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小話
小話:いい夫婦の日
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『いい夫婦の日』に合わせて書いたそれっぽい雰囲気のSS小話です。※全年齢。
本編読了後に読んでいただくことを推奨いたします。
—————————
俺はそれこそ物心ついた時から、恋愛対象が男性だった。
初恋は、俺がまだ5歳のとき。
実家に出入りしていた年配の庭師さんがいて、彼はその孫で跡継ぎだった。彼は将来の勉強のためにと庭師のお祖父様によくついて来ていて、庭に出て草花を観察することが好きだった俺は、彼によく懐いていたと思う。俺より10は年上であろう彼も、それこそ俺を弟のように可愛がってくれた。
その感情が恋だとは、幼かった当時の俺は気付いていなかった。
彼の姿を見るだけで心が浮き足立って、会話ができると嬉しくて、頭を撫でてもらえると心臓がドキドキした。不思議だな、なんでだろうっていつも思っていた記憶がある。
数年後、彼のお祖父様が年齢を理由に庭師を引退することになった。
それにより彼はお祖父様の跡を継いで、正式に実家専属の庭師になった。これからは彼に会える機会がもっと増えるのだと思うと、俺は嬉しくて仕方がなかった。
しかし、次に彼の口から発せられた言葉を聞いて、俺の気持ちはすぐに沈むことになる。
「一人前になれたら、彼女と結婚するって約束だったんだ」
彼には婚約者がいた。
お祖父様の跡を継ぎ一人前の庭師になった今、婚姻の話が進んでいるのだと彼は嬉しそうに俺に話してくれた。
そんな彼の言葉を聞きながら、俺は失恋を実感した。自分は彼のことが恋愛的な意味で好きだったのだと、このとき初めて自覚したのだった。
結婚してからの彼はとても幸せそうで、彼が幸せであることは俺にとっても嬉しいことであるはずなのに、なぜだか見ていて辛くなってしまった。そんな自分が嫌で、俺はだんだんと庭に寄り付かなくなった。
俺はその後すぐに全寮制の学校に入学が決まって、長期休暇の時くらいしか実家へは帰らなくなったので、彼とは自然と疎遠になっていった。
実家を勘当されてから数年経った今となっては、俺には現在彼がどのように過ごしているのかを知る術すらない。奥さんや子供と一緒に、いつまでも元気で幸せに暮らしているといいなと思う。
俺はちゃんとわかっていた。同性を好きになることが異質だということも、男同士で結婚はできないということも。
きっと俺だって、いつかは親同士が決めたどこかの令嬢と見合いをさせられて、結婚をすることになるのだろうと。次男である俺には、せいぜいそのくらいしか使い道がないから。
自分の性癖をひた隠しにして、愛せるかもわからない女性と結婚をして、子供を作って……。当時の俺にはまったく想像ができなかったし、今でもできないけれど、地方領主の子息という自分の境遇を鑑みると、そうなる未来しか考えられなくて。
本当は、誰かのお嫁さんになりたかった。
あの彼のような、優しくて素敵な男性と結婚をして、平凡でも幸せな家庭を築くことができたら。旦那様は俺に毎日愛してるって言ってくれて、俺も愛してるってたくさん伝えて、生活なんて裕福じゃなくてもいい。大好きな人と結婚して、幸せに暮らす。そんなあり得ない世界を想像しては、叶うはずがないと落胆したものだった。
「ラビ、そんなところにいたら身体が冷えちゃうよ」
声をかけられてそちらを見れば、寝室の扉からアルが顔を覗かせていた。
寝室の椅子に座ってぼんやりと考え事をしているうちに、いつの間にか時間が経っていたらしい。傾きかけていた日は今や完全に落ちようとしていて、部屋の中が薄暗くなっていた。
「最近寒くなってきたから、風邪ひかないように気を付けないと……」
アルはそう言いながら寝室の明かりをつけると、少し冷えてしまった俺の身体にガウンをかけてくれる。
「ありがとう。ちょっと、昔のこと思い出してた」
「……そっか」
昔のこと、と俺が言うと、アルは何も聞かずに俺を抱きしめてくれた。
