上 下
6 / 8
本編

素直じゃない恋人に『本音しか言えなくなる薬』飲ませてみた!

しおりを挟む


俺の名前はネロ。錬金術師見習いの22歳。稀代の天才錬金術師、ルイスの元で助手として働いている。
学生時代の同期兼親友だったルイスが錬金術師の資格を取得してから、早いもので一年程度。彼は学校を卒業すると同時に独立して、今は自身のアトリエで仕事や研究を続けている。錬金術師としてはまだ新参であるにも関わらず、その抜きん出た実力と有り余るほどの才能からルイスは既に業界でも一目置かれる存在だ。
そんなルイスのお陰で、独立してまだ数ヶ月だというのに事務所には毎日のように依頼がやってくる。俺もルイスと共に多忙を極める日々ではあるが、それでも誰にも気を遣わずに好きなだけ研究ができる今の生活をルイスは気に入っているようだし、そんなルイスの傍で勉強ができる俺も同じように思っていた。

「ネロ、ちょっと来てくれ」
「……? なんだ?」

いつもと変わらない、従業員二人だけの職場。ルイスは数日前からアトリエの実験室に篭って何やら研究をしているようだったので、俺は彼の邪魔をしないよう配慮しつつ日常業務に明け暮れていた。
そして今日の仕事もそろそろ終わり際に近付いてきた時、研究がひと段落ついたらしいルイスが俺を呼び止めてきた。

「試作品が完成したんだ。ちょっと実験に付き合ってくれないか?」

ルイスはそう言って俺を手招きした。
彼の言う『実験』というのは、完成したてほやほやの新薬を俺に投与して、その効果がどのくらいのものなのかを観察する、いわゆる人体実験である。一応これも助手としての仕事の一環ということになっているし、ルイスも俺の身体に悪影響が出ないようにと配慮はしてくれていた。それでも現段階ではまだ試作品の薬であるがゆえに、時として予測していなかった副作用が出ることもあるのだが……今のところ命に関わるような症状が出たことはない。多分、俺の記憶する限りでは。
そして当の俺は、今では合意の上でその“実験”に付き合っているのだった。

「今回の薬の説明をする」

俺が実験室に入り適当な椅子に腰掛けると、ルイスも向かい側に座って説明を始めた。その手には小さな錠剤が入った透明なガラスケースが確認できる。

「この薬を飲んだ者は一定時間、すべての質問に対して『本音からの回答』しかできなくなる。いわゆる自白薬みたいなものだ」

ルイスの説明を聞いて俺はなるほど、と思った。
本音しか言えなくなる薬。つまり、嘘を吐けなくなるということだ。ルイスが天才なのは重々知っているが、今回もまた凄いものを作ったな。
もしもこの薬を実用化できるレベルまで仕上げることができれば、例えば犯罪が起こった際、被疑者に対しての尋問などで非常に役立つだろう。裁判なんかでもきっと有用だ。警察関係者などその筋の人間にとっては、おそらく喉から手が出るほど欲しい代物である。

「それで……俺はこの薬を飲めばいいんだな?」
「ああ。飲んでから、俺の質問にいくつか答えてほしい」
「わかった」

俺は了承すると、ルイスから錠剤を受け取って水と共に飲み込んだ。
以前までは、試作段階の薬を飲むことに恐怖や抵抗を少なからず感じていたのだが、今となってはそうでもない。なんだかんだで慣れてしまったというのもあるが、何より俺自身がルイスの腕を信用しているからだ。それに、ルイスはちゃんと俺のことを考えてくれていて、本当に危険なときは俺で実験しようとはしない。そんなルイスのことが、俺は……好き、なわけで。

仕事中はそれほど意識しないように努めているが、俺はルイスが好きだ。それだけじゃない、信じられないことにルイスも俺が好きらしい。
以前、ちょっとした切っ掛けから身体を繋げてしまって以降、俺とルイスの関係は明確に変化した。しかし俺はともかくとして、何故ルイスが俺のような真面目なだけが取り柄の冴えない男に惚れたのかはいまだに謎のままだ。ルイス曰く「エロくて可愛かったから」らしいのだが、俺は地味で影が薄い上に寒村の枯れ木のごとく貧相な身体をしている。だからルイスが俺のどこを見てそう評価したのか理解できなくて、でもルイスに好意を向けられるのが嬉しいと感じる自分もいて……。複雑な思いのまま、俺はなんだかんだでルイスと交際を続けているのだった。

「では、質問させてもらう。ネロは特に何も考えず、自然体で答えてくれていい」

そんなこんなで、薬を飲んでから10分程度。俺の経過を観察していたルイスはおもむろに口を開いた。
薬を飲んだ張本人である俺からすると、心身共に特に変化はないように感じる。意識もはっきりしているし、身体も自由に動かせる。本当に薬が効いているのか実感はできていなかったが、ひとまずルイスの言葉に頷いてみせた。それを見たルイスも俺に頷き返して、さっそく質疑応答が始まる。

「お前の名前は?」
「ネロ」
「年齢は?」
「22歳」
「身長は?」
「えっと……176㎝」

こんな感じで、しばらくの間は無難な質問が続いた。
『本音しか言えなくなる』とのことだったが、そもそも嘘を吐く理由すらないような単調な問いかけばかりだったので、俺は淡々と、且つ正直に答えていた。これではあまり意味がないように感じるが、ルイスが「自然体でいい」と言った以上俺はありのままを返すしかない。これでいいのかと思ったものの、とりあえずはルイスが満足するまで付き合うことにした。
しかし。

「では次。自慰行為の頻度は?」
「……は!?」

突如として質問の傾向が変わったものだから、俺は思わず声を上げてしまった。
自慰行為、って……そんな恥ずかしいこと答えられるわけがない。既にルイスには散々痴態を見られているとはいえ、日々の性行為を改めて口に出すというのは、俺にとってはこの上ない恥辱である。

「自慰行為。オナニーだ。わかるだろう?」
「あ、う……。わ、わかる、けど」
「ネロ、“答えてくれ”」

答えたくない。こんなこと相手がルイスであっても絶対に言いたくないのに、次の瞬間には口から自然と言葉が漏れていた。

「月に、一回か二回くらい……」
「はぁ!?」

俺の回答を聞いて、今度はルイスが素っ頓狂な声を上げる。

「二十歳そこそこの男が、オナニーは月に二回だと……!? お前、本当に大丈夫か? 健康のためにももう少し抜いた方がいいぞ」
「う、うるさいっ……余計なお世話だ! それに、普通はどのくらいとか、知らない……」

心底信じられない、という顔でこちらを見てくるルイス。俺は恥ずかしさのあまり今にも顔から火が出そうだった。
……さっき質問に答えたとき、声が勝手に出ていた。俺は喋ろうとして喋ったわけではなかったのに、気付いた時には口が開いていて、ほとんど無意識にぽろりと言葉が出たような感覚だった。これが薬の効果なのだろうか? だとしたら、なんとも恐ろしい。

「ちなみに俺は毎日朝晩二回、お前で抜いてる」
「そっ……そういうことは別に言わなくていい!」

ルイスからの衝撃のカミングアウト(ルイス本人は平然としているが)に、俺は恥ずかしさのあまり視線を下に向け、膝の上に置いていた手をぎゅっと握りしめた。
毎日二回って……こいつ、どんだけ性欲あるんだよ。ルイスのペニスが人並外れた大きさをしているのは知っているが、性器の大きさは性欲に比例するものなんだろうか。いやそれとも、本当にそのくらいの回数が一般的なのか? ていうか、俺で抜いてるって……いや、深く考えるのはよそう。
確かに、俺は普通よりは性欲がないほうだとは思う。口下手で無愛想で見た目も良くなくて、こんな出来損ないでしかない俺が女性と恋愛をするだなんて絶対に無理だととうに諦めているので、肉欲もそれほどない。それに自分の身体、しかも局部を触るなんて汚くて気軽にはできないし、そもそも自慰行為自体が汚らわしく恥ずべき行為である、と俺は思っている。
それでも一応俺も男ではあるので、溜まるものは溜まる。仕方がないので、たまにシャワーを浴びるついでに嫌々ながらも処理しているのだった。ルイスと交際を始めてからは自分で慰めることもめっきり減っていたが、どちらにせよ、こんなことルイスにはとてもじゃないが言えない。
しかしそんな俺の気も知らずに、ルイスは答えたくもない質問を次々と投げかけてくる。無慈悲だ。

「じゃあ、自慰の時はどういう風に触ってるんだ?」
「どういう、って……」
「ネロはエロい身体してるからな……やっぱり後ろか? ネロでもオナホやディルドを使ったりするのか?」
「つ、つかってない!!」

