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本編
猫が顔を洗うと雨
しおりを挟む僕の名前はアル。元奴隷であることを除けば、ごくごく普通のしがない一般市民だ。
怪我をして行き倒れていた僕を助けてくれたラビという青年と、なんだかんだで恋人同士になって今は仲良く暮らしている。一緒に住むようになってもう結構経つが、ラビとの関係はいまだに良好で……惚気になりそうだけど、正直すごくラブラブだと思う。
そんな日々を送っていたとある日だった。
梅雨に入って間もない、6月の夕方。僕は仕事を終えて、ひとり帰路を辿っていた。
先日に梅雨入りしてからというもの、毎日のように雨が降っている。今日も生憎の雨模様で、僕は傘をさして歩きながら今日の夕食のメニューを考えていた。僕とラビは仕事の時間がズレていて、帰宅も僕のほうが早いので夕食の用意をするのは僕であることが多かった。ラビは僕が作った料理が好きなんだって。僕自身も料理することが好きだし、ラビが喜んでくれるからこの役割が気に入っていたりする。
そんなことを思いつついつもの道を歩いていると、ふと視界の隅に見慣れないものが映った。
自宅まではもう3分もかからないくらいの近所の道だから、違和感にはすぐに気付くことができた。だが、この距離からではそれが何であるかまではわからない。まだ夕方とはいえ、今日は雨が降っているので空もどんよりと暗く視界が悪いのだ。それでも今朝通った時はそこには確実に何もなかったはずで、僕は好奇心からそちらへ近付いていく。
「あれ……?」
そこにあったものを見て、僕は思わず目を見張ってしまった。
✦✦✦
「ただいまー……ってアル、その腕どうしたの!?」
「ラビ、おかえり……。疲れてるとこ悪いんだけど、助けてほしい……」
その日の夜。
仕事から帰ってきたラビを迎えた僕の姿はボロボロになっていた。
もともと僕の身体は奴隷時代にできた古傷が沢山あったりするのだが、今ラビが指摘したのはそれではない。僕の手の甲から腕部分にかけて、真新しい無数の傷ができていた。
「見せた方が早いから、こっち来て……」
既に説明する気力すらない僕は、怪訝な顔をしているラビの手を引いて部屋に入るよう促した。彼は僕の腕の傷を心配そうに見ていたが、部屋に入ってそこにいるものを確認した瞬間、目を丸くして驚きの声を上げた。
「……猫!?」
そう、猫だった。
雨が降っていたせいで全身汚れているため少しわかりづらいが、身体の大きさからしてまだ子猫だと思われる。子猫は汚れた状態のまま先程まで僕に抵抗して暴れていたので、居間の床の一角が悲惨なことになってしまっていた。
僕は改めてラビに事情を説明する。
「今日、仕事の帰りに見つけて……。怪我して動けなくなってたから、つい連れて帰ってきちゃったんだ。泥だらけだからとりあえず洗おうと思ったんだけど、水を嫌がって……」
僕の腕の傷は、水を嫌がる猫と、それでも洗おうとする僕が攻防を繰り広げた結果というわけだ。
つい勢いで拾ってきてしまったが、僕は動物の扱いにはまったく心得がない。これまでの人生でペットを飼ったことなどあるわけがないし、唯一動物との触れ合いといえば、奴隷時代に仕えていた屋敷の犬と共に寝ていたことがあるくらいだ。その屋敷には猟犬や番犬が何匹もいて、犬小屋といっても結構な大きさがあったから、寝場所を与えられなかった僕にとっては犬小屋でも屋根があるだけマシだった。まあ、最初のうちは噛まれて怪我したりもしたから、決していい思い出ではないんだけど……。
「勝手なことしてごめん。部屋も汚しちゃったし……」
「ううん、いいんだよ! こんな小さい子、ほっとけないもんな。アルは優しいね」
ろくに扱いもわからないくせに、出過ぎたことをしてしまった。僕が反省して謝罪すると、ラビはこともなげに笑って、部屋を汚したことにすら小言のひとつも言わず許してくれた。そして腕を伸ばして僕の頭をぽんぽんと撫でてくれる。……え、天使? 僕の恋人、天使すぎないか?
「とりあえず子猫は俺に任せて。実は昔、猫飼ってたことあるんだ。すぐに洗ってくるから。そしたらアルもその傷、ちゃんと手当てしような」
優しいラビにときめいている僕をよそに、彼は慣れた手付きで子猫を抱き上げると足早にシャワールームへと消えていった。そうか、シャワールームで洗えば部屋を汚さないで済んだな……。頭が回っていなかった僕はキッチンから水を汲んで居間に持ってきていたので、猫が暴れたことで桶の水が溢れて床が水浸しになっていた。
とりあえず汚れた床を掃除しながら、僕は大人しく彼を待つことにする。猫が綺麗になったら怪我の手当てもするだろうから、救急箱も出しておこう。人間用のが猫に使えるのかはわからないが。
「……アル! 大変、大変だ!!」
10分ほどすると、子猫を洗い終えたのであろうラビがシャワールームから戻ってきた。しかし、何やら忙しない様子だ。大変大変と口にしながらパタパタと早足でこちらに駆けてくる。
普段穏やかなラビが珍しく大きな声で呼んでいるものだから、僕は心配になった。どうしたのだろうか。もしや噛まれたりした? それとも、子猫の怪我が想像よりも深刻だったのか?
