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本編
恋人同士のマナー違反
しおりを挟む俺の親友であり腐れ縁であり、稀代の天才錬金術師でもあるルイスと名実共に恋人になってから、早いもので二ヶ月が経った。
恋人同士になったとはいえ、仕事上での上司と部下という関係は変わることはない。俺はルイスの助手として、相変わらず仕事に勉強にと励む日々を送っていた。
……いや、全く変わっていない、というわけではないな。
少しばかり変化したこともあった。主に俺が。
「ネロ、お疲れ様。今日はもう上がっていいぞ」
「あ、ああ……お疲れ」
一日の終わり、ちょうど仕事もひと段落ついたなというタイミングで、ルイスが俺に声をかけてくれる。その優しげな表情と声音に、俺はつい目を奪われながらも返事を返した。
……まずいな。
俺、ルイスのこと、どんどん好きになっているかもしれない。
俺の変化というのは専らこれだった。
今までは何とも思っていなかったのに、ルイスの一挙一動にドキドキしてしまう。学生時代から散々見慣れていたはずなのに、ルイスのその整った顔立ちに、ふとした瞬間の表情に、目が惹きつけられてしまう。この症状は付き合って二ヶ月が経った今も治まることがなく、むしろ悪化してきているような気さえする。
最近の俺はもうずっとこんな調子で、自分でも大分おかしくなっているなと思う。それくらい挙動不審といってもいい。そろそろ仕事や勉強にも支障が出るんじゃないかと心配になってきているほどだった。
というのも、だ。いざ恋人になってみると、ルイスは俺のことをこれでもかと言うほど甘やかしてきた。俺は今までだって世話になりっぱなしで、これ以上はないと思っていたのに……。これまでの人生、勉強ばかりで恋愛などする暇もなく、これからもきっとそんな機会はないだろうと思っていた俺は、当然恋人同士のキスやセックスなんかも初めてだった。恋愛慣れしていない俺は、何をされても恥ずかしくなってしまい……ようするに、ルイスからの愛情表現は俺には刺激が強すぎたのだ。でも、ルイスが誠実で嘘をつかない性格なのは俺が誰よりも知っているわけで、それだけに俺に対する態度も冗談なんかではないことを理解してしまっていて。
今だったら、ルイスに夢中になる女性の気持ちもわかるな……。
そんなことを思いながらデスクの上を片付けていると、ルイスがまた声をかけてきた。
「なぁネロ、今日はうちに泊まっていくか?」
「……!」
ルイスからの誘いに、俺はつい大げさに反応してしまう。
今日は金曜日。明日からは週末だ。つまり、その……翌日の仕事のことを気にせずセックスができるわけで。
恋人同士になってからというもの、週末はルイスの家に泊まってセックスをする、というのが早くも恒例になりつつあった。しよう、と直接的に言われるわけではないのだが、泊まった日は自然とそういう流れになっている。そんな感じなので、俺の頭はすっかり『泊まりの誘い=セックスの誘い』だと認識してしまっていて、この何気ない問いかけにも必要以上にドキドキしてしまうようになっていた。
「……と、泊まってく」
「そうか、わかった。俺はもう少し作業して行くから、お前は先に上がっててくれ」
「……ああ」
俺はルイスの言葉にそっけなく返事をすると、赤くなってしまった顔を誤魔化すようにふいと顔を逸らして、足早に仕事場を後にした。
別に期待していたとかじゃない。断じてそういうわけじゃないけど……そうか、今日もするんだ。
俺は痩せぎすで肌も青白く、健康とは程遠い見た目である。容姿も地味で平凡だし、身体は肉が全然ついていなくて、どこを触っても骨ばっているので、お世辞にも抱き心地が良いとは言えないだろう。ルイスとするまではそういった経験もなかったので、テクニックで相手を楽しませることもできない。でも、そんな俺のこともルイスは抱いてくれる。ルイスがなんで文句のひとつも言わずにいられるのか疑問なくらいに、俺は色気とは無縁だというのに。
……いや、忘れよう。まだ仕事が終わったばかりなのに、セックスすることばかり考えているんじゃない、俺。
ルイスの住居は職場であるアトリエの二階にある。ルイスはまだ仕事が残っていると言うので、俺は先にお邪魔させてもらって夕食の準備をすることにした。
冷蔵庫に買い置きしておいた食材を使い、二人分の食事を用意する。ルイスの金で買った食材なのだから、ついでとはいえ俺の分まで作っていいものかと気が引けるのだが、初めて泊まった時にルイスの分の食事しか用意しなかったら何故か怒られたので、以降は自分の分も作るようにしていた。今までルイスの身の回りの世話ばかりしてきたので、どうにも召使根性が抜けないらしい。
ルイスは「もう少し作業してから行く」と言っていたが、あいつは一度集中すると何時間、下手すれば何日もぶっ通しで研究に没頭してしまうところがある。今日もどうせ時間がかかるのだろうと想像がついてはいたので、食事の用意が終わってもまだ来ないようだったらこちらから呼びにいかなければいけないな……と思いつつ、俺はすっかり勝手知ったるルイスの家のキッチンで手を動かし続けた。
別に料理は得意ではないが、昔からやってきたので慣れてはいる。ルイスと付き合うようになってからはこうして泊まる日が多くなったので、自らレシピを調べて勉強することも増えた。別に、あいつに美味しいものを食べてほしいとかそういうわけじゃないけど。どうせ作るなら美味しく作りたいだけで、ルイスのためじゃない……断じて違う。もしそうだったら、俺はルイスのことが好きで堪らないってことになるじゃないか。
食事の用意ができたので、一階に降りてルイスを呼びに行く。探してみるとルイスはまだアトリエにいて、薬品の瓶を前にじっと思案しているようだった。
