13 / 35
第一部
13.空の旅路
しおりを挟む
ルンベック大森林とエルムヴァレーン王国を結ぶ街道──その上空を、ロランが聖鎧を操って飛翔していた。
空を飛ぶのはこれが二度目だったが、ロランはすでに慣れたようすだった。
聖鎧の中から外への視界は聖鎧に宿る精霊と共有される。
精霊の見た外の景色が寸分たがわずに、中の操者の目に映し出されるのである。
これは人に仮の姿として像を見せる力を持つ精霊の──つまりは大精霊フリクセルの──能力だった。
眼下に広がる景色を見ながら、ロランは前日のティエレ女王の言葉と、その後の大精霊との会話を思い返していた。
「本当によろしかったのですか?」
ロランが聖鎧に宿る大精霊フリクセルに尋ねた。
『よい。わしはお前を助けると約束した。これも、そうだ』
大精霊フリクセルの望みは、聖鎧の封印からの解放である。
ロランの今の行動はそれに適うものではなかったのだが──
《翡翠宮》でのティエレ女王との面会の後、ロランは大精霊フリクセルに許しを請い、エリシール救出の許可を得ていた。
「……感謝します」
相手の実体がないため、ロランはその場で頭を下げた。
ともかく、幸いなことに大精霊という心強い仲間を得たことで、ロランは身体の奥底から活力が湧いてくるのを感じていた。
トルスティン王国の《翡翠宮》からエルムヴァレーン王国の王都エルムヴァルへは、馬を全力で走らせておよそ三日の距離だった。
しかし驚くべきことに、聖鎧はその距離を一刻(二時間)ほどで移動できるそうだ。
ルンベック大森林の戦闘から三日と少し経った今、エリシールは再びエルムヴァレーン王国に連れ戻されているはずである。
「まずは情報を得る事から始める」
出発前にヘルゲはそう語っていた。
「何よりも先にエリシール殿下の居場所を探る必要がある。ロランの話では殿下を連れ去ったのはオロフの配下だったそうだ。そうなると王城には戻されていないかもしれん」
ヘルゲが続ける。
「王都にあるオロフの邸宅か、それともやはり王城か。もしくは別の場所の可能性もある。よって最初に知るべきはエリシール殿下の居場所だ。それと併せ、王都にて我々の仲間を募る」
現在、ヘルゲたち親衛隊はロランの遥か後方の陸路を騎行している。
ロランは大精霊フリクセルと共に、彼女らよりも先に王都エルムヴァルに入り、準備を整えて待つことになっていた。
『それにしても、そうか……ギスムンドがな……』
大精霊フリクセルが呟く。
ロランから聞いたティエレの話は、大精霊フリクセルにとって意外なものだった。
「はい。ティエレ女王陛下はそう言っておられました。何か、思いあたることはありませんか?」
『分からん。奴は最後、何と言っておったか……』
先の大戦ではギスムンドは聖鎧フリクセルを操り、大精霊フリクセルと共に魔族と戦った。
互いの間に一体何があったのか。
余人の知るところではない。
『しかし、西のファーレンフッドか……』
「やはりご存知なのですか?」
「ああ。千年前にもあったからな。そこでドワーフらによって聖鎧がつくりだされたのだ」
ファーレンフッドはこのヘストレム大陸最大の工業都市である。
ドワーフ族の国にあるそこは、聖鎧や機甲の生まれた場所でもあった。
「だが、訪れたことはない。わしがこの聖鎧に宿ったのは別の場所、ルンベックの森でのことだ」
「そうでしたか」
「ファーレンフッドに赴けば、封印のことが分かるのか?」
「ティエレ女王陛下はそう言っておられましたが……」
『そうか……ならば、さっさと終わらせねばならぬな』
「……はい」
ロランが前方を見やる。
その先にはエルムヴァレーンの王都エルムヴァルが小さく見えていた。
『ああ、それとな……』
大精霊フリクセルが改まった声でロランに告げる。
『傷を癒すため、お前はその身に聖鎧の一部である──大聖樹トルスティンの聖体を取り込んだ』
「それは……」
あの遺跡でのことをロランは思い返す。