ルイスの顔を見る。楽しそう、楽しそうだ。それはもうめちゃくちゃ楽しそう。
こんなの実験の域を超えて最早セクハラだ。俺の目の前に座って端正な顔をニヤつかせているセクハラ上司のせいで、俺はこんな辱めを受けているのだ。
こんな質問に答えてやる義理はない。業務外だ。頭ではそう思っているのに、薬のせいか俺の口からは恥ずかしい言葉がとめどなく溢れてくる。

「前しか触ってない。一人でするときは、本当にただ出すだけって感じだから。最近は、前を触ってると後ろもむずむずしてくるけど、自分で触っても全然気持ちよくないし……」

それは何ら事実と違わないのだが、思わず違うと否定して叫び出したくなる。こんなこと、知られたくなかった……。
実際、自分では後ろはあまり触らない。俺の触り方が悪いのかもしれないが、稀に後ろを弄ってみてもそれほど気持ちいいと思えたことがなかった。俺はローションだとか、一般的に性行為や自慰行為に使われるような道具など持ち合わせていないから、そういうのも関係しているのかもしれないが。それにしたって、ルイスに触られるときはいつも気が狂うほど気持ちいいのに……。

「いつも俺とするときはあんなに気持ちよさそうなのに?」
「俺だってなんでかわからない。でも、ルイにしてもらうのが一番気持ちいい……」
「へぇ」

ああ、もう。わかっているくせにわざわざ聞いてくるのは性格が悪すぎやしないか。
今の俺がルイスの質問に対して嘘が言えない状態なのだとわかった上でこういうことを言ってくるのだ。最初からこれが目的だったのかと勘繰ってしまうほど、ルイスはここぞとばかりに俺に恥ずかしいことを言わせようとする。
確かに、俺は普段から思っていることをあまり口に出さないほうだ。ルイスのことが好きだし、ルイスもそれはわかっていると思うけど、いざそれを口にしようとするとどうにも照れ臭くて、うまく喋れない。だからルイスは……。

「なぁ、ネロ。俺のこと好きか?」

これを言わせかっただけだろ!!
嫌いなわけがない。付き合っていて、一応恋人ということにもなっていて、合意の上でやることもやっているのだ。そんな相手……ああもう、聞かなくてもわかるだろ。嫌いじゃないんだ。

「好き……」

結果、薬が効いているせいで、俺の意思とは関係なしに包み隠さず気持ちを伝えることとなった。

「好き。ルイ、好きだ」

やっぱり実験にかこつけて俺を辱めたいだけなんじゃないか、と言いたいが、そんな気持ちに反して口からは「好き」しか出てこない。
これ以上はやめてくれと手で口を押さえてみたが、その手はすぐにルイスに振り解かれる。そして、指の隙間から現れた俺の唇に、ルイスは自分のそれをそっと重ねた。ちゅ、と可愛らしいリップ音が聞こえて思わず顔が熱くなる。

「可愛いな、ネロ」
「……っいま、仕事中……」
「だったら問題ない。もう終業時間だ」
「あ……」

ルイスに言われて時計を見ると、確かに終業時間を僅かに過ぎていた。
いくら恋人同士、しかも二人きりの職場であったとしても公私混同するのはよくないだろう。日頃から仕事中は自分の業務に徹しているし、触れ合ったりキスをしたり……といったことはしない。お互いに大人なのだから、そこらへんはしっかりと割り切らなければいけないと思っている。
ルイスとそういった取り決めをしたわけではないが、彼もきっと俺の気持ちを汲んでくれているのだと思う。仕事中はあくまで上司と部下の関係で、ルイスからもそれ以上手を出してくることは付き合って以来一度もなかった。——もっとも、仕事が終われば話は別だったが。

「ん、ん……♡」

ルイスは啄むように何度も軽いキスを繰り返しながら、俺の手に指を絡めてすりすりと愛撫する。その触り方がまたいやらしくて、ああ放っておいたらこのままことに及ぶつもりだ、と俺は予感めいた何かを感じた。
終業時間を過ぎたとはいえ、いつもルイスが研究をしている神聖なアトリエでそういうことをするだなんて信じられない。いや、そんなことを言いつつ、既に何度か経験はあるのだが……それとこれとは話が別だ。俺はルイスに抗議した。

「こ、こんなとこでするなんて、何考えてんだ!」
「ネロは俺とするのは嫌か?」

くそ、やめてくれ。今だけはその質問をしないでほしい。
好きだろうが嫌いだろうが、こんなところで出来るわけないだろ! そう言い返したいのに、俺の口は相変わらず言うことをきいてくれない。

「嫌じゃない。ルイとするの、大好きだ。たくさん抱いてほしい」
「ん、そうなのか? いつもはそんなこと言わないじゃないか」
「恥ずかしくて言えないけど、本当はずっと思ってる。俺なんか抱いても楽しくないかもしれないけど、せめてお前が飽きるまでは、好きに抱いてほしい……」

本ッッッ当にやめてくれ!! 俺!!!!
心の底からそう願ってみるものの、天才ルイスの作った薬の前では無駄な抵抗である。

「何を言ってるんだか。俺がお前に飽きる? 有り得ないな。ネロは俺の気持ちを疑っているのか?」
「そ、そうじゃないけど……。俺、こんなにルイのこと好きになって、毎日ルイのことばっかり考えてて……こんなの重たいに決まってる」
「はは……これは、ちょっと可愛すぎるな」

ルイスがぼそりと呟いたのを気にする余裕などなく、俺はルイスの顔から視線を逸らした。
俺が強制的に言わされている言葉は、確かにすべてが本音だ。ルイスのことが好きだし、こんな身体でも構わないのならいくらでも抱いてくれと思っている。だけど……そんなこと、言えるわけがないだろう。言えるわけがないのに、言ってしまう。自分で自分の制御がきかない状態は、なんとも気味の悪い感覚だった。
またちらりとルイスの顔を見る。やたらと上機嫌なルイスは俺などお構いなしで、質疑応答という名の拷問をやめることはなかった。

「素直なネロは格別に可愛いなぁ……♡ ああでも、可愛いって言うとネロはいつも嫌な顔するよな?」
「ちがう……ほんとは、嬉しい。俺なんかが可愛いだなんて、絶対そんなわけないに決まってるのに、それでも嬉しいって思う自分が嫌なだけだ」
「……そんふうに思っていたのか」

俺が答えると(答えたくなくても口が勝手に動くのだが)、ルイスは僅かに目を見開いて意外そうな顔をした。その反応を見て、俺は恥ずかしさのあまり目に涙が滲んでくる。
もうたくさんだ。俺がルイスのことを好きだと、頭の中がルイスでいっぱいになるくらい大好きなのだと、洗いざらい吐露させられたのだ。だから、これ以上はもう。
ルイスは一時のブームか、単純に興味本位で俺に手を出しただけかもしれないのに。それなのに、もう後戻りできないくらいに好きになってしまった。普段は平静を装っているくせに実はこんなに重たい恋情を抱いていると知られて、俺は一体どうすればいいんだ。

「ルイ……ッ! 頼むからもうやめてくれ……」
「いいや、まだだ」

もう薬の効き目は充分に確認できただろう。それなのにルイスは実験をやめる気はさらさらないらしい。喜色満面、といった顔のまま俺の両手首を掴み、それから俺の目を見てひと言。

「ネロ……お前が俺をどう思っているのか、もっと教えてくれ」

そう言うなり、ルイスは俺をデスクの上に押し倒した。



✦✦✦



あれから散々な目にあった。
結局、俺はいつも通りルイスに抱き潰されたわけだ。しかもベッドではなく実験室のデスクの上でことに及んだので、身体が痛い。以前俺が「我慢しなくていい」と言ったせいもあるので自業自得なのだが、それにしたって酷い有様だ。
……いや、問題はそこではない。俺はルイスに抱かれるのは嫌じゃないからだ。我慢するなと言ったことも、後悔していない。俺とルイスは恋人同士であるし、場所だけは考えてほしいがセックス自体には嫌悪感があるわけでもなく、俺がルイスを拒む理由などない。
しかし今日は違った。俺は『あの薬』がまだ効いている状態だったので、ルイスはセックスの最中も「どこが気持ちいい?」「俺のこと好きか?」と俺にやたら問いかけてくるのだ。そして勿論、俺の口はすべての質問に馬鹿正直に答える。穴があったら入りたいくらい恥ずかしかった。いや、実際は入るどころか入れられているのだけど……。

そして、気が付くと俺はベッドの上にいた。アトリエ2階にあるルイスの自室だ。
おそらく行為の途中で気絶してしまったのだろう。ルイスとのセックスはなんだかんだで好きだが、いかんせん体力がもたない。これはルイスがというより俺に体力がなさすぎるのが問題なので、毎度のように片付けや後処理なんかを全て彼にやらせてしまっていることには申し訳ない気持ちがあった。

