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本編

俺の恋人は寂しいと死んでしまうらしい?

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これは、アルと両想いになってまだ間もない頃の話。

アルと恋人同士になって、俺たちはまた以前のように同居するようになった。
つい最近まで、俺は怪我で入院していた。俺自身はよく覚えていないが結構な大怪我だったらしく、生死の境を彷徨ったのち、更に半年ほど意識不明の状態だったらしい。なので(俺はずっと意識がなかったのであまり実感はないものの)、アルとこうして一緒に暮らすのは半年ぶりということになる。

色々あったけど身体も回復して、アルが俺の告白に頷いてくれて、恋人同士にもなれた。アルの恋人になれるだなんて夢にも思っていなかった俺は、毎日アルが傍にいてくれる生活にドキドキしながらも、幸せな日々を送っている。……のだが。

「ラビ、一緒にお茶しよう」
「ラビ、買い物に行くなら僕も行かせて」
「ラビ、今日は一緒に寝てほしい」
「ラビ、ねぇラビ……」

アルと恋人同士になってから半月ほど。
……最近、アルの様子が変だ。

最近というか、日を追うごとに徐々にその違和感が強くなってきている気がする。何が変、とはハッキリ言えないんだけど。強いて言うなら、アルって前からこんな感じだったっけ?ということだ。なんだか以前にも増して俺にべったりというか、何かにつけて俺の行動を把握したがるし、とにかく一緒にいたがる。ただの同居人から恋人に関係が変わったわけだから、くっつきたがるのもまぁ納得はいくし、一緒にいたいって気持ちは俺も同じなんだけど……何かおかしいんだよなぁ。でもその“何か”がわからない。

恋人に対しての独占欲……って言ってしまえばそれまでなんだけど、例えば「外に出るな」とか「他の人と話すな」みたいな、俺の交友関係を制限するようなことや、束縛めいたことはしてこない。ただ俺が出掛けたりとか、何かをしようとすると必ず行先や目的を聞いてくるし、家の中でもとにかく俺の近くにいたがったり、俺を傍に置きたがるんだよなぁ。まるで常に目の届く範囲に俺がいないと安心できない、とでも言うかのように。
別にそれが不満というわけではない。アルは毎日俺に好きだと言ってくれるし、恋人として大切にしてくれているということも充分すぎるくらい実感している。むしろ多少の束縛なら、愛されている証拠だと思えるし俺は嬉しいくらいだけど……。

それでもやっぱり何かおかしい。俺を呼ぶときのアルからはどこか切羽詰まっているというか、母親を探す子供のような、どこか危うい雰囲気を最近は感じていた。
俺は今まで恋人がいたことがなかったから、独占欲ってこういうものなのか?と首を傾げることしかできない。いや、アルにはアルなりの愛情表現があるだろうし、何か型にはめて考えるのは間違っているとは思うけど……。それでも単なる愛情表現では説明がつかないようなその態度に、俺は少し心配になってきていた。

「ねぇラビ、一緒に寝たいんだけど……いい?」

夜。今日もアルは俺に一緒に寝てほしいらしい。
この家はもともと俺の一人暮らしだったので、一つしかないベッドも勿論シングルサイズである。お金を貯めて二人で寝られるベッドを買おうって話はしているんだけど、そんなにすぐにお金が貯まるわけでもないので、現在は俺とアルが一日交代でベッドを使うことにしている。
ベッドを使わない日は書斎のソファで寝る、ということに決めてはいるけど、アルは自分がベッドを使う日はほぼ毎回、俺に一緒に寝てほしいとお願いしてくる。俺も一緒に寝たいのは山々だけど、一人用ベッドに男二人はかなり手狭で、アルはただでさえ身体が大きいので俺がいると疲れがとれないだろうと思うから、今のところ一緒に寝るのは3回に1回くらいの頻度にしている。

「うん、いいよ。一緒に寝ようか」

一昨日に同じお願いをされたのを断っていたから、今日は一緒に寝てもいいかな、と思い俺はアルの申し出を了承した。俺に断られなかったからか、アルは途端にほっとしたような表情になる。その顔を見るとなんとなくだがアルを不安にさせているような気がして、俺はアルに向かって弁解した。