しかし居間に現れたラビは、両手に抱いている子猫を僕の前に差し出すと、どこか興奮した様子でこう言った。
「この子、アルにそっくりだ!」
「……え?」
ラビに抱かれた子猫が、みい、と僕に向かって鳴く。
どういうことだ?と僕が首を傾げていると、ラビは手際よく子猫をバスタオルにくるんで僕に渡してきた。よくわからないままにそれを受け取り、とりあえず椅子に座って子猫の身体を拭いてやっていると、ラビは救急箱を開けて僕の怪我の手当を始める。手を動かしながら、彼はにこにこと機嫌よく僕に話しかけた。
「最初は泥だらけでわからなかったけど……この子、毛の色も瞳の色も、アルとおんなじだよ。可愛いなぁ」
「ああ……そういうこと?」
膝の上の子猫を改めてよく見てみると、確かにそうだった。
生後半年も経っていなさそうな子猫は、先程僕を引っ掻きまくったのが嘘のように今はタオルにくるまれて大人しくしている。その毛の色は薄い茶色で、確かに僕の髪の色とよく似ているかもしれない。目の色も僕と同じ蜂蜜色だし、確認したところ性別はオスのようだ。
とはいえ、この子は猫で僕は人間だから、こんなに小さな生き物に似ていると言われてもなんだかこう、複雑だ……。そんなことを考えていると、僕の傷の手当が終わった。さんざん引っ掻かれたとはいえ子猫の力だったので傷は浅く、大して痛みもない。放っておいたとしてもすぐに治ったであろう怪我を、ラビは丁寧に処置してくれた。
「もう少し身体が乾いたら、この子の手当もしないとな。もちろん、後でちゃんと病院に連れて行ってあげないとだけど……ていうかこの子、よく見たら首輪してるんだよな。飼い猫かもしれないから、迷い猫の届けも出さないと……」
ラビはこれからすべきことを次々と口に出しながら、どことなく楽しそうでもあった。そんな彼の様子を見て、僕はなんとなく思ったことを聞いてみる。
「ラビは猫が好きなの?」
「うん、好き! 可愛いし、癒されるし……。アルは動物好き?」
「え……動物……は」
ラビに「動物は好きか」と聞かれて、僕は本気で悩んでしまった。好きか嫌いかを判断できないくらい、あまりにも今までの人生で動物と接してこなかったからだ。
自分でもよくわからないので、とりあえず奴隷時代の犬小屋エピソードをラビに話してみる。本当にそれくらいなのだ、僕が動物と接した機会は。
「……そっか。アルはあんまり良い思い出ないんだな。それなのにこの子のこと助けて、アルは本当に優しいね」
僕の話を聞いたラビは、先程までとは一転、一気に悲しそうな表情になる。そんな顔をさせたかったわけではないのに、なんだか申し訳なくなった。
僕はラビにはいつも笑っていてほしいと思っている。でも、僕が昔の話をすると彼はいつも悲しんでしまう。ラビからすると、それだけ僕がいた環境が異常だったのかもしれないが。
「あ、でも……嫌な思い出ってわけでもないよ。確かに最初は噛まれたりしたけど、最終的には仲間に入れてくれたし、しばらく一緒に寝てたんだよ」
「うん……そうなんだね。アル、頑張ったんだね……」
ラビに笑ってほしい一心でフォローを入れてみたが、それを聞いてもなお、やはり彼の表情はどこか悲しげだった。僕なんかのためにそんな顔をしないでほしい。そう思った時には、僕は思わず彼の唇にちゅっと音を立ててキスをしていた。ラビの顔が瞬く間に真っ赤に染まる。かわいい……。
「……なっ、なに!?」
「悲しそうな顔してたから、つい」
「つい!? だからって、そんな急に……」
突然キスをされたラビは一見怒っているように見えるが、実はそうではなく照れ隠しなのだと僕は知っている。少し触れる程度のキスだったのに耳まで赤くしちゃって、本当に可愛いな。ラビの初心で愛らしい姿に情欲を刺激された僕は、再び顔をぐっと近付けて彼に強請ってみる。
「ねぇ、もっとキスしていい……?」
「え、ぁ、アル……っ!」
ラビが僕の名前を呼んだその時、タオルにじゃれていた子猫が、みい、とまたひと声鳴いた。その鳴き声を聞いて二人ともはっと我に返る。そうだった、今は二人きりじゃなくて、猫がいるんだった……。
「……あ、そろそろこの子の手当もしてあげないと!」
ラビはそう言うと僕から身体を離し、慌てた様子で子猫のほうへと行ってしまった。
ちょっといい雰囲気だったのに残念だ。でも怪我の手当のほうが大事だから、仕方ないか……。そんな風に思いながらも、ラビの興味を一瞬で攫っていった子猫を少し羨ましく思ってしまった。相手は動物だから、そんなつもりは一切ないってわかってはいるけれど。
ラビは猫好きみたいだし、そうでなくても小さくて可愛い生き物には惹かれるのだろう。僕は大きいし可愛くもないから、子猫のようににたくさん可愛がってはもらえない。ちょっと悔しい……。
甲斐甲斐しく子猫の世話を焼くラビの姿を眺めながら、僕は猫に対してなんとなくジェラシーみたいなものを感じていた。
