9 / 12
祭り三日目 土曜日(2)「オボロガミ出現」
しおりを挟む
四時から、市長さんやえらい人のあいさつがあって、こないだ大声おばさんこと塚本さんとけんかしてた和尚さんがマイクを握り自己紹介を始めた。
和尚さんは兼松道光といい、天願上人から数えて十四代目の霊願寺住職なんだって。
なんで禁じられた絵巻の公開をしたかというと、歴史的、文化的価値のあるものだから、郷土(地元)のため、みんなのために上人以来の禁を破ったって。
花之江の文化や観光のためということかな。
それはそれで悪いことじゃないんだろうけど、オレは塚本のおばさんの話を聞いていたので、なんか素直に受け止められなかった。
和尚さんは、天願上人が地元のために働いた偉い人だということは信じてるけど、絵巻に描かれたような不思議な力のある人だとは信じていない。オボロガミのこともただのおとぎ話だと思ってる。誰かが空想したんだと。だから公開するなという言い伝えも破ることができたんだ。
本当にこれでいいんだろうか。
大ちゃんにちょっと話したら、和尚さんとは同級生で、将来はお坊さんじゃなく科学者になりたいって言ってたらしい。
兼松さんは悪い人じゃない。
地元を思う強い気持ちを持っている。
その点、マイちゃんのことを心配してくれる塚本のおばさんと同じだ。
たぶんおばさんとの違いは、法力や鬼神を感じるか、感じないかの違いなんだと思う。
兼松さんのあいさつが終わった。
まもなく五時。オボロガミの始まる時間だ。
そのとき郷土芸能のときは晴れていた空に、灰色の雲がぽつぽつと出始めた。
少しづつ風も出てきた。
天気予報では晴れになっていたのに。
不気味な音楽と共に舞台の幕が開いた。
「鬼神伝説オボロガミ」開演だ。
お話は前に見せてもらった絵巻通りに進んだ。
嵐を起こす鬼神を鎮めるために女の子を人身御供に捧げなければならない人々。
今年のいけにえに決まったお松を救うため自ら身代わりに名乗り出るお志乃(マイちゃん)。
泣いているお松に話を聞いて立ち上がる天願上人と弟子道隆。
しかし洪水で年貢がとれなくなることを恐れた代官によって上人はとらわれてしまう。
お志乃は藩の役人たちによって神子山山頂に連れてゆかれる……。
この頃から、さらに雲が多くなり、空が暗くなってきた。
まだ六時。夏だからまだ明るいはずなのに、低くたれこめる雲のせいで夜みたいに暗いんだ。
風が強くなってきて、出店ののぼりがちぎれそうにはためいてる。
なんか寒い。
気温が10度ぐらい一気に下がったようだ。
お志乃ちゃんことマイちゃんがいけにえの柱に縛り付けられるあたりから、ひどくなってきたんだ。
風は特設ステージをギシギシゆらすほど強くなってきた。
マイちゃんが演技じゃなくひどく不安そうにしているのが見えた。
マイちゃんを縛りつけた侍役のひともお芝居どころじゃなくなってキョロキョロしてる。
屋台の品物が吹き飛ばされたり、中には風をはらんで倒れそうになる店も出始めた。
オレは思わず言ったんだ。
「来た……!」
「え? なにが?」
ステージが壊れるんじゃないかって心配していた大ちゃんが言った。
そのとき、ふいに強風がやんだ。
本当に、突然やんだんだ。
どこか遠くのほうで「ボオオオオーン」という、大きな船の汽笛みたいな音がした。
低くたれこめる濃い灰色の雲の一部が、青白く明滅しているのが見えた。
雷?
でも雷鳴はしない。あのお寺の鐘と船の汽笛を合わせたような音がするだけだ。
光は雲の中をゆっくり移動している。
ときどきフラッシュみたいに点滅したり、雲間からサーチライトみたいな光を放ちながら、それはゆっくりと大きくなってくる。
たぶん近づいているんだ。
みんな空を見上げてわあわあ言ってる。
スマホやデジカメで撮影してる人もいる。
「なんだありゃあ……!」
大ちゃんが言った。
美奈ちゃんもおばあちゃんもヨ―スケも、口を開けて空を見上げてる。
「UFO? あれUFO?」
マナちゃんが言った。
宇宙人の乗り物という意味ならたぶんちがう。
そのとき「おーっ」という驚きの声が上がった。
雲の中から何かが垂れ下がるように現れたからだ。
蛇みたいにうねうねと動く、光を放つなにか。
「龍」としか言いようのないなにかが三本、雲間から次々とあらわれた。
今度はカン高い、笛のような音が聞こえる。
「龍」は花びらのような口?があり、カン高い声で鳴きかわしているように見えた。
そして雲を押し分けて、青く輝く月のようなものが……!