「おはよう。まだ疲れているだろう、今日は泊まっていけ」

半覚醒状態のままぼんやりしていると、傍らから聞き慣れた声がした。緩慢に視線を向けるとベッドのそばには案の定ルイスがいて、俺に水の入ったグラスを差し出している。俺は身体を起こしてからそれを受け取り、そのままグラスを傾けた。冷たい水が喉の奥まで染み渡って心地良い。
そんな俺に、ルイスは実験の結果を共有する。

「実験は成功だ。このまま実用化に向けて調整を進めようと思う」
「まだ調整がいるのか?」

効果のほどは非の打ち所がないレベルだと、身をもって経験したが。

「ああ。一度であれば問題なく効いたが、長期的に投与した場合はまだわからないからな。もしかしたら副作用が出るかもしれないだろう?」

なるほど、それはそうだ。
俺には問題なく効いたが、薬の類は服用を続ければ続けるほど耐性がついて効きが悪くなるものである。何度も使えるものなのか、はたまた一度きりの効果でしかないかは継続的に実験を続けなければわからないだろう。
ということは、俺はこれから毎日あの薬を飲むことになるのだろうか。実験の一環である、ということはつまり仕事でもあるし、飲むのは別に構わないのだが、今日みたいな恥ずかしい思いをするのはできればもう勘弁願いたい。
しかしそんな俺の思いを見透かしたかのように、ルイスはこう続けた。

「それに関しては、ネロでは実験しないぞ。現段階では依存性がある可能性もなくはない。継続摂取はさすがに危険だからな」

合理性よりも俺の身体のことを考えてくれるルイスに不意打ちで胸がきゅんとしてしまったが、それは表に出さずに俺はルイスに問う。

「でも、それじゃあ俺がいる意味がないんじゃ……?」
「そんなことはない。今日はあくまで『ちゃんと効くかどうか』を確かめたかったんだ。ネロは充分貢献してくれた」
「……そう、か」

ルイスの役に立てなくなったら、俺に助手としての存在価値などないも同然になる。だからルイスにそう言われて俺は心の底から安堵した。
こいつの実験体モルモットは自分だけがいい、なんて柄にもないことを思ってしまっている俺は相当な馬鹿だ。俺での“実験”はあくまでルイスの趣味であって、必ずやらなければいけないことではない。本当に効率よく生体実験がしたいのなら、ラットに投与したりだとか、正式な手続きを経た上で治験を募集すればいいだけの話だった。それをわかっていてもなお、俺はルイスから与えられたこの役目に縋り付いている。
……本音を言うと、不安だったのだ。ルイスは少なくとも俺よりは何倍も性欲が強いらしい。だから前みたいな媚薬の実験とか、今日みたいな変な薬とか……俺以外の人でそういう実験をしたとして、何か間違いが起こって一線を超えてしまうこともあるかもしれない。俺のときも実際、それがきっかけだったわけだし。
別にルイスがそこまで節操なしだとも、倫理観が欠如している人間だとも思ってはいない。でも俺という前例があるわけだから、実験の内容によっては不可抗力で……という可能性が自分の中では拭いきれないのだった。
そんな複雑な気持ちが顔に出ていたのだろうか。ルイスは俺の顔を覗き込んでから、横になっていたせいで乱れてしまった俺の髪に指を通すと、そのまま優しい手つきで梳いた。

「心配しなくても、お前以外にあんなことはしないぞ?」
「べ、別に、心配なんかしてない。ていうか、そんなのお前の好きにすればいいだろ」

嘘だ。本当は、実験であったとしても他の人とそういうことはしてほしくない。しかしもう薬の効果は切れているようで、俺の口からは心の内とは正反対な言葉が発せられた。
ルイスと付き合うまではそういった経験が一切なかった弊害なのか、俺は所謂『事後の空気』みたいなものにいまだに慣れることができていない。ことが済んだ後だとしても、ルイスの顔を見るだけで自分の痴態を思い出して、脳内が瞬く間に羞恥心に支配されてしまう。条件反射でそんな感情を少しでも紛らわせようとしているのかわからないが、事後のタイミングでルイスに茶化されると普段以上に反発してしまうような気がする。

「さっきまではあんなに素直で可愛かったのになぁ」

案の定、俺の無愛想極まりない態度に、ルイスは苦笑しながらそう返してきた。

「うるさい。忘れろ」
「いいや、忘れない。ネロの本音が聞けて嬉しかった」

確かに、先程までの……俺に薬が効いている間のルイスは、とても嬉しそうだった。普段俺がそういったことをあまり口にしないからだろう。行為中も、俺が「大好き」「気持ちいい」と言うたびに、傍目でもわかるくらいに興奮していた。
つまり、ルイスがその程度のことで喜んでしまうくらいには、俺は日頃から言葉が足りていないのだ。

「まったく、普段からあれくらい素直ならもっと可愛げがあるのにな」

ルイスのその言葉に、ちくりと僅かに胸が痛んだ。
俺が悪いのだとわかっている。恋人同士なのだから、わざわざ言葉にしなくても伝わっている——なんてことは幻想でしかなくて、実際は恋人といえども赤の他人、言わないと伝わらないことの方が圧倒的に多いだろう。それでもルイスは俺との付き合いが長いからなのか、俺が言わずとも俺の気持ちを察して、さりげなく気を配ってくれることが多かった。ようは俺がルイスに甘えているのだ。
何度も言うが、俺は世間一般に「好ましい」と思われるような人間ではない。容姿だってそうだし、性格も。卑屈で無愛想で、ルイスの言う通り可愛げもない。そりゃもう欠片ほどもない。
そんな人間よりも、男だったら誰だって素直で可愛い子が好きに決まっているだろう。ルイスだって、本人の口ぶりからするにその例には漏れないのだと思う。

わかっているのにな。
わかっているくせに、それが出来ない自分が嫌になる。
本当はルイスのことが大好きなくせに、遊びでも何でもいいから抱いてほしいって思うくらい惚れ込んでいるくせに、それを言葉にすることができない自分が本当に嫌いだ。

「………」
「ネロ、どうした? 体調が優れないのか?」
「……いや、ちょっと疲れただけ」
「そうか、ゆっくり休むといい。ああ、そういえば夕食がまだだったな。食べられそうなら持ってくるが……」
「後でいい。もう少しだけ寝る……」

俺はそれだけ返すと、ルイスに背を向けるようにして再びベッドに横になった。寝ないともっと余計なことを考えてしまいそうな気がして、俺はすぐに目を瞑る。そんな俺の様子を見たルイスは、耳元で「おやすみ」とひと言囁いてから、そっと部屋を出ていった。

目を瞑ってもなかなか睡魔は訪れてくれなかった。
疲れているのも、もう少し寝たいのも本当だ。だけどルイスのことを考えれば考えるほど眠れない。
素直でもなく、可愛くもない自分。ルイスは今はまだ俺に呆れずそばに置いてくれているが、そのうち嫌気がさして、恋人をやめてくれと言われる日もそう遠くないかもしれない……。

——このままではいけない。
そんな思いが頭の中で渦巻いていた。



✦✦✦



四日後。
あの翌日からルイスは『本音しか言えなくなる薬』の実用化に向けて本格的な研究に入っていた。
仕事中はほとんど実験室にこもりきりで、ちゃんと食事や休息をとっているのかと心配になるほどだ。というか見る限りでは多分何も食べていないので、俺が事務作業の合間に差し入れを作って実験室へと持って行っている。しばらくしてから見に行くと皿が空になっているので、ちゃんと食べているのだと思われる。
そんな感じで……一度集中すると周りが見えなくなるルイスの性分もあって、この四日は日中はほとんど会話をすることもなく過ぎていった。

それでも仕事が終わるとルイスは俺のところに来てくれて、そのままルイスの家に泊めてもらうこともあればお茶を一杯いただいてから帰宅する日もある。忙しい日々の中でも、ルイスなりに俺との時間を作ろうとしてくれているのがわかってなんだかこそばゆい気持ちになったりした。

「ルイと一緒にいられて嬉しい。ルイ、大好きだよ」

そして、俺は以前よりも素直になった。
毎日ルイスに好きだと言えるようになって、面と向かっても正直に気持ちを伝えられるようになったのだ。

「どうした? 最近のネロは一段と可愛いな」

ほんの数日前からは考えられないほど素直になった俺に、ルイスはそう言いながら口元を緩ませる。
ルイスが笑ってくれている。俺が素直になったから、可愛くなったから、喜んでくれているんだ。そう思うと俺も嬉しくて、心が満たされた。