✦✦✦
それから数日は、ラビと二人で子猫の世話に明け暮れる日々を送った。
動物病院に連れて行ったり、迷い猫の届出をしたり。飼い主が見つかるまでは結局うちで預かることになったから、お世話に必要な道具を簡単に揃えたり。
猫は後ろ足を怪我していたが、見たところ傷はそれほど深くはないようだった。しかし身体が小さく体力も少ない子猫であるので、油断は禁物だと言われた。今は家で怪我の経過を見ながら、ラビと一緒に面倒を見ている状態だ。
僕も最初はおっかなびっくりだったけど、ラビが仕事でいない時間帯は必然的に僕がお世話することになるので、最近は少しずつだけど触れるようになってきた。抱っこの仕方や、触ると嫌がる場所なんかをラビに教えてもらって、今では引っ掻かれることも殆どない。
そしてこの子猫だが、何故か「アル」と呼びかけると高確率で鳴いて返事をすることが判明した。
これにはラビが大喜びしてしまって、外見が(ラビ曰く)僕に似ているのも相まって、用もないのに何度もアル、アルと声をかけている始末だ。そのたびに猫も律儀に返事をしている。とても微笑ましいやりとりではあるのだが、僕の名前を口から発しながらもラビは僕の方を見てくれないので、ちょっと面白くなかったり。
見かねた僕が「猫か自分かどちらが呼ばれているのかわからなくてややこしい」と苦言を呈したら、ラビは少し不服そうにしながらも「じゃあ猫のアルだから『ニャル』かな……」と言ってそれ以降子猫のことはニャルと呼ぶようになった。ラビのネーミングセンスはなかなか独特だ。
そんなわけで、子猫……『ニャル』を預かってから一週間ほどが経ったが、いまだに飼い主が見つかったという連絡はない。
それでもラビが言うには、ニャルの状態を見るに明らかにどこかの飼い猫だ、とのことなので、僕たちは無事に飼い主が見つかることを願いながら引き続きニャルを保護し続けていた。
「だって首輪してるし、人にも慣れてるし、トイレなんかも躾けてあるみたいだし……野良だったらそういうの絶対ないよね。きっと飼い主も心配してるだろうな……」
早くおうちに帰れるといいね、とラビは足元でご飯を食べているニャルに話しかける。この一週間でラビはすっかりニャルにメロメロになっていた。
いや、僕だってニャルは可愛いと思っている。猫を触ったのは生まれて初めてだったけど、子猫の毛はふわふわで触り心地がよかったし、人間では考えられないほど小さくて、動いている姿を見ているととても癒される。でもやっぱり色々と初めてだから、僕はいまだにラビほどは慣れることができないでいる。ニャルにもそんな僕の様子が伝わってしまっているのか、どちらかというと僕よりもラビのほうに懐いている感じがしていた。
「アルはまだ触るの苦手?」
「……苦手ではないけど、小さいからちょっとでも力入れたら壊しちゃいそうで、少し怖いかな」
ラビからの質問に素直にそう答える。
ラビは僕がどのくらいニャルと交流できているか、結構気にかけているように思う。実はこれはニャルとのことに限らず、以前から僕がどんなことに興味を持つのか、何が好きで何が苦手なのか、彼は常に知りたがっている様子だった。僕は人が多い場所が苦手なのだが、ラビはそんな僕に配慮しつつも、必ず月に一度は僕を行ったことのない場所へ連れ出して、僕の興味を積極的に探っていたりする。これまでも博物館や劇場、公園など、ラビ主導で色々なところに出掛けたものだ。ラビは「アルの情操教育のために!」って張り切っているんだけど……『じょうそう教育』って何だろう。難しい言葉はよくわからないが、僕と二人で出掛けることが『じょうそう教育』みたいだから、きっとデートって意味なんだろうなと思っている。
「そっか。無理はしなくていいし、慣れるにしてもゆっくりでいいからね。……そういえば今まで動物と触れ合ってこなかったもんなぁ。今度二人で動物園にでも行ってみる?」
「動物園って何?」
「動物がいっぱいいるんだよ。可愛いのもかっこいいのも沢山」
「へえ……面白そうだね」
そんなふうにラビと他愛もない会話をしていると、ご飯を食べ終わったらしいニャルが「みい」と何かを主張するように鳴いた。その愛らしい鳴き声にラビは即座に飛びついて、ご飯を片付けながらニコニコ顔でニャルを撫でる。
「ニャルは可愛いな~。賢くていい子だし、怪我してるとは思えないくらい元気だし。ほんとアルにそっくり」
「そんなに似てる?」
「うん。見た目もだけど、怪我してるのを連れて帰ってきたとこもさ。覚えてないと思うけど、アルと最初に会ったのも雨の日だったんだよ」
「え……そうだったんだ……」
ラビの口から語られた驚きの事実に、僕は目を見開いた。
