鬼神伝説オボロガミ

JUNG2

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祭り二日目 金曜日(1)「リハーサル」

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 オレは昼から、風川の河川公園に作られたお祭り広場に行った。
 そこには市民劇用の特設ステージ(野外劇場)があり、明日の本番のリハーサルに出演するマイちゃんの写真を撮るためだ。
 大ちゃんは仕事、美奈ちゃんが花之江踊りのパレードに出るし、おばあちゃんはデジタル一切ダメで、更にママの踊りを見に行くマナちゃんの世話があるということでデジカメ渡されたんだ。
 ヨースケにやらせればいいと思うんだけど、ヨースケに撮らせると、超・超いい加減なのでオレがやるんだってさ。あしたどうせ家族全員で本番見に来るんだから、そんとき撮ればいいのに。
 ヨ―スケと釣り堀に行く約束してたのに、そういう話になると、ヨ―スケはあっさり友だち(学校の釣り仲間)と行っちゃった。お祭りも友達と見てくるって。(ヨ―スケ、オレと遊びたいんじゃないのかよ。オレはヨ―スケと遊びたいと思って来てんだけど)

 マイちゃんの出番は多くて、準主役というのも嘘じゃない。
 お志乃ちゃんというキャラは、観音さまを信じていたり、友達のために自分を投げ出したり、ホントのマイちゃんとはずいぶん違う。でも、着物着て、お化粧して、舞台の上で演技してるとそれなりに見えるところがおもしろいよね。
 ひげを生やした芸術家っぽいおじさんが、マイちゃんにあれこれ指示してる。監督さん?なのかな。あのマイちゃんが、監督さんの指示には本当に素直に従っているのを見て、オレはおかしくなった。
 でも、オレはなんといっても、そのマイちゃんがクライマックスで襲われる妖怪オボロガミの作り物がよかった。
 まずライトが入ってぴかぴか光る青い龍が六匹現れるんだけど、黒い服着た人たちが棒で操っててさ、動きがおもしろい。
 天願上人役の人が「真言しんごん(仏さまの呪文みたいなの)を龍に向かってとなえると、龍が引っ込んで、今度は舞台の斜め上からでっかい丸顔鬼のお面みたいのが突然出てくる。ウォーッて吠えながら白いガス(ドライアイス?)吹き出しながら現れたときはビックリしたし、すごい迫力があった。
 天願上人役の人が、この鬼に向かって、忍者みたいに空中でなんか斬るような動作するんだけど(九字護身法くじごしんほうっていうんだって)それをステージの下から本物のお坊さんが教えてる。大ちゃんやうちのお父さんと同い年ぐらいの人だ。この人が、秘密の絵巻を公開した霊願寺の和尚さんなのかな。
 オレは、柱に縛りつけられてキャーキャー言ってるマイちゃんより、オボロガミ撮るのに夢中になっていた……そのときだ。突然、すごい大声がして、オレは飛び上がった。
「やめんか!劇をやってはいかん!」
「またあんたか!もういいかげんにしろ!」



