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お母様

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「エマ、いる?」

 私はドアをノックしながらそう尋ねると、ドアが勢いよく開いた。

「オ、オリヴィアちゃん!
どうしたの?」

 エマは驚いた顔をしていた。
 そういえば、私からエマの部屋を訪ねるのは初めてだった様な気がする。

「あ、いや、その~。
エマにお願いがあって……」
「何々?
オリヴィアちゃんからお願いされるなんて!
何でも言って!」

 そうエマは目を煌めかせて訊いてくる。
 どうやら普段のエマに戻っている様だ。

「その、嫌かもしれないけれど、さっきの写真をもう一度見せて欲しいの」

 しかし、私がそう言うと、エマの表情が固まってしまった。

「どうして?」

 エマは不審な顔をして私を見てくる。

「その、確認したい事があって」

 私がそう言うと、エマは少し考えた後、溜め息を吐いた。

「……オリヴィアちゃん、分かったわ。
取り敢えず部屋に入って」

 私はエマに誘導されて部屋の椅子に腰掛ける。

「はい、これ」

 そしてエマは割とあっさり写真を見せてくれた。

「ありがとう」

 私は写真を見て再度確認する。

 写真のノアと8年前の少年を思い出しながら頭の中で比べてみる。

「……やっぱり似てる」

 私は思わずそう呟いてしまった。
 すると、それを聞いたエマが急に口を開いた。

「似てるわよね」
「え?」

「私とノアって、お母様にそっくりよね」

「えっと……。
そうね」

 私はエマの発言に驚き、思わず顔を上げてエマを見る。

 エマは何やら苦しそうな顔をしていた。
 どうしたのだろうか?

「それは、親子だし姉弟だし、似てるんじゃない?」

「でも、私とノアは

 そうエマに言われて、私は写真に視線を戻す。

 確かに、あまり似てはいないかも……?
 しかし、母親似というだけの事ではなかろうか?
 実際ルーカスは男爵に似て母親の要素は少なめである。

「オリヴィアちゃんも気付いたから確認しに来たのでしょう?
私とノアは父親が違うって」


「え?」

 私は耳を疑った。
 エマとノアは父親が違う?

「いや、たまたま母親に似ただけでしょ?」

 私がフォローしようとすると、エマは首を振って否定した。

「違うわ、だってお母様には愛人がいたんだもの」

「ええ?」

 私はその事実に驚く。

「え? ああ、そうなの?」

 こんな時、どんな風に声をかけたら良いのだろうか?
 何か言った方がいいのかもしれないが、言葉が上手く見つからない。

 私にもっと対人スキルがあれば、と悔やまれる場面である。
 自分のシリアス展開には慣れているが、他人のシリアス展開には慣れていないのだ。
 まあそれが普通かもだけど。

「オリヴィアちゃん、私の事幻滅したでしょ?
だって愛人の子なのに、本当はここに居ていい存在じゃないのに」
「そんな事ない!」

 私はエマの言葉を強く否定した。

「何弱気になってんのよ?
あんたは生まれながらにハワード家の長女でしょ!?
男爵はずっとあんたの父親でしょ!?」
「で、でも血が繋がってないかもしれないし」

 そうエマは少し泣きそうになりながら抵抗してくる。

「だから何よ?
血が繋がってなきゃいけないなら、それこそ私だってこの屋敷に居られないわよ。

第一、あの男爵が血の繋がりなんて気にするかしら?
血が繋がってようが繋がってなかろうが、自分の子供だって言い張るわよ、きっと」

 そうオリヴィアはひとしきり喋った後にふー、と息を吐く。

 何故人の家庭事情にこんなに熱くなってるんだろ、と客観的に自分を見て少し冷静になった。
 ちょっと恥ずかしい。

 すると、エマの綺麗な碧い瞳から、ポロポロと涙が溢れてきた。

「ちょ、ちょっと!」

 これではまるで私が泣かせた様では?
 と焦り出す。

「ご、ごめんなさいオリヴィアちゃん。
ただ、そう言ってもらえて、嬉しくって」

 そう涙を指で擦りながらエマは答える。

「全く、焦らせないでよ」

 私はそう言いながら、椅子から立ち上がりエマの頭を軽く撫でた。

 すると、エマが私に抱きついてきた。

「うっ、うぅっ」

「はあ、仕方ないわね」

 私はエマが落ち着くまで、抱きしめていた。

 思い返せば、そういえば前に私が泣いていた時、エマに抱きしめられていた事を思い出す。

 今回は全く逆の立場だなとぼんやりと考えていた。

 あの時の事は恥ずかしくてあまり思い出したくないが、エマに救われた部分というのは大きい。

 だから、今度は私がエマを救えたらいいなとそう思った。

 暫くして、エマは顔を上げて私の方を見てきた。
 その瞼は赤く腫れている。

「もう大丈夫かしら?」
「んーん、もうちょっと」

 私がエマを離そうとすると、エマはまた抱きついてきた。

「なら、後もうちょっとだけだからね」
「ありがとう、オリヴィアちゃん」

 それからエマは抱きつきながらぽつりぽつりと過去の話をしだした。

「お母様は、多分私達に興味がなかったと思うの。
そもそも政略結婚で、本当に好きな人は別にいたらしくて」

「……そうなんだ」

 やはりどう返せばいいのか分からず、私は取り敢えず相槌を打つ。

「本当はルーカス兄様が生まれたら、もう子供を作る気はなかったのに、何故か私とノアが産まれたの」

「……はあ」

 それは、つまり男爵は関係を持っていない間の子だと言う事だろう。
 男爵もさぞや驚いただろうな、というか普通に修羅場では?