素直になってよかった。
もう以前までの、無口で無愛想な俺じゃない。見た目や中身が変わったわけではないけれど、ルイスに好かれるような可愛げのある人間になれたのだ。
こんな俺だけど、少しでもルイスの理想に近付けているといい。


一週間後。
ここ三日ほど、なんだか調子が悪い。連日深夜まで勉強をしていたせいで寝不足がたたったか、それともコーヒーの飲み過ぎか、はたまた適当すぎる食生活が原因なのか。あまりにも心当たりがありすぎる。
とはいえ熱があるわけではないし、たまに軽い立ち眩みがする程度で仕事には特に支障がなかった。勉強の時間を少しだけ減らしてやや多めの睡眠時間を確保しつつ、俺は至っていつも通りに仕事を続けていた。

さらに一週間後。
体調不良は回復するどころか、悪化の一途を辿っていた。
眩暈や立ち眩みを起こす頻度が増えたような気がするし、ここ一週間はちゃんと寝ているというのに身体から気怠さが抜けてくれない。最近は頭痛もするようになった。仕事中は市販の頭痛薬を飲んでやり過ごしているが、あまり効いている気がしない。
風邪をひいたか、流行病に感染してしまった可能性も考えたが、やはり熱はない。原因がわからないまま、俺は仕事を続けた。

そして、さらに一週間後——

「ネロ、顔色が悪くないか?」

朝出勤すると、連日の研究がひと段落したらしいルイスが事務所のデスクに座って俺を迎えてくれた。しかし俺の顔を見て開口一番、この一言だったのである。

「ああ、ちょっと最近怠くて……。仕事はできるから大丈夫」

別にいつも通りだ、とは流石に言えず、俺は正直に体調が悪いことをルイスに伝える。
相変わらず原因不明の不調は続いていたが、俺の仕事はデスクワークが主だったので今のところなんとかミスはせずに済んでいた。それでもたまに離席しようと立ち上がるとぐらりと目の前が揺れるのだが、ここしばらくルイスは実験室に篭っていたので、彼にその姿を見られることはなかった。
しかし俺が大丈夫と答えても、ルイスはあまり安心していないようだった。心配そうに椅子から立ち上がってこちらに近付いてくる。

「まったく大丈夫そうに見えないぞ。今日は休んでいいから、すぐに病院に行け」
「いや、熱はないから多分風邪とかじゃない……」

俺はルイスの厚意で助手として雇ってもらっている身だいうのに、このくらいで仕事を休むだなんて言語道断だ。
確かに体調はあまり良くないが、休むほどのものじゃない。顔色が悪いのは元からだ。そう伝えても、ルイスはなかなか納得してくれない。

「病院に行かないなら、せめてうちで休んで行け」
「いい。本当に大丈夫だから」
「まったく、強情だな……。最近は大人しいと思ってたんだが」
「っ!」

ルイスが何気なく発したその言葉に、顔からざっと血の気が引いた。
ルイスが俺に呆れている。せっかく素直になって、ルイスに可愛いと思ってもらえるようになったのに、これじゃあ台無しだ。どうしよう、ルイスに無駄な心配をかけたくなかっただけなのに……失敗してしまった。

「ごめん……」

俺はふらつく身体をなんとか支えながら、震える指でルイスの服の裾を掴んだ。

「ルイの言うこときけなくてごめんなさい……。お願い、捨てないで」
「何言ってるんだ? 捨てるわけないだろう」
「ごめん、もう嫌って言わない。何でも言うこときくから、許して……」
「……どうした? お前、何かおかしいぞ」

ルイスが俺を抱き寄せて安心させるように背中を撫でてくれるが、俺はもうそれどころではなかった。明らかに様子がおかしい俺に、ルイスも表情を曇らせている。不審がられている、ということはわかっているが、最早それを取り繕うこともできなかった。
頭がズキズキと痛んで、思考がぐちゃぐちゃになる。感情が次から次へと洪水のように溢れてきて止まらなかった。
ルイスに謝らないと、ルイスに許してもらわないと、彼に嫌われてしまう。それだけは嫌だ。俺はルイスのことがこんなに好きなのに、このままじゃ。

「ルイ、好き。好き……」

俺はルイスに縋り付いたまま、最終的にはそれしか言えなくなった。
好きだから。ルイスのことが好きだから、心配かけたくなかった。役に立つ奴だって思われたかった。助手としても恋人としても、少しでもましな奴だと思われたかった。きっとそんなふうに必死になる姿が滑稽だったのかもしれない。出来損ないの俺では何をしても無駄だった。気持ちだけじゃ、好きなだけじゃ駄目なんだ。

「ネロ、お前……」

まるで壊れたスピーカーのように「好き」だけを繰り返している俺を見ながら、ルイスは怪訝な顔をしていた。それから少しの間考えごとをするような素振りを見せた後、何か合点がいったかのように眼鏡の奥の翡翠色の瞳が揺れる。
そして、ルイスは俺に問いかけた。

「あの薬を飲んでるな?」



✦✦✦



——薬の効果が切れた。

もはやお馴染みとなったルイスの寝室。そのベッドの上で、俺は天井を見つめながらぼうっとしていた。
眩暈、頭痛、倦怠感。ここ三週間ほど俺を悩ませた症状の数々は、ルイス曰く「ひどい貧血」らしい。それも今はルイスが飲ませてくれた薬のお陰でだいぶ楽になっている。やはり錬金術師であるルイスが作った薬は、市販のものよりも格段によく効くのだ。

「ネロ」

俺から『あの薬』の効果が完全に切れたのを確認したルイスが、ベッドの傍らに腰掛けながら俺の名前を呼んだ。それに返事をする気力はまだなく、俺は恐る恐る目線だけをルイスに向けた。ルイスは俺に聞きたいことが沢山あるようだった。

「継続摂取は危険だと言っただろう。なんでこんなことしたんだ。そもそも、その薬はどこから……」

そう。俺はこの三週間……正確に言うならば三週間と三日、ずっと薬を服用していた。
ルイスが開発した『本音しか言えなくなる薬』を。

この貧血の症状も、その薬を継続して服用したことによる副作用らしい。一度だけであれば問題なかった薬も、ルイスの言う通り何週間も続けて飲んだ場合こういうことも起こりうるんだな、と改めて学習した。
俺はベッドから起き上がると、ルイスの隣に腰掛けた。

「おい、まだ横になっていないと……」
「薬効いたから平気」

ルイスの薬はすごい。ここ最近はずっと身体が重たく思考に靄がかかったような感覚が続いていたが、今はしばらくぶりに頭がスッキリしているような気がする。
それでも薬の効果は一時的で、まだ完全に回復したわけではないのだろうが、今はちゃんと起きて話すべきだと思った。
自分がしてしまったことを、全て。

「……薬は、お前が実験室に篭り始めた日に、お前が書いたメモを見て自分で作った」

俺が数週間飲んでいた薬は、俺自身が作ったものだった。
ルイスが最初に作った試作品はずっと彼の手元で研究に使われていた。そのため試作品の予備が減ったというわけでもなく、ルイスも今日まで思い当たらなかったのかもしれない。
あの“実験”の日以降、ルイスはずっと実験室に篭りきりだったし、そもそもルイスは研究に集中すると周りの音が一切聞こえなくなるたちだ。だから事務所にある彼のデスクからメモ書きを拝借して、気付かれないうちに調合することは容易かった。
もっとも、俺にはルイスと違って魔力がない。それ故に俺の調合した薬は、錬金術には必須であるはずの術式工程をすっ飛ばして作っていた。言うなれば、ただ同じ材料を使っただけの粗悪品だ。
だからなのか、調合した翌日から毎日飲んでいたが、効き目もルイスが作ったものほど良くなかった。口が勝手に動くような感覚もなかったし、後半は何も質問されなくとも勝手に本音が漏れていた。実際のところどのくらい効いていたのか、はたまた全く効いておらずただのプラシーボ効果だったのかは、今の俺にはもうわからない。

「俺、欲張ったんだ。お前にもっと好きになってほしくて、お前と少しでも長く恋人でいたくて、あの薬に頼った……」
「……!」

俺のその言葉に、ルイスが目を見開いてこちらを見た。
ルイスが好きな、素直で可愛い恋人になりたかった。そうすればルイスが喜んでくれると思ったから。ルイスが俺を好きでいてくれるなら、無愛想で天邪鬼な自分など薬で殺してしまえばいいと思ったのだ。
あの薬を服用している間はすごく幸せだった。俺みたいな平凡で地味な容姿の男でも、ルイスは可愛いと言って笑ってくれた。それが、すごくすごく嬉しくて。