「いつも言ってるけど、一緒に寝るのが嫌で断ってるんじゃないんだからな?」
「うん、わかってる。……ありがとう」

そう言ってアルはぎゅっと俺を抱きしめてくれる。それだけで俺の心臓はとくんと高鳴った。つくづく俺はアルのことが大好きだなと思う。こうして抱きしめてもらえる日がくるなんて……本当に夢みたいだ。そんな幸せを実感しつつも、まだどこか寂しそうなアルの背中に俺はそっと腕を回す。

「でも、大丈夫? アル、最近なんか元気ない気がする。ちゃんと寝れてないんじゃ……」
「平気。ラビがいてくれた方がよく眠れるんだ。だから、もし嫌じゃなければ、隣にいてほしい……」

アルはそう言って微笑んだが、やっぱりその顔はどこか疲れているような、そんな感じがした。
俺がいた方が、ってことは、もしかして俺が一緒じゃない時はあまりよく眠れていないんだろうか。アルはそれこそうちに来た当初はよく悪夢に魘されて飛び起きたりする日が多く、満足に睡眠がとれていない状態が続いていたことがあった。それも一緒に暮らすうちにだんだんと落ち着いていたと思っていたのだが、いまだに夢見が悪い日があるんだろうか。もしそうだとしたら、出来る限り何とかしてあげたい。

「嫌だなんてことあるわけないだろ。……大丈夫。魘されてたらすぐに起こしてあげるから、安心して寝て」
「うん……ラビ、ずっと一緒にいてね」

そう言って俺の肩に顔を埋めるアルの声は、少し掠れていた。



✦✦✦



「ん……」

その日の夜、眠っていた俺はふと目を覚ました。
そっと視線を横に向けると、アルは隣で規則正しい寝息を立てている。よかった、今日は魘されていないみたいだ。
今何時くらいだろう、と思い窓の方を見る。カーテンの隙間から見える空は真っ黒で、まだ夜明けまではだいぶ時間があるようだった。かなり半端な時間に目が覚めてしまった。アルは配慮してくれているとはいえ、やはりベッドが狭いから多少寝苦しかったのかもしれない。

(喉、渇いたな……)

まだ寝足りないのでそのままもう一度眠ろうとしたが、それよりも前に身体が喉の渇きを訴えた。キッチンに水を飲みに行こう。そう考えた俺は、隣で寝ているアルを起こさないように気をつけながら、静かにベッドから出る。

暗い部屋を手探りで歩いて寝室を出た。キッチンに辿り着く頃には目もだんだんと慣れてきて、俺は食器棚からグラスをひとつ手に取ると、水道の蛇口を捻って水を注ぐ。
その水を飲もうとグラスを傾けようとした瞬間、背後から物凄い力で全身を抱き締められた。

「——ッ!?」

突然のことに驚いてグラスを取り落としてしまう。床に落ちたグラスはガチャン!と音を立てて割れてしまった。中に入っていた水が溢れて足にかかる。そのせいで足元が冷たいが、俺はそんなことを気にする余裕などなく、バクバクと暴れる心臓を抑えながら、恐る恐る後ろを振り向いた。

「……アル?」

そこにいたのはアルだった。
さっきまで寝室で寝ていたはずなのに、いつの間に起きたのだろうか。全然気付かなかった。
俺が名前を呼んでもアルから返事らしい返事はなく、ただ俺を抱き締める力が強くなるばかりだった。普段とはまるで違う、尋常ではないアルの様子に俺は心配になり始める。しばらく待っても返事がないままなので、俺は暗闇の中目を凝らして、そっとアルの顔を覗いた。

「ラビ……嫌だ、いなくならないで。どこにも行かないで……」

アルは泣いていた。彼らしくなく、幼子のようにぼろぼろと涙を流して。泣いているところを見たのは初めてではなかったけど、普段は表情があまり変わらない彼が泣きじゃくる姿は、何度見ても動揺してしまう。もしかしてまた怖い夢を見たりして、今はちょっと寝惚けているのかな、と思ったので、俺は彼の頭をあやすように撫でながら出来るだけ優しい声音で話しかけた。

