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クリスの憂鬱

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 そして翌日。

「急にすみません、クリス様にお会いしたいのですが」

 エマはクリスの家を訪ねていた。

「エマお嬢様、どうぞこちらでお待ち下さいませ」

 エマは執事にそう言われて案内された客間で待つ。

 しばらくして先程の執事が戻ってきた。

「その、実は今体調が優れないとの事で、今日のところはお引き取りを」
「ええ!?
もしかして今まで体調が悪かったから会えなかったの!?
それなら是非お見舞いさせて下さい!」

 執事の言葉を遮ってエマはお願いした。

「……かしこまりました。
ではお部屋に案内致しますね」

 それからエマは執事についていきクリスの部屋へとやって来た。

「こちらでございます」

 エマは扉をノックして声を掛ける。

「クリスちゃん、エマよ。
その、体調大丈夫かしら?」

「え? エマちゃん!?」

 すると、扉越しに少し掠れた声で返事が返ってきた。

 どうやら本当に体調が悪い様だ。

「その、ここ最近ずっと会えなくて心配してたの。
クリスちゃん、もしかして私の事嫌いになったのかなとか、私がクリスちゃんの気持ちに応えられないからもう友達でいたくなくなったのかなとか考えちゃって。

でも、体調不良だったのね。
私ってば、それなのに勝手に押し掛けてごめんなさい。
ゆっくり休んで良くなったらまた遊んでくれるかしら?」

 エマが扉越しにそう伝えると、ゆっくりと扉が開いた。

 そこには、暗い顔をしたクリスが立っていた。
 格好も、寝る時のワンピースの様な格好をしていて、如何にも体調が悪そうだった。

「ク、クリスちゃん!?
大丈夫!? 寝てないとまずいんじゃ……」
「ごめんなさい。違うの。
本当は体調不良なんかじゃないの」

「……え?」

 エマはクリスの言っている意味が分からなかった。

「え? でも、声も掠れてるし、顔色も悪いし、どこか悪いんじゃないの?」

「……。
違うの、声が掠れてるのは、声変わりなの」

 クリスは静かにそう説明する。

「え? ああ、そうなの?」

 そういえば、ルーカス兄様も数年前確かに声が変だった時期があったっけ?
 それにノアもルーカス兄様程ではないけど幼少期より声は低くなっているし。

 恐らくそれは声変わりだったのだろう。

 エマはそんな事をふと思い出していた。

「その、でも、何でしばらく会えなかったの?」

「……着れなくなっちゃったの」

 クリスはか細い声で呟いた。
 
「え?」

「その、可愛いドレスが、着れなくなっちゃったの」

 クリスは目に涙を浮かべながらそう話す。

「着れなくなったって、ドレスが入らないって事?」

「うん……。私のお父様もお兄様もみんな体が逞しくってね。私もいつかはああなっちゃうとは思っていたの。

でも、こうやって体が実際変化したら、やっぱり可愛いものも似合わなくなっちゃって……。
私、もう可愛くないの、エマちゃんに見られたくなくて……」

 エマは、居ても立っても居られず、クリスの事を抱きしめた。

「エ、エマちゃん……?」

「確かに体の成長は止められないけど、でも、ドレスなら大きめのサイズとか、体のラインを誤魔化せるものだってあるし!
なんならオーダーメイドも出来るし!