「ごめんな」

お前の理想であり続けられなくて、ごめん。
俺は馬鹿だ。
ルイスの気持ちを繋ぎ留めようと一人で必死になって、でも結局うまくいかなくて。
薬に頼りでもしなければ素直な言葉ひとつ言うことができない、こんな駄目な俺にルイスも幻滅しただろう。
下を向いて黙ってしまった俺と、同じく無言のままのルイス。部屋の中には重たい沈黙が続いた。

「……言いたいことは沢山あるんだが……」

数分か、はたまた数十秒だったか。しばらく経ってようやく、ルイスが口を開いた。

「まず、あの乱雑なメモ書きだけでよく俺の薬を模倣できたな。しかも、術式なしで? ちょっと信じられないんだが……」
「それは、でも、ちゃんと効いてたかどうかもわからないし」
「確かにやや不安定ではあったが、効いていたよ。凄いな、やはりネロは優秀だ。きっといい錬金術師になる」

ルイスにそう言われて、思わず泣きそうになってしまったのをぐっと唇を噛んで堪える。
不意に褒められるのは慣れていないんだ、勘弁してくれ。それにメモを盗み見たことを叱責されこそすれ、俺はルイスのような人間にそんなことを言ってもらえるような才能も実力も持ち合わせていないのだ。
どれだけ頑張って勉強したとしても、魔力を持たない俺が錬金術師の資格を得ることは絶対にあり得ない。それはルイスもわかっているはずなのに、そんなことを言うなんて。
ルイスのことだから、気休めで言ったのではないのだとわかる。こいつは俺が本当に錬金術師になれると思って言っているのだ。ルイスはずっとそうだった。魔力がないくせに錬金術師になりたい、だなんて俺の世迷言を、ルイスだけは笑わずに応援してくれて……。俺にそんな価値なんかないのに、どうしてお前は。

「……っ」

唇を噛み締めながら俯いていたら、ぱた、と自分の膝に雫がひとつ落ちた。
涙だ。俺、泣いてるのか?

「……ネロ」

ルイスがまた俺の名前を呼んだ。顔を上げてルイスを見ると、彼は壊れ物を扱うような手つきで俺の身体に触れて、そっと抱き寄せた。
久しぶりにルイスの体温に包まれて、ルイスの匂いをすぐそばに感じて、すごく安心するのになぜだか余計に涙が溢れてしまう。今の俺、少し情緒不安定かもしれない。これも薬の副作用なんだろうか?
抱きしめられたまま泣いているせいで、ルイスの服の肩口を濡らしてしまう。涙腺の制御ができなくなってしまった俺に、ルイスはゆっくりとした口調で言った。

「ごめんな。ネロは真面目だから、ああいう言葉を真に受けてしまうことくらいわかってたのに……」

なんでルイスが謝るんだ。
彼に落ち度などあるわけがない。優秀な錬金術師で、容姿も家柄も何もかもが完璧で、俺のような出来損ないを見捨てないでくれて、そして恋人としても尊重してくれる。そんなルイスが俺に謝る必要など1ミリたりともありはしない。

「俺が実験のとき『このくらい素直なら可愛げがあるのに』って言ったの、気にしたんだよな……?」
「……」

俺はふるふると首を横に振るが、ルイスは「無理しなくていい」と言ってまったく誤魔化されてくれなかった。
俺がルイスの恋人になれたのは何かの間違いか、奇跡のようなものだと思っている。それでもルイスに少しでも長く俺を見ていてほしくて、無様に足掻こうとして……これはその結果でしかない。全て俺の自業自得だ。

「本音を言うべきだったのは、俺のほうだ」

ルイスは涙で濡れた俺の目を見て、言う。

「本当は……ネロは薬なんかなくたって死ぬほど可愛いと思ってる。言葉こそ素直じゃないが、お前のしてくれることは全部俺のためだというのもわかってる。学生の頃からずっと一緒にいたんだ、お前の気持ちは充分すぎるくらい伝わってるよ」
「……!」
「ネロはからかうと可愛い反応をするから……つい、あんなことを言ってしまった。本当に悪かった」

普段ルイスが俺を可愛いと言ってくれるのは、リップサービスか、揶揄っているだけか、はたまた美的感覚が著しく狂っているかだと思っていた。ルイスの言葉を信用できない……というわけではないが、俺は本当に容姿にも性格にも可愛い要素など皆無だから。

「あんな薬なんか必要ない。そのままのネロがいい。もし素直になりたいのだとしても、それはネロが伝えたい時に、少しずつ言ってくれたらいいんだ」

だけど今、ルイスの本音を聞いて、俺は自分の認識が間違っていたのだと自覚した。
ルイスはそのままの俺を可愛いと言ってくれている。薬などなくても愛してくれる。
——ああ本当に、こいつには敵わないな。きっと一生敵わない。

「………」

俺はルイスの肩に顔を埋めて、声を出さずに泣いていた。かなり長い時間、そうしていたように思う。それでもルイスは何も言わず、ただ俺を優しく抱きしめ続けてくれた。

「ルイ……」

ぐすっと鼻を啜ってから顔を上げる。名前を呼ぶと、ルイスは微笑んでこちらを見た。

「えっと、あの……」
「うん」

言いたいことは決まっているのに、その言葉がなかなか口から出てきてくれない。薬を飲んでいた時は、あんなに簡単に言うことができていたのに。
焦る俺とは裏腹に、ルイスは何もせず俺を待っていてくれている。まるで「お前のペースでいい」とでも言うかのように。
言え。俺、言うんだ。ちゃんとルイスの目を見て、俺の言葉で伝えなければ意味がない。たった二文字、伝えることができればそれでいい。だから。

「…………す、すき」

やっとの思いで口にした一言は、蚊の鳴くようなという表現がぴったりな、我ながらもの凄く小さな声だった。しかも緊張のあまり吃ってしまったし、少し声が裏返ってしまった気もする。あまりの恥ずかしさに、言ったあとすぐにルイスから目を逸らしてしまった。

「ああ、本当にネロは可愛いなぁ……」

薬なんか必要ないじゃないか。
そう言ってルイスは俺を抱きしめる腕に力を込める。それにより俺は彼の胸の中に完全に収まる形になった。

「俺も好きだ。……なあ、わかるか?」

ルイスの胸に顔がくっつくと、とくんとくんと心臓が脈打つ音が聞こえた。
ルイスが、俺でドキドキしている。俺を好きだと言っている。可愛いと言っている。もう薬は飲んでいないのに、何も取り繕わないそのままの俺を、こんなにも求めてくれている。
色んな事実にキャパオーバーしそうになりながらも、俺の胸の内は既に「嬉しい」という感情だけで満たされていた。

「……わかるよ」

俺はそれだけ言うと、ルイスの胸板にすりっと頬を擦り付ける。
俺はずっと不安だった。自分に自信がなくて、怖かった。
ルイスは国家錬金術師という肩書とその極上のルックス故に、女性からものすごくモテる。ルイスがモテるのは学生時代からずっとそうで、特に何とも思っていなかったはずなのに、今更になって俺は焦ってしまったのだ。恋人であるルイスが、言い寄って来る美しい女性に靡いてしまうのではないかと。もうそろそろ飽きるのではないか、今日こそ別れを切り出されるのではないか、そう思いながら過ごす日々にも限界がきていたのかもしれない。

「ネロ、お前が満足するまで何度でも言うよ。愛してる」
「………お、おれ、も」

ルイスのこと、愛してる。
いつか俺がお前のそばにいられなくなる日が来たとしても、この気持ちだけはずっと変わらないのだろう。



✦✦✦

- side ルイス -



あのあと、俺の胸に擦り寄るネロが可愛すぎて、彼の体調のことも忘れてついベッドに押し倒してしまった。
すぐに一瞬飛んでいた理性が戻ってきて上から退こうとしたが、ネロのほうもスイッチが入ってしまったらしい。あの薬の副作用のせいでまだ体調が万全ではないはずのネロは、それでも俺に抱いてくれと言ってきかなかった。
俺が飲ませた薬が効いているのか、今朝と比べると顔色はだいぶ良くなっている。だがあれは気休め程度のもので、飲んだ上できちんと休息をとらなければ身体の負担は消えないだろう。それでもネロは「構わない」と俺に言う。
ネロがこんな我儘を言うのは珍しい。
副作用のせいか、それとも酷く泣いたせいか、普段だったらとっくに引き下がっているはずのネロは、俺にぎゅうと抱きついたままただ求めた。
まったく、今日は駄目だと言っているのに、何故こういう時に限って積極的なんだ。我慢する身にもなってほしい。とんだ小悪魔だ。