「アル、ごめん。ちょっと水が飲みたくて……。大丈夫、ちゃんとそばにいるよ」
「ラビ、ラビ……お願い、置いていかないで。ずっと一緒にいて……っ」

俺の声が聞こえているのかいないのか、アルはずっと俺を抱き締めながら同じようなことを繰り返し呟いている。そんな彼の目はどこか虚ろで、俺のことが認識できているのかすら怪しい。明らかに様子がおかしかった。

「ラビ……いっ、いや、だ……!行かな、いで……っ!」

アルの呼吸がだんだんひゅっ、ひゅっ、というおかしな音に変わっていく。まずい、過呼吸だ。彼が満足に言葉を発することもできなくなってきて、俺はようやくそのことに気が付いた。
アルは苦しいのか俺を抱き締めていた腕からも力が抜けてしまい、荒い呼吸を繰り返しながらその場に蹲ってしまった。俺は慌てて床に膝をつきアルと視線を合わせながら、呼吸が楽になるように背中をさする。

「アル、大丈夫だから。ゆっくり息吐いて……」
「ッ、ぁ、……ひっ、は、はぁっ……ゲホッ」

俺がそう言っても、アルはなかなかうまく息をすることができない。落ち着かせようとしても、アルが何か喋ろうとしたり、泣いているせいでしゃくり上げてしまうとそれでまた呼吸が速くなっていく。なかなか治まらない過呼吸に、俺の焦りも強くなる。
俺が少しいなくなっただけで、アルがここまで不安定になってしまうだなんて思っていなかった。今までは……恋人になる前は、こんなことはなかった。でもいくら恋人になったからといって、ここまでパニックを起こすようになるものだろうか?
そんな疑問が浮かんだとき、俺はふとアルが言っていた言葉を思い出した。

『いなくならないで』。
『置いて行かないで』。

『ラビ、ずっと一緒にいてね』。


「……アル」

俺はアルの身体を抱きしめると、いまだ苦しそうな呼吸を繰り返している彼の背中を優しく撫でた。

「アル、俺はここにいるよ。……半年も一人にしてごめん。もう二度と、アルのこと置いていったりしないから」

……そうだ。アルはこの半年間、ずっと一人で頑張ってきたんだ。
アルの恋人になれたことに浮かれてばかりで、俺はちゃんと理解できていなかった。少し考えればわかることだったのに。もしアルが俺を庇って大怪我をして、生死の境を彷徨って半年以上も眠り続けたら……想像しただけでも気が狂いそうだ。でも、アルはこの半年ずっとそんな思いをしてきたんだ。もしかしたら自分のせいでと己を責めていたかもしれない。どれだけ心細かったことだろう。
俺がこうして元気になってからも、きっとアルは不安だったんだと思う。いつかまた俺がいなくなってしまうんじゃないかって。俺のせいでアルにそんな思いをさせてしまったことが悲しかったし、そんな彼の気持ちに気付けなかった自分も情けない。

「大丈夫。ゆっくり息して……うん、上手だよ……」
「ひ、ぐっ、……はぁっ、はぁ……」

アルを刺激しないよう、静かに声をかけながら背中を撫でていると、少しずつ、だんだんとアルの呼吸が落ち着いてくる。それでもまだ完全に正気に戻ったわけではないようで、喋れるようになるまでだいぶ時間がかかった。俺に抱きしめられながら震えているアルの身体が、今はなんだか酷く小さく感じた。



✦✦✦



あれから、だいぶ落ち着いて会話ができるようになったアルは、今は寝室のベッドに腰掛けながら俺が淹れたホットミルクを飲んでいる。

「……この半年、ずっと同じ夢を見るんだ」

ホットミルクが入ったマグカップを手に持ったまま、アルはぽつりと呟いた。まだ深夜だし、俺もアルも寝間着にガウンを羽織っただけの格好だったが、そんなことは気にも留めずに俺はアルが発した言葉に耳を傾ける。
同じ夢を見る、とアルは言った。きっと悪い夢なんだろう。俺と出会った当初も、アルはよく悪夢を見ていたという。俺は当時彼が話してくれた夢の内容を思い出していた。

「奴隷だった頃の夢……?」

俺が訊くと、アルは黙って首を横に振る。

「……ラビが僕を庇って、銃で撃たれるんだ。血がいっぱい出て、ラビは僕の腕の中でどんどん冷たくなっていって……そのまま動かなくなって、もう、二度と会えなくなる夢」
「……」