ラビと初めて会った日……あの時の僕はまだ奴隷で、色々あって怪我をして行き倒れていたところをラビが見つけてくれたのが彼との出会いらしい。らしい、というのは、僕は瀕死の状態だったのでその時のことをまったく覚えていないのである。だからその日も雨が降っていて、僕がニャルを拾った時と同じようなシチュエーションだったことを今初めて知った。本当に、ラビはよく見つけてくれたなと思う。
「そう考えると、俺たちも結構似てるのかも。結局二人ともほっとけなくて拾ってきちゃったんだもんな」
「そうだと嬉しいけど、僕はさすがに人間は拾ってこないと思う……」
「あはは、そうだよな。やっぱ俺おかしいのかなぁ?」
「確かにラビはちょっと変わってるけど……そんなところも好きだよ」
そう言って僕がラビの頬に触れようとすると、ラビの腕の中でニャルがまた鳴いた。みいみいと可愛らしい鳴き声はまるで何かを訴えているようだったが、何を伝えたいのかがよくわからない。
「ニャル、どうした~? ご飯はもう食べただろ? あ、喉乾いたのかな?」
「……」
瞬く間にラビの興味が僕からニャルへと移る。僕はもう不満げな様子を隠すことすらできていなかった。拾ってきた初日から、僕がラビといい雰囲気になると決まってニャルが鳴くのだ。それこそタイミングがよすぎてわざとやっているのではないかと勘繰ってしまうほどだった。お陰でこの一週間はろくにラビといちゃつけていなかったりする。
こんなに可愛い恋人が目の前にいるのに据え膳をくらっているばかりか、生後数ヶ月程度の子猫に完全敗北しているのである。僕の努力が足りないのかもしれないけど、それにしたってニャルが、ニャルが。
「……ニャルがじゃまする」
「えっ?」
僕がぼそりと呟いたひと言に、ラビはきょとんとした顔をしながら首を傾げた。そんな何気ない仕草もたまらなく可愛いのだが、今はそれどころではない。この小さな子猫は、しかし強力なライバルかもしれないのだ。いやニャルは猫だからそんなつもりないのかもしれないけど、はっきり言って羨ましい。僕もラビに構われたい。
「ニャルばっかりずるい。ラビは僕よりニャルの方が好きなの?」
「どうしたのアル、急に子供みたいなこと言って……」
「確かに僕は小さくないし可愛くもないけど、ニャルよりも長くラビと一緒にいるし、ラビのこと大好きなのに。それなのにニャルは小さいからってラビから目をかけてもらえてずるい。僕もラビにいっぱい可愛がられたい……!」
心の内をそのままに吐き出してみると、思いのほか大人げなさすぎる発言になっていた。僕ってもともと思ったことが直球で口に出るというか、遠回しな言い方ができないというか……そういうところがあるのは自覚していたが、まさかここまでとは。言った後で自分の言動が恥ずかしくなり、つい俯いてしまった。そんな僕を見てラビはくすりと笑う。
「ふふ。アルってば、ニャルにやきもちやいちゃった? ニャルは猫なのに」
「猫でもやだ。だってラビ、ニャルにメロメロになってるし。今までは僕だけだったのに……」
「……アル、わかんない?」
子供みたいな我儘を言う僕にラビはそう言うと、僕の耳のあたりの髪にそっと触れた。その表情はどこか艶っぽくて、不意打ちの色気に思わずドキッとしてしまう。ラビは普段は朗らかで可愛いのに、ふとした瞬間にとんでもなく色っぽくなる。そんな彼に僕は骨抜きにされっぱなしだ。
ドキドキしている僕をよそに、ラビはこう続けた。
「俺はずーっと、アルにメロメロなのに」
ラビのその一言だけで、全部わかった。
だって彼の声音は、僕への愛情でいっぱいに溢れていたから。僕は思い違いをしていたんだなって、一瞬で理解してしまったくらいに。
「そうだね……やっぱりニャルは一時的に預かってる子だからさ。子猫だし、万が一何かあったらそれこそ大変だし……だからどうしても優先しちゃうけど。でも、俺の一番はずっとずっとアルだから。それだけは忘れないで?」
ラビが苦笑しながら続けた言葉に、僕は素直に頷いた。僕がラビの言うことを疑うはずもない。
彼が僕のことを誰よりも愛してくれているのはちゃんとわかっていたはずなのに、ニャルに妬くあまり面倒臭いことを言ってしまった。
ラビに対して嫉妬や束縛めいた感情はあまり出したくない。それなのに、どうして僕はいつもこうなんだろうか。もっと余裕を持ちたいけど、恋人になって随分と経った今でも全くそれが出来ていないので、今後にもあまり期待はできない。
「それに、アルだって可愛いよ。俺にもっと構ってほしかったの?」
「へ、変なこと言ってごめん。忘れていいから……」
僕が先程の発言を思い出して彼に謝ると、ラビは何故か恥ずかしげに僕から目を逸らした。その表情も可愛すぎて僕にはたまらないのだが、どうしたのだろう。僕がよくわからず首を傾げると、ラビはほんのりと頬を赤く染めながら、小さな声でこう言った。
「……俺は、その、もっと構いたいんだけど。……二人きりで」
ラビの言葉の意図を理解した瞬間、僕はすぐに彼を寝室へと連れて行って、それから夜通し存分に“構って”もらった。