「そうだよな……俺、何言ってるんだろう。ごめん」

ああもう、そんな顔をしないでくれ。
彼は口ではそう言っているものの、その目には落胆と諦めが見て窺えた。何を隠そう、俺はネロのこの顔に滅法弱いのだ。
ネロは感情を表に出すことがあまりない。表情は常に無表情かよくて顰め面で、加えて口数も少ないので、周囲からは「何を考えているのかわからない」とよく称されている。
だが、俺にはわかる。確かにわかりづらくはあるが、ネロは俺に対してだけは素で接してくれていると自負している。自意識過剰かもしれないが、それくらい俺と俺以外とではネロの態度は違うのだ。俺と二人きりの時は口数だって増えるし、表情の変化だってずっと一緒にいればちゃんとわかる。何より……ネロが我儘を言うのは俺だけだ。
もっと我儘になってくれ、と切に思う。ネロが欲しいものはすべて与えてやりたいのだ。金に困っているのならいくらでも援助するし、欲しい物があるのなら何でも買ってやる。俺は常にそう思っているのだが、ネロは数年に及ぶ付き合いの中で一度たりとも、俺に金や物を要求してきたことはない。——ただ、いま目の前にいるネロは、紛れもなく俺を欲している。

「ン、……ルイ、もういいって……っ」
「駄目だ。欲しがったのはネロだろう?」

これ以上、欲を抑える理由などなかった。
ちゃんと食べているのかと疑わしい、可哀想なほどに痩せ細っている頼りない身体を抱き寄せ、その白く滑らかな肌を堪能する。それから顔を近付けてキスをしてもいいかと問うと、ネロは「わざわざ聞くな」と言って頬を桜色に染めた。
やはりネロは素直じゃない。だが、この反応が堪らなく可愛い。

「んん、は、ぁ♡ んむ……っ♡」

優しくキスをして、その薄い唇の隙間から舌を差し込むと、ネロは途端にとろんと目を蕩けさせた。
今日は特段優しくしたい。体調のこともあるが、それ以上にネロに俺の愛情が伝わるよう、じっくりと時間をかけて愛してやりたいのだ。
舌を絡めながら、ネロの服を少しずつ剥いていく。素肌が外気に触れたことで肩がピクリと反応したが抵抗する素振りはなく、ネロはキスの快感にうっとりと目を細めていた。
シャツはボタンを外した状態でまだネロの身体に引っかかっていたが、それ以外は全て取り払い、ほぼ全裸の状態にまで脱がせる。俺はベッドの近くに常備してあったローションと避妊具を取り出した。そしてボトルからローションをたっぷりと手に垂らすと、それをネロの秘部に塗りたくった。

「ふっ……」

ローションが冷たかったのか、ネロが僅かに声を上げる。
俺は「悪い」と謝りつつネロの後孔に指をつぷりと侵入させた。優しくしたいという気持ちとは裏腹に、早く繋がりたくて行為を急いでしまっている気がする。抑えろ、自分。
焦らず、少しずつ、と意識しながら指でネロの後ろをほぐしていく。もはや両手の指では足りないほどの回数セックスをしているとはいえ、相変わらずネロの中は狭いし俺のペニスはデカい。慣らしもせず挿入しようものならネロが痛い思いをするのは明白だった。むしろ、この身体で毎回よく俺のモノを受け入れられているなと思う。
ネロは身長は俺とそれほど変わらないが、男とは思えないほどに軽いし、ひどく華奢だ。それこそ挿入すれば腹の上からでも俺のペニスの形がわかるほど。頼むからもう少しまともな物を食べてほしいと心底思う。だからこそ月に何度かは食事に連れて行ったり、頻繁にうちに泊めて夕食を共にするようにしているのだが、金銭的余裕がないのか、それ以外でのネロの食生活はかなり質素なようだった。
ネロは何かあるたびに、まるでそれが当たり前であるかのように自分を犠牲にする。俺が苦言を呈さなければ食事も睡眠も削って勉強を続けてしまうし、いつも自分の生活や健康は二の次で、俺や家族のことを優先しようとする。

ネロの、決して少なくはないはずの給料の大半が何に使われているのかは、なんとなくだが想像はつく。きっと実家に仕送りをしているのだろう。
俺は正直、ネロの養父母のことをあまりよく思っていない。彼らには学生時代に一度だけ会ったことがあるが、俺からすればお世辞にも好ましいと言える人物ではなかったからだ。
俺は部外者なので、事情はよく知らない。しかし、ネロの自己主張を一切しない内向的な性格。美しく聡明な彼が、自身を「醜い」「出来損ない」と言うこと。他人に尽くし搾取されるのが当たり前と思っている節があること。……これらを鑑みても、ネロが養父母の元で正しく愛情を注がれ、幸せに暮らしてきたとは到底思えなかった。
それでもネロはあの養父母を「家族」だと言い、家の名に恥じぬようにと日々勉学に励み、毎月のように仕送りをしている。そのせいで自分の生活が苦しくても彼が養父母を悪く言ったことなど一度もなく、むしろ慕っているようだった。

「ぁっ♡ ルイ……っ! もう、いいだろ……」

少し思考に耽っている間にも、後ろをほぐす指は止めていない。ほぐし続けたアナルは今や俺の指を三本も咥え込むようになっており、指先が前立腺を掠めるたびにネロは甘い声を漏らしていた。

「まだだ。ネロに負担をかけたくない……もう少し我慢してくれ」
「でも、もう……んッ♡」

ネロは辛抱たまらずといった様子で、腰を揺らして俺の指に自分のいいところを当てようとしてくる。その姿がまた扇情的で俺の情欲を煽りまくるのだが、ネロ本人はおそらく自覚していない。

「ん♡ ぁっ、あっ……♡ はぁ♡」
「こら、俺の指でオナニーするな」
「してな、い……ッ♡」

してる。どエロい。そして可愛い。
つくづく、他の男に手を出される前に俺のものにできて良かったと思う。
自覚したのは最近になってからだったが、俺は学生時代からネロが好きだった。……のだと思う。
当時の自分はネロを「お気に入りのオモチャ」くらいに考えていたのだが、今思うとそれだけではなかった。少なくとも、親友以上の特別な感情を抱いていたことだけは確かだ。助手として雇ったのだって、ネロの能力を見込んだのは勿論だが、何より俺がネロを自分のそばに置いて独り占めしたかったからで。

「ルイ……」

なぁ、ネロ。お前は知らないかもしれないが。
俺がその呼び方を許しているのはお前だけなんだぞ。

「んッ、ぅ……♡」

俺はネロの後孔から指を引き抜いた。たっぷりと使ったローションがつうと糸を引いて垂れる。
ネロのためとはいえ、さんざん焦らしてしまった。ぐずぐずになるまで弄られたネロの後ろはとろりと柔らかくなっており、触ってもいない前は勃ち上がって先走りを滲ませている。正直これだけでもかなり視覚的にクる。
ネロのペニスは気持ちよさそうにピクンと頭をもたげているものの、射精には至っていないようだった。それもそのはず、ネロは俺のペニスを入れられないとイけないのだ。いや、ここで思いきり性器を扱いてやれば流石に達することはできるかもしれないが、それでは彼の身体は満足しないことを俺もネロも知っている。何より俺がそれをしてやる気がないので、ネロはただただ挿入を強請るしかなかった。なんてエロい身体なんだろう。ネロがこんなにエロいなんて想定外だった。まぁ俺が躾けたんだが。

「待たせてごめんな……。今、入れてやるからな♡」
「あっ……♡」

俺はスラックスを寛げて、とっくの昔に臨戦状態になっていた自身を取り出す。それを見たネロの喉がごくりと鳴った。
参ったな。優しくしたいのに、そんなに物欲しそうな顔をされると暴発してしまいそうだ。
俺は傍らに放置していた避妊具の封を開けて、性器に装着していく。大きくなりすぎて着けるのに少々手間取ってしまったが、やっとネロの中に入る準備が整った。

「次はもっと大きいサイズで買わないとな……」

そう呟きつつネロのアナルに自身の先端部分をくっつける。ローションのお陰でぬらぬらと濡れているそこは、ちゅぷ♡と音を立てて亀頭に吸い付いた。
もう我慢できない。俺はゆっくりと腰を進め、挿入を開始した。

「ぁ、アッ、あああッ……♡」

ネロが感じ入った声を上げた。
最近は研究に忙殺されていたので、こうして身体を繋げるのは久しぶりだった。だからなのか、何週間ぶりかのネロの中は充分に慣らしたといっても狭く、しかし肉襞がうねって俺のペニスをきゅうきゅうと健気に締め付けてくる。たまらない。
俺はネロが出来るだけ痛くないように、少しずつ少しずつ挿入を深めていく。カリの部分が前立腺に思いきり擦れてネロの上げる嬌声がひときわ高くなった。ネロの呼吸は荒く、目には涙が浮かんでいるが、申し訳ないことにまだ半分ほどしか入っていない。しかしこれ以上奥まで入れるとネロがもたなそうだったので、俺は一旦腰を止めてから、そのまま浅いところをゆるゆるとピストンした。

