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本編
スランプ?いいえ、相思相愛です。
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最近、ルイスが実験室に籠っている。
何やらまた新しい物を作ろうとしているらしい。
ルイスが国からの招集で『研究会』に出席している間、このアトリエは俺が留守を預かる形になった。その後俺はルイスに留守中に来た仕事の引き継ぎをして、ルイスが帰ってきてから数週間が経った今では、それらの仕事もあらかた終わっていたはず。となると、今は依頼品ではなく個人的な研究をしているのだろう。
ルイスは若干22歳にして天才の名を欲しいままにしている、国でも指折りの優秀な錬金術師だ。これは断じて助手兼恋人である俺の贔屓目などではなく、フラットかつ客観的な目線での評価である。
誰しもが認める稀代の天才錬金術師。だがしかし、彼は錬金術を愛するあまりなのか、非常に変わり者であることでも有名だった。
若手にしては珍しいことに、地位や名誉に興味がない。金にも興味がない(これは今までの実績から既にルイスが巨万の富を手にしているからかもしれないが)。人付き合いも好まず、公の場に姿を現すことは稀である。望めばどんな贅沢もできるだろうに、現在は都会の片隅に構えたアトリエ兼自宅で慎ましい生活を送っている。アトリエの従業員もたった一人だけ助手を雇うのみで、事業の規模拡大などは考えていないようだ。……とまあ、世間から見た彼はまさに『変わり者』と呼ぶに相応しい男であるのは間違いないだろう。
実際、ルイスは錬金術バカの変人だと、一番身近にいるであろう俺もそう思っている。彼の興味を引くのは常に錬金術ただそれだけで、時には寝食すら忘れプライベートの時間を削ってまで研究にのめり込む有様。ルイスが錬金術のことを考えていない時間など存在しないのだ。
だからこそ、仕事が落ち着いている時は今のように個人的な研究をするため実験室に入り浸っていることが常だった。
今回は何を作っているんだか。
ルイスが作るものはどれも素晴らしい出来だが、たまにろくでもない物をやたらと熱心に作っていることがある。依頼品ですらないそれら成果物はルイス曰く「趣味」だそうだが、ルイスが趣味で作る物は本当によくわからない用途のものばかりで俺は理解に苦しむことが常だった。例えば、飲むと後ろの穴が濡れる謎機能が搭載された超強力媚薬だとか、魔力を送り込むだけで対象者を好きなだけメスイキさせられる玩具だとか……。ルイスの知的好奇心が人並み以上に旺盛なのはとっくに知っているのだが、せめてもう少し実用的なものを作ったらいいのにと思わないでもない。
俺がそう感じるのは、彼が作った試作品の“実験”を俺の身体で行うことが通例になっているからだろう。もちろん、今は俺も望んでその役目を担っているわけなので特に文句があるわけでもないのだが。
「ネロ、手が空いたら実験室に来てくれ」
いつか来るだろうと思いながら事務所で仕事をしていると、案の定ルイスが俺を呼びに来た。おそらく試作品が完成したのだろう。俺は少し待ってくれと返事をしてから、途中だった作業をきりのいいところまで終わらせてしまおうと手の動きを早めた。
多分、ルイスはいよいよこれから“実験”をするはずだ。ルイスが錬金術で作ったものを、俺の身体を使って……。
いや、俺は何を意識しているんだ。ルイスが趣味で作る物は知能指数の低いエロ玩具ばかりとはいえ、今回もそうだとは限らないじゃないか。
自分の中の邪念をかき消すように仕事に没頭する。ルイスを待たせすぎてはいけないから、余計なことは考えずさっさと終わらせなければ……。
それから約15分後。一応ノックをしてから扉を開け、俺はルイスの待つ実験室へと足を踏み入れていた。
「待たせて悪かった」
「いいや、むしろ仕事の邪魔をして申し訳ない。新しい薬が完成したから、すぐにでも実験したくてな」
やっぱりまた新しい薬を作っていたのか、と俺は納得した。
ルイスは様々な才能に恵まれた男だが、特に錬金術に関する事柄には別格の能力と勘を発揮する。それこそ研究会から帰ってきてまだ数週間、実験室に籠り始めてからは僅か十日程度。その短期間で新しい薬を考案し、試作段階まで形にできるなんて並の錬金術師ではまず考えられないことだ。
一般的には、錬金術師が新しい薬をひとつ開発するのには数ヶ月、場合によっては年単位の時間を要することもザラだというのに。あくまで趣味の研究とはいえ、我が上司ながら恐ろしいまでのスピード感だ。
俺は早速ルイスに今回の薬について詳しく聞くことにした。
「今回のはどういう薬なんだ?」
「残念だが、それは言えない。事前に効果を伝えてしまうと、ちゃんと効いているかどうか分からなくなるからな。プラシーボ効果は知っているだろう?」
なるほど、プラシーボ効果。その薬を『飲んだ』という認識により、効果が出ているものと無意識に思い込んでしまうことだ。こういった人体実験の際、プラシーボ効果により実験結果に狂いが出ることを防ぐため、被験者には薬についての詳細はあえて伏せられる、というのは元よりよくある話だった。
「なに、あとで教えるさ。とりあえずこれを飲んでみて、身体的、もしくは精神的な変化があったら逐一教えてほしい」
ルイスがそう言うので、俺は頷いて彼から薬の入った容器を手渡しで受け取る。どんな薬なのかわからないとはいえルイスの腕の良さは俺が誰よりも知っているから、毎度のごとく命の心配まではしていなかった。それは今回の薬がそれほど危険性を感じる見た目をしていなかったからというのもある。
その薬は、透明に近い水色をした液体だった。50mlほどの容量であろう小さな容器を7割ほど満たしているそれは、その独特の色を除けば何の変哲もないただの水のように見える。匂いを嗅いでみるとほんのりと甘い香りがしたが、以前飲まされた砂糖を煮詰めたように甘ったるい媚薬と比べればさして不快というわけでもない。おそらくコーヒーなどに混ぜても問題なく飲めてしまいそうなくらい、癖のない液体だ。試しに軽く容器を振ってみると、それに合わせて中の液体がちゃぷちゃぷと揺れる。粘性もないようだ。
ルイス曰く、この薬は経口摂取が基本となるので飲みづらさがないように甘い香料を混ぜたとのこと。ということは、これは子供向けのシロップ薬のようなものなのだろうか。であれば効き目も子供に合わせて弱めにしてあるはず。だから珍しくプラシーボ効果を危惧していたのかも……と考えると納得がいった。当然、全て俺の推測でしかないのでまだ油断はできないが。
「一応確認するけど、危ないものじゃないんだよな?」
「勿論だ。そもそも今回のものは試作品だから、それほど強めには作っていない。効き目も一時間程度で完全になくなるはずだ」
「そうか……。なら、別にいい」
いつぞやの媚薬のように何時間も効果が持続してはたまったものではない。いや、もしこれが媚薬だったとしたらたとえ一時間でも結構キツいことになるわけだが……効きは弱くしてあるらしいし、きっと大丈夫だろう。何よりルイス本人が安全だと言うのなら、彼専属の実験体である俺はそれを信じて飲むだけだ。
俺は薬の入った容器を口元に持っていき、喉に流し込むようにしてぐいっと傾けた。
「っ……!」
不味くはないが、美味しいかと言われるとよくわからない。本当にシロップ薬を飲んでいるかのような感覚だった。それでも流石に一気飲みしたのは間違いだったか……とすぐに後悔したが、それでもルイスの役に立ちたい一心で、俺はなんとか容器の中の液体をすべて飲み干した。
俺の喉が上下するさまをルイスがじっと見つめているのがわかる。そんなにじろじろ見なくても、と思ったが、それを口に出す前に俺はえもいえぬ胸焼けに襲われていた。
「はぁっ……! の、飲んだ……けど、胸焼けがすごい……」
「心配しなくていい。ほんの作用だ」
ルイスが大丈夫と言うので、俺は胸元を押さえながらもすぐ傍の椅子に腰掛け、胸焼けに耐える。
身体が熱い。心臓がドクドク言っている。飲んだ液体は冷たかったはずだが、体内に入れた途端急激に熱を持って俺の全身を巡り出し、ふつふつと煮えたぎるように少しずつ俺の体温を上げていった。
「ルイ、水……。みず、ほしい」
「申し訳ないが、少し我慢してくれ。じきに治まるはずだから」
ルイスはそう言うが、本当だろうか。正直、今のこの状態から持ち直せるとはとても思えないのだが。
それでもこの行為はれっきとした人体実験だ。最早こうなっては俺はルイスを信じてただ不快感に耐えることしかできなかった。だんだんと息が上がってくる。くそ、さっきは自信満々に危ないものじゃないって言ったくせしてこれだ。この薬の効果がどんなものかは伝えられていないため俺は知らないが、これは早速改良の余地がありそうだな……。
「……ん、あれ? おさまった……」
あとで恨み言を言ってやる、と思いながらその場でしばらくじっとしていると、突然嘘のように胸焼けがなくなった。薬を飲んでからだいたい5分ほどだろうか。体温も元に戻り、呼吸も整ってくる。
俺が落ち着いたのを見計らってルイスが声をかけてきた。
「どうだ、ネロ。なにか変化は感じるか?」
「いや、何も……」
彼はその翡翠色の瞳でこちらを見据えていた。薬の効果が表れるのを期待しているのだと思うが、生憎今はもう心身共に異常はない。俺がありのままを伝えると、ルイスは「そうか」と少し残念そうに言ってから腕を組んだ。
「まあ、まだ飲んだばかりだからな。このまま少し様子を見てみよう」
ルイスがそう言うので俺は大人しくそれに従う。この薬が即効性なのか遅効性なのかはわからないが、ルイスの反応からして効果が出るまでにはそれほど時間を要さないようだ。だから、きっとすぐに何か身体に異変が起こるはず。俺は些細な変化も見逃さないようにと、できるだけ自身に意識を集中させながら経過を見守ることにした。
——それから一時間後。
「えーと……何も起こらない、けど……」
飲んでから一時間程度で完全に効果がなくなる、とルイスから聞いていた薬だったが、その一時間が経っても俺はその効果を実感することができないでいた。
見た目にもまったく変化がない俺の様子はルイスからしても想定外だったのか、彼は訝しげに俺を観察しながらぶつぶつと独り言を呟いている。
「おかしい……完璧な調合だと思ったんだが……」
ルイスがこうなるのも無理はない。今まで幾度となく彼の実験体として実験に協力してきたが、彼の薬が効かなかったことなど今回が初めてだった。
俺自身、ルイスの作る薬との相性がいいのか知らないが、毎度の実験では効きすぎるくらいに薬がよく効くことが常だったので、この結果には驚きを隠せなかった。
「本当に何ともないのか?」
「あ、ああ。最初の胸焼け以外は、特に何も……」
ルイスが何度も聞き返してくるが、本当に何もないので俺はそう答えるほかない。ここでルイスに気を遣って嘘の症状を報告したりすれば、それこそ彼にとって良くない結果になってしまうからだ。
俺の返答を聞いたルイスはまた腕を組んで何かを呟きだした。おそらく今ルイスの思考は常人には不可能な速度でフル回転しているのだろう。俺はそれを邪魔しないようにしながら、ルイスが散らかしっぱなしにしていた実験器具をそっと片付けに入る。
そしてその片付けもあらかた終わった頃に、ずっと静かだったルイスが突然声を上げた。
「改良する!」
「へっ?」
「薬が効かないということは、きっと調薬に何かミスがあったんだ。必ず原因を突き止めて改良してみせる!」
そう言うやいなや、ルイスは俺が定位置に戻したばかりの実験器具を棚から取り出してガチャガチャとせわしなくいじり始めた。その様子を見て俺は思わず頭を抱えそうになる。ああ、せっかく片付けたのに……。
大きな溜め息をついた俺をよそに、その原因となった男はこちらには目もくれずに数々のメモ書きや資料と睨み合っている。悲しいかな、ルイスはこうなったらもう誰にも止められないということを俺はとっくの昔に知っていた。これは長くなりそうだな……。
実際、学生時代のルイスだったらこのまま集中モードに入って俺の話などまるで聞かなくなるのだが、今回は違った。若き錬金術師として個人でアトリエを管理している立場がそうさせたのか、それとも仕事のことも少しは頭にあったのか、彼は本格的に研究に入る前に助手である俺に指示を出した。
「すまないがネロ、仕事のスケジュールを調整しておいてくれ。俺はしばらくここに籠る」
「あ、ああ。わかった……」
「頼んだぞ」
それだけ言うと、ルイスは実験室の扉をバタンと閉めてしまった。研究中は近くに人の気配があると気が散るらしいルイスは、自分で呼びつけたくせして俺のことも部屋から追い出してしまう。これもいつものことなので特に気に障ったりはしないのだが、まるで善は急げと言わんばかりのルイスの勢いに俺はつい言われるがまま実験室から立ち去っていた。いやそもそも、これが『善』なのかどうかは薬の効果次第なんだが……って、待て。
「結局あれはどういう薬だったんだ?」
「また実験するから今は教えられない。成功したら教える」
ドア越しに問い詰めると、ルイスからはそれだけが返ってきた。
おい、さっきあとで教えるって言っただろうが!