まさかラビからこんな可愛いお誘いをしてもらえるとは思っておらず、またもや僕は一瞬で完全敗北してしまった。でもラビに負かされるのなら一向に構わないし、むしろ大歓迎である。
あ、僕が構ってもらっている間、ニャルは居間にあるケージに入れておいた。ラビによく懐いているニャルは心なしか不満げな顔をしていたが、今だけは譲ることはできないと心を鬼にした。少し悪い気はしたけども。
でもさすがにこればかりは、絶対に邪魔させるわけにはいかないから!
✦✦✦
それから更に一週間。ニャルを拾ってきてからは早いもので二週間が経っていた。
あれからなんだかんだで、ニャルとは少し仲良くなれたような気がしている。ラビの応援もあって抵抗なく身体に触れるくらいにはなったし、最近では機嫌がいいときは向こうから寄ってきてくれたりもする。単純に「ご飯をくれる人」って覚えられているだけかもしれないけど……。
それと先日、適当な紐と布の端切れを使って猫じゃらしのようなおもちゃを作ってみたら、ニャルが結構気に入ってくれたのでちょっと嬉しかった。今もラビの帰りを待ちながらそのおもちゃで遊んでいる。僕がおもちゃを軽く振ったり投げたりしてやると、ニャルは喜んで飛び付いていた。
そんなニャルの様子を見ながら僕は、だいぶよくなったとはいえまだ怪我も治りきっていないのに元気だなぁ、と思っていた。子猫はただただか弱い生き物という印象があったけど、実際接してみると想像以上にパワフルだった。いや、ニャルがたまたま特別元気な子なのかもしれないが。
そんなことを考えながら、部屋の隅で遊ぶニャルを横目にソファで本を読んでいたが、しばらくするとおもちゃに飽きたらしいニャルが僕の足にじゃれてきた。構ってほしそうにしていたので、僕は立ち上がって本棚に本を戻しに行く。その間もニャルはとててて……と小さな足で駆けながらこちらに着いて来た。
「……なに?」
そう声をかけて抱き上げると、ニャルは僕の顔を見て「みい」とひと声鳴いた。何を要求しているのかはよくわからなかったが、抱っこしても嫌がる素振りを見せなかったので、僕はまたソファに座って膝の上にニャルを乗せる。毛並みを整えるようにそっと撫でてみると、ニャルは気持ちよさそうに蜂蜜色の目を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
それにしても随分と慣れてくれたなぁ。いや、どちらかというと慣れたのは僕の方か。
ニャルを保護するまで猫は未知の生き物だったが、こうして一緒に暮らしていると色々な発見があって面白かった。犬は番犬代わりに飼う人がいるくらい頭が良い動物だと知っていたけど、案外猫も人の顔を覚えられるくらいには賢いんだなとか。毎日決まった時間にご飯を与えていると、いつの間にかその時間を覚えていたりして驚いたりとか。
そうしてニャルを撫でながら、しばらくは静かな時間が流れた。気が付けばニャルは僕の膝の上で眠っていた。ひとの膝を寝床代わりにするとはどういうつもりだろう。でも、悪い気はしない。丸くなっていると茶色い毛玉か何かに見えるな……なんてことを思いつつも、子猫の体温はあたたかくて、とても心地よく感じた。
そういえばニャルはこんなに小さいのに、どうやって飼い主の元を脱走してきたんだろうか。一人で怖くなかったのかな。後ろ足の怪我はカラスか何かに襲われた結果だろうから、今思うとよく生きていたものだと思う。僕が見つけなかったら死んでいたかもしれないし、そうでなくても手遅れになっていた可能性は充分あったはずだ。
そう考えてみると、確かにラビの言う通り、ニャルは僕と似ているかもしれない。ちょっと図太いところとか、妙に悪運が強いところとか。最初は似ていると言われて不服だったけど、不思議と今は悪くないなと思えた。
「……このまま飼い主が見つからなかったら、うちの子になる?」
膝の上ですやすやと眠っているニャルを見ていると、自然とそんな言葉が口をついて出ていた。
いいかもしれない。お世話は大変だし、恋人といちゃつくのを邪魔されることもあるけど、ラビもニャルのことをすごく気に入っているし。ニャルもラビのことがすっかり大好きみたいだから、もしそうなったらきっと喜ぶだろう。僕のことはどう思っているのかよくわからないけど、少なくとも僕はニャルがずっとうちにいてもいいんじゃないかと思うようになっていた。
「アル!」
その時、玄関の扉が勢いよく開いてラビが帰ってきた。
しかし様子が普通ではなかった。家まで走って来たのか、息切れをして少し汗もかいている。そんなに慌ててどうしたのだろうか。
「おかえりラビ。急いで来たみたいだけど、何かあった?」
「ただいま……。あの、実は……」
ラビは息を整えながら、僕と僕の膝の上にいるニャルの姿を確認して何とも言えない表情になっていた。仕事で何かあったのだろうか? それとも体調が良くない?
怪訝な顔をしている僕に向かって彼が口にした言葉は、しかし僕の予想を裏切るものだった。
「ニャルの飼い主が見つかったって……」
✦✦✦
「アル!!」
突然名前を呼ばれて思わずビクッとする。
とはいえ、呼ばれたのは僕ではないようだった。声の主の視線は僕の腕に抱かれているニャルへと注がれている。ニャルは「みい」とひとつ返事をすると、ぴょこんと腕から飛び降りて相手のほうへと駆けて行った。
ニャルの飼い主は、まだ幼い少女だった。
まだ10にも満たないであろう彼女は、僕達に向かって「本当にありがとうございました」と丁寧にお礼を言うと、これまでの経緯を話してくれた。
3ヶ月ほど前に、彼女の家の飼い猫が子猫を出産した。ラビ曰く猫は一度の出産で何匹も子を産むらしいから、世話をする猫の数が一気に増えて大変だっただろう。彼女の両親はどちらも仕事で忙しかったため、幼い彼女ひとりで慣れないなりに子猫の面倒を見ていたのだが、ある日子猫のうちの一匹がいつの間にか忽然といなくなっていた。言わずもがなニャルである。慌てて探したがどうしても見つからず……途方に暮れていたところに、新聞に掲載されている迷い猫の情報を見つけた、とのことだった。
「まだ赤ちゃんだし、二週間も行方不明だったから、もう駄目かと思ってて……本当に良かった。ありがとうございます……」
大事そうにニャルを撫でながら少女は少し涙目になっていた。しかしこれだけ心配されていたにも関わらず、ニャルは少女の腕の中で「みい」と呑気に鳴いているだけだ。親の心子知らずである。もう少し感謝したらどうなんだ、という目でニャルを見てみるが、猫に伝わるわけもなかった。
そんな様子を見ていたラビが「助けてくれたのはこっちのお兄さんだよ」と言って僕を示すと、少女は僕に向かって改めて感謝を述べた。他人から感謝されたことがあまりない僕はどう反応していいかわからず「いえ……」と素っ気ない返事になってしまう。
拾ってきたのは僕だけど、こうして飼い主と再会できたのはやはり迷い猫の届出をしておいたことが功を奏したわけだ。届出をしようと言ったのはラビなので、実際はほとんど彼の功績といっていいだろう。
「この子、名前なんていうの?」
ラビが尋ねると、しっかりとした印象の少女は彼の質問にすぐに答えてくれる。
「アルバートっていいます。普段はアルって呼んでて」
「そうなんだ! お前、そんなかっこいい名前だったんだなぁ」
ラビが笑いながらニャルに話しかけている傍ら、僕は嘘だろ……と思っていた。
本当に「アル」って名前だったのか。これでラビに呼ばれた時に返事をしていたことにも納得できたけど……やっぱり猫と同じ名前というのはなんだか複雑だ。なんならニャル……じゃない、アルバートのほうがかっこいい感じだし。別に勝負してるわけじゃないけど、なんとなく負けた気がする……。
そんなこんなで、ニャルは無事に飼い主の元へ帰っていった。
少女は僕達に何度もお礼を言いながら、いつでも会いに来てねと連絡先まで教えてくれた。住所を聞いたら思ったより近くてびっくりしたけど、子猫の足では決して短い距離ではないから、自分の足だけでここまでやって来たニャルはやはり健脚といって差し支えないだろう。
ニャルとの別れを済ませ、ラビと自宅へ戻る。子猫のいなくなった家はやけに広く感じて、たった二週間だけどニャルはうちにすっかり馴染んでいたんだなと改めて実感させられた。ラビも僕と同じように感じているらしく、心なしか普段よりも口数が少ない。僕は何か会話をして元気づけようとラビに話しかけた。
「ニャル、ちゃんと家に帰れてよかったね」
「うん」
「飼い主もいい人だったし、帰ったら母猫にも会えるだろうし」
「うん……」
「今度さ、おやつ持って会いに行ってあげよう。きっとニャルも喜ぶよ」
「……」
ラビはついに黙ってしまった。
ラビはニャルのことをすごく可愛がっていたから、まだ名残惜しいのだろう。彼は寂しそうな顔で空っぽになったケージを見つめていた。でも、居間に置いたこの小さなケージにニャルが入ることはもうない。そう思うと僕までなんだか寂しい気持ちになってしまった。
「……会いに行きたいけど、次に会った時に忘れられてたらやだな……」
ラビがぽつりと呟いた。
