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幽霊でもいいから。

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 中学校生活の大半を、わたしはひとりで過ごしている。

 休み時間も、大抵は読書。

 クラスメイトのほとんどは、休み時間になるとスマホをいじってる。

 本当は、スマホの持ち込みは原則禁止なんだけどね。

 みんな先生がいなくなるとこっそり電源入れて、動画投稿サイトやSNSを見ながら会話してる。

 あの動画面白かったとか、あのYouTuberがあんなこと言ってたとか、有名な芸能人がSNS始めたとか。

 わたしは一年前のあの日以来、スマホではなくガラケーを持っている。

 ママがSNSや動画サイトを見なくていいようにと、必要最低限通話とメールだけができるガラケーを契約したんだ。

 今時こんなガラケー持ってる中学生、わたしぐらいだろうな。現にわたしと同じガラケーを持っているのは、家だとおじいちゃんだ。

 読書しながらみんなの会話を聞いていると、自分だけ世界の片隅に取り残された気分になる。

 楽しそうなクラスメイトを見ると、正直うらやましい。

 でも、今でもSNSや動画サイトを見る勇気がなかった。

 樫木茉莉花なんて、もう誰も興味がないのはわかっている。表舞台からいなくなった子役のことなんて、世間じゃあ誰も話題になんてしていない。




「ねえねえ甲斐田さん、何の本読んでるの?」

 突然話しかけられて、わたしはびくりと顔を上げる。

 目の前にはクラス委員の関さんが立っていた。

「え……あの、その、えっと」

 読書中に話しかけられたことなんて今までなかったから、わたしはどう返していいかわからずしどろもどろになっていた。

「ああ、ごめんね、なんかいつも真剣に読んでるから、面白い本なのかなーって」

 関さんはにっこり笑うと、わたしの前の席に後ろ向きで座った。

 目の前に座る関さん。関さんはクラスの中で一番の美人だ。長い黒髪をポニーテールにして、二重の目はきりっとしている。

 ちょっと中性的な感じがあって、女子からも非常にモテる。

 演劇部に入っているからかな。姿勢もいいし、声もよく通った。

「甲斐田さん、本好きなの? 松島礼二とか知ってる? この前ドラマになった"人魚の水槽"の原作者の」

――松島礼二。知らないはずがない。わたしが最後に主演をつとめた映画の原作者でもある。

 背中にいやな汗がつたう。

「あたし、松島礼二の"遥か遠い夜汽車"好きなんだ。去年映画も観たよ。あの映画……」

「わたし、映画観ないから!」

 強い口調で、関さんの言葉を遮る。一瞬教室がしんとなった。

「……あ、あの」

「あ、ごめん。読書中だもん、邪魔したあたしが悪いんだ。気にしないで、ね?」

 ごめん、ごめんと関さんが顔の前で手を合わせる。

 その背後で、
「地味子が関さんに喧嘩売ってる」
 とか、
「ていうか地味子いたんだ」
「幽霊みたいだからな」
 という声が聞こえた。

「ちょっと、誰今の。喧嘩なんて売られてないし、感じ悪いっしょ、そういうの」

 関さんが怒ったように言う。正直そんなの気にしてないから、早くひとりにしてほしかった。

 映画の話なんて、したくない。あの日のことを思い出すから。

 注目も浴びたくない。あの日のことを思い出すから。

 幽霊でいい。幽霊でもいいから、そっとしておいてほしい。

 下を向いて深く呼吸していると予鈴が鳴った。ごめんね、と関さんが自分の席に戻る。

 わたしはそっと読んでいた本を閉じて、五限目の国語の教科書を取りだした。

 何度呼吸を整えても、手の震えが止まらなかった。
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