✦✦✦
それから三週間ほど、ルイスは例の薬の改良と実験を繰り返した。
改良品が完成するたび俺がその薬を飲み、効果が出るか確認する。しかし何度改良しても薬の効果は一向に表れず、最初は張り切っていたルイスもだんだんと打つ手がなくなってきたようだった。
「ネロ、改良品ができた! 実験させてくれ!」
「はいはい……」
そして今日、ルイスは通算8回目の『改良』を終えた。
趣味の研究であるにも関わらず、ルイスはここまでまったく諦める気配がなかった。知的好奇心やプライドが途中で投げ出すということを許さないのか、もしくは錬金術師として純粋に悔しいという思いがあるのかもしれない。ルイスの気持ちもそれなりに理解はできるので、俺もあいつが満足いくまでとことん付き合ってやることにしたのだ。
そもそもあれがどういう効果がある薬なのか、俺はまだ知らされていない。しかしあの稀代の天才錬金術師と謳われたルイスの薬がここまで効かないのは本当に稀有なケースである。原因については俺は当然見当がつかないが、ルイスは色々な仮説を立てて実験のたびにあれやこれやと色々試しているみたいだった。
これまでルイスが作ってきたものは全てにおいて完璧で、それについては俺も身をもって実感していた。だから今回のことは本当にイレギュラーなのだ。だが何度実験に付き合っても効果らしい効果を感じられないのは紛れもない事実で、これまでに飲んできた改良品はどれもあえなく『失敗作』となっていた。
「今回は上手くいくといいんだが……」
終わりのない改良と実験にルイス自身も困惑しているのが伝わってくる。
あまりにも薬が効かないので、被検体である俺に何かしら体調的な問題があるのではないかと色々な検査もさせられた。だが検査の結果は正常で(もっと食べろとは言われたが)、薬の生体実験を行うにあたっては特に問題ないとのこと。だとするとやはり薬のほうに改善の余地があるということで、それ故にここ最近のルイスは俺が今まで見たことがないほどに頭を悩ませていた。
「とりあえず飲んでみてくれ」
「わ、わかった」
薬の完成度に関しては助手である俺には何のフォローもできないが、俺だって実験が上手くいってほしいとは思っている。今度こそ効いてくれよ、と内心で祈りながら、俺は容器に入った青みがかった液体を喉に流し込んだ。
こく、こく、と喉を鳴らしながら、容器の中の液体を8割ほど飲み下す。甘く飲みやすい液体であることに変わりはなかったが、改良の過程であの酷い胸焼けの作用はなくなっていた。本命の効果自体は未だ感じられていないものの、胸焼けがなくなっただけでも俺にとっては御の字だ。
そして、肝心の効果はというと。
「……なんともない」
ルイス曰く、この薬はほとんど即効性のようなものらしい。
『ほとんど即効性』とはどういうことなのか、聞いてもルイスは説明してくれなかったが、飲んでから遅くとも2、3分程度で効果が表れるはずだ、とは言っていた。
それなのに、だ。薬を飲んでから数分経過したものの、やはりそれらしい効果は実感できない。心拍数、体温共に正常。表面上は何の変化もなく、それは精神面でも同じことが言えるだろう。
結論、今回の実験も失敗。これはまたルイスが困るやつだ。
案の定、俺の言葉を聞いたルイスは途端に難しい顔になった。
「何ともない? 本当にか?」
にわかに信じがたいという顔で俺を見るルイス。しかし俺は申し訳ないと思いつつも彼からの問いに対して頷くほかない。事実、何ひとつ変化がないのだから。
だが信じられないのは俺も同じだ。ルイスの薬が今回に限って何故ここまで効かないのか、皆目見当がつかない。
ルイスによる薬の調合は完璧のはずだ。あいつはこと錬金術に関しては天賦の才と言っていいほどのものを持っている。それにこの短期間でルイスの腕が落ちたなんてことは考えづらい、いや絶対にあり得ない。だとしたらやはり、俺に原因が……?
「ネロ。落ち着いて、俺の目を見ろ」
俺が思案していると、ルイスが眼鏡を外して俺の顔を真正面から見つめてきた。顔面偏差値がイカれているルイスの素顔がいきなり晒されたので、こんな時なのに俺はついときめいてしまう。
……って、いやいや。今はルイスの顔に見惚れている場合じゃない。ルイスは至極真剣だし、そもそもまだ実験中だ。集中しろ、自分。
俺はルイスの言った通り、できるだけ平静を保ちながら彼の翡翠色の瞳をじっと見つめ返した。
「……どうだ?」
「え、何が……?」
ルイスの目は相変わらず国で一番なんじゃないかと思うくらいに綺麗な色をしているが、それを見たからといって俺の体調に変化が起こることはないに決まっている。質問の意図がわからず俺は首を傾げるが、なんと次の瞬間ルイスはとんでもない奇行に走った。
「そんなはずはない……!」
「あっ、おい!」
ルイスは俺の手にある薬の容器を強引に奪い取ると、中に2割ほど残っていた液体を何の躊躇いもなく一気に飲み干した。
「何してんだ馬鹿!」
あまりの出来事に、思わずそんな罵声が口をついて出てしまう。改良品とはいえまだ試作段階の薬を錬金術師自ら飲むだなんてどうかしている。いや、ルイスがどうかしているのは今に始まったことではないが。
しかしルイスは俺のそんな言葉すらも耳に入っていないようで、しばらく俺の前でじっと立ち尽くした後、絶望の表情でひと言呟いた。
「何ともない……。何故だ? 何がいけないんだ……!?」
俺に対してまったく効果を発揮しなかったその薬は、同様にルイスにも効いていないらしかった。
ルイスにとってこの事実は相当なショックだったようで、薬を飲み込んだ口元を押さえながらぼそぼそとしきりに何か独り言を発している。稀代の天才と名高い彼の頭脳をもってしても、今回ばかりは原因にまったく思い当たることがないらしい。
当然、ルイスにすらわからないのだから俺にわかるわけもない。だがそろそろネタバラシくらいはしてくれてもいいだろうと、俺はルイスに向かって問いかけた。
「なあルイ、そろそろ教えてくれないか」
「何をだ?」
「この薬、本来だったらどういう効果が出るんだ?」
そう、俺はまだ教えられていない。ルイスがいまだかつてないほど苦戦している、この薬の正体を。
これまでのルイスの口ぶりからすると、おそらく風邪薬などの類ではない。そもそもルイスが趣味で作ったものだ、まともな薬ではないのはほぼ確実なのだが、さすがにそれが何なのかまでは想像がつかなかった。わからないまま何度も飲んでいた俺も俺ではあるが。
「いや、それは……」
俺の質問にルイスは何故か口ごもった。
どうしてそんな反応をするのかと、俺はまた首を傾げる。いつも理知的ではっきりとした物言いをする彼らしくもない。ただ教えてくれればいいだけなのに、この時のルイスは珍しく歯切れが悪かったのだ。
この期に及んでまで俺に薬の効果を教えることに不都合があるのだろうか。それとも……それだけの信頼に値しない、ということなのか。
……仮にそうだったとして、仕方がない。
ルイスはこのアトリエの所長だ。錬金術師とはその頭脳と技術自体が財産で、それは決して奪われてはいけないもの。同業のライバルも多い中、彼は情報漏洩などのリスク管理をしなければならない立場にある。だから、時として助手である俺にだって言えないことはあるだろう。
俺はここの従業員ではあるが、錬金術師ではない。だから仕方がない。せめてルイスと肩を並べられるくらいの実力があれば、話は違っていたかもしれないが……いや、無いものねだりか。
「言えないなら無理に言わなくていい。お前にも色々都合があるんだろうし」
ルイスから答えが返ってこないと判断した俺は、自らそう言って会話を切り上げた。
俺はこいつの実験体だ。そして、それは俺自身が望んでしていること。他の人で実験をするくらいなら、俺の身体なんていくらでも好きにしてくれていいと本気で思っている。どんな形であろうと、せめてルイスにとって役に立つ便利な存在でいられればそれでよかった。それが、錬金術師ですらない俺がルイスの傍にいられる最善の手段だったから。
だけど最近のルイスは俺のことを考えて実験の際も優しく接してくれるから、俺はいつの間にかそのことを失念してしまっていたらしい。
いくら恋人同士でも、仕事上では上司と部下だ。身の程は弁えなければいけないよな、と思いながら、俺は実験室を後にしようと扉の取っ手に手を掛けた。
「待ってくれ。違う、違うんだ……」
しかしすぐにその手はルイスによって阻止される。彼らしくもない、焦りを感じる弱々しい声音とは裏腹に、ルイスは俺の手首をがっしりと掴んで離さなかった。
そしてあろうことか、突然頭を下げて謝罪をしてきたのだ。
「ネロ、その……悪かった!!」
「え?」
悪かった、と。
なぜ自分はルイスから謝られているのか。それがわからず困惑していると、ルイスは先程から外したままだった眼鏡をかけ直してから、言いづらそうに薬の効果を語りだした。
「あの薬は……飲んでから最初に見た人間に対してのみ強い……その、心拍数の増加だとか、体温の上昇だとか、そういったものを半強制的に起こさせ、更に精神干渉の術式を組み込むことにより服用者の無意識下、潜在意識にまで対象の人物を埋め込むことが可能で……」
「???」
「あとは一時的なホルモンバランスの変化、それに伴う性的欲求の増幅、他にも一般的に恋情と呼ばれるものを想起させる諸反応を」
「ちょっと待て、もう少し分かりやすく言ってくれないか」
研究のことになると早口かつ小難しい口調になるのはルイスの癖のようなものだが、こちらは一気に捲し立てられても理解が追いつかない。辛うじてわかるのは、俺にとってそれらはすべて初耳の情報であるということだけだ。ただ、ルイスが語ったような効果は実験中まったく表れなかったのだが。
つまりはどういう薬なのか。俺がそう問うと、ルイスは気まずげに咳払いをひとつしてから再び口を開いた。
「まあ何だ……ようするに、惚れ薬ってわけだ」
