日はどうされましたか?」

 俺はそれとなく訊いてみる。

「いやあ、実はたまたま用事がこの辺りであってね?
それで、ちょっと立ち寄っただけなんだけどね」

 そうニコリと爽やかな笑顔でウィリアムは話す。

 先程までの王子二人と違って、こちらの一般人のウィリアムの方が大分落ち着きがあって大人に見えるのは気のせいではないだろう。

「そうだったんですね。わざわざ雨の中ご苦労様です」

「あはは、なんてね。
本当は君の顔を一目見たかったから、なんて言ったら……」

「え?」

 ウィリアムは顔を赤らめて手で口元を覆う。

「いや、こう言ったら君が驚くかな? って思って言ってみたんだけど、あはは、俺の方が照れちゃって、かっこ悪いなぁ。
やっぱり忘れて?」

 これがイケメンじゃなくて美少女だったらなと俺は嘆く。

 試しに俺は一生懸命今のウィリアムの言動を頭の中で美少女に変換してみる。

「いや、こう言ったらあなたが驚くかな? って思って言ってみたんだけどね? あはは、私の方が照れちゃって恥ずかしいなぁ。
やっぱり、今の忘れて?」

 うん、美少女が言ったら確実に推せる。
 美少女が言ったら。
(大事な事なので2回言いました)

 は! 待てよ!?
 俺のこの脳内妄想の力でこいつらイケメン共を可愛い女の子だと考えればイチャコラシーンだって乗り切れるのでは!?

 俺はウィリアムの見た目を一生懸命美少女だと思い込もう。

 頑張れ俺のイマジネーション!!

「……あの、どうしたの?」

 しかしどんなに頑張っても目の前にいるのはやはり爽やかなイケメンである。

 脳内では妄想出来ても、肉眼までは騙せない。

 俺にはまだ妄想力が足りないというのか……!
 くそっ!

「えーと、あの、やっぱり急に来たから、困ってるよね?」

「え? いいえ全然困ってないわ!
ただ、そんな事急に言われてびっくりしちゃっただけで!」

 危ない危ない。色々妄想してる間にウィリアムの事放置してしまった。

 まあレオを攻略済み(?)だからウィリアムを頑張って落とす必要はもう無いんだけど、念には念を入れとくに越した事はない。

 ある程度好感度は上げておいて損はないだろう。

「それより、外の雨もまだひどいですし、よければ雨が収まるまで雨宿りでもどうですか?」

 俺はさりげなくそう提案する。

「え? いいのかい? それは助かるよ、ありがとう」

「いえいえ、流石にこの雨の中帰るのは大変でしょうから」

 これでウィリアムの俺に対する好感度は少しはまた上がったであろう。

 しかし、俺はこの提案を、後に後悔する事になる。



「そう言えば、前にこちらにいらした時も雨でしたよね?」

 俺は茶化す様にそう言うと、ウィリアムは少し困った様に笑う。

「あはは、まるで俺が雨男みたいだね?」
「あ、いえ!
別に悪い意味で言った訳ではなくて!」

 しまった、失言だったか!?
 俺は咄嗟にフォローする様にそう言うと、ウィリアムは優しく微笑んだ。

「大丈夫。君が嫌味でそんな事言う人じゃないって事は分かってるから」

 どうやら悪くは思われなかった様で俺はホッと胸を撫で下ろす。

「あら、ウィリアムさん?」

 すると、後ろからルナが少し驚いた表情でやって来た。

「あ、ルナお嬢様、ご機嫌よう」

 ウィリアムはルナにもにこやかに挨拶をする。

 俺はここで少し違和感を覚えた。

 確か、俺はメイに来客だと教えられてここに来たのだが、どうやらルナには教えられていなかった様である。

 つまり、ウィリアムはルナではなく俺に会いに来たという事なんだよな?

 それって、もしかして俺の方がルナより好感度が高いって事か!?

 そう思い俺は心の中でガッツポーズした。

 それと同時に、何故俺はイケメンからこんなにモテなきゃならないんだという嘆きもあったが。

「ご機嫌よう。
ウィリアムさんは、その、ライラお嬢様に会いに来たの?」

 ルナは中々に直球でウィリアムにそう尋ねた。

「近くまで用があったのと、それと、ルナお嬢様には最近毎日の様に会ってるから、今日まで押しかけると迷惑かなと思ってね」

 ん? 毎日の様に会ってる?