心臓に穴が開いていたのを大精霊フリクセルの力で治してもらったのだ。
『よってある程度ならば、互いに離れていようとも、いつでもわしと会話できるようになった』
大精霊フリクセルが尚も続ける。
『案ずるな。特に身体に害はない。……不満か?』
「……いいえ」
ロランが慌てて頭を振る。
『はーっはっはっはっ。やはりお前は面白い奴だな。わしはお前が気に入ったぞ』
大精霊フリクセルが心底愉快そうに笑う。
『なに、わしが精霊界にかえるまでの間だけだ。それまで辛抱せい』
機嫌の良い声が続く。
既にロランも大精霊フリクセルにはひとかたならず好感を持っている。
それは単に命を助けられたからだけではなかった。
『エルムヴァルまではまだ間がある。そうだな……ロラン、お前の話を語って聞かせよ。なぜ騎士を目指した? なぜ王女を助けたい? さぁ、わしに聞かせてみよ』
大精霊フリクセルの弾んだ声が聞こえた。
千年間囚われ続けていた大精霊は、久方ぶりの会話が楽しいようだ。
大精霊フリクセルの言うとおり、王都まではもう少し時間がかかりそうである。
仕方ない──ロランは意を決して口を開いた。
「大したお話はできませんが……」
微苦笑をもらしながら、ロランは語り始めた。
空を飛ぶのはこれが二度目だったが、ロランはすでに慣れたようすだった。
聖鎧の中から外への視界は聖鎧に宿る精霊と共有される。
精霊の見た外の景色が寸分たがわずに、中の操者の目に映し出されるのである。
これは人に仮の姿として像を見せる力を持つ精霊の──つまりは大精霊フリクセルの──能力だった。
眼下に広がる景色を見ながら、ロランは前日のティエレ女王の言葉と、その後の大精霊との会話を思い返していた。
「本当によろしかったのですか?」
ロランが聖鎧に宿る大精霊フリクセルに尋ねた。
『よい。わしはお前を助けると約束した。これも、そうだ』
大精霊フリクセルの望みは、聖鎧の封印からの解放である。
ロランの今の行動はそれに適うものではなかったのだが──
《翡翠宮》でのティエレ女王との面会の後、ロランは大精霊フリクセルに許しを請い、エリシール救出の許可を得ていた。
「……感謝します」
相手の実体がないため、ロランはその場で頭を下げた。
ともかく、幸いなことに大精霊という心強い仲間を得たことで、ロランは身体の奥底から活力が湧いてくるのを感じていた。
トルスティン王国の《翡翠宮》からエルムヴァレーン王国の王都エルムヴァルへは、馬を全力で走らせておよそ三日の距離だった。
しかし驚くべきことに、聖鎧はその距離を一刻(二時間)ほどで移動できるそうだ。
ルンベック大森林の戦闘から三日と少し経った今、エリシールは再びエルムヴァレーン王国に連れ戻されているはずである。
「まずは情報を得る事から始める」
出発前にヘルゲはそう語っていた。
「何よりも先にエリシール殿下の居場所を探る必要がある。ロランの話では殿下を連れ去ったのはオロフの配下だったそうだ。そうなると王城には戻されていないかもしれん」
ヘルゲが続ける。
「王都にあるオロフの邸宅か、それともやはり王城か。もしくは別の場所の可能性もある。よって最初に知るべきはエリシール殿下の居場所だ。それと併せ、王都にて我々の仲間を募る」
現在、ヘルゲたち親衛隊はロランの遥か後方の陸路を騎行している。
ロランは大精霊フリクセルと共に、彼女らよりも先に王都エルムヴァルに入り、準備を整えて待つことになっていた。
『それにしても、そうか……ギスムンドがな……』
大精霊フリクセルが呟く。
ロランから聞いたティエレの話は、大精霊フリクセルにとって意外なものだった。
「はい。ティエレ女王陛下はそう言っておられました。何か、思いあたることはありませんか?」
『分からん。奴は最後、何と言っておったか……』
先の大戦ではギスムンドは聖鎧フリクセルを操り、大精霊フリクセルと共に魔族と戦った。
互いの間に一体何があったのか。
余人の知るところではない。