ルイスが白状した驚きの事実に、俺は思わず「はぁ?」と声を上げてしまう。その薬の効果は俺が予想だにしていなかったもので、かなり噛み砕いて教えてくれたというのに俺は目を見開いたまま数秒ほど呆けてしまった。
惚れ薬。惚れ薬ってあれか、飲むと相手を好きになるとかいうやつ。フィクションでしか見たことがない架空の薬だという認識だったけど、まさかそれを現実に生み出そうとしていたとは恐れ入る。
惚れ薬なんて作れるわけがない。薬で人の心をどうこうするなんて、普通に考えて不可能だろう。だが、俺の常識が及ばないような規格外の存在、たとえば優秀な錬金術師なら——ルイスなら、それが出来てしまってもおかしくはないのだ。
「なんでそんなものを」
「……もっと好きになってほしかったからだ」
なぜ惚れ薬をあれほどまで必死になって作っていたのか、その理由はこれまた予想外すぎるものだった。
過去に類を見ないスランプに多少意地になっていた部分もあったとは思うが、それでもルイスの惚れ薬に対する入れ込みようは凄まじかった。なにせここ三週間はこの薬の改良のためだけに、休日も勤務時間も無視して実験室に籠りきりだったのだから。
あまりの展開に言葉が出なくなった俺に、ルイスはこう続けた。
「ネロに、もっと俺のことを好きになってほしいと思って……気が付いたら夢中で調合していた。もっとも、結局は失敗作しか作れなかったが……」
ルイスの言葉に、俺は大きな溜め息を吐いた。
まず、ルイスの言うことにはいくつか突っ込みどころがある。一つ目はそんなもののために寝食削ってまで研究に没頭するなということ。二つ目はもっと早く薬の効果を教えてくれていたらよかったのにということ。そして、三つ目は——。
「あの、俺は……ルイのことちゃんと、す、好き……だけど」
ああ、恥ずかしい。なんで俺がこんな恥ずかしい思いをしなきゃならないんだ。ルイスのやつ、わざわざこんなこと言わせるなよな……。
というか、俺がルイスを好いていることなんてとっくに伝わっていると思っていた。以前から何度かは伝えているし、そもそも好きじゃなきゃ付き合ったりセックスしたりはしないだろう。こればかりは流石のルイスといえども理解してくれているはず、だよな?
「ああ、わかってる……」
「わ、わかってるならなんで!」
言い損だった。顔から火が出そうだ。
でも、ルイスにちゃんと俺の好意が伝わっていたということには安心した。口下手で、言葉にして伝えるのが苦手な自覚はあるから、正直なところ少し不安ではあったのだ。
でも、わかっているなら尚更何故。
その疑問は、ルイスの次の言葉で余計に大きくなる。
「……お前があまりにも、あの養父を慕っているから」
「え? 養父って……ハロルドさんのことか?」
「そうだ。この前、少し話題に出ただけで嬉しそうにしていたじゃないか」
ルイスはどうしてか俺の養父の名前を唐突に出してきた。
養父——ハロルドさんは、ルイスと同じ公認錬金術師でもある。俺は彼に対しては優秀な錬金術師として尊敬や憧れの感情を抱いているし、育ての親なのでもちろんそれなりに慕ってもいる。そして彼は俺が錬金術師を志す理由でもあり、俺もいつか錬金術師になってここまで育ててもらった恩を返したい、と常々思っていた。
しかし俺はともかく、ルイスがハロルドさんの存在を気にしたことは今まで殆どなかったように思う。ルイスは基本的には他人に興味がないタイプの人間だし、錬金術師としての腕も……物凄く率直に言ってしまえば、ルイスの方にやや分があるように俺は感じる。一応ルイスにとっては同業の先輩であるとはいえ、それ以上に気にする理由がないのだ。
そもそもハロルドさんのことが話題に出たのっていつだ? 先日の研究会で少し顔を合わせたとは言っていた気がするけど、あの時は……その、ルイスと色々した直後だったので俺は会話の内容をあまりよく覚えていなかったりする。それにルイスは以前からハロルドさんのことをあまりよく思っていないような素振りがあったから、俺もルイスの前で彼の話をするのは日頃から避けていた。
それなのに、どうして急に? その時の俺はそれほどまでに嬉しそうにしていたのか……?
いや、仮にそうだったとして、ルイスがあんな薬を熱心に作るくらい、異常にそのことを気にするのは何故。
俺にはルイス以外の人間との交際経験は一切ないが、それでも自分なりに考えた。俺がハロルドさんの話題で嬉しそうにして、それを見たルイスが俺に惚れ薬を飲ませて。その原因がハロルドさんに対する俺の好意的な言動だったということは、つまり……。
「……嫉妬?」
気付けば口からそんな単語が漏れていた。
言った直後、はっとしてルイスの顔を見ると、口元を手で隠してはいるがそれでも明らかなくらいに真っ赤になっている。その反応は肯定も同義だった。
正直、信じられない気持ちでいっぱいだった。あの錬金術以外に微塵も興味がなかったルイスが。他者に関心を示さず、相手の感情など知ったことではないといった態度だったルイスが、まさか俺の養父に嫉妬するだなんて。
「嘘だろ……?」
「いいや、嘘じゃない」
ルイスは俺の言葉をすぐさま否定すると、俺の腕を強く引く。抵抗する気など最初からなかった俺の身体は、いとも簡単にルイスの胸の中に収まった。
「俺は、お前が思ってる以上にお前のことが好きだぞ」
ネロが好きだ。独占したい。だから嫉妬もする。
耳元でそんなことを囁かれて、俺の顔もぶわりと熱くなった。こいつは顔が良いだけじゃなくて、声も無駄に良い。だから聞き慣れた声であっても、こんなことを言われれば俺はまんまとドキドキしてしまう。
でも。でもな、ルイス。まさかそれが俺に伝わっていないとでも思っていたのか?
「……そんなの分かってるよ」
だって、お前にも効いていなかったじゃないか。
今だったらわかる。なぜあの薬が効かなかったのか。
そもそも薬学を最も得意分野としているルイスの作る薬が効かないなんてことはそうそうあるわけがない。並の錬金術師ならまだしも、ルイスは天才と謳われるほど突出した実力の持ち主なのだ。
だからきっと、あの薬は効いていた。最初からずっと。
それが俺に対して効果を表さなかった理由なんて一つしか考えられない。
——薬を飲む前から既に、俺がルイスのことをこれ以上ないくらい好いているからだ。
俺がそれを伝えると、ルイスは顔を赤く染めたまま眼鏡の奥の目を見開いていた。本当に今日はらしくない表情ばかりするな。
さっきルイスもあの薬を飲んでいたけど、まったく効いていなかった。つまりはそういうことだって、錬金術師ではない俺にだってわかるのに、こいつはこういう時ばかり鈍感だ。ルイスが他人の感情の機微に疎いのは昔からずっとそうだけど、まさかこんな簡単なことにも気付かないなんてな。
「……やはりネロには敵わないな……」
しばらく沈黙したのち、ルイスは参ったと言わんばかりの様子でそう呟いた。そんなルイスを見た俺はくすりと笑みを溢す。なんとなくルイスを出し抜けたような、そんな気分だ。
「さすが俺の助手だな。優秀すぎて脱帽せざるを得ない」
「はは……さすがに褒めすぎだろ」
大袈裟すぎるルイスからの称賛に俺が笑うと、ふいにその口をキスで塞がれた。最近のルイスは実験室に籠ってばかりいて、こうしてキスをするのも久しぶりだったので、俺は咄嗟に抵抗することも忘れてその柔らかく形の良い唇を心のままに貪ってしまう。まだ仕事中であることも、ここが実験室であることもちゃんとわかっている。それでも今ばかりは止められなかった。
「ん、んむ……ふぁ♡」
酸欠になる前に空気を吸おうと開いた唇の隙間から舌が侵入してきて、キスが深まる。心臓の鼓動が早くなって、なんだか身体も熱くなった気がする。
俺を抱きしめるルイスの腕にぎゅっと力がこもった。
✦✦✦
「あ、あの……ルイ」
「どうした?」
「なんか、身体があつい……」
キスでくたくたになった身体から勝手に力が抜けて、すぐそばの壁にもたれかかる。俺たちはまだ実験室の中にいた。
ルイス曰く、まだ飲んでから一時間経っていないため、“実験”は続行中らしい。経過を見るとか何とか言って、実験室から出してもらえなかったのだ。
そんな中、俺は自身の身体に明確な変化を感じていた。天才ルイスが作った薬だ。惚れ薬の効果自体は出ないにしても、他に何か起こらないとは限らないのだが……。
「ああ、そのことか。実はな……」
身体が熱いと、ルイスにそう訴えると、彼は何かを思い出したような表情になった。それから、ばつが悪そうにその原因を教えてくれる。
「その、あまりにも薬が効かないものだから……今回の薬には、媚薬を少し混ぜた」
前言撤回。こいつやっぱり馬鹿だ。
ていうかお前も自分で飲んでたよな? しかも媚薬入りだと知った上で飲んでいたのだから本当に救いようがない。今までも口酸っぱく言ってきたが、いい加減後先考えて行動してほしい。馬鹿と天才は紙一重とよく言うけれど、これはまさにルイスにこそ相応しい言葉だと心底思った。
「ばか……」
「いや本当に、申し訳ないと思ってる」
ルイスは苦笑しながら俺に謝った。キスをしたばかりで至近距離にいる彼の声が俺の鼓膜にぞくぞくと響く。媚薬が効き始めているせいか、それだけで下腹部がきゅんと疼いてしまった。
自覚はある、たったこれだけで全部許してしまいそうな俺が一番馬鹿なのだということを。
「ネロ……そんな顔で煽らないでくれ。我慢ができなくなる」
「……んっ♡」
ルイスのしなやかな手が俺の腰をするりと撫でた。たったそれだけで、俺の身体は素直すぎるほどに素直な反応を返してしまう。媚薬は遅効性なぶん効きが強いものになっているのか、ほんの少しの刺激でもビリビリと痺れるような快感が全身を駆け抜けた。
目元が潤んで、視界がじわりと歪む。俺の目にはもうルイスの姿しか映っていなかった。
俺はお前に逆らえない。逆らう気もない。でも、それでいい。
「我慢……しなくていい、から」