「そんなことないよ。ラビにあんなに懐いてたんだから、絶対覚えてるよ」
「そうかな……。猫は人間ほど記憶力あるわけじゃないから……たった二週間だけ一緒にいた人間のことなんて、きっとすぐ忘れちゃうよ」
僕にそう言って目を伏せたラビは、やっぱり寂しそうだった。
猫はどれくらいの知能があるのか、実際に人の顔をどのくらい覚えられるのか、僕にはわからない。僕よりも猫に詳しいラビがそう言うのなら、もしかしたらそれは事実なのかもしれない。
「俺はニャルにとって、止まり木みたいなものだったから……。ニャルが幸せになってくれれば、俺のことなんて忘れてもいいんだ。……でも、やっぱり少し寂しいかなぁ」
ラビは笑いながらそう言っているけど、全然嬉しそうじゃなかった。そして、彼のその言い方には覚えがある。もう随分と前……僕と出会ってまだ間もない頃に、ラビは同じようなことを言っていた。「アルが幸せになれるなら、俺のことは忘れてもいい」と。
「僕、ラビが今何考えてるのかわかるよ」
僕がかけた言葉に、ラビはビクリと僅かに肩を震わせた。
「僕もそうなってたかもしれない……って思ってるよね?」
「……」
ラビは何も答えなかったが、その無言から図星であることが伝わってくる。
ラビはそういう人なのだ。本当は欲しくてたまらないのに、相手のことを想うあまり全部我慢して気持ちに蓋をしてしまう。僕の時もそうだった。
僕とラビが出会ったばかりの頃——ラビは僕のことが好きだったのに、最後の最後まで何ひとつ僕に気持ちを告げることはなかった。元奴隷であった僕の未来を考えてのことだったのだと思うが、それにしたって彼はいつも自分より他人を優先して、一人で抱え込んでしまうような[[rb:質 > たち]]だった。ラビは「自分は臆病者だ」なんて言うけど……きっとそれは彼が優しすぎるから。
「アルは俺が引き留めたから、一緒にいてくれたけど……もしそうじゃなかったら、やっぱり忘れてるのかなって……」
ラビは小さな声で自信なさげにそう呟いた。そんな彼の言葉を聞いて僕は苦笑する。
きっとラビは知るよしもないのだろう。ラビと出会って、僕がどれだけ救われたかを。君と出会ってから、僕がどれほど変われたのかを。
「大丈夫だよ。絶対忘れない。僕もそうだったでしょ?」
僕はラビに向かって微笑んでみせると、そう断言した。
僕だって一度はラビの元を去った。だけどなんだかんだで戻ってきたし、ラビを忘れたことなんて一瞬たりともなかった。ラビと過ごした日々は僕にとって全部が宝物で、もう二度と会えないのだとしても、一生大切にしようと心に決めていたのだから。そんな彼のことを忘れるわけがない。
だから、次に会った時もニャルはきっとラビのことを覚えている。二週間という短い期間ではあったけど、僕だって少しはニャルのことを見て、理解してきたつもりだ。ニャルは賢い猫だったと思うし、ラビのことをすぐに忘れてしまうほど薄情だとも思えない。
「ニャルは僕にそっくりなんだから、絶対忘れないよ。僕もニャルも、ラビのこと大好きだからね」
言ってから、そういえばあの子はニャルじゃなくてアルバートという名前なんだったと思い出す。慌てて言い直すと、ラビは「そういえば、ほんとに二人ともアルだったね」と笑って返してくれた。まだ寂しさはあるだろうけど、ラビの笑った顔が見られてひとまず安心する。どんな表情も魅力的だけど、やっぱりラビは笑顔が一番可愛いな。
「アル、ありがとう。……今度の週末にさ、その……猫のほうのアルに会いに行こう。二人でね」
僕が以前に「同じ呼び名だとややこしい」と言ったのを覚えていたのか、頭に『猫のほうの』と付けてラビがニャルを呼んだので、僕はつい吹き出してしまった。僕の前でどう呼ぶべきか少し迷ったんだろうな。かわいいな。そう思いながらも僕はラビに頷いてみせる。それからぎゅっとラビの身体を抱き締めると、彼の耳元で小さく囁いた。
「……で、そろそろさ、人間のほうのアルも構ってくれる?」
色々台無しな僕の言葉に、ラビは「また妬いてたんだ?」と言って困ったように笑ってくれた。
✦✦✦
それから三日後。
週末にニャルに会いに行く予定ができたはいいが、そのためには一週間の仕事を乗り切らなくてはならない。僕もラビも週末を楽しみに頑張っているのだが、まだ週の半ばであるにも関わらず、ラビは待ち遠しいのか既にそわそわとした様子だった。
