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僕たちしかいない静かな教室。
「金川先輩」
「僕、急用を思い出したので、失礼します!」
要は僕の下からすり抜けると、「じゃあ、また明日」と言い残して逃げて行ってしまった。
鈍感な僕でも、空気が張り詰めているのが分かる。
笑顔の先輩が逆に怖い。
そこにいたのは、僕がいつも知っているふわふわした先輩ではなかった。
「剣舞」をしていたカッコいい先輩とも違う。
「あの、金川先輩?」
先輩に助け起こされて、立ち上がった。掴んだ手はとても冷たくて、なんとなく先輩の方を見る。

先輩に初めて声を掛けてから数週間、試験が終わって、貸してもらった小説を読んで、よくやりとりするようになって。
先輩のことは良く知っているつもりでいた。
けれど、こんな先輩は初めてで。
「さっきの友達が失恋の相手?」
「違います!要は、親友で、恋愛とかとは違ってて」
もしかして誤解されてる!?
「あの、ただ倒れただけで、えっとそういうことは全くなくて、だから」
しどろもどろになる僕にに先輩はふっと笑った。それは、僕の良く知る先輩の笑顔だった。
「兼村君、慌てすぎ。大丈夫だよ、君がそういうことしない子だってことは知ってるから」
その時後ろから声がした。
「金川君?あ、やっぱりそうだ。探したんだよ」
僕たちが声のした方を見ると、私服姿の青年がこちらを見ていた。
「黒谷先輩!?久しぶりです!!」
祐樹先輩の表情がぱぁっと明るくなる。
「黒谷先輩、彼は後輩の兼村幸人君です。この人は黒谷晴仁先輩で、元剣道部なんだ。」
「はじめまして、兼村幸人です」
「こんにちは」
この人が、祐樹先輩の憧れの人。かなり整った顔立ちをしている彼を見る祐樹先輩の目はキラキラと輝いていて。
胸がチクチクと痛む。
「最近どうしてるんですか?大学でも剣道は続けてるんですか?」
「まあね」
2人が楽しそうに話をする中、僕はいたたまれなくなって「トイレに行く」と言って教室を出た。
祐樹先輩の剣道部の先輩が来てるってことは、他の先輩たちも来てるのだろうか。
これからどうしよう?
ふと中庭を見ると、要の姿が目に入る。あれ?あいつ早々に帰ったんじゃなかったっけ?
僕を見捨てて帰ったハズの要は、心配して待っていてくれたらしい。
その後ろには見慣れない私服姿の青年がいて、要に話しかけている。誰だろうあの人?あの人も剣道部のOB?
次の瞬間、青年が要の腕を掴み、要がもがく。
「なんか揉めてる?」
僕は急いで階段を降りて、要を助けに向かった。
中庭に出ると青年は要を人気のない方へと引っ張っていくところだった。
暴れる要の口を抑えてものすごい力で引っ張っていく青年の暴挙に僕以外誰も気づかない。
あれは、校舎裏?助けを呼びになんて考える間もなく連れていかれてしまう要を、急いで僕は追いかけた。





「金川君の後輩君、遅いね」
ふと黒谷が呟くと、金川も心配になって廊下を見渡した。まだ、帰ってくる気配はない。
「そうですね、ちょっと心配なんで探してきてもいいですか?」
「ずいぶんと大事にしてるんだね。放っておけば戻ってくると思うけど」
「LIMEが既読にならないので、何かあったのかもしれないです」
不思議そうに話す黒谷に、金川は質問する。
「そういえば、今日は他の先輩たちも来てるんですか?」
「ああ、来てるね」
そういうことか、と黒谷は頭を抱える。
「でも、まさか」
「いえ、2度あることは3度ある、ですよ?」
他の先輩たちが来ているということは、あの山岡先輩も来ているということだ。
「探しに行ってきます。僕の後輩はとても可愛いので、万が一ってこともありますから」
にっこりと笑う金川に、黒谷は目を丸くする。それからふふっと笑った。
「金川君にそこまで言わせる後輩君に興味がわいた。僕も一緒に行くよ」
「取らないでくださいよ。黒谷先輩はすごくカッコいいですからね」
2人はトイレに向かって歩く。思った通りそこに後輩、兼村幸人の姿はなかった。