 ウィリアムの言葉に俺は耳を疑う。

「そうだったのね。
でも、来て下さってたなら挨拶くらいしたいわ」

 ルナは優しく微笑みながらそう言う。

 先程から思っていたが、ルナのウィリアムに対する話し方が前回より砕けている。

 これは、要するにこの数日間で仲良くなったという事だろう。

 成る程、と俺は推測する。

 乙女ゲームをプレイしていた時、最初から場所と時間が確定しているルイを除いて、1番出会いやすく好感度を上げやすいのは確かにウィリアムなのだ。

 つまり、それだけルナはウィリアムに会いやすいという事。

 そして、ルナがウィリアムと会っている事が多かったからこそ、俺は逆に中々会えなかったという事なのかもしれない。

 だとすると、俺がプレイしていた乙女ゲームの確率はあくまでルナの場合のみで、ライラの場合は通用しないとも言える。

 という事は、俺が得たゲームの知識はあまり役に立たないという事か……?

 マジかー……。

 俺は改めて悪役令嬢ライラで攻略するという大変さを痛感する。

「はぁ……」

 溜め息を吐きつつも、俺は先程メイドが淹れてくれた紅茶を飲もうとカップに口をつける。

「あっち!」

 しかし、てっきりもう飲める温度だと思っていた紅茶が思いの外熱くて、俺は思わずカップを投げてしまった。

「……あ!?」

 すると、そのカップはウィリアムの足元にかかってしまった。

「大丈夫ですかウィリアムさん!」

 ルナは急いでウィリアムの元へと駆け寄った。

「ご、御免なさい!
今何か拭くものを持ってくるので!」

 俺は慌てて布巾を取りに行こうとして、そういえばポケットにハンカチが入っていた事を思い出しそれでウィリアムの足元を拭こうとするが、ウィリアムに止められてしまった。

「ルナお嬢様、大丈夫だよ。
それとライラお嬢様、そんな高級なハンカチを汚してしまって逆に申し訳ないよ」
「で、でも……。
あ! それならまたズボンを洗うので、どうぞお風呂に入ってって下さい!」

 前と同じ様な展開であるが、俺は咄嗟にそう提案する。

「え? でもまた悪いよ」
「いえいえ! そうお気になさらず!
さあさあどうぞ!」

 グイグイと俺はウィリアムの背中を押して風呂場へと連れて行く。

「ラ、ライラお姉様!?」

 ルナはそんなライラの行動に驚いて目を丸くしていた。

「さぁ!
どうぞ入ってって下さい!」

 それから風呂場に着いた俺はウィリアムを脱衣所まで押しやった。

「ライラお嬢様、お気遣いありがとう。
でもちょっとびっくりしたな」

 ウィリアムは驚きながらもお礼を言った。

「あ! いえ、こちらこそ強引にごめんなさい!
ズボンを紅茶まみれにして慌ててしまって」

 なんとか俺は弁明しようとするが、確かに少々強引過ぎたかもしれない。

「ははっ、そんなに強引に来られたら流石に俺も勘違いしちゃいそうだったよ」
「え?」

「そんな訳がないのにね?」

 勘違いとはどういう意味だろうか?

 俺の事を急に風呂場へと連れて来る変態とでも思ったのだろうか?

「それはそうと、ずっとそこにいられたら、俺お風呂に入れないよ」

 俺がウィリアムの言葉の意味を考えていたら、ウィリアムは困った様に笑いながらそう言ってきた。

「あ! ごめんなさい!
すぐに出るので!」

 俺はまたもや慌てて脱衣所から出ようとした所を、腕を掴まれて止められた。

「へ?」

 驚いて振り返ると、ウィリアムがにっこりと微笑んでいる。

「その、もし俺が背中を流して欲しいっね頼んだら、君はしてくれるのかい?」

「えっ!?」

 まさかウィリアムの方から逆に言ってくるとは思わずつい顔をしかめてしまった。

 イケメンに背中を流して欲しいなんて頼まれても、男の俺からしたら全くもってときめけない。

 すると、ウィリアムはまた困った様に笑う。

「ごめんね、前回の君を真似てちょっとからかってみようと思ったんだけど、急にこんな事俺から言われたら気持ち悪いよね?」

 なんと、前回の俺の発言を真似て言ってくれたという事だったのか。

 そうだとしたら俺の今のリアクションはかなりマイナスだ。

「あの、ウィリアムさんがそんな事言う人じゃないと思ってたので思わずびっくりしちゃって!
気持ち悪いだなんて思ってないわ」

 なんとか弁明するが、これは厳しいか……?

「ありがとう、でもそう無理して気遣ってくれなくても……」
「無理なんてしてない!
何なら今背中を流してもいいわ!」

 弁明する勢いで、俺はとんでもない事を口走った気がする。

「じゃあ俺が今頼んだら本当にしてくれるのかい?」
「いいわ!」

 あれ? これヤバい流れでは……?

 しかし、ここまで言っちゃうと引くに引きづらい。

「それじゃあ……」

 こうして、俺はウィリアムの背中を流す事になってしまった。
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