「月に龍……」
「え!?」
「大ちゃん! 月に龍だ!」
「……!」
それは一言でいえば、龍というより、とんでもなく巨大なクラゲのような生物だった。
月がカサの部分で、龍は触手だ。
オレは思わず叫んでいた。
「朧神(オボロガミ)だ!」(つづく)
和尚さんは兼松道光といい、天願上人から数えて十四代目の霊願寺住職なんだって。
なんで禁じられた絵巻の公開をしたかというと、歴史的、文化的価値のあるものだから、郷土(地元)のため、みんなのために上人以来の禁を破ったって。
花之江の文化や観光のためということかな。
それはそれで悪いことじゃないんだろうけど、オレは塚本のおばさんの話を聞いていたので、なんか素直に受け止められなかった。
和尚さんは、天願上人が地元のために働いた偉い人だということは信じてるけど、絵巻に描かれたような不思議な力のある人だとは信じていない。オボロガミのこともただのおとぎ話だと思ってる。誰かが空想したんだと。だから公開するなという言い伝えも破ることができたんだ。
本当にこれでいいんだろうか。
大ちゃんにちょっと話したら、和尚さんとは同級生で、将来はお坊さんじゃなく科学者になりたいって言ってたらしい。
兼松さんは悪い人じゃない。
地元を思う強い気持ちを持っている。
その点、マイちゃんのことを心配してくれる塚本のおばさんと同じだ。
たぶんおばさんとの違いは、法力や鬼神を感じるか、感じないかの違いなんだと思う。
兼松さんのあいさつが終わった。
まもなく五時。オボロガミの始まる時間だ。
そのとき郷土芸能のときは晴れていた空に、灰色の雲がぽつぽつと出始めた。
少しづつ風も出てきた。
天気予報では晴れになっていたのに。
不気味な音楽と共に舞台の幕が開いた。
「鬼神伝説オボロガミ」開演だ。
お話は前に見せてもらった絵巻通りに進んだ。
嵐を起こす鬼神を鎮めるために女の子を人身御供に捧げなければならない人々。
今年のいけにえに決まったお松を救うため自ら身代わりに名乗り出るお志乃(マイちゃん)。
泣いているお松に話を聞いて立ち上がる天願上人と弟子道隆。
しかし洪水で年貢がとれなくなることを恐れた代官によって上人はとらわれてしまう。
お志乃は藩の役人たちによって神子山山頂に連れてゆかれる……。
この頃から、さらに雲が多くなり、空が暗くなってきた。
まだ六時。夏だからまだ明るいはずなのに、低くたれこめる雲のせいで夜みたいに暗いんだ。
風が強くなってきて、出店ののぼりがちぎれそうにはためいてる。
なんか寒い。
気温が10度ぐらい一気に下がったようだ。
お志乃ちゃんことマイちゃんがいけにえの柱に縛り付けられるあたりから、ひどくなってきたんだ。
風は特設ステージをギシギシゆらすほど強くなってきた。
マイちゃんが演技じゃなくひどく不安そうにしているのが見えた。
マイちゃんを縛りつけた侍役のひともお芝居どころじゃなくなってキョロキョロしてる。
屋台の品物が吹き飛ばされたり、中には風をはらんで倒れそうになる店も出始めた。
オレは思わず言ったんだ。
「来た……!」
「え? なにが?」
ステージが壊れるんじゃないかって心配していた大ちゃんが言った。
そのとき、ふいに強風がやんだ。
本当に、突然やんだんだ。
どこか遠くのほうで「ボオオオオーン」という、大きな船の汽笛みたいな音がした。
低くたれこめる濃い灰色の雲の一部が、青白く明滅しているのが見えた。
雷?
でも雷鳴はしない。あのお寺の鐘と船の汽笛を合わせたような音がするだけだ。
光は雲の中をゆっくり移動している。
ときどきフラッシュみたいに点滅したり、雲間からサーチライトみたいな光を放ちながら、それはゆっくりと大きくなってくる。
たぶん近づいているんだ。
みんな空を見上げてわあわあ言ってる。
スマホやデジカメで撮影してる人もいる。
「なんだありゃあ……!」
大ちゃんが言った。
美奈ちゃんもおばあちゃんもヨ―スケも、口を開けて空を見上げてる。
「UFO? あれUFO?」
マナちゃんが言った。
宇宙人の乗り物という意味ならたぶんちがう。
そのとき「おーっ」という驚きの声が上がった。
雲の中から何かが垂れ下がるように現れたからだ。
蛇みたいにうねうねと動く、光を放つなにか。
「龍」としか言いようのないなにかが三本、雲間から次々とあらわれた。
今度はカン高い、笛のような音が聞こえる。
「龍」は花びらのような口?があり、カン高い声で鳴きかわしているように見えた。
そして雲を押し分けて、青く輝く月のようなものが……!
「月に龍……」
「え!?」
「大ちゃん! 月に龍だ!」
「……!」
それは一言でいえば、龍というより、とんでもなく巨大なクラゲのような生物だった。
月がカサの部分で、龍は触手だ。
オレは思わず叫んでいた。
「朧神(オボロガミ)だ!」(つづく)
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる