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わたしは、プロ失格です。
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「茉莉花《まつりか》ちゃんて、同年代の雫ちゃんに比べたら、全然ブスだよね」
大きな映画館のスクリーン前。
主演として舞台あいさつに来ていたわたし、樫木茉莉花《かしき まつりか》は、舞台挨拶後のサイン会で、中年の男の人に突然そう言われた。
「ブスだし、演技もフツーっていうかへたくそだし、自分のこと、なにか勘違いしちゃってる? 天才だって」
そう言って、その人はわたしがサインを書いたパンフレットを目の前でやぶいた。
周囲が騒然としてわたしと男の人を見ている。隣にいたスタッフさんと警備員さんが慌てて男の人を会場の外へ引きずり出す。
取材に来ていた報道関係者のひとたちは、呆然とするわたしと引きずられていく男の人を、おもしろそうに撮っていた。
「SNS見てみろよ! 誰もお前のことなんか、褒めてやしないぜ? ブス! 身の程をわきまえろよ!」
男の人は引きずられながら、そうわたしに向かって叫んだ。
サイン会は中止になった。
☆
「茉莉花、あんな男の言うこと、気にしちゃだめよ。あの男、牧村雫のファンだったみたい。あの映画の主役、茉莉花に取られたってわめいてたらしいから……牧村雫は初めから候補に挙がってなかったのにね」
マネージャーの保坂さんが、わたしを自宅のマンションに送り届ける途中、車を運転しながら言った。
サイン会の途中で起きた突然の出来事。わたしは男が会場から引きずり出されたあともサイン会を続けようとした。
どんなことがあろうとも、わたしはプロ。笑顔で乗り切っていこうと、順番待ちしていた女の人からパンフレットを受け取ってサインを書こうとした、その時だった。
「まあ、確かに、そんなに可愛くないわね。実物を見ると」
その言葉に驚いて顔を上げると、女の人が屈託もない笑顔でパンフレットをひったくった。
その女の人はスタッフさんも警備員さんも押しのけて、自分から会場の扉を開き出ていった。
限界だった。
我慢しようと思ったけれど、わたしは言葉を失い、立ち尽くしてしまった。
百の誉め言葉より、ひとつふたつの貶し言葉が勝った瞬間。
そのあとのことはあまり覚えていなくて、気がついたら控室で保坂さんに慰められていた。
慰めの言葉は今も続いているけれど、わたしの心には響かない。
サイン会の前から、わたしはSNSで誹謗中傷を受けていることを知っていた。
ブスとか、性格悪そうとか、同年代の子役の牧村雫ちゃんと比べられたり、わたしがいるせいで雫ちゃんの仕事が減っているとか、いなくなれとか、死ねって書かれてたこともあった。
どんなことがあっても、負けないつもりだった。
わたしはプロの子役。樫木茉莉花。
でも、今日負けてしまった。
与えられた仕事をちゃんとこなせなかった自分が情けなかった。
仕事取るのに、みんながどれほど頑張ってるかをわたしは知っているから、一生懸命今まで仕事してきたのに。
保坂さんが、わたしをマンションの部屋まで送り届ける。玄関先ではママが青い顔して出迎えてくれた。
「茉莉花、大丈夫?」
正直ママの方が今にも倒れそうな顔をしていた。わたしは「大丈夫」と答えて、玄関のそばにある姿見を見る。
姿見に映ったわたし。
可愛いって言える?
「なんだ、本当に可愛くないじゃん……本当にブサイク、ブスだ」
そう言い残して、わたしは自分の部屋にふらふら戻った。背後でママと保坂さんが何か言っていたが、何を言っているかよくわからない。
部屋に戻って、バッグからスマホを取りだす。
今日のことは、ネットニュースにもなっていた。
ネットニュースのコメント欄を見て、わたしはその日初めて言葉の暴力に泣いた。
天才子役”樫木茉莉花”は、その日死んでしまったのだと思う。
大きな映画館のスクリーン前。
主演として舞台あいさつに来ていたわたし、樫木茉莉花《かしき まつりか》は、舞台挨拶後のサイン会で、中年の男の人に突然そう言われた。
「ブスだし、演技もフツーっていうかへたくそだし、自分のこと、なにか勘違いしちゃってる? 天才だって」
そう言って、その人はわたしがサインを書いたパンフレットを目の前でやぶいた。
周囲が騒然としてわたしと男の人を見ている。隣にいたスタッフさんと警備員さんが慌てて男の人を会場の外へ引きずり出す。
取材に来ていた報道関係者のひとたちは、呆然とするわたしと引きずられていく男の人を、おもしろそうに撮っていた。
「SNS見てみろよ! 誰もお前のことなんか、褒めてやしないぜ? ブス! 身の程をわきまえろよ!」
男の人は引きずられながら、そうわたしに向かって叫んだ。
サイン会は中止になった。
☆
「茉莉花、あんな男の言うこと、気にしちゃだめよ。あの男、牧村雫のファンだったみたい。あの映画の主役、茉莉花に取られたってわめいてたらしいから……牧村雫は初めから候補に挙がってなかったのにね」
マネージャーの保坂さんが、わたしを自宅のマンションに送り届ける途中、車を運転しながら言った。
サイン会の途中で起きた突然の出来事。わたしは男が会場から引きずり出されたあともサイン会を続けようとした。
どんなことがあろうとも、わたしはプロ。笑顔で乗り切っていこうと、順番待ちしていた女の人からパンフレットを受け取ってサインを書こうとした、その時だった。
「まあ、確かに、そんなに可愛くないわね。実物を見ると」
その言葉に驚いて顔を上げると、女の人が屈託もない笑顔でパンフレットをひったくった。
その女の人はスタッフさんも警備員さんも押しのけて、自分から会場の扉を開き出ていった。
限界だった。
我慢しようと思ったけれど、わたしは言葉を失い、立ち尽くしてしまった。
百の誉め言葉より、ひとつふたつの貶し言葉が勝った瞬間。
そのあとのことはあまり覚えていなくて、気がついたら控室で保坂さんに慰められていた。
慰めの言葉は今も続いているけれど、わたしの心には響かない。
サイン会の前から、わたしはSNSで誹謗中傷を受けていることを知っていた。
ブスとか、性格悪そうとか、同年代の子役の牧村雫ちゃんと比べられたり、わたしがいるせいで雫ちゃんの仕事が減っているとか、いなくなれとか、死ねって書かれてたこともあった。
どんなことがあっても、負けないつもりだった。
わたしはプロの子役。樫木茉莉花。
でも、今日負けてしまった。
与えられた仕事をちゃんとこなせなかった自分が情けなかった。
仕事取るのに、みんながどれほど頑張ってるかをわたしは知っているから、一生懸命今まで仕事してきたのに。
保坂さんが、わたしをマンションの部屋まで送り届ける。玄関先ではママが青い顔して出迎えてくれた。
「茉莉花、大丈夫?」
正直ママの方が今にも倒れそうな顔をしていた。わたしは「大丈夫」と答えて、玄関のそばにある姿見を見る。
姿見に映ったわたし。
可愛いって言える?
「なんだ、本当に可愛くないじゃん……本当にブサイク、ブスだ」
そう言い残して、わたしは自分の部屋にふらふら戻った。背後でママと保坂さんが何か言っていたが、何を言っているかよくわからない。
部屋に戻って、バッグからスマホを取りだす。
今日のことは、ネットニュースにもなっていた。
ネットニュースのコメント欄を見て、わたしはその日初めて言葉の暴力に泣いた。
天才子役”樫木茉莉花”は、その日死んでしまったのだと思う。
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