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第一章 吸血鬼編
第一話 シテキな騒動
しおりを挟むーー「我が王国は世界平和の中心であります!いずれは大陸全土を治め、その平和を世界に共有するのです!」
新たな王はそう語られた。
開かずの扉、「大審門」の前、きっと護衛兵の数は2000は超えているだろう。
この新王国、ウィンスターの誕生に300万の国民は湧き立ち、旗を振っている。
あぁ、これは"彼"が夢見た光景だろうか。
僕は聴衆席から扉の前に立つ国王を見た。
やはり、、彼は"彼"ではない。
***************
ーーガヤガヤとした店内に鈍臭い声が響き渡る
「てめぇ今イカサマしただろ!」
「してる訳ないだろ 自分の手札をよく見ろよ!」
「シャル! さっきのゲーム見てたよな? あれは勿論俺の勝ちで間違いないよな?」
「あ、あぁ そうだな」
不意に声をかけられ、思わず手に持っていたグラスを落としそうになる。
(あぁ…どうして俺はこんな所で働いているのだろうか…)
俺はふと自分の境遇を考え直してみることにした。
シャルは" 国営ギルド"に所属する魔導士である
身長は172cm、髪はこの国では珍しい黒髪。
シャルが身を置く、この「ウィンスター王国」では
「国営ギルド」なるものが存在している。国営ギルドは民営のギルドのそれとは全く違う別の機関だ。冒険者に依頼を紹介する民営のギルドとは異なり、定められたメンバーによって作られた保安組織である。国が登録している剣士、魔導士、僧侶などから3年に一度くじ引きを行い、メンバーが選ばれる事が特徴だ。
そのため、ランダムに形成された組織である。この組織は国の厳正な管理下の元、地域の治安維持のためなどに動員されている。治安維持の他にも魔物の討伐なども行っておりその存在は広く知られているーー
それで若手の魔導士となった俺は社会生活一年目にその3年に一度のくじ引きに当選し、半ば強制的にこの「国営ギルド」に加入させられた。
俺の得意な魔法は「転移魔法テレポート」
いや…得意とは言えない。
俺は生まれつきこの"転移魔法"が使える。転移魔法を使う者は自分以外見た事がない。それどころか魔導書にも書いていた覚えはない。
やはり、この魔法はすごく珍しいらしい。
俺がこの魔法を使う時は全て"勘"だ。使える人もいない上、魔導書もないのだから正しいやり方なんて学びようがない。
なんか杖をこ・う・し・て・あ・あ・し・て・そ・う・や・っ・て・色々したら使えるのだ。適当を言っているのではない。本当にそうとしか言えないのだ。
そのせいで致命的な欠点がある。場所を指定できない。
…………正直、宝の持ち腐れだ。
「80RUBE(通貨単位)も賭けたんだ、お前には負けを認めて貰わないと困るんだよ!」
「知るかよ、カードなんて隠してねぇぞ!」
一組の怒声はまたもや酒場の騒音に飲まれていった。
(真昼間から酒場で賭け事か…俺らも落ちたように思えるな)
シャルの気分の落ちようを察したのだろうか。その時シャルに話しかけた男がいた。
「また、暇そうな顔してるじゃないか 一杯酒でも奢ろうか?」
その男の声は明るく安心感のある声だ。
「お、お前か」
シャルの同僚、ディバイドだ。
175程の身長にガッチリとした体つき、赤髪の剣士である。
去年の抽選でディバイドは国営ギルドに招待され、剣士として活躍している。以前はウィンスター王国軍に従事していたらしく、その腕は確かなものだ。
このギルドは「国営ギルド・フィンガーディアンズ支部」だ。
このは名の通り「フィンガーディアンズ」という街に置かれている。先程も言った通り、ギルドは普段、犯罪人の取り締まり、魔物の討伐などを行う保安組織だ。
そして、この街なのだが平和な漁村であり犯罪があまり発生しない。よって仕事は魔物の討伐に限られていたのだが…
「魔物の発生数が激減してるってな」
横の席に落ち着いた様子で腰をかけながらディバイドがそう訊ねる
「あぁそうだな。全くもって原因不明。政府もわかんないんだとよ」
主な仕事が"魔物の討伐""犯罪者の取り締まり"で、そこに魔物発生数の激減というアクシデント、それに加え、この街には事件がほぼない。
残るものは何もない。
しかし、この職は公務なので日々、便宜上はギルド員はこうやって一同に集まっている訳だが、、
見ての通りギルド員はバーで時間を潰している。
飲酒は当たり前になっている上、賭け事をやっているものもいる。
もはや出勤してないとのなんら変わらない。
「なぁディバイド、レオナードの安否は確認できたか?」
「いや、まだだ。無断欠勤4日目。ただサボってるだけだといいんだが…」
レオナード、それはこのギルドの同僚だ。俺はあくまで同僚という立場だがディバイドとは親友という関係だ。
「レオナードも魔導士だよな…まさか"あの事件"に?」
「…縁起でもない事は言わないでくれ。シャル。俺だって心配なんだよ」
ディバイドは目を細め、俺に質問する。
「手掛かりは見つかったか?俺は遺体の一つすら見つけられていない」
声色は暗かった。
「ディバイドの言う通り遺留品は何もない。そもそも事件の規模の割には指名された捜査人数が少ないと思うんだ。俺とディバイド、これでオンリーだからな」
「だな。もう時間も遅い。明日にでも他のメンバーにこの事件の解決を手伝ってもらうよう頼んでおく。シャルも気をつけろよ。お前も魔導士だろ」
「そうだな。心配ありがとう。俺はそろそろ帰るよ 」
俺は軽くディバイドに手を振りバーを後にした。
ーーーーーーーーーー
シャルは苔でよごれたレンガの道を踏み締める。辺りに人は見受けられず靴の音が響く。
(1人か…誰かと帰るべきだったか…?)