アルの言葉で、半年前のあの日の光景が脳裏に蘇ってきた。
俺が銃弾に倒れて、そのまま目覚めない夢。あの時の俺はいつ死んでもまったくおかしくない状態だったという。実際の俺はちゃんと目が覚めて今は怪我も治っているけど……アルの夢は、もしかしたら本当に有り得たかもしれない未来で。
俺が撃たれて死にかけたとき、アルは怪我をするよりもずっと恐ろしい思いをしていたんだ。

「夢だってわかってる。目が覚めればラビは傍にいてくれる。……でも、怖かった。ラビはちゃんと帰ってきてくれたけど、もしまたあんな事があったら、今度こそ死んじゃうかもしれない。そう思うと、すごく怖くて……」

そう語るアルの声は少し震えていた。そして俺は、この半月アルから感じていた違和感の正体を確信する。
アルは不安だったんだ。また俺が突然いなくなってしまうかもしれないと。だから自分の視界から俺が消えるのを極度に嫌がったし、出来るだけ俺の傍にいようとした。
なんでもっと早く気付けなかったんだろう。アルはずっと一人で抱え込んでいたのに、俺はそのことを今の今までわかってあげられなかった。

「アル……ごめんな。俺、何もわかってなかった。アルを庇ったのは俺が勝手にしたことなのに、そのせいでアルがこんなに苦しんでるなんて、全然思ってなかった……」

俺がそう言うと、アルはまた首を横に振った。そしてまた小さな声でぽつぽつと話してくれる。

「苦しくなんかない……。僕は今、君と一緒にいられてすごく幸せだよ。でも、こんなに幸せだったこと今まで一度もなかったから……この幸せもいつかなくなっちゃうんじゃないかって、怖くてたまらないんだ」

そこまで言うとアルはぎゅっと唇を噛んで黙ってしまう。
そんなアルに俺は微笑みかけて、言った。

「よかった」
「……え?」
「俺もアルと毎日一緒にいられて、人生で一番幸せだって思ってるんだ。だからアルが俺と同じ気持ちでいてくれて嬉しい」

アルの気持ちは、俺もちょっとわかる。今までこんなにも幸せな日々があっただろうかと。俺みたいな臆病者は、好きな人と幸せになるだなんて一生無理だと思っていた。だからアルと想いが通じ合って、こうして一緒にいられる日々が……いつか覚めてしまう幸せな夢なんじゃないかと、たまにそう思う時がある。

「もうアルにあんな思いはさせない。アルが俺を好きだって言ってくれたから。大切な恋人を置いて行くなんてこと、絶対しないよ」

俺が一人のままだったら、自分の命なんて正直どうでもよかった。……だけど、今は違う。今はアルがいてくれるから。アルにはこれ以上つらい思いはしてほしくないし、いつも俺の隣で笑っていてほしいって思う。だから俺も、アルを置いて行くことはもうしないと決めたんだ。

「俺のこと、信じてくれる?」
「……うん」

俺が尋ねると、アルはしばし不安げに視線を彷徨わせたものの、最後には俺を見てこくりと頷いてくれた。

「ありがとう、ラビ……」

いつの間にか空になっていたマグカップをベッドサイドのテーブルの上に置くと、アルはぎゅっと縋るように俺を抱きしめた。俺はそんな彼の身体を同じように抱きしめ返すと、細く柔らかいその髪を優しく撫でる。

アルはきっと、今までの人生で色んなことを我慢してきたんだろう。頼れる人もいなくて、でもそれが彼にとっての当たり前で。だから今回も一人で抱え込もうとしてしまっていたけど、これからはもっと俺に我儘を言ったりとか、甘えてほしいなと思う。いや、甘えさせてあげたい。だって俺はアルの恋人なんだから。まだ照れくさいしあまり実感はわかないけど、今この瞬間は夢なんかじゃなくて、確かに現実なんだ。だから俺なりに精一杯、大切にしていきたいと思う。

アルを抱きしめながら、安心させるようにその背中をとんとんと撫でていると、ふいに俺の身体に体重がかかった。耳元ですうすうとささやかな寝息が聞こえる。いつの間にか眠ってしまったようだ。俺はアルを起こさないようそっとベッドに寝かせて、自分もその隣に寝そべった。いつもかっこよくて非の打ち所がない容姿を持つアルだが、その寝顔は意外にも子供のようにあどけなくて可愛らしい。