惚れ薬なんて必要ないくらい、俺は既に身も心もルイスの虜になってしまっているのだから。
——————
あれから、媚薬で増幅された欲望は簡単におさまるわけもなく。
俺は実験室の壁に両手をついたまま、後ろから突かれていた。
「あっ♡ やっ、あん♡ ぁっ♡ あ♡」
裏返って高くなった、甘ったるい喘ぎ声。こんなみっともない声が自分から出ているなんてとても信じたくないが、突かれるたびに喉から勝手に漏れてしまうそれは紛れもなく俺のものだった。
「だめ、だめっ♡ も、イク……ッ♡」
ばちゅっ、ばちゅんっ♡と音がするほどに抽挿を繰り返されようものなら、もとよりルイスに調教されきっている身体は我慢などきくはずもない。俺はだめだめと媚びるような嬌声を上げながら、いとも簡単に達してしまった。
媚薬を飲んだ上でのセックスはこれまでにも経験があったが、しかし何度しようとも俺がそれに慣れることはない。ひっきりなしに喘ぎ続けているせいで口の端からは涎が垂れているし、その上今は立ちバックの体勢であるため前方には壁、後ろからはルイスが覆い被さっていて快感から逃れる術も皆無に等しかった。
「は、ぁあ゛ッ♡」
「く……♡ ネロ、かわいい……」
どぷどぷ……と濃くてたっぷりとした精液が中に注ぎ込まれる。イク時に中のペニスがビクンビクンと痙攣するのが言葉にできないくらい気持ちよくて、その上そのまま射精されたらもっともっと気持ちいいに決まっている。俺の身体は既にルイスから与えられる快感の拾い方を熟知してしまっていた。
これだけ射精してもルイスの性器は一向に萎えることはなく、再び無遠慮に突き立てられたペニスで奥の奥まで甘やかされる。ずっと爪先立ちしたままの脚はガクガクと震えていて、そろそろ限界が来そうだった。しかしルイスはまだ射精が終わっていないというのにそのまま腰をグッと動かして、なんとピストンを再開した。
「あっ♡ ま゛、って……! まだ、出てるのに……う、きゃ、っぁあん♡♡」
パンパンと肉のぶつかる音が実験室に響く。繰り返し射精され、そして今もなお出され続けている中は精液によるぬかるみと化していた。
ルイスが腰を動かすたびに、結合部からどろりとした液体が溢れていくのが後ろの感覚でわかる。それでもルイスの激しい律動は止まらず、俺も限界を訴える体力とは裏腹にふらふらと腰を動かしてしまっていた。
「ぁ、んぅ……♡ はぁ、はぁっ……」
決して引くことのない絶頂の余韻。脚が辛くてもう立っていられそうにない。
しかし、がくんと脚から力が抜けて腰が落ちそうになった寸前、その身体をルイスの腕に支えられ、すんでのところで体勢を保つことができた。俺は脚に力を込め壁に爪を立てながら、崩れ落ちまいと必死になって立った姿勢を維持しようとする。
「ネロ、もう立っているのは辛いだろう。こっち、向けるか……?」
耳元でルイスのそんな声が聞こえた。俺がこくこくと頷くと、ルイスは俺の身体をぐるりと回し、向かい合う体勢に変えてくれた。体位が変わったことによって俺の後ろを満たしていたペニスがずるりと抜けていって、俺はぞわりとしたえもいえぬ喪失感に襲われる。
「あぁッ♡ ……ぬけ、抜けちゃう……!」
ずぷんっ♡
「きゃあんッ♡♡」
ペニスが抜けきる寸前で再び最奥まで挿入され、ひときわ甲高い声が出る。一気に抜かれるのも、一気に入れられるのも、どちらも気が狂うほど気持ちがいい。
普通は挿入しただけでは気持ちよくなれないものらしいのだが、俺はその限りではなかった。何せ俺たちは死ぬほど身体の相性が良い(ルイス談)。それに加えて今は媚薬が存分に効いているので、俺の身体は全身性感帯と言って差し支えない状態にまで仕上がってしまっていた。
こんなの、耐えられるわけがない。
「ネロ、俺の肩に腕を回して……そう、上手だ。そのまま掴まっていてくれ。離すなよ」
向かい合わせで立ちペニスを挿入したままの体勢で、ルイスが俺に自分に掴まるよう指示してくる。俺は先程まで壁についていた両腕を伸ばすと、言われるがままルイスの身体にしがみついた。
こんな場所でことに及んでしまったし、体力も限界でもう動けそうにない。このまま抱き上げて事務所か寝室に運んでくれるのか、と思ったのだが、次の瞬間ルイスは信じられない行動に出た。
「ッア゛、ぁあああッ!?♡♡」
ルイスは俺の両膝に腕を掛け、そのまま軽々と持ち上げてみせたのだ。
床から足が離れ、完全に身体が浮く。所謂『駅弁』と呼ばれる体位だ。もちろんペニスは挿入したままで、抱き上げた拍子に結合部からはぐちゅっ♡ぐちゅっ♡と卑猥な音が響いていた。
「や、いや……これ、無理っ♡ 深……深いぃ……♡」
完全に自重がかかる体勢になったことで更に挿入が深まり、今やルイスの性器は俺の結腸をぐっさりと貫いていた。
入っちゃダメな場所、これ以上は入らないという所まで容赦なくぶち込まれ、しかし逃げ場などあるわけもない。ルイスが手を離すか、俺が手を離すか、どちらか片方だけでもしてしまったら、俺の身体は勢いよく床に叩きつけられるだろう。そうならないようにと、俺は快楽に泣き叫びながらも必死にルイスに縋り付くしかない。勿論、ルイスも離してくれない。
「はは、お前は本当に軽いなぁ。……動かすぞ」
「ひぃ゛……!? だ、だめこれ、深くて……っあ、ぁンっ♡ あぁんっ♡ あ゛っ♡ あっ、あんッ♡♡」
ルイスはどこにそんな腕力があるのか、俺の身体をバウンドさせるように上下に激しく揺すり始めた。
律動のたびにルイスの凶悪なペニスが俺の中をこれでもかというほど犯す。普段とは違う体位なので当たる場所も少し違っているのか知れないが、俺は揺さぶられながら今まで経験したことがないような絶妙な気持ちよさを感じていた。良すぎて今にも気をやってしまいそうなほどだ。
しかしもう体力は殆ど底をついている。せめて壁に背を付けるか、どこかに腰を下ろすかさせてほしかったが、ルイスがそれを聞き入れることはなかった。というか、そう訴えたくとも口からは喘ぎ声しか出てこなかった。
「も゛、だめ、んぁあっ♡ それ、止めてっ……あっ♡ あ゛あぁ……ッ♡」
「ッ、イキそ……」
「あっ、あんッ♡ おれも、イって……あ、いく、だめ、いっちゃ……ッ」
ルイスが発した「イキそう」という言葉に身体が勝手に反応して、俺も再び絶頂の兆しを見せる。媚薬が効いているせいか、ルイスもいつもより余裕がなさそうだ。彼の切羽詰まったような色気たっぷりの声音と、首筋にかかる熱くて荒い呼吸が愛おしくて、俺は否応なしに興奮してしまった。
「る、い……ッ♡」
からだがせつない♡
おなか、きゅんきゅんする♡
ルイスの肩に回している手にぎゅうっと力がこもり、無意識に爪を立てる。全身がビクビクと痙攣し、思わずルイスのものを締め付けると、それは俺の中で一層大きく硬くなっていった。ルイスもいよいよ射精が近いらしい。そして、それを助長するかのようにハイペースで身体を揺さぶられ——俺はなすすべもなく、一気に快楽の頂点へと叩き上げられた。
「ぁ、んっ♡ あっ、イ゛ッ……んッぁッあ゛ああーーーーー……ッ♡♡」
「ッ、ん……っ♡」
ずん、と奥深くまで貫かれ、激しかったピストンが止まる。次の瞬間、ルイスの熱くこってりとした精液がビュクビュクッ♡と大量に出され、俺の中を満たした。
ルイスの精液はすごく気持ちがいい。濃くて、量も多くて、これを中に出される感覚に俺はいつしか病みつきになってしまっていた。精液で感じてしまうだなんて淫乱みたいで恥ずかしいから、ルイスには知られたくないけれど。
「はーっ、はぁっ……♡」
同時に達した後、お互いじっとしたまま荒くなった呼吸を整える。
慣れない体位でのセックスは体力の消耗も大きかったが、しばらくするとお互いに少しずつだが落ち着いてきた。ルイスも流石に長時間この体勢でいるのは疲れるのだろう、まだ息を整えつつも、俺の身体を実験室のデスクにそっと降ろしてくれる。俺はされるがままにデスクの上で仰向けの体勢になった。当然、まだペニスは入ったままだが……。
もう手も足も動かなくて、身体のどこにも力が入らない。それなのに媚薬の効果はまだ切れていないようで、身体は熱いまま。そしてルイスの性器も硬いまま。
「はぁ……悪いネロ、もう少しだけ……」
「は、ぁう゛ッ♡ そこ、あっ♡ 擦っちゃ、やだぁ……っ♡♡」
ルイスのギラギラとした瞳に射抜かれて嫌な予感がした直後、そのまま律動が再開された。
もう終わりだと思って油断していた時に急に動かれたものだから、俺は枯れかけの喉からあられもない声を上げてよがってしまう。先程までの奥へ奥へと突き入れるような刺激とは違う、ゆるゆると抜き挿しし、ピンポイントに前立腺を刺激する動き。これだけでも堪らないのに、腰の動きはそのままに追い討ちをかけるようにキスで唇を奪われて、あまりの心地よさに今度こそ思考が蕩けて何も考えられなくなった。
本当にもう無理なのに。いやいやと首を横に振っても、媚薬のせいで理性を失っているルイスには聞き入れてもらえるはずもなく。
——結局、正常位でも幾度となく突き上げられて、最終的に疲れ果てた俺が気絶するまでその行為は続いた。
あのルイスがあれほどまでに妬いてくれたのはちょっと嬉しかったけれど、いくら実験の一環とはいえこれは流石にやりすぎだ。たとえ恋人同士であっても仕事中に公私混同はしたくないと思っているのに、この有様。今回ばかりはルイスに多少お灸を据えてもいいのではないだろうか。
決めた。最低でも今後一週間は、絶対にルイスとは口を聞いてやるものか。
……そう思うのだが。
「無理させてごめんな……。ネロ、愛してるよ」
申し訳なさそうに眉尻を下げたルイスにとびっきり甘い声でそんなことを囁かれてしまえば、惚れ薬が効かないくらい彼に惚れ込んでいる俺の決意は即座に揺らいでしまう。
やっぱり三日くらいで許してやろうか……なんて、性懲りもなくそんなことを考えてしまう俺だった。
end.