おれがビックリして声のした方を見ると、白いTシャツにピンクのジャージ、でっかいウエストポーチした太ったおばさんと、さっきの和尚さんが言い争っていたんだ。
「危険だからやめろと何度も言ったではないか!」
「バカバカしい!いいから邪魔せんでくれ!」
 二人とも真っ赤になって怒ってる。
 周囲のスタッフも、マイちゃんや舞台の上の人たちも、みんな驚いて動きが止まってる。
「お上人さまがなんでアレのことを隠さねばならなかったのかわからんのか!みんなを危険にさらしておるんだぞ!」
「だまれ!上人の正統を引き継ぐのはオレだ!部外者は引っこんでろ!」
 ともかくおばさんの声の大きいことといったら、男の和尚さんが圧倒されるほどだ。
 そのおばさんに負けまいと和尚さんも必死で大声を出すから、オボロガミもビックリするような大騒ぎだ。
「オロカモノ!なんでわからん!」
 そういって一瞬マイちゃんの方を見て、ちょっと声を低くしていった。
「あの子に何かあったらどうする……!」
 オレはハッとした。大声おばさんがマイちゃんのことを言っていることが分かったからだ。
「まあまあ!塚本さん、明日本番ですから!」
 そう言って監督さんが大声おばさん(塚本さんというらしい)の肩に手をかけた――その瞬間、一瞬おばさんの体がスッと低くなった。と、なんでかわからないけど、監督さんがおばさんの体の上を飛び越して、空中で逆さになりながらおばさんの正面にいた和尚さんに背中からぶっつかって二人とも地面に転がったんだ。
「な、なにをする!」
 和尚さんがわめいた。
 宙を飛んだ監督さんは、いったい自分に何が起こったのかわかってないみたいで、地面で目をパチクリしてる。
 武道だ。
 おばさんは何か武道をやっていて、後ろからつかまれそうになってつい技が出ちゃんたんだ。
 おばさんのTシャツの背中に、筆文字ででっかく「天法院流てんぽういんりゅう」とプリントされてるけど、そういう流派なんだろうね。
 おばさんは、自分でやって自分でビックリしたみたいで
「ありゃ!すまんの!カッカしとると体が勝手に動いて……」
 と、監督さんに手を貸して立たせながら言った。
「なああんた、聞いてくれ。劇をやるのは「人身御供ひとみごくう儀式ぎしき」を再現することだ。ヤツはこの世界に戻りたがっておる。劇をやれば、自分が求められておると思って、またこっちの世界にやってくるぞ……!」
 監督さんはまだボケっとしてる。何が起こったとか、なんで自分が逆さになって宙を飛んだのかわかってないんだね。
 おばさんは劇をやると、オボロガミがカン違いしてこの場にやって来るって言ってるみたい。
 昔話の妖怪が、勘違いして現れるなんて変な話だけど、おばさんが真剣に話しているのはオレにもわかった。
 そのとき、横から、花之江市のスタッフのプレートをぶら下げたでっかい男の人が割り込んできて言った。
「ちょっと!おたく、暴力ふるうとはどういうことですか!」
「す、すまんのう。そんな気はなかったんじゃが」
 男の人はマウント取ったっていうか、おばさんの弱みを握ったっていう感じで、小柄なおばさんを上から見下ろしながら言った。
「いったい何言ってるんですか!民話なの!むかしばなし!花之江市に伝わった花之江市の財産なんですよ。それをアピールして何が悪いんですか!」
「しかしオボロガミは――」
「あのねーそういうのはシンボルなの!わかりますか!?昔の人は台風とか、自然の猛威をヤマタノオロチとか怪獣に見立てて伝えたの!だいたい怪獣とか妖怪とかいるわけないでしょ!現実と妄想の区別つきませんか!」
 大男に詰め寄られてもおばさんは黙らない。
「昔の人のほうが良く分かっていたこともあるんじゃ!科学の進歩ですべて解明できたなどと思い上がってはいかん!昔の人たちが感じていたことを我々は感じられなくなっておるのだ!……みな、自然の叫びを聞けんではないか!樹々のささやきを聞けんではないか!動物たちの嘆きを聞けんではないか!なんでもわかっとるふりをして威張り散らしておるが、本当のところはなにも――なにひとつわかっておらんではないか!」
 なんかおばさんの声には気合っていうか、呪文のようなすごい力があって、マウントとったつもりだった市のひとは、圧倒されて逆に小さくなってしまった。
 と、和尚さんが、市の人の前に出てきた。顔が青白い。目が刃物みたい。マジで怒ってるんだ。
「あんたしつこいぞ!非科学的な妄想もいい加減にしろ!これ以上妨害すると警察呼ぶぞ!」
 お坊さんが「非科学的」っていうのもなんか変だけど、ともかく和尚さんが、おばさんのことが大嫌いなのはよくわかった。
「……やれやれ、わかっとらんのう……馬の耳に念仏ねんぶつか」
 おばさんはそうつぶやくと、ちょっとだけ肩を落として和尚さんたちに背を向けた。
 馬の耳に念仏って、馬にありがたいお経とか聞かせても理解できないから無駄だ……みたいな意味らしい。オレも理解できないからオレは馬と同じか?陸上やってるし。まあ、馬みたいに早くないけど。

 そのとき、オレのすぐ後ろにいたスタッフのお姉さんが話す声が聞こえてきた。
「ナニあの人?」
「拝み屋さんだって。祈祷師きとうし。劇をやるとオボロガミが来るからやめろって、観光課やお寺に何度も言いに来たらしいよ」
「やだ!キモチ悪い」
「フフフ……ただの昔話じゃない。どうかしてるのよ、あのひと」
 誰かがリハーサルの再開を叫んでる。
 おばさんは、うつむいて何かブツブツ言いながら、オレのほうに歩いてくる。
 オレは思い切っておばさんに声をかけることにした。もちろんマイちゃんが危ないって言ってたからだ。(つづく)
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