要が連れて来られたのは剣道部の今は使われていない部室だった。
何とか要に追いついた僕は、中の様子を伺った。
ただならぬ雰囲気だった。どうしよう、このままじゃ要が乱暴されるんじゃ。
そう思ったところで、携帯の通知音が鳴った。
ヤバい、バレたか?
どくどくとなる心臓を抑えて素早く物陰に隠れる。スマホの音量をミュートにして、LIMEを開くと祐樹先輩からのメッセージがずらりと並んでいた。
今、どこにいるの?
何かあった?
返事して?
大丈夫?
先輩に返信しようとした瞬間携帯を奪われ、蹴り飛ばされた。
僕を踏みつけながら、勝手に返信をする男。何度目かの蹴りで激痛に襲われた僕はそのまま気を失った。

気が付くと、僕は手足を縛られた状態で地面に倒れていた。
目の前にはもがく要、その手足はガムテープでぐるぐる巻きにされていて身動きが取れない。
このままでは要が危ない。なんとかガムテープを剥がそうとしていると、それに気づいた男がまた僕を蹴ってくる。
「メインディッシュは残しておくか。まずはお前からだ」
男はそう言うと、僕のズボンを下ろし始める。
何をされるのか分かって逃げようともがく僕の体を押さえつけて、男はにやりと笑う。
男の冷たい手が、僕の下着にかかる。
そのまま下ろされて僕の大事な部分がむき出しになった。
男の手が僕のそこに触れる。
恐怖で、抵抗すら出来なくなってしまった僕がぎゅっと目をつむった瞬間、部室の扉が勢いよく開いた。

これまで見たことも無い鬼の形相で祐樹先輩が立っていた。
僕を見た瞬間、先輩はさらに歯を噛みしめる。
僕はと言えば、今自分がどういう状態になっているかを思い出して真っ青になる。
先輩に見られた。こんな恥ずかしい格好を。
祐樹先輩は着ていたブレザーを脱いで僕にかけて、僕の口のガムテープを剥がしてくれる。
「金川せんぱ・・・・・・」
「ごめん、遅くなった」
僕をぎゅっと抱きしめる祐樹先輩の向こう側で男が黒谷先輩に張り倒されていた。
僕の手足のガムテープを解くと、要のガムテープも剥がしてくれる。
心配そうに僕を見つめる要。
恐怖よりも、先輩に見られてしまった絶望感が勝って、涙の止まらない僕に祐樹先輩の顔から表情が消える。
その後黒谷先輩&祐樹先輩によってボコボコにされた弓道部OBの山岡は、祐樹先輩が呼んだ警察にあっさりと連行されていった。
事情聴取などは僕が落ち着いてから後日ということになった。その場は黒谷先輩と要が引き受けてくれることになり、僕は祐樹先輩に送ってもらうことになった。
といっても、顔は涙でぐちゃぐちゃで、帰れる状態ではなくて。
先輩に連れられて誰もいない教室に来ていた。
先輩が来てくれなかったら、僕は間違いなく乱暴されていた。けれど、その様子を一番見られたくない人に見られてしまったのも事実で。
僕を抱きしめてくれる先輩を押し返してしまう。
「金川先輩、もう大丈夫です。実際には何もされてないですし」
「あれの何処が何もされてないのさ」
先輩に見られていたことが恥ずかしすぎて、消えてしまいたくなる。
「本当に大丈夫・・・・・・」
「俺が大丈夫じゃない」
顔を上げると先輩と目が合った。
真っ直ぐに僕を見つめるその目は怒っているようにも見えた。
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