まだ夜明けまではだいぶ時間がある。眠る前にもう少しだけ、隣で彼の寝顔を見つめていたい気分だった。



✦✦✦



それからというもの、アルの俺に対する態度も少しは落ち着いてきて……

「ラビ、どこ行くの?」
「ラビ、もっとこっちに来て」
「ねぇラビ」
「ラビ」

いなかった。
相変わらずアルは可能な限り俺の傍にいたがる。最近では以前のように過呼吸を起こしたり、精神的に不安定になることはめっきりなくなったけど、その言動に関しては特に変化が見られない。

「俺のこと信じてくれてるんだよな?」
「うん、それはもう」
「え、じゃあ何で……?」

こんな会話をしている間にも、アルは俺を背後から抱きしめて首筋にちゅ、とキスをしてくる。おかげで俺の食器を洗う手がまったく捗っていないが、そんな状況にどこか満更でもない自分がいて、くっついてくるアルを一向に注意することができないでいる。ていうか、こんなことされて家事に集中できるわけない。ドキドキしすぎてどうにかなりそうだ。

「僕はラビの恋人だから。恋人とはできる限り一緒にいたいし、もっといちゃつきたい。これっておかしいこと?」
「お、おかしくない……です……」

何故か敬語になってしまった。全然おかしくない。俺だってそうだ。そうなんだけど、アルに毎日こんなことされたらとてもじゃないが心臓がもたない。
あの日以降、アルは俺に甘えてくれることが増えた気がする。そしてそれと同じくらい俺のことを甘やかしてくれるけど、こんな風に恋人らしく甘やかされるのはまだ慣れていないので、たまにどうしていいかわからなくなる。今まで恋愛経験皆無だった俺にとって、この甘さはあまりにも刺激が強すぎた。

「ねぇラビ、今日も一緒に寝てくれる?」

真っ赤になって固まっている俺をよそに、アルがいつものお願いをしてくる。そういえば、今日はアルがベッドを使う日だったっけ……? 一日交代でベッドで寝るというルールは一応継続しているものの、最近はルールに関係なくアルと二人で寝てばかりなので、今日がどちらの日なのか俺は正直もうわからなくなってきていた。
いつまでもシングルベッドに二人で寝ていては、ろくに疲れが取れないだろう……ってわざわざこんなルールを作ったのに、これでは意味がない。でも俺がいる時はアルは悪夢を見ないらしいし、アルに甘えられるとつい受け入れたくなる俺も大概だ。早くお金を貯めて新しいベッドを買わないとな、と改めて思うのだった。

「……だめ?」
「う……わ、わかった。いいよ」

そんな上目遣いでお願いされたら断れるわけない。結局今日も俺は折れた。本当に、アルはもう少し自分の顔面の良さを自覚するべきだ。そんな顔をされたら何でもしてあげたくなってしまう。

最近思うこと。アルは意外と甘えたな一面がある。
たぶん今までは甘えられる相手がいなかったんだろうなとか、それくらい俺のこと信用してくれているんだなとか、色々考えながら俺はアルを甘やかしている。以前に「他人に触られるのは嫌いだ」と言っていたのを覚えているので、アルはスキンシップは苦手なんだと思っていたけど……今はこの通りで、むしろアルのほうからくっついてきてくれるくらいだ。日を追うごとに、俺がアルの“特別”にしてもらえていると実感させられる。それがなんだかくすぐったくて、でも凄く嬉しい。

「ラビ、ありがとう。大好きだよ」

微笑みながらそう囁いてくれるアルの声音はとても甘くて、俺は耳がとろけそうだった。まだ恋人になって一ヶ月も経っていないのに既に俺はアルに骨抜きにされていて、こんな調子でこれから大丈夫なんだろうかと贅沢な心配をする羽目になっている。
この先もたぶん、アルとはすれ違ったり喧嘩したり、まだまだ色んなことがあると思う。でも、きっと俺もアルもこれからもっと幸せになれる。どこかそんな予感がしていた。だって俺たちの新しい生活は、まだ始まったばかりなのだから。



end.
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