「ルイ、夕食ができたぞ。そろそろ……」
「……」
あ、駄目だ。これ、聞こえてないやつだ。
俺の声かけに一切の反応をしないルイスの様子を見て、俺は早くも察した。これは時間がかかるやつだ。この状態になると、ルイスは今作っているものがキリのいいところまで仕上がるまでは周囲の音などまるで聞こえなくなってしまう。ルイスのこの習性は学生時代からずっとそうだったので、俺はもう慣れていたが。
仕方ない。夕食は諦めよう。
別に俺一人で食べてもいいのだが、やはりルイスの家でルイスが買った食材であるから、彼が食べないのであれば俺も食べるべきではないと思った。
いちいちこんな事を気にするから、ルイスから「お前は金のことになると本当に細かいな」と小言を言われてしまうのだろう。でも実際、お金は大事だ。いくらルイスが有能な錬金術師でも、開発した薬の特許を複数所持しているお陰で実は働く必要などないくらい大金持ちなのだとしても、ルイスの金はあくまでルイスのものだ。いくら恋人だろうと俺がどうこうしていいわけじゃないし、俺ごときに無駄金を使わせるのも忍びない。
そうしてしばらくは二階でルイスを待っていたが、家主がいない家に居座り続けるのも如何なものかと思い当たり、少し悩んだ末に俺は帰り支度をすることにした。
勝手にシャワーやベッドを使うのも悪い気がするし、そもそもルイスがいないのなら泊まっていく意味もないような気がするし……。先ほど用意した夕食については、書き置きを残しておけばいいだろう。もしかしたらこのまま日付が変わっても研究を続けている可能性があるから、明日になったら少し様子を見に来て……うん、それで充分だ。今日はもう帰って勉強しよう。
そうと決まればさっさと帰ってしまおうと、俺は手早く撤収作業を始めた。一通り片付けてから、最後にハンガーに掛けていたジャケットを羽織り、鞄を手にして部屋を出る。そして一階に向かう階段を下りようとしたその時、ちょうど二階に上がってきたルイスと鉢合わせた。
「あ……」
予想だにしていなかった遭遇に、俺は動揺を隠すことができなかった。少なくともあと数時間はあの調子だろうと踏んでいたから、ルイスに気付かれないうちに帰ろうと思っていたのに。
いかにも今から帰ります、といった身なりをしている俺を確認したルイスは、訝しげにこちらを見ながら問い詰めてきた。
「泊まっていくんじゃなかったのか?」
「い、いや……そうなんだけど……。その、忙しそうだったから、邪魔したらいけないと思って……」
勝手に帰ろうとしたところを見つかってしまったので、俺は気まずくなって思わずルイスから目を逸らしてしまう。自分で最適な行動をとったと思ってはいたものの、泊まっていく、と言った手前、なんとなくばつが悪い気持ちになった。
ルイスからの問いに俺が言葉を詰まらせながら答えると、ルイスは眉間を押さえながらハァーと大きく溜め息を吐いた。そんな彼の反応を見て、俺は何か間違えてしまっただろうかと少し不安になる。俺が良かれと思ってしたことでもルイスにとっては不快だった、なんてことは以前からたまにあったので、今回もそうではないかと思ってしまい……いや、俺が気が利かないのが悪いんだろうけど。
そんなことを考えながら内心冷や汗をかいていた俺を、不意にルイスはぎゅっと抱きしめた。何の前触れもなくいきなり身体が密着して、至近距離から感じる体温と香水の匂いに俺は更に動揺してしまう。
「え!? ちょっ……ルイ!?」
「……悪かったよ。俺から誘ったのに、ずっと一人にして」
身体を抱きしめられたまま突然必要のない謝罪をされて、俺は思わず「は?」と返してしまった。
ルイスが忙しいのはいつものことだ。そんなルイスを理解した上で俺は助手をやっているし、出来るだけサポートもしたいと思っている。だから仕事が終わるのが遅くなったくらいで謝られるとは思ってもみなかった。
「なんだよ、こんなのいつものことだろ。わざわざ謝るような話じゃない」
「だとしても、だ。恋人を待たせるのは男として褒められることじゃないだろう。それに、ネロは寂しがり屋だからなぁ」
「はぁ!? 別に、寂しくなんか……」
俺が言い終わる前に、唇をルイスのそれで塞がれる。
喋っている途中だったのでもちろん口を閉じる暇もなく、気付いた時には口内にぬるりとルイスの舌が侵入してきていた。
「んっ……はぁ、んむ……っ♡」
どろりと脳が蕩けていくような深いキス。
息が苦しい。抵抗しようにも、ルイスの手で腰と頭をがっちりと押さえられているため身動きがとれない。ルイスの舌で口内を犯されるたびに、ゾクッと妙な感覚が背筋を這い上がってくる。悔しいことに、これが紛れもなく快感であることを俺の身体はとっくに知ってしまっていた。
やばい。ルイスとのキス、きもちい……♡
「ふ……はぁ、はぁ……♡」
「まったく、素直なのは身体だけだな」
俺の身体からすっかり力が抜けたところで、ようやくキスから解放される。不意打ちのキスに息も絶え絶えといった様子の俺を見て、ルイスは苦笑しながら少し乱れてしまった俺の髪を撫でた。キスくらいでこんなに感じてしまう自分が恥ずかしくて俺はつい俯いてしまうが、それでも赤くなった顔を隠すことはできていないだろう。
手に持っていた鞄はとうに床に取り落としていて、無意識にルイスの服をぎゅうと掴んでしまっていた。それに気付いた俺は慌てて手を離し、話を逸らすようにルイスに向かって言う。
「……夕食、できてるけど」
「それは有り難い話だが、一人で食べても味気ないと思わないか?」
「か、帰らない。帰らないから……」
俺がそう言うと、ルイスは満足気に笑って部屋の中に入っていった。仕方ないので俺も鞄を拾ってから彼の後に続き、先ほど羽織ったばかりのジャケットを再び脱ぐこととなった。
「食事が冷めてしまったな。せっかく作ってくれたのに申し訳ない」