最近、ルイスが実験室に籠っている。
何やらまた新しい物を作ろうとしているらしい。
ルイスが国からの招集で『研究会』に出席している間、このアトリエは俺が留守を預かる形になった。その後俺はルイスに留守中に来た仕事の引き継ぎをして、ルイスが帰ってきてから数週間が経った今では、それらの仕事もあらかた終わっていたはず。となると、今は依頼品ではなく個人的な研究をしているのだろう。
ルイスは若干22歳にして天才の名を欲しいままにしている、国でも指折りの優秀な錬金術師だ。これは断じて助手兼恋人である俺の贔屓目などではなく、フラットかつ客観的な目線での評価である。
誰しもが認める稀代の天才錬金術師。だがしかし、彼は錬金術を愛するあまりなのか、非常に変わり者であることでも有名だった。
若手にしては珍しいことに、地位や名誉に興味がない。金にも興味がない(これは今までの実績から既にルイスが巨万の富を手にしているからかもしれないが)。人付き合いも好まず、公の場に姿を現すことは稀である。望めばどんな贅沢もできるだろうに、現在は都会の片隅に構えたアトリエ兼自宅で慎ましい生活を送っている。アトリエの従業員もたった一人だけ助手を雇うのみで、事業の規模拡大などは考えていないようだ。……とまあ、世間から見た彼はまさに『変わり者』と呼ぶに相応しい男であるのは間違いないだろう。
実際、ルイスは錬金術バカの変人だと、一番身近にいるであろう俺もそう思っている。彼の興味を引くのは常に錬金術ただそれだけで、時には寝食すら忘れプライベートの時間を削ってまで研究にのめり込む有様。ルイスが錬金術のことを考えていない時間など存在しないのだ。
だからこそ、仕事が落ち着いている時は今のように個人的な研究をするため実験室に入り浸っていることが常だった。
今回は何を作っているんだか。
ルイスが作るものはどれも素晴らしい出来だが、たまにろくでもない物をやたらと熱心に作っていることがある。依頼品ですらないそれら成果物はルイス曰く「趣味」だそうだが、ルイスが趣味で作る物は本当によくわからない用途のものばかりで俺は理解に苦しむことが常だった。例えば、飲むと後ろの穴が濡れる謎機能が搭載された超強力媚薬だとか、魔力を送り込むだけで対象者を好きなだけメスイキさせられる玩具だとか……。ルイスの知的好奇心が人並み以上に旺盛なのはとっくに知っているのだが、せめてもう少し実用的なものを作ったらいいのにと思わないでもない。
俺がそう感じるのは、彼が作った試作品の“実験”を俺の身体で行うことが通例になっているからだろう。もちろん、今は俺も望んでその役目を担っているわけなので特に文句があるわけでもないのだが。
「ネロ、手が空いたら実験室に来てくれ」
いつか来るだろうと思いながら事務所で仕事をしていると、案の定ルイスが俺を呼びに来た。おそらく試作品が完成したのだろう。俺は少し待ってくれと返事をしてから、途中だった作業をきりのいいところまで終わらせてしまおうと手の動きを早めた。
多分、ルイスはいよいよこれから“実験”をするはずだ。ルイスが錬金術で作ったものを、俺の身体を使って……。
いや、俺は何を意識しているんだ。ルイスが趣味で作る物は知能指数の低いエロ玩具ばかりとはいえ、今回もそうだとは限らないじゃないか。
自分の中の邪念をかき消すように仕事に没頭する。ルイスを待たせすぎてはいけないから、余計なことは考えずさっさと終わらせなければ……。
それから約15分後。一応ノックをしてから扉を開け、俺はルイスの待つ実験室へと足を踏み入れていた。
「待たせて悪かった」
「いいや、むしろ仕事の邪魔をして申し訳ない。新しい薬が完成したから、すぐにでも実験したくてな」
やっぱりまた新しい薬を作っていたのか、と俺は納得した。
ルイスは様々な才能に恵まれた男だが、特に錬金術に関する事柄には別格の能力と勘を発揮する。それこそ研究会から帰ってきてまだ数週間、実験室に籠り始めてからは僅か十日程度。その短期間で新しい薬を考案し、試作段階まで形にできるなんて並の錬金術師ではまず考えられないことだ。
一般的には、錬金術師が新しい薬をひとつ開発するのには数ヶ月、場合によっては年単位の時間を要することもザラだというのに。あくまで趣味の研究とはいえ、我が上司ながら恐ろしいまでのスピード感だ。
俺は早速ルイスに今回の薬について詳しく聞くことにした。
「今回のはどういう薬なんだ?」
「残念だが、それは言えない。事前に効果を伝えてしまうと、ちゃんと効いているかどうか分からなくなるからな。プラシーボ効果は知っているだろう?」
なるほど、プラシーボ効果。その薬を『飲んだ』という認識により、効果が出ているものと無意識に思い込んでしまうことだ。こういった人体実験の際、プラシーボ効果により実験結果に狂いが出ることを防ぐため、被験者には薬についての詳細はあえて伏せられる、というのは元よりよくある話だった。
「なに、あとで教えるさ。とりあえずこれを飲んでみて、身体的、もしくは精神的な変化があったら逐一教えてほしい」
ルイスがそう言うので、俺は頷いて彼から薬の入った容器を手渡しで受け取る。どんな薬なのかわからないとはいえルイスの腕の良さは俺が誰よりも知っているから、毎度のごとく命の心配まではしていなかった。それは今回の薬がそれほど危険性を感じる見た目をしていなかったからというのもある。
その薬は、透明に近い水色をした液体だった。50mlほどの容量であろう小さな容器を7割ほど満たしているそれは、その独特の色を除けば何の変哲もないただの水のように見える。匂いを嗅いでみるとほんのりと甘い香りがしたが、以前飲まされた砂糖を煮詰めたように甘ったるい媚薬と比べればさして不快というわけでもない。おそらくコーヒーなどに混ぜても問題なく飲めてしまいそうなくらい、癖のない液体だ。試しに軽く容器を振ってみると、それに合わせて中の液体がちゃぷちゃぷと揺れる。粘性もないようだ。
ルイス曰く、この薬は経口摂取が基本となるので飲みづらさがないように甘い香料を混ぜたとのこと。ということは、これは子供向けのシロップ薬のようなものなのだろうか。であれば効き目も子供に合わせて弱めにしてあるはず。だから珍しくプラシーボ効果を危惧していたのかも……と考えると納得がいった。当然、全て俺の推測でしかないのでまだ油断はできないが。
「一応確認するけど、危ないものじゃないんだよな?」
「勿論だ。そもそも今回のものは試作品だから、それほど強めには作っていない。効き目も一時間程度で完全になくなるはずだ」
「そうか……。なら、別にいい」
いつぞやの媚薬のように何時間も効果が持続してはたまったものではない。いや、もしこれが媚薬だったとしたらたとえ一時間でも結構キツいことになるわけだが……効きは弱くしてあるらしいし、きっと大丈夫だろう。何よりルイス本人が安全だと言うのなら、彼専属の実験体である俺はそれを信じて飲むだけだ。
俺は薬の入った容器を口元に持っていき、喉に流し込むようにしてぐいっと傾けた。
「っ……!」
不味くはないが、美味しいかと言われるとよくわからない。本当にシロップ薬を飲んでいるかのような感覚だった。それでも流石に一気飲みしたのは間違いだったか……とすぐに後悔したが、それでもルイスの役に立ちたい一心で、俺はなんとか容器の中の液体をすべて飲み干した。
俺の喉が上下するさまをルイスがじっと見つめているのがわかる。そんなにじろじろ見なくても、と思ったが、それを口に出す前に俺はえもいえぬ胸焼けに襲われていた。
「はぁっ……! の、飲んだ……けど、胸焼けがすごい……」
「心配しなくていい。ほんの作用だ」
ルイスが大丈夫と言うので、俺は胸元を押さえながらもすぐ傍の椅子に腰掛け、胸焼けに耐える。
身体が熱い。心臓がドクドク言っている。飲んだ液体は冷たかったはずだが、体内に入れた途端急激に熱を持って俺の全身を巡り出し、ふつふつと煮えたぎるように少しずつ俺の体温を上げていった。
「ルイ、水……。みず、ほしい」
「申し訳ないが、少し我慢してくれ。じきに治まるはずだから」
ルイスはそう言うが、本当だろうか。正直、今のこの状態から持ち直せるとはとても思えないのだが。
それでもこの行為はれっきとした人体実験だ。最早こうなっては俺はルイスを信じてただ不快感に耐えることしかできなかった。だんだんと息が上がってくる。くそ、さっきは自信満々に危ないものじゃないって言ったくせしてこれだ。この薬の効果がどんなものかは伝えられていないため俺は知らないが、これは早速改良の余地がありそうだな……。
「……ん、あれ? おさまった……」
あとで恨み言を言ってやる、と思いながらその場でしばらくじっとしていると、突然嘘のように胸焼けがなくなった。薬を飲んでからだいたい5分ほどだろうか。体温も元に戻り、呼吸も整ってくる。
俺が落ち着いたのを見計らってルイスが声をかけてきた。
「どうだ、ネロ。なにか変化は感じるか?」
「いや、何も……」
彼はその翡翠色の瞳でこちらを見据えていた。薬の効果が表れるのを期待しているのだと思うが、生憎今はもう心身共に異常はない。俺がありのままを伝えると、ルイスは「そうか」と少し残念そうに言ってから腕を組んだ。
「まあ、まだ飲んだばかりだからな。このまま少し様子を見てみよう」
ルイスがそう言うので俺は大人しくそれに従う。この薬が即効性なのか遅効性なのかはわからないが、ルイスの反応からして効果が出るまでにはそれほど時間を要さないようだ。だから、きっとすぐに何か身体に異変が起こるはず。俺は些細な変化も見逃さないようにと、できるだけ自身に意識を集中させながら経過を見守ることにした。
