魔導士Aの革命前夜

鳩ろっく

文字の大きさ
上 下
6 / 15
第一章 吸血鬼編

第六話 朗々石

しおりを挟む
ーーーー
 シャルらは森の小さく開けた場所に簡易的なテントを立て、火を囲んでいた。

「すまないね。大した食料は持ち合わせていないのだよ。」
 鍋のスープを混ぜながらマルガルは話す。

「…あぁ。ここまで来て大事な事を聞くのを忘れていた。君達の名前を私はまだ知らないね」

 言われてみればそうだ。 俺らはまともに自己紹介すらしていない。
「私はシャル・ローズムーンです」 
「僕はシード! 苗字はないね!」
「俺はディバイド。…あー…フルネームの方がいいのか?フルネームは"オネスト・ディバイド"。よろしくな」

 シャルが自己紹介をすると畳み掛ける様にシードもディバイド自己紹介をした。

「シャル君、シード君、ディバイド君か 良い名前だね」
 マルガルは当たり前ではあるが俺らの名前に特段反応する事はなかった。

 鍋底からはみ出た炎が冷たいそよ風で揺らぐ。
 3秒ほどの沈黙の後、ついにマルガルは"その"話を始めた。

「そろそろ話を始めよう……それは30年前の夏の話じゃ」

 30年前?かなり遡るな。
 シャルは相槌を打ちながら話を聞く。

「私はこの森にある小さな集落にずっと昔から住んでおる。この森自体には50年はもう住んでいるな。森の魔獣を狩り、木々の実で生活する。要は自給自足の生活をしていた訳じゃよ」

「僕もそんな暮らししてみたい」
 シードがぼそっと呟く。
「はっはっ そんなに楽な訳でもないぞ?」
 マルガルは少し笑った。マルガルの笑顔を見たのは今のが初めてだ。

「私はそんな生活をずっと続けていた訳だが……あの夏、奴が来やがった」

「奴?」
球に表情を変えたマルガルに驚きディバイドは聞き返す。

「そう、奴は……吸血鬼だった。」

「吸血鬼⁉︎」
 俺はその発言に思わず立ち上がり声を発する。

「名前は……いまだに覚えておるよ。奴はわざわざ名乗ったからな。名は、『トレシア・マーレード』ピンクの髪をしておった」

 ピンクの髪、吸血鬼。この時シャルはその吸血鬼が俺らを襲った"あの女"であると確信した。

 トレシア・マーレード。もしかしたら俺の親を殺した吸血鬼。偶然にも俺らは初日してそのあの女の名前をつかめたかもしれないのだ。


「その吸血鬼はある夏の夜、この静かな森に現れた。100余りの大軍を連れて。正確に言うのであれば……ロストロの西の水瓶の森じゃ。先程も言ったが水瓶の森はロストロを囲うように生えておるからな」

 ロストロの西か。ここはロストロの南の水瓶の森。ひとえに水瓶の森と言えど場所は広い。

「夜に現れたその吸血鬼は私らに森を開け渡すよう脅迫した。私は当時、西の水瓶の森に住んでおったからな。なんでも理由はこの地面には"朗々石"が混じっている事だった。」

 朗々石を追っている……?俺を追う事と関係はあるのだろうか
「言わずもがな私達は拒否したよ。……しかし、奴は引き下がらなかった。」

 マルガルは空中で人差し指をくるくると回しながら話す。
 そして、次の瞬間、

「君達はあの女が何をしたと思うかね……?」

 マルガルは静かに、冷たい水に手を入れるように問いかけた。

「……」
「……」
「……」
 誰一人として答える者は居なかった。

「殺したんじゃよ」
 そこに居た全員が目を見開いた。

「奴は吸血鬼じゃ……にも関わらず、奴は自らの手で…」

 シャルは自らの唾を飲む音を聞き届けた。

「私の村の吸血鬼一家を惨殺した」

 その言葉に余韻は無かった。

「……同族すらも手にかけるとは恐ろしいやつめ」
 マルガルは指を絡めるとまた一層眉間の皺を深する。

「そのあまりの強さに恐れおののいた私達はは南の森から東の森へ居住区を変更した。なんせ奴らは西の森一体をしばしの間占領したからな。民営ギルド、国営ギルドも歯が立たなかったんじゃ…もっとも…主体となったのは民営ギルドであったがな」

 そこにいる誰もが沈黙を貫いた。第一にシャルもなんと言葉を掛ければ良いか検討がつかなかった。

「だから朗々石には良い思い出がないんじゃよ……。しかし西であろうと東であろうと朗々石は土に含まれておる。そしてその力を私は享受しておる」

 マルガルはそう話すと彼の足元に置いていた矢筒に手をかけ矢を一本取り出した。

「この矢の先端、この鉄の矢尻には朗々石が混ぜられておる。朗々石は他の魔石に比べて魔力の吸収率が異様に高いんじゃ。普通は武器に魔力を込める事はできないのじゃが、この矢なら話は別だ」

 なるほど。さっきの電撃は雷魔法を矢に付与していたのか。

「……。駄目だな。すまない。分かってはいたが雰囲気が重くなってしまった。好きな時に寝てくれ。私はしばらくは火の番をするよ。なにせ寝れないからね。年って事よ。ははは」

 マルガルは無理に笑ったようにも見えた。
 シャルはなにか言葉を掛けようとしたが、頭がうまく回らない。シャルは自身もかなり疲れている事に気づいた。今日一日の間に何キロも歩き、魔獣との戦闘すらこなしたのだから当然である。

「…そうですね。もう寝ます。。。」

 シャルが寝袋に入り眠りに着くまでは決して遅くはなかった。




 _______________________





 黒い羽が風を切る。今夜、一人この広い夜空の風を切るのはトレシアだけである。周囲は見渡す限りの深緑が広がりその上には星々が輝いている。

「全く…1人たりとも誰もいないわね。まずいわ。じきに日が明ける。」

 その時、トレシアの首にかけてあった魔石がほのかな光を発し音を出した。その音は男の声、かすかな歪みを感じるような声である。

≪……トレシア、聞こえるか。バールだ。今どこにいる…?》

「…バール様。現在は森林上空を飛行中です」
 トレシアは魔石に向かって話しかける。
≪森林上空?具体的にはどこだ?第一、任務は成功させたんだろうな?》

「……任務は失敗に終わりました。ローズムーンのガキ、空間移動魔法を使用しました。」

≪任務失敗だと?貴様ほどの者がか?生捕りが条件と言えど、まさか油断した訳じゃな……待て、空間移動魔法だと?≫

「えぇ。空間移動魔法、いわゆるワープ魔法です。」

≪……やはり奴の息子であるのに間違いはないだろう。ウィンスターの野郎の手には渡らせるな。これが最後のチャンスだ≫

「はい。今度こそは仕留めます。……そろそろ日が明けます。前方に都市が見えてきました。次の夜まではそこに滞在する予定です」

≪分かった。くれぐれも今度は油断するな。トレシア、お前だから生かしてやってる。普通、あれだけ重要な任務を失敗したならば即首が飛ぶぞ。解雇という意味ではない。≫

「当然です」

 トレシアがそう言い終わると石が発していたほのかな光は消えた。

(ひとまず都市があってよかったわ。しかし見覚えがあるわね。どこかしら……)

 東の空には赤い朝の陽光が山から覗き始めていた。夜明けはもう近い。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ワンダラーズ 無銘放浪伝

旗戦士
ファンタジー
剣と魔法、機械が共存する世界"プロメセティア"。 創国歴という和平が保証されたこの時代に、一人の侍が銀髪の少女と共に旅を続けていた。 彼は少女と共に世界を周り、やがて世界の命運を懸けた戦いに身を投じていく。 これは、全てを捨てた男がすべてを取り戻す物語。 -小説家になろう様でも掲載させて頂きます。

何でリアルな中世ヨーロッパを舞台にしないかですって? そんなのトイレ事情に決まってるでしょーが!!

京衛武百十
ファンタジー
異世界で何で魔法がやたら発展してるのか、よく分かったわよ。 戦争の為?。違う違う、トイレよトイレ!。魔法があるから、地球の中世ヨーロッパみたいなトイレ事情にならずに済んだらしいのよ。 で、偶然現地で見付けた微生物とそれを操る魔法によって、私、宿角花梨(すくすみかりん)は、立身出世を計ることになったのだった。

スキルテスター!本来大当たりなはずの数々のスキルがハズレ扱いされるのは大体コイツのせいである

騎士ランチ
ファンタジー
鑑定やアイテム増資といったスキルがハズレ扱いされるのは何故だろうか?その理由はまだ人類がスキルを持たなかった時代まで遡る。人類にスキルを与える事にした神は、実際にスキルを与える前に極少数の人間にスキルを一時的に貸し付け、その効果を調査する事にした。そして、神によって選ばれた男の中にテスターという冒険者がいた。魔王退治を目指していた彼は、他の誰よりもスキルを必要とし、効果の調査に協力的だった。だが、テスターはアホだった。そして、彼を担当し魔王退治に同行していた天使ヒースもアホだった。これは、声のでかいアホ二人の偏った調査結果によって、有用スキルがハズレと呼ばれていくまでの物語である。

異種族ちゃんねる

kurobusi
ファンタジー
ありとあらゆる種族が混在する異世界 そんな世界にやっとのことで定められた法律 【異種族交流法】 この法に守られたり振り回されたりする異種族さん達が 少し変わった形で仲間と愚痴を言い合ったり駄弁ったり自慢話を押し付け合ったり そんな場面を切り取った作品です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

刻の短刀クロノダガー ~悪役にされた令嬢の人生を取り戻せ~

玄未マオ
ファンタジー
三名の婚約者候補。 彼らは前の時間軸において、一人は敵、もう一人は彼女のために命を落とした騎士。 そして、最後の一人は前の時間軸では面識すらなかったが、彼女を助けるためにやって来た魂の依り代。 過去の過ちを記憶の隅に押しやり孫の誕生を喜ぶ国王に、かつて地獄へと追いやった公爵令嬢セシルの恨みを語る青年が現れる。 それはかつてセシルを嵌めた自分たち夫婦の息子だった。 非道が明るみになり処刑された王太子妃リジェンナ。 無傷だった自分に『幻の王子』にされた息子が語りかけ、王家の秘術が発動される。 巻き戻りファンタジー。 ヒーローは、ごめん、生きている人間ですらない。 ヒロインは悪役令嬢ポジのセシルお嬢様ではなく、彼女の筆頭侍女のアンジュ。 楽しんでくれたらうれしいです。

そのAIゴーレムっ娘は猫とプリンの夢をみる

yahimoti
ファンタジー
ケットシーとAI搭載の幼女ゴーレムとコミュ障の錬金術師のほのぼの生活。 同郷の先輩のパーティにポーターとして加わっていたコージは急にクビと言われてダンジョンの深層に置き去りにされるが、たまたま通りかかった勇者のおかげで一命をとりとめる。 その後、小さな時から一緒だった猫のチャオが実はケットシーだったり、勇者と暗冥の王が趣味で作ったゴーレムを押しつけられる。 錬金術と付与でいつの間にか帝国に貢献する事でどんどん陞爵して成り上がる。 ゴーレムのマヨネをはじめとした他のキャラクター達とのほんわかとしたコメディ。

処理中です...