僕も僕で、買い出しに出ると無意識に猫用のおやつを見てしまっていたり、家の中を掃除していても、ニャルが使っていたクッションやケージをいまだに仕舞うことができないでいた。なんだかんだでニャルとは友達になれたような気になっていたし、後半はほとんど家族のような感覚でいたから、いざいなくなってしまうとなんとなく喪失感がある。いわゆる情が移るっていうのは、こういうことを言うんだろうか……。
気が付けば僕もニャルにすっかり絆されていて、ラビとそう変わらない状態になっていた。最初はむしろあまり良く思っていないくらいだったのに、可愛い動物って凄い。
そんなこんなで、まだ完全に元の日常に……とは言い難いものの、ひとまず今日も平穏な一日ではあった。
時刻は午後6時。僕は街での買い出しを終えて家まで戻ってきていた。つい先程、夕食の準備をしようとキッチンに立ったのだが、うっかりパンを切らしてしまっていたので、急いで閉店ギリギリのパン屋に滑り込んで調達してきたのだ。
ラビが仕事から戻るまでに食事の用意を済ませておきたい。買い物袋を片手に持ったまま、僕は忙しなく玄関の扉に手を掛けた。
その時だった。
「みい」
ものすごく聞き覚えのある鳴き声が足元から聞こえた。
……いや、そんなわけない。とてつもなく、半端じゃないほど聞き覚えがあるが、絶対ない。あの子はもう本来の家に帰ったのだから。昨日までラビと二人で寂しいねと話していたから、幻聴でも聞いたんだ。きっとそうだ。
「みい、みい」
幻聴じゃないぞと言わんばかりに何度も鳴き声が聞こえた。
僕は恐る恐る足元に視線を落とす。よく似た鳴き声の別の猫に決まっている、そんな僕の思いを裏切る光景がそこにはあった。
「……ニャル」
「みい」
たいへん見覚えのある薄茶色の毛をした子猫が、僕の足にスリスリと頭を擦り付けていた。
僕はしゃがみ込んで子猫を抱き上げると、思わず普段よりも大きな声で、子猫……どこからどう見てもニャルにしか見えないその猫を、叱責してしまった。
「ねえ何でいるの!? 飼い主がまた心配するよ!?」
「みい」
「ていうかここまでどうやって来たの!? このへん野良犬もカラスもいるんだよ!? また怪我したいわけ!?」
「みいー」
わかっているのかいないのか、僕の説教にニャルは尻尾をゆらゆらと揺らしながら、気の抜ける声でただ鳴くだけだった。そんなニャルの様子に僕はつい「はぁ」と溜め息を吐く。猫に何を言ったところで伝わるかもわからないのに、僕は何をしているんだろう。でも危ないじゃないか。ついこの前に怪我をして死にかけたばかりだというのに、何を考えているんだろうか、この子は。
それにしても、本当にどうやってここまで来たんだ? というかそれ以前に、どうやって飼い主の元を脱走してきたんだ。先日飼い主の少女と話したところでは、ニャル以外の子猫は脱走したことが一切ないらしいので、ニャルの家はそこまで簡単に抜け出せるような環境でもないと思うのだが。
「ほんと、しょうがないな……」
僕はそう言いつつも、そのままニャルを家の中に連れて行く。今日はもう夜になるし、飼い主のところには明日送り届けよう。ああ、ラビが帰ってきたら何でニャルがいるのか説明しないと……。
家の中に入るなり、ニャルは居間にそのままになっていたニャル用のクッションの上で丸くなり、我が物顔で寝始めた。なんだろう、この調子の良さ。最早この家は自分の縄張りとでも思っているのだろうか。それとも……ラビや僕が恋しくて戻ってきた、というのは流石に自惚れすぎだろうか。
経緯はともかく、ラビはとても喜ぶだろうなと思うと自然と頬が緩んだ。僕が言った通りに、ニャルはちゃんと覚えていてくれたんだから。まさか週末を待たずに向こうから会いに来てくれるとまでは思わなかったけど。
何はともあれ、今日はラビにちょっとだけ嬉しい報告ができるぞ……と思いながら、僕は夕食の準備をしつつ彼の帰りを待つことにした。
——その後、飼い主からの提案で僕とラビがニャルの里親になるのは、また別の話。
end.
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