悲しみを食らう獣

5 夢日記

体がずっしりと重たくて起き上がるのが辛い朝、それが私の変わることの無い日常だ。
けれどその日はアラームがなる少し前に目を覚ました。体が軽く感じる。よく眠れたらしい。

何かとても大切な夢を見ていた気がするのに、思い出せない。
制服に着替えて、学校に行く。
学校が近づくに連れて、朝の軽やかな気分はどこへやら。急激に鉛のように心が重くなって校門をくぐる前から家に帰りたくなった。

学校には行きたくない。
それでも何かに駆り立てられるように、意地で教室まで行く。自分の机にたどり着いた瞬間、椅子に座って机に突っ伏した。クラスメイト達の話し声が遠く感じる。
夏が近い事もあって、肝試しやオカルト、都市伝説などの噂話で盛り上がっている。
遠くにあった意識が現実に引き戻されたのは、彼らの会話の中に、夢という言葉が聞こえたからだ。私は気づけば聞き耳を立てていた。

「夢日記っていうのを付けると、明晰夢ってのが見られるらしいぜ」
「明晰夢？」
「夢を思い通りにコントロール出来るんだって。ほら、箒に乗って空を飛んだりとか。他にも夢の内容を忘れにくくなったりとか」
「私も付けてみようかなぁ。夢の内容って起きたらすぐに忘れちゃうよね」
「でも、夢日記って危ないんだろ？」
「どういう事？」
「現実と夢の区別がつかなくなって、精神がおかしくなるんだって」
「それこそ都市伝説だろ～」

クラスメイトの笑い声が聞こえる。
夢日記、もしそれを付ける事で夢の内容を覚えていられたら。大切な何かを忘れているようなモヤモヤした感じは無くなるだろうか？
最悪な今を少しはましだと思えるような何かを見つける事が出来るだろうか？
その日、私は授業どころではなく、一部の陰湿な女子たちが仕掛ける嫌がらせも完全にスルーして、上の空で考え事をしていた。
夢日記、さっそく付けてみよう。
家に帰ると、夢日記に使えそうなノートを探した。新しいノートでちょうど良いサイズのノートが見つからず、古い日記帳を使う事にした。1日だけ記入してやめてしまった、日付の入っていないタイプの日記帳だ。
記憶の中では、そうだった。
けれど、その次のページにも何か書いていたのかもしれない。
記入されたページのすぐ後ろ数ページが無造作に破りとられていた。
私が破いたのか、誰かが破ったのか、その記憶も無く。
一瞬。
現実でも、何か大切な事を忘れているような、そんなモヤモヤした気持ちになったのだった。