アルにこうして抱きしめられるとすごく安心する。昔、庭師の彼に頭を撫でられた時とは比べ物にならないくらいにドキドキして、心があたたかくなる。
彼のことは勿論好きだった。今思い返してみても、あれは紛れもなく恋愛感情だったと断言できる。だけど……俺の好きな人は、アルしかいない。ずっとアルだけを見ていたい。ずっとアルと一緒にいたい。アルにだったら俺の全てを捧げてしまえる、本気でそう思うくらいに。
「アル……俺のこと受け入れてくれて、ありがとう」
つい先程まで初恋の思い出に耽っていたせいか、なんとなくセンチメンタルな気分になって、俺はアルに抱きしめられたままそう口に出していた。
人生で一番好きになった人と、こんなに幸せな日々を送ることができるだなんて、昔の俺は思ってもみなかっただろう。こんな夢みたいな未来、絶対にあり得ないと思っていた。それこそ今でもたまに夢なんじゃないかと思ってしまうくらいに、アルは俺が欲しくてたまらなかったものを全部くれたから。
「それは、僕の台詞だよ……」
アルは俺の耳元でそう囁くと、俺の唇にそっと自分のそれを重ねて、キスをしてくれた。
熱くて、甘くて、とろけてしまいそうなくらい優しいキス。俺はアルからのキスに精一杯応えながら、気が付けば彼の背中に腕を回してもっとと強請っていた。
アル、好き。だいすき。俺がアルに与えられるものなんて限られているけれど、それでもアルを離したくはない。アルに俺の全部をあげるから、ずっとこうしていてほしい……。
もう夜になる。そろそろ夕食の準備をしなければいけないと、理性ではわかっていた。それでも一度高まってしまったものは抑えることなどできず、最初はただ唇を合わせるだけだったキスも、どんどん深いものになっていく。
俺が熱のこもった目でアルを見上げると、同じように熱っぽくなったアルの目と視線がぶつかった。
「……今日は夕食の時間、ちょっと遅めにしよっか」
そう言って微笑んだアルにこくりと頷き返すと、すぐにふわりとベッドに押し倒される。俺は心の中でまた「ありがとう」と呟いてから、目の前の愛する人に身を預けたのだった。
end.
本編読了後に読んでいただくことを推奨いたします。
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俺はそれこそ物心ついた時から、恋愛対象が男性だった。
初恋は、俺がまだ5歳のとき。
実家に出入りしていた年配の庭師さんがいて、彼はその孫で跡継ぎだった。彼は将来の勉強のためにと庭師のお祖父様によくついて来ていて、庭に出て草花を観察することが好きだった俺は、彼によく懐いていたと思う。俺より10は年上であろう彼も、それこそ俺を弟のように可愛がってくれた。
その感情が恋だとは、幼かった当時の俺は気付いていなかった。
彼の姿を見るだけで心が浮き足立って、会話ができると嬉しくて、頭を撫でてもらえると心臓がドキドキした。不思議だな、なんでだろうっていつも思っていた記憶がある。
数年後、彼のお祖父様が年齢を理由に庭師を引退することになった。
それにより彼はお祖父様の跡を継いで、正式に実家専属の庭師になった。これからは彼に会える機会がもっと増えるのだと思うと、俺は嬉しくて仕方がなかった。
しかし、次に彼の口から発せられた言葉を聞いて、俺の気持ちはすぐに沈むことになる。
「一人前になれたら、彼女と結婚するって約束だったんだ」
彼には婚約者がいた。
お祖父様の跡を継ぎ一人前の庭師になった今、婚姻の話が進んでいるのだと彼は嬉しそうに俺に話してくれた。
そんな彼の言葉を聞きながら、俺は失恋を実感した。自分は彼のことが恋愛的な意味で好きだったのだと、このとき初めて自覚したのだった。
結婚してからの彼はとても幸せそうで、彼が幸せであることは俺にとっても嬉しいことであるはずなのに、なぜだか見ていて辛くなってしまった。そんな自分が嫌で、俺はだんだんと庭に寄り付かなくなった。
俺はその後すぐに全寮制の学校に入学が決まって、長期休暇の時くらいしか実家へは帰らなくなったので、彼とは自然と疎遠になっていった。
実家を勘当されてから数年経った今となっては、俺には現在彼がどのように過ごしているのかを知る術すらない。奥さんや子供と一緒に、いつまでも元気で幸せに暮らしているといいなと思う。
俺はちゃんとわかっていた。同性を好きになることが異質だということも、男同士で結婚はできないということも。
きっと俺だって、いつかは親同士が決めたどこかの令嬢と見合いをさせられて、結婚をすることになるのだろうと。次男である俺には、せいぜいそのくらいしか使い道がないから。
自分の性癖をひた隠しにして、愛せるかもわからない女性と結婚をして、子供を作って……。当時の俺にはまったく想像ができなかったし、今でもできないけれど、地方領主の子息という自分の境遇を鑑みると、そうなる未来しか考えられなくて。
本当は、誰かのお嫁さんになりたかった。
あの彼のような、優しくて素敵な男性と結婚をして、平凡でも幸せな家庭を築くことができたら。旦那様は俺に毎日愛してるって言ってくれて、俺も愛してるってたくさん伝えて、生活なんて裕福じゃなくてもいい。大好きな人と結婚して、幸せに暮らす。そんなあり得ない世界を想像しては、叶うはずがないと落胆したものだった。
「ラビ、そんなところにいたら身体が冷えちゃうよ」
声をかけられてそちらを見れば、寝室の扉からアルが顔を覗かせていた。
寝室の椅子に座ってぼんやりと考え事をしているうちに、いつの間にか時間が経っていたらしい。傾きかけていた日は今や完全に落ちようとしていて、部屋の中が薄暗くなっていた。
「最近寒くなってきたから、風邪ひかないように気を付けないと……」
アルはそう言いながら寝室の明かりをつけると、少し冷えてしまった俺の身体にガウンをかけてくれる。
「ありがとう。ちょっと、昔のこと思い出してた」
「……そっか」
昔のこと、と俺が言うと、アルは何も聞かずに俺を抱きしめてくれた。
アルにこうして抱きしめられるとすごく安心する。昔、庭師の彼に頭を撫でられた時とは比べ物にならないくらいにドキドキして、心があたたかくなる。
彼のことは勿論好きだった。今思い返してみても、あれは紛れもなく恋愛感情だったと断言できる。だけど……俺の好きな人は、アルしかいない。ずっとアルだけを見ていたい。ずっとアルと一緒にいたい。アルにだったら俺の全てを捧げてしまえる、本気でそう思うくらいに。
「アル……俺のこと受け入れてくれて、ありがとう」
つい先程まで初恋の思い出に耽っていたせいか、なんとなくセンチメンタルな気分になって、俺はアルに抱きしめられたままそう口に出していた。
人生で一番好きになった人と、こんなに幸せな日々を送ることができるだなんて、昔の俺は思ってもみなかっただろう。こんな夢みたいな未来、絶対にあり得ないと思っていた。それこそ今でもたまに夢なんじゃないかと思ってしまうくらいに、アルは俺が欲しくてたまらなかったものを全部くれたから。
「それは、僕の台詞だよ……」
アルは俺の耳元でそう囁くと、俺の唇にそっと自分のそれを重ねて、キスをしてくれた。
熱くて、甘くて、とろけてしまいそうなくらい優しいキス。俺はアルからのキスに精一杯応えながら、気が付けば彼の背中に腕を回してもっとと強請っていた。
アル、好き。だいすき。俺がアルに与えられるものなんて限られているけれど、それでもアルを離したくはない。アルに俺の全部をあげるから、ずっとこうしていてほしい……。
もう夜になる。そろそろ夕食の準備をしなければいけないと、理性ではわかっていた。それでも一度高まってしまったものは抑えることなどできず、最初はただ唇を合わせるだけだったキスも、どんどん深いものになっていく。
俺が熱のこもった目でアルを見上げると、同じように熱っぽくなったアルの目と視線がぶつかった。
「……今日は夕食の時間、ちょっと遅めにしよっか」
そう言って微笑んだアルにこくりと頷き返すと、すぐにふわりとベッドに押し倒される。俺は心の中でまた「ありがとう」と呟いてから、目の前の愛する人に身を預けたのだった。
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