夕に差し掛かろうとしていたこの街はゴーストタウンのように閑散としていた。無理もない、とシャルは思う。
今、この街では次々と魔導士が行方をくらませているのだ。
二週間前ほどから2日に1人ほど魔導士が消息をたっている。しかもこのフィンガーディアンズだけにおいてだ。
俺とディバイドはこの事件の捜査をギルドに任され現在調査を続けている。今、ギルドでマトモに働いているのは俺とディバイドの二人だ。
二人で事件の調査をする事は珍しくはないのだがこの事件の規模となるとやはり違和感を覚える。
消化できない違和感を相殺するように俺は歩みを早めた。
閑散とした夕暮れの街には寂しさがたちこめている。
俺はそう感じる。
きっとそれはあの頃の記憶のせいだろうか。
俺は孤児院で育った。親はいない。
「ある雨の日の夜、孤児院の前に一人シャルが杖と共に倒れていた所をそのまま保護した」
という話は俺も何回か孤児院の牧師から聞いている。俺自身はその話に半信半疑だが、現に今俺はその杖を手にしている。
嘘みたいな話だが杖が物心のついた時から手元にあるという事実がある為、俺も多少なりともその話を信じない訳にはいかなかった。
孤児院で上手く友達を作る事が出来なかった俺は肩身の狭い生活を送っていた。大きくなってからは昼間は街をぶらつき夕には一人孤児院に戻る。俺にとっての夕暮れとは広い街から孤児院という閉鎖的な空間に戻る合図だった。
…いや、ずっと一人だったという訳ではない。俺には…
シャルがそう思案していると気づけば日はとうに落ち辺りは夜の冷たい空気が吹き始めていた。
その時だった、突拍子もなく雷のように上から声が降ってきたのだ。
「ようやく見つけたわ…シャル・ローズムーン…!」
俺は声の方向を向く。声の主は俺から見て左側にある建物の屋根、3mほど上といった所だろうか。
視線の延長線上にある月はかつてないほどの光を放ち、その声の主を逆光により黒い影へと変えていた。
「ここは平和的にいきましょう」
女性と思わしきその声の主は俺に上から語りかける。
俺は彼女を知らない。初めて聞く声、意味の分からぬ言動。
(何故俺の名前を知っている…?)
俺がこの異常な状況に戸惑い困惑した。しかし、この戸惑いが恐怖に変わるのに時間は要さなかった。
(あれは……羽だ!)
黒いシルエットが動く。その声の主は確かに羽を持っていた。コウモリの様な大きな羽。人間ではない事は明白だ。
手に汗が滲む。得体の知らぬ何かに俺はいっそう怖気付く。
月の明かりに目が慣れ徐々に視界に彼女の全容が写る。
そこに居たのはピンクの腰まである長い髪に底の見えないような赤い目の女だった。背中の羽は大きく開き、髪が月光で不気味に輝いた。
「君は…誰だ?」
唐突な出来事に驚いた俺の声は少し震える。
しかし、俺の質問なぞお構いなしに彼女は話を続けた。
「私が誰かなんてどうでもいいわ。私は君に"提案"を持ちかけにきたの」
提案?俺は彼女が誰なのかも知らない。話を理解できず俺はよりいっそう混乱する。
「提案の内容は…ただ一つ、その杖を私にくれるだけでいいわ」
彼女はそう言うと俺の右手にある杖を指差した。
杖を渡せ?見ず知らずの人に向かってそんな事を言って渡してもらえると思っているのか?