——それから一時間後。
「えーと……何も起こらない、けど……」
飲んでから一時間程度で完全に効果がなくなる、とルイスから聞いていた薬だったが、その一時間が経っても俺はその効果を実感することができないでいた。
見た目にもまったく変化がない俺の様子はルイスからしても想定外だったのか、彼は訝しげに俺を観察しながらぶつぶつと独り言を呟いている。
「おかしい……完璧な調合だと思ったんだが……」
ルイスがこうなるのも無理はない。今まで幾度となく彼の実験体として実験に協力してきたが、彼の薬が効かなかったことなど今回が初めてだった。
俺自身、ルイスの作る薬との相性がいいのか知らないが、毎度の実験では効きすぎるくらいに薬がよく効くことが常だったので、この結果には驚きを隠せなかった。
「本当に何ともないのか?」
「あ、ああ。最初の胸焼け以外は、特に何も……」
ルイスが何度も聞き返してくるが、本当に何もないので俺はそう答えるほかない。ここでルイスに気を遣って嘘の症状を報告したりすれば、それこそ彼にとって良くない結果になってしまうからだ。
俺の返答を聞いたルイスはまた腕を組んで何かを呟きだした。おそらく今ルイスの思考は常人には不可能な速度でフル回転しているのだろう。俺はそれを邪魔しないようにしながら、ルイスが散らかしっぱなしにしていた実験器具をそっと片付けに入る。
そしてその片付けもあらかた終わった頃に、ずっと静かだったルイスが突然声を上げた。
「改良する!」
「へっ?」
「薬が効かないということは、きっと調薬に何かミスがあったんだ。必ず原因を突き止めて改良してみせる!」
そう言うやいなや、ルイスは俺が定位置に戻したばかりの実験器具を棚から取り出してガチャガチャとせわしなくいじり始めた。その様子を見て俺は思わず頭を抱えそうになる。ああ、せっかく片付けたのに……。
大きな溜め息をついた俺をよそに、その原因となった男はこちらには目もくれずに数々のメモ書きや資料と睨み合っている。悲しいかな、ルイスはこうなったらもう誰にも止められないということを俺はとっくの昔に知っていた。これは長くなりそうだな……。
実際、学生時代のルイスだったらこのまま集中モードに入って俺の話などまるで聞かなくなるのだが、今回は違った。若き錬金術師として個人でアトリエを管理している立場がそうさせたのか、それとも仕事のことも少しは頭にあったのか、彼は本格的に研究に入る前に助手である俺に指示を出した。
「すまないがネロ、仕事のスケジュールを調整しておいてくれ。俺はしばらくここに籠る」
「あ、ああ。わかった……」
「頼んだぞ」
それだけ言うと、ルイスは実験室の扉をバタンと閉めてしまった。研究中は近くに人の気配があると気が散るらしいルイスは、自分で呼びつけたくせして俺のことも部屋から追い出してしまう。これもいつものことなので特に気に障ったりはしないのだが、まるで善は急げと言わんばかりのルイスの勢いに俺はつい言われるがまま実験室から立ち去っていた。いやそもそも、これが『善』なのかどうかは薬の効果次第なんだが……って、待て。
「結局あれはどういう薬だったんだ?」
「また実験するから今は教えられない。成功したら教える」
ドア越しに問い詰めると、ルイスからはそれだけが返ってきた。
おい、さっきあとで教えるって言っただろうが!
✦✦✦
それから三週間ほど、ルイスは例の薬の改良と実験を繰り返した。
改良品が完成するたび俺がその薬を飲み、効果が出るか確認する。しかし何度改良しても薬の効果は一向に表れず、最初は張り切っていたルイスもだんだんと打つ手がなくなってきたようだった。
「ネロ、改良品ができた! 実験させてくれ!」
「はいはい……」
そして今日、ルイスは通算8回目の『改良』を終えた。
趣味の研究であるにも関わらず、ルイスはここまでまったく諦める気配がなかった。知的好奇心やプライドが途中で投げ出すということを許さないのか、もしくは錬金術師として純粋に悔しいという思いがあるのかもしれない。ルイスの気持ちもそれなりに理解はできるので、俺もあいつが満足いくまでとことん付き合ってやることにしたのだ。
そもそもあれがどういう効果がある薬なのか、俺はまだ知らされていない。しかしあの稀代の天才錬金術師と謳われたルイスの薬がここまで効かないのは本当に稀有なケースである。原因については俺は当然見当がつかないが、ルイスは色々な仮説を立てて実験のたびにあれやこれやと色々試しているみたいだった。
これまでルイスが作ってきたものは全てにおいて完璧で、それについては俺も身をもって実感していた。だから今回のことは本当にイレギュラーなのだ。だが何度実験に付き合っても効果らしい効果を感じられないのは紛れもない事実で、これまでに飲んできた改良品はどれもあえなく『失敗作』となっていた。
「今回は上手くいくといいんだが……」
終わりのない改良と実験にルイス自身も困惑しているのが伝わってくる。
あまりにも薬が効かないので、被検体である俺に何かしら体調的な問題があるのではないかと色々な検査もさせられた。だが検査の結果は正常で(もっと食べろとは言われたが)、薬の生体実験を行うにあたっては特に問題ないとのこと。だとするとやはり薬のほうに改善の余地があるということで、それ故にここ最近のルイスは俺が今まで見たことがないほどに頭を悩ませていた。
「とりあえず飲んでみてくれ」
「わ、わかった」
薬の完成度に関しては助手である俺には何のフォローもできないが、俺だって実験が上手くいってほしいとは思っている。今度こそ効いてくれよ、と内心で祈りながら、俺は容器に入った青みがかった液体を喉に流し込んだ。
こく、こく、と喉を鳴らしながら、容器の中の液体を8割ほど飲み下す。甘く飲みやすい液体であることに変わりはなかったが、改良の過程であの酷い胸焼けの作用はなくなっていた。本命の効果自体は未だ感じられていないものの、胸焼けがなくなっただけでも俺にとっては御の字だ。
そして、肝心の効果はというと。
「……なんともない」
ルイス曰く、この薬はほとんど即効性のようなものらしい。
『ほとんど即効性』とはどういうことなのか、聞いてもルイスは説明してくれなかったが、飲んでから遅くとも2、3分程度で効果が表れるはずだ、とは言っていた。
それなのに、だ。薬を飲んでから数分経過したものの、やはりそれらしい効果は実感できない。心拍数、体温共に正常。表面上は何の変化もなく、それは精神面でも同じことが言えるだろう。
結論、今回の実験も失敗。これはまたルイスが困るやつだ。
案の定、俺の言葉を聞いたルイスは途端に難しい顔になった。
「何ともない? 本当にか?」
にわかに信じがたいという顔で俺を見るルイス。しかし俺は申し訳ないと思いつつも彼からの問いに対して頷くほかない。事実、何ひとつ変化がないのだから。
だが信じられないのは俺も同じだ。ルイスの薬が今回に限って何故ここまで効かないのか、皆目見当がつかない。
ルイスによる薬の調合は完璧のはずだ。あいつはこと錬金術に関しては天賦の才と言っていいほどのものを持っている。それにこの短期間でルイスの腕が落ちたなんてことは考えづらい、いや絶対にあり得ない。だとしたらやはり、俺に原因が……?
「ネロ。落ち着いて、俺の目を見ろ」
俺が思案していると、ルイスが眼鏡を外して俺の顔を真正面から見つめてきた。顔面偏差値がイカれているルイスの素顔がいきなり晒されたので、こんな時なのに俺はついときめいてしまう。
……って、いやいや。今はルイスの顔に見惚れている場合じゃない。ルイスは至極真剣だし、そもそもまだ実験中だ。集中しろ、自分。
俺はルイスの言った通り、できるだけ平静を保ちながら彼の翡翠色の瞳をじっと見つめ返した。
「……どうだ?」
「え、何が……?」
ルイスの目は相変わらず国で一番なんじゃないかと思うくらいに綺麗な色をしているが、それを見たからといって俺の体調に変化が起こることはないに決まっている。質問の意図がわからず俺は首を傾げるが、なんと次の瞬間ルイスはとんでもない奇行に走った。
「そんなはずはない……!」
「あっ、おい!」
ルイスは俺の手にある薬の容器を強引に奪い取ると、中に2割ほど残っていた液体を何の躊躇いもなく一気に飲み干した。
「何してんだ馬鹿!」
あまりの出来事に、思わずそんな罵声が口をついて出てしまう。改良品とはいえまだ試作段階の薬を錬金術師自ら飲むだなんてどうかしている。いや、ルイスがどうかしているのは今に始まったことではないが。
しかしルイスは俺のそんな言葉すらも耳に入っていないようで、しばらく俺の前でじっと立ち尽くした後、絶望の表情でひと言呟いた。
「何ともない……。何故だ? 何がいけないんだ……!?」
俺に対してまったく効果を発揮しなかったその薬は、同様にルイスにも効いていないらしかった。
ルイスにとってこの事実は相当なショックだったようで、薬を飲み込んだ口元を押さえながらぼそぼそとしきりに何か独り言を発している。稀代の天才と名高い彼の頭脳をもってしても、今回ばかりは原因にまったく思い当たることがないらしい。
当然、ルイスにすらわからないのだから俺にわかるわけもない。だがそろそろネタバラシくらいはしてくれてもいいだろうと、俺はルイスに向かって問いかけた。
「なあルイ、そろそろ教えてくれないか」
「何をだ?」
「この薬、本来だったらどういう効果が出るんだ?」