 しかし、今のこの空気でそんな事訊いていいのかすら分からず取り敢えず黙っておく。

「本当はお父様も別れてお母様を自由にしてあげたかったらしいのだけれど、それを先代が許さなくてね。それで結局先代が亡くなるまで離縁出来なかったの」

「そうなんだ」

 何度も言うけれど、こういう時何をどう言うのが一番適切なのかが本気で分からない。

 私こんな適当な相槌で大丈夫だろうか?
 かといって何もいい言葉も思いつかない。

 人のシリアスな話なんてろくに聞かないから完全に経験値不足である。

 というか、私はあくまで8年前の少年がノアと似ているか確認したかっただけなのに、どうしてこうなった?

「だから、あんまりお母様の愛情とかを知らないの。
でも、オリヴィアちゃんのお母様は私達にも気をかけてくれて、とっても優しくて、正直羨ましいわ」

「え? そうなの?」

 私は母が他の兄弟と話しているところを見た事がなかったが、どうやら普通に声をかけているらしい。

 まあうちの母は誰にでも基本フレンドリーだし、間違っても私の様に嫌われたりしようなどと考えないだろう。

「だから、お父様が再婚して、幸せそうで本当に良かったと思っているわ。
それにオリヴィアちゃんにも会えたしね!」

 エマは最後は笑ってそう言った。

 そしてやっと私の体から離れてくれた。

「ありがとうオリヴィアちゃん、正直嫌われるんじゃないかって怖かったの」

「え? 何で?」

 私は心底不思議そうにエマを見やる。

「ふふ、そうよね。
オリヴィアちゃんは優しいから大丈夫よね。
それならもっと早くに打ち明ければ良かったわ」

「まあ、話そうが話さなかろうが、どっちでも良いんじゃない?」

 人には話したくない過去の一つや二つあるだろう。
 私だって、話したくない過去はもちろんあるし。

 しかし、まさかこんな形で割とヘビーな話を聞かされるとは予想だにしていなかった。

 これからは気をつけよう。

「それじゃあオリヴィアちゃんと更に仲良くなれた事だし、このままお部屋で遊びましょうか♡」

「いや、お断りします」

 話が大分逸れたが、私は別にエマの過去話を聞きにきた訳ではない。
 ノアがあの時の少年に似ているなら、本人に直接確かめにいきたい。

 はっきりいってそっちの方が凄く気になる。

「それじゃあ私はこれで」

 とエマの部屋を立ち去ろうとすると、腕をがっしりとエマに掴まれる。

「オリヴィアちゃん、私さっきも言った通り、母親の愛情に飢えているの」
「はあ、それじゃあうちの母と思う存分話したら?

恋話好きだし盛り上がると思うけど」

「それは前回大いに盛り上がったわ」

 マジか、私の知らない内に母ともう仲良くなっていたのか。
 知らなかった。

「そうじゃなくてね、私はオリヴィアちゃんからの愛が欲しいの!」
「もう母親関係ないじゃない!」

「お願いオリヴィアちゃん、私を慰めると思ってこの可愛いドレス達を着てくれないかしら?」

 このままでは不味いなとオリヴィアは考える。
 またいつもの様に力でねじ伏せられかねない。

「……じゃあ、私のこれから出す条件をクリア出来たら着てもいいわよ?」

 そう私はエマに提案する。

「本当!?
何でもかかってらっしゃい!」

 エマは俄然やる気が出た様だ。

 そして。

「もーー!
無理! 無理無理無理!
酷いわオリヴィアちゃん!」

「何でもかかってらっしゃいって言ってたじゃない」

「だからって、私が苦手なチェスで勝負だなんて、聞いてないわ!」

 そうエマは嘆きながら机をバンバンと叩く。

「やめて机が壊れる」

 私はミシミシという机を心配して声をかける。

「もう1回!」

「いや、もう20回もやってるんだから諦めなさいよ」

「嫌よ!
絶対次は勝ってみせる!」

 何やらエマのやる気はどんどん増していく様だ。

 1回だけの筈が、まさかこんな事になるとは。

「はぁ……じゃあ次でラストね」

 と言いつつ、その後一日中ずっとチェスに付き合わされてしまった事は言うまでもない。
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