俺がそう思案し返答に悩んでいると彼女はギラリと輝く金属の塊を屋根の上から俺に向けてきた。
ナイフだ。
「シンプルだと思わない?その杖を私に渡すだけ。なにも難しい事はないわ…。ただ、もし私に反抗しようと言うなら…とても難しい話になるかもしれないわね」
依然としてナイフは俺に向けられている。
俺は今になって自分の身の上に起きている事を理解した。
「…お前が身ぐるみを剥がすつもりならば俺も抵抗する。俺は国営ギルドBランク魔導士だ。俺に手を出せばお前もただじゃすまない」
俺は杖に魔力を込め始めた。いつ攻撃してくるか分からない。俺は使える神経を全て使い感覚を研ぎ澄ました。
しかし彼女は攻撃をする様子はなく、更に言葉を続ける。
「あら、あなたに会える事を長年待っていたのに残念だわ。あなたは何も分かってないようね…奇遇にもあなたは"魔導士失踪事件"の調査を任命されていたのにね」
彼女はそう言うとふふっと笑う。
何故魔導士失踪事件を知っている?そして何故俺がその調査を任命されている事も……
未知の者への恐怖で体は更にこわばる。
「いい事を教えてあげるわ。あなたがずっと知りたがっていた事」
彼女のその赤い目はさらに月の光を飲みこんだ。
「魔導士失踪事件の犯人は私よ。あなたがこの街のギルドに居ると聞いてね。襲って聞き込んでたの。私の目的はあなたよ」
戦慄が走る。数多もの魔導士はこの女によって連れ去られ…いや、葬られたと言うのか。
命の危機を感じ俺は後退りする。
このまま逃げてしまいたい…
そんな思いが脳裏をよぎる。
しかし、数々の仲間やあの「ウィズイン・レオナード」もこの女に葬られている。
その事実が俺を足止めした。
「目的はなんだ!!言え!!さもなければ…!」
俺が勇気を振り絞り叫んだが女はものともせず話を続ける。
「あら、情報が足りなかったかしら。結構良い情報だと思ったのだけれど。いいわ、もう一つ大きな話を教えてあげるわ」
「そんな事俺は聞いてない!!目的を…」
俺の発言を遮り彼女が発した言葉は俺の想像を超えるものだった。
「あなたの親は殺されたの。この私に。随分と昔…そう、300年前に私の手で。二人とも立派な魔導士だったわ…私には勝てなかったみたいだけれど」
俺の親が……
この女に………
自身の両親の事など孤児院以外の誰にも話してはいない。
何故、俺の両親が死んだ事を知っている?お前の発言はハッタリなのか?
300年前?何を言って…
様々な感情が行き交い俺は遂に耐えられなくなった。貧血を起こした時の様に意識が離れ俺は後ろへ倒れていく。
暗く消えゆく俺の視界に屋根から飛び降り俺の杖を奪おうとする女の姿が写った。
その時だった。
ーーーバシュン‼︎‼︎‼︎ーーー
耳が破ける様な破裂音。この音は……
俺は目を開く。
目の前にはピストルを持ち女の前に立ちはだかる少年が一人いた。そうだ、彼は…
「シード!!」
俺は力の限り叫ぶ。
彼の持つピストルの銃口からは未だ煙が出ている。
銃弾を喰らった女は建物の壁まで吹き飛ばされていた。
ただのピストルではないようだ。
「シャル兄ちゃん大丈夫だった?帰りが遅いから探しにきたんだよ」
シードは落ち着いて口を開く。仲間がいる事の安心感に奮い立ち俺は再び立ち上がる。
不意を突かれた女はよろよろと立ち上がると、そのナイフを
再び俺達に向けた。
「よくやってくれたじゃない……良いわ、相手してあげる」
女は俺を赤い目で睨む。
この女は…他の魔導士もこの眼で殺したというのか…!
…今度はシードに世話になる訳にはいかない。
俺は杖にためた魔力を一斉に放った。
「通常魔法・烈火球!!!!」
杖の先端が炎で包まれ、手に熱を感じる。炎が上半身程の大きさになると、その炎を勢い良く発射した。
地面の近くを飛ぶその炎は夜の闇を照らし、減速する事なく女を目掛けて飛ぶ。
しかし、炎が女に命中しようとした時、
ーーザシュン!!ーー
「あいつ…炎を切った…⁉︎」
炎は女の短剣により散り散りとなった。
魔法を切るとは…! 聞いたことが無い!
「私と正面からやり合うつもり?残念だけれど、私、強いわよ」
女は口に手を当てながら話す。その一つ一つの動作が不気味な恐怖を呼ぶ。
このままでは勝てない。シャルはこの時、女との圧倒的な力の差を肌で感じた。それは決して埋められない溝だという事はとても理解に容易いことであることも。
シャルに残された道はただ一つ、"あの魔法"を使う事だ。
「来るなら来い!!!杖は渡さない!!」
俺は叫んだ。力の限り遠くへ、こいつを飛ばさなければ…!
シャルが再び杖に魔力を込めると、女の足元に大きな魔法陣が現れた。
「………まさかこれって!!」
女が狼狽うろたえる。女は更に羽を広げた。彼女は飛びかかる準備を整えた。
ーー「くたばれローズムーン!!」ー
もう、来る。……今だ!!!
「 適当空間移動!!!」
俺が魔法を唱えると魔法陣は大きく光を放ち出した。魔法陣の絵柄はコマの様に周り、次第に目も当てられぬ程の光量へと変化していく。
「ローズムーン…!やりやがったわね……!」
女が眩い光で見えなくなる。
光が落ち着いた頃にはそこに女の姿はもう無かった。
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