「んっ、んっ♡ ぁ、あんッ♡ そこ、きもちい……♡」

ネロの感じる場所は熟知している。なんたって俺が開発したからな。
俺が動くたびにネロはびく、びく、と身体を震わせながらすっかりとろとろになった顔で快楽を享受する。そうしているとナカが少しずつ柔らかく、そして滑りやすくなってきて、頃合いだと思った俺はネロの脚を更に開かせて最奥へと腰を進めた。ぬるりとペニスが奥に入り込むのをまるでもてなすかのように、ネロの媚肉がきゅんと収縮する。

「ネロ、わかるか? 全部入ったぞ……」
「ぁ、はぁッ……♡ うそ、おくに……♡♡」

こちゅん、と亀頭がネロの最奥にキスをする。俺がネロの下腹部を撫でると、彼はビクンと反応してから潤んだ目で俺を見た。
正常位の体勢はネロにはつらいかもしれないが、顔が見たい。普段はあんなに潔癖なネロが、エロいことなんか知らなさそうな顔をしているネロが、俺の前でいやらしく乱れる姿は何度目にしようともたまらなくそそるのだ。しっかりと焼き付けなければならない。
ネロの性器はいつの間にか射精しており、とろとろと力なく白濁を吐き出している。俺の努力の甲斐あり、彼はもうすっかり中だけで達せるようになっていた。最高。

「はぁっ♡ ン、はぁ……ッ♡」
「ネロ、ごめんな。一回だけにするから」

ネロの身体のことがあるので、今日は一回だけだ。
もっとも、ネロにとってはその一回がだいぶきついかもしれないが。

「ぁ、ああ゛ッ♡ んっ、んっ……♡ ひぅ゛ッ♡」

ゆっくりと律動を再開する。俺が腰を動かすたびに、ネロはそれはそれは気持ちよさそうに喘いだ。
ネロの声はかなり腰にくる。ネロ自身は声を出すことが恥ずかしいらしく、声が出るのを我慢したいそうだが、すっかり俺に調教されきった身体がそれを許さない。こうして繰り返し奥を突かれると、もはや自分の意思では声を抑えられないようだった。

「は、はぁっ……ネロ、ネロッ」
「んっ、ルイッ♡ ぁっ、だめ♡ も……い、いくッ♡♡」

動きはだんだん激しくなり、ぱんぱんと音が鳴るほど腰を打ちつける。気持ちいい。何度繋がろうともネロの中は気持ちよくて、あたたかくて、狭い。今にも達してしまいそうだ。
以前に「イクときはちゃんと言うのがマナーだ」と俺が教えたからか、ネロはイキそうになると律儀に口に出してくれるようになった。俺が言ったことを疑いもせず信じているあたり、本当に恋愛経験がないのだなと思うと更に興奮する。ネロのエロくて可愛い姿を知っているのは正真正銘、俺だけなのだ。

「はぁっ……かわいい。可愛いな、ネロ……♡」
「んッ、ああっ♡ ぁあんッ♡ ゔぁ、だめ、きちゃう……きてる……ッ♡♡」

ネロの白魚のような手に指を絡ませると、ネロはすぐにその指をきゅっと握り返してくれた。それに気を良くした俺は、ついに射精に向けて腰の動きを更に大胆にする。
ペニスはもうはち切れんばかりに膨張していて、ネロの中でどくどくと脈打っている。サイズが合っていないらしい避妊具がギチギチに伸び切っているのがわかり、少し苦しかった。だが最早それすらも気持ちいい。本当にイキそうだ。

「ンぁ゛、イク……♡ い、イ゛ッて……ぅ、あぁああ゛ッッッ♡♡」
「……、う……ッ!」

ネロの細い脚がピンと伸びきって、身体がビクビクッと痙攣した。中がぎゅうっと締まり、絡ませた指にも力が入る。イッたのだ。
たまらず俺も射精していた。
ビュルルルッ、と溜め込んでいた精が一気に放出される。避妊具をつけているので中に出すことはないが、それでも普段の自慰ではここまで出さないだろう、と言えるくらいの量を注ぎ込んだ。
その時だった。

ぱちん。
何かが弾けるような音がして、それからびしゃっと水のようなものが流れ出るような感覚。まさかと思ってペニスを抜いてみると、大量に射精したせいで避妊具が破けて、そこから精液が溢れてしまっていた。
すぐに抜いたと思ったが、手遅れだった。精液の大半はネロの中に漏れてしまい、彼の薄い腹の中をとぷん、とぷんと満たしていった。

「わ、悪い。中に……」

さすがに焦った俺をよそに、ネロは俺のと絡めていた指をするりと滑らせて、それからまたきゅっと握り直す。
そして蕩けた顔でふにゃ、と笑った。

「っ……!」

ネロは滅多に笑わない。笑うどころか、普段は感情表現自体あまりしない。基本的には顔に出ないタイプだ。
そんなネロが笑う時というのは、大抵は泣きたいのを我慢する時だった。本人に自覚があるかどうかはわからないが、俺はそう感じている。
しかし、今の顔は違った。心から幸せそうな、柔らかく愛らしい笑み。

「ルイ、すき……すきだ……」

ああ、ネロ。俺の愛しいネロ。
お前を脅かす全てから守ってやりたい。その笑顔をもっともっと俺に向けてほしい。
ネロはセックスの最中の記憶はあまり残らないらしい。流石にすべて忘れているわけではないようだが、特に今のような『トんでいる』状態の時の記憶は、翌朝目覚めた際には消えていることが多かった。だからきっと知らなかったのだろう、行為の最中は「好き」と何度も俺に伝えてくれていることを。
素直じゃないなんて、可愛げがないなんてとんでもない。
ネロはこんなにも健気で、純粋で、美しい。

ネロの隣に横たわりそっと身体を抱きしめてやると、それが心地良かったのかネロの瞳がとろりと微睡んだ。それから少しするとゆっくりと瞼が閉じられていき、やがて眠ってしまった。
ネロの意識が完全に落ちたのを確認してから、俺は起き上がって後処理をした。先程うっかりネロの中に出してしまったものもすべて掻き出したのだが、掻き出している最中もネロがあられもない声を漏らしながら身体を反応させるので、俺もまたムラムラしてしまった。2回抜いた。

ああ本当に、ネロは寝ても覚めても可愛すぎる。好きだ。
やっぱり、一緒に住みたいな……。
以前から何度か同居を申し出ているのだが、ネロは今は勉強に集中したいと言ってこれを了承してくれない。それが本音なのか建前なのかはわからないが、無理を強いるのもよくないとひとまずはネロの意思を尊重することにしている。
とはいえ、俺の大事なネロをあんなセキュリティーの低い部屋にいつまでも住まわせておくつもりは毛頭ない。推定築数十年、取り壊し寸前であろうあの狭いアパートは、空調がないので夏は暑いし冬は寒い。おまけに壁も薄い。あんなところに住んでいてはひもじい思いをするし、いつか身体を壊してしまうだろう。
何より俺がネロともっと一緒にいたい。本当は毎回家に帰すのも惜しいくらいなんだ。

今はまだ。だが、そう遠くないうちに必ず。
来年の試験が終わったら覚悟していろよ、と思いながら、俺はベッドの上で健やかな寝息を立てているネロを見つめたのだった。



✦✦✦



その後。
ルイスは『本音しか言えなくなる薬』を完成させた。

先日それを警察組織に買い取ってもらい、あちらでも厳重なテストを重ねたのち、具体的な運用マニュアルなどが順次作られていく予定らしい。
この画期的な発明は一躍大ニュースとなり、新聞の見出しを飾った。おとぎ話でしか聞いたことがないような薬の登場に市民たちも大いに興味を示し、結果として稀代の天才錬金術師ルイスの名を更に世に轟かせることとなった。

当然、新聞に載ったその日から事務所には問い合わせが殺到した。様々な企業、組織、果てには個人までもが「うちにも売ってくれ」と取引を申し出てきたのだ。お陰で日に何十件もやってくる問い合わせに逐一対応し捌いていく羽目になった。俺が。
しかし当のルイスは、現状は警察などの公的機関以外にはこの薬を受け渡す気はないらしい。彼曰く「よからぬ者の手に渡ると悪用されかねないから」とのことだ。俺もこの意見自体には賛成だったが、このことを薬を買いに来た客に伝えると皆一様に不満気な顔をしたあと「なんとかならないか」と言うので少し参ってしまった。俺じゃなくてルイスに言ってほしい。

