上 下
22 / 328

ご機嫌よう。オリヴィア様

しおりを挟む
 オリヴィアは今日も今日とて絶賛勉強に励んでいた。

 というのも、オリヴィアの飲み込みは速く、どのくらいの速さかというと、最初小学校1年生で習うところから始めたとするなら、この数ヶ月で中学2年生くらいまでに追いついたという感じである。

 そもそもオリヴィアは元から要領も良く、頭も良い為、もし時代が違って幼い頃から勉強が出来る環境が整っていたのなら、学校で首席を取っていたかもしれない程に勉強が出来る方である。

 しかし、オリヴィアは今の現状でも大分満足していた。
 下町では勉強をするチャンスすら訪れなかったであろう状況で、きちんと学べるのは素直に喜ばしい。

 知識はいくら持っていても荷物にならない。

 もし、このお屋敷を出て行くことになったとしても、知恵と知識があれば何処かしらでやっていけるはずだ。

「さて、次は数学の復習までしようかな?」

 そう数学の本を手に取った瞬間、扉がノックされる。

 因みにもし3兄弟の内の誰かなら、ノックと共に何か声を掛けてくる、というか叫んでくる為、すぐに区別がつく。

 何も言わずにノックだけということは、即ちメイドだろうか?

 私は鍵を開けて扉を開ける。

 すると、メイドが少し焦った様な顔をしていた。

 時刻は午前9時半、家庭教師が来るのにまだ3時間半もある。

「どうかしたの?」

 私が尋ねると、メイドは、はい。と答えた。

「実は……オリヴィアお嬢様にお客様が見えているのですが……」

 私に客?

 ルーカスやエマ、ノアになら分かるが、貴族の仲間入りをしたばかりの私に客に来る様な親しい仲の人などいないし、これまでもそんな客は来たこともなかった。

 それにメイドも何だか歯切れの悪い言い方をしている。

「それは誰?」

 私は少し警戒して名前を聞く。

「はい。シーラ・ハンネルお嬢様です」

 私はその名前を聞いて直ぐに思い出した。

 ルーカスの許嫁フィアンセだった彼女を。

「……とうとう来たのね」

 あの騒動以来、特に音沙汰が無かったので、私からは何も行動を起こしていなかったのだが、どうやら向こうからやってきた様だ。

「あの、どうされますか?」

 メイドは心配そうに聞いてくる。

 恐らくあの騒動については、屋敷の者は大体知っているだろう。

 それに、ルーカスの許嫁だったのだから、シーラの事もみんな知っているはずだ。

「はぁ、来てしまった以上、無下に帰すわけにもいかないんでしょ?」

 私はメイドが持ってきた来客用のドレスに着替え直す。
 いつものだとシンプルすぎてダメとのことらしい。


 仕方なく私はシーラの待つ応接間に行くことにした。

 本当は心底会いたくないけど、どうせ何処かで話さなくてはいけない相手だろう。

 何だか緊張してお腹がキリキリしてきた。

 思い返せば、私は(多分)シーラには何も悪いことはしていないし、こんなに嫌がることもないのかもしれないけれど、結果私のせいで(ほぼルーカスのせいだが)婚約破棄になったのだから、相手だって私に良い気はしないだろう。

 応接間で待っていた彼女は、静かに出された紅茶を飲んでいた。

 遠目から見ても、彼女は目鼻立ちもくっきりしており、美人であることに違いない。

 ルーカスの奴、こんな美人さんを振るだなんて、なんて勿体ないことをしたのだろうと思う。

「お待たせしました。シーラ様」

 私はシーラに軽く会釈をする。

 シーラもソファから立ち上がり、挨拶してきた。

「いえいえ、こちらこそ、連絡もせずに急に来てしまい申し訳ございません」

 私は心の中で本当だよ! とツッコむ。

「それと、先日は私が取り乱してしまい、ご迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした」

 と、シーラは頭を下げる。
 私はそんなシーラを見てイヤイヤと手を横に振った。

「こちらこそ、お見苦しい一面を見せてしまい、申し訳ありません!」

 つられて私も一緒になって謝る。

 シーラはそんな私を見て、一瞬びっくりした様な顔をした後、すぐ様クスリと笑う。

「ごめんなさい、もっときつい性格の方なのかと勘違いしていました」

 まあ、前回のルーカスとのやり取りを見ていれば、どう考えてもきつそうな性格に見えるだろう。

 大体ルーカスのせいだが。

 しかし、お陰で一つ誤解は解けた様でほっとする。

「あの、今日はどの様な件でいらしたのですか?」

 私は必死の作り笑いをしながらシーラに尋ねる。

「ええ、こちらをどうぞ」

 シーラはそう言いながら包みを私に差し出した。

「えっと、こちらは?」

 私はおずおずと包みを受け取り、質問する。

「初対面で無礼を働いたお詫びと、お近づきの挨拶として、遅くなってしまいましたが」

「そんな、お詫びなんて、大丈夫でしたのに!」

 前回も少し思ったが、やはりシーラは凄く人が良さそうだ。

 普通、自分の許嫁が勝手に惚れた女に手土産など渡すだろうか?

 それとも罠なのか?

「こちら、開けてもよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

 私は包みをなるべく破かない様に丁寧に剥がしていく。

 すると中から、高級そうな茶葉が出てきた。
 とても良い香りがする。

「オリヴィアお嬢様の好みが分からなかったので、色々な種類の茶葉を用意致しました」

 凄い、これが本物の令嬢……!

 気遣いが半端ない。

 いや、普段から本物の令嬢である筈のエマも見ているのだが、何だか全然違う。
 エマには悪いけど。

 私が色んな種類の茶葉を繁々と眺めていると、シーラから声をかけられた。

「ところで、ルーカス様とはどこまでの仲なのでしょうか?」

 ピシリと一気に空気が変わった。

 私は一瞬で理解する。

 シーラは私に詫びに来たわけでもお近づきになりに来たのでもない。

 ルーカスを奪い返しにきたのだ。




(私はそもそもルーカスを取ってはいないけど)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました

Blue
恋愛
 幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

処理中です...