「別に、適当に作ったし……温め直せばいいだけだし……」
テーブルの上にはどう見ても『適当に作った』わけではなさげな料理が並んでいるのだが、ルイスに言われるとつい「違う」と否定してしまう自分がいる。ルイスと付き合うようになってから俺はずっとこんな感じだ。ルイスのためにと柄にもなく頑張っているくせに、それをルイス本人に指摘されるとどうにも素直に認めることができない。我ながら天邪鬼だと思う。
ルイスからしたら、せっかく褒めたのに俺が否定ばかりするから、嫌な気持ちになっているんじゃないだろうか。そう思うとこいつに振られるのも秒読みな気がしてしまう。ルイスは俺と違ってめちゃくちゃモテるし、容姿も家柄も能力も申し分ない。なんで俺なんかを好きになったのか、いまだによくわからないくらいなのに……。
そんな風に頭を悩ませながらも、俺は冷めてしまった食事を温め直して、ルイスと二人で遅めの夕食をとった。今日は無理だと思っていたぶん、ルイスと一緒に食事ができてちょっと嬉しくなったり……したのかもしれない。調子よく俺の料理の腕を褒めてくるルイスに乗せられて、しっかり片付けまでやってしまった。やはり染み付いている。
それからルイスの家の浴室を借りさせてもらって簡単に入浴を済ますと、時刻は既に22時を回っていた。
「ネロ、こっちに来い」
寝間着に着替えてから寝室へ入ると、ルイスはすぐに俺を捕まえて髪や肌に何かオイルのようなものを塗りたくる。泊まるたびにこれをやられるので、俺はもうルイスの好きにさせていた。
俺は美容だとかそういうものには全く関心がない。そういったことにかけるような金もないし、そもそも男だし。洗顔料なんかを買う金も惜しいので、綺麗になれば何でも構わないだろうと、自宅では全身石鹸で洗っているくらいだ。
だが俺の口からそれを聞いたルイスは、にわかに信じがたいという目で俺を見た。そして、せめてルイスの家に泊まる時だけでも全身くまなく洗うように、と言いつけられてしまったのだ。入浴前に浴室に案内されて、これがシャンプー、これがボディソープ……と、洗う時に使うものまで細かく指定されたのは記憶に新しい。ルイスの家だし、ルイスがそう言うのならと俺は大人しくその指示に従っているものの、見るからに高そうな石鹸やシャンプーを使うのはいまだに気が引けたりする。
「お前は放っておくと適当にしか洗わないからな……。例えお前自身であっても、この身体をぞんざいに扱うことは許さないぞ」
そんなことを言いながら、ルイスはドライヤーで乾かした俺の髪を櫛で梳いている。俺は完全にされるがままの状態だが、ルイスに髪を触られる感覚は心地よかったし、何よりルイスがやたらと楽しそうなので特に文句は言わないでいた。
実際、週一でルイスにケアされるようになってからというもの、髪は指で梳いても引っ掛からないくらいサラサラになったし、肌も触り心地が滑らかになって艶が出てきた気がする。ただ悲しいかな、いくら入念に手入れをしたところで俺が地味で平凡な人間であることに変わりはない。今はルイスのお陰でまるで女性のようないい匂いがしているが、それに対してこの冴えない容姿はどうにも不釣り合いに思えた。
「うん、ネロは今日も美しいな」
「言ってろ。……仕事、忙しいのか。最近」
俺の髪を触ってご満悦といった様子のルイスに、俺はぶっきらぼうに返しながらも、残業で疲れているであろう彼に「無理するなよ」と労いの言葉をかけた。
「ん?……いやまあ、忙しいには忙しいが、どうということはない。最近出回っているらしい、他国から流れてきた薬のことで少し、な」
「ああ……あれか……」
ルイスが話題に出した薬は、最近では新聞でもよく見るようになった、巷を騒がせている違法の薬のことだった。
その薬自体は、瞬時に人の命を奪うような劇物ではない。だが一粒飲んだら最後、その毒が回れば何をする気力もなくなって、人としての意識が完全に失われてしまう。当然自力で食事もとれなくなってしまうので、放っておけばおよそ10日ほどで死に至るという恐ろしい薬だった。
もともとは他国で動物の安楽死などに使用されていた薬なのだが、それを人間が使えるように改造したものが裏で出回っている。専門家によればおそらく錬金術師が作ったものだろうとの見解が出ているが、それだけに毒の解析にも難航しているようだった。
そんな薬がここ最近、どういうルートかは不明だが本国にも流れてきており、特に都市部での中毒者が激増していた。いつの時代も、何らかの事情で自ら死を選ぶ人間は後を絶たない。何も感じず楽に死ねる薬というのは、そういった人間にとっては多少の金を払ってでも手に入れたいものなのだろう。
「やっぱり、ルイでもあの薬は厄介なのか?」
「どうだろうな。錬金術師が作ったものとなると、使用された術式の解読までしなければならないからな……。時間はかかるだろうが、専門家の解析は今も進んでいるらしい」
ちなみにルイスが依頼されたのは、その違法薬に対する対処療法用の薬だ。
現状では解毒剤が存在しないため、中毒者が発見された場合には対処療法を行うしかない。毒が完全に回りきっていなければそれで助かる見込みはある。もし手遅れだった場合は……単純な延命措置しかできないが。
「今は対処療法しか手がないっていうのが、歯痒いな……」
「対処療法でも、それで助かる人間が一人でも増えるのならやらない選択はないだろう。今開発している薬が、少しでも効果があるといいがな」
やはりこういう話を聞くと心が痛む。
ルイスや俺は薬学は専門分野であるから、そういった毒はまず見分けがつくし情報もいち早く入ってくる。だから間違ってもそんなものを口に入れるようなことはない。だが、一般市民は違う。自ら望んで飲んだ場合は防ぎようがないが、売人に騙されて意図せず毒を口にしてしまう人間も少なくはない。もし身近な人が被害に遭ったら…と思うと、一刻も早く毒の解析が進むことを願わざるを得ない。
「……今は仕事じゃないんだ。その話は置いておいて、もっと恋人同士の時間を大切にすべきじゃないか?」
「っ……!」
俺が暗い表情をしていたからだろう。ルイスは俺を抱き寄せて、耳元でそんなことを囁いてきた。それと同時に服の裾からするりと手が忍び込んできて、俺は思わず息を呑む。
……やっぱり、今日もするのか。今日はあまりそういう雰囲気ではなかったから、しないのかと思っていたけど。
ルイスの手で素肌に触れられるたび、びくりと大袈裟に身体が反応してしまう。もうこの先にどんなことが起きるのか俺はとっくに知ってしまっているから、いつ下半身へとその手が伸びるのかと思うと心臓までもがドキドキとうるさく鳴りだしてしまった。
「嫌ならやめるが?」
「……い、嫌じゃない。言わせるな」
わかっているくせに、ルイスの意地悪な一言ですらその声音に色が混じっている気がしてしまう。
俺は性欲がそれほどない。俺はこんな見た目だから、自ら進んで恋愛をしたいとは思わなかったし、自慰もそんなにしない。溜まりすぎてどうしても我慢できなくなった時に、事務的に処理するのみだった(ルイスからしたら有り得ないらしいが)。
しかし、ルイスとの行為を知ってからはそんな生活が一変してしまった。最初の2回でガッツリ媚薬漬けにされて、メスイキまで繰り返し覚えさせられたのだから、身体がどうにかならないほうがおかしいだろう。今ではルイスに触られるとすぐに気持ちよくなって抑えがきかなくなるし、挙句の果てにはキスだけでも腰が抜けてしまう始末だ。いやでも変化を思い知らされる。しかし一度知ってしまった快感はなかなか忘れることができず、今では媚薬も使っていないというのに、前立腺の刺激だけでいともたやすく達してしまうようになっていた。
「ネロの肌は綺麗だな……」
ベッドに俺を押し倒して寝間着をはだけさせたかと思うと、ルイスはそんなことを呟きながら身体の至る所に吸い付いてきた。綺麗も何も、お前が毎週飽きもせずケアしてきた結果でしかないんだが……。肌触りは多少改善されたものの、色が不健康に白いせいでルイスにつけられた鬱血の痕はひどく目立っていた。
まぁ、服で隠れる場所だから別にいいけどさ……。
「……ッん……♡」
俺の上半身に重点的にちゅ、ちゅ、とキスを落としていたルイスが、ふいに赤く色付き主張し始めていた乳首に吸い付いた。敏感なところを突然刺激されて、思わず感じ入った声が出てしまう。思わず手で口を塞いだものの、もう遅い。俺の反応を確認したルイスがニマニマとそれはそれは嬉しそうにこちらを見ているので、そのムカつくほど端正な顔を少しだけ睨んでやった。
「ここもすっかり感じるようになったな。良いことだ」
「うるさい……こっちは困ってるんだ」
実際、困っていたりする。ルイスに開発されるまでは触ってもほとんど何も感じなかったそこは、今やシャツが擦れる程度でも快感を拾ってしまうのだ。普段は気にしないようにしているけれど、こうして勃起している時に触られると……正直言って、自分でも恥ずかしいくらいに感じてしまう。
もちろんルイスはそんなこともわかっているのだろう。何せ俺の身体をこんな風にした張本人である。俺が悦く感じるのだと知るや否や、そこばかり執拗に愛撫してくるのが腹立たしい。
「んんっ……♡ 馬鹿……そこばっかり、さわんな……っ♡」
「相変わらず口が減らないな。正直に『気持ちいい』と言ったらどうだ?」
「き、きもち……よくなんか……っあぅ♡♡」
乳首だけでここまで感じてしまっているだなんて恥ずかしい。こんなの認めたくない。それなのに身体は素直に反応してしまうし、口から漏れる甘ったるい声も抑えきれていない。触ってすらいない前もとっくに勃ち上がっていて、更なる刺激を求めて無意識に腰がもじもじと動いてしまっていた。
——乳首きもちい。イキたい。でもイけない……。
もどかしい快感がじわじわと下腹部を苛んでいく。腹の奥がじんじんと疼いて、まだ前戯の最中だというのに後ろにも刺激が欲しくなってしまい、我慢がきかなくなってくる。俺はたまらずルイスに挿入を強請りたくなってしまうが、いまだ羞恥心がそれを邪魔をしていた。
「ルイッ……もう、いいから……っ♡ はやく……」
「早く……何だ? ちゃんと言ってくれないとわからないな」
「……だ、だから……うしろ、に……」
「ネロ、セックスはコミュニケーションが大事なんだ。こういう時は、どこに、何をしてほしいのかをハッキリ伝えるものだぞ」
絶対にわかっているくせに、ルイスは俺の口からそれを聞くまではあくまでシラを切り通すつもりらしい。今日のルイスはいつにも増して意地悪だ。俺がそんな恥ずかしいことを自ら言うなんてできないって、知っているはずなのに。
ていうか、ハッキリ伝えるって、どう言えばいいんだよ!? 尻の穴にチンコ突っ込んでくれって? ……無理。絶対無理だ。そんなことを口に出したら、俺は恥ずかしさで憤死する自信がある。
「う、うぅ……」
ルイスのが欲しくて、でもどうしてもそれを言うことができなくて、板挟みな状況につい涙目になってしまう。そんな俺を見かねたルイスが、はぁ、と息をひとつ吐いた。
「……ネロにはまだ早かったか。仕方がないな」
そう言って苦笑しながら俺の頭を撫でる。俺はというと、ついにルイスが俺に愛想を尽かしてしまったのだと思い一気に後悔の念に襲われた。恥など捨ててさっさと言ってしまえば良かったのだろうか。でも、ルイスの前でそんなはしたない真似ができるわけがない。いくら身体を暴かれようとも、卑猥な言葉を口に出して言うことは、俺にとっては何よりも難しいことだった。
「ルイ……ごめ、ごめん……」
「どうした? 何を謝ることがある?」
俺はルイスに謝ることしかできなかった。
ただでさえ経験がなくて、身体も貧相で、ルイスのことを全然楽しませてやれないのに。それなのにおねだりのひとつも上手にできなくて、全くもって可愛げがない奴だと自分でも思う。
これではルイスが呆れて俺から離れていってしまうのも時間の問題だ。もう二度と抱いてもらえないかもしれない。そう思った途端、目から涙がぽろりと溢れた。
「おれ、ほんとは言いたいのに……恥ずかしくて、ちゃんと言えなくて……。か、かわいくなくて、ごめん……」
お願いだから嫌いにならないでほしい。
そう言ってルイスの身体に縋り付きながら泣く俺の姿は、彼の目にはひどく情けなく映っただろう。しかしルイスは俺の言葉を聞いて嫌がるどころか、興奮したように身を乗り出し何故か機嫌がよくなった。
「待ってくれ、今のめちゃくちゃ可愛かった」
「は?」
「いや、ネロは常に可愛いんだが……そんないじらしいことを言ってくれるなんて、もしかして俺のこと好きなのか?」
ルイスの言葉に、今さら何を言っているんだ、と思ってしまった。
俺が可愛く見えるのはこいつの審美眼が狂っているからだが、俺のことが好きなのか?はよくわからない。好きだから付き合っているし、セックスしているんじゃないのか。
……と、そこまで考えたところで、そういえば俺はまだルイスに面と向かって「好き」と伝えていなかった、ということに思い当たった。
セックスの最中はもろに口に出しているらしいのだが、そういう時は俺はだいたい理性が飛んでしまっていて、記憶に残っていない。おそらくルイスもそれはわかっているだろう。つまり、ルイスは俺に好きだと伝えてくれたのに、俺はその返事すらまともにできていないことになる。
……ほんとに俺、駄目だな。自分が口下手なことは自覚しているけど、そんなことにも気が及ばないなんて。つくづく何故ルイスが俺に惚れたのかわからない。
「……す、すき……じゃないと、こんなことするわけないだろ……。わかれよ、馬鹿」
ちゃんと言おう、と思って口を開いても、出てくるのは捻くれた言葉ばかりだった。それでも言い終わった俺の顔は半端じゃないほど熱くなっていて、この時点でだいぶ羞恥心が大変なことになっているのだが、そろそろ身体のほうも限界だ。
もうどうにでもなれ。俺は両脚をぱかっと開き、ルイスに恥ずかしい部分をすべて余すことなく見せながら言った。
「俺、ルイのために、ちゃんと準備してきたんだ……。だから、はやく挿れてほしい……」
そう、今日はちゃんと準備してきていた。
ルイスのは大きいから、挿れる前に入念に準備をしなければ行為の際に痛みが伴う。それについてもいつもルイスが色々してくれていて、申し訳ないと思っていた。だから今日は自分なりにほぐし方だとか洗浄の方法だとかを事前に調べて、先ほど浴室ですべて済ませておいたのだ。挿入がスムーズになると聞いたので、中にはしっかりとローションも仕込んである。もし今日しないのであれば無駄になるところだったけど、それはそれで良いと思っていた。実際は、そうはならなかったが。
俺の決死の誘いにルイスはどんな反応をするのかと、羞恥と戦いつつちらりと彼の方を見やる。ルイスはその場に固まっており、驚いたような表情で俺の恥部を凝視していた。……頼むからそんなに見ないでくれ。死ぬ。
「ネロ……」
「な、なんだよ」
「……8億点満点だ」
「はっ?……んぁっアアアッッ♡♡」
そう言うなりルイスは、ゴムを纏っていてもなお立派だとわかるそのペニスを、ずぷずぷ……っと俺の中に押し込んだ。一気にぶち込むのではなく、あくまでゆっくりと。それでも焦らしに焦らされた俺の身体には充分すぎたようで、ルイスのペニスが前立腺に触れた瞬間、俺は自身の先端からびゅるっと白濁液を吐き出してあっさりと達してしまった。
びっくりした。俺から頼んだとはいえ、入れるぞの一言もなくいきなり挿入するだなんて。ていうか8億点ってなんだよ。普通100点満点までだろ。なんでカンストしてるんだよ!
「はぁっ、はぁ……♡」
「ローションまで仕込んで……一体どこで覚えてきたんだ?」
「んんっ……♡」
イッたばかりで脱力感に襲われている俺には構わずに、ルイスは上機嫌で腰を進めていく。大きい上に太さもあるそのペニスは、何度受け入れようともそのたびに強い圧迫感を感じる。しかし俺はルイスに「苦しい」とは言わなかった。言ったら入れるのをやめてしまうような気がしたから。
ぐぐぐ……と少しずつ挿入していたペニスがついに奥まで入りきると、ルイスは一旦動きを止めた。ナカの感覚で、ペニスの先端が結腸の弁にまでぴっとりとくっついているのがわかる。ルイスのものは今にも射精したそうにビクビクと震えていて、その生々しい感覚に思わず腰が揺れてしまう。ルイスもそれなりにつらい状態だろうに、彼はあくまで俺の身体を労ることを優先した。
「ネロ、大丈夫か……?」
ルイスの言葉にも俺は返事をする余裕はなく、ただこくこくと首を縦に振るのみに留まった。いつの間にか目には涙が溜まっているし、アナルは限界まで広がっていて脂汗まで出てしまっている。こんな状態で大丈夫も何もないのだが、もう何度も致しているというのにいまだに挿入だけでいっぱいいっぱいだとはさすがに言えないだろう。いい加減慣れろと自分に言い聞かせながら、俺は狭い中を馴染ませるようにまた腰を揺らした。
「ぅ、んん……ッ♡ ひぁ、ア゛ッ♡♡」
俺が頷いたのを見ると、ルイスはゆっくりと腰を動かし始めた。張り出したカリが前立腺にごりごりと擦れて、俺はたまらず声を上げてしまう。あまりの気持ちよさに腰が勝手に跳ねそうになるが、今は後ろにルイスの性器がずっぷりと突き刺さっているため、ほんの少し身じろぐ程度の動きしかできなかった。何度か擦られるとまたゾクゾクと一度に快感の波が押し寄せてきて、さっきイッたばかりだというのに俺はまた達しそうになっていた。
「やぁ、あんっ♡ ルイ……♡ あっ♡ き、きもちぃ……ッ♡♡」
「普段からこのくらい素直ならいいのになぁ♡ ……ネロ、イク時はどうするんだっけ?」
「ン、ぁ゛うっ♡ イ、イク……も、イキそう……ッ♡」
以前にルイスから「イク時はちゃんと言うのがマナーだ」と教えられたことを覚えていたので、俺は特に何も考えずその通りにした。口に出したことで更に自覚したのか、胎の奥底から押し寄せてくる快感がどんどん大きくなっていく。
「も、もう、だめ……イ゛ッッッ……♡♡♡」
限界だ、と思った瞬間、ビクンッ♡と身体を震わせて俺は深く絶頂した。俺は爪先をピンと伸ばし、たっぷり数秒間息を止めて強すぎるメスイキの感覚をじっと耐え抜く。そして、じわじわと全身に広がっていく甘ったるい快感。
「ぃ、ひゃぁ……♡♡」
「良い顔してるなぁ♡ イッたばかりで頭が回らないか?」
「アッ♡ るい……♡ るい、すき……♡」
「はは、とろとろだな。……しかしまぁ、すっかりメスイキが癖になったなぁ。これも俺の努力の賜物だな」
ルイスが何か言っているのが聞こえているはずなのに、全然頭に入ってこない。俺は壊れたようにずっと「好き」を繰り返しており、まるでそれだけの玩具になってしまったかのようだった。思考が蕩けてしまって、もう今はルイスのことが好きだという、ただそれしか考えられない……♡
「るい……もっと♡ もっとして……♡♡」
身体にはまだメスイキの余韻がしつこく残っているが、俺の中に入れたままのルイスの性器はいまだ硬く、精を放出できていないことが伺える。俺はルイスの腰に脚を絡め、彼に向かってもっとと強請った。こんなみっともない真似、正気の時は絶対にできない。でも今はどうでもよかった。ルイスともっと気持ちよくなりたい、馬鹿になった俺の頭には最早それしかない。
「言われなくても」
俺の言葉にそれだけ返すと、ルイスはまたゆっくりと腰を動かし始めた。
✦✦✦
ちゃぷん、という水の音でふいに意識が浮上した。
「——ッ!」
「あぁ、起きたか。身体は大丈夫そうか?」
ビクッと痙攣してから目を開いた俺の髪を、ルイスが背後から労うように撫でる。
ここはどこだ。今、何をしているんだ。起きたばかりの俺は慌てて周囲を見回し、今の状況を把握しようとする。
俺が今いるのは浴室だった。ルイスの家の浴室は俺の家のものと違って広いから、シャワーだけでなくバスタブまでしっかりと備え付けてある。そのバスタブも男二人で入っても全く狭苦しさを感じないほどに広さがあって、俺はルイスに後ろから抱きかかえられるようにしてそのバスタブに浸かっていた。当然、二人とも全裸だ。
「汗をかいたからな。寝てる間に入ってしまおうと思ったんだが……起こしてしまったな」
「あ、あぁ……悪い。ありがとう……」
ルイスに礼を述べようと声を発してみると、案の定ガサガサに掠れていた。ああ……結局今日も喘ぎまくってしまった。俺の喘ぎ声なんて聞いても気分が悪くなるだけだろうし、いつも出来るだけ声は出さないようにと思っているのに……。
ちなみにルイス曰く「声を我慢するのはマナー違反」らしいが、そんなこと言われても恥ずかしいものは恥ずかしい。マナーがなってなくて悪かったな。
あのあと、記憶は少々曖昧だが……何度もルイスにイかされたことだけはかろうじて覚えている。
ルイスとセックスするのは好きだけど、気持ちよすぎて怖くなる時がある。そのくらい俺は感じまくっているのだ。ルイスに躾けられた身体は思いのほか快楽に素直になってしまっているようで、ルイスから与えられる快感を余すことなく拾ってしまう。今は湯に浸かっているからあまりわからないが、多分既に腰も立たなくなっているだろう。
「今回も無理をさせてしまったな……。今日はこのまま寝て、明日は家でゆっくりしよう」
「……」
ルイスはそんなことを言いながら俺を抱きしめる腕に力を込めるが、そんな言葉すらも右から左へ流れてしまうほど、俺は別のことが気になっていた。
先程から……というか目が覚めた時からずっと、尻の辺りに何か硬いものが当たっているのだ。バスタブの湯は入浴剤で乳白色に染まっており、直接見て確認することはできないが……見るまでもないだろう。ルイスのやつ、めちゃくちゃ勃ってるじゃないか。ごり、と尻にそれが当たる感覚に、思わず顔に熱が集まってしまった。
というか、ここ二ヶ月……つまり恋人同士になってからのルイスは、ずっとこうだった。セックスの時は俺優先。俺が気持ちよくなるように動いて、俺ばかりイかせられて、最初の時のような欲に任せた激しいピストンなどまずしない。俺は毎回ことが済むと疲れて眠ってしまうのだが、それにしてもルイスはちゃんとイけているのかと常々疑問だった。今日も俺が記憶している中では、せいぜい一回くらいしかイけてないんじゃないだろうか。普通の男なら一回イければそれでいいかもしれないが、生憎ルイスは巨根、遅漏、絶倫の三拍子揃っているトンデモ野郎なのだ。それに以前、媚薬漬けになった俺に付き合って何時間もセックスしたことも、俺はちゃんと覚えている。
だから、こいつは絶対満足していないと確信していた。俺に気を遣って自分は我慢するだなんて、ルイスらしくもない。
「ルイ……」
俺は身体を動かしてルイスに向き直り、対面座位の体勢になった。そして自分の臀部の割れ目を、まるで挿入を強請るかのようにルイスの性器にスリスリと擦り付ける。
「ッ……ネロ、今日はもうつらいだろう?」
ルイスは快感に眉を寄せながらも俺にそう言った。あくまでもまだ紳士ぶるつもりらしい。
前はあんなに好き勝手動いたくせに。俺の話を聞いてくれないのは確かに嫌だけど、変によそよそしくされる方がもっと嫌だ。
それとも、無理してた? 本当は気乗りしないのに、俺のせいで無理矢理セックスに付き合わせてしまっていたのだろうか。
「……やっぱり、俺じゃ駄目なのか?」
「ネロ?」
「俺がこんな醜い身体だから、お前を満足させてやれないのか? じゃあ俺で満足できなかった分、お前は誰とするんだ?」
「何を言って……」
「い、いつもお前が全然イけてないの、ちゃんとわかってるんだからな……。俺の身体なんて好きにしてくれていいんだ。今さら遠慮するなよ、水くさい」
俺はそう言ってから、ルイスの唇に自分のそれを重ねた。自分からキスをするのは初めてで、唇が触れたのはほんの一瞬だったが、それでも死ぬほど勇気を出した結果だった。
いわゆる誘惑みたいな、慣れないことをしようとしているせいで自分でも何故キスをしたのかわからない。でも多少の効果はあったようで、尻に当たるルイスの性器が一段と質量を増したのを感じた。絶対入れさせてやる、今ここで。
「……何か誤解があるようだが」
もはや意固地になっている俺をよそに、ルイスは静かに口を開いた。
「俺はな……特にここ最近、お前が可愛くて仕方がないんだ。毎日、何をしていても、どの瞬間でも。理性がなければ仕事中だろうと押し倒してしまいたくなるほどにな」
「へ!?」
「……反省したんだよ。実験にかこつけてお前に無理を強いていた自分をな。だから今は、出来るだけ優しくしたいと思っているだけだ。お前に魅力がないなんてことは絶対にない。わかったか?」
「あ……う、うん」
一応返事はしたものの、ルイスの告白が色々と衝撃すぎて俺は少々混乱していた。まさか仕事中にそんな目で見られていたなんて全然知らなかった……。
でも、ちょっと安心した。俺の身体が気持ち悪いとか、本当は抱きたくないとか、そういうことじゃなかったんだって。
「あの……で、でも……」
「うん?」
誤解は解けたものの、根本的な問題は解決していない。
ルイスの気持ちはよくわかった。反省してくれているのも、自信家なルイスにしてはかなりの進歩だろう。でも……俺は、それだけじゃ足りない。ルイスがしおらしくなったと思ったら、今度は俺が我儘になってしまったみたいだ。
恥ずかしいけど、嫌がられるかもしれないけど、それでも俺はルイスにも満足してほしい。だから俺は思い切ってルイスに言うことにした。
「俺は、お前がよく言う恋人同士のマナーとかは、よくわからないけどさ……。片方しか気持ちよくならないセックスは、マナー違反、なんじゃないのか……」
俺がそう言うと、ルイスは虚を突かれたような顔をした。それから俺の背中に腕を回して、身体が密着するように抱き寄せる。
「はは……そうだな。ネロの言う通りだ」
ルイスは脱帽、といった風にそう言うと、俺の唇にキスをしてくれた。浴室内だからかさすがのルイスも今は眼鏡を外しているので、普段よりもキスがしやすいなと思いつつ、俺はそれに応える。ルイスの眼鏡を外した素顔はたまにしかお目にかかれないが、眼鏡がなかろうとこいつは当たり前のように美形で、これはこれで結構好きだったり……。
「まぁ、それでも出来るだけお前に負担はかけたくないからな。今日はこれを使うとしよう」
俺がそんなことを考えながらぼんやりとしている傍ら、ルイスは手の平を空中に掲げると、何か小瓶のようなものを魔術で召喚した。別の場所にあるものを瞬時に呼び寄せる、転移召喚術だ。こんな高度な魔術をしれっと使ってみせるものだから、今の状況も忘れて彼の魔力の高さとそれを扱う技術に感嘆せざるを得ない。
「それは何だ……?」
「以前使った媚薬、覚えているだろう? あれを元にまた新しいものを作ったんだ。今日の終わり際に思い立って調合したんだが、さっそく使う機会が巡ってくるとは」
「は!?今日!?」
残業してまで作ってたのってそれかよ!!
俺はてっきり依頼品の調薬に手間取っているのかとばかり……ねぎらって損した!
「効き目は前のものより弱めだし、濡れる機能もないんだが……即効性と感度増進効果が向上した」
「は、はぁ……よかったな?」
「ああ、もちろんネロに使うわけじゃないぞ。俺が飲むんだ」
「えっ?」
ルイスの意外な一言に俺はつい疑問の声を上げる。ルイスが薬を作ったら俺で試す、というのがすっかり定着してしまっていたので、てっきり俺が飲むものとばかり思っていた。
とはいえ、俺が「嫌だ」と言った日以降、ルイスは俺での“実験”を自重してくれている。それでも“実験”は学生時代からのルーティーンだったので、つい身構えてしまったわけだが。
「感度が上がれば、おのずと達するまでの時間も短くなるだろう。ネロの身体を酷使させたくはないからな、これで妥協してくれ」
「……」
ああ、そういうことか。
なんだろう。理解はできたのだが、妙に納得できていない自分がいる。
新薬の“実験”も本当は助手の仕事なわけで、でも俺はそれを拒絶してしまった。だからルイスは俺を被験体にするのはすっぱりやめてくれた。しかしそれからというもの、そのことに寂しさや焦燥感を感じてしまっている自分もいて。それは何故だろうって、ずっと考えていて……。
俺はルイスの手から媚薬の小瓶を奪いとった。
「おい……ネロ」
「……俺は、お前の助手だから。新しい薬ができたら、実験に付き合わないとだよな?」
「だから、それはもう……」
「俺にしてくれ。確かに前は嫌だったけど……今は、ルイが俺のことちゃんと考えてくれてるってわかったから。だから、嫌じゃない。他の人で実験するくらいなら、全部俺にして……」
当然、ルイスに咎められるが、返す気なんかない。
俺はお前の実験体だ。今まで散々嫌だと言っていたくせに今度は自分から望むだなんて、笑える話だが……きっともう、とっくに身も心も堕ちていた。俺以外の人にこんな薬を使うぐらいだったら。それでまたルイスが身体を差し出すようなことがあったら。考えるだけで胸の中がモヤッとする。俺がいい。ルイスの実験体は俺だけがいい。俺はルイスが思っている以上に……いや、俺自身が思っているよりも、ずっとずっとルイスのことが好きになっていたのだと気付かされた。
頑なに小瓶を返さない俺に観念したのか、ルイスは困ったように溜め息をひとつ吐いた。
「本当にお前は仕方がないな……」
「我儘すぎて呆れたか?」
「そんなわけないだろ。というか、お前はもっと我儘を言ってもいいくらいだ」
ルイスは俺の手にある小瓶の蓋を開けると、その美しく整った顔に笑みを浮かべた。俺はその完璧すぎる笑顔を見て、思わず背筋がゾクリとしてしまう。彼の翡翠色の瞳には、好奇心と……隠しきれないほど強い情欲が、ありありと見て取れたからだ。
「じゃあ……二人で半分こしような♡」
そう言ったルイスの顔は、完全に実験を楽しむ錬金術師のそれだった。
✦✦✦
「ん゛ッッ♡ ぁ、あ゛ッ♡♡ あんっ♡ ア゛ッッ♡ ひぁあ゛ぁッ♡♡」
小瓶の薬を半分ずつ飲んでから、体感でだいたい数十分。
俺たちはバスタブの中で、対面座位の体勢のままずっと繋がっていた。
ルイスがせっかく俺の身体のことを考えて持ってきてくれた媚薬も、二人一緒に飲んだらあまり意味をなさないわけだが、そんなことに思考が及ぶほど今の俺たちは理性的ではない。俺たちはお互いの身体を貪り合いながら、ただただ目の前の快楽を享受していた。
「ッ……♡ 悪い、また出そうだ……♡」
「ぁっ……だして♡♡ ルイの、ナカにぜんぶだして……っ♡♡」
俺が卑しくもルイスに中出しを媚びると、少し遅れてビュルルル!と胎内に精を叩き付けられる感覚があった。もうそれにすら俺は酷く感じてしまっていて、すっかり敏感になったナカをきゅううっ♡と締め付けながらメスイキをキメる。繰り返し出されたせいで、俺のナカはもうルイスの精液でいっぱいだった。
「ン、はぁ……ッ♡♡ ルイの、また、おっきく……♡♡」
ルイスの性器は先ほど射精したことでほんの少し萎えたものの、媚薬の効果かすぐにまた元気を取り戻して俺の中をみっちりと犯した。そして絶頂による甘い痺れが引かないうちに、すっかり柔らかくなった結腸を繰り返し貫かれる。
ばちゅっ♡ ばちゅっ♡ ばちゅっ♡ ばちゅんっ♡♡
「ひぃ゛ぅッ♡ ぁ、あ゛ンッッ♡♡ うあ゛ッ♡♡」
もう俺は汚い嬌声を上げながらただイキ続けるだけになっていた。
ルイスが奥を突き上げるたびに、ぱしゃぱしゃとバスタブの湯が跳ねる。動くたびに後ろの穴からお湯が入りそうになりえもいえぬ恐怖に駆られるが、すぐにそれを阻止するかのようにルイスの勃起したペニスが余すことなく俺のナカを満たした。
「ネロッ……ごめん、つらくないか……?」
「ア゛ッッ♡ んぅっ♡♡ ひ、ぁん゛ッッ♡♡ ふ、はぁ……う゛ぅ……ッ♡♡」
ルイスからの問いかけに大丈夫と返すことすらできず、それでもやめて欲しくなくて、俺は離さないと言わんばかりにナカをきゅうきゅう♡と締めてペニスにしゃぶりついた。
身体つらいけど、きもちいい。もっとしてほしい。過剰なほどの快感が身体の中で更に増幅していって、今にも溢れてしまいそうだった。
「ん゛うッ……♡ ぁっ♡ イ゛ッ、く……イク、またイ゛ッ……ぁ、ん゛ぅッッ……♡♡♡」
「ッ……♡」
前立腺に結腸にと、弱いところをすべて容赦なく責められ、俺はビクンビクンと身体を痙攣させながらまたイッてしまった。
視界にチカチカと星が散る。してはいけないと思っているのに、イク時にルイスの身体に爪を立ててしまうのをやめることができない。ぎゅう、と全身を強張らせて快感の波に耐えていると、ルイスも俺の中にまた精を吐き出した。
「ぁ♡ あ……っ♡ んく、はぁッ……♡♡」
「ッ……また、ナカに……」
「いいのッ……いいから……♡♡ るい……ルイも、ちゃんと、きもちい……?♡」
「あぁ、すごく気持ち良いよ……。ネロは健気で可愛いなぁ……♡」
ルイスにもちゃんと気持ちよくなってほしい。ちゃんと満足してほしい。そんな気持ちで聞いてみると、ルイスは欲に満ちた目で俺の姿を見てから、ぎゅっと身体を抱きしめた。
ただでさえルイスから与えられる快楽には滅法弱いことに加えて、今は媚薬の効果で全身が性感帯になっている。抱きしめられるだけでも身体は勝手に快感を拾ってしまい、あまりの気持ちよさに腰がビクビクと震えた。
もう何回イッたか全然わからなくて、行為の途中から俺のペニスは射精すらしなくなりメスイキばかりしている。いや、下半身は湯の中だからよく見てはいないのだが……それでもイクたびに射精の感覚が少しずつなくなっていた。たぶん今の俺、完全にルイスの女になっちゃってる。ルイスに抱かれて喜んでる。
「はぁッ……♡ るい……すき♡ すき……っ♡♡」
「うん、俺も好きだぞ……♡」
「ぁ、んんんッ……♡♡♡」
ルイスから深く深くキスをされて、全身が蕩けるかのような錯覚に陥った。心臓がずっとドキドキ言っている。ルイスの舌が俺のそれに絡まると、口の中ぜんぶが気持ちよくなって、そのままキスだけで甘イキしてしまった。ずっとずっと気持ちがよくて、体力は限界なのにそんなことすらも気にならなくて、目の前にいるルイスを何度も何度も求めてしまう。だが何よりも、ルイスも同じように俺を求めてくれることが嬉しかった。
——それから、浴室でのぼせかけた俺をルイスが助けてくれて、それでも身体の熱が治まらなくて、ベッドに戻ってからもまた繋がって。
もうとっくにゴムなんてつけていなかったから、ルイスの出したものは全部俺のナカに溜まっていって、お腹はすっかり重たくなっていた。でも、それすら気持ちがよくて……。
そしてやっとお互い落ち着いた頃には、もう空が白み始めていた。
当然、翌日には二人とも指一本動かせない有り様だったし、俺は羞恥のあまりしばらくルイスとは目すら合わせられなかったが……それでも、どこか幸せを感じていたのだった。
end.
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