そう、俺はまだ教えられていない。ルイスがいまだかつてないほど苦戦している、この薬の正体を。
これまでのルイスの口ぶりからすると、おそらく風邪薬などの類ではない。そもそもルイスが趣味で作ったものだ、まともな薬ではないのはほぼ確実なのだが、さすがにそれが何なのかまでは想像がつかなかった。わからないまま何度も飲んでいた俺も俺ではあるが。
「いや、それは……」
俺の質問にルイスは何故か口ごもった。
どうしてそんな反応をするのかと、俺はまた首を傾げる。いつも理知的ではっきりとした物言いをする彼らしくもない。ただ教えてくれればいいだけなのに、この時のルイスは珍しく歯切れが悪かったのだ。
この期に及んでまで俺に薬の効果を教えることに不都合があるのだろうか。それとも……それだけの信頼に値しない、ということなのか。
……仮にそうだったとして、仕方がない。
ルイスはこのアトリエの所長だ。錬金術師とはその頭脳と技術自体が財産で、それは決して奪われてはいけないもの。同業のライバルも多い中、彼は情報漏洩などのリスク管理をしなければならない立場にある。だから、時として助手である俺にだって言えないことはあるだろう。
俺はここの従業員ではあるが、錬金術師ではない。だから仕方がない。せめてルイスと肩を並べられるくらいの実力があれば、話は違っていたかもしれないが……いや、無いものねだりか。
「言えないなら無理に言わなくていい。お前にも色々都合があるんだろうし」
ルイスから答えが返ってこないと判断した俺は、自らそう言って会話を切り上げた。
俺はこいつの実験体だ。そして、それは俺自身が望んでしていること。他の人で実験をするくらいなら、俺の身体なんていくらでも好きにしてくれていいと本気で思っている。どんな形であろうと、せめてルイスにとって役に立つ便利な存在でいられればそれでよかった。それが、錬金術師ですらない俺がルイスの傍にいられる最善の手段だったから。
だけど最近のルイスは俺のことを考えて実験の際も優しく接してくれるから、俺はいつの間にかそのことを失念してしまっていたらしい。
いくら恋人同士でも、仕事上では上司と部下だ。身の程は弁えなければいけないよな、と思いながら、俺は実験室を後にしようと扉の取っ手に手を掛けた。
「待ってくれ。違う、違うんだ……」
しかしすぐにその手はルイスによって阻止される。彼らしくもない、焦りを感じる弱々しい声音とは裏腹に、ルイスは俺の手首をがっしりと掴んで離さなかった。
そしてあろうことか、突然頭を下げて謝罪をしてきたのだ。
「ネロ、その……悪かった!!」
「え?」
悪かった、と。
なぜ自分はルイスから謝られているのか。それがわからず困惑していると、ルイスは先程から外したままだった眼鏡をかけ直してから、言いづらそうに薬の効果を語りだした。
「あの薬は……飲んでから最初に見た人間に対してのみ強い……その、心拍数の増加だとか、体温の上昇だとか、そういったものを半強制的に起こさせ、更に精神干渉の術式を組み込むことにより服用者の無意識下、潜在意識にまで対象の人物を埋め込むことが可能で……」
「???」
「あとは一時的なホルモンバランスの変化、それに伴う性的欲求の増幅、他にも一般的に恋情と呼ばれるものを想起させる諸反応を」
「ちょっと待て、もう少し分かりやすく言ってくれないか」
研究のことになると早口かつ小難しい口調になるのはルイスの癖のようなものだが、こちらは一気に捲し立てられても理解が追いつかない。辛うじてわかるのは、俺にとってそれらはすべて初耳の情報であるということだけだ。ただ、ルイスが語ったような効果は実験中まったく表れなかったのだが。
つまりはどういう薬なのか。俺がそう問うと、ルイスは気まずげに咳払いをひとつしてから再び口を開いた。
「まあ何だ……ようするに、惚れ薬ってわけだ」
ルイスが白状した驚きの事実に、俺は思わず「はぁ?」と声を上げてしまう。その薬の効果は俺が予想だにしていなかったもので、かなり噛み砕いて教えてくれたというのに俺は目を見開いたまま数秒ほど呆けてしまった。
惚れ薬。惚れ薬ってあれか、飲むと相手を好きになるとかいうやつ。フィクションでしか見たことがない架空の薬だという認識だったけど、まさかそれを現実に生み出そうとしていたとは恐れ入る。
惚れ薬なんて作れるわけがない。薬で人の心をどうこうするなんて、普通に考えて不可能だろう。だが、俺の常識が及ばないような規格外の存在、たとえば優秀な錬金術師なら——ルイスなら、それが出来てしまってもおかしくはないのだ。
「なんでそんなものを」
「……もっと好きになってほしかったからだ」
なぜ惚れ薬をあれほどまで必死になって作っていたのか、その理由はこれまた予想外すぎるものだった。
過去に類を見ないスランプに多少意地になっていた部分もあったとは思うが、それでもルイスの惚れ薬に対する入れ込みようは凄まじかった。なにせここ三週間はこの薬の改良のためだけに、休日も勤務時間も無視して実験室に籠りきりだったのだから。
あまりの展開に言葉が出なくなった俺に、ルイスはこう続けた。
「ネロに、もっと俺のことを好きになってほしいと思って……気が付いたら夢中で調合していた。もっとも、結局は失敗作しか作れなかったが……」
ルイスの言葉に、俺は大きな溜め息を吐いた。
まず、ルイスの言うことにはいくつか突っ込みどころがある。一つ目はそんなもののために寝食削ってまで研究に没頭するなということ。二つ目はもっと早く薬の効果を教えてくれていたらよかったのにということ。そして、三つ目は——。
「あの、俺は……ルイのことちゃんと、す、好き……だけど」
ああ、恥ずかしい。なんで俺がこんな恥ずかしい思いをしなきゃならないんだ。ルイスのやつ、わざわざこんなこと言わせるなよな……。
というか、俺がルイスを好いていることなんてとっくに伝わっていると思っていた。以前から何度かは伝えているし、そもそも好きじゃなきゃ付き合ったりセックスしたりはしないだろう。こればかりは流石のルイスといえども理解してくれているはず、だよな?
「ああ、わかってる……」
「わ、わかってるならなんで!」
言い損だった。顔から火が出そうだ。
でも、ルイスにちゃんと俺の好意が伝わっていたということには安心した。口下手で、言葉にして伝えるのが苦手な自覚はあるから、正直なところ少し不安ではあったのだ。
でも、わかっているなら尚更何故。
その疑問は、ルイスの次の言葉で余計に大きくなる。
「……お前があまりにも、あの養父を慕っているから」
「え? 養父って……ハロルドさんのことか?」
「そうだ。この前、少し話題に出ただけで嬉しそうにしていたじゃないか」
ルイスはどうしてか俺の養父の名前を唐突に出してきた。
養父——ハロルドさんは、ルイスと同じ公認錬金術師でもある。俺は彼に対しては優秀な錬金術師として尊敬や憧れの感情を抱いているし、育ての親なのでもちろんそれなりに慕ってもいる。そして彼は俺が錬金術師を志す理由でもあり、俺もいつか錬金術師になってここまで育ててもらった恩を返したい、と常々思っていた。
しかし俺はともかく、ルイスがハロルドさんの存在を気にしたことは今まで殆どなかったように思う。ルイスは基本的には他人に興味がないタイプの人間だし、錬金術師としての腕も……物凄く率直に言ってしまえば、ルイスの方にやや分があるように俺は感じる。一応ルイスにとっては同業の先輩であるとはいえ、それ以上に気にする理由がないのだ。
そもそもハロルドさんのことが話題に出たのっていつだ? 先日の研究会で少し顔を合わせたとは言っていた気がするけど、あの時は……その、ルイスと色々した直後だったので俺は会話の内容をあまりよく覚えていなかったりする。それにルイスは以前からハロルドさんのことをあまりよく思っていないような素振りがあったから、俺もルイスの前で彼の話をするのは日頃から避けていた。
それなのに、どうして急に? その時の俺はそれほどまでに嬉しそうにしていたのか……?
いや、仮にそうだったとして、ルイスがあんな薬を熱心に作るくらい、異常にそのことを気にするのは何故。
俺にはルイス以外の人間との交際経験は一切ないが、それでも自分なりに考えた。俺がハロルドさんの話題で嬉しそうにして、それを見たルイスが俺に惚れ薬を飲ませて。その原因がハロルドさんに対する俺の好意的な言動だったということは、つまり……。
「……嫉妬?」
気付けば口からそんな単語が漏れていた。
言った直後、はっとしてルイスの顔を見ると、口元を手で隠してはいるがそれでも明らかなくらいに真っ赤になっている。その反応は肯定も同義だった。
正直、信じられない気持ちでいっぱいだった。あの錬金術以外に微塵も興味がなかったルイスが。他者に関心を示さず、相手の感情など知ったことではないといった態度だったルイスが、まさか俺の養父に嫉妬するだなんて。
「嘘だろ……?」
「いいや、嘘じゃない」
ルイスは俺の言葉をすぐさま否定すると、俺の腕を強く引く。抵抗する気など最初からなかった俺の身体は、いとも簡単にルイスの胸の中に収まった。
「俺は、お前が思ってる以上にお前のことが好きだぞ」
ネロが好きだ。独占したい。だから嫉妬もする。
耳元でそんなことを囁かれて、俺の顔もぶわりと熱くなった。こいつは顔が良いだけじゃなくて、声も無駄に良い。だから聞き慣れた声であっても、こんなことを言われれば俺はまんまとドキドキしてしまう。
でも。でもな、ルイス。まさかそれが俺に伝わっていないとでも思っていたのか?
「……そんなの分かってるよ」
だって、お前にも効いていなかったじゃないか。
今だったらわかる。なぜあの薬が効かなかったのか。
そもそも薬学を最も得意分野としているルイスの作る薬が効かないなんてことはそうそうあるわけがない。並の錬金術師ならまだしも、ルイスは天才と謳われるほど突出した実力の持ち主なのだ。
だからきっと、あの薬は効いていた。最初からずっと。
それが俺に対して効果を表さなかった理由なんて一つしか考えられない。
——薬を飲む前から既に、俺がルイスのことをこれ以上ないくらい好いているからだ。
俺がそれを伝えると、ルイスは顔を赤く染めたまま眼鏡の奥の目を見開いていた。本当に今日はらしくない表情ばかりするな。
さっきルイスもあの薬を飲んでいたけど、まったく効いていなかった。つまりはそういうことだって、錬金術師ではない俺にだってわかるのに、こいつはこういう時ばかり鈍感だ。ルイスが他人の感情の機微に疎いのは昔からずっとそうだけど、まさかこんな簡単なことにも気付かないなんてな。
「……やはりネロには敵わないな……」
しばらく沈黙したのち、ルイスは参ったと言わんばかりの様子でそう呟いた。そんなルイスを見た俺はくすりと笑みを溢す。なんとなくルイスを出し抜けたような、そんな気分だ。
「さすが俺の助手だな。優秀すぎて脱帽せざるを得ない」
「はは……さすがに褒めすぎだろ」
大袈裟すぎるルイスからの称賛に俺が笑うと、ふいにその口をキスで塞がれた。最近のルイスは実験室に籠ってばかりいて、こうしてキスをするのも久しぶりだったので、俺は咄嗟に抵抗することも忘れてその柔らかく形の良い唇を心のままに貪ってしまう。まだ仕事中であることも、ここが実験室であることもちゃんとわかっている。それでも今ばかりは止められなかった。
「ん、んむ……ふぁ♡」
酸欠になる前に空気を吸おうと開いた唇の隙間から舌が侵入してきて、キスが深まる。心臓の鼓動が早くなって、なんだか身体も熱くなった気がする。
俺を抱きしめるルイスの腕にぎゅっと力がこもった。
✦✦✦
「あ、あの……ルイ」
「どうした?」
「なんか、身体があつい……」
キスでくたくたになった身体から勝手に力が抜けて、すぐそばの壁にもたれかかる。俺たちはまだ実験室の中にいた。
ルイス曰く、まだ飲んでから一時間経っていないため、“実験”は続行中らしい。経過を見るとか何とか言って、実験室から出してもらえなかったのだ。
そんな中、俺は自身の身体に明確な変化を感じていた。天才ルイスが作った薬だ。惚れ薬の効果自体は出ないにしても、他に何か起こらないとは限らないのだが……。
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「ばか……」
「いや本当に、申し訳ないと思ってる」
ルイスは苦笑しながら俺に謝った。キスをしたばかりで至近距離にいる彼の声が俺の鼓膜にぞくぞくと響く。媚薬が効き始めているせいか、それだけで下腹部がきゅんと疼いてしまった。
自覚はある、たったこれだけで全部許してしまいそうな俺が一番馬鹿なのだということを。
「ネロ……そんな顔で煽らないでくれ。我慢ができなくなる」
「……んっ♡」
ルイスのしなやかな手が俺の腰をするりと撫でた。たったそれだけで、俺の身体は素直すぎるほどに素直な反応を返してしまう。媚薬は遅効性なぶん効きが強いものになっているのか、ほんの少しの刺激でもビリビリと痺れるような快感が全身を駆け抜けた。
目元が潤んで、視界がじわりと歪む。俺の目にはもうルイスの姿しか映っていなかった。
俺はお前に逆らえない。逆らう気もない。でも、それでいい。
「我慢……しなくていい、から」
惚れ薬なんて必要ないくらい、俺は既に身も心もルイスの虜になってしまっているのだから。
——————
あれから、媚薬で増幅された欲望は簡単におさまるわけもなく。
俺は実験室の壁に両手をついたまま、後ろから突かれていた。
「あっ♡ やっ、あん♡ ぁっ♡ あ♡」
裏返って高くなった、甘ったるい喘ぎ声。こんなみっともない声が自分から出ているなんてとても信じたくないが、突かれるたびに喉から勝手に漏れてしまうそれは紛れもなく俺のものだった。
「だめ、だめっ♡ も、イク……ッ♡」
ばちゅっ、ばちゅんっ♡と音がするほどに抽挿を繰り返されようものなら、もとよりルイスに調教されきっている身体は我慢などきくはずもない。俺はだめだめと媚びるような嬌声を上げながら、いとも簡単に達してしまった。
媚薬を飲んだ上でのセックスはこれまでにも経験があったが、しかし何度しようとも俺がそれに慣れることはない。ひっきりなしに喘ぎ続けているせいで口の端からは涎が垂れているし、その上今は立ちバックの体勢であるため前方には壁、後ろからはルイスが覆い被さっていて快感から逃れる術も皆無に等しかった。
「は、ぁあ゛ッ♡」
「く……♡ ネロ、かわいい……」
どぷどぷ……と濃くてたっぷりとした精液が中に注ぎ込まれる。イク時に中のペニスがビクンビクンと痙攣するのが言葉にできないくらい気持ちよくて、その上そのまま射精されたらもっともっと気持ちいいに決まっている。俺の身体は既にルイスから与えられる快感の拾い方を熟知してしまっていた。
これだけ射精してもルイスの性器は一向に萎えることはなく、再び無遠慮に突き立てられたペニスで奥の奥まで甘やかされる。ずっと爪先立ちしたままの脚はガクガクと震えていて、そろそろ限界が来そうだった。しかしルイスはまだ射精が終わっていないというのにそのまま腰をグッと動かして、なんとピストンを再開した。
「あっ♡ ま゛、って……! まだ、出てるのに……う、きゃ、っぁあん♡♡」
パンパンと肉のぶつかる音が実験室に響く。繰り返し射精され、そして今もなお出され続けている中は精液によるぬかるみと化していた。
ルイスが腰を動かすたびに、結合部からどろりとした液体が溢れていくのが後ろの感覚でわかる。それでもルイスの激しい律動は止まらず、俺も限界を訴える体力とは裏腹にふらふらと腰を動かしてしまっていた。
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「あぁッ♡ ……ぬけ、抜けちゃう……!」
ずぷんっ♡
「きゃあんッ♡♡」
ペニスが抜けきる寸前で再び最奥まで挿入され、ひときわ甲高い声が出る。一気に抜かれるのも、一気に入れられるのも、どちらも気が狂うほど気持ちがいい。
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こんなの、耐えられるわけがない。
「ネロ、俺の肩に腕を回して……そう、上手だ。そのまま掴まっていてくれ。離すなよ」
向かい合わせで立ちペニスを挿入したままの体勢で、ルイスが俺に自分に掴まるよう指示してくる。俺は先程まで壁についていた両腕を伸ばすと、言われるがままルイスの身体にしがみついた。
こんな場所でことに及んでしまったし、体力も限界でもう動けそうにない。このまま抱き上げて事務所か寝室に運んでくれるのか、と思ったのだが、次の瞬間ルイスは信じられない行動に出た。
「ッア゛、ぁあああッ!?♡♡」
ルイスは俺の両膝に腕を掛け、そのまま軽々と持ち上げてみせたのだ。
床から足が離れ、完全に身体が浮く。所謂『駅弁』と呼ばれる体位だ。もちろんペニスは挿入したままで、抱き上げた拍子に結合部からはぐちゅっ♡ぐちゅっ♡と卑猥な音が響いていた。
「や、いや……これ、無理っ♡ 深……深いぃ……♡」
完全に自重がかかる体勢になったことで更に挿入が深まり、今やルイスの性器は俺の結腸をぐっさりと貫いていた。
入っちゃダメな場所、これ以上は入らないという所まで容赦なくぶち込まれ、しかし逃げ場などあるわけもない。ルイスが手を離すか、俺が手を離すか、どちらか片方だけでもしてしまったら、俺の身体は勢いよく床に叩きつけられるだろう。そうならないようにと、俺は快楽に泣き叫びながらも必死にルイスに縋り付くしかない。勿論、ルイスも離してくれない。
「はは、お前は本当に軽いなぁ。……動かすぞ」
「ひぃ゛……!? だ、だめこれ、深くて……っあ、ぁンっ♡ あぁんっ♡ あ゛っ♡ あっ、あんッ♡♡」
ルイスはどこにそんな腕力があるのか、俺の身体をバウンドさせるように上下に激しく揺すり始めた。
律動のたびにルイスの凶悪なペニスが俺の中をこれでもかというほど犯す。普段とは違う体位なので当たる場所も少し違っているのか知れないが、俺は揺さぶられながら今まで経験したことがないような絶妙な気持ちよさを感じていた。良すぎて今にも気をやってしまいそうなほどだ。
しかしもう体力は殆ど底をついている。せめて壁に背を付けるか、どこかに腰を下ろすかさせてほしかったが、ルイスがそれを聞き入れることはなかった。というか、そう訴えたくとも口からは喘ぎ声しか出てこなかった。
「も゛、だめ、んぁあっ♡ それ、止めてっ……あっ♡ あ゛あぁ……ッ♡」
「ッ、イキそ……」
「あっ、あんッ♡ おれも、イって……あ、いく、だめ、いっちゃ……ッ」
ルイスが発した「イキそう」という言葉に身体が勝手に反応して、俺も再び絶頂の兆しを見せる。媚薬が効いているせいか、ルイスもいつもより余裕がなさそうだ。彼の切羽詰まったような色気たっぷりの声音と、首筋にかかる熱くて荒い呼吸が愛おしくて、俺は否応なしに興奮してしまった。
「る、い……ッ♡」
からだがせつない♡
おなか、きゅんきゅんする♡
ルイスの肩に回している手にぎゅうっと力がこもり、無意識に爪を立てる。全身がビクビクと痙攣し、思わずルイスのものを締め付けると、それは俺の中で一層大きく硬くなっていった。ルイスもいよいよ射精が近いらしい。そして、それを助長するかのようにハイペースで身体を揺さぶられ——俺はなすすべもなく、一気に快楽の頂点へと叩き上げられた。
「ぁ、んっ♡ あっ、イ゛ッ……んッぁッあ゛ああーーーーー……ッ♡♡」
「ッ、ん……っ♡」
ずん、と奥深くまで貫かれ、激しかったピストンが止まる。次の瞬間、ルイスの熱くこってりとした精液がビュクビュクッ♡と大量に出され、俺の中を満たした。
ルイスの精液はすごく気持ちがいい。濃くて、量も多くて、これを中に出される感覚に俺はいつしか病みつきになってしまっていた。精液で感じてしまうだなんて淫乱みたいで恥ずかしいから、ルイスには知られたくないけれど。
「はーっ、はぁっ……♡」
同時に達した後、お互いじっとしたまま荒くなった呼吸を整える。
慣れない体位でのセックスは体力の消耗も大きかったが、しばらくするとお互いに少しずつだが落ち着いてきた。ルイスも流石に長時間この体勢でいるのは疲れるのだろう、まだ息を整えつつも、俺の身体を実験室のデスクにそっと降ろしてくれる。俺はされるがままにデスクの上で仰向けの体勢になった。当然、まだペニスは入ったままだが……。
もう手も足も動かなくて、身体のどこにも力が入らない。それなのに媚薬の効果はまだ切れていないようで、身体は熱いまま。そしてルイスの性器も硬いまま。
「はぁ……悪いネロ、もう少しだけ……」
「は、ぁう゛ッ♡ そこ、あっ♡ 擦っちゃ、やだぁ……っ♡♡」
ルイスのギラギラとした瞳に射抜かれて嫌な予感がした直後、そのまま律動が再開された。
もう終わりだと思って油断していた時に急に動かれたものだから、俺は枯れかけの喉からあられもない声を上げてよがってしまう。先程までの奥へ奥へと突き入れるような刺激とは違う、ゆるゆると抜き挿しし、ピンポイントに前立腺を刺激する動き。これだけでも堪らないのに、腰の動きはそのままに追い討ちをかけるようにキスで唇を奪われて、あまりの心地よさに今度こそ思考が蕩けて何も考えられなくなった。
本当にもう無理なのに。いやいやと首を横に振っても、媚薬のせいで理性を失っているルイスには聞き入れてもらえるはずもなく。
——結局、正常位でも幾度となく突き上げられて、最終的に疲れ果てた俺が気絶するまでその行為は続いた。
あのルイスがあれほどまでに妬いてくれたのはちょっと嬉しかったけれど、いくら実験の一環とはいえこれは流石にやりすぎだ。たとえ恋人同士であっても仕事中に公私混同はしたくないと思っているのに、この有様。今回ばかりはルイスに多少お灸を据えてもいいのではないだろうか。
決めた。最低でも今後一週間は、絶対にルイスとは口を聞いてやるものか。
……そう思うのだが。
「無理させてごめんな……。ネロ、愛してるよ」
申し訳なさそうに眉尻を下げたルイスにとびっきり甘い声でそんなことを囁かれてしまえば、惚れ薬が効かないくらい彼に惚れ込んでいる俺の決意は即座に揺らいでしまう。
やっぱり三日くらいで許してやろうか……なんて、性懲りもなくそんなことを考えてしまう俺だった。
end.
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