声だって、裏声とか、発声? とかで、なんとか出来ると思うの」

 それからエマはクリスの目を見てそれに、と続けた。

「クリスちゃんは可愛いわ。
例え誰がなんと言おうと私が保証する。
クリスちゃんは心意気から可愛いもの!」

 それを聞いて、クリスはふふっと笑う。

「ぷっ、あはは! 心意気が可愛いなんて、そんなの初めて聞いたわ!」

「いや、それは内面も可愛いという意味で!」

 それからクリスは涙を拭う。

「ありがとうエマちゃん。
そうよね、色々とやろうと思えば出来るのよね。
私、頑張ってみるわ!」

 クリスはそう笑顔で宣言する。

 それを見てエマはホッとした。

「クリスちゃん、元気が出たみたいで良かったわ!」

「うん! ありがとう。
それと、ごめんね。変に心配かけちゃって。
いつかは絶対伝えなきゃとは思っていたんだけど、どう伝えればいいか分からなくて」

 クリスは申し訳なさそうに謝る。

「いいのよ、こっちこそ嫌われちゃったかもって心配だったから、安心しちゃった!」

「私はエマちゃんを嫌いになんてならないよ」

 クリスはエマを見つめてそう言い切る。

「ところでエマちゃん、せっかく来たんだし、ずっと立ち話もアレだから宜しければお部屋へどうぞ?」
「え? いいの?
じゃあお邪魔します!」

 クリスはそう言ってエマを部屋へと誘った。

「うっわぁ~~!!
かわいい! このクッションやぬいぐるみも手作りなの!?
あ、このアクセサリーも可愛い!」

 エマは初めて入るクリスの部屋の可愛さに大はしゃぎする。

「えへへ、喜んで貰えて良かったぁ」
「うん! 私クリスちゃんの部屋好きだなぁ」

 ニコニコとエマはクリスの部屋を見ている。

「ねぇ、エマちゃん」
「うん? なあに?」

「さっきエマちゃんが私の心意気も可愛いって言ったの、訂正して」

 そう言って、クリスはエマの腕を引きそのまま抱きしめる。

「え? クリスちゃん?」

「エマちゃん、はしゃいでるところ水を差すようで悪いけど、私、これでも男なんだよ?」

 クリスはエマの耳元でそう囁く。

「え?」

 エマはあまりに突然の出来事に顔を赤らめる。

「だから、女友達だとは思わないでね?」

 それだけ言ってクリスはパッとエマを手放した。

「驚かせちゃってごめんね?
でもこれが私の本心だから」

「え? あ、えと」

 エマは未だに頭が追いつかずに混乱していた。

「だからこんなに簡単にお部屋に入って無防備でいちゃ駄目だよ~。
でもエマちゃんなら強いから大丈夫だと思うけどね」

 ニコリと可愛らしくクリスは笑いながら忠告する。

「あ、ごめん。私クリスちゃんが可愛くてつい……。
そうよね、気を付けるわ」

「分かってくれたらいいの。
それに私も突然こんな事してごめんね。

気を取り直して、トランプとかで遊びましょうか?」

「あ、そうね!
そうしましょ!」

 それから2人は少し遊んだ後エマは家へと帰っていった。

 クリスはエマが帰った後、部屋で1人項垂れていた。

「あ~~。
やっちゃった。せっかくエマちゃんが励ましてくれたのに、絶対アレは引かれたよね……。
はぁ……」

 でも、エマちゃんのお陰で、私はまだ可愛いままでいられる。

 また助けられちゃったなぁ。

 だけど私はエマちゃんには可愛く見られたいのに、男としても見られたいなんて、本当どうすればいいんだろう?

「はぁ、いつか振り向いてくれたらなぁ」

 クリスは1人そう呟いた。



 一方エマは帰りの馬車に揺られながら、クリスに言われた事を思い出していた。

 ーー女友達だとは思わないでね?

 確かにクリスの事は男だと頭では理解しているつもりなのだが、いつものノリというか、趣味嗜好も似ているから、つい女友達といる様な態度を取っていたのは確かだ。

「はあ、そうよね、クリスちゃんだって男の子なのよね」

 自分から抱きしめた時はそこまで気にしていなかったが、抱きしめられた時に自分と違う少しがっしりとした体つきに、思わず本当に男の子なんだと意識してしまった。

 思い出すと今でもまだドキドキしてしまうのは、男の子に初めて抱きしめられたからだろうか?

「はあ……。
何だか、悪い事しちゃったみたい」

 私はオリヴィアちゃんが好きなのに。

 でも、友達をやめたいとか、そんな話じゃなくて良かったなとも思う。

 一緒にトランプしてて楽しかったし。
 全部負けちゃったけど。

「友達のままではいられるものね」

 エマはぽつりとそう呟いた。
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