……と、そんなこんなでしばらくは忙しい日々が続いていたのだが、それも一ヶ月もすればだいぶ落ち着いてきた。
俺は自分とルイスの分のコーヒーを淹れて、デスクへと持っていく。ここ一ヶ月、あまりにも忙しすぎてコーヒーを飲んで一息つく暇さえなかった。少し懐かしくすら感じるインスタントコーヒーのカップをルイスのデスクに置いてから、俺は定位置に戻って自分の分のコーヒーを啜る。ああ、頭がスッキリする。やはり俺は酒より何より、コーヒーが世界で一番愛着のある飲み物だ。
それから俺はいつも通り、コーヒーを片手に事務仕事に勤しんだ。忙しいには忙しいが、先日までのような慌ただしさはもうない。ルイスの錬金術師としての才能が世間に知れ渡っていくことを喜ばしく思いながらも、同時にようやく平穏な日常が戻りつつあることに俺は安堵していた。

「ネロ、お疲れ」

一心不乱に仕事を片付けていると、ふいに上から声がした。
顔を上げると、コーヒーカップを持ったルイスが俺のデスクの傍まで来ていた。

「どうした? 何かあったか?」

仕事中のルイスはわりと真面目で(と思っていたらたまに変な物を作って遊んでいることがあるが)、意味もなく俺を呼びつけるようなことはしない。だから、何か用があるに違いない。
急な仕事だろうか。それとも新しい実験か? いや、つい先日に新しい薬の開発を終えたばかりなんだ、いくらルイスでもそれはないか。
時計を見れば、あと二時間ほどで終業時間といったところ。このタイミングで来たということは、まさかここにきて今日中に確認しなければいけない書類を見つけてしまったとか……ありそうだ。
しかし、次に続いたルイスの言葉は俺の予想とは違うものだった。

「いや、何もないんだが……。ここのところ忙しかったから、ゆっくり休めているかと思ってな」
「? いや、俺は大丈夫。むしろお前のほうが疲れてるんじゃないか?」
「ああ、俺のことは心配いらない。……お前、体調は?」
「え? 別になんともない……けど」

ああ、いちおう上司として俺を労ってくれているのか。
確かについ最近までは俺もルイスもかなり忙しくしていて、俺は仕事が終わって帰宅したら即ベッドにダイブという生活が続いていた。俺がそうだったから、きっとルイスも同じくらいかそれ以上に疲れていただろう。
だがルイスは自分のことは気にするなと軽く流して、なぜか俺に体調はどうかと聞いてきた。俺は質問の意図がよくわからなかったが、答えてから「もしかして副作用のことまだ気にしてるんじゃ?」と思い当たった。一ヶ月以上前のことだし、もうとっくに回復しているのだが。
俺の返事を聞いたルイスは、目線を彷徨わせて少し逡巡した様子を見せたのち、こう言った。

「その……もしネロの都合がよければなんだが、このあと久しぶりに食事に行かないか?」
「!」

まさか食事の誘いをされるとは思っていなかったので、俺は思わず目をしばたたかせる。
ルイスは俺をよく食事に連れ出してくれる。切り詰めた生活をしていて外食など滅多にできない俺を気遣ってのことだろうが……そういえば、ここ一ヶ月はあまりに忙しくてそれすらもご無沙汰だった。

「行く。……行きたい」

俺がそう答えると、ルイスは「よかった」と言って微笑んだ。本当にただ約束を取り付けたかっただけだったのか、そのあとは用は済んだと言わんばかりにすぐに自分のデスクへと戻っていく。その後ろ姿は心なしか機嫌がよさそうに見えた。
ルイスと食事に行くの、久しぶりだ。早く仕事が終えられるように頑張ろう。俺はそう思いながらまた書類に向き直った。
ルイスと一緒に食事ができるなら、どこだって構わない。
まだ幾分か仕事は残っていたが、このあと訪れるルイスと二人で過ごす時間が楽しみで、俺は早くも浮足立っていた。



end.
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

浮気をしたら、わんこ系彼氏に腹の中を散々洗われた話。

丹砂 (あかさ)
BL
ストーリーなしです! エロ特化の短編としてお読み下さい…。 大切な事なのでもう一度。 エロ特化です! **************************************** 『腸内洗浄』『玩具責め』『お仕置き』 性欲に忠実でモラルが低い恋人に、浮気のお仕置きをするお話しです。 キャプションで危ないな、と思った方はそっと見なかった事にして下さい…。

媚薬使ってオナってたら絶倫彼氏に見つかって初めてなのに抱き潰される話♡

🍑ハンバーグ・ウワテナゲ🍑
BL
西村つばさ 21歳(攻め) めちゃくちゃモテる。が、高校時代から千尋に片思いしていたため過去に恋人を作ったことがない。 千尋を大切にしすぎて手を出すタイミングを見失った。 175cm 大原千尋 21歳(受け) 筋トレマニア。 童顔で白くてもちもちしてる。 絵に描いたかのようなツンデレ。 つばさが大好きだけど恥ずかしくて言えない。 160cm 何故かめちゃくちゃ長くなりました。 最初、千尋くんしか出てきません…🍑

媚薬盛られました。クラスメイトにやらしく介抱されました。

みき
BL
媚薬盛られた男子高校生が、クラスメイトにえっちなことされる話。 BL R-18 ほぼエロです。感想頂けるととても嬉しいです。 登場キャラクター名 桐島明×東郷廉

【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】

NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生 SNSを開設すれば即10万人フォロワー。 町を歩けばスカウトの嵐。 超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。 そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。 愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。

【完結】ハードな甘とろ調教でイチャラブ洗脳されたいから悪役貴族にはなりたくないが勇者と戦おうと思う

R-13
BL
甘S令息×流され貴族が織りなす 結構ハードなラブコメディ&痛快逆転劇 2度目の人生、異世界転生。 そこは生前自分が読んでいた物語の世界。 しかし自分の配役は悪役令息で? それでもめげずに真面目に生きて35歳。 せっかく民に慕われる立派な伯爵になったのに。 気付けば自分が侯爵家三男を監禁して洗脳していると思われかねない状況に! このままじゃ物語通りになってしまう! 早くこいつを家に帰さないと! しかし彼は帰るどころか屋敷に居着いてしまって。 「シャルル様は僕に虐められることだけ考えてたら良いんだよ?」 帰るどころか毎晩毎晩誘惑してくる三男。 エロ耐性が無さ過ぎて断るどころかどハマりする伯爵。 逆に毎日甘々に調教されてどんどん大好き洗脳されていく。 このままじゃ真面目に生きているのに、悪役貴族として討伐される運命が待っているが、大好きな三男は渡せないから仕方なく勇者と戦おうと思う。 これはそんな流され系主人公が運命と戦う物語。 「アルフィ、ずっとここに居てくれ」 「うん!そんなこと言ってくれると凄く嬉しいけど、出来たら2人きりで言って欲しかったし酒の勢いで言われるのも癪だしそもそも急だし昨日までと言ってること真逆だしそもそもなんでちょっと泣きそうなのかわかんないし手握ってなくても逃げないしてかもう泣いてるし怖いんだけど大丈夫?」 媚薬、緊縛、露出、催眠、時間停止などなど。 徐々に怪しげな薬や、秘密な魔道具、エロいことに特化した魔法なども出てきます。基本的に激しく痛みを伴うプレイはなく、快楽系の甘やかし調教や、羞恥系のプレイがメインです。 全8章128話、11月27日に完結します。 なおエロ描写がある話には♡を付けています。 ※ややハードな内容のプレイもございます。誤って見てしまった方は、すぐに1〜2杯の牛乳または水、あるいは生卵を飲んで、かかりつけ医にご相談する前に落ち着いて下さい。 感想やご指摘、叱咤激励、有給休暇等貰えると嬉しいです!ノシ

【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。 ※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。 誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。 ※無事に完結しました!

嫌がる繊細くんを連続絶頂させる話

てけてとん
BL
同じクラスの人気者な繊細くんの弱みにつけこんで何度も絶頂させる話です。結構鬼畜です。長すぎたので2話に分割しています。

【R18】息子とすることになりました♡

みんくす
BL
【完結】イケメン息子×ガタイのいい父親が、オナニーをきっかけにセックスして恋人同士になる話。 近親相姦(息子×父)・ハート喘ぎ・濁点喘ぎあり。 章ごとに話を区切っている、短編シリーズとなっています。 最初から読んでいただけると、分かりやすいかと思います。 攻め:優人(ゆうと) 19歳 父親より小柄なものの、整った顔立ちをしているイケメンで周囲からの人気も高い。 だが父である和志に対して恋心と劣情を抱いているため、そんな周囲のことには興味がない。 受け:和志(かずし) 43歳 学生時代から筋トレが趣味で、ガタイがよく体毛も濃い。 元妻とは15年ほど前に離婚し、それ以来息子の優人と2人暮らし。 pixivにも投稿しています。

処理中です...