『しかし、西のファーレンフッドか……』
「やはりご存知なのですか?」
「ああ。千年前にもあったからな。そこでドワーフらによって聖鎧がつくりだされたのだ」
ファーレンフッドはこのヘストレム大陸最大の工業都市である。
ドワーフ族の国にあるそこは、聖鎧や機甲の生まれた場所でもあった。
「だが、訪れたことはない。わしがこの聖鎧に宿ったのは別の場所、ルンベックの森でのことだ」
「そうでしたか」
「ファーレンフッドに赴けば、封印のことが分かるのか?」
「ティエレ女王陛下はそう言っておられましたが……」
『そうか……ならば、さっさと終わらせねばならぬな』
「……はい」
ロランが前方を見やる。
その先にはエルムヴァレーンの王都エルムヴァルが小さく見えていた。
『ああ、それとな……』
大精霊フリクセルが改まった声でロランに告げる。
『傷を癒すため、お前はその身に聖鎧の一部である──大聖樹トルスティンの聖体を取り込んだ』
「それは……」
あの遺跡でのことをロランは思い返す。
心臓に穴が開いていたのを大精霊フリクセルの力で治してもらったのだ。
『よってある程度ならば、互いに離れていようとも、いつでもわしと会話できるようになった』
大精霊フリクセルが尚も続ける。
『案ずるな。特に身体に害はない。……不満か?』
「……いいえ」
ロランが慌てて頭を振る。
『はーっはっはっはっ。やはりお前は面白い奴だな。わしはお前が気に入ったぞ』
大精霊フリクセルが心底愉快そうに笑う。
『なに、わしが精霊界にかえるまでの間だけだ。それまで辛抱せい』
機嫌の良い声が続く。
既にロランも大精霊フリクセルにはひとかたならず好感を持っている。
それは単に命を助けられたからだけではなかった。
『エルムヴァルまではまだ間がある。そうだな……ロラン、お前の話を語って聞かせよ。なぜ騎士を目指した? なぜ王女を助けたい? さぁ、わしに聞かせてみよ』
大精霊フリクセルの弾んだ声が聞こえた。
千年間囚われ続けていた大精霊は、久方ぶりの会話が楽しいようだ。
大精霊フリクセルの言うとおり、王都まではもう少し時間がかかりそうである。
仕方ない──ロランは意を決して口を開いた。
「大したお話はできませんが……」
微苦笑をもらしながら、ロランは語り始めた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。
彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。
そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!
女神の心臓
瑞原チヒロ
ファンタジー
「ねえ、精霊。もしもいるのなら――どうしてお母さんを助けてくれなかったの?」
人間と精霊が共存する世界。森に住む少年アリムには、精霊の姿が見えなかった。
彼を支えていたのは亡き母の「精霊があなたを助けてくれる」という言葉だけ。
そんなアリムはある日、水を汲みに訪れた川で、懐かしい姿を見つける。
一方その頃、町ではとある青年が、風精の囁きに応じ行動を始めていた。
表紙イラスト:いち様 pixiv:http://www.pixiv.net/member.php?id=1688339
■小説家になろう、エブリスタ・カクヨムにも掲載。
★現行の「女神の心臓」は、勝手ながら現状の第二話をもって終了となります。
そして、作者に余裕ができたらリニューアルして新「女神の心臓」として復活させます。ちょっと雰囲気変わります。
現行の分を「完結」表示にするかは、まだ決まっておりません。
作者にその余裕ができるのか謎ですが…。現行のお話を読んでくださったみなさま、本当にすみません。そしてありがとうございます。
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる